波濤

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 だれもいない道場に小気味よい足音と、衣擦れの音が響く。
 幼い健次は、独りで型の練習をしていた。
 独りなのは今日だけじゃない。よくあることだ。
 時間よりも早く来て、そのかわりにさっさと帰る。
 同世代の少年たちと話したり、じゃれたりすることは全くといっていいほどない。
「はぁっ!」
 上段突きから、声と共に極める動き。
 流れる動きには速さとキレがあり、安定していた。
 ひと目見ただけで伝わってくる才能。
 ──途中から健次は、自分を眺める視線があるのに気付いた。
 それでも最後まで止めない。その人物も、健次がひととおりの動きを終えるまで黙っている。
「燕飛(エンピ)か。上手いな、さすがだ」
 傍観者は、拍手しながら近づいてきた。健次は額に滲んだ汗を拭う。
「分かるよ、父が健次を置いておきたがるのが」
 彼はこの道場主の息子。今日は稽古に参加しないようで、ラフなジャージ姿。単にフラリと立ち寄ったという感じだ。
 大学生だが、小学生の健次からすればずいぶんと大人に見える。
「お前は逸材だ。身体の芯から、ほかのガキとは違う」
「さわるな」
 肩に置かれた手を、健次は即座に払いのけた。
 触られるのはとてつもなく嫌いだ……特に同性には。
「はは、仲良くしてくれよ」
「…………」
「あんな夜も、そんな夜も、思いだすわけか? 触られちゃうと」
 再び置かれた手。容赦なく払いのけて、顔を背けた。
 懲りない男は、今度は手を握ってくる。
 蠢きだす指先の動きは淫靡で、健次の苛立ちを煽った。
「うるせえ。クズヤロウ……」
「目上の人にそんな言い方すると、辞めさせるよ」
「俺はいつ、おいだされたっていい」
「強がりでカワイイなあ、健次はァ」
「ほんとうにむかつくな──……」
 健次が思わず、拳を握ったときだ。
 ガヤガヤと声がする。門下生の少年たちが入ってきた。
 そろそろ稽古が開始される時間だ。
「おす! あれぇ、なにしてるんすかぁ〜?」
 おなじ学校に通うクラスメイトの、間の抜けた声。
 健次は唇を閉じ、ふてくされた表情を作る。
 今日はもう、やる気を削がれた。早足で板張りの床を歩き、道場を出る。
「あ、あいざわぁ?」
 遠慮のない動作で、少年たちにぶつかった。それでも健次は振り返らず、縁側を歩き去る。
「なんだよ、アイツ!」
「帰るのかよ。イミわかんねーよな、あいかわらず!」
「シッ、きこえるぞー。アイツにはかかわっちゃいけないって、うちの親も言ってるしぃ〜」
(しね。俺もおまえらなんかに、かかわるか……)
 ガキ臭いヤツラとは、口もききたくない。
 健次は更衣室ではなく洗面所に向かった。まずは手を洗う。気色悪い。触られた感触をゴシゴシと洗う。
 空手着の肩も拭うように払った。
 そうしていると、足音を耳にする。日常的に虐待されているせいで感覚が鋭敏になってしまった健次は、かなり遠くからでも物音を把握した。この足音は、多分アノ男だ。師範の息子。きっと自分を追ってきたのだ。
 一瞬の判断で、健次はトイレの個室に身を滑らせた。鍵をかけて、扉に背を持たせかけて立つ──健次はまだ幼かった。自分から、籠のなかに入ってしまった。
「健次。いるんだろ」
 やはり、アノ男の声だ。健次はやり過ごせるつもりでいる。けれど男もトイレに入ってきて、近づいてきた。健次の個室の前に立つ。
「なんの真似だ? かくれんぼなら友達としろよ」
 ドン! 背中に感じる、ドアを殴られる衝撃。
 健次の心音はすこしずつ、脈拍を速めてゆく。
「あ、友達いなかったな、健次は。可哀想になあ」
 ノックは連続して続いた。
 ……少年の健次は、恐怖を、感じる。
(イヤだ。イヤだ。あっちへいけ……)

