男娼祥衛・業務日報

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【20:40】

 地獄が……はじまる。
 街灯の下に停車したバンの後部座席で、祥衛はそう思う。
 繁華街は金曜の夜ということもあって、たくさんの人々でにぎわっている。運転席に座っている中年男は含み笑いを浮かべていた。伊造(いぞう)という名前の客だ。

「よぅし、行ってきて……ヤスエくん」

 祥衛は窓の外を見る。コンビニの看板が、少し先に見える。

「おじさんを楽しませてくれるんだろう?」

 暗に『相応の金を払ったんだから』と言われたような気持ちになった。祥衛はスプリングコートの裾をギュッと握り、頷くしかない。
 車を降りる。五月の夜はまだすこし、肌寒さも感じる。素足に履くミュールでアスファルトを踏む。コートもミュールも伊造が持ってきたものだ。コートの下は全裸だった。
 意識したらいけないと思うほど、擦れる乳首や、股間が気になる。歩き方も変になる。
 それでも、祥衛はコンビニを目指すしかない。まわりを行く人々と目を合わせないように、俯きがちに唇を噛んで。酔った声は賑やかで祥衛の心境とは対極のところにある。

(まずは……ベージュのストッキング、だ……)

 店内に入り、言いつけられた通りの品を掴む。他には、ヘアゴム。コンドーム。下の段のものを取るときは出来るだけお尻を突きだせと命じられていたから、律儀に従う。
 捲れたコートの裾から、太腿はおろか、ひょっとしたら尻肉、性器もこぼれているかもしれない。とても恥ずかしくて辛いのに、祥衛のペニスはヒクッと震え、熱くなる。
 レジで会計をするとき、もちろん、店員の目線が気になった。祥衛が意識しているほど客に目を向けていないとは分かっているけれど、ポケットから紙幣を出す指先は震える。
 買ったものを持ってトイレに向かう、これも伊造の命令だ。全裸の下半身に直接ストッキングを履く。ピタッと肌に吸いつく感触にも祥衛のペニスは反応し、すっかり勃起してしまった。まぬけな姿で感じている自分には悲しくなるし、泣きそうな気持ちにもなる。

(どうして……俺は、こんなことで……興奮、するんだろう……)

 ストッキングの生地越しにカタチを主張する股間を押さえても、鎮まりそうにない。
 悲しんでいる場合でもない、言いつけはまだある。鏡の前でヘアゴムを出して襟足を二つに結ぶ。こんなときに思いだしたくないのに、あたたかな陽光差しこむ畳の上で、妹の髪を結んであげた思い出が蘇る──嬉しそうな杏の顔。

(……杏のためにも……がんばら、ないと……)

 逃げだすなんて、できない。
 レジ袋を捨て、コンドームの箱を両手に持ちトイレを出る。大きく手を振って行進するかのように車を目指せば、さすがに人々の目線は祥衛を貫いた。

「なにあれ、あの女の子、ヤバくない?」
「頭おかしいんだろ!」
「下穿いてんの?」
「うわ、ヤらせてくれんのかなぁ!」

 本当は笑顔も浮かべるようにと言われていたけれど、さすがに難しい。引き攣った顔で車に戻る。後部座席に転がりこむとすぐに発進された。祥衛の心音は暴れている。伊造はニヤニヤ笑っている。

「ヤスエくんは学校行ってないから、運動会の練習してないからさ、やっぱり行進は不慣れなんだなぁ。行進の練習しようかぁ」

 車は郊外に向かうようだ。祥衛はただ、運ばれていくしかない。

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【23:00】

 広々とした公園に人影はない。
 酔狂な影は、祥衛だけだ。
 髪は二つ結び、全裸にストッキングにミュールというおかしな姿でコンドームの箱を両手に持ったまま、ひたすら行進の練習をさせられている。折檻と自傷の痕に彩られた祥衛の肌は汗ばんでいた。両乳首に貫通したピアスが、外灯に鈍く光る。
 ベンチに座る伊造のスマートフォンから流れるのは、姪の運動会で行進曲として使われていた曲らしい。アイドルグループの曲をアレンジしたもの。そのリズムに合わせ、祥衛は手足を動かし、ベンチのまわりを周回しつづける。
 滑稽すぎて、祥衛は内心泣きそうだった。
 伊造の手元のリモコンで遠隔操作されて、後孔に挿されたローターがときどきうねる。そのリズムに合わせて発声もした。

「あ……、あっ! ……あぁっ……っ! ……あ……ぅ、あ……、あぁあ……!」

 我ながら全く上手くできていない自覚はある。
 伊造から「振動に合わせて!」「もっとやらしく大きな声で!」と声が飛ぶ。

「あン……! あっ! あッ! あぁっ!!」

 行進の動きと共に与えられる振動が、長押しされると、快感で歩けなくなった。その場に立ち止まってしまう。

「あぁあぁあ──……、あぁああ──……ぁああ──……」

 妙な姿勢になりながら、声出しは続けていると、伊造は心底楽しそうに笑っていた。
 やっと切られるスイッチ。祥衛はその場にへたり込む。女の子みたいに、ぺたんと座る。ちょうど曲も途切れ、伊造はベンチを離れて祥衛のそばに来てくれた。

