Erebus

 何度目かの絶頂を味わったあと、クイーンサイズのベッドに裸身を投げだしていた。
 ひどく気だるく微睡みに沈んでいく。このまま眠ってしまいたいのに、身を寄せてきた崇史は大貴の背骨をなぞるように撫で降りて、指の腹で尻肉を掻き分ける。
 そこが潤んでいるのはジェルを馴染まされただけでなく、大貴自身が愛液のように腸液を分泌させたのと、崇史に注ぎこまれたからだ。
 大貴は涎と汗で湿った枕に横顔を埋めたまま、唇を動かした。

「……もうヤだ……ねたい……」

 入り口を触られると、巨根で貫かれた痛みがひきつれるように響き、それからじんわりと残り火のような悦びが蠢く。大貴はごく自然に吐息を漏らしてしまう。

「ん……はッ……、あ……、あぁ……」

 崇史の手は、行為のせいでめくれた蕾を触るだけに留まらない。
 深く侵入してくる人差し指と中指。内襞を波打たされて大貴は顔を歪め、さすがに薄目を開いた。

「やめろって……ゆってるのに……そのうち朝にな……る……」

 疲れた、限界、無理……と伝えたかった訴えは、キスでふさがれて行き場をなくす。
 結局、大貴は縋りつくように崇史に抱きついていた。
 口腔を蹂躙されながら、グチュグチュと蜜音を鳴らして掻きだされていく白濁液。しかし、明らかに単にどろつきを掻きだすための指先ではなくて感じさせる愛撫だった。
 ……たっぷり唾液を交換し、頬を上気させた頃には、大貴の尻肉はまた抉って欲しそうに熟れている。後孔の欲情に誘発され、性器も起ちあがってしまった。ひどく反り返って膨れあがり、とても今夜幾度となく射精したペニスには見えない。
 キスを途切れさせた崇史は薄笑む。

「どうした……俺は後処理をしてやったつもりだが」
「ウソつき……」

 睨んでから、崇史にちゅっと小さくキスをする。
 性器は崇史に握られ、その瞬間から大貴の身体に走る悦び。大きな手で擦られる刺激は劇的で、だらしなく唇を開き、されるがままに喘ぎをこぼしていく。

「……あっ……ぁ……、きもちいいっ……!」

 崇史は擦るだけでなく尿道孔も弄ってくる。幼いころから崇史に繰り返されたせいで、つい自慰のときにもする弄りかただ。
 しばらく責められたあと、やっと離された亀頭は崇史の下腹部に擦れ、淫猥に先走りの糸を引かせた。このままさらに触られたらきっと達してしまうから、大貴は崇史を見つめておねだりをする。

「ひとりで……チンコでイクのヤだ……また挿れて……パパといっしょにイキたい……!」

 シラフの大貴なら、恥ずかしさや意地がジャマして言えないような言葉も、悦楽の底に堕ちきったいまならばたやすく発せた。
 崇史は返事のように、強く大貴の両手を握る。
 指を絡ませ、再び激しくキスを愉しみだす。
 呼吸もできない……。
 こんなとき大貴は崇史に愛されているのを感じてうれしくなる……
 それが常軌を逸した愛だとしても……
 今夜は実家ではなく、神戸のホテルにいるからうれしさは倍増だ。

 崇史は、冬休みの大貴を出張先に呼んでくれた。

 26日から滞在してもう3日目になる。仕事で来ている崇史は忙しく、基本的に大貴ひとりで過ごし、とても家族旅行とは言えないかもしれないが──それでも、実家以外の場所で崇史と過ごすのは大貴にとっては信じられないほどの幸せだ。

 指をほどいてからも、柔らかく唇をこすりつけあい、唾液にまみれて微笑いあう。いつのまにか崇史もひどく勃起し、大貴の素肌に擦れたりする。それを撫でながら大貴は囁く。

「大好き、パパ……きじょういしたい……だめ……?」
「お前の好きに動いてみろ」
「やったっ……えへへ……」

 疲弊しきっていることも忘れ、崇史に跨って、自ら尻肉を掻き拡げ腰を落とす。ジェルを足さずとも後孔は嬉しそうに飲みこみ、我慢できないほどの痛みはない。
 一気に根本まで受け入れながら、大貴は喉を反らした。

「あぁあ……すげぇ……挿れたしゅんかんからきもちいぃ──……」

 骨まで溶かされるほどの歓喜とともに、今夜はもう責められすぎて本当は限界だと訴えたいのか、ぴくぴくと痙攣する内腿。
 それでも大貴のペニスは揺れてもいないうちから、また透明な蜜を裏筋に伝わせて悦びを表している。
 崇史は腕を伸ばし、拭ってくれた。

「まったく、泣き虫はいくつになっても変わらんな」
「なんだよ……それ……泣いてねーし……しもねたかよっ……」

 先走りを拭うその微かな刺激にも感じてしまうから、むずがゆさから逃れたくて、大貴は抜き差しを始める。途端に走る快楽。当然、リズムに合わせてこぼれる喘ぎを止められない。

「……あッ……あぁっ……ひゃ……ぅ……、あっ、あぁ……! あ……ン……、……!」

 踊る大貴の姿を、崇史はしばらくただ眺めていたが、鑑賞にも飽きたのか、ふと大貴の腰に両手を添える。
 そうされただけで大貴は予感する──

(……くる……きちゃう……すげーやつ……!)

