Heaven’s Door

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 繁華街を少し離れたところにあるフェティッシュ・バー。会員制のそこは裏世界にも通じていて、未成年の男娼を伴い入店しても構わない。
 車を停めてくるから先に行くようにと、立脇は大貴に促した。バーに通じる袋小路の前で少年を下ろし、駐車場に行く。済ませて徒歩で戻って来ると、大貴は店の前にしゃがんでいる。軒先に繋がれた犬の顔を撫で、話しかけていた。
「あ、立脇さん」
「先に入っててよかったのに」
「コイツがかわいいんだよ」
 微笑んで大貴がたわむれる犬は強健なドーベルマンだ。とても〈かわいい〉犬種ではない。触れるのを躊躇わせるほどの容姿で鎮座し、きっと店内で愉しんでいるのであろう主人の帰りを待っている。
「ノエルみたい。前に話しただろ、俺の実家もドーベルマン飼ってるの」
 言いつつ、大貴は犬の肢体を抱きしめる。人間に慣れているのか、大貴だからなのか、ドーベルマンは抗わずそのままにさせていた。けれど彼の瞳は鋭く立脇を睨みつけている。腕を廻すのが大貴ではなくもし自分ならば噛まれているかもしれない、そう立脇は思った。
「じゃあな、かわいい犬っ」
 大貴は立ち上がると、扉を押した。中はコンクリートの通路になっていて縦に細長い。突き当たりにさらにもうひとつドアがあり、天井からは監視カメラが吊るされていた。大貴と立脇の姿を内側から見、店員はすぐにロックを解く。扉は自動的に開き、濃赤のカーテンをくぐると待っているのは秘密の空間だ。
 市松模様の床を照らす照明は薄暗く妖しさを醸し出し、壁に飾られる絵画はビアズリーのもの。他には禍々しい色合いや形状を集めた昆虫標本や、鞭や縄といったものも展示されている。意外に広い店内、カウンター席にはふつうのサラリーマンらしき者や若者もいるが、過激な服装をした〈女王〉らしき女や、ランジェリー姿の青年なども座っている。
 立脇が選んだのは三つあるボックス席の一つで、あらかじめ夕方に電話を入れ予約を入れていた。なぜここを選んだかというと舞台がよく見えるからだ。
「もうはじまってるし」
 大貴は腰を下ろし、奥のステージを見てうっすらと笑みを浮かべる。
 そう、今宵のショウは祥衛が主役だ。祥衛は既に全裸となり、黒衣を纏う彼の主人──怜にいたぶられている。四つん這いになった尻が飲み込むのは注射器にも似たシリンダー、乳白色の液体を容赦なく注入されていた。
 店員にドリンクとつまみを頼み、立脇は大貴の肩に腕を廻した。舞台を眺める大貴はいつものよう、微かに柑橘類の匂いをまとっている。その香りは今では立脇の最も好きな香りだ。
「興奮する?ヤスエ君がいじめられてるの」
 立脇は大貴に囁く。テーブルには頼んだカクテルと外国製のビールがそっと置かれた。
「うん。ちょっとね……」
 二人は乾杯をする。大貴が唇をつけるのはマリブ・オレンジ。
「嫉妬するんじゃないの」
「? どうして」
「つき合ってるって噂もあるからさ」
 立脇がそう言うと、大貴は吹き出した。口許を押さえて笑い、立脇にもたれ掛かるとその顔を見る。
「んなワケねーじゃん。だれが言ってんの、そんなこと」
「いや、結構聞くよ」
「マジで? わけわかんね」
 ステージには祥衛の堪える姿。たっぷりと液体を注がれ、当然の如く訪れた便意に耐えながら怜に鞭を受けている。乗馬鞭を操る怜の姿は麗しく優美な容姿も相俟って男であるのにも関わらず女王を思わせた。パシン、パシン、と肌を撃つ音が店内に響き、それを鑑賞しつつも葉巻を味わう老紳士や、祥衛を見て可愛いだの可哀相だのと会話する女達がいる。
 立脇は大貴のベルトに手を伸ばし、スラックスの股間に触れた。今宵の大貴は上質な生地のスーツをまとっている。大貴は立脇の思うようにさせて、抗いはしない。
「心なしか、熱いような気がするけど」
 ペニスはまだ勃起していなかった。服の上から揉みしだいても大貴は平静のままで、運ばれてきた盛り合わせのチーズに指を伸ばす。
「気のせいだって」
「じゃあ大きくしていいかな?」
