DECADENCE FAMILY

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「岸本君、FAMILYに寄ってみるか」
 車を運転する秋山は、助手席の男に話しかけた。取引先との打ち合わせがスムーズに終わったのだが、このまま帰社するのも早過ぎる。時刻はまだ夕方だ。
「え、FAMILYですか? FAMILYって……あの?」
「あぁそうだ。別に用も無いが、ヒマだしな。それにおまえ行ったことないだろ、一回顔出しとけ」
「いいんですか、いきなり行って」
「克己は俺の女だぞ。文句なんか言いやしないさ」
 女。秋山の言い方に、岸本はいつものごとく笑いそうになった。実際に“克己”を見たことはないが、秋山からよく話を聞いている。克己はれっきとした男性であるのにも関わらず、秋山は彼を〈女〉呼ばわりした。それが岸本にはおかしい。絶世の美女だと熱っぽく語ることもあり、そんな時は笑いをこらえるのが大変だ。
(それに好きじゃないんだよな、四季彩の高級男娼ってヤツは……)
 現在はFAMILYで主に事務職をこなし、副業的に男娼を続けている克己だが、元はあの遊郭・四季彩の男娼だったというではないか。しかも永きに渡って売り上げ・人気共にNo1に君臨し続け〈太夫 ─たゆう─〉の称号まで持っていたらしい。
 岸本は四季彩の高級男娼が苦手だ。男同士が交わるアダルトビデオを制作・販売するという仕事柄、何度か顔を会わせたことがあるが、彼らを一言で表すと女狐という言葉が相応しい。上客を見ると腰をくねらせ、化粧して着飾った姿で誘う。妖しげな薄笑みを浮かべ、媚びるような言葉ばかりをつらつらと並べる──そんなイメージだ。
(太夫、ってついてる時点で好かんな、克己とやらは)
 しかし、そんなことを上司に言えるはずもない。岸本は不満を飲み込み、秋山に付き合ってやることにした。

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「勉強を教えてたんですよ。大貴君に」
 岸本の予想は良い意味で裏切られた。克己は確かに女性的な容姿ではあったが、ワイシャツにネクタイをゆるめたサラリーマンのような姿だ。ごくふつうの青年、そんな装いである。
「大貴に? あいつ頭良いんじゃないのか」
「うーん、理数系は強いんですけど。文系はちょっと」
「でも英語出来るだろ」
「そうですね。でも日本語が……サ行変格活用で詰まってますね、今」
 克己は苦笑しつつ、応接室の空調をリモコンで操作する。
「ハハハ懐かしいな。テスト近いのか?」
「そうみたいです──何飲まれます」
 克己の目は岸本に向く。岸本は瞳が合って内心どきりとした、克己の顔立ちはお世辞抜きで美麗だ。妖艶なのにそれでいてさわやかに整っている造作は清艶、そんな単語が似合う。
 なるほど、絶世の美女。あながち間違いではないかもしれない、岸本はそう思ってしまった。
「紅茶と日本茶と、それからコーヒーがありますけど」
「……じゃあブラックコーヒーで」
「分かりました。ちょっと待ってて下さいね」
 それだけ聞くと、克己は応接室を後にしてしまう。
「あれ、秋山さんは?」
「俺はいつもアールグレイだ」
 聞かずとも、克己はそれを心得ているらしい。秋山が煙草を取り出したとき、扉が再び開いた。克己が戻ってきたのかと思い岸本が入り口を見ると、ぴょこりと顔を覗かせているのは制服姿の少年だ。
「おぉ大貴、どうした」
 秋山は彼のことを知っているようだ。大貴と呼ばれた少年もまた、秋山のことをあだ名で呼ぶ。
「あっきぃ。カッツンに会いに来たの?」
「そういう訳でも無いんだがな。ヒマだったから寄っただけさ」
「ふーん……ねぇ俺も部屋入っていぃ?」
「来い来い。こっちにきなさい」
 手招きされると大貴は嬉しそうに笑んだ。勢いよくすべりこむように秋山の隣に腰を下ろす。秋山も笑顔を浮かべて大貴の肩に腕を回した。
 岸本は戸惑う、一体この少年は何者なのか? 黒いズボンと白い開衿シャツ、中学生の制服姿。
「大貴久しぶりだな。また身長伸びたんじゃないか」
「うん。ちょっと伸びたかも。そっちの人は?」
 秋山は片方の手で大貴の腿を撫でる。その手つきは明らかに性的だ。
「岸本君だ。俺の部下だよ」
「そうなんだ! はじめまして、大貴です……って、あっきー触りすぎっ!」
 股間を揉み込まれ、さすがに大貴は抗おうとする。しかし、顔は笑っていて身体をふりほどこうとする動作もじゃれるようなもの。本気で嫌がってはいない。
「立つ、チンコ立っちゃう」
「いいだろ、大貴は淫乱な男娼なんだから」
「俺淫乱じゃねーもん! それに岸本サンひいてるよ、こんなこと部下に見せていーの?」
 会話で岸本は少年が男娼であることを知る。
(だ、男娼かよ……この子が?)

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 岸本はまじまじと大貴を観察してしまう。健康的な体つきをした、見るからに元気そうな少年。確かに顔立ちは整ってはいるが、克己のような妖艶さは無い。男娼をしているふうには思えない、ごくふつうの男の子だ。
「良いさ、岸本君は俺と克己の関係も知ってるんだ」
「え、そーなの?!……岸本サンも男がすきなんですか?」
 秋山に触られながら、大貴はストレートな質問を投げかけて来た。岸本は笑ってしまう。大貴の顔は素といった感じで、おそらく本当に頭に浮かんだことを聞いているのだろう。問いかけには答えず、逆に岸本は尋ねてやる。
「……大貴クンはどうなのかな?」
「俺? 俺はー、男とエッチはできるけど、女のひとがすき」
「大貴はやり手なんだぞ。8つも年上の女をなぁ」
「やり手じゃないよ! つーかなにやり手って」
 大貴が笑っていると、克己が戻って来た。手にはカップを乗せたお盆を持って。
「わ、やべ、カッツンだっ」
 大貴は慌てて秋山の腕をほどき、岸本の隣へと移動する。
「俺ら浮気してないよ。ちょっと遊んでただけ!」
「別にそれはいいんですけど……大貴君ドリル進んだんですか?」
「ちょっと進んだからー、きゅうけいする」
「休憩が多過ぎますよ。さっきから」 
 だって疲れたもん! と大貴は声を上げた。苦笑しつつ、克己はテーブルにカップを並べる。岸本の前にはスティックシュガーを添えたコーヒーが置かれた。秋山と大貴には同じアールグレイの紅茶が出される。それを見て、大貴は嬉しそうに微笑む。
「俺にもいれてくれたんだ。やさしい、ありがと」
「大貴君もアールグレイ好きですよね?」
「うん。紅茶でいちばんすき。あっ岸本サンはブラックなんだ、大人っ」
 大貴の笑顔は無邪気だ。男娼にはちっとも見えない彼に対し岸本の興味は沸く。本当に男娼なのか、どんな仕事をしているのか、どんな生活をしているのか知りたくなる。
「岸本君、お前大貴のことイイと思ったろ」
 隣に腰を下ろした克己に煙草の火を点けてもらい、秋山が口を開いた。その顔は少しばかりニヤついている。
「えっ、そんな」
 惹かれたのは確かに事実だったので、岸本はとっさに言葉を返せない。大貴は砂糖を入れてかき混ぜながら驚いたような表情をした。
「大貴、相手してやれ。岸本君は少年もいけるくちだからな」
「そーなんだ、でも俺でいいの? 俺可愛くないよ」
「可愛いぞ大貴は。おじさん達のアイドルだ」
「アイドル? あはははっ。全然だよ、アイドルは祥衛じゃん」
 ティースプーンをカップから抜いて、大貴は紅茶に唇をつける。その動作はやんちゃそうな外見に反し、意外にも洗練されていた。品がいい。
「……お菓子を持って来ますね」
 克己は再び席を立ち、応接室の外へ消える。大貴の言葉で思い出したように秋山は問いかけた。
「おぉ、祥衛は元気にしてるか」
「してるよ。昨日もいっしょに仕事したし」
「ほう。どんな仕事だ?」
「お客さんの目の前でエッチした。鑑賞したいってゆわれて……つきあってるって設定でしろって命令されたから、好きだよっとか言いながらラブラブにした」
「良いなそれ。今度撮らせてくれよ」
「えー、はずかしいし。昨日もすっげーはずかしかったもん。見られるのってやだ」
「嫌だ? その割には前撮ったときノリ気だったじゃないか。露出したり、お漏らししたり。犯されてる時もカメラ目線で」
「あれはー、撮るんだったらちゃんとやんなきゃって思って!」
「大貴君AV出てるんですか?」
 岸本は思わず、秋山に向かって尋ねてしまった。会話は途切れ、一瞬部屋がしいんとなる。秋山は灰皿に煙草の灰を落とした。
「──お前今日観て抜くだろ、絶対」
「え、そんなわけじゃ。ただ気になって聞いたんすけど」
「オナニーはさびしいじゃん。だったら俺のことホントに買う?」
 大貴は岸本に話しかける。それは遊びの約束をするような気軽さだった。
「岸本サンはS? M? すげー変態なことでも、出来るだけ叶えるし……ノーマルなエッチでも、デートするだけでもいいし」
 話しながら、大貴の表情は僅かに色を変えた。瞳に妖しさが宿る。変化に気付いて岸本は驚く、ただの無邪気な少年では無かった──やはり大貴は“男娼”だ。
「僕は……結構ノーマルかな。そんな変なことしたりは……」
「そうなんだ。いいよ。じゃあケータイ教えてよ。今度デートしてエロいことしよ」
 大貴は妖艶さを瞳に滲ませながら、ポケットから携帯電話を取り出す。岸本の胸はどきどきと高鳴った。こんなに簡単に買えるモノなのかと驚きながら、嬉しさがこみ上げる。
「岸本サンは機種何? au?」
「う、うん」
「ホント、俺もauだよ。……俺さみしがりやだから時々メールしてもいぃ?」
「構わないけど……」
「うれしい。電話も迷惑じゃない?」
「全然。仕事で出られない時はあるけど」
「じゃあ俺さみしいときー、岸本サンに電話するね」
 番号を交換する二人を見て、秋山はニヤニヤしている。大貴は携帯電話を閉じてから秋山に微笑みかけた。それは客を連れて来てくれてありがとうといった意味の笑みで、秋山は大貴と目を合わせながら頷いてやる。岸本はそのやりとりに全く気付いていない。