 何百何千と刻みこまれた快楽の記憶で身震いし、期待通りに突きあげられ、目を見開く。

「──…………あぁあぁあァ…………!!!」

 きっかけに止まらなくなる、崇史からの律動。繰り返しに揺さぶられて、大貴の身体は弓なりにしなり、悦びのままに鳴きわめく。

「やぁああ……、うぁあッ……、イイ……スゴ……っ……、あ……ぁ──……!!」

 ついに崩れ落ちて、崇史に倒れこんだ。崇史は大貴の両腕を掴み、妙な体位でも変わらず打ちつけを続けてくれる。

「イイところに当たってるか」
「ン……っ……よすぎて……もう……だめ、だめだよぉっ……!」

 もちろん、大貴も教育されている通りに腰を揺らしつづけている。
 長くは保ちそうにない、達してしまいそうだ──……眉根を寄せる大貴に、崇史はふっと口許で笑んだ。

「一緒にイキたいんだろう……少し堪えろ」
「うん……パパ……」

 大貴は爆ぜそうな根元をきつく握りしめる。崇史からの抽送の激しさは増し、これ以上は本当にもう耐えられないと思ったとき、触れるだけのキスをされて「出すぞ」と素っ気なく告げられた。
 そしてふたりで同時に解き放つ。お互いに分泌液は少なく、大貴の射精はかすかに垂れただけの雫だ。
 悲鳴を上げる気力もない。
 ずるりと後孔から抜きとった大貴は、今度こそシーツに倒れこむ。
 激しく乱れている自分の鼓動を聞いているうちに、朦朧とした意識は安穏の闇にすべり落ちていった。



   ◆ ◆ ◆



 靴と洋服のショッパーの山を、どっさり畳の上に放る。大荷物から解放された大貴は楽になった両手をぶらぶら振った。改めて眺めるとかなりの量で、明らかに買いものしすぎだ。

(やっべー、薫子にぜってーおこられる)

 半分実家に送ればバレないかもしれない、しかし、それでは……

(せっかく買ったのに普段着れねーしー、隠してたのバレたらもっとしかられるし……まーいいや、どうするかはゆっくり考えよーっと)

 とりあえずは洗面に向かった。手を洗ってうがいをする。かたわらにはガラス張りの扉があり、日没を迎えそうな紫色の空とテラスと檜の露天風呂が望める。崇史と滞在しているのは、外資系ホテルのジャパニーズスイートルームで、半和室のつくりだった。
 此処で崇史と過ごせて浮かれている自覚は大貴にもある。たくさん買いものしてしまったのも上機嫌のせいだ。

(でもー、すげーうれしいんだもん……しあわせっ……ずっと親父と旅行したかったんだよ……)

 タオルで手を拭き寝室に赴くと視界に入る、崇史のスーツケース、ヘアワックス、読みかけの本──大貴ほどではないが、崇史も持ちものを雑にそこらへんに放る癖があって、目にするたび本当に彼と旅先にいるのだと実感できて、さらに嬉しくなれる。
 機嫌よく唇をゆるめたまま、下着ごとデニムを脱ぐのは、崇史のいじわるで貞操具を嵌められて着衣だと窮屈だからだ。
 股間の違和感とヴィヴィアンのシンプルなネックレス以外は裸身になり、ソファに掛けられた崇史のワイシャツを掴む。部屋着代わりに素肌に纏うと、崇史の香水も勝手に使って脇腹につけた。
 それからツインベッドの片方に飛びこむ……ペニスが透明なケースの内側で擦れ、微妙に気持ちいいのがもどかしい。

(このまま寝ちゃおっかな……たくさん、歩いて……つかれた……)

 崇史の香りを感じながら、至福の微睡みに包まれていく。

(ペンハリガンの……エンディミオン……いやされる……薫子のにおいもスキだけど……パパのにおいもスキ)

 しかし……数十秒と経たず、身を起こして悶えてしまう。

「……痛っ……、痛てぇ……!!」

 貞操具のせいで育っていく欲情を塞がれ、苦痛のままに股間を押さえる。痛みのおかげでまた萎えていく。

(親父の匂いでボッキするなんて、フツウじゃない、頭おかしい)

 ちょっと落ち着くと、ため息を零した。ぼんやりと眺める窓の外は完全な夜闇に包まれつつあり、際立ちはじめているたくさんの光。

「……やっぱりアールグレイ飲もっ……」

 大貴は寝室を出た。備品のティーカップに、昨日買ったマレーシア産のアールグレイのティーパックを入れ、ポットのお湯を注ぐ。
 立ちのぼる柑橘系の香りにほっとする。
 玄関で物音がしたから、カップを手に大貴は近づいていった。

「あ、親父、おかえりなさいっ──……」

 入ってきた相手に驚き、大貴は目を見開いてしまう。
 仰け反り「ぎゃあぁあ」と叫んでその場にしゃがみこむ。床にカップを置いてあわててボタンを閉め、少しでも股間を隠そうと試みた。

 崇史とともに入室してきたのは老舗百貨店の専務・尾関だ──

 スーツにコートを身に着けたふたりの組み合わせは妙に絵になる。
 もちろん、大貴にとっては崇史が一番格好いいけれど、尾関だって十分すぎるほど美男だ。
 なぜここに尾関がいるのか……不思議でしかたない大貴を、崇史は冷めた目で見下ろす。

「騒々しい。静かにしなさい」

 平常運転の崇史の隣で、尾関はもの言いたげに険しく眉間に皺を寄せていた。



   ◆ ◆ ◆



 寝室の外から聞こえる配膳の音。夕食はこの客室でとるらしく、ホテルのスタッフが準備している。
 大貴は布団にくるまりスマートフォンをいじっていた。素裸にワイシャツでは人前に出られないのでこうしている。元通りに服を着るのは崇史に禁じられてしまった。
 アールグレイを飲み干したころ、扉をノックされ、顔を見せたのは尾関だ。スーツの上着を脱いだ姿で、優しく笑んでくれる。