「まったく、ビショビショじゃないか、ヤスエくん」

 伊造は靴下にサンダル履きだ。その足で祥衛の股間を踏みつける。先走りに濡れて、ハッキリと見てわかるほどにシミが広がっていた。

「お客さんに買ってもらったストッキングを、こんなに汚して!」

 グイグイ力を込められれば当然痛いが、妙な声も漏れてしまう。

「ひゃ……ぁ、あっ……」

 祥衛はこんなシチュエーションにも行為にも、やっぱり、興奮を覚えるのだ。
 コンドームの箱をひとつ落としてしまうと、それに対しても眉根を顰められ、拾った伊造は祥衛に箱を咥えさせる。さらには立たされ、ローターが挿さったままの尻を平手打たれた。パァン、パァン、と、静かな公園にスパンキングの音が響きわたる。

「これは! 罰だよ! すぐカウパーお漏らししちゃうから!」
「……ッ……、……うぅ……、う……!」

 箱を咥えた顔を歪め、痛みに耐えた。祥衛には妙な陶酔も走っている。目の前を飛び交う羽虫。こんな場所で、こんな格好で、叱られているなんて──性器だけでなく、胸の先もしびれてくる快感だった。現に、乳首も尖りを増している。
 しばらくの尻叩きを終えると、伊造はひと仕事終えたかのように息を吐き、感じすぎた祥衛のストッキングの股間をスマホで撮影した。

「写真を事務所に送るから、調教師さんにも見てもらって、叱ってもらうんだよ」
「は、ふ……」

 箱を噛んだままだから、上手くしゃべれない。そして涎まみれの箱はボロッと地面に落ちる。

「ホテルにいく予定だったけど、公園でしようか、ヤスエくんには公園が似合うもんねぇ」

 似合うもんねぇ、と言われても、祥衛にはよくわからない。

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【23:30】

 リストカットの痕が目立つ腕を引かれ、水飲み場に向かった。伊造が蛇口をひねる。命じられた通り、溢れだす水流に股間を当てた。
 少年男娼に堕ちたばかりの頃なら腰が退けていたであろう行為も、いまはすぐに出来る。ストッキングごと濡れていく感触は気持ちよくどこか、背徳的だった。
「おちんちん、綺麗になったねぇ」と、伊造は言うが、さらにビショビショになっただけだ。
 生地を透かして見える勃起した性器とピアスは、あまりにもいやらしい。伊造はそれを撫でまわすと、生地を破いてしまう。あろうことか、玉袋だけポロンとはみ出て、祥衛は息をのむ。

「ウワァ、すごいなぁ、淫乱すぎるよ、ヤスエくん、こりゃあ感動」

 手を叩いて笑う彼にまた写真も撮られた。これも事務所に送られるそうだ。こんな股間をFAMILYの人々にも知られると思うと、祥衛は恥ずかしすぎて頭の中が真っ白になっていく。

(なんで……俺が、こんな目に……)

 覚悟したはずなのに、ぶり返すように、悲しみが湧く。
 しかし、興奮してもいる。いつものように頭のなかは様々な感情でいっぱいだ。

「ほらほら、トイレまで乳首いじって行進だ!」

 コンドームの箱はグラウンドに捨てたまま、祥衛は自分で両胸のリングピアスを引っ張ったり、乳頭をこねくりまわしたりしながら、練習の成果とばかりに足を大きく上げてトイレに向かう。睾丸だけが揺れる。伊造の持つスマホからは再びアイドルの行進曲が流れた。

「いいねぇ、きっと来年の運動会には出れるよ、ヤスエくんさぁ」

 到着すると個室に入る。いじった乳首は両方ともピンと屹立している。積まれたトイレットペーパーの上にスマホが置かれて曲が続くなか、手すりを掴んで突きだした尻を撫でまわされた。ストッキングの生地に挟んだバッテリーを取られ、ローターも抜かれた。

「……ひゃ……、ぅ……!」

 振動するローターで肛門の皺をなぞられ、祥衛の表情は歪む。洗ったばかりの股間に、また興奮からの先走りを滲ませてしまいそうだ。

「あぁっ、あッ、やぁあ…………」

 抜いたり、挿れたり、小刻みに繰り返されると、意識がくらくらする。しばらく抜いたままにされるとじれったくて尻を振り、自分から肛門にローターを押しつけた。
 伊造の手はペニスの方にも振動を当ててくるから、祥衛は歓喜の喘ぎを響かせてしまう。

「あぁあァ、ぁあ──……!」
「かわいいなぁ、二つ結びもよく似合ってるし、天使みたいだよぉ!」

 ローターを放った伊造はさらにストッキングを破っていき、祥衛の痩せた臀部を大きく露わにすると、いよいよ自身の猛りを擦りつけた。

「ひゃッ、やぁあッ、うぅぅ……う……!!」

 いきなり突き入れられて、痛みもはしる。潤滑剤はローターに付着していたわずかなものだった。苦痛に尻を振ると叩かれる。

「こらこら、大人しく! ヤスエくんは、オナホールなんだから!」
「ヤああぁ──……!!」

 開始される抽送。肉杭が、襞を割り開き、擦っていく。
 ビリビリと、動きに合わせてストッキングは破れていく。生地の亀裂は股間に達し、祥衛の勃起もこぼれて晒された。締めつけられていたモノが自由になった解放感に、祥衛は感動さえ覚える。

(すご……い……、……イイ……、きもち、いい……!)