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 しばらく後、大貴は勉強の続きをすると言って事務所に戻って行った。克己と秋山は隣同士に座りくつろいだ様子ではあったが、仕事の話をしている。彼らは愛人関係というよりもビジネスパートナーとしての側面が強いように岸本には受け取れた。
 二人の会話に耳を傾けていると、岸本の携帯電話が震える。早速、大貴からのメールだ。
「大貴からだろ。あいつ勉強してないな」
 岸本が何も言っていないのに、秋山は分かったらしい。克己は肩をすくめた。
「全く、俺が見てないとすぐ……」
「営業熱心なのは良いことだが、勉学をおろそかにしてはいかんなぁ」
 克己の膝に手を置きながら、秋山は煙草をくわえる。火は素早く克己が点けた。
 その後しばらくすると、部屋の外がさわがしくなる。ガタガタと物音とともに大貴の笑い声も聞こえ、克己はため息を零した。立ち上がると、戸を開けて廊下の様子を窺う。
「あはははヤスエーくらえっ! はははっ!」
 岸本の席から、キャスター付きの椅子に座った大貴が見えた。大貴は裸足で床を蹴り、廊下を流れている。握りしめているのは脱いだスリッパだ。
「……何してるんですか?」
「あ、カッツン、スポーツだよ!」
「スポーツ?」
「祥衛が来たから、スリッパでバドミントン!」
「勉強はどうしたんでしょうか、大貴君」
 向こう側からふわりと羽根が打たれて来て、大貴はスリッパでそれを打ち返す。
「今日はもう終わり。まだテストまでー、日があるし!」
 するとまた戻って来た羽根。話しながら再び打ちつける大貴。
「まあ……大貴君が悪い点取っても俺には関係無いですけど。廊下で騒ぐのは控えて欲しいですね」
「え、うん、よっと!」
 器用に椅子を動かし、大貴は羽根を返す。打ち合っている相手は先程話題に上っていた“ヤスエ”らしいが、一体どんな少年なのか。岸本は気になった。
「ちょっと来い、祥衛ー。久しぶりに顔見せてくれ」
 祥衛とも知り合いの秋山は、聞こえるようにと少し大きな声で名を呼ぶ。打ち合いの羽根が途切れ、少年が歩いて来た。入り口に立つ克己の隣に現れるのは細身の姿だ。
「…………」
 祥衛は無表情だった。顔立ちは人形のように整っており、克己の妖美さとはまた違う種類の美しさ、大貴の少年らしさとも違う種類の幼さを持っている。着ているのは私服なのだろう、七分丈のカットソーと細身のジーンズ。耳にはピアスが目立つ。
「元気か、祥衛」
 秋山が尋ねると、祥衛はこくりと頷く。その後ろでは大貴が椅子に座ったまま、スリッパを履いていた。
「昨日は大貴とエッチしたそうじゃないか。ん?」
「……した」
「聞いたぞ、お客さんの前で恋人同士みたいにしたってな」
 祥衛はまた頷く。どうやら、この少年は必要以外に口を開かないようだ。岸本は大貴同様、祥衛のことも観察してしまう。彼も男娼なのか──
「和さん、俺そろそろ時間が……」
 そのとき、克己が申し訳なさそうに口を開いた。和というのは秋山のことだ。
「仕事か。あぁ良いぞ行って来い」
「申し訳御座いません。せっかく足を運んでもらったのに」
「いや俺も急に来たしな。こいつらと遊んでくから、気にするな。……お前達その様子だとヒマなんだろ?」
 秋山は祥衛と大貴の顔を交互に見た。祥衛は無表情のまま何も反応が無いが、大貴はうん、と返事をする。
「俺は今日休みだよ。祥衛はー、仕事遅い時間からなんだっけ」
「ああ。……十時から……」
 岸本は腕時計をチラリと読んだ。時刻はまだ夕方の五時。謝りつつも部屋を出てゆく克己と入れ替わりに、部屋に入って来る祥衛。大貴は事務所に椅子を返しに行くと言い克己の後を追っていった。

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 祥衛の身体は細かった。近づいて来て初めて、岸本は彼の左腕に無数の傷があることに気付く。幾重にも重なる切り傷はリストカットの跡だ。
「……秋山さんも……元気そう」
 祥衛は相変わらずの無表情でそう呟く。秋山は自分の傍らのクッションを叩いた。
「おぉ元気だ。ここ座れ」
 静かな動作で祥衛は従い、言われた場所にゆっくりと腰掛ける。正面から祥衛を見て、岸本はその可憐な容姿に鳥肌が立った。秋山に従いたくさんのワイセツ映像に関わってきた岸本も、これほどまでの美少年に会ったことはほとんどない。単に綺麗というだけでなく、祥衛の持つはかない雰囲気には魅力がある。伏し目がちの瞳がしばたいて、長い睫毛が陰を作る様をまじまじと観察してしまった。
「岸本君」
 そんな岸本の様子に、秋山はわざとらしくため息を吐く。
「さっきは大貴をじろじろ見て、今度は祥衛をじろじろか」
「え、そんな見てませんよ!」
「見てたじゃないか。なぁ祥衛?」
 秋山は祥衛の手に手を重ねた。アンタは大貴も克己も祥衛も触りまくってるだろうが、と岸本は内心で毒づく。
「最近は切ってないんだな。どうしたんだ?」
 祥衛の手を引っ張り、その細い腕を秋山は観察する。新しい傷は無く、刻まれているのは以前に切った傷跡ばかりだ。
「……がまんしてる」
「ほう。偉いぞ。不健康だからな、あんまり自分を傷つけるのは」
「前よりは、切りたいと思わなくなった、かもしれない……」
 腕を調べられながら祥衛は言葉を紡ぐ。口調も抑揚が無く、感情が感じられないものだ。
「成長したんだな、祥衛は偉いぞ、良い子だ」
 秋山は祥衛の頭を撫でた。まるで我が子を可愛がるかのように。すると、祥衛の口許は僅かにゆるむ。本当に僅かだったが──どうやら祥衛は完全に“人形”ではないらしい。
 しかし、何故この子は感情がこれほどまでに薄いのだろう? 岸本は疑問に思う。手首の無数の傷といい、麻痺ぎみの表情といい、一体どんな人生を送って来たのだろう。何故男娼をしているのか? 大貴同様、祥衛へも謎を覚えて興味が沸く。
「ただいま!」
 廊下を走る足音を響かせ、大貴が戻って来る。
「大貴〜廊下は走ったら駄目だろ。また克己に怒られるぞ」
 秋山はそう言いつつ立ち上がり、岸本の隣へと移動した。傍らに腰を下ろされ、岸本はその行動の意味が解らない。
「ほら、大貴は祥衛の隣に座るんだ」
「え、うんっ。よいしょっと……」 
 言われるがまま大貴は祥衛の横に腰を下ろした。なるほど、この二人は絵になる。岸本は眺めて分かった。
「仲良いんだ、二人は」
 尋ねてみると、大貴は満面の笑顔で即答する。
「うん、いちばんの友達。何でも話せるしー、毎日遊んでる気がする」
「好きだとかは無いのかな? エッチしてるのに? 」
「恋愛のスキはないよ。だって俺もヤスエもノンケだもん」
「岸本君は気になって仕方ないんだな、この子らが」
 秋山はクスクス笑い、吸っていた煙草を灰皿に潰しつつ、少年達に提案した。
「どうだ、昨日したみたいな恋人ごっこを此処で見せてくれんか。オジサン達に」
「へっ?! なっ。なにゆってんの?」
 それを聞き、大貴は面食らったような顔をする。 
「いいだろ。俺もお前達もヒマなんだ。岸本君も見たいだろ、この子らのセックス」
「そりゃ見たいっすけど……」 
 秋山に言われ、岸本は唾を飲む。見たい、確かに見たい。けれど大貴は嫌らしく、えぇええ、と不満の声を上げた。
「やだよ、はずかしいよ。つーかそんなん見て何がたのしーの?」
「愉しいさ。頼むよ大貴、愉しいから見たいんだ」
「やーだッ。それに、今日俺休みだし。休みはエロいことしたくねーもん!」
 ソファに深く凭れると、大貴はふてくされたように唇を尖らせる。隣の祥衛は相変わらず凍った顔のままで、何を考えているかは伺い知れない。秋山は今度、祥衛の方に話しかけた。
「祥衛は嫌じゃないよなぁ? 大貴とのラブラブエッチ」
「…………」
 数秒かの間はあったが、祥衛はこくりと頷く。
「オイ! 祥衛のバカっ。そんなーうなづいたら俺らやんなきゃいけなくなるじゃん!」
 大貴が怒鳴ってももう遅い。三対一で多数決は決まりだ。

