少年の闇

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「おお、やっとるなぁ」

 相沢家の土蔵に足を踏み入れた来客は、繰り広げられている乱交に薄笑みを浮かべた。広い範囲に布団が敷き詰められ、その上で行われている。弄ばれているのは驚くべきことにまだ幼い少年で、壮年から初老の男達が群がっていた。

 少年の全身は昼夜を問わずさんざん暴力を振るわれ、傷付いている。尻穴も酷いことになっているのは明白だった、抽送と共に滴る血。犯されつづけ、今は騎乗位の体勢で揺らされていた。もう意識が朦朧としているのか、少年の瞳の焦点は定まっていない。それでも激痛が気を失わせてくれないのだろう、時折表情を歪め、呻き声も漏らす。散乱したグロテスクな玩具、竹刀、縄といった道具類は全て少年を痛めつけるために使われたに違いない。

「遅いですよ森さん、昨日来るって言ったのに」
「森、もう健次はガバガバだぞ、ケツがバカになっとる。それでも良いなら犯れ」

 少年──健次を貫いていた男は揺さぶりを止め、強引に結合を解いて引き剥がす。まるで物を捨てる動作で布団に放ると、健次の身体は人形のようにしなった。

「ガバガバでも良いぞ〜、儂は。しかし随分手酷くやったなぁ、この子にも人権っていうモンがあるんだぞ」

 森の言葉に一同は笑う。仰向けに転がされた健次の身体を軽く足で蹴り、森はカチャカチャと己のベルトを外した。

「まだ意識はあるんだろ。四つん這いになれ」

 命令が聞こえたはずだが、健次は微動だにしない。森は少年の腹部を踏みつけた。その腹はまき散らされた精液が乾いてはりついたものと、暴力の傷と血に彩られている。
 
 内臓を押し潰しながら、森の目線は健次の性器に行く。無毛のままの可憐なペニスにも、汚れた大人たちの手は伸ばされたらしい。強引に擦られて弄られ尽くし、赤く腫れて出血の痕跡がある。包皮は無理やりに捲られ傷付いていた。──当然のごとく萎えている。健次に快楽など与えられない、ただ玩ばれ続けるだけなのだ。

 何度も踏みつけ、森がズボンを捨てて下半身を晒した頃、やっと健次は起き上がる。傷付いた身体を起こす動作はゆっくりだったが、わざと鈍くしているのではなく、弱りきっているのだろう。
 健次は唾を吐くように口の中の血を吐いて、それから体勢を変えた。行儀が悪いぞ、と笑混じりの弥次が飛ぶ。

「突き出せ。高く。もっと高くだ!」
 
 男達の声に、健次は脚を痙攣させながらも言う通りに従う。丸見えになる肛門は、マトモな精神を持つ者なら目を覆いたくなるような惨劇と化していた。入り口は鬱血して膨れ、粘膜は裂けて切れてもいた。男達が言っていた通り括約筋はすっかり“バカ”になり、広がりきって開いたままだ。穴からはこうしている間にも赤色の混じった精液がドロドロと垂れてくる。

 薄笑いを浮かべる森の性癖は、傷付いた健次を鑑賞して興奮する。何度か己で扱くと直ぐにペニスは怒張し、ソレを少年の蕾に押し当てた。緩んだ肛門は難なく男を飲みこんでしまう。激痛いのか健次は表情を歪め、布団に爪を立てて必死でこらえている。

 抜き差しを始められると喉から擦れた呻きが漏れた。子どもの悲鳴には聞こえない。ギィイィ、ともキィイ、ともつかぬ押し殺し絶叫を耐えている声だ。眉間に皴を寄せた顔をもがくように動かすと、やがて健次はシーツを噛んでしまう。意地でも悲鳴は上げたくないらしい。

「グチャグチャだなぁ、健次、しまりも悪いし小学生のお尻じゃないぞ、ぐはははは」

 小さな尻を掴んで、太く長い凶器のような肉棒を出し入れする森。早くもソレは血合いに光っている。

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 ──闇の中に響く、啜り泣きの声

 健次を蔵に置き去りに、輪姦の宴はお開きとなる。また近いうちに集まりましょうと約束をし、男達は解散した。

 裸体のまま、うつぶせで健次は震えを止められない。大人たちの前では見せなかった涙が溢れ、血やローションや精液で汚れた枕に染みていく。

「ちくしょう。ちくしょう……ちくしょうッ……!」

 顔を上げても、雫は止まらない。溢れて頬を伝い、鼻水を啜る。健次は悔しさに己の肩を抱いた。

「うっ、くっ、うぅ……くぅ……!!」

 少年の心はズタズタに引き裂かれていた。プライドなど割れ砕けている。これ以上ないほどの羞恥と、苦痛。男として生まれてきたことさえも否定されるような仕打ち。理解できない。どうしてこんな目に遭わされるのか……