 繰り返し突かれて、粘膜をめくられる痛みも快感に変わっていくが、浸っている場合でもなさそうだ。個室の外に複数人の足音がある。ざわめきが近づいてくる。

(……やば、い、見つかる、ばれ、る……)

 こんなところでセックスしていると知れたら、どうなるのだろう?
 一般人ならまだしも、警察だったりしたら。
 ドンドンドン!! ノックされる音が響く。
 やばいと思うのに、祥衛の興奮は増し、ドキドキは止まらない。

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【01:00】

 このトイレではよく乱交プレイが行われるらしい。いわゆる、ハッテンバというやつだ。そんなこと、祥衛は全く知らなかった。
 伊造は知っていて連れてきたようで、個室外で列を作る男たちと、雑談して笑っている。
 祥衛にとって、客ですらない男たちに犯されるのは本当は嫌だった。怖いし、不潔な感じがして鳥肌が立つ。実際に不潔な男も多い。
 口には誰かの靴下を詰められ、臭くて汚くて涙が出そうだ。

 荒淫のなかで、ふいに大貴を思いだす。たった数時間前の。
 お互いの客の元に運ばれるベンツの車内で、スマホを弄る手を止め、隣に座る祥衛を見てくれた。

『明日祥衛はー、21時に来ればいいからなっ。俺はリハーサルがあるから、夕方には入ってるけどー』

 ……そうだ。いまは辛い目にあっているけれど、すべて終われば大貴に会える……変態の大人が集うアングラなパーティーに出席する予定だ。それも仕事には違いないけれど、大貴がそばにいるだけで、ずいぶんと祥衛の気は楽になり、安らいだ。

 祥衛を犯していた男が、吐精する。腸を満たす白濁の感触は気持ち悪く、祥衛は顔をしかめる。怒張が抜かれる。解放された肛門から白濁はトロトロこぼれ、タイルを汚す。
 破れたストッキングをかろうじて身に着けた下半身に対し、またフラッシュが光った。
 こうして、また、祥衛の恥ずかしい姿がネットで拡散されていく。
 次に祥衛を犯す男はガタイがいい。腕を掴まれ、立たされ、よろけて転びそうになる。彼は便座に座ると、祥衛を軽々と持ち上げて自らの勃起に祥衛を挿す。

「ふ、ぁ……!!」

 さんざんに犯されて拡がった肛門はたやすくひと突きされた。
 根本まで飲みこんだ瞬間、祥衛は痛みと快感に目を見開く。
 そのまま道具のように上下されて抽送される。擦りつけにあわせて揺れる性器。男は楽しげだった。

「いいな、こいつ、軽くて! こりゃあいいオナホールだ!」

 さっきまで祥衛を犯していた男も、身なりを正しながら呟く。

「あばら骨浮いてるもんな、ろくにメシも食わしてもらってないんだろ、かわいそうになぁ……」

 祥衛に対し、かわいそうにと言う者の大半は、本当のところ可哀想とも気の毒とも思っていなさそうだ。
 靴下を詰めこまれた口から、祥衛はふぅふぅ息を漏らす。
 祥衛の頬はもはや、真っ赤だ。

「うッ、ふぅ、う、うぅ、う──……!」

 腸の粘膜を抉られながら、別の男によって両乳首のピアスを痛いほど伸ばして引っ張られると、たまらない歓喜に貫かれた。

「うぅふぅぅッ……!!」

 汚い、気持ち悪いと思ってもいるのに、祥衛の勃起は屹立を保ち、尖端からは先走りのぬめりを垂らしていく。
 どれほど揺らされた末か、やっと男は達し、祥衛はよろめく身体を引き剥がされ、その場にしゃがまされる。いつの間にかミュールは失われていた。汚ねぇ汚ねぇと笑われながら靴下を吐かされ、いままで尻に挿れられていたペニスを口に突っこまれる。

「うッぐ……っ……」

 しばらく風呂に入っていないのか、味も匂いもキツい。祥衛の瞳は苦痛に潤む。それなのに──

「ずっと勃起しっぱなしだな、すごいな、この子!!」

 ビンビンの肉茎は笑いものになり、扱かれたり、スニーカーでつつかれる。スニーカーの靴底に先走りの糸が引いていくさまを見たとき、祥衛は、興奮しながらもさすがに……絶望で死にたくなった。

