Grand Guignol

 ピアノ発表会は、拍手喝采に包まれて終わる。
 客席から去っていく人々の混雑が落ちつくまで、崇史は閉じた舞台のカーテンを眺めて過ごす。
 本当なら隣には黎生がいたはずだが、体調を崩して入院している……だから、崇史はひとりで訪れた。
 人波が落ち着くと、脱いでいたチェスターコートを掴み、タートルネックのセーターの上に羽織る。崇史もフロアを後にしたが、そのまま会場を後にするのではなく、向かうのは関係者の立ち入る控室だった。その部屋の扉は開け放たれ、出演者とその家族、友人、知人などが談笑する姿も見られる。
 ロングドレスのまま廊下に出てきた舞花は、崇史を見つけると嬉しそうに笑んだ。手には大きな花束があり、そばには真堂家の家政婦の姿もある。
 舞花が花束を抱えているのは、見事、金賞を受賞したからだ。
 確かに良い演奏だったと崇史も思う。熱心に練習していたから、この結果は当然だとも感じる。
 人々の視線など気にせず、舞花は崇史に寄りかかってきた。
「崇史さんっ、お兄さまの病院に寄ってから、パフェを食べにいきましょっ。マイカはいまとっても甘いものが食べたい気分なの」
 いつも荷物は崇史に持たせるのに、今日は渡してこない。花束は自分で持っていたいらしい。崇史は無意識のうちに受け取ろうとしていた手を引っこめた。家政婦は舞花の肩にコートを被せる。
「お嬢さま、お着替えになったほうが……」
「このドレスかわいいから、まだ着ていたいわ。お兄さまにも見ていただきたいし……それなら、ホテルのパフェを食べにいきましょう、街中のお店よりは浮いたりしないもの」
「そうですねぇ……」
 家政婦はあまり乗り気ではないようだった。コートに袖を通した舞花は、右腕を崇史の左腕に絡ませる。すでに迎えの車が来ているから、会館の駐車場を目指して、三人で廊下を歩いていく。
 すると目の前、行く手を阻むようにひとりの少年が現れた。
「舞花さん」と声をかけてくる。変装だろう、野球帽を目深に被り、マスクもしていたが、崇史には誰なのかすぐに分かった。
 同い年ということと、お互いに変態少年愛者によくはべらされる身の上ということで、淫らな宴で顔をあわせることも多い。
 饗庭佑(あえば たすく)──天才子役ともてはやされてから早数年。高校生になり、以前に比べれば仕事よりも学業に重きを置いているようだが、いまも定期的にドラマや映画に出演している。
 佑はマスクをずらして中性的な素顔を晒し、興奮気味に口走った。
「素晴らしかったです! お姿も可憐で、奏でる音まで綺麗だなんて……あ、貴方はもしかして、天使なんですかっ!!?」
 頬を紅潮させている佑を、崇史は無言で見下ろす。
 黎生に『あいつは舞花に気があるみたい』と聞かされたことがあり、そうなのかと認識していた。当の舞花は寄せられている想いに気づいておらず、ただ無邪気に微笑む。
「ありがとう、饗庭さんも来てくれてたなんて、びっくり」
「舞花さんの晴れ舞台なら、ど、どこでも駆けつけますっ!」
「だけど、天使は言いすぎよ。饗庭さんこそとても可憐なのに……」
「そそそそ、そんなことないです……!」
 照れてうつむく佑だったが、その視線は崇史と舞花の組まれた腕に注がれる。沈む声色。
「……今日も……貴方たちはずいぶんと仲良しなんですね……」
「そう? マイカと崇史さんは婚約しているから、仲良しなのは当たり前なの」
 微笑ったままの舞花の前で、佑はがっくりとうなだれた。
 肩を落とす佑に、真堂家の家政婦は心配げに近づく。
「……あの、その……あまり落ちこまないで下さいね……!」
 駆け寄ったものの、うまく励ます言葉は見つからないようだ。佑は野球帽を押さえて顔を上げる。
