Accomplice cage

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 子役としてデビューした饗庭(あえば)は役者を続けながら、実業家の一面も持っている。坂崎は彼とビジネスを通して知り合った。坂崎の会社の取引先に、饗庭の経営する飲食店があったのだ。
 幼いころ、同い年の饗庭に憧れていた坂崎は、思いがけなく誘われて夢見心地を味わう。ワインを楽しみ、世間話をして、充実した時間を過ごす。

 朗らかなひとときが一変したのは──デザートを運んできたのが、少年だったからだ。

 フルーツを盛った皿をテーブルに置くその姿は、ノースリーブのブラウス、過剰なほど短い丈のショートパンツ、ニーソックス。硬質なチョーカーは首輪を思わせ、実際、伸びる鎖は饗庭に仕える初老の執事に握られていた。執事は鎖を饗庭に渡すと去っていく。
 バレエ・ハイヒールも履いていて、坂崎はギョッとする。爪先立ちを細いヒールで支えている。見せつけるよう、靴には南京錠がされていた。脱ぐのを禁じられているのだろうか。

「こんな靴を履かせれば、やんちゃな男の子も、おしとやかな歩き方になる……矯正だよ」

 語りつつ、饗庭は抱きかかえるように自らの腿の上に座らせる。子どもといえど中学に上がるか上がらないかの歳に見える少年をそうするのはちょっと異常に感じられ、坂崎はなおさら戸惑った。

「そ、その子は……?」

 坂崎はまごつきながら尋ねる。

「知人の息子さん、大貴君だ」 

 饗庭は太腿を撫でまわし、ブラウスの胸元を揉みしだく。愛でられながらも大貴はフォークをマスカットに刺して含み、舌先で転がしたあと饗庭に口移しで与えた。
 平然と咀嚼する饗庭に坂崎はますます呆然とする。グラスを手にしたまま硬直する。
 飲みこんでから、饗庭は説明してくれた。

「この子は精巧なダッチワイフのようなものだ、いわば性処理のためのオモチャさ」

 坂崎はやっとグラスを置く。

「あの、おっしゃる意味が……理解できませんが」
「おちんちんの奉仕をするために育てられている子どもだ。……大貴は学校に行ったり、お友達と遊ぶことよりも、おじさんのおちんちんをしゃぶってるほうが好きだよな?」

 饗庭は大貴の太腿を平手打つ。響いた音に眉根をひそめたのは坂崎で、当の大貴は叩かれたのが合図とばかりに、愛らしく満面の笑顔を浮かべた。

「うん、大人のおちんちんが、いちばんすき。ホモセックスすきっ」

 饗庭はくつくつと笑う。よく見ると大貴の腿にはいくつも不審な青アザが散っている。

「……こう言うように躾けられているんだ。理解できたかね? 本物の少年はいいぞ。坂崎君はご執心らしいじゃないか」

 坂崎をさらに狼狽えさせる真実を、饗庭は口にした。

「出張クラブで童顔の男の子を買っては、マッサージを頼んでいる、それも結構な頻度で」

(……何故、知って……)

 誰にも言わずに秘めてきた性癖の一端を、掴まれている。

「少し調べればわかることだ。大貴、このおじさんはショタコンだ、もてなしてあげよう」
「うん。わかった」

 饗庭と大貴は席を立つ。大貴は首輪の鎖を握られたまま坂崎のソファにすべりこみ、抱きつかれて坂崎はみっともなく驚いた。

「わぁっ! ちょ、ちょっと……!」

 絡みつく男の子の腕。太腿の肉感。絶妙な弾力と感触で、健康的で、素肌からはいいにおいがする──柑橘の香り。
 大貴の魅力に誘われて、坂崎の困惑を割り開くように、欲情が目覚めはじめる。

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 最初こそついばむようなキスを与えられていたが、だんだんと遠慮がなくなってきた。大貴からの口づけはあまりに濃厚で、子どものするキスではない。舌先は大いにうねって坂崎を翻弄し、歯列をなぞり、唾液を注いでくる。
 少年の唾液を飲んだのは初めての経験で、驚くほどときめいた。
 坂崎は火照る身体で崩れ落ち、座面に寝転がる。ロングソファに座らされた理由をいまさら理解した、饗庭ははじめから性接待を行うつもりで坂崎を呼んだのだ。その饗庭はかたわらのスツールに腰かけて坂崎と大貴の交接を愉しげに鑑賞している。
 坂崎のネクタイをゆるめようと伸ばされた大貴の手は、饗庭に叩かれた。

「こら。まずは大貴が服を脱いで、見せてやるんだ。礼儀だろう」
「あ、ごめんなさい」

 素直に謝った大貴は、即座にブラウスを脱いでいく。現れた服の下に坂崎は息を飲む。
 平らな胸は、真っ赤なブラジャーを着けていた。胸部を覆う布地はなく、乳首まわりがリボンで囲まれているだけの淫靡すぎるデザイン。大貴は坂崎を見つめながら、胸に触れて乳輪をなぞる。
 はにかむ瞳からは、かすかに羞恥が感じとれた。
 頃合いを見計らったようにノックの音がして、老執事が戻ってくる。彼は瓶入りのオイルをテーブルに置いたあと、カギを使って大貴の靴を脱がせた。大貴はほっとした表情も見せる……なんだ、人形でもダッチワイフでもなく、普通の男の子じゃないかと坂崎は思う。
 執事はオーディオに向かい、クラシックのBGMを流す。
 大貴はというと、乳頭を起たせたあと、ショートパンツも脱いでしまう。ブラジャーと揃いの赤い下着を着けていたが、ブラと同様にほとんど生地がなく性器も尻肉も隠さない。こぼれたペニスは坂崎のものより大ぶりだった。早熟なサイズとは裏腹に発毛はしていない。
 饗庭はワインを味わいつつ、尋ねてきた。