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 大貴は祥衛を抱きしめた。祥衛もまた大貴の背に腕を廻し肌を密着させ、その体勢でキスがはじまる。なぞるように触れ合わせたり、押しつけたり、相手の唇を唇ではさんだり──子供がするようなキスとは思えない。大人の恋人同士がするような、官能的な接吻。まだ幼い男の子二人がそんなキスをする様子は不釣り合いでありながらも、たまらなく扇情的だ。
 やがて口づけは激しいものに移行してゆく。貪り合って舌を重ね、瞼はお互いに閉じていた。愛おしむように深さを増してゆくディープキス。
「あぁ良い絵だ。決定だな岸本君、今度これ撮ろうな」
 秋山はゆったりとくつろぐように座り、満足げに頷いている。
「岸本君?」
 秋山が声を掛けても、返事はない。岸本は少年達の接吻に見入ってしまっていた。
「ハハハ見とれちゃって」
「は、はい。そうっすね……」
 話しかけられていることに気付き、慌てて返事をしたがもう遅い。真剣に鑑賞してしまっていたのを気付かれた。
 大貴はキスを外すと唇で頬を辿る。祥衛の髪を撫でながら耳朶に舌を這わせていた。ピアスごと舐められて祥衛はびくん、と震える。体勢も崩れてソファに倒れてしまう。
「あッ……」
 祥衛の漏らした声は明らかに感じたものだ。大貴は細いその首にも口を運び、吸い付いている。いつのまにか祥衛を下にして大貴が上から多い被さっていた。大貴は股間同士を押しあてて腰をくねらす。感じながらも、祥衛も一緒に腰を振るわせていた。連動する少年達の腰は微笑ましくもある。
「ふたりとも……キスでチンコ立っちゃった」
 唇を唾液に濡らし、大貴は鑑賞者に報告する。
「そうか、いやらしい子達だ。ズボン脱いで見せてくれよ」
「うん……」
 恥じらいの表情を見せながら、大貴は身体を起こした。制服のベルトに手を掛ける。祥衛も腕を伸ばして、自分のズボンを脱ごうと動いた。
「俺らのパンツ見たら絶対笑うよ、あっきぃ達」
「何だ、また変なもの履かされてるのか?」
 秋山の言葉と同時に大貴はズボンを下ろす。岸本は驚いた、大貴が履いていたのは明らかに女性用のパンティだったのだ。それもかなりきわどいデザインで、布地の部分が少ない。かろうじて玉袋は収まっていたが、勃起したペニスは元気にはみだしていた。黒いサテンの生地はふんだんにフリルやリボン、パールで飾られている。
「はずかしいっ……」
 大貴は頬を染めながらも、股間を隠すことはない。大人達に見せるとき、隠してはいけないと言いつけられているのだった。
 祥衛の股間も明らかになる。ジーンズを脱ぎ捨てた彼もまた女性用のパンティを履かされており、布の面積は大貴よりも更に少なく下着の役目など果たしていない。性器は全く隠れておらず股の間にレースの紐を通しているかのようなデザイン。単に素肌の股間を飾り付けただけのような様相だった。色は可愛らしい薄ピンク。
「ハハハ凄いな、なんだそれは」
「ほら、笑ったっ。スキで履いてるわけじゃねーのに……辛ぇのにな……」
 シャツも脱ぎ捨て、下着一枚になった大貴は祥衛と抱き合った。祥衛の顔も赤くなっている。慰め合うように淫らな股間を触れ合わせる少年達だ。
 岸本は彼らの陰毛に違和感を覚えた。とっくに生えていても良い年頃だが、大貴の股間は無毛でなめらか。祥衛のほうは真ん中にわずかだけ残し刈られているという感じで、長さは短くそろえられている。明らかに手入れされた陰毛だった。
 しかも祥衛のペニスにはピアスがついている。金属が貫通した肉棒とレースの下着の対比は不釣り合いで、それがまた岸本の興奮を煽った。
「飼い主の命令か。かわいそうに」
 そう言う秋山の口調は、全く可哀相などと思っていない。むしろ楽しんでいるような口ぶりだ。
「大貴、おまえそれで学校行ったのか」
「そうだよ。今日体育ねーから、着替えでバレないだろってゆわれて……けど、モノつっこまれてないだけマシ、気が楽っ」
「お尻に何か挿れて学校行くこともあるの」
 岸本は聞いてみた。大貴は祥衛に頬を擦り寄せつつも、頷く。
「うん。プラグとか、ローターとか……」
「祥衛クンもそうやって学校行くのかな?」
「ヤスエはあんまり学校来ねーもん」
 大貴が変わりに返答した。祥衛は何も喋らない。瞳だけを岸本へと向ける。
「こいつらは男娼であると同時に役員の飼い犬で娯楽道具なんだ。だから飼い主を楽しませるためならどんな命令でも聞くのさ、バイブ突っ込んで登校の他にも、ノーパン女装で外出とか、全裸で走り回ったりとか、色んなことさせられてるんだぞ?」
 くつくつ笑いながら秋山は煙草をくわえる。応接室の灰皿にはすでに吸い殻の山が出来ていた。秋山は結構なヘビースモーカーなのだ。
「そんでそれを撮りたがるんだよ。あっきーは」
 祥衛のカットソーをたくし上げ、大貴は歪んだ笑みを零した。先程までの無邪気な笑みではない。祥衛の肌に指を滑らせて愛撫し、身体中にキスを降らせてゆく。その大貴を見て秋山はやっとスイッチが入って来たな、と呟いた。
「スイッチ?」
「まぁ見てろ」
 岸本が尋ねると、秋山はそれだけ言った。目の前では濃厚なディープキスがはじまっていた。本当に恋人同士のようなキスだ。