 大貴はカマンベールをかじりながらも返事をしない。嫌がってもどうせ弄られるのが分かっているので、返事をする意味はないと思ったのだ。案の定、立脇は大貴の同意を待たずファスナーを下ろした。性器を摘み出すと握り、刺激を与えはじめる。
 這いつくばる肢体を震わせ、鞭に感じて鳴く祥衛。怜の残酷な薄笑み。舌に広がる濃厚な味と、扱かれている感覚。大貴の五感は様々に混ざり合ってゆく。大貴の中にはこの状況を受け入れて恍惚としてゆく少年と、冷めた感情で受け取っている少年が居た。逆撫でるような相反は、いつものことだ。
「たってきたね……」
 うあぁああっ、と祥衛が叫び少しだけアナルから液を漏らしてしまったとき、立脇は嬉しそうに呟いてみせる。テーブルの下でこのような淫戯が行われていても、誰も何も言わない。他の客も似たようなことをして愉しんでいる。
「感じてるんだ。すごいジューシーに膨らんでる。美味しそうだ果物みたいだ」
 耳元の言葉に大貴は思わず失笑した。ギャグではなく本気で言っているのだから質が悪い。
「あとでホテル行くんだろ。サカるの早えぇよ」
 立脇は大貴の言葉に耳を貸さず、ズボンを掴んで下ろそうとする。呆れつつも大貴は協力してやった。腰を浮かして下着ごと膝まで脱ぎ、立脇に一層もたれ掛かってみせる。立脇の指は大貴の臀部に滑りこみ、ダイレクトに尻穴に触れた。
 完全に勃起したペニスを晒しながら、大貴はチーズを再び食す。かじって味わい、明らかに興奮している祥衛の姿を眺めていると、少年の冷静さを恍惚が追い抜いてゆく。

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 注ぐスポットライトの下、祥衛は悶えていた。様々な目に見られながらの公開排泄は何度経験しても慣れることがない。恥ずかしくて恥ずかしくて、それと同時に狂いそうなほどに気持ちが良い。大便をひり出す瞬間、凄まじい開放感を味わう。思考回路はまっ白になって、もうこのまま死んでもいいと思える激しい恍惚。
 フロアに向かって尻を突き出し、銀色の桶にぶちまけた排泄物。どうぞごらんくださいと怜が云うと、物好きな観客達がその汚物をわざわざ覗きに集まってくる。わぁ汚いね、臭いね、人前でこんなことできるなんて人間じゃないねコイツ家畜だよ、まるで犬だね、きれいな顔してやる事凄いわ、──彼らの言葉はぺたんと座り込んだ祥衛に届く。祥衛は自らの肩を抱いて震え、表情を歪めていた。
「よかったね、ヤスエ。みなさんに見てもらえて」
 バーのスタッフによって桶が片付けられると、怜は祥衛のほうを見た。隅にいる祥衛は視線を感じびくついてしまう。次はなにをされるのだろう? もっといじめられてしまうのか? 嫌で恥ずかしくて情けなくて惨めで、それなのに更なる凌辱を望んでいる自分自身もいて祥衛はわけが分からなくなってくる。
 既に裸体は乗馬鞭の痕で赤く腫れ上がり、がりがりの身体を被虐的に彩っていた。幼児期に受けた虐待の古傷の上に新しく走る甘美なデコレーション。無数に刻まれたリストカットの傷もまた、この彩りに華を添えている。
「どうしたんだい。そんなに怯えて。嬉しいんだろ?」
「う……ぁ……」
 祥衛は座ったままでいざり、後ろに下がった。それは無意識に近い行動、虐げられてきた経験が祥衛をそうさせる。
「はは、怖いの? もっといぢめて欲しい癖に──」
 怜は笑い、舞台の中心へと歩む。その瞳はフロアの片隅、BOX席へと向けられた。
「大貴くんおいでよ。一緒に遊ばない?」
 その名を聞いて祥衛は息を飲む。大貴がこの場所に来ているなんて知らず、祥衛は驚きとともに戸惑った。スポットライトは怜が手招く方角へと動き、流れる光の先に映し出されたのはソファで淫らにいたぶられている少年。
(……だいき……)
 祥衛は己を抱きしめながら、彼の姿を視界に認める。姿勢を乱し、寝そべるような体勢の大貴は半裸だ。纏うのは黒いワイシャツにゆるんだネクタイだけで、そのネクタイの端はきゅっと唇に噛まれている。ライトに照らされたなめらかな脚は白く浮き立ち、靴下のみを着けているのがまた猥褻さを際立たせた。
「俺は、今日は観に来ただけだし……」
 光を注がれて指名され、大貴もまた戸惑った表情を見せた。あらわな股間を手で隠し、口の端からネクタイを零す。