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【03:50】

 最後に来たのは小谷(おだに)という名前の男で、次の客だった。
 引き渡された祥衛は、性器も尻も露出したボロボロのストッキング姿で公園の駐車場に立ち、ウェットティッシュで拭かれている。
 今晩も嵐のように通りすぎていった出来事に対して、祥衛の心は受け止めきれず、半ば放心状態でいる。
 小谷の言うことは間違いではない。

「きったねぇなぁ、おれがこんな目にあったら死にたくなるわ!」

 素足で立つ地面にはイチヂク浣腸の容器が転がっている。さっき、小谷に注入された。急激な便意は祥衛を蝕み、性器を拭いてもらいながら、身を揺らしてしまう。

「う……、うぅ……」
「どうした、漏らしたいか」

 頷くと「じゃあ、出せば」とそっけなく許可をもらえた。

「ほら、あそこにフェンスあるから、しがみついて出してこいよ」

 トイレを使わせてもらえたり、しゃがんで排便をする、そんな人間として当たり前の所作など許されるはずもない。スムーズに漏らさせてもらえるだけ、ありがたい。
 ふらつく爪先で繁みに立ち入り、フェンスに両手をかけた。
 フェンスの向こうには道があり、ときどき、車が通っていく。もしも祥衛の姿に気づいたなら、幽霊のように思われそうだ。心霊スポットというのは、案外、こんな理由で生まれるのかもしれない。

(あぁ……もうだめ……だ、出、る…………)

 軽く足を開き、ビシャビシャと腸内の液と汚れを排出する。遠慮なく中出しされまくっていたから、かなりの白濁を垂れ流した。
 肝心の便はほとんど出ない。仕事前にも浣腸しているのも理由だったが、今日もウイダーインゼリーしか食べていないせいもある。

「あっ……、っ……、ううぅ…………、あぁ、あ……」

 出しきって、祥衛は表情を歪め、フェンスにしがみつく指に力をこめる。尿意も感じてきて、ブルッブルッと震えたあと、瞼を閉じた。
 目の前を通っていく車の音とライトを感じつつ、半萎えの性器からお漏らしする。結構な量に脚は濡れる。
 祥衛は確かに、みじめな排泄をすることに対し、恍惚を感じていた。しかし、恍惚は背後の声にかき消される。

「おい、いつ小便まで出していいって言ったよ」

 客たちは祥衛を罰する理由を探している。どの夜もそうだ。祥衛は手首を掴まれ、その場から引き剥がされた。小谷の車に引きずられていく。

「ひゃぁッ……!」

 素足に地面の砂利が痛かった。フラットにされた後部座席に投げられると、無理やり脚をM字に割り開かれる。尻肉を痛いほどの力で掴まれ、車内に転がっていたローションをぶっかけられた。彼のペニスを握らされ、扱かされたり、唇を奪われてキスされたりする。強引に口腔内を舐めまわされて溢れる唾液。こんなにひどいことをされているのに、祥衛は、やっぱりいまも興奮している。
 感動に近いほど、痺れている。
 小谷も興奮しているらしい。勃起した怒張をねじ込まれた。

「ほら、欲しかったんだろう! 淫乱なガキだからなぁ、マワされても、足りないだろう!」
「……ひゃッ、あぁあぁあ──……!!」

 祥衛は瞳を大きく見開き、突き入れられる歓喜に身体を軋ませた。
 車ごとユサユサ揺れる。小谷は粘膜に男根を打ちつけながら、祥衛の勃起も握ってくれる、しかも祥衛好みの雑な手つきで扱いてくれるから、嬉しさからよだれを垂らしてしまう。

「あッ、あっ、あぁあ! あ……!」

 与えられる振動のまま小刻みに鳴いていると、小谷は猛りを引き抜いた。男の顔は悪巧みにギラついている。

「今日はユルいなぁヤスエくん、ちんぽ入れられすぎなんだよ、お前さぁ」

 小谷はローションを追加し、ヤスエの蕾をさらにとろけさせた。挿入ってくる指の感触を祥衛は味わう。掻きまわされ、うっとりする。

「入りそうだよなぁ、スムーズに! 手首まで飲みこんじゃいそうだよなぁ!!」
「──……!!!」

 ズボッと拳を挿れられた。何が起こったのか、はじめ、わからなかった。少し遅れて衝撃がくる。尻穴を五指で掻きまわされている。

「ひゃぁあァァあぁッ、痛ッ、痛ぃぃッ、いぁあッ!!」
「ひゃはははははははははは、すっげぇなぁヤスエくん、最高っ!!!」

 パニックになって身を起こそうとすると、頬を張られた。

「あぐぅっ……!」

 祥衛は再び座席に沈む。拳とセックスしながら、まばたきを忘れ、車の天井を眺める。
 痛みのせいで気を失えない、失ったら楽になれるのに。

6 / 10

【10:00】

 ……いつの間にか、失神していたらしい。
 願いが、通じたのだろうか。こんなとき、祥衛は神様の存在を信じてみようかという気分になる。

「?!」

 しかし、目覚めた瞬間、驚かされた。目の前には水面があり、頭を押しつけられる、その水面に。どうしてこんな目に遭っているのだろう、ここはどこだろう、疑問符ばかりを浮かべながら、口から空気の泡が生まれていくのを客観的に認識していく。
 髪を引き上げられ、呼吸をする。 