「大丈夫です、知ってますから……舞花さんから、直接聞かされたのが悲しかっただけで──」
 横を通りすぎていった家族連れが、佑を見て「芸能人じゃない?」と呟いた。確認するように振り返りもする。それに気づき、佑は再びマスクを着けた。
「……すみません、実は仕事を抜けて見にきたので、今日はこれで……」
 舞花は花束から離した片手を、無邪気にひらひらと振る。
「アフタヌーンティーでも楽しみながら、またお話しましょっ?」
「はい、舞花さん」
 佑は嬉しそうに目を細めて、踵を返す──しかし、次の瞬間、振り返って舞花を見つめる。
「あの……俺はまだ諦めてないですから」
 その瞳は崇史をも射抜く。鋭い眼光で見上げられた。
「諦めてないからなっ……!!」
 今度こそ佑は前を向き、駆けだしてしまう。
 去っていく背中を眺めて、舞花は呟いた。
「お忙しいのに見に来てくださって、すごくいい人、饗庭さん」
「そうだな」
「でも、諦めてないってどういうことなの?」
 舞花は首を傾げる。崇史にもよく分からない。思い当たるふしもない。佑の姿はすぐに見えなくなり、崇史たちも歩きだして駐車場に向かった。


   ◆ ◆ ◆


 崇史の身体を存分に蹂躙していった肉茎が、やっと抜かれる。それは潤滑剤と体液に塗れてどろついている。
 再度挿入される気配は無かったから、何も命じられずとも、崇史は身体の向きを変えてしゃぶりついた。躾けられた通りに咥えこんで味わい、唇から外して舐めあげたり、指も使って愛撫したり──丹念に責めていると、さほど時間はかからずに射精に至る。
 もちろん、その白濁も飲み下す。一滴残らずに吸いだして、達して敏感になっている性器に余計な刺激を与えずに舌で清拭する。すべて教えこまれた技術だ。
 崇史が一通りの作業を終えると、灰原は自分だけガウンを纏った。そしてベッドサイドのテーブルからグラスを取り、飲みかけのワインをあおる。
「まったく、崇史、お前というやつは……!」
 満足したはずなのに、ふんぞり返って説教くさい。灰原はいつもそうだ。
「見栄えは良い、作法も良いが、性奴隷としてもっとも大切な部分が、致命的に欠けとるなぁ……」
 似たような言葉は他の大人にも言われるが、崇史にとってはどうでも良かった。シーツの上で髪を掻きあげる。
 灰原は飲み干したグラスを置くと、改めて問いかけてきた。
「何が足らないと思う?」
 そんなことよりも、灰原の経営するシティホテルのプレジデントルーム、この部屋の内装をよく覚えておくほうが崇史には大事だ。視線を動かして観察する。広いだけでなく洗練されてとても綺麗だから、帰ったらさっそくスケッチブックに描きとめたい。
 返事すらしない崇史に、灰原は肩をすくめた。
「第一に反応の悪さだ。泣いて許しを請うくらい、怯えてみせろ。悲鳴を上げたり、嫌だ嫌だと必死に逃げようとする、そういう反応がそそるんだぞ」
 崇史は飛びこむように枕に倒れこむ。素肌にシーツの感触が好きだから、自然と唇がゆるむ。
「第二にお前はマゾヒズムを持ちあわせていない。弄られて勃起しても、仕込まれたから反射的に勃起しとるだけの話だ」
 枕に頬を寄せて、瞼を閉じる。灰原の溜息が聞こえた。
「こんな話には興味もないか、しょうがない奴だ……」
 ぐしゃぐしゃとかき混ぜるように髪を撫でられる。
「だが、真堂家のお坊ちゃんの玩具は、お前にしか務まらんのも事実だなぁ」
 昨晩もきつく首輪を嵌められたせいで残った痕を、指先でなぞられた。その指はすべるように下腹部へと下りていくから、崇史は灰原が嬲りやすいように寝返りをうつ。まだ芯を入れたままの性器を晒すと、やはり灰原は手に取って握りしめる。