「仕事中だもん。接客してるから、ステージには上がらねーよ」
 大貴は身体を起こすと、傍らに座る己の客へと抱きついてみせる。
「じゃあ俺達がそっち行こうかな。それならいいでしょ」
 怜は鞭を放り投げた。祥衛の元に来るとその手首を掴み、強引に引きずるように立たせて歩かせる。そのために擦りむいてしまう膝、舞台を下りる階段でも脇腹を手すりにぶつけて痛みが走る。だが、怜は祥衛の身体をいたわることはない。手荒に扱っても全く気にしていない様子だ。
 BOX席へと向かう途中、祥衛は刺さる視線を感じる。この空間で自分だけが一糸も纏わず、素足で絨毯を歩いているという倒錯にぞくぞくと背筋が痺れた。本当に惨めな見世物、けれどその仕打ちに快感を覚えてしまう。
 立脇は怜を歓迎した。面識もあるらしく、おお斎藤君、と言って親しげに交わす会話。祥衛が腰を下ろしたのは大貴の向かいだ。傷ついた素肌に触れるベルベットの感触が優しくて、ここにきてやっと安堵する。テーブルを挟んで居る大貴と目が合うとその安堵は余計に広がった。大貴に微笑みかけられ、緊張がほぐれてゆく。
「おつかれ。いい顔してたじゃん」
 いつのまにかスポットライトは舞台に戻り、次の出し物に備えていた。祥衛のショウはこれで終了と見なされたらしい。支度のため一時的に下がった幕の前、道化師が空き時間を持たせる曲芸をはじめている。流れ出したBGMはモダンな旋律のアコーディオン曲。
「観に来るなんて……聞いてない」
「ゴメン。今日のこと話したら、立脇さんが急に行きたいって言い出して」
 話しつつ、大貴は立脇にもたれかかった。そして自然に腕を掴み、袖を引っ張る。
「大貴くんに鑑賞されるのは、恥ずかしいかな」
「祥衛は大貴くんのことが好きだもんねー? 」
「違……」
 立脇と怜はにやにやと笑い、祥衛の顔を覗き込む。何故だか大人達は自分と大貴をくっつけようとするのだ、それが祥衛には嫌だった。大貴はあまり気にしていない様子でネクタイを外し、傍らの脱いだ服の上にそれを落とす。
「れーさんじゃねぇの。俺らがつきあってるとかウワサ流してんの」
「さあねぇ? どうだろうねぇ」
「うーわ決定、その返事っ」
「ところで大貴くん。それさ、何飲んでるの」
「え、マリブオレンジ」
「ふうん、俺はレッドアイにしよう。おねえさーん」
 近くに男性スタッフがいたのに、わざわざ離れた所に立つ女性店員を呼びつける。怜は他にも軽食を頼み、それから祥衛のほうを向いた。
「祥衛はどうする、なにか飲む?」
 革張りのメニューを開いて、祥衛の目の前に突き出されるドリンクの頁。
「酒以外にしろよ。祥衛!」
 大貴は間髪入れずに注意する。そんな大貴をちらりと見、祥衛はスタッフに水、と呟いた。
「水でいいの祥衛、せっかくだしさぁテキーラとか飲みなよ」
「絶対駄目、ぜっっっったい駄目! 祥衛はまだー、子供なんだからな」
「キミも子供なんだけどねぇ。ま、いいけど」
「俺は次はカシスソーダっ。立脇さんは?」
「僕はギネスで」
 立脇の言葉を聞き、大貴は嬉しそうな顔をした。崇史と同じものを好む彼がひどく愛しくなったのだが、この場にいる誰もがそんなことを知る由もない。

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 舞台では次なる出し物が幕開けた。女性の胸と男性の性器を持ったシーメイルが己の身体を器用に自縛しはじめる。独特の魅力を持つ肢体に交差される赤縄。巧みな手さばきが見事な結び目を決めてゆき、客は拍手と歓声を送っていた。
「食えよ。美味いぜ」
 怜と立脇が会話する横、大貴は器からポッキーをつまむ。テーブルの上にはさまざまなメニューが並んでいたが、そのどれもに祥衛は口をつけていない。大貴に指を向けられても首を横に振り、拒絶を示した。
「……いらない」
「なんで? すねてんの?」
「べつに」
「俺が急に来たから、機嫌悪くなってんだろ」
 言いつつ、大貴はポッキーを自分でかじる。
「怒んなよっ」
「怒ってない」
「ホントに?」
 半分近く食べてから、大貴は尋ねてきた。祥衛は頷く。
「じゃあこれ食えよ。怒ってねーなら」