「ニーソックスは好きかね?」
「あ、き、嫌いじゃないです……い、いえ、好きです!」

 正直に答えると、その場の全員に笑われた。大貴も笑っている。

「じゃあー、これは穿いたまま」

 大貴は自らの太腿を撫でたあと、坂崎の服を脱がし、全裸にした。
 トランクスも奪われたときは心臓が縮みあがりそうになったが、饗庭や執事の前でさらけだすということにも、なんだか興奮する。
 いつも自慰をするときは、人前で恥ずかしい目に遭わされる行為を妄想して果てたりする坂崎にとって、このシチュエーションは甘美でしかない。
 オイルをなじませて開始される、大貴のマッサージはキスと同様、異常に上手かった。いつも指名している成人男性たちよりも巧みなくらいだ。
 ただ施術をするだけでなく視覚的にも悦ばせる工夫があり、幾度となく坂崎の眼前にペニスが近づいたり、尻穴が迫ったりする。使いこまれて縦割れしたアナルだった。この歳で変形するほど男根を咥えこまされているのだ……坂崎の胸はどきどきするばかりだ。

(この子は普段……どんな目に遭っているんだろう、良いなぁ……)

 羨ましくなる坂崎に跨り、クラシックに合わせて性器をぶらぶら揺らしたり、腰をくねらせたりする所作を続け、大貴のペニスは勃起していく。そんな性器にもオイルを塗って、フェザータッチのように優しく擦りつけてくれたりもする。少年の睾丸の感触は心地良い。
 大貴の首輪の鎖がときどき触れて、その冷たさも気持ちよかった。

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 楽曲が、荘厳なオペラの合唱とともにフィナーレを向かえるところで、大貴はM字に脚を割った。
 執事に勃起したペニスをつままれ、ソファに置かれたフルーツ盛りにシャァアア……と勢いよく放尿する。さながら噴水のようで、音楽とあいまってドラマティックなほどだ。大貴は頬を染めながらも愛らしく笑みを維持しており坂崎は感動すら覚えている。
 漏らしすぎることもなく、皿に描かれた線に合わせ、しかも曲の終わりと同時に迸りを止めてみせた。これには饗庭も惜しみなく拍手を送り「よく調教されている」と賛辞した。
 饗庭はワイングラスを置くと大貴のペニスをねぶった。残滓を味われ、大貴はぶるっと震える。

「ん……っ……」

 大貴の肉茎は饗庭の手のなかで充血した勃起を維持していた。

「坂崎君も味わえばいい。まだ出るぞ」

 裸身のまま正座する坂崎は勢いよく首を横に振る。

「い、いえ、そんな。そんな、飲むなんてボクには……!」

 少年の尿を味わうなんて未知の世界だ。

「ミルクの方が好みか? ちゃんと君のために溜めさせてあるぞ」

 饗庭はペニスを握ったまま、もう片手で大貴の玉袋を弄ぶ。グリグリと蠢く双球。大貴はじっと耐えていた。慇懃(いんぎん)にお辞儀をするのは執事だ。

「坂崎様の為に、お昼間から仕込ませていただきました。寸止めを繰り返して熟れきっております。もちろん、お尻の具合もほぐれて抜群です」

 あぁ、羨ましい。
 自分もこんな目に遭ってみたい。
 躾けられたい!
 管理されたい!

 ──内気な坂崎は男を買ってもマッサージくらいしか頼めないが、本当はそんな情念を抱いて生きていた。恥ずかしいほどM性癖だった。恥ずかしいから誰にも言えない。
 出来れば、目の前の大貴や昔の饗庭のように健康的でちょっと生意気そうな顔つきの男の子にいじめられたいと願っている。
 今夜も本音は明かさずに、大貴の勃起へと手を伸ばした。

「じゃ、じゃあ……ミルクを……」

 この場にいる誰とも目を合わさずに、そう告げるのが精一杯だ。

「は、初めてですが、美味しく、あ、味わえるのでしょうか……!」

 精一杯の一歩を踏みだす坂崎に執事は優しい。

「それではカクテルをお作りしましょう。坂崎様、自らお絞りになりますか」

 坂崎は頷く。大貴の股間にシェイカーをあてがうのは饗庭だった。

「そら、搾乳するから、さっさとオーガズムに達しなさい」

 顔を上げた坂崎は改めて大貴を見つめた。膝立ちになって恥部をさらけだした大貴の瞳にはちゃんと意志が宿っていて、気が強そうで、自分なんかよりよっぽど芯がありそうに思える。

「はいっ。坂崎さん、よろしくおねがいします」

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 ……六月の仙台……近づく台風のせいで広がる曇天。これから天候は乱れていくばかりだろう。
 取引先を出た坂崎はタクシーに飛び乗る。十六時発の新幹線に乗る予定だったが、急いで十五時半発に繰り上げた。いつ電車が止まってしまうとも限らない。
 大貴と東京で逢瀬するのははじめてだからワクワクする。
 坂崎は明日東京本社の会議に出る。大貴は明日実家に行くらしい。
 偶然スケジュールが重なったから、今夜はいっしょに東京駅近くのホテルで一晩を過ごす。
 数日前の電話で、大貴は気さくに告げた。