「ははは……元気も良い。穎一郎さんに、繁殖用の種馬としても調教されとるだけのことはある」
 ベッドサイドに備えつけられた電話が鳴った。灰原は崇史の先走りをこそげ取るように扱き、それを舐めたあと、面倒くさそうな動作で受話器に手を伸ばす。
 ふと、電話に出る前にちらと見られ、宣告された。
「崇史──お前の子どもが男坊主だったら、俺は抱くぞ」
「…………」
 崇史は瞼を開いた。灰原の横顔を見つめる。
 すぐに会話は切り上げられ、灰原は崇史に向き直る。
「佑な、やっとあいつが来たそうだ」
 本当は、今日は三人で戯れるはずだった。佑の仕事が長引き、一足早く、灰原と崇史は愉しんだ。
 灰原は身を起こそうとする。
「大人よりも忙しいな、あいつは」
「できれば……ふつうに育てたい……舞花とそう話している」
 崇史の言葉に、灰原は振り向き、間接照明に照らされたその顔は笑みの形に歪んだ。
「……ほぉう? ずいぶん、ませた話をしとるんだなぁ?」
 灰原は笑ったまま首を横に振る。
「理想を語るのは立派なことだ。しかしなぁ、崇史……お前の血を混ぜたとて、まだ存分に濃いぞ。『普通』など望めない。令嬢も浅はかな……おのれも真堂なら身をもって知っているだろうに」
 崇史はかすかに顔をしかめた。あの一族の血の呪い。退廃と淫靡に身を焦がさなければ生きてはいけない、美しくも哀しい運命。それらの事情を知っている灰原は崇史に語りかける。
「幼い時分は、親を求めるように大人との性行為を求める。お前も、そばで仕えて目の当たりにしとるだろう……あの者たちは、放っておけば道端でも男を求めだすぞ」
 若いときから穎一郎とつきあいのある灰原は、崇史よりも多く何人もの真堂の一族を知っていた。
「どこの馬の骨とも分からん連中と乱交に及ぶよりは、穎一郎さんとも懇親のある、信頼のおける変態紳士どもにまかせておけばいい」
 崇史は視線をシーツに落とす。灰原はそっと崇史の肩に手を置く。
「まぁ、若い時分から考えすぎるな。いまは学校行って、趣味の絵に没頭していればいい」
 唇を奪われて、強引に入ってくる舌先。崇史はそれを受け入れて舌を絡める。
 キスに集中していれば、憂鬱になりかけた気持ちは少しまぎれた。
 来訪者を知らせるチャイムも鳴ったが、灰原は気にしない。隣室に秘書が控えているからだ。
 涎を垂らしてどろどろになった顔を離すとき、寝室の扉が控えめに開く──入ってきたのは、ダッフルコートを着て、マスクと伊達眼鏡で変装した佑だった。
 崇史は口許を腕でごしごしと拭いながら、佑を見る。交わる視線。
 灰原はというと、キスのせいでひどく反り返った崇史の勃起を鑑賞している。
「なんだ、またこんなに起てて、しょうがない奴だな……!」
 佑はすぐに崇史から視線を外し、灰原を見た。
「あの……、遅れてすみませんでした……! 打ち合わせが、長引いて……」
 灰原は嬉しそうに性器を弄るばかりで佑を見ない。わざとそんな態度を取って意地悪していることは崇史にも理解できる、同じSだからかもしれない。
 佑はどうなのだろうと思った。佑の性癖についてはよく分からない、何度も顔を合わせても読めない。天才子役と呼ばれているだけのことはあり、相手に合わせて変えてみせる。
 今夜はしおらしく灰原に擦り寄る佑を眺めながら(人に合わせるばかりで愉しいのだろうか)と考えかけて、演じるのも一種のプレイなのだろうかと思い至り、静かに観察する。
「許して、孝造さん、僕のことも見てぇっ!」
 灰原は佑の手を振り払う。その顔は意地悪く笑んでいた。
「俺はもう満たされたんだよ、崇史に二発も抜いてもらったんでな……」
「孝造さん、ほらっ、僕……」