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「開けろ。お兄ちゃん、怒るよ、健次!」
 健次は密室に、逃げ口を探した。密室に窓はない。
 叩かれる衝撃はいまも続いている。
「稽古の時間だろう、なあ、開けろよ、強情なガキ!」
「……イヤだ………」
 言葉を発してしまった。此処にいるのを認めてしまったことになる。
「今日はもう……かえる……むこういけ、キチガイ!」
 扉を殴るだけでは飽き足らず、ガチャガチャと激しくドアノブを回しはじめた。健次はいよいよまばたきも忘れ、硬直する。男は開けようとしている。無理やりに。
「このトイレ、古いからさぁ。なあ、ほらあ?」
 木が割れるような、激しい音がした。
 錆びかけの蝶番ごと外れて、次の瞬間──健次は個室から引きずりだされた。
 腕を掴まれ、トイレから、他の部屋へと移動される。
 タイルを転がるドアノブを、健次は見た。
「イヤだぁああああッ、はなせ、はなせぇえぇッ!!!」
「大きい声出すなよ。ウチの人間も近所の人も、みぃんな健次と健次のおうちのこと知ってるけどさあ、知らない人はびっくりしちゃうだろ」
「やめろ!!!! イヤだ……! イヤだ!!!!」
 子ども相手には負けなしの健次も、大柄な男、それも黒帯を所持するような大人には勝てない。
 心底、この世界は地獄だと思った。

 誰も助けてくれないから……

「あぁっ……!」
 投げだされた部屋は、あまり使われていない和室だ。物置のように雑然とダンボールなどが積まれ、タンスもいくつか並ぶ。カーテンで遮られて、昼なのに薄暗い。男は襖を閉めた。
「なに、その、ソソル声」
「……イヤだ…………」
「まだ言うか。それ以上反抗したら、壮一さんに告げ口するよ」
 崩れている健次へ、男がしゃがむ。
「健坊は問題児ですって。そしたら、困るのはお前だよなあ?」
「…………」
「おうちでもっとひどいこと、されるだろうな」
 首を掴まれて、強引に顔を男へと向けられる。貪られる唇。
(気色……ワルイ……イヤだ、イヤだ…………)
 吸われて、舌を重ねられれば、唾液が溢れた。
「そう泣きそうな顔すんなよ。楽しもうな、健次」
 健次から口を離した男はそう言う。
 健次は押し倒された。じめじめとした湿気を感じながら、空手着の帯を解かれてしまう。