『タダでいいよ。ホテル代も俺のぶん払うし。だって、仕事じゃなくてプライベートだもん』

 そんなわけにはいかないよと、坂崎はいつもの口座にプレイ料金を振りこんだ。すると半額払い戻されていて、納得いかなかったが、大貴も納得いかないのだろうと理解した。
 大貴は自分の身体の価値に気づいていないのだ。子どもらしく過ごす時間を奪われて徹底的に仕込まれ、性奉仕しながら育った、大貴のさまざまなものを犠牲にして磨き上げられた宝石なのに。
 大貴の苦悩、苦痛、流してきた涙に対して出来ることは、情けなくもお金を払うことくらいなのだから支払わせて欲しい。

(思えば……ボクは、初めて会った夜から魅了されていたんだ……)

 饗庭邸の夜。容姿はもちろん、確かな性技にも、あられもなく痴態を披露する姿に感動した。
 絶望と羞恥を噛み殺してペニスを振るって踊ったり、淫蕩な躾の極みである尻穴を見せつけたり、果ては笑顔まで浮かべるなんて──
 どれほど鍛錬すれば自分も大貴のような素晴らしい犬になれるのだろう。まだまだ坂崎の奴隷人生の道は果てしない。

(……あの夜をきっかけにボクは大貴君を買うようになって……)

 最初は、今まで買っていた青年たちに対するものと変わらず、マッサージをしてもらったり、キスを楽しんだり、軽く触れあうだけだったのに。

(はじめて大貴君に跪いたのも……こんなふうに嵐の前で……)

 車窓から眺める、灰色の空に思いを馳せる。その出来事は昨日のことのように脳裏に描ける。

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 饗庭の仲介で大貴と遊べるようになってから、坂崎の心では欲望と倫理観がせめぎあう。こんなことをしていたら駄目だ、いけないことだ。性的虐待だ。犯罪だ。
 大貴を買っている大人たち、大貴の父親には嫌悪感を覚える。しかし、自分だって彼らと一緒だ。
 指名して悦んでいるんだから……。
 シャワーを浴びてパジャマ姿の坂崎は、暖色の照明に満たされたリビングで俯く。

(今夜で終わりにしよう)

 名残惜しいが、決意とともに立ちあがる。窓際に寄ってカーテンをかすかに開いた。住宅街にポツポツと降りはじめている雨。夜が深まるにつれて激しくなるようだから、坂崎は「無理に来なくてもいいよ」と遠慮したのに大貴は来てくれる。これくらいで仕事を休むわけないと笑われた。
 ローテーブルに置いたスマートフォンが震え、坂崎ははじかれるように振りむく。

「は、はい、大貴くん」
『お疲れさまでーす。もうすぐ着くよ。ジャンクションを越えたから、あと五分くらい』

 要件のみの通話はすぐに切れ、坂崎は一階に降りていく。両親が遺してくれた一軒家は独りには広すぎて、正直、持て余している。
 五分もしないうちにチャイムは鳴り、ドアを開けば、傘をさした大貴と視線が交わった。
 その瞬間に浮かべられる、人好きのする満面の笑顔はいつも変わらない。

「こんばんは。坂崎さん。二週間くらい?ぶりだね」
「あ、あぁ……」

 大貴の背後で黒塗りのベンツが、雨夜に溶けるようにぬるりと発進していった。大貴をここに送り届けた車だ。
 車から玄関まで差しただけの傘を閉じた大貴を家に入れ、カギをかけた。
 コスチュームは毎回『私服』を指定している。パーカーに膝丈のズボンと素足、トートバッグ。このまま登校もできそうな本当に普通の格好だ。また、スニーカーを素足で履いているのが、いかにも小学生の元気な男の子という感じで、淫靡さとは無縁だ。
 六年生にしては背丈のある大貴と廊下を歩き、リビングに戻る。
 大貴にグラスのコーラを出して、ふたりでソファに座り、今日味わった仕事内容を聞く。大貴の味わう性的な日常は、坂崎にとって未知の世界でドキドキできる。
 もう指名するのは控えなくてはと思っているから、今夜はいつもより執拗に尋ねてしまう。
 性処理用のオナホールとして犯される辛さや、開発済みの性器と肛門を見せて笑われる悲しさや恥ずかしさ、それでも勃起する惨めさなどを根掘り葉掘り聞いた。
 聞きすぎたかもしれない。大貴はちょっとうんざりした表情になる。

「そんな話どうでもいいからー、イチャイチャしよ?」
「あぁ、ごめん……」

 謝りながら抱きしめる。思春期の男の子の身体の感触を、匂いを、坂崎は味わう。
 いつものようにキスは大貴から仕掛けてくれて、柔らかな唇を、蠢く舌を堪能した。大貴は惜しみなく唾液も注いでくれる。飲むのは嫌いではない、むしろ好きだとバレているようだ。
 パーカーを脱いで現れた素肌の胸は、著しく肥大しているわけではないものの、一般の少年に比べれば乳頭の粒は目立ち、乳輪も広がっているのは否めない。
 自ら乳頭を触る爪はいつでも磨かれて短く、行き届いた管理を意味していた。胸をいじり、腰を揺らしながら、大貴はじっと坂崎を見つめる。

「俺のズボン下ろして」

 言われるがままに従う。現れたのはいつものボクサーパンツではなく、いやらしく半勃起のペニスを透かすシースルーのGストリング。坂崎は瞳を見開く。心臓を鷲掴まれるようにドキッとしたのも事実だった。
 坂崎の顔つきの変化を見逃さず、大貴はほくそ笑む。

「やっぱり……。いっつも私服でいいとか、ふつーのパンツでいいよってゆうけど……」

 バレた。
 坂崎は狼狽える。視線を逸らしてしまう。

「ほんとはエロいやつ着てほしかったくせに」
「え、そんなことはないよ……」
「うそつき」

 大貴はズボンを脱ぎ、Gストリングのみの姿で坂崎の胸を押す。意外にも強い力で、座面に背中から倒れこむ坂崎だった。見下す大貴が、神々しく感じられる……。

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「饗庭さんは、おなじシュミのひとたちにやさしいから。坂崎さんを大切にもてなしなさいってゆうけど……俺にだってお客さんを選ぶ権利はある。うそつきは嫌い」

 嫌い、と言われてさらにドキドキするからタチが悪い。

(そんなに意地悪な目で!)