「ッうぅうう……」

 こらえ切れず、両手で顔を覆う。こうして泣いている事自体、健次には耐えられない。あんな奴等に泣かされるなんて、敗北も同然だと思った。

 どれだけ身体を踏み荒らされても、動じない強さが欲しかった。ケンカでも、試合でも、負けたことはない。でもそれは上辺だけの強さだ。こうして泣いていたら意味がない。何をされてもこたえない、何をされても強い心で居たいのに、今、折れてしまっている。その事実が情けなくて、健次は余計に打ちのめされてゆく。どん底に落ちていく精神。

 もっとも、幼い少年が無理やりに輪姦されて“泣くな”と言うほうが難しいだろう。けれど健次にとってそれは、許しがたい屈辱。
 
 その時、物音がした。敏感に反応し、健次は入り口を振りむく。今よりも小さな頃から絶えず地獄に晒されている健次は常に感覚が研ぎ澄まされている。僅かな物音でも反射的に身構えてしまう。

「健次さま……!」

 戸が開いて、外界の明かりが射し込む。月光の蒼白い光は健次の座り込むシーツにも刺さった。

「お手当てします、健次さま」
「……!!」

 現れた春江を、健次は拒絶する。布団を掴み頭から被った。泣いている姿を見られたくはない。駆け寄る足音が響いて、布団の中で涙を拭った。

「大丈夫ですか、健次さま、手当てをしないと……」

 布団越しに春江の手が胴体に触れる。揺らされると傷に触ってズキズキした。尻穴もまだ燃えるように痛いのだ、健次は苛ついて春江を蹴る。

「帰れ。ちかづくな! バカだろ、大丈夫だと思うか?」
「ご、ごめんなさい、申し訳……!!」
「クソアマが──俺の体にさわるな!!」

 何度も蹴り付けると、春江は尻餅をついて倒れた。布団がめくれ、姿をあらわにした健次は彼女を睨みつける。酷く狼狽した春江の表情が薄闇でも伝わった。その様子に健次は鼻で笑うと、さらに駄目押しをしたくなって、枕を掴んで投げつける。至近距離で思いきりなので痛いはずだ。頭部に当たって、春江のまとめ髪は乱れた。

「け、健次さま……!」
「おまえの顔なんか見たくない」
「……」
「消えろ!」

 もう一度蹴り付けて、健次はまた頭から布団を被った。……春江はゆっくりと蔵を後にする。やがて扉が閉まる音が聞こえた。
 
 本当は春江を追い払いたいわけじゃない。罵ることも痛めつけることもしたくない。それなのにイライラするとどうしていいか分からなくなる。健次は表情を歪め唇を噛んだ。虐待に遭うといつも何にでも当たりたくなる、ぶち壊したくなる。そしていつも寄ってくるのが春江だから、たまたま居るのが春江だから、彼女に当たってしまう……

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 宴の翌日は学校を休んだが、その次の日は登校した。まだ身体は痛く、特に尻は散々な有り様で座っているのも辛いほどだ。

 だが、家に居ても春江の世話になるだけなので嫌だった。つい八つ当たりしてしまうし、それを抑えようと思ってもいじらしい彼女を見ていると余計に癪に障り、乱暴してしまう。

 昼前の通学路を独り歩きながら、そうだまた何かを壊そうと健次は思った。
 虐待に遭った際は、いつも動物を殺したり、物を壊したりして遊ぶ。そうすると腹の底から笑えて、いくらかすっきりする。健次なりのストレス発散の方法だ。
 
 学校につくと、時刻は3時間目を過ぎていた。全校合同で運動会の予行練習をしている。グラウンドに整列する彼等を横目に、職員室へ教室の鍵を借りに行った。健次が変な時間に登校するのはよくある事なので教師は何も言わない。──というか、健次のことはスルーというのが教師を含め、この界隈の大人たちの決まりごとだった。

 相沢家は学区一帯の地主であり昔から様々な面で幅を利かせている。住民達は相沢の家に、文句どころか意見も言わない。息子の健次が頻繁に不審な傷アザを作り、学校を休み、時には入院までしていても、閉鎖的な地区では誰も問題提起しなかった。

 今日も所々に包帯やら湿布やらの処置をされ、口許を切って腫れさせているのに、職員室の面々は無言を貫く。健次も無言でカギを受け取り、階段を上って教室に向かった。こんなことには慣れきっているので、健次にとってはふつうの日常だ。