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「祥衛も上、脱げよ」
「ん……っ」
 大貴は祥衛のカットソーを剥ぎ取るように脱がした。あらわになった祥衛の胸元や腹部にも、手首と同じように幾つもの傷が刻まれている。
「俺、なんか興奮してきた」
 祥衛を見下ろし、大貴は熱い吐息を零す。口許の涎を拭うと再び肌を密着させた。次にキスを与えるのは祥衛の乳首だ。
「ひ、あぁ、だぃき……」
 敏感な尖端を口に含まれ、舐められて祥衛の表情は歪む。漏らす声は感じて震えていた。大貴はピアスを摘んだり軽く噛んでみたりし、胸の突起を追い込んでゆく。
「キモチイイんだ?」
 唇を離し大貴は冷たい笑みを零した。それは侮蔑の嘲笑。片手で祥衛の乳首をいたぶりながらもう片方の手で己の胸も弄りはじめる。同じように尖るとそれを祥衛へ擦り付けた。
「あっあぁッ……!」
「身体揺らせよ。こすりつけてみな」
「大貴ぃ、ちくびと乳首きもちいぃ……」
 祥衛は自分から身体を揺らし、言われるがまま胸と胸をこすっている。祥衛がもどかしそうに動く度、さわさわとソファと肌の擦れる音がした。
「ハハっ俺も気持ちいぃ。あっきぃ達に乳首どーしこすりあってんの見られてんだぜ、なぁ、ヤスエ?」
「んぅ、あぁ、はずか……しぃ、」
「はずかしい? その割には積極的にー、こすりつけてるクセに。チンポだってこんなんじゃん」
「っうぅ……!」
 祥衛は頬を赤らめていた。大貴に性器を掴まれると一層表情を歪ませる。その様子は先程までほとんど無表情だった少年だとは思えない。妖しく変化した大貴同様、祥衛もまた様子を変えていた。
「うわ。まだ一度もさわってねーのに汁出てる」
 身体を起こした大貴は祥衛のペニスを扱き始めた。祥衛はたまらないと言ったふうに身をよじらせ、ますます顔を恥じらいに染めてゆく。
「乳首モロ感の変態っ。べろちゅーと乳首だけでチンコどろどろ」
「やっあぁ、あぁ、は……」
 扱かれて感じる祥衛は、潤んだ瞳を鑑賞者達へ向けてきた。見られていることに怯えているかのような瞳だ。目が合って岸本はどうしていいのか分からなくなる、何か声を掛けてやったほうが良いのだろうか、優しく? それとも罵倒?
「どうした祥衛、切ないのか」
 言葉を投げかけたのは岸本ではなく秋山だった。煙草を灰皿に押し付け、紅茶の残りを飲み干しながら。
「オジサン達に見られて、大貴にいたぶられて、嬉しいんじゃないのか?」
「嬉しいにきまってんだろ。祥衛見られながら犯られんのダイスキだもんな」
 扱く手を速めつつ大貴が答えた。祥衛は唇をきゅっとつむる。
「ほらもっとドロドロになった。俺の手びしゃびしゃ」
 祥衛の性器から指を離し、大貴は大袈裟に手を振ってみせる。確かにその手は滴っていた。大貴は視覚的にも祥衛を攻める、手を口許に運び舐めると、わざわざ顔を近づけて祥衛の眼前で丁寧に丁寧に指のスキ間までも舌を這わせた。先走り汁に混ぜる唾液。その様子を間近で見、祥衛はふるふると震えている。
「味わえよ自分の汁ッ」
 大貴は威圧的な瞳を光らせ、祥衛の唇に手を伸ばす。頬を撫でて液に塗れさせ、汚れた祥衛は自分から舌を突き出した。それを見て大貴は祥衛の口の中へ指を差し入れる。口腔に与える愛撫。大貴は掻き回し、舌を摘んで歯列をなぞった。
「あぁー、こいつら見てるとムラムラしてきたぞ」
 秋山は机を叩き、傍らの岸本に同意を求める。
「岸本君もそうだろ。目の前でなぁ、いちゃつかれたらなぁ」
「……そうっすねぇ」
 実はズボンの下、岸本の股間は熱くいきり立っていた。きっと秋山もそうなのだろう、この少年達の性戯はあまりにも魅力に溢れているのだから仕方ない。
「じゃあ、どーすんの?」
 祥衛の唇から指を抜いて、大貴は大人達を見た。
「あとでフェラチオしてあげよっか。ヤスエとエッチしてから」
 その瞳は相変わらず妖しさを含んでいる。つい先程まで“エロいことしたくない”と言っていた大貴はもう何処にも居ない。此処にいるのは官能を売り物にする性玩具の娼年だ。
「そうだなあ、頼もうか。お前のディープスロートは絶品だからな。あぁ、俺は祥衛のフェラも好きだぞ」
「岸本さんのもぬいてあげる。しゃぶらせて、俺に」
 岸本は戸惑いつつも、首を縦に振るしかなかった。まさか今日、こんな展開になろうとは──
「じゃあフェラする代わりにー、岸本さんにいっこ頼みがあるんだけど」
「……なんだい?」
「事務室行って、俺のカバン持ってきて」

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 廊下に出てまっすぐ歩くと、すぐに事務室がある。こんな所自分が入っていいのかと思うが、頼まれたので仕方ない。岸本は軽くノックをしてから戸を開けた。中にあるのはごく普通の会社の事務所と変わらない、小綺麗なオフィスといった感じの空間だ。
「あら……」
 並ぶデスクの一つ、座っていた女が顔を上げた。目が合って岸本は驚く。現実離れした風貌。まるで西洋のビスクドールのようだ。黒色の長い髪を下ろし、同じ色のドレスを纏い、頭にはリボンを飾っている。
「どなたかしら」
「……えっと、岸本、ですけど」
「岸本様。……存じ上げませんわ」
 机の上に資料らしきプリントが幾枚も広げられており、女はどうやら仕事をしているらしい。事務室にいるということはFAMILYに勤める者なのだろうか、分からないままとりあえず岸本は入室した。
「大貴君に頼まれて、鞄を持って来てって頼まれたので」
「大貴に? どうして」
「どうしてって……僕もよく分からないんですけど」
「そうなの。大貴は何をしているのかしら」
 尋ねられ、岸本は言葉に詰まる。鑑賞されつつもセックスをはじめているだなんて、何だか言いづらい。
 それに彼女は“大貴”と呼び捨てた。彼のことを知っているのは確実だが、どんな関係なのだろう? 単なる従業員同士なのか、それとも知り合いなのか、親しいのか。
「もしかして。あそんでいるの……?」
 女は頬杖をついて己の頬をなぞる。その爪は長く濃赤で血を思わせる色だ。
「“使っている”の? 大貴を」
「……使う?」
「お好きに使って構わないけれど、後日代金を請求させて頂くわ。それは了承して下さる?」
「はぁ、……」
「あの子の身体は売りものよ。無料でさしあげる訳にはいかないの」
 そう言うと女は傍らに置かれていたカバンを手に取った。何の変哲も無い、ふつうの中学生らしい通学鞄。
「どうぞ」
 見上げられ、岸本は近づいて両手で受け取る。予想したよりも重かった。カバンには何かのキャラクターらしきキーホルダーが下げられ、チリンと鈴の音を鳴らす。
「あの、あなたは従業員、なんですか?」
 意を決して尋ねてみると、逆に女に聞き返された。
「貴方こそ何者なの。どうして此処にいるのかしら」
「僕はノクターンレーベルの者です。今日は上司の秋山に着いてきました。あっ、名刺もあります」
 岸本はジャケットから名刺を出そうとしたが、女に「結構です」と言われてしまう。
「ノクターンの秋山様なら存じておりますわ。貴方、秋山様の処の方なの」
 女は秋山を知っていた。ということはやはり、此処に勤める者らしい。
「私のことは秋山様に聞けば教えてくれるでしょう。大貴に訊いても構わないけれど」
「は、はい……」
「ではごゆっくり。味わってあげて頂戴」
 女は岸本から視線を外し、再び資料を読みはじめる。まるで岸本など此処にいないかのように集中し、元の作業に戻ってしまった。一風変わった空気を纏う彼女に不思議さを覚えつつも、岸本は事務室を後にする。失礼しましたと言って廊下に出ると、応接室へとゆく。

