1 / 1指名していた娼妓が死んだ。恋人との心中だった。四季彩ではめずらしい話ではない。自由に恋愛などできない彼らは時折、死を持って結ばれようとする。 けれどまさか、自分の気にかけていた男娼が……暮林は少なからず衝撃を受け、遊廓への足は自ずと遠のいた。 どれくらい月日が流れただろう。久しぶりに、四季彩に行ってみようと思ったのは。指名男娼を喪った暮林はあてもなく郭内を彷徨う。あまり興味のない、娼婦棟まで見に行ったほどだ。様々な色の灯に彩られた雰囲気は懐かしく、やはりこの場所が好きだと再認識する。見世の中で誘う目をした女、女のような姿の男、客の笑い声……遊廓はきらびやかさと淫猥さが混ざり、心地よい。 敷地内を歩む暮林は奥まった場所にある、年若い男娼をそろえた棟へも立ち寄る。これまで幼子を愛でる趣味はなく、欲情する連中の気が知れないとまで感じていたのだが、今宵は気まぐれに踏み入った。 愛玩用の子供たちは畳敷きの見世に並んで座り、指名されるのを待っている。客の大人たちはその周りをウロウロと歩き、近づいて眺めたり、実際に手を取って調べてみたりもして、品定めをしていた。 暮林はそんな光景を見るだけでも、胸糞悪い。まだ思春期も迎えていないような子──中には、幼児もいる──がこうして身体を売らされているという事実に対してもだし、彼らに発情する客の姿は醜悪に見えた。今まで暮林自身がしてきたことも買春には変わりないが、子供を買うよりははるかにマシだと主張したい…… 「どうです、お客様。この子たちなどおすすめですよ」 遊廓の従業員が、暮林を手招きする。その辺りは受け子といい、受け身専門・M性癖に飼育されている子供の陳列場だった。 幼い男娼は皆可憐だが、受け子は一段と可憐な姿で、華奢というよりも脆弱。折れそうなほどに肢体は細く、太陽など浴びたこともないのではと思ってしまうほどに白い肌をしている。外を駆け回るどころか、ごく当たり前な日常生活にさえ適していないような姿形だ。 「新しい子をお好みなら、由寧、楓あたりは如何ですか。由寧は見ての通りに観賞しているだけでも甘美な気分になれること請け合いですし、楓はオッドアイの奇種ですよ。受け子にしては男の子らしく仕上げてあるのもポイントですね」 従業員が紹介する少年二人は、寄り添うようにして座っている。暮林をじっと見てくる視線は、自分たちが売られていることもよくわかっていないのではと思うようなあどけなさがあった。 由寧は、栗色の髪を顎元で切りそろえた美少年。針金のような足首にリボンを巻いて結ぶ、バレリーナのようなトゥシューズを履いている。着ているのはふわふわとした羽毛のガウン。和柄のコルセットのせいもあり酷く胴がくびれていて、ショーツの膨らみがなければ少女に見える、まるで絵画の天使を思わせる容姿だ。 楓はというと、際立つほどの顔だちではないものの両眼の色が異なっているのが、見る者の目を惹きつける。ぞっとするほどにいやらしいランジェリーを着けており、黒髪で素朴な容姿に纏われると、それは奇妙な倒錯を生み出していた。その上に和服を羽織り、ゆるく帯を結んでいる。 小柄なために二人の瞳は余計に大きく感じられ、暮林はペットショップの子猫たちに見られているような心地になった。とても性的魅力など感じない。単に可愛がるのならば良いが、こんな子供たちと性を交えようなどとは少しも思えない。 やはり自分には、幼子など抱けない。成熟しきった男娼を買いに行こうと、その場を離れようとした時。 他の客が彼らを見に来る。恰幅の良い中年男で、成金といった風体だ。金色の腕時計、様々な指輪、シャツもスーツも派手なだけで品がない。従業員の売り込みを聞き、楓を気に入ったようで脂ぎった指を伸ばして顎を掴む。そんなことをされても、楓はぽかん、とした顔のままで客を見上げている。 暮林の眉間に皴が寄った。 汚らしい手であの純朴そうな子が弄られるのかと思うと強烈な不快感が走り、切なくもなる。 「俺がその子を買う」と言い、楓を彼から横取りした。 ……暮林に気圧されたのか、男はぶつくさと文句を零しつつも、隣の由寧を抱くことにしたようだ。 「ご指名ありがとうございます。こよいは、よろしくおねがいいたします」 通路に降りてきた楓は暮林の手を握り、見上げてそう言ってきた。ぺこり、と頭を下げてもくれる。 「……ああ、よろしく。行こうか」 つい衝動的に買ってしまったが、もちろん性欲など湧きはしない。暮林は子守りをするような気持ちで手を引き、遊廓の長い廊下を歩きはじめたのだった。 E N D |