 佑はいまにも泣きそうな表情でコートを脱ぎ、身体の線をゆったりと覆うセーターも脱ぐ。
 すると、現れるのは素肌を交差する真っ赤な麻縄。白い肌との対比は鮮やかなほどで、少年愛者なら延髄ものだろう。ズボンを脱いで晒す下着はブリーフだったが、佑は身に着けている下着すらも毎晩違う。今日は灰原の好みに合わせたに違いない。
 辛そうに唇を噛んで、痴態をわずかでも隠したいのか、手のひらで胸元を覆う。
「孝造さんに言いつけられた通り、自縛して来たの……孝造さんに教えてもらった縛り方で……」
「確かに命じたが、そそらんなぁ」
 灰原はろくに佑を見もせずに鼻で笑い、ベッドを離れた。立ったまま自らワインを注ぎ、グラスを揺らす。
「崇史」
 名前を呼ばれて、崇史も灰原を見た。
「佑の尻を打ってやれ。それから好きに犯していいぞ、まだ達かせてなかったからな、褒美だぞ」
 崇史の視界の端で、佑がわっと声を上げて泣きだした。灰原は遠慮なくグラスのワインを佑にぶっかけて、素肌を濡らす。ブリーフも濡れる。その瞬間に佑は喚いた。
「ひゃあっ、冷たぁい!」
「冷たくないぞ、だらしがない、ほぅら脱げ!!」
「やぁぁ……!」
「脱げと言っておるだろう!」
 怒鳴られて、ブリーフを引っ張られて、それでも晒すのは恥ずかしいとばかりに脱ぎたがらずにもぞつく姿は崇史には努力しても生涯出来なさそうな芸当だった。
 喉が渇いた……崇史はベッドを下りてワインクーラーの横、ミネラルウォーターのボトルを掴む。
 勢いよく飲み干す。灰原はそんな崇史を笑っている。
「ほら、崇史を見習え、堂々と裸で! 佑も性奴隷なら、これくらい恥知らずになれ!」
 灰原はグラスを置いて実に楽しそうに、佑に見せつけるように、半勃ちに萎えた崇史の性器を弄ってくる。与えられる快楽に伴ってまたひどく勃起していくが、崇史の表情はずっと平静なままだ。
 灰原の言うとおり、恥ずかしさを感じたことなど一度もないから、本当に恥知らずなのだろうと自分自身で認識している。嬉しい、嫌だ、腹が立つ、居心地がいい……色々な感情をひとつひとつ理解してきたように、羞恥とやらを知る日も来るのだろうか?
 灰原の指先が離れ、崇史はボトルを放り、床に崩れ落ちた佑を見下ろす。全裸に縄目を纏った肢体を見ていると、自然と身体が動き、力は込めなかったものの、気づけば踏みつけていた。
 そんな崇史を見て、灰原は心底面白そうに、傑作と言わんばかりに拍手して笑う。
 均整の取れた佑の身体は、痩せっぽちの黎生よりも美しい。しかし、黎生を踏みつけるときのように──とても大切な陶の器に自らでヒビを入れる高揚にも似た、あの胸の高鳴りは感じない。
「『恥ずかしい』とは、どういう気持ちなのだ?」
「え……? なっ……? 何だよ……」
 佑は崇史に振り向く。佑にとって『恥』はたとえ演技であったとしても、俳優なら、知っているかもしれない。崇史は尋ねてみる。
「『恥ずかしい』は、嬉しいのか、悲しいのか、どちらなのだ? お前は理解しているのか」
 何度か踏みつけても、返答がないので、崇史は足蹴をやめた。
 ノックされる扉。顔を出すのは灰原の秘書で、様子からして仕事の話らしい。灰原は佑を忙しいと言ったが、灰原だって多忙だ。ニヤニヤと笑みながら、灰原は席を外す。
「いいか、崇史……しっかり佑を罰して、交尾しとるんだぞ。戻ってきたときに遊んでいたら、二人とも手酷く折檻してやるからな」
 再び扉が閉まるか閉まらないかの内に、崇史は膝を落として座りこみ、手のひらを振り上げる。
 佑の尻を平手打った。音とともにビクつく佑の身体。手加減していないので、崇史の手も痛い。
 もう一度全力で叩きつけると、悲鳴も漏れた。