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 裸身に剥かれた健次だが、腹部にも、太腿にも、包帯が巻かれていた。上腕や、脛には変色したひどいアザがある。健次が傷ついているのは、いつものことだ。
「いいな、包帯。全裸よりやらしいじゃねえか」
 笑う男は、健次の黒髪を掴んで仁王立ちし、強引にフェラチオさせる。イヤイヤで、積極的に口を使おうとしない健次は頭ごと動かされてイラマチオに移行した。それも、よくあること。
 容赦なく抉られて食道内が逆流し、多量の唾と、胃液が垂れた。
「ッう、グ、げホ、ゴホ……!!」
 ドロドロに塗れた肉棒が抜き取られる。
 奉仕から開放されて畳に体液を吐き、噎せる健次だったが、休む間は与えてもらえない。
 開かされた股ごと抱えこまれ、尻穴を舐めあげられてしまう。
 噎せているせいで滲んだ生理的な涙を拭いながらも、鳥肌がたった。気色悪さの極みだ。
 こんなところに舌を挿れられるなんて、恥辱しかない。男の目の前に性器を晒しているのも、辛い。
「お前、昨日犯されただろ。ユルイし、傷んでるな」
 繊細な襞を指でも触れられると、その瞬間にビクついてしまった。恐怖とともに、ピリッとした痛みも走る。
 昨日じゃない。一昨日の話だ。正直に申告する義務はないので、健次は黙っていた。
「そのうち、ガバガバになるかもな? まぁ、ビッチらしくていいか。ケツでセックスばっかりしてるんだろ?」
「……俺から、股をひらいたことなんてないッ……!」
 精一杯の反論をした。男の指が太腿にキツク食いこみ、見下すように苦笑される。
「ふうん。ちっぽけなプライドか。それで自尊心保ってんだな」
 いちいち苛つく言い方をする男を、健次は睨む。
「そんな顔すんなって。楽しもうっていっただろ」
 一昨日も散々叩かれて、まだ腫れている尻を平手打たれた。じんわりとした痛みを味わいながら、再び畳に転がされる。男もカチャカチャとベルトを外し、下半身をさらけだした。
「跨ってくれよ。はやくしないと萎える」
 男は仰向けに横になった。傍らに積まれていた、座布団を敷いてちょっとした布団代わりにして。
 屹立した男根は健次に恐怖しか与えない。アレをまたココに挿れないといけない……
「早く」
 幾らか、威圧的に言われた。
 健次は起きあがり、畳についた手に力をこめる。
(……どうして……どうして、俺が……)
 こんな目に遭わないといけないんだろう。何度も、何度も、浮かぶ疑問。
 覚悟を決めた。しぶっていたら、余計に酷い目に遭わされる。
 そして、行為から、逃れられることもない。
 健次は膝で畳を歩き、男に跨った。唾液で湿った肛門を、大人のペニスに合わせる。
「うう…………」
 表情が歪んだ。とてつもない不快感と、恐怖と、まだ尖端が触れただけなのに溢れる苦痛。歯がカチカチ震えはじめ、それを殺すように食いしばった。歯まで震わせてしまうことも健次にとってはひどい屈辱だ。
 こんなに怖いなんて格好悪くて仕方がない。自分自身で、許せない。
「う……ッ……あ……ぁあっ……」
 男の肉棒をつまんで支え、尻穴に埋めてゆく。押し広げられる傷ついた粘膜に、裂かれる痛みが走った。唾液とカウパーだけでは、大した潤滑にはならない。
(痛え……っ……)
 中途まで腰を下ろしたところで、健次はうつむいた。悲しくなるくらいに激痛い。
 あまりの苦しさと絶望に、なんだか、他人事に思えてきた。いつも味わう呆然とした感覚。
 かえって冷静になる、非現実すぎて。
 変則的に呼吸が乱れていることと、心臓が締め付けられるように感じることも、静かに把握した。
「ホラ、まだ、全部入ってないぞ」
 揺らされる腰。それだけで痛みが増幅したから、本格的に腰を振られたら身体が壊れるように軋む、アノ状態にもっていかれるのだろう。もはや感情の消えた表情で、健次は瞳に闇だけを映しながら、最後まで苦痛を受けいれた──貫通だ。
「よく出来たねえ、健次。やっぱりお前は筋がいい」
 稽古のときのように、男が言う。
 健次は突き上げられ、小刻みにも揺り動かされ、その度に悲鳴が出そうになるのをこらえる。
 男からの動きにあわせて、健次の性器も哀れに揺れた。