「ぷはぁッ」

 束の間の自由だった。また水に顔を押しつけられ、思いだすのは小学生のときにもこんないじめに遭ったこと。夏休み前のプールだ。
 あめんぼも浮いていて汚いからやめてほしかった……意識が、はっきりしてくる。現在(いま)は、水じゃなくてお湯だ。
 強制的にお湯に顔をつけられるのを何度か繰り返していると、さすがに苦しくなってきた。このままでは死んでしまう、それは良くない、だからめちゃくちゃにもがいてみる、泳ぐかのように。キャハハハハと笑う声は聞き覚えがあった。客のようだ。
 首の後ろを掴まれて、やっと浴槽から身を離してもらえた。大げさなくらい広々としたバスルームに祥衛は横たわる。タイルの床の冷たさが心地いい。石鹸かなにかのいい匂いが祥衛をくすぐった。

「はッ、はぁ、はぁ……はぁッ……はぁ……」

 呼吸を乱す祥衛の視界に入るのは、骨ばった身体に女性もののランジェリーを身に着けた男だ。首飾りも、ブレスレットも、煌びやかで高価そうだった。間違いなく男性器があるのに、胸部もそこはかとなく膨らんでいる。その胸も、整ったキレイな顔立ちも、すべて作りものなのだと以前指名されたときに話してくれた。祥衛はあまり客のことは覚えないけれど、そんな祥衛でも多少記憶している事柄もある。
 加賀美(かがみ)という源氏名でニューハーフ風俗店に在籍して、ホテル暮らしをしている。加賀美は悪びれもなく言った。

「ごめんなさぁい、引き渡されたとき、あまりにも汚かったら、洗ったのよ」

 どうやら、祥衛が気を失っているあいだに前の客から渡されたらしい。祥衛の知らないところで物のように扱われるのは、祥衛にとって珍しくない。
 バスルームを出されて、身体を拭かれ、髪を乾かしてもらう。窒息させてきた人間のすることとは思えないほど、丁寧にされる。
 ガウンだけを羽織った祥衛はされるがままに化粧水、乳液、美容液の類も施された。

「中学生のころから、ちゃんとお手入れしないとダメよ。三十過ぎてから泣くことになるんだから……」

 キスをされ、舌先も奪われる。そういえば祥衛は中学三年生なのだけれど、今日も登校できそうにない。

7 / 10

【19:30】

 怠惰な時間を過ごしていた。軽く化粧をされて、リップを塗られ、執拗だったのは胸をいじられる行為だ。乳頭をつままれたり、引っ張られるだけに留まらず、色艶を良くするというクリームを塗りこまれたりした。
 午後のテレビを見ながら豊胸マッサージを受けていると、頭の奥がしびれて、勃起が収まらない。
 はじめこそ罵っていた加賀美もいつしか呆れ、罵る気をなくしたようで、とろとろ溢れる先走りの汁を何度でも拭いてくれる。
 だんだんと日が暮れてきた。長時間いたぶられた胸は張って、乳首は痛む。それでも、そろそろ用意をして向かわないといけない。
 今夜は、パーティーだ。
 加賀美にエスコートされて、アングラなその宴に出席する予定だ。
 ベッドサイドの時計を見る祥衛の目線に気づいた加賀美は、耳元でささやいてきた。

「ねぇ、やめにしない? 今日はこのまま、ずうっと、ふたりでいましょうよ」
「え……」

 祥衛は寝返りをうち、加賀美に向く。冗談で言っているのではなさそうな面持ちだ。

「いかないと、だめ、だ」
「イヤになったのよ」

 唇に人差し指を当てられる。祥衛はその手を取り、外した。

「大貴と、ステージで、ショウをするから……俺は……行く……」

 欠席するわけにいかない。大貴と約束している。
 脳裏によぎる、屈託のない笑顔。

『明日祥衛はー、21時に来ればいいからなっ。俺はリハーサルがあるから、夕方には入ってるけどー……』

「ほら、また、ダイキくん! あなたたち両想いなんでしょう?」

 不機嫌になった加賀美に、祥衛は目を見開いた。驚いてしまう。

「りょう……おもい……?」
「好きあってるんでしょ。性玩具の男の子は恋愛禁止されてるけど、心は止められないから」

 うんざりした。なんだか、異性と親しく話しただけで付きあっているのと騒ぐクラスメイトに似ている。

「俺と大貴はそんな関係じゃ、ない。ともだ……」
「嘘だわ!!」

 肩に手をかけられ、揺さぶられた。

(大貴に嫉妬、してるのか……くだらない……)

 祥衛は眉間に皺を寄せる。いつも無表情な祥衛のわずかな変化を、加賀美は見逃さない。舌打ちをしてから、加賀美も気持ちを落ち着かせたいのか、煙草を手にして寝室を出ていく。