「や……めろよ……痛いッ……!」
 それなら次の一打は力を弱める。弱く何度か叩いて油断した頃にまた全力で叩く。
「ばか……!! やめろって言ってるだろ! 崇史!!」
 力づくで、片腕で背中を押さえつけて動けなくして、赤みを帯びた臀部を何度も平手打つ。
「やめろよぉっ……!!!」
 そういえば、何発叩けばいいのか、灰原に聞いておくのを忘れた。
 崇史は力をゆるめる。佑は逃げだして、両肩を抱いて恨みがましく崇史を見据えてくる。演技ではなく本気で瞳を潤ませているようだ。
「もう、良いだろ……こんなに叩かれてやったんだ、あの人も納得する……!」
 はたして納得するだろうか、二十発も叩けていない……と思いながら、崇史は自分の手のひらを眺める。罰しが足らないと難癖をつけられて、手酷い折檻とやらを二人で食らうことになるかもしれない。
 その場合、崇史は耐える自信があるが、たったこれだけの痛みで半泣きの佑は大丈夫なのか。しかし、尻叩きを切り上げたのは佑なので、身から出た錆というやつかもしれない。
 崇史は続いて交尾に移るために、佑に肌を寄せる。佑は困惑と怯えを表情に浮かべた。
「な、なんだよ……!?」
 佑の両膝を捕まえた。足首まで撫でていくと、ヒステリックに叫ばれる。
「気味が悪いんだよ!!」
「ベッドに行くか」
「はぁ?!!」
「床でいいのか」
「……なんなんだ、お前は……本当に感情がないのか?!」
 全くないわけではないと自負しているが、目の前の佑に劣るのも事実だろう。佑は崇史を見つめて訴える。
「確かにお前は綺麗だよ……でも中身は空っぽの、ただの人形だ……!!」
「たしかに、俺は人形だが──」
 崇史は黎生の言葉と柔らかな表情と体温を思いだす。
『ずっと僕のお人形でいて……』
 請われながら、撫でられるのは心地良い。崇史はもちろんそのつもりでいると気持ちを込めて、腕の中に黎生を閉じこめる。すると黎生は微笑む。あぁ愛おしい。退院したら、唾液と汗と精液でべとべとになるほどかわいがってやりたい。忠誠の証として手の甲にも爪先にもキスをして、黎生のわがままを聞いてやりたい。
 その代わりに黎生の肌に痣がつく痛みをいくつも与えて、拘束して眺めよう。
「──それがどうしたというのだ」
「あぁ、頭が痛くなってくる! お前と話していると、イライラする!!」
 佑は崇史を突き飛ばし、崇史は絨毯に手をついた。
「お前がっ……真堂家に来たせいで……!!」
 さらには崇史の肩を揺さぶる。乱される亜麻色の髪。
「俺は、穎一郎のおじさまたちに飽きられた! みんな、お前の美貌に夢中なんだ!!」
 そんなことはない、彼らの間では度々佑の魅力について語られる。最近の芸能活動についても、熱っぽく賛美する者は多い……と伝えたかったが、続けざまに訴えられ、崇史が口をはさむ余地などない。
「美しさだけじゃないっ、お前には色気もある、オーラもある……仕事でそういう種類の人をたくさん……目の当たりにしてしてきたから分かる……お前も一握りしかいないその種の存在なんだ……だけど……おじさまたちの間では、お前が現れるまでは、俺のほうが美しかった!!」
 佑は縄目の交差した胸に手を当てると、瞳を見開き、心の内を激しく吐露する。
「一番美しいのも、一番寵愛を受けていたのも、俺だったんだ!!」
 頬にこぼれ落ちるひとすじの涙。
「ひょっとしたら……舞花さんの番(つがい)にも選んで頂けたかもしれない……! 悔しい、悔しいっ……!!」
 そして佑は崩れ落ちてしまう。蹲って漏らす、すすり泣きの声。
 なぜ泣きだしたのか、佑の気持ちなど崇史にはよく分からない。それでも感情の塊をぶつけられていることは理解できた。その塊を浴びて感じたことを呟く。