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 様々な体位を愉しまれた末、四つん這いを堪能されていた。健次は畳に手をついて、激痛しかない抉りに耐え続けている。
 拷問に対し、下手に耐性が出来てしまっているせいで、生半可に気を失えない。失神できたらどれほど楽だろうと健次は思う。同時に「それは逃げだ」と牙を向く自分自身もいた。慄くことも、屈することも許したくない。そんなふうに怒りに似た気持ちで奮えている健次と、早く楽になりたいとむせび泣く健次が、相反している。
 胸の中に渦巻く相克が苦しい。
 どうしたいのか、わからない。ただ、苦痛のなかでイライラする。
 明確に分かっているのは、加害者が悪いということだけ。こんなことをするヤツラのせいで俺の頭は沸騰しそうなのだと呪う。
「ク……ソ……、ぐ、ッっ……ハァ、ハァ……」
 春江が巻いてくれた腕の包帯に、汗まじりの血が滲んできた。一昨日に振るわれた暴力の傷は当然ながらまだ癒えていない。
「……あぁあァ……」
 強く腰を抱えられたまま、中途まで抜かれるペニス。それから一気に根本まで串刺しにされる。
「! ッ、うぅううゥ──……!!」 
「グチュグチュいってるぞ、健次、血ィ出ちゃったなあ」
 男はニタニタと笑う。
「そら、もう一回」
 同じ動作を繰り返される。痛みに身構え、健次は息を飲んだ。
「──うぁああッッ……!!!」
「ハハハハ! 痛いか。痛いだろうなあ、こんな所に大人のチンポ突っこまれてんだもんなァ」
 蠢かされながら、下腹部に触れられる。健次は歪めている顔を一段と歪めた。気色悪い、触られたくない。
「けどいい加減慣れないとな、生まれつきにマンコなんだよ、健次のケツは」
「ちが……ァ……、ちが……」
 女扱いされるのも嫌いだ。再び規則正しく抜き差しを繰り返されながら、健次は切なく髪を振った。
「……俺、は、男だ……ぁっ…………!」
「半泣きでよく言うよ。ハハハ! 精通だってまだ迎えてないんだろう?」
「あ……!」
 不意にズルリと抜かれる、男のモノ。抜かれても強烈な違和感と拡げられた痛みは響いていた。男に腕を掴まれ、たやすく仰向けにひっくり返される。
「ホントソソルな、健次。こんな歳から凌辱されまくって、いったいどんな風に育つんだろうな」
「……! やめ……、ろ……、イヤだ……!」
 男は健次のペニスを摘んだかと思うと、口に含んだ。フェラチオだ──健次は歯を食いしばり、外そうと暴れる。それでも力と体格の差に反抗は叶わず、舌で思うまま蹂躙された。
「変態、はなせ! イヤだ、イヤだぁッ!!」
 快楽を与えられることも、健次にとっては虫唾の走る苦痛だ。こんな大人に! 男に! 気色悪くて仕方がない。
「あぁあァッ……!!」
 まだ幼い少年といえど、身体は心とは裏腹に煽られて発情する。後孔と内臓に響く激痛を割り開くように、一筋の快感も芽生えてしまう。男の手によって育まれる肉茎……
「オッ、勃った、勃った」
 もはやゼエゼエと肩で息をする健次から唇を離し、男がほくそ笑む。握りしめている彼の手のなかには、見事屹立した性器があった。
「結構大きいな、子どものくせに。皮も剥かれてンだよな、誰に悪戯された?」
 あまりにも多くの男に嬲られすぎて、誰と名指しで言えるものではない。目を閉じる健次の脳裏には、父親や、その友人たちの覗きこむ顔が思い浮かんだ。
(……帰……り……て……ぇ………………)
 こんなヤツに無残に弄り廻されるくらいなら、自分の家の離れで虐待されるほうがマシだ。もうこの場所にも来たくない。空手自体は嫌いじゃないけれど、こんなことになるのだったら、もう嫌だ。
 結局何処に居ても、行っても、レイプされる。その事実を認識し、健次は諦めの境地に辿り着いた。嫌悪を隠さなかった顔から、表情が消える。薄く開いた瞳の色はますます闇に沈んでいった。
「どうした、気絶か? 健次! つまんねえじゃんか、起きろよ、コイツ!」
 男は健次を揺さぶって、ふたたび結合する。いっとき勃起した性器も、すぐに萎えて痛みに震える姿となった。
 健次は陽が沈むまで、彼の人形と化した。

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 汗ばんだ夜。相沢家の離れ。いつものようにいたぶられていた、褥の上で。
 アナルビーズを引っ張られ、大粒の球をひとつずつ産まされる。肛門が開いて産まれる度、健次は派手にビクついてしまう。そんな自分が恥ずかしくて、この行為は苦痛で、シーツを握りしめて耐えるしかない。
「道場のなぁ……、若に、レイプされたんだってなぁ……? 健次……」
 枕に横顔を埋めている健次の尻肉を掴み、開きながら、壮一が言う。
 健次は黙っていた。基本的に普段も、日常会話は壮一としない。
「初耳だったぞ。まったく。師範から聞いて知ったんだ」
「ほーぅ、あそこの若もワシらの『お仲間』だったか。誘ってやらにゃいかんなあ、宴に」
 健次の枕元に座る初老の男が笑った。それから健次の黒髪をかき混ぜるように撫でる。
「だァから最近、空手さぼってたのか、まったく。若いお兄さんのチンポはどうだった。生きが良かったか。わはははは」
「あ……ぅ……!」
 話しかけられながら、またズルリと球が引きずり出された。悪趣味な玩具はひどく長くて、内腑を占領している。脂汗を滲ませる健次は、耐え難い屈辱と不快感の真っ只中にいる。
「感じてるのかー、健次」
 頭を撫でてきた男は身を倒し、健次の唇を奪う。酒臭い舌が挿ってきて、気色悪さに顔をしかめ、目を閉じた。
 そうしている間にも後孔からはローションにまみれた球が零れる。
 アナルが開き、ゆっくりと産み落とす瞬間、鳥肌がたつ。口腔の気色悪さと尻穴の気色悪さが混ざりあい、とてつもない。思わず、健次はキスをしてくる男の肩に手をかけてしまう。
「く……、あぁ……」
「なんだ、なんだ、甘えてきて。可愛いヤツだ」
「ずるいぞ、こっちにも健坊を貸せ」
 また違う男が健次の髪を掴んだ。強引に、先程とは違う舌が捩じこまれる。頬にペニスを押し付けてくる輩もいた。変態性欲の男たちの渦に健次は今宵も飲みこまれてゆく。
 助けを求めるように腕を天に伸ばしても無駄だ──
(やぁ……めろ、ヤメロ、イヤだ…………)
 その手にも握りこまされる肉棒。ディープキスが途切れたと思えば次は強制フェラチオ。両手それぞれに違う男のモノを持ち、身体も起こされて畳に中座し、口淫をさせられる。
 垂れるアナルビーズのせいで尻が痛く、下腹部の違和感も酷い。
(イヤだ、イヤだ…………)
「ほうら、逃げんようにワシが持っておるから!」
 背後から壮一に顔を押さえつけられた。遠慮なしに両頬を固定されて軋む。
「ッがぁっ……、あ……ア……!」
 喉を穴のように犯される。当然のように激痛く、目を開いているのにも関わらず目の前が真っ暗になるような衝撃と苦痛。おびただしく涎が溢れ、なんとか鼻で息をする。