「大貴くん、準備出来たよ」
「んー、じゃあいく」

 大貴も微笑み、サイドテーブルにカップとスマホを残してベッドを降りる。尾関に性器と貞操具を晒すのは恥ずかしいので、覗かないように意識しながら動く。大人しくしていれば裾に隠れてくれた。
 和室の座卓に並んでいるのは懐石料理。確かにしばらく洋食が続いていたので、ひさしぶりに箸を使う食事も悪くない。

「親父ー、おぼえててくれたんだー、そろそろ和食食いたいって俺がゆったの!」

 すでに腰を下ろしている崇史から返事はないが、そうであることは明白だった。大貴は嬉しく、崇史のとなりの座布団に腰を下ろす。
 崇史も上着を脱ぎ、すでにタイをゆるめている。
 三人きりだし、それほど堅苦しくない場だが、尾関が一番下座なことにちょっと大貴は気になった。男娼をしていつもは客を立てているための違和感かもしれない。
 せめて水割りは自分が作ろうとボトルを取る。白州の18年。和食にも合うジャパニーズウイスキーだ。大貴は思いだして笑う。

「このお酒……前に俺ー、ハイボールにして飲んでて、灰原さんに怒られちゃったんだよ。12年でもしたらダメってゆわれた。そういう飲み方は一番安いやつだけにしとけって」

 三つのグラスに均等に氷を入れる大貴を見ながら、崇史もふっと笑ってくれた。

「今日はどうする。飲むのか」
「うん、俺も水割りで飲む」

 お茶も用意されていたけれど、大貴は自然に自分の分も作る。
 すると尾関は眉をしかめる。

「無理に僕等に合わせなくていいんだよ」

 大貴は、完成した水割りを尾関のところに置いた。

「えー、ホントに、俺もいっしょに飲みてーもんっ!」
「真堂社長……」

 尾関の視線は崇史へと向けられるが、崇史が気にするはずもない。

「自己責任だ。本人の好きにさせればいい」
「大体何故そんな格好のままでいさせるのか、理解できかねる」
「望んで着ていたものを、脱がせる必要もないだろう」

 大貴は尾関に険しい顔をして欲しくないから、訴えてみた。

「親父と尾関さんとー……せっかく俺のスキなひとたちと3人でごはんなのに、ピリピリしてほしくない。だったら酒も飲まねーし、親父に頼んでちゃんと服着るから……」

 尾関はハッとした表情を浮かべてから、取り繕うように苦笑した。

「……すまない……そうだね、せっかくの席だから食事を楽しもう」
「お酒飲んでもいいの……?」
「大貴くんが嫌じゃないのなら、いいんだ」
「イヤじゃない……素で飲みたいって思ったんだよ」

 それでもなんだか不安な気持ちを抱きつつも、大貴は自分と崇史のぶんの水割りも作り、三人で乾杯をする。



   ◆ ◆ ◆



 尾関はやはり仕事の話のために来たようだ。話題は真堂グループが運営する大型商業施設のことだった。アウトレットモールを中心としたショッピングスポットだが、ハイバラリゾーツも関わってスパなども併設されており、買いものせずとも一日中楽しめる。
 さらに充実を図るためリニューアル予定で、その際には尾関の関わる百貨店も参入するそうだ。
 大貴は幼いころから、かたわらでこんな話を聞いているとき、いつもうずうずする、早く大人になって自分も大きな仕事をしたい。
 何杯目かの水割りを作っているときに、隣の崇史は手元のビジネスバッグから一冊のファイルを出して尾関に渡す。
 綴じてあるのはラフな建築画で、リニューアルの際に作る新棟を描いたものだ。ページをめくる尾関に、崇史は大貴から渡されたグラスに口をつけてから、さらっと呟いた。

「いくつか案を考えてみたのだが」
「……? ……まさかこれは真堂社長が……」

 尾関が驚嘆の表情を浮かべるのも無理はない。鉛筆で描かれたそれはあまりにも精緻かつ、実用性にもデザインにも優れていて『作品』と呼んで差し支えなかった。
 食い入るように紙面を見る尾関に、なんだか大貴は自慢げな気持ちになってくる。

「親父が考えた建物ってー、じつはときどきあるんだよ。最近だと東京でも──」
「余計な情報は言わなくていい」

 崇史に制されて口をつぐむ。公では下請けの建築事務所の実績になっていたりするから、明らかにしないことをもったいねーなーと今日も思う大貴だった。

(でも……自分の手柄とかに興味ないパパもそれはそれでスキ)

 大貴も水割りを味わいつつ、めくれそうなワイシャツを押さえると──押さえた左手首をぎゅっと握られる。何だろうと崇史を向くと、擦り寄られ、動揺した。

「ちょっ……なっ、お、尾関さんがいるのに、だめだってば……」

 崇史は冷酷な瞳のまま、口許だけで笑む。

「尾関専務は手元に夢中で、声を出さなければしばらく気づかなかっただろうな」
「そんな……」

 しまった、と思う余裕もない。のしかかられながらも尾関の方を怖くて見れなかった。きっとまた険悪な表情を浮かべている気がする。
 こんなこと大貴にとっては大したことではないのに、まっとうな世界で生きる尾関にそれは伝わらない……。
 崇史の手は大貴の内腿をなぞり、仄かな快楽を与えてくる。