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 扉を開けると、ソファで少年達は下着も脱いで裸になり更に乱れている。身体を反対にして重なり合う69。祥衛は吐息を切れ切れにしてアエギを漏らし、肌にはじっとりと汗を滲ませていた。何故かというと大貴の舌に肛門を舐められているからであり、敏感な部位をつつかれる度に小さく震える。秋山は彼らを先程と同じ体勢で眺め、また煙草に火を点けていた。
「あっ、ありがと」
 大貴は身体を起こし、腕を伸ばす。岸本が手渡すと笑みを浮かべてくれた。その笑みは男娼の大貴ではなく、普段の少年らしい笑顔に近い。
「薫子サマいた?」
「薫子?」
「ゴスロリの人」
 カバンのチャックを開けながら尋ねられ、岸本はあの女性のことか、と認識する。
「ああ、黒い髪の長い……いたけど」
「そっか。いつのまに帰ってきたんだろ」
 大貴が取り出したのはヴァセリンの容器だった。ふつうに薬局で売っている、あのヴァセリンだ。開けた蓋を机に置くと指にとり、祥衛のアナルに塗り付ける。あまりに手慣れた動作なので、岸本はついじっと見つめてしまった。塗られて祥衛の脚はまたビク、ビク、と痙攣するように震える。
「出掛けてたのか、薫子嬢」
「うん。昼から仕事しに行ってた」
 秋山の問いに答えつつも、祥衛の尻穴をほぐし指の腹で刺激してゆく。
「あの女性は……FAMILYの従業員なのですか?」
 岸本は秋山の隣に腰を下ろし尋ねてみた。秋山は煙を吐いて頷く。
「幹部だよ。それで大貴の飼い主だ」
「飼い主?」
 飼い主とはどういうことなのか。分からず怪訝な表情をしていると、大貴が口を開く。
「俺のご主人サマ。上司っつーか……まぁそれだけの関係じゃねーけど」
「……大貴クンの上司? それだけの関係じゃないって……?」
「ふふっ、今度教えてあげる。今はヤスエのケツ見て楽しんで」
 大貴はクスクスと笑いつつも祥衛を虐め続け、二本の指で掻き回す。
「あッ……やぁっ、ふぅ……!」
 ソファーのカバーをぎゅっと掴み、差し込まれる刺激に耐える祥衛。その尻孔は赤く腫れているようにも見える、性行為によって傷ついていることは明白だ。夜毎たくさんのモノを抜き差しされ、炎症ぎみになっているのだろう。
「ほら岸本さんっ、三本挿入ったから見てあげて」
「ッふ、あぁあ……」
 更にヴァセリンを塗り付けて掻き回し、大貴は再び笑みに妖しい影を落とす。
 あまりに慣れすぎた大貴の所作、痛んだ祥衛の後孔。この少年達は本当に夜毎〈仕事〉をこなしているのだ──岸本は改めて理解して、己の股間により昂りが集まるのを感じる。
「祥衛は本当にハズカシイところを人に見せるの好きなんだな、さっきからビクビクして悦んで」
 秋山はというと面白そうに言い、祥衛の顔を覗き込んでいる。祥衛は潤んだ瞳をそらした。
「そうだよヤスエは変態だもん、な、ヤスエ」 
「おまえだって変態っ子じゃないか。祥衛いじめて興奮して」
「うんっ、俺も変態だよ」
 いたぶるのをやめ、大貴は身体を起こした。大貴の性器は起って発情を示していた。それは悩ましいほどにサイズが大きくカタチも整っているが、大貴の過去を何も知らない岸本は単に発育が良いなとしか思わない。
 大貴は床に置いたカバンからVivienne Westwoodの財布を取った。財布からつまみ出したのはコンドームで、ヴァセリン同様慣れた様に扱い、手早く装着する。薄い水色の膜で覆われた大貴のペニス。
「ヤスエもゴムつける? ソファにせーし零したらー、カッツンに怒られそうじゃね」
 大貴は屹立した祥衛のモノにも被せる。色はお揃いの水色だ。
「ねぇ、挿れていい? 俺のチンポここに……」
 問いかける大貴に秋山は頷いた。
「ああ良いぞ。セックス発表会だ、良かったな岸本君素晴らしいもの見れて」
「はあ……」
 曖昧な返事を零しつつも岸本の股間はドクドクと熱かった。目の前の少年達に興奮している。 
「ラブラブセックスだぞお前ら。好き好き言いながらやるんだぞ」
 祥衛は自分から股を開き、切なげな表情で大貴を見つめる。その姿に大貴は微笑むと一気に最奥まで貫いた。

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 目の前で見る少年達の性戯は素晴らしかった。岸本は食い入るように見つめてしまう。少年同士のセックスなど、取り扱う作品の撮影現場で幾度となく眺めている。だが、それらの交合いは今眼前で繰り広げられているものに比べれば子供のオママゴト。いや──そこら辺でスカウトして連れて来たような少年と、FAMILYに所属する男娼少年を比べてはいけないかも知れない。大貴と祥衛はやはり“プロ”だ、間近で観察されるという環境で見事に発情し、注文通りに恋人のようなセックスを披露している。
「あっ、んっ、大貴ぃ……」
 祥衛の裸体がよじれる。大貴にのしかかられて繰り返しに深く肉棒を挿入され、息を乱してよがっていた。ひと塊になって揺れる腰が艶かしい。
「ヤスエっ……だいすきだよ」
「はぁ、あぁ、俺も……」
「スキ……俺を見て」
 互いの腕をきつく廻し、二人は何度目かの濃厚なディープキスをはじめた。見ているほうが赤面してしまうような激しい抜き差しを加えながら、大貴は唇をねっとりと絡み付かせる。少年達は目を閉じて唾液を混ぜていた。唾液の音と挿入の音が響き渡り、淫靡感で満たされてゆく応接室。
「っふ、はぁ、あぁ、きもちいぃ、ヤスエのナカ、すげぇいいもん……」
 唾液で口許を濡らしつつ大貴は表情を歪めた。もちろん腰は振り続けている。
「俺、出ちゃいそう、そろそろ……」
「だ……いき、俺、も、イキそ……う、はっ、あぁ、はぁ……」
「穴だけでイクなんてヤスエ、まじ女みたい」
 大貴は微笑うと体位を変えた。祥衛を抱きしめて起き上がらせ、座位の形にする。
「からだ、動かして。あっきー達のほう見てイキな……」
「ッう……」
 座りの体勢で貫かれ揺れながら、祥衛は振り向いた。岸本と目が合い、祥衛は明らかに身体を震わせた。辛いのか悦いのか分からない泣きそうな顔をしている。祥衛はもう一度前を向いて大貴にもたれ掛かった。
「いや……だ、はずか、しい……」
「がんばれよ」
 少年達は軽いキスをする。唇を離したあと大貴はたしなめるように祥衛に語りかけた。
「俺らのシゴトだろ、はずかしいことするの。せーし出る瞬間、見せてあげなきゃ……」
「はっ、んッ、うぅ、いきそ……う……!」
「早くむこう向けって」
 大貴に言われ、祥衛はアナルに挿さったままねじるように胴を動かした。完全に秋山や岸本と対面する姿勢になると祥衛は染めた頬をますます赤くし、視線をそらしてしまう。
「どうした祥衛、オジサンの顔をちゃんと見ないか」
 ニヤニヤと笑いながら秋山はそう言った。祥衛は恥じらいながら秋山と目を合わせる。
「祥衛は俺の顔見ながらイクんだぞ? 分かったか?」
「はぁ、あぁ、はっ、あ、あぁあっ……」
 頷きながら祥衛は唇に手を当てた。止まらないアエギを抑えたいのかもしれない、指を噛んで苦しげな顔をする。それは鑑賞者を悦ばせる仕草だった。あまりにも扇情的だ。
 祥衛は下から突かれつつ、大貴によって両乳首を弄られてしまう。ピアスを引っ張られたり摘まれたりし、一層追い込まれてゆく祥衛。
「ふぅ、っっ、ああイクぅっ……イク、もう、あぁ、っ……」
 祥衛は命令通り秋山をじっと見つめながら仰け反った。ツンと尖った胸を突き出しながらいよいよ吐精が近づく。ほとんど触られていないはずなのに、祥衛のペニスは膨張し天を向いていた。後孔を掘られることで絶頂を迎えようとしている。
「や、ッ、出るぅ、出……っ、うぅ、あぁああ……!」
 はめている水色のコンドームの中でジュクッと液が滲んだ。瞬間的に満ちる白濁。
「俺も……俺もイクっ、祥衛のケツでイクとこ見て……!」
 後を追うかのように大貴もすぐに射精した。最奥まで挿して腰つきを停止させる。祥衛のアナルに納め大貴は恍惚へ達した。
「はぁ、あぁ、はぁ、はぁ……」
 少年達は崩れ落ちた。結合が解けて二人とも折り重なるようにソファへ倒れ込んでしまう。呼吸を乱し、瞼を閉じて余韻を彷徨っている。
「おい、何休憩してる。早くこっちに来んか」
 しかし秋山は彼らに休息を与える気は無かった。催促するようにテーブルを叩いて、次の指令を出す。