「あッ。あいざわくん」

 廊下で、一人の少女と出会った。何度も見たことがあるので多分同じクラスなのだろう、健次はクラスメイトに興味が無いので、顔も名前もろくに覚えていない。話をしても自分より子どもに思えてイライラする。

 壮一の連れて来る面々の中には比較的虐待のぬるい者もおり、あまり酷いことをしない人間とは多少、健次は口をきいてやることもある。そういった大人と話しているほうがまだマシで、楽しかった。同年代の少年少女からは何も得るものがない……
 
 体操服姿の少女は、ハンカチを教室に忘れたので、取りにきたのだと告げた。そうしたらあいざわくんがカギを持ってきたからすごーい偶然だね、とキャッキャとはしゃぐ。その高い声に健次はむかついてしまう。そして急激にやる気が失せてきた、体育に参加して、こんな傷付いた身体でわざわざ疲れるのも癪だ。

「おい」

 教室の前に着くと、健次は少女にカギを差し出した。

「やっぱり俺は帰る。用すんだら、おまえが職員室に返してこい……」
「えっ?? どうして?? せっかく来たのにーー? ねえねえ運動会のれんしゅうたのしいよ、つなひきのれんしゅうとかするんだよ」

 冷めた健次には運動会なんて腐った行事にしか思えない。ただの茶番だ。
 少女は教室を開けて、強引に健次の腕を掴んで引き入れた。早くきがえなよ! 能天気な表情も声も全てが気に障る。健次は表情を歪め、少女の手を振り払う。

「わぁっ! なに?!」

 驚いた少女の顔。やわらかそうな頬に唇。赤白帽を被って、艶めく黒髪は長く三つ編みにされている。愛玩動物に見えなくもない。……そうだ犬や猫と一緒だ。今まで殴りつけたり爆竹をくくり付けたり川に沈めてきたあいつらと同じか、このガキも。
 
 健次はランドセルを放り投げた。異変に気付き急に沈黙した少女を床に押し倒す。乱暴な手つきで体操着の上から胸を握った。発育途中の平らな胸で、成熟した春江のものとは違う。

「おしえてやるよ、大人が何をしてるか。バカだから知らねえんだろ? どうせおまえは……はははははッ!」

 恐怖を感じているらしく少女は小刻みに震えていた。自分の性器は先日の虐待で傷付いているから、使いたくない。変わりに筆記用具やらリコーダーやらを突っ込んで掻き回してやった。健次はケラケラ笑いながら抜き差しする。未発達の膣から流れる赤い血。少女は微動だにせずまるでダッチワイフのようだ。その瞳からはとめどなく涙が溢れていた。

 つぶらな瞳はまるでアノ日殺した飼育小屋のウサギのようだ──

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 あれから少女は学校に来ない。塞ぎ込み、自分の部屋にこもりきりで周りが事情を聞いても何も喋らず、突然の異変に家族も混乱しているという。

 その話は児童達にもホームルームで伝えられ、いじめは無かったかだとか知っていることがあれば教えて欲しい、と教師は言った。

 健次は一人内心で嘲笑った。弱い。強姦位でコワレルなんて、アレはやはり小動物と変わらなかったらしい。そう考えると、同じクラスの連中も犯したアレと対して変わらないように思えてきた。周りに机を並べるどの顔も下等生物に見えてきてさらに嘲笑えてくる。

 ああ、愉快だ──困惑に包まれる学級とは裏腹、健次は機嫌を取り戻す。沈んでいて些細なことでも癪に障ってイラついていた気分が、やっと落ち着く。

 だから、やっと春江の手当てを素直に受けられる。
 
 その日の風呂上がりも、春江は処置を施してくれた。未だ癒えきらない傷に軟膏を塗り、酷い部位には包帯を巻いたり、絆創膏を貼ってくれる。健次は浴衣をはだけた姿で座り、彼女に任せた。庭を眺める縁側にて。

「……春江……」

 腕の傷をピンセットの脱脂綿で消毒されながら、意を決し、謝ってみた。白菫色の着物を纏う春江に感じる色っぽさと、染みる痛みが交じり合うのを認識しながら。

「その……、……けったりして、悪かった。つい、俺は……」
「いいんです」
「痛かっただろ……」
「健次さまの痛みに比べれば、なんでもありません」

 綺麗に巻いた包帯の腕に、春江はそっと頬を寄せた。動作に健次の心は惑わされる。胸の奥が熱くなるような気がする。

「……春江は優しすぎる。だから、壊したくなる」

 健次はそうされながら、春江を見つめた。
 
「それなのに、壊したくない。……どうしたらいいのか分からねえ、こんなこと、他のヤツに思ったことはないんだ……」

 頬を付けたまま、春江も健次の瞳を見る。その瞬間に健次は春江を抱きしめた。

「! 健次さま……」

 驚いた様子の春江だったが、こわごわと背中に手を回してくれる。健次は眉間に皴を寄せた。触れあう体温の中、何か言葉を紡いでみたい。けれど上手い言葉がみつからない、込み上げるこの感情の名前すらまだ健次は知らないのだから。