「そんなに専務に知られたくないのか」
「あ、あたりまえだろ」
「未練がましく隠すのは、逆に見苦しいだろう」
「なにを……」
「ここに膝立ちになって、貞操具を晒せ」
「…………ヤだ……、イヤだ」

 大貴は首を横に振った。即座に太腿を平手打たれてパァンと音が鳴り、叩かれたそこは赤みを帯びていく。
 尾関がファイルを置いたのが、大貴の視界の端に映った。

「手荒な真似はやめて頂きたい。ご子息は嫌がっていますが」
「手荒なうちに入らん。どうやら可愛がりが過ぎてな……耐性がついたらしくこの子には叩く抓るでは大した罰にならんのだ」

 崇史は「便利なものがある」と言いながら、胸ポケットに差していた万年筆を取る。首筋につきつけられた大貴は昨夜もそれで虐められた記憶からびくっと震え、歯を食いしばった。
 崇史はわざわざ説明してみせる。

「携帯型のスタンガンだ。躾に口を出すような真似をすればどうなるのか……想像してみるといい」
「真堂社長、あなたのしていることは間違っている」

 声高に批判する尾関に、崇史は含み笑いを零した。

「口を出すなと言ったそばからか」

 万年筆で撫でられた手首に電流が走り、大貴は呻く。

「……やぁッ……、……あッっ……!」
「大貴くん!!」

 心底、心配げに名を呼ばれた。大貴は諦めを覚えながら、座布団に膝立ちになる。両手それぞれでワイシャツの裾を掴み、それでも尾関に晒してしまうのを躊躇っていると、催促するかのように腰骨を万年筆でコツコツとつつかれた。

(……どうして尾関さんの前でわざわざ虐待するの……やべーよ、怒らせるだけじゃん……でも……)

 崇史のことだから、何か、考えはあるのだろう。
 大貴は覚悟を決め、羞恥といたたまれなさを殺して捲りあげた。
 尾関が息を飲んだのが分かる。ひょっとしたら初めて見たのかもしれない。ペニスを包む排泄用の孔だけが開いたプラスチックのケースと、着脱を防ぐための南京錠──男性用の貞操具というものを。
 普通に見せるだけでは崇史に満足してもらえるはずないということも大貴は分かっているから、心とは裏腹に口角を釣り上げてみる。
 楽しげにしながら、ゆさゆさと腰を振って、ペニスを揺らす。

「……ホントは見せるのー、イヤじゃない……! 発表できてチンポも嬉しがってるっ……!」

 脅すように万年筆を太腿に当てられた状態で、大貴は仕込まれた通りの模範的な笑顔を維持する。崇史は冷めた視線を大貴に注ぐ。

「それがいったい何なのか、お前の口で説明してやれ」
「貞操帯ですっ」
「恥ずかしがらずに詳しく教えてやりなさい」
「恥ずかしがってないよ、俺にー、恥ずかしいとかねーもん……このケースはー……ぼ、勃起を防ぐためのもので、ここに来てから昼間はずっとつけられてる……そのほうがムラムラして、夜のセックスに集中できるからって……」

 言葉を失っている尾関からの視線も気になるが、大貴にはさらに切実な問題も生まれだす。肉茎が頭をもたげようと膨らみを帯びてきた。こんなに悲しくて辛いのに、どうして勃起していくのか笑顔の下では困惑する。駄目もとで崇史に頼んでみる。

「はずして、痛くなってきちゃった……」
「まだ食事中だろう。堪えなさい」
「チンポ喜びすぎちゃってー、外に出たいってゆってるんだよ」

 崇史は万年筆をテーブルに置き、自らの腿をポンと叩く。それだけで大貴はどうすればいいのかを理解したが、尾関の前だから戸惑う。
 しかし、ペニスの痛みには耐えられず、崇史の胡坐に腰を下ろす。
 胸板にもたれて間近で切れ長の目を見つめると、顎を撫でられた。

「もっと甘えてみろ……懇願を示してみろ」
「ん……パパ……」

 吸いこまれるようにキスをする。瞼をぎゅっと閉じながら。
 舌先同士で探りあい、崇史の手に首筋をなぞられて快感は粟立ち、股間の痛みは止まらない。ケースいっぱいに膨らんださまはもっと欲情したいと喚いているようだ。大貴は崇史の腕を掴んで貞操具を触らせ、こんなにも暴発しそうなことを伝える。
 唾液の糸を引いて息継ぎをするとき、視線を絡ませながらまた腰をよじって催促する。

「なぁっ、開けてっ、勃起させてっ」

 ……催促の言葉はふさがれる。貞操具ごと肉茎を握られたまま、ふたたびの口づけを交わしていく。
 目の前に尾関がいることなど……もう……意識したくない、忘れたくなっていく大貴だった──……

(……尾関さんの前で……親父とこんなにもエロいキスして……ねだって……楽しそうな演技させられて……さすがに尾関さんだってドン引きかも……あっっ、乳首すごい……!!)