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「イッたチンポ見せてくれなきゃだめだろうが、ほらここに並んで立て」
 秋山の命令を聞き、大貴と祥衛は身体を起こした。多少息を上げたまま立ち上がり、言うなりに鑑賞者の方に歩く。秋山は机を押しのけ、自分たちのそばに少年二人を招き入れ立たせた。
 岸本はごくりと息を飲む。目の前に彼らの性器が来てしまった。萎えきっておらずまだ十分に勃起しているソレはあまりにいやらしい。ぶらさがっている玉袋の皺までもありありと見えてしまう。
「えー……もうエッチ終わったじゃん……」
 大貴はうっすらと滲んだ額の汗を拭いつつ、拗ねたように口を尖らせる。岸本も秋山が一体何をしようとしているのか分からなかった。
「もう一回イクんだ。今度は此処で、もっと間近で射精見せてもらうぞ?」
 笑みながら秋山は両腕を伸ばした。大貴と祥衛それぞれの股の間に手を入れると二人とものペニスに触れる。
「あッ、あっきぃ……!」
「大貴のほうがちょっと精子多いな? ん?」
「はずかしいよっ……」
 秋山は器用に二本のペニスを掴み、同時に扱く。観察されて大貴は羞恥を顔に出した。祥衛は快感で腰を引いてしまい、テーブルに手をつく。
「おっと駄目だろ祥衛逃げたら。岸本君、俺は祥衛に専念するから、君は大貴を弄ってやれ」
「……は、はい」
 突然そう言われても、岸本は戸惑ってしまう。秋山は祥衛の性器に両手を掛けた。本格的にいたぶりはじめている。岸本はそれに倣いおずおずと腕を伸ばした。コンドームをはめたまま屹立する大貴の肉棒を軽く握ると、付着したヴァセリンでべとつく。精液溜まりには当然だが白液が溜まっている──少年の射精したてのペニスをゴムごと扱くなんて岸本には初めての経験だ。
「ん、あぁ、チンコびくびくする」
 擦ってやると、大貴は切なげな表情を作った。掌の中で大貴のペニスが再び肉感を増してくるのが伝わってくる。達したばかりのものにすぐ刺激をもらうのが辛いのか、手を後の机に置いて軽く凭れていた。それでも岸本が弄りやすいように脚を開いてくれている。
「大貴クン凄いね、ゴム破れちゃいそうに膨れてるよ」
 扱きながら言ってやると、大貴は口許で笑んだ。
「だってきついもん、これ。俺のサイズじゃねーから……」
 見上げると大貴と目が合う。その瞳はやはり妖艶さを滲ませていて、最初くつろいでいた時とは違う。
「人にもらったヤツだから……」
「あぁもう祥衛、しっかりしないか」
 答える大貴の声に被るよう、秋山が声を発した。祥衛はふらつき、床に崩れてしまったのだ。羞恥と刺激で顔を歪め、その表情はグチャグチャで酷い。
「も……っ、む、り、あぁ、い……やだ」
「これくらいで根を上げてちゃいけないだろ、祥衛はいやらしい玩具なんだから、連続してチンポ使えなきゃダメじゃないか」
「ひぁ……あ……」
 女の子のような座り方でぺたんと床に落ちている祥衛の性器を、なおも秋山は腕を伸ばし弄り続ける。祥衛のペニスも完全勃起に戻り、反り返っていた。
「祥衛起きろよ。立てよ」
 そんな祥衛を横目で見ると、大貴は言葉を投げかけた。岸本に扱かれながらも手をそっと差し伸べると、祥衛は縋り付くようにその腕を取る。
「座り込むなよな。せっかくしごいてもらってんのに」
「う……、はぁ……」
 祥衛が脚を震わせながら再び立つと、大貴に抱き寄せられてしまう。身体を動かされ、岸本は大貴の肉棒を逃がしてしまった。
「祥衛って感度高すぎ」
 クスクスと笑みを零し、大貴は祥衛の唇を奪う。濃厚な口づけ──テーブルを挟んだ向こうではなく、本当に至近距離で眺める少年のキスに岸本はもはや見惚れるしかなかった。興奮で自分自身の股間も発情させながらうっとりと眺める。
「接吻続けながらイクか、次は」
 少年二人に提案した秋山は、祥衛の股間にまた指を伸ばした。
「何してるんだ岸本君、大貴のチンコ握らなきゃだめだろ」
 声を掛けられ、岸本は我に返った。慌てて言われた通りペニスを握り扱く。
 抱き合い舌を重ね合う彼らを弄り続ける大人の手。少年達の性器管は二度目の絶頂をうながされ、再度精液を散らすことになる。

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 二発の射精を放った彼らのペニスは、秋山により写真に収められた。秋山は個人的な趣味で常にカメラを持ち歩いている。好みの少年達と触れ合ったときはこうしてシャッターを切り、撮ったものを記念にコレクションしているらしい。
 はじめ祥衛と大貴はコンドームをはめたまま全身を撮られ、それを外すと今度は床に脚を開かせ座らされた。股の間に使用済のゴムを置き性器と一緒に映される──気持ち良くなった“証拠”と射精後の股間を一枚に収める光景に見ている岸本のほうがぞくぞくしてしまった。撮られている二人も表情に恥じらいを浮かべている。大貴ははにかみつつも笑顔を作っていたが、祥衛は未だ泣きそうに顔を歪めていた。
 その後はお待ちかねのフェラタイム。岸本と秋山は彼らそれぞれの口の中に一発ずつ精を放った。少々ぎこちなくも懸命にしゃぶりつく祥衛のフェラも良かったし、巧みに食らいついてくる大貴のフェラも良かった。ソファに座る大人達のモノを正座で口奉仕する彼らのことを、秋山は髪を撫で可愛がりながらくわえさせていたが、岸本は快感と興奮でされるがままに身を委ねるのみだ。
 岸本が驚いたのは大貴も祥衛も、性器をくわえながら自らのペニスも再び勃たせていたこと。全く刺激を与えられていないのに、フェラチオをすることで勃起させているのだ。本当に男性器が好きで口に含むことに悦びを覚えているのか、それとも単に厳しい躾で身につけた条件反射なのか──もちろん絶頂の白濁も少年達は一滴残らず飲み干してしまう。
 そんな応接室での行為を終えると、秋山は彼らを外へ連れ出した。楽しませてもらったお礼にご馳走すると言うのである。祥衛の仕事が入っているのは22時、まだ十分に時間があった。
「すっごいとこ住んでますね、大貴クン……」
 私服に着替えたいという大貴の要望に応え、秋山は大貴の住むマンションの前に車を停めた。秋山はFAMILYとも克己とも深い付き合いをしているので、大貴の住所も知っている。きらびやかな外観を車内から見上げ、岸本は感嘆の呟きを漏らす。こんな所にはそうそう住めるものではない。
「あいつ金持ちなんだよ。分からなかったか?」
「え、そうなんですか」
 驚いた岸本に秋本はため息を吐いた。
「おまえ全然見てないな。よく観察してりゃすぐ分かるぞ、育ちなんて」
「育ち?」
「いいとこのぼっちゃんなんだよ、あいつは。なぁ祥衛?」
 秋山は身体を起こし、バックミラー越しに祥衛を見た。後部座席に座る祥衛は話しかけられコクリと頷く。様子はすっかり平時の祥衛に戻っていて、性に乱れていた姿はもう微塵も無い。表情も氷のような無表情になっていた。
「なんで、そんな裕福な子が男娼なんて」
「さあなぁ……」
 秋山は窓の外へ視線をそらす。大貴の相談を受けたりもする仲なので理由を知っていたが、知らぬふりをした。他人の過去や深い事情を、勝手にばらす趣味はない。
「……どうして祥衛クンは男娼しているのかな」
 大貴のことも気になるが、祥衛のことも気になってしまう岸本は後部座席へ振り向く。
「お金が欲しいから」
 帰ってきた返事は全く飾り気のないものだ。感情の無い瞳が静かに岸本を貫く。
「どうしてお金がいるの? 事情があるの?」
 さらに踏み込んで聞いてみた。が、祥衛は唇をつむったまま答えてくれない。
「そんなことを聞いてどうするんだ」
 呆れたように口を開いたのは秋山だった。鬱陶しげに傍らの岸本を見やる。
「岸本君はデリカシーが無いなぁ、まったく」
「だって気になったんすよ」
「事情無しに子供がこんな仕事するか、馬鹿」
 秋山にそう言われてしまうと、岸本は返す言葉をなくした。
 ──その通りだ、ごく普通の家庭に育ち平凡に生活している少年が夜毎大人達、しかも男相手に身体を売るなんてことはまずないだろう。余程のことがなければ、幼いうちから男娼になるはずがない。
 秋山がスカウトしてくるAV出演用の少年とは比べ物にならない。大貴と祥衛はFAMILYというおぞましき組織に身を置く存在。背負っているもの、抱えているもの、業の重さはきっと並の中学生の何倍もある──
「ん、早いなあいつ」
 秋山は駆けてくる大貴の姿に気付いた。大貴はタンクトップに黒い薄手のカーディガンを羽織り、所々裂かれたダメージデニムを履いている。足下はブーツで、少し岸本は驚いた。もっと子供らしい私服かと思っていたのに、お洒落だ。
「おまたせ!」
「おー、早いじゃないか大貴」
「着替えるだけだからそんな時間かかんねーよ。よいしょっと」
 秋山と話しつつ、大貴は祥衛の隣に入って来る。ドアが閉まるとさっそく運転席の方へ身を乗り出してきた。
「なぁなぁ、でっ何くいにいくの?」
 岸本と秋山の間に顔を出す大貴の表情は期待感でキラキラしている。応接室であらわにした妖しさはもう欠片もない。
「何が良いか考えてる所なんだよ。岸本君は食べたいものあるか?」
「ぼ、僕ですか?」
 まさか自分が尋ねられるとは思っていなかったので、岸本は少し驚いた。大貴の目がこちらを向く。
「岸本サンはすきな食べ物なに?」
「えっ、僕は……和食が好きかな。魚とか……」
 聞かれたままに答えると、大貴は秋山のほうを見た。
「和食だって。じゃあお寿司にすればいーじゃん、あっきぃ」
「そうだな、そうするか」
「ヤスエも寿司スキだよなっ?」
 問いかけに、祥衛は「あぁ……」とだけ答える。大貴はガッツポーズをした。
「おっしゃーじゃあ決定だなっ。出発!」
「大貴は食いもんのことになると元気になるな」
 座席に腰を下ろす大貴を見て、秋山は苦笑した。
「だってはらへってるもん。やったぁ寿司寿司っ」
 大貴は祥衛にニコニコ笑いかける。本当に嬉しそうなその顔を見て、岸本も思わずつられて微笑ってしまう。