 ポッキーをくわえ、大貴はテーブルに腕をついて身体を折り曲げる。近づく顔はすこし真剣で、祥衛は無表情の下でうろたえた。催促するように大貴は唇を突き出してくる。仕方なく祥衛も背を曲げて、そのポッキーに吸い付いた。がじがじと噛んでゆくとすぐに口同士が当たる。
「キミらはなにしてるんだい? 俺達が話してるあいだに……」
 いつもながらじゃれる二人がほほえましく、怜は微笑を零す。
「だって祥衛がー」
「大貴くん、目の前でそんなことされたら妬いてしまうよ。今宵は僕に買われたということを忘れちゃ困るよ」
「あっ、ゴメンなさ──、」
 言葉がとぎれたのは立脇がキスをしたからだ。目の前で奪われた大貴の唇、絡みゆく舌に怜はおぉーすごいや、とわざとらしく声を上げる。
 立脇は片手で大貴の髪を撫でて、濃厚な接吻を続けた。もう片方の手ははだけたシャツの内部を探り、胸や腹を性的に撫でさする。
「萎えてるから、また勃起させるか。お仕事を忘れた罰だよ、斎藤くんと祥衛くんの前でオナニーしなさい」
 唾液に濡らした口を離し、命令を与える立脇。大貴は恥ずかしそうな顔をする。けれど今夜の主人は彼、逆らえるわけがなかった。
「う……分かった」
 向かい合わせの怜、祥衛、そして立脇も傍らで注視するなかで大貴は自慰をはじめる。乳首を弄って性器を揉み、掌に包むペニス。ごしごしと扱いてカタチを作り、少しずつはりつめさせてゆく快感。
 そんな姿を眺めていると祥衛も自分のモノを触りたくなってきた。間近で見せつけられたらたまらない。大貴の視線と目があって心がざわついた。眉間に皺寄せ自らを弄り回す姿は悩ましい。
「変態っ子だなぁ、人前でおちんちんしごけちゃうんだから。こんなふうに注目されても……」
 頬杖をついた怜は感心したよう、大貴のペニスに視線を落とした。
「はずかしいっ、はぁ、俺っ、ホントはすげーはずかしくてっ……!」
「そうだろうねぇ。ふつうはオナニーなんて大っぴらにするものじゃないし〜」
「あっ、ふッ、も……ゆるして、」
 扱きつづけながらも、大貴は立脇の顔を窺った。興味を示した周りの観客達もこちらを覗き込んでいて、大貴の頬は羞恥に染まる。
「だめだ。テーブルに手をついて立ちなさい。立って扱くんだよ」
 残酷な命令を受け、大貴は唇を噛みつつも席を立った。左手をつき右手で肉棒を掴む。やや前屈みになって突き出したあらわな尻は立脇に揉まれ、平手で何度か叩かれてしまう。
「このお尻はどうしようもない淫乱なんだろう。今週は何人に突っ込んでもらったのかな」
 立脇は尻肉をわざと強くつまんだ。痛みを与えつつも大貴に質問をする。
「今週はっ……今週は……」
「なんだ、思い出せないくらいぶち込まれたのか」
「6人くらい……」
「6本もチンポくわえこんだのか。どうしようもないヤリマンだな、お仕置きだ」
「あぁあッ」
 大貴にしては少なめの人数だったのだが、立脇の常識では十分に多かったようだ。思い切り肉をつねられたあとにバシン、と乾いた音が響く程に臀部を叩かれた。大貴は身体を震わす。
 それだけでは飽き足らず立脇は空のビール瓶を手に取った。何をされるか分かった大貴は息を飲み、次の瞬間には肛門に押し付けられる瓶の口を感じる。
「うわっ、いやだ、やめろよぉ……!」
 小振りなサイズだったがいきなりに突きつけられて挿入るものではない。それでも強引に粘膜を裂くように捩じ込まれ、大貴は勃起ペニスを握りながら顔を歪めて俯いた──のだが
「痛てぇっ。あっ、あぁあッ」 
 多少アエギや動作には演技が混じっていた。痛くて辛いのは真実だったがそれを誇張し、わざと艶っぽくしている。客の気分を盛り立てるためだ。
「入っていくじゃないか。ほら、こんなに飲み込んだ」
「やぁああ。ひっ、くぅ、ケツが開くうぅう……」
「大貴くんのおマンコは何でもいいんじゃないか。おじさんのチンポじゃなくても、こんな瓶でも美味しそうに飲んで。淫乱にもほどがある」
「あっ、んッ、抜いてっ……俺、仕事でエッチしてる、のに……、ひどいことゆうの……」
 扱く手を離し、大貴はテーブルに両手を置いて悶えている。途中まで挿入されたそれはまるで尻尾を思わせた。
「どうしたの祥衛」