 胸の突起を摘ままれただけで、大げさなほど震えてしまう。普段はそれほど胸では感じられないのに。
 痛みと痺れの混ざりあう倒錯した心地に陥り、とろんとした目つきになっていることに大貴は自覚していなかったが、崇史はそんな大貴から満足げに唇を離し、髪を撫でた。
 やっとビジネスバッグから鍵を出してくれる。
 大貴にとってはまさに歓喜の瞬間だ。
 外された貞操具は苦悶の涙のような先走りにまみれていて、顔の前に突きだされると羞恥から大貴の頬は熱くなってしまう。どろどろ垂れるほどで、崇史は呆れ顔だ。

「ひどく漏らしたものだな、はしたない」
「あ、俺、洗ってくるー……」

 勃起したまま立ちあがったのは、素でしたことだった。
 すると、大貴の腕は力強く握られて引き寄せられる。肩からチェスターコートをかけられ、足元がふわりとして、何が起こったのかよくわからない。
 尾関に抱きあげられていると──間を置いてから、気づけた。

(……えっ……? なんで…………??!)

 背丈が180に届いてからは、お姫様抱っこなんて執事にもされたことがない。決して軽くないはずなのに、がっしりと抱えこまれている。抱きかかえられている事実だけでなく、どちらかというとスマートな印象の尾関にこんな力があったことにも大貴は動揺してしまう。
 呆然としている大貴に、優しくも毅然とした尾関の声が響いた。

「行こう。きみはお父さんの横暴につきあわなくてもいい」

 呆気にとられたまま、尾関の横顔を眺める。
 尾関は崇史にも、凛としたまま告げた。

「提携の件は、あなた方の優位に進めて下さって構わない。その代わりご子息は私に預からせて頂けないか」

 崇史はくつくつと笑って、愉しげにグラスに口をつける。

「ふ……、それは随分と面白い交渉だな」
「大貴くんは、あなた方の慰みものになるために生まれてきたんじゃない……」

 尾関は大貴を抱え客室を出ていく。いつのまにかカバンも持っているし、本当に此処を去る気なのかもしれない。
 静かな廊下を歩いていく──つきあたりにはエレベーターホール。
 窓から望めるのは冬の夜空。月と神戸の夜景を瞳に映していて、大貴はやっと我に返り、尾関の腕のなかでもぞつく。

「お、下ろせよ」
「下ろしたくない」
「帰る……! 部屋に帰りたい」
「僕はいまとても頭に来てる……こんなに腹が立ったのは久しぶりだ──」

 尾関の声は波のない水面を思わせるほど穏やかではあったが、確かにふつふつと怒りを孕んでいるようだ。大貴は不安を覚える。その不安を感じとったのか、尾関は大貴に微笑みを見せてから、やっとその場に下ろしてくれた。

「大貴くんはなにひとつ悪くない」

 それでも手は繋がれたままで、尾関の手のひらは温かい。
 夜景と月の光に照らされながら、尾関は告げる。

「君を守らせてくれないか」

 真摯な瞳に見据えられ、大貴の心はざわっと騒いだ。ただ尾関を見つめ返す。

「……え……っ……」
「僕では保護者として役不足かもしれないが、それでも、君を傷つけはしない。大人たちの勝手で蹂躙される大貴くんを見ていられないんだ」

 こんな言葉を伝えてくれる大人の男なんて、いままで居ただろうか……居なかった気がする。
 駄目押しのように尾関は大貴の腕を引く。

「行こう。車を呼ぶ。君の荷物なら後で送ってもらえばいい」
「…………」

 大貴は、その場から動けずに──動かずに尾関の手を離す。

「……ありがとう……嬉しい、すげーうれしい……そんなことゆってくれて……でも……」
「どうして、大貴くん……」

 尾関は心底意外という顔つきで、外れた指先を見ている。
 大貴は柔らかく薄笑む。

「……イヤイヤでここにいるわけじゃねーし、恥ずかしいことさせられるのとかも、他のことも、ちゃんとイロイロ受け入れてるし、俺も男だし……守ってくれなくてもヘーキってゆうか……」

 逃げたかったらちゃんと自分の力で逃げだせる。イギリスの祖母のところに行くなど、方法はある。大貴なりに向きあったり考えたり、変えられない運命は受け入れたりもして、適度に実家と距離を取って、学校に通いながらも夜は肌を重ねて生きている。

「その……あの……とにかく俺は大丈夫だから……ごめんなさい……!!」

 上手く断れないまま、大貴は踵を返した。両手でコートの前を押さえて駆けだす。名前を呼ばれても振り返らずに部屋の前に戻り、チャイムを押すと、すぐに扉は開いてくれる。
 逃げるようにすべりこんだ玄関、崇史と視線が交わる。
 崇史は今夜も闇色の瞳をしていた。
 端正な顔立ちに特に感情の色はなく、ただ虹彩に大貴を映している。この深淵の闇が、大貴にはいつもとても安らげて、愛おしくて、たまらない……崇史との関係が、世界が、罪深くても禁断でも、たとえ間違っていようとも構わなかった。
 尾関の示してくれる光の先になんて行きたくない。

 此処でいい。此処にいたい。大貴は好きで闇の淵にいる。

 それでも、優しい尾関を拒絶してしまったことが悲しくて、申し訳なくて、大貴の涙腺は緩んでくる。泣きそうに顔を歪め、勢いにまかせるように崇史に抱きつく。

「……パパ……、う……っ、……うぅ……!」

 崇史は大貴を抱きしめ返してくれる。唇も奪われて、大貴は瞼を閉じて身を寄せながら、激しく口づけに溺れていった。



   ◆ ◆ ◆



「……あっ、あッ、あっ、あ……んっ……!」

 リズムに合わせて溢れる嬌声を止められない。
 薄明かりのベッドに連れられ、犯されている。

「あぁぁ……、パパ……、すご……っ、……うぅう……!!」

 大貴は裸身に剥かれたが、崇史はワイシャツにスラックスと着衣のままだ。突きこまれ続け、すでに二発も中出しされ、さまざまな体位で開かれていく──いまは後ろから覆い被さられていた。崇史ばかり達し、大貴はまだ一度も昇らせてもらっていない。
 昼は貞操具をつけられ、尾関の前でも感じさせられたのに、吐精の許可を与えてくれないのだ。達しそうになると根元を痛く握られたり、しばらく腰つきを止められて焦らされたりした。
 強引な痛みと快楽が綯い交ぜになって苦しい……しかし、この苦しさもまた崇史に犯されているのだと実感できて大貴の興奮を煽る。

(俺……やっぱりヘンタイなのかも……こんなにつらいのに……どきどきするぅっ……!)