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 秋山が向かった先は老舗の寿司屋だった。老舗といえど建物は改築してあり、寿司屋というよりは小洒落たバーのような外観だ。其処の二階の個室に入ると、次々と新鮮なお造りや、握りたての寿司が運ばれてくる。
 岸本は秋山に指摘されたので、食事を楽しみながらも、少年達を観察してみることにした。向かい合わせに座る大貴と祥衛──祥衛は相変わらずの無表情で、箸で切って少しずつちびちびと口に運んでいる。その上噛む時間も長い。その食べ方はまるで少量の食べ物を惜しむように味わうようで、ずらりと料理が並んでいるのに何故そんな風に食べるのか不思議に思った。ひどい言い方をすれば貧乏臭い食べ方だ。祥衛は幸せに育っていないのかもしれない、岸本はそう分析した。普通の人生を送れば表情が凍り付くこともないし、全身が傷だらけになることもない。
「これも食えよ祥衛。すっげーうめー!」
 そんな祥衛の前に、大貴は次々と料理を取っては置いていた。しかし食べるのが追いついておらず、小皿には刺身やおかず、寿司の握りなどが一杯に盛られてしまっている。
「……食べれない。こんなに」
「えーっ全然食ってねぇじゃん。俺ばっか食ってるし」
「食え食え。お前の食いっぷりはいつも見てて気持ちいいぞ」
 秋山は湯呑みの茶を飲みつつ笑う。普段は酒をたしなむが、今日は運転手なので飲むことができないのだ。
「えへへ、よくゆわれるかも。あー食ってる時って幸せっ」
 笑い返し、大貴はマグロの握りへ箸を伸ばした。大貴の箸使いは整っていた。上手に箸で挟むとネタのほうに醤油をつける。動かし方の綺麗さはもちろん、いつも箸の先は内側を向いていた。そういえば紅茶も品良く飲んでいたと岸本は思い出す。
「大貴クンって……箸使うの上手いんだね」
 車内では祥衛に突っ込んだことを聞いてしまった岸本だが、これくらいなら良いだろうと思って大貴に尋ねてみた。大貴は口の中のものを飲み込んでから答える。
「だって俺にほんじんだもん」
「いや、日本人でも汚く食べる人いるからさ」
「家がうるさかったんだ。マナーとか、ちゃんとしろって」
「きちんとした家なんだね」
 岸本の言葉に大貴は意味深な笑みを零した。それは寂しさを滲ませる笑みだ。
「……そうかも。実家にいたときは色々習い事もさせられてたし──」
「実家? あのマンションは家族と住んでるんじゃ」
「住んでないよ。あれは薫子サマの家っ」
「おまえなんかより苦労してるんだよ、こいつらは」
 秋山は岸本の肩をポンと叩いて立ち上がる。
「あ、秋山さんどこ行くんすか」
「トイレだよ、トイレ」
 座敷を出て行く秋山の背中を見送り、岸本は前を向いた。料理を食す少年二人と自分だけの空間。何故だか少し、緊張する。
「あれはあのゴスロリの人の家なんだ」
 話の続きを戻すと、大貴は頷く。
「うん。岸本さんには言ってもいぃかな。あっきぃの部下だし」
「?」
「薫子と俺はつきあってるんだ。多少は、主従もあるかもだけど」
 そう言われ、岸本の脳裏に昼間会った女の姿が浮かんだ。漆黒のドレスを纏ったゴシック・ロリータの女。
「このこと隠してるお客さんも多いから、内緒だよ」
 大貴は悪戯っぽい表情で、口許に人差し指をあてる。すると祥衛はちらりと大貴を見た。
「……ばればれだ。隠せてない……」
「えー隠せてるよ! 俺がー、片想いしてると思ってる人もいるんだぜ」
「大貴は、分かりやすい」
「だって薫子のことだいすきだもん、しかたねーだろ」
「ばかっぷる、だし」
「はぁあ? 祥衛のほーがバカップル! 沢上からノロケメール来るんですけどぉー。何ならここでメール朗読してもい……」
 ケータイを取り出した大貴の手首を祥衛は掴む。それは俊敏な動作だった。ケータイは畳に落ち、そのまま二人は手首を掴み合う。
「なにすんだバカっ」
「はなせ」
「お前がはなせよ。このガリガリ、骨!」
「ちょ、ちょっと、喧嘩はよくないよ」
 もつれて座布団の上に倒れ、転がって蹴り合ったり服を引っ張り合ったりする二人に岸本はどう対処していいか分からない。大貴は笑っているので本気ではなくじゃれているのだろうが、止めたほうがいいのではと思いおろおろしてしまう。
 大貴が祥衛の身体にのしかかり何やらプロレスの技をきめているときに秋山が帰って来たが「おうおう元気だな」と言うだけで別段気にもとめない。大貴に関節技をかけられても祥衛の表情は無表情であった。

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 あっという間に祥衛の出勤の時間になり、四人は店を出た。秋山は祥衛と客の待ち合わせ場所に向かい車を走らせる。
「おまえ、帰りどうするつもりなんだ」
 秋山は後ろの祥衛に問いかけた。どんどんと辺りがさびれた景色になってゆくので、心配に思ったのだ。今、窓の外には暗闇の畑が広がっている。
「大丈夫。次の客に、迎えに来てもらう……」
「仕事、何件入ってるんだ」
「4件」
 冷めた表情で喋る祥衛の膝には大貴の頭がある。大貴は座席の上で丸まり、祥衛の腿を枕にして眠ってしまっていた。すうすうと寝息をたてる表情はあどけなく、何処にでも居るふつうの少年。身体を売る男娼にはとても見えない。
「4件? 今から4件なんて……仕事終わるの朝か」
「さあ……」
 祥衛の言い方は素っ気なく、まるで人ごとのようだ。思わず岸本は聞いてしまう。
「さあ、って。祥衛クン学校はどうするの?」
「行かないから。どうせ」
「毎日こんなふうに過ごしてるの」
 祥衛は頷いた。そのままうつむいて、安楽な寝息を立てる大貴をゆっくりと撫でる。その手にはシルバーの指輪が幾つかはめられていた。優しく大貴の髪を触り、いじって遊ぶ。
「ちゃんと寝てるの、祥衛クン」
 ついつい質問ばかりしてしまう岸本だったが、今回は興味本位ではなく祥衛のことが心配になって尋ねているのだ。しかし返事は帰って来ず、バックミラー越しに見る祥衛の顔は翳って見えない。七分丈のそで丈では隠しきれない手首の傷。岸本は何故か胸が痛んだ。これから彼が男達に抱かれるのかと思うと、何故かなおさら切なくなる。
(夕方応接室で見せてくれたみたいに、乱れるんだろうか。お金を貰ってその代償に……)
「これだろ、祥衛」
 秋山はハンドルを切り、角を曲がる。見えてきたのは郊外のラブホテル群だった。お城のような外観のものもあれば、さびれてレトロなネオンで飾られた古いものもある。秋山が入っていったのはその古いホテル。建物の一階部分をくりぬいた薄暗い駐車場へと滑り込む。
「こ、こんな所に子供置いてって大丈夫なんすか」
「しょうがないだろう、待ち合わせがここなんだから」
「あ……」
 窓の外を見ていた祥衛は何かに気付いたよう、少しだけ目を見開いた。
「あの人」
「客か?」
「そう」
 秋山に答える祥衛の目線の先には、ホテルの入り口の段差に座り待つ中年の男の姿があった。
 停車すると、祥衛は大貴を起こさぬようにそっと座席を抜け出した。アスファルトの上に降り立ち、扉を閉める。
「あの……」
 祥衛は運転席に寄って来た。秋山はすぐに窓を開ける。少年は何か言いたげだ。
「いいんだぞ、礼なんて。オジサン達も十分楽しませてもらったしな」
「……ごはん、おいしかった。だから、その……」
 祥衛は地面に視線を落としてしまう。うまく気持ちを伝えられないのか、もじもじとした様子に秋山は声を出して笑った。
「ははは! 良いんだ、良いんだ。さぁ仕事頑張って来い」
 秋山は窓から腕を出し、祥衛の肩を叩く。祥衛は顔を上げると、うっすらと微笑んだ。
「ありがとう」
 そう言って、祥衛は歩き出した。今日初めて見た祥衛の微笑みに、岸本の胸はときめく。まるで少女のような可憐さだ。
「いい子だろ、祥衛。ツンとしてるように見えちまうが、本当は素直な子なんだぞ」
 客へと歩く後ろ姿を見つつ、秋山が呟く。
「ただ余りに辛い目に遭いすぎた。そのせいで表情が死んだらしい」
「表情が死ぬ……」
 一体どんな目に遭えば、顔が凍り付くのだろう。岸本はごくりと唾を飲み、窓の外を眺めた。祥衛の客は嬉しそうな顔をして立ち上がり、近づいて来た彼を抱きしめる。肩を抱いて伴うと、自動ドアの中に入っていった。
「さて。次はこっちの王子様を送り届けるか、岸本君」
 秋山は車を発進させつつ、おどけた風に言ってみせる。大貴は祥衛が去ったことにも気付かず、眠りつづけていた。