「感情というものは美しいな」
 たとえ憎しみ、怒り、哀しみなどマイナスの発露であっても美しい。崇史にはそう思えた。
「人間らしく生きるとは感情を表すことなのだろうか。獣にも人形にも出来ない。感情を抱くことによって、本人は、苦しむこともあるかもしれないが、それでも感情は美しい」
 苦しむ姿さえも、人間らしく生きているという意味に溢れている。
 佑は呆気にとられた表情を浮かべた。
「はぁ……?」
「だから……様々な感情を表せるお前もまた美しいのは必然だ」
 崇史は姿勢を正した。佑はさらに瞳を剥き、困惑と憎悪を向ける。
「何言ってんだよ……わけわかんねぇよっ……!!」
「俺を美しいとも言ったな」
 佑の手首を掴むと、驚いたのか、びくつかれる。崇史は気にせずその手を自分の胸に押しつけた。
「お前の美しさと俺の美しさは違う。それではいけないのか」
 この世のものはすべて色も形も異なるが、それぞれの色や形に良さがあると崇史は思っている。
「それに、穎一郎さんたちはお前をよく褒めている、お前のいないときでも」
「う、嘘だ……」
 そう言ってから、佑は呆れたように苦笑する。
「嘘なんて吐けないか、人形が……」
 力をゆるめると佑の手はゆっくりと離れていった。その指先は迷うように宙をさまよう。
「本当に……? 俺を認めて下さっているのか……? おじさまたちは……」
 ドアの向こうでかすかに聞こえた灰原の笑い声。秘書と談笑している声を聞き、佑はハッとしたようだ。今何をすべきかを思いだして、少しだけ恥ずかしそうに囁いた。
「……ベッドで抱いてくれ……」
 崇史は頷いて、佑の身体に手を回して抱きあげた。佑は抱きあげられたことに驚きの表情を浮かべたが、構わずに崇史はシーツに置く。当然かもしれないが、黎生や舞花よりも重かった。
 抱きしめあうと、佑は不安そうに呟いてみせる。
「聞こえていたかな……部屋の外に俺の怒声も……お前のせいだからな……俺をイラつかせるから……あんなにも自分をさらけだすなんて、醜い……嫌われたら嫌だな」
「あの人の少年を選ぶ基準は美醜ではない」
 ぶりっ子する少年の本質を暴いて悦んでいるふしもある。色とりどりに演技の鎧を纏える佑は好みでしかないだろう。
 唇と唇を擦りつけあうと、佑はやっと微笑む。
「なんか……お前と話してると色々なことが、馬鹿らしくなってくるよ……直接気持ちをぶつけてすっきりもした」
「そうか」
 恋人のように四肢を絡めて、愛しあっているかのように激しくキスを交わす。灰原によって散々嬲られたのに、今夜まだ一度も射精させてもらっていない崇史の性器はすぐに熱を取り戻す。
 佑は本当に嬉しそうに頬を染め、その肉茎に手を伸ばした。
「……これが……これが、舞花さんの中に……」
 感極まったらしく佑から漏れる吐息。舞花に想いを寄せているのは演じているわけではなく、真実なのだろう。
 思うままに弄んで、身体で咥えこめばいい。好きにさせることくらいならば、人形の自分にも出来ると崇史は思った。


   ◆ ◆ ◆


 舞花の開いたささやかなお茶会の夜、佑は時間通りに真堂邸を訪れた。ただし、当の舞花が帰ってこない。そわそわと落ち着かない佑はバルコニーに出てしまう。
 崇史は空のティーカップをスケッチしたり、手に持って絵柄を観察していたが、月の光を浴びようと思い立ち、スケッチブックを閉じて佑の後を追ってみた。
 扉を開けた瞬間、かすかに香る薔薇の匂い。風は優しく髪を撫でていく。見上げれば今夜は雲が厚くて月はあまりに朧げだ。けれど、これはこれで美しい。
 そう感じる気持ちについて『風情がある』だとか『趣きがある』などと呼ぶのだと、最近、穎一郎の友人たちに教えてもらった。