 大貴は侮蔑の表情で見下すだけに留まらず、手のひらを振り上げた。

(あぁ! ぶたれる!!)

 坂崎の口元はゆるむ。痛みを期待した。
 しかし、平手打ちは寸止めされる、坂崎の眼前で。かわりに額をはじかれた。
 大貴は目を細めて、クスクスと笑う。そのさまも小悪魔のようで坂崎をうっとりさせる。

「坂崎さんって……Mだよね?」
「ち、ち、違うよ!!」

 考えるより先に否定がこぼれた。大貴は鼻で笑う。

「エロい格好した俺にいじめられたいし、自分でもそうゆう格好したいくせに……。俺みたいに調教されて、管理されて、恥ずかしくて惨めな目にあいながら『なんでこの世に生まれてきたんだろう……』とか考えて落ちこんだり? したいくせに!」

 大貴は坂崎にまたがり、首に手を伸ばしてきた。優しく締められる。視覚的にも、刺激的にも、坂崎の心は煽られてときめきが止まらない。

(ダメだよ、大貴君、大貴君と遊ぶのはもうやめようって思ってたんだよ! きみを苦しめる大人と同じにはなりたくない、でも……!)

 そんなにも挑発されたら、誘惑されたら、ますます魅了されてやめられなくなる。
 坂崎はまだ勝っている理性で、ただただ否定するしかなかった。

「違う、ボクは、変態じゃない……!」

 大貴を押しのけて坂崎はうずくまる。

「マゾなんかじゃない、ノーマルだ、普通の彼女だって居たことがある、至って普通の──」
「せめて俺を買ってくれるときくらいは、隠さないで。どんな願望にも、ヒイたりしない。みんなの欲望をなんとかしてあげるのが、俺の仕事だもん」

(……そんなこと言われてもッ……!)

 男の子にいじめられたいだなんて恥ずかしくて打ち明けられない。ずっと隠してきた。長続きしなかった恋人にも、出張クラブのボーイにさえも。
 大貴の声はただ優しい。

「あのね、俺は、Sなんだ……」

 窓を叩く雨の音は増していくばかりで、雷の音が坂崎を貫く。

「どんなに辛いかとか、苦しいかとか、知ってるのに……ひどいことするのすき。いじめてると、どきどきする。たまらない……! 俺が……僕がこの手で堕としてあげたいって思う……」

(あぁ、もう、止められない──)

 倫理観も、正義感も、体裁も、後先も、捨ててみたくなる!
 導かれるように……!
 気づけば、坂崎は床に頭を擦りつけていた。

「ボ、ボクを……調教……してください……」

 陶酔する。信じられない。夢を見ているようだ。 
 こんな言葉を紡いでいるなんて!

「調教してください、お願いします!」

 正座して、両手をついて、語気に力を込めた。

「うん。わかった」
「…………大貴くん……!」

 心底ほっとしながら、顔を上げる。大貴の瞳は子どもとは思えないような酷薄さに満ちて、唇は意地悪く歪められている。饗庭邸で素直に従ってオモチャになっていた姿とは別人だ。

「僕が『普通』じゃ満足できなくしてあげる。取り返しつかなくしてあげる……」

 愛玩するかのように髪を撫でられ、頬も顎の下も撫でまわされた。坂崎は感動を覚えて泣きそうな気持ちになっている。……ひどく勃起させながら。
 続けざまに響く雷鳴。激しさを増す雨。もう戻れない。

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 それからはひどいものだった。退廃の限りを尽くした。
 大貴の巨根を咥えたり、お尻に挿れてもらうまともなセックスよりも、ザーメンのかかった食事を犬食いしたり、蝋燭を挿してもらう方が多い。
 鞭打ちは当然のこと、ペニスを縛っていじめ抜いてもらったり、全裸にハイヒールで部屋じゅうを這って移動したり、時には野外でエッチな写真を撮ったり、普段から貞操帯をつけて禁欲させられたり、スラックスの下にガーターストッキングを履いて出社したりする。
 いつからか、坂崎は自主的に陰毛全剃りを保つようにもなった。大貴はパイパンを強いられているのに、自分が生意気にも生やしていては失礼だと思ったからだ。
 調教の過程では、気が退けてしまう、無理と思えるプレイもあったが、そんなとき大貴自ら手本を示されると無理とは言えなくなる。
 例えば、初めて肛門にゆで卵を入れる時も尻込みする坂崎に対し、大貴は三つも挿入して、目の前で脚を広げて産み落としてくれた。シーツに置かれた洗面器の中、ローションと大貴の腸液にぬめった卵がチュルンチュルンと続けざまにこぼれた瞬間はきっと一生忘れられないだろう……その後、坂崎がそれらの卵をひとつも残さず嵌めこんだのは言うまでもない。
 尿道に突き挿すブジーのサイズは早い段階で、大貴の尿道に挿入るものより坂崎の尿道に挿入るもののほうが太くなり、大貴に「すげー! めっちゃ変態じゃん!」と褒められて嬉しかった。
 開発の成果か、僭越(せんえつ)ながら、乳首のサイズも感度も大貴を越えていく。
 大貴の飼い主である薫子嬢に遊んでもらったこともある。
 あれも至福の体験だった。
 ホテルの部屋に赴くと、下着姿に首輪をつけた大貴が、優雅なチェアに腰かけた漆黒のドレス姿の薫子に甘えており、光景のあまりの美しさに恍惚となって気が遠のきそうになった。
 薫子が投げたボールを四つん這いで駆けて取りにいき、口に咥え持っていく。アナルバイブに悶えるばかりでろくに這えない坂崎とは違い、大貴は俊敏に動いた。早く持っていった犬はご褒美に乗馬鞭で一発叩いてもらえる。大貴は嬉しそうに尻を突き上げて痛々しい筋を増やしていく。奴隷にとって傷は勲章だ。
 運動後は、淫らな振動に悩まされる後孔を励ますように尻を撫であい、乳首や性器も擦りつけあった。女王様から交尾の許しが出ると、S犬とM犬のセックスを見世物として献上する。
 封印を解かれた性癖は、イマジネーション豊かに、開花していくばかりだ──。