 硬くなりすぎた肉茎は先走りで濡れそぼり、失禁したかのようにびしょびしょに汚し、淫らに糸を引いている。
 無意識のうちに刺激を欲しがり、亀頭をシーツに擦らせ、腰をもぞつかせると、戒めとして崇史に根元を握られてしまった。
 大貴は眉根を寄せる。

「……なぁっ、もう出させて……」

 崇史からの腰つきは止まり、代わりに扱かれはじめた。性器へのダイレクトな快楽には悶えるしかない。

「あぁあ……きもちいぃぃっ……」

 吸いこまれるように近づいてくる絶頂──擦られるリズムに合わせて願ってみる。

「イキたい、イキたい、イキたいっ、イキたいぃっ……」

 無慈悲に離される。弾けそうなペニスは悲しく揺れる。
 大貴は外れた大きな手を、視線で追う。

「あぁ……っ……!!」
「残念だったな」

 崇史の手は、大貴の分泌液でぐしょぐしょだ。口許に近づけられたから、吸いつき、舐めとった。ひととおり舌で清めると離れていく。
 絶頂の近くでもどかしく彷徨う大貴は、ただただ繰り返しに願うことしかできない。

「おねがいっ、出させて、すげーイキたいよぉっ……、おねがいっ」

 挿されたままの感触を締めつけて、催促するように腰を揺らす。
 崇史から返ってくるのは冷たい返答だ。

「見苦しい。欲しがり過ぎだ」

 快楽をくれるどころか、太腿をひどく抓られる。大貴は「あぁ……」と残念な痛みに鳴いた。しかし、痛みの余韻のなか、また扱いてもくれる。

「あっ……あ、やっ……」

 何度でもすぐさま舞いおりてくる悦楽に、大貴は目を細めた。

「……イク……パパ……イっちゃ……」
「ふっ………」

 やはり残酷に扱きを止められ、代わりに痛く握り潰される。
 大貴は眉根を寄せ、絶望の声を上げた。

「いあぁああっ──……!!」

 快楽から遠ざけられた隙に、崇史は後孔の抽送を再開させ、容赦なく三発目を種付けした。大貴はシーツをぎゅっとつかみ、瞼を伏せて、おとなしく注がれるほかない。

(……あ──……うらやましい……!)

 腹のなかでドクドクと崇史の滾りが脈打つ……その感触にも大貴は興奮して、また先走りをとろつかせる。
 存分に注がれて抜き取られると、溜めこんだそれを零さないように尻孔を窄めるのは躾けられて身につけた作法だ。
 四つん這いの姿勢を維持したまま、崇史の声を聞く。

「お前は命じられれば、いつまでも禁欲を続けなければならん」
「うん、わかってる……ヤだけど……しかたねーもん……」

 伸びてきた指に唇に触れられながら、当然として受け入れている事実を答える。

「……パパの性玩具だから……所有物で、オモチャだから……」
「そうだ……」

 崇史は枕元のティッシュを取り、自分だけどろつきを拭った。
 それから、大貴の首筋から背骨のラインを撫でていく。大人の男に近づきつつある筋肉のつき具合や、崇史によって全身脱毛を施された肌のなめらかさを愛でるかのように。
 指先は尻の窄まりにも辿りついた。蕾の皺を数えるようにいじられて、大貴にはこそぐったくも気持ちいい。

「パパ、漏れちゃう……」
「前か? 後ろか」
「両方っ……お尻もチンコも、出ちゃう、いじったら……!」

 訴えは間に合わず、肛門から、濁液をぴゅっとすこしだけ零してしまった。大貴はとっさに謝る。

「……あ、ごめんなさい……!」

 謝っても、だらしのないお尻には懲罰が与えられる。崇史はベルトを引き抜く──鞭の代わりとするらしい。打擲の前に柔らかく撫でられるのも大貴の怯えを誘うが、奴隷をいじめるときの飴と鞭の与えかたの参考にもなった。
 背後から宣告される。

「二十発だ」

 直後に容赦なく尻に一撃が走り、大貴は顔を歪めた。

「や……っッ……!! い……」

 ただ鳴いているわけにもいかない。ちゃんと数をかぞえる。

「……ろく……、……しち……、はち……!!!」

 強弱をつけて波のように叩かれ、真性のマゾではない大貴の性器は萎えていく。叩かれた痕は背中にも交差する。

「じゅうきゅう……、にじゅう……っ……!」

 二十発はすぐに終わり、教育された通りの口上で感謝も述べた。

「し、しつけていただきありがとうございましたっ……」

 赤く腫れて痛む尻肉を、蕾は窄めたまま見せつけるように高く突きあげれば、崇史は満足したらしい。ベルトを放った。

「まぁ……そろそろ洗浄してやるか」

 崇史は強引に大貴を抱きあげる、まるで先程の尾関のように。
 大貴にとっては、叩かれるのもナカに出されてしまうのもちゃんと耐えられるが、これは女の子扱いされているみたいで嬉しくない。