 そんな大貴を見ていた祥衛は怜の言葉でハッとする。目の前で見せつけられる大貴の痴態に魅入っていたのだ。
「祥衛、勃起してるじゃない。もしかして大貴くんといっしょにいぢめられたいのかい?」
「あ……」
 勃ち上がった性器を発見され、祥衛は思わず手で押さえ隠す。そんなことをしても無駄で、薄笑いを浮かべた怜に腕を掴まれてあらわにされるのだが。 
「何、コレ。見てるだけで大きくして。ぴぃんと勃ってるねぇ」
「ご…めん、…なさ……」
 粗相を叱られる子供のように、祥衛はばつが悪そうに顔を背ける。怜はそのペニスを痛めつけるようにわざと強く握った。途端に祥衛の身体がしなる。
「や…ッ潰し、たら……!」
「どうして発情しちゃったの? 言ってご覧よ」
「だ……大貴みたいにされたくて。……興奮、して……」
 その言葉に微笑んだのは怜だけではない。怜がちらりと大貴を見ると、大貴もまた口許に笑みを浮かべていた。歪んだS的な笑みを。
「立てよ」
 命じたのは大貴だった。尻穴に瓶を埋めたまま、立脇に抱きつかれ背中に頬擦りを受けながら祥衛を見下ろす。
「俺といっしょの体勢になって──」
 言われるがまま、さそわれるがままに祥衛は腰を上げた。テーブルに手をついて、大貴と対面する傷だらけの細い身体。
 興奮からかやや瞳を潤ませている祥衛に大貴はキスをした。触れる少年達の唇をまわりの客はうっとりと眺めている。情感溢れる口づけに立脇も見惚れたのか、先程のように嫉妬云々とは言い出さない。幾つもの視線注がれる中で舌先が混じり、零れた涎はチーズに垂れる。

4 / 7

「祥衛のカラダは俺以上に淫乱で、どうしようもねえ」
 大貴が取ったのはカクテルに挿されたマドラーだった。尖端を舌でべろりと舐めとると、祥衛の股間に片手を掛ける。 
「な、なにす……」
「ケツもいいけどチンコに挿れられんのもスキだよな?」
「あっ、いや……だ……っ!」
 何をされるのか予想がついた祥衛は逃れようと裸体を揺らした。しかし両手首を怜に捕まれ、身動きを封じられる。
「立脇さん見て、祥衛の特技」
「ほお、特技があるのかい、祥衛くんは」
 席に座った立脇は大貴の尻を撫でたり、未だ突き立てられたビール瓶をいじったりしつつも祥衛の股間に注目する。大貴は祥衛のペニスを掴み、マドラーの尖端を押し当てた。すでにそこは先走りの分泌でぬめっている。
「あぁあ……!」
 マドラーは容易く祥衛の尿孔に潜り込んだ。溢れる痛みに身体はびくつき、反射的に脚に力が入る。祥衛を押さえながらも怜は面白そうに眺め、立脇も覗き込んでいる。興味を持った他の客もテーブルの周りに集まっていて、彼らの視線はすべて大貴の手元に注がれていた。
「うはははっ。フランクフルトじゃん。なぁ祥衛?」
「痛ッ、くっ、ふうううっ、はぁ……」
 ズプズプと挿入された異物に祥衛は震える。鋭利な痛みに貫かれると同時に身体の芯から滲み出るような気持ち良さがあった。そう確かに痛いのだ、激痛いのに──
「キ……モチ……イイ……」
 思わず吐息を零すと、大貴は笑いつつも手を放した。腰を下ろし立脇の側に収まる。滑るように瓶は抜けてしまい、立脇はそれを取ると机に戻す。
「どう、立脇さん」
「なるほど見事だ。こんなことをされて感じちゃうなんて、祥衛くんは本当にマゾなんだ」
 大貴を抱きしめながら立脇は感心したように言う。
「ドMですよぉ、この子は。ねぇこうやって抜き差しされるとたまんないんデショ?」
 続いてマドラーを握るのは怜だった。祥衛のペニスを摘んで刺さる棒を上下に動かしはじめる。
「ひあぁ、あぁ、やぁああ、あッあ────!」
「イイ声で鳴くよねぇ祥衛は」
「だめぇ、駄目だっ、あぁ、う、やめ……」
 テーブルに手をついて祥衛は悶える。性器の中をかき混ぜられるのは堪え難い激痛みだ。それなのに痛痒いような、甘美な刺激も生まれてしまう。気付けば祥衛は顔を歪め、泣き叫ぶような表情を浮かべている。
「いやぁあああ、うーッ、あぁ、くッあぁ」
「嫌じゃないくせに。カチカチに勃起してるじゃないか」
「でッ、でも、いや、嫌ぁっ……」
「ほーら。お汁がはちみつみたいに零れてきた」
「……ゆる……し、て……」
 ゆっくりとマドラーが抜ける寸前まで引き出されると、それに合わせて先走りがとろついて垂れる。祥衛は己のペニスを握りしめ懇願した。