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 予報とは少しずれて、台風は関東を直撃している。東京駅に着いた坂崎は、運転見合わせの旨を表示する電光掲示板を見上げていた。構内は、予定変更を余儀なくされて立ち往生する観光客や、慌てて電話をかけるサラリーマンなどで混雑している。

(大貴君……これ、今日来れないよな……)

 ため息をこぼす。楽しみにしていたから残念だ。

(プレイだけじゃない……ご飯だって大貴君と食べたら……美味しかっただろうな……)

 ホテルのビストロで、目の前で肉を焼いてもらう鉄板料理を予約していた。坂崎の脳内では楽しむはずだった今夜の情景がシュミレートされていく。
 足取りは自然に、大貴と待ち合わせるはずだった日本橋口前へと向かう。他の改札口よりもまだ混雑していないはずと大貴が教えてくれたスポットだ。坂崎は東京の混み具合はあまり好きではない、やはり暮らす名古屋くらいの人口密度がちょうどよく感じてしまう。
 歩きながらスマートフォンを取りだし、大貴に電話をかけると、すぐに出てくれる。

「だ、だ、大丈夫っ!?」
『え! なにが!?』
「いや、その、天気悪いしっ……」
『あー、台風やべーよなー』

 ざわめきの中で聞く大貴の声に、ちょっと癒された。

『いまどこ?』
「と、東京です」
『東京? もう東京駅?』
「うん。東京駅。乗る新幹線を30分早くしたから」
『さっすが。デキる男はちがうじゃん』
「デキないよ、大貴君のほうがよっぽど……大貴君は何処?」

 日本橋口前のコンコースに着いた。列車が止まっているためか、修学旅行生が列を作って待機している。帰れなくなってしまったのだろうか、どうするのかな、と心配になる坂崎だった。

『あのさー、俺、新幹線に乗れなかったんだ』
「仕方ないよ。天気ばっかりは、どうしようもないから」

 とは言いつつ本当に残念だ。足を止めた坂崎の耳元で『あ、いた、すぐわかった』と、声がする。

「ん? 大貴君……?」
「さ・か・ざ・き・さ・ん!」

 振り向くと、混雑をすり抜けてくる高校生がいた。スクールバッグを肩にかけた、ワイシャツを腕まくりした制服姿の大貴。視線が交わると通話は切れる。大貴はポケットにスマホをしまう。
 坂崎のスマホはというと、驚きのあまりに指先を離れて床に落ち、硬質な音を響かせた。

「あっ、だっ、だ、だだ……」

 大貴は苦笑しながらも拾ってくれる。

「なにやってんだよ。壊れるじゃん。はいっ」
「あ、あ、ありが……」

 信じられない。どうやって。此処に。台風なのに来てくれた、会えた……様々な感情が交錯して上手くしゃべれない、言葉を失っている坂崎に、大貴は説明してくれる。

「早退して車で来たんだよ。驚かそうと思ってー、そのこと黙ってた!」
「時間かかったんじゃない……? 名古屋から東京なんて、疲れたでしょう?」
「ぜんぜん。高速空いてたし。ずっとゲームやってて楽しかったし」
「運転手さんも、大変だったんじゃ……」
「いいよ、心配しなくて。のんきだもん。浅草でストリップみて帰るって」

 ふたりで歩きだす。予約しているホテルは東京駅に隣接しており、徒歩で行けるほど近い。ちらと大貴を見て、こうして一緒に過ごせる現実に坂崎は感涙しそうだった。
 大貴はふと、笑みに妖しさを滲ませる。

「なぁ、ちゃんと今日も着けてんのかよ」

 スーツの下の女性用ランジェリーのことだ。
 頷く坂崎に、大貴は「いい子」と微笑う。褒められて嬉しい。大貴の指先は、坂崎の袖口を引っ張ってから、性的に手の甲を撫でてくれた。

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 高校の制服姿の大貴に虐められるのもオツなものだ。
 カッターシャツを袖まくりした大貴は、真っ赤な縄で坂崎の自由を奪ってくれた。大貴は中学二年の頃から縛りも勉強しはじめて上手くなってきている。どこまで上達してくれるのか、坂崎は楽しみで仕方ない。ローションでテカる裸身を、ビニルシートで覆ったチェアに緊縛されながら、大貴の所作をうっとり見つめてしまう。
 縛りあげた後には、洗濯バサミで乳首を挟んでもくれた。慣れ親しんだ痛みが、気持ちいい。間近で見上げる大貴の笑顔。