(……逃げたほうが、いいな……)

 直感的に思った。このままでは今夜拘束されるかもしれない。ずっといじめられていたり、虐待されていたり、それなりに修羅場をくぐって磨かれた勘からの結論だ。
 全裸だったので、あたりを見まわし、着るものを探した。見当たらないのでクローゼットを開ける。シルクのパジャマがあったので羽織った。下を履くヒマも惜しみ、胸の前を押さえ走りだす。
 視界の端に映った洗面所に灯りがついていた気がしたが、確かめずに扉を開けて廊下に出る。
 スリッパで絨毯を駆けて、エレベーターに乗りこむ。一階まで降りていく。他に人が乗りこんできたら、この格好を咎められると不安だったが、神様は今日、祥衛の味方だった。無人の空間でボタンを閉じればワンピースのように太腿まで隠れた。
 さすがにロビーに飛びだせば、従業員に声をかけられる。

「お客さま?! お客さま──!!」

 無視をした。振りきった。外は夜のオフィス街。自分を見てくる人の目は気にならない。大通りからすぐに小路に入り、走って、目に留まったママチャリのハンドルをつかむ。カギは刺さっていなかった。

8 / 10

【21:00】

 素足で自転車を漕いで向かう。何度も訪れたことがあるから、会場の場所はなんとなく知っている。しかし、近くまでは辿りつけても、ピンポイントに店を見つけられない。飲み屋、サブカルなカフェ、ライブハウス、小規模なクラブが密集するエリアを迷った。
 住民は外国人が多そうで、アジア人にも欧米人にも声をかけられたが、祥衛は無視する。
 うろうろしてやっと見つけた見覚えのある雑居ビル。
 裏口に自転車を停めると、一服しているスタッフがいて「あぁ、FAMILYの」と、一目見ただけで認識してくれた。中に入るように薦めてくれる。

「どうしたの、そんな格好で……裸足じゃないか」

 彼の問いかけにも答えなかった。滲んだ額の汗を拭う。メンズストリップ、SMショウなど、アダルトなポスターで埋め尽くされた廊下を通って会場に入ってから、あの男にタバコを一本もらえばよかったといまさら思う。
 フロアは薄暗く、それなりに混雑している。
 ステージではラバーの衣装にガスマスクを着けた男が、エレクトリックな四つ打ちのリズムに合わせてヴァイオリンを演奏していて、聴く者の不安を煽るような変拍子の曲だった。
 奏者のかたわらには大きな花瓶があり、たくさんの真紅の薔薇が飾られている。
 ステージに大貴が現れると、歓声が沸いた。
 SM女王を髣髴(ほうふつ)とさせる黒いエナメルの衣装を纏い、髪をセットし、化粧も施されている。ダークな装いだから、薫子の仕事だと祥衛にはすぐ分かった。

(いっしょに、ショウに出ないと、いけないのに……)

 とりあえず来てと言われていただけだが、客席にいていいのだろうかと戸惑う。

(声をかけたほうが、いいのか……。でも……)

 タイミングがつかめず、祥衛は入り口近く、すみっこの壁にもたれる。厚底のヒールでステージをうろつく大貴は、大人たちを誘惑している。不遜な表情も、侮蔑の目つきも、嘲笑のような口許のゆるめかたも。踊る動作とともに、衣装を脱ぎ捨てて客席に投げていく。そのたびに客が歓声とともに群がる。

(やっぱり……、大貴は、すごい…………)

 ふだんの無邪気で明るい姿と、アングラな世界で見せる年齢不相応の官能美に溢れた姿のギャップには、いまでも驚かされる。
 大貴は首輪とTバックとニーソックス、ヒールの靴だけになっていた。ステージから客席に降りる。

(……まさか……)

 大貴は祥衛の元に歩いてくる。迷うことなく見つけてくれる。
 目が合うと微笑まれ、祥衛の脳裏には、めちゃくちゃな目に遭っていた昨夜からの出来事がなぜか、走馬燈のように廻った。
 全部終わったのだ。滑稽な行進も、汚れた乱交も、フィストファックも、ヒステリックなシーメールとのひとときも。差し伸べられた大貴の手を取ったとき、それを実感し、ほっとする。
 手を繋いでステージに戻っていく道程はいちだんと歓声がうるさかった。大貴の問いかけは客たちの声と、ヴァイオリンの曲にかき消されそうだ。

「祥衛ひとりで来たのかよ。お客さんは?」
「……そ、れは……」

 祥衛は、どう説明していいか、さっと言葉が出てこない。
 返答の代わりに、祥衛も質問する。

「どうして……俺が、あそこにいるって、わかったんだ」
「あははっ。だって、どうせすみっこじゃん、祥衛がいるの!」
「…………」

 その通りだから、何も言えなくなった。ステージに上がるとき、大貴はヒールの靴も脱いで観客に渡してしまう。見覚えのあるサラリーマンが、大切そうに抱きしめた。

「いろいろ気になるけど、まぁいいや……俺と見せものになろっ。ほら、すわって」

 腰を下ろしつつ、いまさら自分の格好が気にもなる祥衛だった。自転車で走ってきて素足もパジャマも汚れている。汗ばんでいるし、髪もぼさぼさだ。
 大貴には、そんな懸念も見透かされたようで、笑いかけられた。