「……春江のためにも、俺は強くなる。ぜったいにだ、おまえを守りたいんだ。それで……いつかは、おまえを親父から、自由にしてやる……」

 春江の身体を放し、健次は視線をそむけた。心の内を話すのは気恥ずかしい。でも、想っていることを何とか、精一杯の言葉で伝えてみた。

「こ、こんなこと……もう二度と言わねえ、だからずっと覚えてろ」

 ぶっきらぼうに言ってのけると、健次は荒っぽく立ち上がる。今更に頬が熱くなってきて、逃げるように廊下を早足で過ぎた。

「嬉しいです、健次さま!」

 背後から響く、弾んだ声。健次は照れ臭くて、なぜ本音を漏らしてしまったのだろうかと少し後悔しかけたけれど、春江が喜ぶのなら言って良かったのかも知れない、と思い直す。歩きながら乱れた浴衣を直し、自室へ向かう二階への階段を駆け上った。

エピロォグ / 5

 人気作家・相沢壮一が亡くなって数年が過ぎた。彼と知りあいだった森という男は、ある日たまたま相沢邸の近くに出かけたので、帰りに様子を見に行った──だがそれは男の運命を決定づける愚かな行為だった。

 屋敷は健在で、石畳を掃き清める和服姿の女はどこかで見たことがあった。春江嬢だ、と気がついた瞬間男は思わず顔をほころばせる。あの乙女は今、艶香を漂わせる大人の女性となっていた。つい、春江チャン、と声を掛けてしまった所から世間話が始まり、軒先で話すのも何ですからどうぞ中へ……柔らかな笑みに誘われるまま、久しぶりに相沢家の敷居をまたぐ。

 家の中もあの頃と何も変わらなかった。贅沢なつくりの日本家屋だ。板張りの縁側を歩んで、客間に案内されてゆく。

「それじゃあ、今は健坊とふたりで住んでいるのかい」
「はい。奥様もずっと病院にいますし、美奈子さまも出ていかれて」

 壮一が非業の死を遂げた際にはまだ存命だった、先代夫婦も他界したらしい。相沢家の家督は健次が継いでいるようだ。
 
 通された部屋で座布団に腰を下ろし、手入れの行き届いた庭園を眺める。春江がお茶を出してくれて、しばらくすると早いリズムの足音が聞こえてきた。響きは健次のものだとすぐ分かる。武道をしていて重心のバランスが良いのか、どたどたと大きな音が立つこともない。そういえば、壮一の場合だとうるさいほどに廊下が鳴っていたなと男は思い出した。

「健坊……」

 現れた青年に視線は釘付けになった。Vネックの黒いセーターに黒いデニムを合わせた長身の姿。これがあの健次? たしかに子どものころから凛々しい顔立ちをしていたが、成長した彼は凛々しい、では済まない──刃のような鋭さを孕ませた瞳だ。纏う空気は威圧的でさえある。彼は何故か、白鞘の長ドスを持っていた。

「よく来たな。散々虐待しておいて、呑気に顔を出すなんて神経疑うぜ」

 健次に見下される。不機嫌そうな表情は、男の背筋をぞくりとさせた。

「健次さまは寛大な心の持ち主です。姿さえ現さなければ、あなたがた加害者を放っておくつもりでしたのに。それなのに」

 来てしまうから。正座をしている春江が呟く傍らで、ゆっくりと鞘が抜かれる。陽光に煌めく刃紋。やっと状況の緊迫に気付き、男は座布団を転げ這いずった。殺される──! 

「うわぁああ、許してくれ!」
「嫌だ。どうしてか分かるか?」

 畳の上を逃げる男に、健次の影が重なる。

「俺がガキの頃。懇願しても、貴様は凌辱をやめなかった。忘れたとは言わせねえ……」
「ぎゃぁあ!!!」

 突き立てられた刀が、切り裂いた。激痛と共に鮮血の飛沫が走る。

「貴様には死ですら生ぬるい位だ。生きながら地獄を味わせてやりたくもある。……だけどその豚みてえな顔を見てるとイラツクから早く消えろ」

 散々に切り刻まれて男は絶命した。小春日和の穏やかな午後だった。意識が事切れる瞬間に見たのは、健次の微笑だ。その顔に返り血を浴びながらも健次は口許を緩ませていた。

E N D