「も、ぅ、それ、いや……」
「じゃあ違うモン挿れてやれば? 野菜スティックとか」
 笑いながら言ったのは大貴で、立脇のキスや愛撫を受けながらも威圧的な瞳を祥衛に向けている。今宵の大貴はSが覚醒している──祥衛にはその理由が分からなかったが、被虐的な姿の祥衛に興奮してしまったのだ。客を伴っていなければもっと執拗に苛めていただろう。
「野菜スティックはお尻に詰めたほうがよさそうだ。ねぇ、祥衛」
 怜はマドラーを指先でくるくる回しつつ祥衛の内股に触れる。
「店員さんに頼んでさ、ココに挿して盛りつけてもらおうか」
「んっ、ふ……」
「シテ欲しいよね、祥衛」
 拒絶は許されないだろう。傷痕走る腿を抓られながら祥衛は俯いた。痛くて、恥ずかしくて、みじめで、それなのに確かに怜が言う通り〈してほしい〉と思う自分自身もいる。心は混濁して訳が分からない。
「返事は〜?」
 さらに強くつままれた。尿道に感じるものとは違う種類の痛みに祥衛は軽く呻く。
「お尻に挿れて下さい、って。ちゃぁんと自分でお願いできるよね?」
 いつのまにか肯定でなく懇願を求められている。祥衛は顔を上げ、唇を開いた。目の前ではソファに載せた両足をM字に開き、肉棒を扱かれている大貴がいる。
「なんだよ、口ぱくぱくさせて。死にそうな金魚みてぇ」
 ふ、と鼻で笑われた。テーブルに肘をつき、立脇のネクタイをいじる姿。祥衛は大貴の瞳を見つつ言葉を零す。
「お尻に、や、さい、い……れてく……ださぃ……」
「聞こえねえ。もっと大きな声でっ」
 悪戯っぽく笑う大貴は、今の祥衛には小悪魔のように思えてしまう。
「そうだよ祥衛。大きな声出そうね」
「いれて……挿れてく、くださいっ……」
「不・合・格!」
 失格を言い渡し大貴はクスクス笑い出した。そんな大貴に立脇は苦笑する。
「厳しいなぁ、大貴くん。もしかして好きなコをいじめちゃうタイプなのか、大貴くんは」
「ふははっ。そおかも」
「じゃあやっぱり祥衛くんのこと好きなんじゃないか」
「俺、子供だからスキとかキライとかー、恋愛分かんねぇもん」
「よく言うよ」
 立脇は大貴とあの女王が付き合っていることなど夢にも思っていない。それどころか祥衛との関係を確信している始末だ。

5 / 7

 零時を過ぎると全ての催しものが終了し、客同士の性戯が加速する。あちらこちらの席にて様々なプレイが繰り広げられ、従業員は行為を黙認していた。店内には半ば乱交騒ぎとなっているグループもある。
 祥衛はというとソファで大人達に遊ばれていた。アナルに直接野菜を挿れられて掻き回され、感じる姿を嘲笑われている。最初は怜達の提案通りカットされたものを突っ込まれていた。けれど次第に行為はエスカレート、今や丸ごとの挿入となっている。テーブルには人参やナスが無造作に転がっていた。
「キモチ良いですかぁ?」
 現在、祥衛を囲んでいるのは若い女性達。尻穴にキュウリを抜き差しするのはOL風のなかなかの美人で、祥衛は男にされるよりも恥ずかしさを覚えてただただ赤面することしかできない。
「ねえこの子顔赤くしてるよー、キャハハハ」
「可愛いぃー女の子みたい」
「おちんちんカチカチ、お尻だけでこんなに気持ち良くなれるなんて子供なのに変態〜」
 容赦のない言葉は祥衛を辱めたが、祥衛は女達に罵倒されて興奮していた。その事実に『俺はどうしようもないマゾなんだ』と自覚して本当に泣きたくなりつつも『もっとして欲しい』と思う自分自身もいる。わけが分からなくなってでも気持ちよくて恥ずかしくて……混乱するばかりだ。
「ねえ、フェラしてあげなよ」
「この子すごいよね。おちんちんにピアスしてる」
 はしゃぐ女達の一人が祥衛のペニスを掴んで、口に含む。祥衛は瞬間、びくりと震えた。
「や……ぁッ、だめ…、だ…め……だ」
「いっちゃうーー?」
 キュウリを抜き差す女がクスクス笑い、祥衛の様子に問いかける。ねっとりと絡む口紅とグロスの粘着質、やわらかくて小さな舌は男にされるのとは違う感触で祥衛を責める。
 閉じていた瞼を開くと目の前にはVネックから覗く谷間があり、視覚的にも祥衛は追い込まれた。若い女性の豊かな肌を至近距離で知るなんて、思春期の少年にはたまらない刺激である。男娼といえど祥衛もふつうの男の子なのだ。