「……なにすんだよっ……ヤだっ、親父にもお姫さまだっこされるの……!!」

 寝室を出て内湯に運ばれ、下ろされると崇史を睨みつけた。崇史は気に留めることなくワイシャツを腕まくりし、シャワーを操作する。

「浴槽に手をついて尻を突きだせ」
「きーてんのかよ……!」

 拗ねながらも命令には従う。シャワーヘッドを当てられ、注入されるお湯は適温で癒される。薬剤で排泄を促されるよりずっといい。
 もちろん、含んだあとは漏らさないように窄める。
 そのままの姿勢を維持していると、まだ消えるはずもなく疼く打擲の痛みを崇史に撫でられた。

「何故……泣いて戻ってきた」
「……なぜ? えっ……?」

 突然尋ねられて戸惑いつつ、目の前にある空のバスタブを眺めて、大貴は答える。

「……それはー、あんなふうに大人の男のひとに助けてもらえたの、はじめてだったからすげー嬉しかったんだよ。でも……そんなにも優しくしてくれる尾関さんの言うことをきけねーのが……なんか、申しわけねーなって悲しくなって……」 

 崇史の手は大貴の睾丸を柔らかく握り、感触を愉しむ。せっかく萎えた性器がまた熱を孕んでいくのが大貴自身にも分かる。

「……パパも、なんで尾関さんの前であぁいうことしたの……?」

 崇史は大貴から離れると、靴下を脱いだ爪先で洗面器を蹴る。

「ここに出せ」
「答えろよ……」

 大貴はその洗面器に跨り、耳障りな濁音とともに、種付けされた精液とお湯と潤滑剤の混ざった濁液をひり出した。
 ベッドに倒される前にも洗浄したので固形の便は出ないが、それでも羞恥は強かった。崇史に見られながらのお漏らしなんて幼いころからさせられているのに、未だに心は麻痺してくれない。

(……沈黙されると、逆にはずかしい……)

 染まる頬でうつむきつつも済ませて、立ちあがると今度はタイルに背中を押しつけられてしまう。向かいあって立ったまま、再び水流を当てられる。大貴はお湯が入りやすいように腰を浮かす。
 崇史からはやっと返事が返ってくる。

「──……分からん」
「……え……?」

 間近にある美貌を見つめると、その唇は、大貴が崇史からは初めて聞く単語をこぼした。

「嫉妬かもしれん」
「……しっ……」
「…………」
「っ…………」

 大貴の呼吸は一瞬止まる。瞳も大きく見開いてしまう。

「…………な、なんか変なもの食ったのかー、ビョーキなんじゃねーの……?!」
「韮川君に診てもらうか」
「ニラ先生に聞いたってー、親父よりもっと人間としてやばいからー、ダメだと思う……」
「そうだな」
「…………」

 しばらく会話は途切れ、ただ爪先で洗面器を示されたので、大貴は跨って排泄する。二度目はほとんどお湯しか出なかった。
 また抱きあげられる前に大貴は浴室を飛びだして、濡れた身体のままベッドに戻る。飛びこんだシーツには中断した行為の熱と湿り気の余韻がある。
 ゆっくり戻ってくる崇史を視線にとらえながら、さっき尾関みたいに抱きあげたのも張りあったのだろうか……と、大貴は気づいた。
 大貴の視線の先、崇史はやっとワイシャツのボタンを外していく。

「なぁっ、なんでパパがー、尾関さんに嫉妬するの?」
「あの男の話をするお前はいつも楽しげだ」
「だって楽しいもん、ヘンなことしてこねーし、やさしいし……」

 崇史も裸身でベッドに戻ってきて、水滴に濡れた大貴の腿に手をかける。

「気になった。それだけだ。お前を所有しているのは俺なのだと少し、示したくなったのだ」
「あははっ……!」

 股を開かれ、後孔を晒されながらも大貴は笑ってしまう。
 崇史はすこしずつ人間味を帯びていく。こうして旅先で過ごせているのもそうだ。小さなころならいっしょに出かけたいと甘えても「忙しい」と一蹴されて終わりだったのに、だんだんと外でも会ってくれたり、学校のことも気にしてくれるようになってきた。

(……俺の生きてるあいだにもっと人間らしくなってくれるのかな。どんなパパも好きだけど、孫とか肩車しだしたらー、ちょっときもちわるい……)

 失礼なことを考えてから、腕を伸ばして崇史を抱きしめた。

「自分の親とかっこいい男のひとは別物だよ。別格ってゆってもいいかも。親父と薫子がちがうみたいに。わかる……?」
「あぁ……」
「だけどー、そういうのを抜きにしても、世界中の男のなかで親父がいちばんスキだよ……あこがれてるもん……痛いことされてもガマンできるくらいスキ、大好き……シュミもあうし……」

 素肌の温もりに癒され、首筋に鼻先を擦りつければ、崇史の香水のラストノートをほのかに感じられる。

「……もし、俺が尾関さんと行っちまったら、どうするつもりだったの……」
「それはそれでいい……お前が本気で決めたことに、パパが反対したことがあるか」
「ないけど……ふふっ……そうゆうと思ったっ……」
「あの専務なら、お前を大切とやらにするのだろう」
「うれしいけどー、ちょっとたいくつ。ときどきはー、人にゆえないようなこともして遊びてーもん……」