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 元来た道を戻り、車はFAMILYのビルへ辿り着く。一階の駐車場に停めると、秋山は大貴ー、と呼んで後ろを見る。しかし起きる様子はない。大貴はすっかり熟睡してしまっていた。
「あーあ、岸本君が酒飲ますから」
「なっ」
 秋山は意地悪く言うと、煙草を取り出した。
「まぁそれもあるけど、疲れてんだろう。仕事の日はろくに寝れないらしいからな」
「……」
 座席に倒れて寝ている大貴。岸本の脳裏に先程の祥衛が蘇る。祥衛はこれから4件の仕事をこなすと言った──きっと朝まで犯され続けるのだろう。大貴もそのような生活を送っているとしたら、仕事と学校の両立は厳しいに違いない。
(どうして……この子達はFAMILYで男娼なんてしているんだろう)
 再びこみ上げる率直な疑問。事情があるのは分かる、けれど一体どんな事情で夜毎性を売っているのか。
「後ろ行って起こしてやれ。……お、怜か? 丁度良い大貴連れてってもらえ」
 岸本に命じた秋山は、駐車場に入って来た車を見て名前を発する。
「怜?」
 岸本はドアを開けつつも、その車を目で追った。派手な外車である。雑誌か何かで見たような気がするが、車種までは思い出せない。秋山は岸本よりも先に降り、その車の元へと歩いて行く。
 岸本も助手席から降りた。後ろのドアを開けると、外から腕を伸ばして大貴の肩を揺さぶってやる。
「大貴クン」
 すると僅かに唇が開き、眉間には皺が寄った。
「着いたよ、大貴クン」
「んっ……」
 大貴は寝返りを打つ。そんな姿に色気を感じ、岸本の心音は今日ばくついてばかりだ。
「もうちょっとねたい……」
「ダメだよ。帰らなきゃいけないよ」
「いえは…や……ちょうきょ…される……」
「大貴クン?」
 もごもごと寝言を呟く大貴を眺めていると、背後から足音が響いて岸本は振り返る。近づいてくるのは──スラリとした細身の男。先端が尖った革靴に長い髪、スーツはノーネクタイに黒いワイシャツ、アクセサリー類も光る。ホストを思わせる姿の彼がどうやら怜らしい。秋山はというと遠くで煙草を吸っていた。
「ウチの商品がどぉーもスミマセンねぇ、起きないんだって?」
 怜は軽い口調で言うと、岸本を押しのけ車内を覗き込んだ。『商品』という言い方に岸本はむっとする。そんな言い方はないのではないか。
「だいきくーん起きましょ。あさですよー」
 怜は大貴を揺さぶって声を掛けた。それでも起きない大貴に、やれやれ、と呟くと怜は座席へ倒れ込み大貴の身体の上にのしかかる。そしてそのまま唇を奪いキスを与えた。
(なっ……?!)
 突然始まった濃厚な口づけに、車外で立つ岸本は目を点にしてしまう。怜は激しく艶かしく吸い付いているようで、ジュパジュパ、チュクチュクと唾液の音が漏れてくる。しかもディープキスだけでは止まらず、怜の手は大貴の股間を探っていた。その手首には高そうな時計がはまっている。
「あん……っ。ふぅ……」
 そんなことをされれば、流石に目が覚めるだろう。大貴は怜の下で甘い吐息を漏らす。
「…パパ……」
 小さく聞こえてきた大貴の声。岸本は不思議に思う、パパ? なぜこのタイミングで親の名を呼ぶのか。
「つうかおやじじゃ……ねーし……」
「俺だよ、大貴くん」
「れーさん……」
「酔っぱらってるよキミ。舌、お酒の味がするねぇ」
 目醒めた様子を見て怜は大貴から離れ、車から出る。大貴は濡れた口許をごしごしと拭いつつ起き上がった。
「よっぱらって……ねーもん」
「俺とお父さん間違えちゃうんだもん、酔ってるさ。ここドコか分かる?」
「えっ。そーだ、祥衛は?」
 やっと祥衛がいないことに気付いた大貴に、岸本は「仕事へ行ったよ」と教えてやった。大貴は驚いたように辺りを見回し、FAMILYの駐車場であることを理解する。
「俺寝ちゃってたんだ。あれっ。まじでー?」
「まじだよ、大貴くん。さっ車降りて」
 怜に促され、大貴は地面に足をついた。立ち上がると軽くよろめいてしまい、怜の胸へと抱きとめられる。
「わ、立てねぇ……」
「ほーら酔っぱらってる。そんなへろへろだと俺に食べられちゃうよ?」
 怜はクスクス笑うと大貴の顎を掴んだ。そして再び口づけて舌を挿れている。もはや岸本は呆気にとられるばかりで、見ていることしかできない。大貴ははじめ目を開けたままキスを受けていたが、やがて瞼を閉じて濃密に舌を絡め返していた。
「キミはお酒なんて飲まなくていいの、セーエキだけ飲んでればいいんだよ」
 唇をほどくと怜はそんなことを言う。岸本は気付く、怜という男は口許は笑んでいるが瞳はどこまでも冷たく、目は笑っていない。その様子からどことなく残虐な香りさえ感じぞっとした。
「ねぇ? そう思うよね」
 怜は岸本を見た。同意を求めるような言い方に岸本は戸惑う。
「だってさ、エッチなことするために育てられてきたんだよ。大貴くんはみんなの性欲処理玩具だよね」
 相変わらず冷笑を浮かべて怜は腕の中の大貴に尋ねる。大貴は酒気で頬を紅潮させ、キスに感じたのかうっとりとしたような顔をしていた。
「うん、そうだよ……」
「ほら。本人も言ってるデショ?」
「岸本さん、今度フェラだけじゃなくて、さいごまでやろ。俺とセックスしよ」
 大貴に見つめられてそんな台詞を告げられ、岸本の胸は掻き乱された。彼の表情は妖しいものに戻ってしまっている。普段の無邪気な姿が素なのか、性に触れた時に見せるこちらの妖艶なものが素なのか、一体どちらが本当の大貴なのか?
「祥衛と3Pしてもいーし。……都合の良い日連絡して」
「あ、あぁ……」
「今日はありがと。あっきぃ!」
 岸本から視線を外すと、大貴は秋山に手を振った。ありがとう!と大きな声で伝えると、秋山は手を振って答える。
「行こっ、れーさん。薫子上にいる?」
「さぁねぇー。今帰って来たとこだからわかんないなぁ」
 怜にもたれて腕を組み、大貴はふらつきながらもエントランスへ歩いてゆく。彼らを見送りつつ岸本は言葉を失っていた。FAMILYの少年男娼達やその関係者に触れた今日は色々と衝撃を受けた一日だ。車に戻って来た秋山は、立ち尽くす岸本に「帰るぞ」と声を掛けた。

E N D