「ひっ、イク、イ……ク…ぅうううッ……!!」
 拳を握りしめ、祥衛は今宵初めての精を放出する。それはすべて女の喉に吸い取られてしまい、飲み込まれてゆく。側に立って傍観している女は手を叩いて面白がっていた。
「超早い! キャハハ!」
「おねえさんのフェラがそんなによかったのかなぁ?」
「イキ顔、カワイイ〜」
 祥衛を襲う凄まじい恍惚。舞台で感じた浣腸排泄の興奮、席についてからマドラーでいじられた興奮、そして野菜挿入、すべての熱が今混ざり合った。飽和して弾け飛んでゆく──悦びはとてつもない。
「駄目だよ失神したら」
「あ……ッ!」
 気を失いそうになっていると、痛みが走った。腹部を強く抓ったのは怜で、しばらく姿を消していたが戻って来たらしい。見下ろすその冷めきった目線と祥衛の潤んだ瞳が重なる。
「イカせてもらった感謝の気持ち、伝えないとね。お姉さんたちに挨拶するんだよ」
 怜は祥衛の腕を掴み、強引に肢体を起こした。そのまま引っ張ってソファから床に落とす。容赦のない行動に女達は驚いた。祥衛は叩き付けられて転び、肘や膝をまたもや擦りむいてしまう。
「ほぅら土下座してみせて。奴隷らしく恥ずかしいコトバでお礼してごらん?」
 無理矢理に押し付けられる頭。額も唇も床に押し付けられ、苦しかった。その圧力が弱められると祥衛は土下座の体勢になり、頬をカーペットにつけたままで言葉を紡ぐ。
「フェ、フェラチオキモチ……よかった……です、おしりもきもちよくてッ……! 射精うれしかった……」
「アリガトウゴザイマスは?」
「ありがとうございま……す……」
 背中に感じる怜の靴に、祥衛はドキドキしてしまう。放出したばかりの性器は怜の乱暴で再び熱を帯びはじめた。ゴミのように扱われることで興奮してしまうMの性。
「この子おにいさんの恋人なんですかー?」
「恋人? そんなわけないでしょ。ただのペットだよ」
 伏せる祥衛に怜と女達の会話が聞こえる。いいなぁアタシもこういうペットほしいー、女達は心底羨ましそうに言っていた。
「浮気しちゃったねー、祥衛」
 女達が離れていったあと、祥衛は髪を掴まれ起こされた。怜はうっすらと微笑んでいる。
「女の子とはえっちなこと、したくないんでしょ。シホちゃんに悪いから」
「し……かたない」
「不可抗力、ってやつかい?」
 これまでの暴力とは打って変わり、怜は優しく祥衛にキスをしてくれた。
「まぁいいか、大貴くんも女の人としちゃってるから」
 口を離した怜の肩の向こう祥衛の視界に入ったのは女性と絡む大貴だ。円卓に倒れているのは全裸にハイヒールのみを履いた熟女で、大貴は目を閉じて彼女に覆い被さっている。腰の動きは滑らかでなまめかしく、その様は鮮やかに官能的だ。
「どうして……」
「立脇さんの命令で色んな男女の性欲処理してあげてるみたい。もう四人目じゃないかな?」
 大貴の舌は首筋を辿り、女の唇を覆った。淫らなキスに祥衛の心は奪われる。巧みな絶技と性的魅力を誇る男娼の大貴──今でも祥衛はそんな『大貴の夜の姿』を信じられぬときがあった。大貴と誰かがしているところを見るといつも興奮してしまう。祥衛はしばらくの間、いやらしく女と戯れる友人を見つめていた。

6 / 7

 熟女を犯していると、大貴は実家にいた頃に付けられていた英会話の家庭教師を思い出す。夫に捨てられた彼女を身体で慰めることも月謝のうちに含まれていて『先生を薫子お嬢様だと思って犯して構わないのよ』そんなふうに教師はいつも誘惑してきた。幼くも大貴は彼女を哀れに想い、同情で弄られた日々。
「はぁ、イキそう……」
 近づいて来る絶頂に表情を歪め、大貴は腰つきを停止させる。大貴の絶技により何度も天上に導かれ、すでに女の意識はない。身体をびくびくと震わせて恍惚を漂っている。
「いいのよ坊や、そのまま中出しして」
 大貴に声を掛けたのは傍らに立つキャットスーツ姿の女王だ。歳若く少女の面影を残しているが、彼女がこの熟女の“飼い主”なのだという。
「こどもができたら、困るじゃん……」
「大丈夫よ。このメス犬は手術してるから。できないようになってるの」