「すっげぇ、めっちゃ変態ってカンジ。もっと変態な外見にしてやるけど……」

 坂崎自身が用意してきた蝋燭は、縄と同じく真っ赤な色だ。低温蝋燭ならとっくの昔に卒業している。大貴はホテルのライターで火をつけたあと、自分の左腕に試しで垂らした。

「熱っつ。こんなの、よく好き好んで自分から浴びるよなー」
「だ、大貴様に、どんな苦痛も欲しがる変態にしていただいたおかげです」

 プレイ中は自然に敬語で話してしまう。大貴は冷めた目で坂崎を見ながら、高い位置から垂らしてくれた、まずは太腿に。

「ほら、やるよ、お前が楽しみにしてたヤツ!」
「わぁあ、本当に熱、熱いです……!」
「当たり前だろ。嬉しいのかよ」
「う、嬉しいです、あ、熱……」

 刺すような痛みと、制服姿の大貴の色気が、坂崎を刺激する。蝋は比較的耐えやすい場所だけでなく、当然ながら苦悶の部位にも垂らされた。赤く染まる性器に坂崎は叫ぶ。

「あぁ──……ありがとうございますッ!!」

(大貴様のご立派なご逸物と違い、ボクのは見るに堪えないほど粗末なモノなのに、まんべんなく蝋を垂らしていただけて幸せです!)

「へー、男らしいじゃん、チンコ熱くても立派にお礼ゆって」
「あぁあぁあ」
「もっと哭けよッ!」
「大貴様ぁ、熱くて嬉しいですぅ……!」

 縛られた身体を揺らし、蠢かせ、顔をしかめて熱に耐える。熱さも快感に変わってくる。異様な状況に酔いしれる思考は箍(たが)が外れていくばかりだ。
 蝋だらけになって、終いには口に蝋燭を咥えさせられて、下腹部に垂れるたび、呻きながら縛られた身体を蠢かす。
 大貴は坂崎の縛されたチェアと、対の一脚に座った。

「ふー、休憩。カワイイなー坂崎。そのまま照明してろよ」

 坂崎にスマホを向けて、シャッターを押された。
 自分の写真が、大貴を買う他の客や、飼い主である薫子嬢にも閲覧されてしまうことにも悦びが止まらないどうしようもなく被虐趣味の坂崎だ。明日、大貴は実家に行くから、ひょっとしたら大貴の父親にも知られるのだろうか。考えるほど興奮する。

「パパに頼んでー、お前をインテリアにしたい」

 そんな末路もいいかなと思えるから、タチが悪い。

「手足なんていらねーよな。額縁にハメて、蝋燭咥えたまま俺んちの壁に飾ってやるよ」

 大貴はくつくつと笑い、グレンリベットを炭酸水で割る。制服姿で飲酒する姿からは高慢さが溢れて、坂崎はときめく。
 坂崎に遠慮することなく他の客に電話もする。坂崎には見せなくなった愛玩用の少年としての一面──いい子ぶりっこしてわざとらしく甘えたりしていた。
 響く無邪気な笑い声と、火傷の痛み、縄に抱きしめられた身体。このシチュエーションすべてに、坂崎はうっとり浸ってしまう。

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 蝋の滴った痕は凝固して坂崎の皮膚を守り、新たに雫が落ちても熱くはない。刺すような痛みは遠いものとなっており、いまはただ甘い刺激だ。
 ひととおりの営業電話を終えた大貴は、ソーダ割りを飲み干し、おなじグラスに水割りを作った。
 グラスを手に、坂崎のそばに来てくれる。
 咥える蝋燭を取られると溜まっていた唾液がどろどろこぼれた。大貴は「汚ったねぇ!」と、侮蔑してから水割りを口に含む。顔を傾け、キスをして、口移しで飲ませてくれる。大貴の舌の感触のおかげで、グレンリベットの旨みが増したように感じられた。
 もっと下さい、と伝えるまでもなく、大貴は坂崎の欲しがる気持ちを察し、グラスが空になるまで口移しを続けてくれる。
 逆光になる顔だちを、坂崎は見上げた。

「美味しいです。大貴様……」
「ホント? よかった」

 大貴は笑顔で離れていった。グラスを置き、探るのはスクールバッグだ。黒のバラ鞭と、ちょっと小ぶりな赤い一本鞭を取りだす。いつものことながら性的な用具を学校に持っていって大丈夫なのかと心配になりつつ、それで虐めてもらえる期待に胸が躍る。

「両方とも、俺が小学生のときに作ってもらったやつだよ。実家で手入れしてもらいたくて持ってきた。子供用の鞭だけどちゃんと痛てーんだ」

 嬉しそうに鞭を撫でながら、大貴は尋ねてきた。

「どっちがいい……? 黒がいいなら一回、赤が良いなら二回鳴いて。犬みたいに」

 正直なところ選びがたいが、痛そうなほうを選択する。

「ワンワン!」
「あはははっ……じゃあ、これな」

 大貴は赤い一本鞭を手にした。どんな大貴も魅力的だけれど、鞭を持つ大貴が一番輝いている。
 最初の打擲(ちょうちゃく)で、乳首の洗濯ばさみを吹っ飛ばされた。甘ったるく余韻を彷徨っていた身体に迸る新鮮な痛みに坂崎はヒィィイともキィィイともつかない妙な悲鳴を上げて悦ぶ。