「だいじょうぶだよ。俺にまかせて」

 大貴は花瓶を倒し、祥衛は無表情の下で驚く。

「……!!」

 薔薇の花束の洪水。花瓶には花びらも詰まっていて、ステージは真紅にまみれる。歓声とともに、抒情的にうねるヴァイオリンの音色。
 大貴は不敵に笑い、しゃがんで花びらをばさばさ巻き上げたり、花束を掴んだりした。祥衛を抱き寄せて唇を奪ったりもする。
 舌を挿れてくる濃厚なキスは、やはりどの客よりも巧い。祥衛はとろける。照明の眩しさも人々の目線も気にならなくなりそうだ。
 大貴の首輪の金具に触れ、もっとして欲しいと願うものの──
 糸を引く唾液とともに唇は離れ、代わりに薔薇が、祥衛の口のなかに入れられた。
 口づけの余韻にうっとりしたまま咀嚼する。大貴も花びらを食べて微笑む。

9 / 10

【21:20】

 パジャマのボタンをひとつひとつ外していく大貴は、祥衛が下着すらつけていないことに少し驚いたようだ。瞳が見開かれる。
 しかし、うろたえることはなく、全裸の祥衛を押し倒して身体を撫ではじめる。太腿をなぞり、胸元に頬ずりをし、乳首のピアスを弄りながら首筋にキスをしてくる。
 このまま甘く肌を重ねていくのかと祥衛は思ったが、そうでもなかった。大貴は膝立ちになり、薔薇の花束を掴むと、バラ鞭を使うときのような持ちかたをする。

(たたかれる……)

 祥衛は察した。予感通りに振り下ろされる。

「……ひゃ……ッ……!」

 棘が、痛い。けれど祥衛は、やはり、興奮もする。大貴に薔薇の花で叩かれるシチュエーションにも、注目を集めている事実にも、甘美な痛みにも……

「や……っ、あ……、ぁっ、あっ……」

 繰り返し、乱舞のように叩く大貴も明らかに欲情している。
 祥衛を倒錯的に傷つけることで興奮している。
 上気した頬で祥衛を見据えてから、飽きたように花束を捨てると覆い被さってきた。祥衛の性器に股間を押しつけて擦る。Tバックの生地は薄く、大貴のペニスの感触を祥衛にありありと伝えてくれて、その感触にも感じる祥衛だった。
 いつのにか、完全に勃起している、ふたりとも。
 愛撫されながら、囁かれる。

「脱がせて。俺も」
「…………」

 祥衛は両手を伸ばす。大貴の腰に手をかける。ビキニパンツを滑らせると、ぶるんと滾りがこぼれ落ちた。舞台近くの客が「おぉ」と唸ったのが、祥衛の耳に届く。
 ヴァイオリンの音は無くなっていた。奏者は楽器を置き、ローションの瓶を手に近づいてきて、傾けてくれる。大貴は身を起こして甘美なシャワーを浴びるかのよう胸元やペニスに垂らされていた。
 もちろん、寝そべっている祥衛の下腹部にも溢れていく。
 熱を孕んだ大貴の視線にとらえられ、じっと見つめられながら、二本の肉茎をまとめて握られる。祥衛は震えた。兜合わせで扱いてもらうのはとても好きだ。

「ピアス当たる、きもちいい……、なぁ……犯ってるとこ、見てもらうけど、いい?」

 断れるはずがない。この状況で。ここまで興奮させられて。祥衛は身をくねらせて頷く。

「ん……、ほし、い……、やり、たい、大貴、と……」

 返事はなくキスをされた。いちだんと濃厚な口づけだ。祥衛も積極的に舌を吸う。
 口の端から溢れる唾液が、ローションに混ざり、ローションと花びらも混ざり、大貴によっていたぶられる性器からはお互いの先走りも分泌されて、グチュグチュといやらしく粘りを増す。
 後孔を掻きまわされ、大げさな水音を立てられたりもした。静かになったステージだから、客席に響きわたってしまう。

「背中痛くね……? 上、来いよ」

 大貴が倒れこんだ。祥衛は導かれるまま跨り、慣れ親しんだ怒張を、指も使って窄まりにあてがう。
 必要以上にぬめっているから、スムーズにこじ開けていける。

「……あぁ……ぁ……、うぅ……──……!」

 すべて飲みこむと、祥衛は表情を歪め、しばらく小刻みに呼吸をする。大貴は祥衛を観察し、落ち着いたところで腰を突きあげた。
 祥衛の眉根に皺が寄る。

「や……ッ……!!」

 何度も腰をグラインドされた。衝撃に揺れる性器を、多くの人に観察されながら、祥衛は悶えてしまう。大貴の両手は祥衛の腰骨へと伸ばされた。

(俺も……使わないと、腰、を……)

 言葉で指示されずとも分かるから、必死に揺すった。大貴のように巧くは出来ないけれど、それでも懸命に。床に手をついて仰け反ると、乳首のリングピアスも揺れる。
 後孔にうねりを感じながら、ペニスも握られて扱かれると、もう、駄目だ──

(気持ち、いい……、客よりも、いい……、ぜんぜん、ちがう、すご……い……!!)