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「はっはははは、相沢さん、さすが息子の扱いが上手いなぁ」
「そうそう、息子といったら若の話の続きだがな、勘当らしいぞ」
「ほーう、そりゃあなんでまた?」
 男たちは会話を続ける。ペニスの抜き差しと、壮一の押さえつけから開放された健次は布団に崩れた。ゲホゲホと噎せていると「健次、だらしないな」と、蹴られたりする。
「ガハッ、ゲホ、うグ……」
「おい、お前ぇ、吐くなよ」
「高え酒飲ましてやったのに、勿体無いだろうがー!」
 無理やりに日本酒を突っこんできたくせに、加害者たちはそんな言いよう。健次は畳に両手をついて、血の混じった液体をボタボタ垂らす。吐いてしまったらまた飲まされる、そんな恐怖も健次にはよぎった。子どもの健次にアルコールはまだ苦いだけで、気持ち悪くなる、意識がおかしくなる嫌な飲み物でしかない。
「師範はなァ、堅物なんだよ。武道家だわな、やっぱり。道場で淫行など言語道断だと。実の息子であろうが破門だ、家を出て行けってな」
(…………!)
 ……健次はハッとする。
 健次の虐待を知っていても止めることが出来ない、気のやさしい師範。
 此処は閉鎖的で複雑な地区だし、壮一は権力者。
 誰かに助けてもらうことなんて健次はもう期待していない。
 それなのに師範は負い目があるのか、親身に話しかけてくれたり、熱心に教えてくれたりする。
 健次はその親身さを鬱陶しく感じたこともあるし、あからさまに不機嫌にふるまったことも少なくなかった。それでも師範は柔和なままだ。
「ほーォ、あの気弱そうな人がねえ」
「なに、そんなに優男なのかい」
「ああ、優しい男だよ。あの人が怒るとは、よほど立腹したんだろう」

『……せめて稽古には楽しんで通って欲しいから……』
『健次君の息抜きにもなるといいなと、思ってるんだよ。この場所は……』
『私に出来ることは、空手を指導することしかないけど、絶対健次君の役に立つからね……』

 白髪の、武道をやっているのにすこしだけ猫背な、彼の言葉と姿が健次に蘇る。
(……先生…………)
 汚した畳を眺めながら……師範は悲しかっただろうなと思った。けれど師範も悪い。健次は冷静にそう判断も出来る。あの性格で、子どもを甘やかしてしまったのだろう。
 だから、クズに育った。
「東北の親戚ン家へ追いだしたそうだ。息子はな」
「また遠いところへ。健坊、残念だったなァ、もう兄さんのチンポは貰えんな」
 ガハハと男たちが笑うのを聞きながら、健次は口許を拭う。腕を引っ張られ、また布団に倒され、産んだビーズを再び埋めこまれながら、耐える夜に。

 まだ空手は続けようと静かに決める。
 
 男に犯されることなど日常茶飯事だから、たった一度の暴行はたやすく記憶の底に沈む。
 健次が師範の息子を見ることは、もう二度と、無かった。

E N D