「あぁあ……、い、痛いー……!」

 大貴は坂崎には手加減してくれず、フルスイングが続く。

「ひぁああァッ……」
「ははははッ!」

 振り下ろされるたび、固まった蝋は砕け散る。股間の蝋を剥がされたときはひときわ大きく叫んでしまい、大貴にかなり面白がってもらえた。

「やぁ……あ……、あぁ……」

 次第に坂崎は痛がる悲鳴ではなく、快感に悶えるようになっていく。辛くて涙目になっているのに勃起して、自由の効かない身体はとろけそうに心地よくて恍惚を彷徨う。
 尿道口からは透明な液汁が溢れ、竿をいやらしく濡らしている。
 こんな境地に陥ったとき坂崎はいつも、自分の身体はいったいどうなってしまったのだろうと思う。元々マゾではあったけれど、こんなに逸脱してはいなかった……。
 坂崎を見つめる大貴もまた、恍惚の吐息を漏らした。

「あー、もう、めっちゃカワイイ、たまんねー、やべぇ……」

 大貴もチェアに膝を乗せる。体重で軋む。密接する肌。目の前で外される制服のスラックスのベルト。ボクサーパンツから掴みだされたペニスは勃起していたし、先走りを滲ませていた。
 自分の虐められる姿で欲情してもらえたことが、坂崎は嬉しい。

「ほら、しゃぶれよ」
「は……はぅ……う……」

 言われるがまま、無理な姿勢で頭を下げて、肉茎をほおばった。痛みに痺れながらも咥えごたえのある芳醇な味わいを夢中で舐めまわしていると、あるタイミングで、髪を掴まれ引き剥がされた。
 大貴は口のなかに溜めた唾液を坂崎の顔に垂らしてくれる。
 冷酷な瞳に見下ろされ、よだれにまみれるのは、坂崎にとってはディープキスよりもずっと至福を味わえる行為だ。

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 広々としたベッドがあるのに床でセックスしている。今夜に限らず、坂崎が大貴とベッドで交わった回数はそんなに多くない。そもそも性行為じたいが、必須ではなかった。プレイの流れや、気分によって交わったり、交わらなかったりする。
 アブノーマルとされる領域に足を踏み入れれば、性的な行為をどこまでも自由に楽しむことができた。 坂崎は手首を縛られたまま、心は解放され、素直に喘ぐ。

「あっ、あぁあぁ、大貴様ぁ……!」

 制服を乱した大貴に後ろから覆い被さられ、丹念に突かれる。
 絨毯に擦る膝が痛い。そんな痛みも快楽のスパイスになる。たまらない……。

「しあわせ? 坂崎……」
「は……いぃ……、最高ですッ……」

 抱きしめられて、首筋にキスをされれば、耳元にかかる吐息の熱さに大貴も感じているのだと実感できて嬉しい。

「大貴様……、あぁ、おおきい……っ」

 現在ではなめらかに男根を受け入れる坂崎も、初めは、小指を挿れてもらうことすら気が退けた。
 そんな折には饗庭氏と大貴の交尾を間近で見せられ、躊躇うのをやめた。犯される大貴は頬を赤らめ、饗庭に強制されてだったが「ホモセックス気持ちいい」と繰り返し喘ぎ、抽送の刺激だけで絶頂に至り、とても悦さそうだったから坂崎も肛門を恥ずかしく開発していく道に挑戦してみることにしたのだ。
 大貴を買う他の客と親しくなり、秘蔵の動画を見せてもらえた夜もあった。映像に映る、ペニスの根元を縛られた大貴は、射精を封じられたままビクビク痙攣しながら達し、坂崎は、自分もこの境地までたどり着いてみたいと決意する。
 結果、こうして大貴に千切れんばかりに強く握りつぶされて吐精をせき止められても達する身体になり果てた。

「ヒィィ……、イィ……、あっあっあッ……」

 天井を向いて転がった、大貴を後孔に受け入れたまま。
 手を離されると勃起を保ったペニスがしなる。与えられた痛みのせいで脂汗が滲んでいるのに尖端からは透明な液汁が多量に溢れた。大貴は鼻で笑う。

「ドライで何度イッてんだよ」
「あぁあ……ぁ……」
「なんかもう、坂崎って、オスとして終わってるよなー!」

 パァンと尻を叩かれれば、その痛みも快感になる。

(オ、オスとして終わってる……!!)

 そう言ってもらえたのも嬉しい、坂崎は何処までも惨めな存在になりたいのだ。

「ボ、ボクはぁ……!」

 身体を振るい、女性ホルモンのクリームを塗ったり弄ったりして育った胸を誇示しながら、坂崎は想いを伝えた。大貴は冷酷な笑みをたたえて聞いていてくれる。

「じょ、女王様の奴隷犬であり、お父様のえっちなオモチャとして育てられた大貴様よりさらに下の存在です、つまり犬以下、オモチャ以下、カチク以下の存在です──……!!」
「あはははは……わらえる……カチク以下ってゴミとおんなじじゃん!」

 大貴はテーブルに腕を伸ばし、グレンリベットをグラスに注ぎ、ロックで味わってしまう。身を倒して坂崎にも口移ししてくれる。何度舌ごと味わっても感動できる。
 再開される腰つき。坂崎を犯す大貴の、酒気で染まった頬が、乱れた制服に色っぽい。
 坂崎は幸せで仕方なかった。生きているうちにこんな悦びを味わえるだなんて、五年前の坂崎に教えても、きっと信じないだろう。

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 片づけて、坂崎から先にシャワーを浴びて、大貴を待っているつもりだったのに寝落ちしていたらしい。ベッドに腰を下ろした気配で、微睡みから引き剥がされた。下着一枚の大貴は、充電器にスマホを繋ぎながら「あ、ごめん」と坂崎を見る。