 酔いしれていく。だらしなく口を開けてよだれを垂らし、悦楽を享受する。結局、大貴は祥衛を押し倒した。正常位で乱れ突く。
 大貴の瞳も、表情も、昂っているのが見てとれた。祥衛はそれ以上にとろけているのだったが。

「あぁあ……、あ……! や……ぅ……! あぁあッ……」

 近づいてくる絶頂。飲みこまれていく。このまま射精していいのか不安だったが、だれも静止しないので祥衛は突き進む。

「いく……イク……、ひ……ッっ、ぅ」

 腰つきを止められて焦らされる。両胸のピアスを引っ張られた。しかし、痛みも甘美でしかない。

「やは……ぁ……あぁあ……、あぁ……、い、くぅ……!!」

 噴出する白濁。どよめく会場。拍手する者もいる。

「俺もいかせて、しゃぶって……!」

 抜き取られ、口許に近づけられた。精液にまみれて余韻に痺れながら、祥衛は肉茎を咥える。
 ローションと大貴の先走りの混ざった味がする。
 ステージに注がれる視線に、いつの間にか加賀美のものがあることに、祥衛は気づいていない。
 舌を使い、大貴の精液を飲み干したあとは、恋人のように抱きあって喝采のなかにいた。

10 / 10

【22:50】

 シャワー室から出ると、祥衛の服が畳んで置いてあった。
 昨夜、伊造の車に脱いできた私服だ。どうして返ってきたんだろうと不思議な気持ちになりつつもデニムを履き、ランニングシャツを着て、ネルシャツを羽織った。靴も靴下もちゃんとあった。
 頭も洗ったから乾かしたいと思いながらも、早く大貴に合流したくもあったので、濡れ髪のままタオルを首から下げ、控室に出る。
 控室は広かった。けばけばしく着飾った男たちや男なのか女なのか分からない者たちがステージの準備をしたり、談笑したり、軽食を食べている。大貴と伊造の姿を見つけるのは簡単だった。

(……いぞう? いぞう……)

 なぜあの男もいるのだろう。

(あぁ、そうか、だからこの服があるのか)

 祥衛はネルシャツの袖を見てから、片隅のパイプ椅子に腰かけ、会話している彼らに近づいていく。
 大貴もシャワーを済ませて私服のTシャツとジャージだ。メイクも落ちている。ヒールの靴だけは返ってきたらしく、足元に置かれていた。そういえば以前『イギリスの靴屋さんに特注で作ってもらったんだー』と話されたことがある。
 大貴と目が合った。

「おっせーと思ったら、あたまも洗ったのかよー。髪にもローションついてた?」
「…………すこし」
「まじでー。垂らしすぎたなー!」

 伊造は大貴の腕をすりすり触って頬ずりもしていて、見ている祥衛は気持ち悪く感じるのに、大貴は気にも留めていない。

「つーかぁ、祥衛、かがみさんと一緒に来る予定だったじゃん」

 祥衛は大貴のとなりに座った。

「かがみさん、ひとりで来てて、俺らのショウ見たら帰ってったらしーけど。なんかあったのかよ」
「べつに……」
「なんかあったなら、俺が言ってやるし!」

 大貴に嫉妬していたのに、大貴が出ていったら、余計にこじれそうだ。祥衛は首を横に振った。

「……いい……へいきだから」
「えー、なんでだよっ」
「…………」

 伊造は身を屈めて、祥衛の顔を見てくる。

「それよりさぁ。ふたりとも、ご飯食べにいこうよ、お寿司!」

 不満げな表情を浮かべるのは大貴だった。

「またスシー? 伊造さんってほんと魚すきだよなー!」
「大貴くんがイヤならいいよ、イタリアンとかにするよぅ……」
「いーよ。寿司で。だって伊造さんのおごりだもん」

 彼らが席を立ったので、座ったばかりの祥衛も立つ。

「荷物取ってくるから待ってて。祥衛も食うよなっ?」

 そういえばこのところ、ろくなものを食べていない。ひさしぶりにちゃんと食事をしたほうがいい気がする。

「あぁ……俺も、行く」

 頷くと、大貴は笑って離れていく。伊造とふたりで大貴を眺める。伊造に「よかったよ、いいエッチだったよ」と感想を述べられたので、無表情で頷いておく。
 今日もなんとか一日が終わった。明日仕事は入っていない。目覚めたときの気分しだいでは、学校に顔を出してもいい──無表情の下そう思う、祥衛だった。

END