 大貴の脳裏によぎる、実家の地下にあるたくさんの拷問具、大がかりな拘束椅子、長い一本鞭を振りまわせる遊戯室。
 崇史によって造られた本物の人体のパーツを使った装飾品、調度品、身体改造を施されてヒトの形を失った生きもの。
 そういえば性奴隷を並べてする人間チェスは最近していないから、ひさしぶりにしたい。

「パパ、これからもいろんな悪いことを俺に教えて」
「覚悟してついてこい」
「うんっ……!」

 大貴は嬉しく笑顔で頷く。
 潤滑剤のジェルを撫でつけて拡げてくる指の感触。そうやって尻孔に指を含ませつつも扱きはじめてくれたから、大貴は快楽に身を寄せ浸っていく。

「すぐ出そう……いいの……っ……? イッても……っ……」

 崇史は何も言わないし、手も止めないから、堕ちていってしまう。

「気持ちいいぃぃっ──……イクっ、いく……あぁあぁあ……っあぁあッ…………!!!」

 やっと与えられた悦楽の果てはとてつもなかった。
 顔じゅうを歓喜で染めて、身体を不随意にびくつかせて、迸らせる白濁の多さはすさまじい。直視していたらまた羞恥を感じていただろうが、いまの大貴に液量を意識する余裕などない。瞼をぎゅっと固く閉じて激しい快楽に酔いしれるのみだ。
 派手に気持ちよくなったその証は拭われることなく、どろどろに塗れたまま、また崇史に犯されていく。達したばかりということも気にされずに使われて悲鳴を上げる──夜はまだ終わりはしない。



   ◆ ◆ ◆



 待ちあわせの約束を交わした元町駅までは電車を使わず、タクシーで向かった。だるいし、身体のふしぶしも痛いから楽をしたい。尻や叩かれたところよりも妙な部位が痛むのは、いつもは使わない筋肉を使っているということなのかもしれない。
 時刻は夕方に差しかかりつつあるが、起きたのはつい先程で、車内で大貴はあくびをする。

(……親父ってすげーな……タフすぎる……)

 目覚めたとき当然崇史はおらず、きっと普通に仕事に行ったのだろう。今日は真堂グループの社長達の会合があるとベッドで話していたのを覚えている。毎回東京でなく、ときにはこうして他の地域で集まることもあるようだ。
 到着したので、脱いでいたピーコートを着て支払い、紙袋を引っ掴んで降りる。手袋もして改札前に向かうと、約束の時刻より前なのにすでにトレンチコートの男はいた。
 無造作に撫でつけたようなヘアセットが格好いい。革手袋なのもいい……尾関は大貴の好きなタイプの男の要素をこれでもかというほど持っているので、その姿を目に留めただけで鼓動が跳ねる。
 ずっと眺めている訳にもいかないから、駆け寄った。

「……尾関さんっ……!」

 尾関の瞳にも大貴が映る。その瞬間に口許に笑みをたたえてくれるのは、大貴の胸を切なくときめかせる。

「昨日はごめんなさい、これ……」

 頭を下げて、紙袋を尾関の胸元に押しつけた。中には、着たままで部屋に戻ってしまったチェスターコートと、ホテルで買った焼菓子が入っている。

「あのっ、クリーニングとかもしてねーし、ただ持ってきただけで……」
「いいんだよ。気にしないで」

 爽やかな笑顔で受け取ってくれた尾関と、歩きだした。
 尾関は大貴よりも神戸に詳しく、ガトーショコラの美味しいカフェに案内してくれるそうだ。
 冬休みということもあり、平日でも賑わっている街。行き交う人々は楽しげだけれど、大貴の表情は沈み、尾関の方をまともに向くこともできない。とりあえず胸の内のいたたまれなさを伝える。

「……なんかー、尾関さんにはー、汚いことばっかり見せてる気がして……ほんとに申しわけないって思ってるんだよ。あんなのばっかり見せられたら、気分を害してあたりまえってゆうか……」
「確かに、大貴くんの関わっている世界は僕を驚かせる。だけど君を嫌いにはならないよ。それに……僕にも謝らせて欲しい。君はちゃんと自分で対処できる子だったね」

 尾関は昨夜助けを断ったことを言っているようだ。

「それでも……何か、困ったことがあれば頼って欲しい……それは僕のエゴなのかな」
「…………」

 いつものように尾関は確固として良い人過ぎる。良い人過ぎてなんだか大貴が怖くなってしまうのも、いつものことだ。

「……俺のどんな姿を見ても嫌いにならねーの……?」
「あぁ、約束する」
「……いままで尾関さんには、いじめられてるところしか、見せてねーけど……じつは俺も……サディストなんだ……教えられて身につけたんじゃなくて、自然に目覚めたんだよ。それもあって親父を理解できる。おなじSだし、シュミも似てるところあるし……」
「妬けるな」

 尾関は口許に笑みを覗かせる。大貴はやっと尾関の横顔を見ることができた。

「え……でも、尾関さんのこともスキだよ……!」
「ありがとう、大貴くん」

 崇史に対する絶対的な『好き』とは違うと理解した上で、にこやかに頷いてくれる尾関に、大貴は本音を溢れさせる。

「今度は俺がいじめてるところも見て。ときどきショウもするから、そのときにでも……あとっ、薫子にも会ってほしい、俺のたいせつなひとなんだよ……」

 告げてから、薫子の生きざまも尾関には刺激が強いかなと思ってしまった。崇史とはまたすこし色あいの異なる闇を嗜好している。

(……でも尾関さんなら……受け入れてくれるのかな……)

 居留地の面影を残す街角で、大貴は満面の笑顔を浮かべた。

END