「起こしちゃった?」
「……あ、い、いや、ボクこそごめん、知らないあいだに寝てて……」

 うろたえる坂崎に大貴は微笑む。プレイ中の高圧的な表情はもうどこにもない。

「仕事で疲れてるんだって。なぁ、明日って何時に起きたらいい?」
「えぇと……そんなに慌てなくていいよ。本社には昼前に顔を出せばいいから、8時くらいで大丈夫だよ」
「わかった。じゃあ8時」

 大貴はスマホのアラームをセットして、ベッドサイドに置き、布団に入ってくる。室内の明かりが消されていないのは、坂崎は暗闇を好まないからだ。客は坂崎だけではないのに細かな点を覚えていてくれる大貴に対し、感動とともに頭が下がる思いだった。
 ツインベッドなのに、当然のように同じベッドに来てくれることも嬉しい。

(明日、大貴くんは実家に行くんだよね……)

 そこはかとなく心配になる。どんな目に遭ってきたかは他の客からも聞いたことがあるし、大貴の身体やプレイの完成度からも父親の残酷さは伝わってくる。

「あ、あのさ」
「……んー……?」
「何かあったらいつでも助けに行くから……」

 心配な気持ちや、力になりたい気持ちを示したい。大貴は顔を崩して笑った。

「あははは……。うれしい。ありがと、坂崎さん」
「大貴君……」

 坂崎には、深刻な表情で大貴を見つめている自覚がある。

「大丈夫だよ。最近は、親父にヤられても、泣いたりなんかしてねーし」
「そう言われても……納得できないんだ」
「……俺と親父ってー、けっこう仲いいんだぜ。世のなかの同世代のヤツらより、よっぽど本音で話してるし、シュミもあうし。明日もちょっと話したいことがあって……」
「話したいこと?」
「男娼の仕事はー……、そろそろ、減らしていこっかなって思ってる。そのこととか」

 大貴は息を吐いた。一息ついてから、伝えてくれる。

「……家を出てからも、全然知らないおじさんとか、一回きりの相手とか、いろんなひととエッチしてきたけど、なんかもう、スキなひとや、仲イイお客さんとだけしか、しなくてもいいかなって、だんだん、思えるようになってきて……俺のカラダはもうそれだけで満たされる気がする……」

(あぁ……このときが……来たか)

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 喜ばしいことだ。いつかは、そんな日が来なくてはならない。坂崎の寂しさよりも、大貴の人生のほうが大事だ。それでも、坂崎は尋ねてしまった、追いすがるような気持ちで。

「仲イイお客さんの中に……僕は含まれてるのかな……」

 大貴は「あたりまえじゃん!」と、即答してくれた。

「逆に、俺だって……高校生だし、こんなに背ぇ伸びちゃったのに、いいの?」
「なにがかな?」
「……坂崎さんって、ショタずきじゃん」
「それはそれ、大貴君は大貴君だよ!」
「なにそれ!」

 気づけばお互いに身を起こしていた。ベッドの上で手を取りあう。見つめあいながら。

「大貴君さえ良ければえっちなお仕事を辞めてしまっても、大人になっても、コーヒーくらい飲みたいよ!」
「そんな、コーヒーだけなんてやだ、どっか遊びにいこ!」
「大貴君っ……!」

 出会ったときよりもずっと男らしくなった胸に擦り寄ってしまう。
 大貴は戸惑った様子ながら、抱きしめてくれた。

「なに泣いてんだよ、ちょっと、坂崎さんっ」
「よかった、きみと出会えて。大貴君に導いてもらえなかったら、今も悶々として生きてたんだ。欲求を押し殺して。はずかしいって気持ちしかなかったし、怖かったんだ、性癖に正直になることが。だけどもう平気だ、そのうちシュミを理解してくれる恋人も作るよ、いままでみたいにひたすら隠しまくるんじゃなくて」
「坂崎さん……! 俺はただお手伝いしただけだよ、坂崎さんが、自分で素直になったんだよ」
「……ボクが自分で……」

 予想だにしない言葉をもらって、坂崎は驚く。滲んだ涙が頬を伝った。

(そういえば始まりも……あの時のボクなりには、勇気を出したもしれないな……)

 仕事で知りあった饗庭に、意を決して伝えた。

『子役時代のあなたが、少年時代の憧れでした!』

 軽く言えばいいものを、妙に力むものだから、同席していた者たちは『告白ですか』などと笑う。
 しかし、饗庭は嬉しそうに坂崎と話してくれたし、後日、別邸に誘ってくれた。饗庭はすぐに、坂崎の隠された願望を見抜いたのだろう。
 震える手で大貴のペニスをはじめて扱いた日も。
 調教して下さいとシーツに額を擦りつけて懇願した日も。
 坂崎なりに勇気を振り絞った。そして心は解放されていった。大貴は抱きしめる腕をゆるめる。

「そうだよ。坂崎さんはカッコいい。性癖は業(ぎょう)だもん。その業に対して、抗うことなく追及した者だけが辿りつける楽園があるんだよ……」

 微笑って口づけてくれる。
 思えば大貴のキスこそ楽園への入り口だった。甘く舌を絡めて愉しんだあと、再びふたりで横たわる。大貴も目頭を擦る。

「なんか、俺まで泣けてくる、よかった」

 ありのままの気持ちを伝えたことに、いまさら照れくさくなった坂崎だ。

「……ありがとう、おやすみ、大貴君」
「うん。おやすみなさい。俺、寝相よくねーから、蹴ったらごめん」
「蹴……あっ、うれしいよ」
「あははは……ほんとマゾ。かわいい、坂崎さん」

 大貴は素足の爪先でつついてくる。大貴が少年男娼を辞めてしまうまで、大人になってしまうまで、買いたい、飼われていたい。その日が遠くても近くても構わない。穏やかな気持ちで見守ることを誓う。

END