「風情がある」
 教えてもらったその言葉を口にすると、手すりにもたれる佑に、じろりと見られた。
「おっさんみたい、お前」
 それから、佑は苦笑する。
「おじさまたちに言葉を教えてもらってるからか?」
「……書斎の本でも覚えた。そのせいか、文語体で喋っているとよく言われるのだが」
「文語体って何?」
 どう説明しようか。簡単に説明するならば、文語体は書き言葉で、口語体は話し言葉だ──と言えばいいのだろうか。と、崇史が考えているうちに、佑は呟いた。
「なんでこんな変なヤツが、舞花さんのお相手なんだよ……」
 黎生と舞花、それから穎一郎たちとは違い、佑は、話そうと思って頭の中で言葉をまとめているうちに話しだすから、崇史はなかなか話すタイミングを見つけられない。
 崇史の思考など知ることもなく、佑は頬杖をついて語りはじめた。
「初めて見たときから……舞花さんには惚れちゃったんだ。裸にガーターストッキングとビスチェ……胸は、丸見えだった……そんな姿でおじさまたちを手玉に取ってて……素敵な笑顔で本当に楽しそうに……天使みたいだけど悪魔みたいで……!」
 リネアと暮らしていた頃に比べれば、話すことは苦手では無くなったが、もっとスムーズに考えを言葉に変換できるようになるのは今後の課題だと、崇史はひとりで頷く。
「小さなときからいたずらされて、俺もそれなりに愉しんでたし……女の子とだっていろいろ遊んできたんだ。でも……あのときほどドキドキした瞬間は無くって……!」
 崇史はやっと頭上の朧げな月から、佑へと視線を流す。佑は頬を赤らめていた。
「乱交の宴では、舞花さんはマゾ男を傷つけて、溢れる鮮血を唇に塗りつけて、真っ赤な口紅みたいにして……となりで犯されている俺に微笑いかけてくれて……!!」
 佑は自らの肩を抱き、幸せそうにため息を漏らす。
「今までに目にしてきた、たくさんの舞花さん……どの姿も、思いだすだけで胸が張り裂けそうになる……なんて魅力的な方なんだっ……学校の女子なんかとは全然違うし、俺のファンだって言うお姉さんたちとも、大女優と呼ばれる方とも違って……とにかく、あれほど俺をときめかせる女性は舞花さんしかいない」
「なるほど」
 佑は宣戦布告だと言わんばかりに崇史を睨みつけて、人差し指を向けてもくる。
「おい、崇史、俺は諦めていないからな。振り向かせたい、舞花さんを……!」
 振り向かせるなんて無理だろう、舞花は黎生を愛しつづける。真堂の血がさせる宿命だ。
 気の毒なことだ……と佑を眺めつつ、崇史は腕組みをする。
 薔薇庭の向こうでは鉄門が開いた。その瞬間、佑はちぎれんばかりに大きく手を振って、大声も張りあげる。
「舞花さん! お帰りなさい! 舞花さん!! 今夜もとっても可愛いです!!」
 崇史も庭を見下ろした。ふんわりと広がるコートに、巻き髪のツインテール。バルコニーに崇史たちの姿を見つけて顔の横で手を振る。舞花の後ろでは使用人ふたりが、たくさんのケーキとお菓子の詰まった紙袋を抱えている。お茶会で食べるために買いこんで、帰りが遅くなったらしい。
 ぼんやりと眺めていると、佑に肘でつつかれた。
「お前も手を振れよ、なんでぼおっとしてるんだよ! 舞花さーん!!」
 佑と同じ動作をする必要があるのか、崇史には分からなかったので、腕組みしたままでいる。
 週明けには黎生も帰ってくる。そうしたらまたお茶会をしてもいい。そのときは、ぜひ、綺麗な月と黎生との対比を瞳に焼きつけたいとほのかに願う崇史だった。

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