 そうは言われても膣内で射精する気にはなれない。大貴は辞退してペニスを抜き、ゆっくりとテーブルから離れた。女体にはすぐに他の男が近づき、貪りつくように多い被さってしまう。
 大貴は立脇の元へと戻る。多人数と交わったために疲れてしまい、本音をいうとさっさと家に帰って風呂に入って眠りたかった。けれど立脇には明日の昼までも買われていて、仕事はまだまだ続くのだ。
(まじかよ……いみわかんねーし)
 BOX席に行くと、どういうことか立脇は祥衛を抱いている。ズボンのファスナーを下ろしてソファに座り、座位の体勢で祥衛を貫いていた。揺らされる祥衛は感じているのか表情は今にも泣いてしまいそうだ。
 こういうときはどんな態度を取ったら良いのだろう。『俺より祥衛のほうがいいの?』なんて嫉妬したように演じたほうがいいのか、淫乱な男娼らしく行為に混ざっていったほうがいいのか。接客パターンを考えつつも近づいてゆくと、二人の横に座る怜が大貴のほうを向く。
「大貴くんお疲れ〜、ちゃんとエッチしてきたぁ?」
 飄々とした怜の態度はいつもと同じ。淫靡に乱れるこの場所でも何も変わっておらず、大貴はほっとして安堵を覚える。思わず口の端がゆるんだ。
「うん、してきたよ。疲れたっ」
 大貴は怜のそばに腰を下ろす。テーブルの上に置いてあるグラスを掴むとギネスを喉に流し込んだ。アルコールでも水でも何でも良かった、喉にこびりつく精液を流したかっただけだ。
「いー飲みっぷり。大貴くんはお酒強いよねぇ」
「そんなことねーよ……つーかなんであの二人やってんの?」
 怜の指に内股を撫でられつつ問いかける大貴。すると耳元にキスをするついでに、怜は小声で教えてくれる。
(大貴くんを嫉妬させたいんだと思うよ? あのおじさんさぁ、キミと祥衛が付き合ってるみたいに疑ってるんだよね)
(めんどくせぇ)
 それを聞き、大貴は思わず眉根をしかめた。本当は薫子と付き合っているんだと立脇に言えたならいいのだろうが、彼にはそれを隠している。立脇に惹かれている演技、つまり色恋を仕掛けているのだ。
(俺がスキなのは立脇さんだよ、ってゆってほしいんかな……けどそんなことゆったらおじさんと付き合って、とか言われそうだし。かけひきってむずかしーな)
(付き合っちゃえばいいじゃん。付き合ってるふりしてあげれば)
(やだよー。俺の計画としてはー、すれすれの距離を続けるつもり。いつかは縁が切れちまうだろうけど、それまでの時間を出来るだけ長く引きのばして……金稼がせてもらう感じってゆーか)
(へぇ……キミはそういう知恵も持っているんだね)
 驚いたように言う怜に大貴は少しむっとした。克己には劣るだろうが、客を惑わす術や駆け引きの手札だって持っているのである。
「当たり前だろ! 俺だってー、いちおう高級男娼なんだからな。イロイロ勉強もしてるもん!」
 思わず大きな声を出してしまうと、怜は唇に指をあてて「シーッ」と言った。大貴は気付いて口をつぐむ。
(大貴くんはカワイイね。薫子が羨ましいよ)
 怜は大貴の肉棒を掴んだ。さっきまで達しそうだった性器は刺激にビクつく。散々性行為をして感じた今夜だが、射精はまだ一度もしていない。今宵はじめての絶頂は立脇に犯されて逝こうと決めていたのだ。
「駄目、でそうになる……」
「いいじゃんいいじゃん、俺達も楽しもうよぉ」
「指入れんなよっ。俺は立脇さんとイクつもりで──」
 怜の長い指は股の奥までも探ってきて、大貴は抗った。腕を振りほどいたとき立脇に話しかけられる。
「大貴くん、きみの大好きな祥衛くんはとても感じやすい子だ。僕の上でもう三度も射精したよ」
 大貴は傍らの二人に視線を寄せた。立脇に跨がる祥衛は頬を染めて俯いている。
「ほら、自分で腰を動かしてみるんだ」
「あぁっ、やぁあ、きもち……ぃ、おしりがすごいぃっ……!」
「大貴くんのほうを向いて、感じてるところ見せつけなさい」
「いっ、はぁ、あぁッ、はぁ……」
 立脇は祥衛の顎を掴んだ。力づくで動かし、怜と大貴のほうに向けさせる。その様子に怜は冷たい笑みを零した。
「祥衛のお尻は本当に欲張りだね。イッてもイッてもまだ足りない、欲しくなっちゃうんだ?」
「うッ、うぅ……そ、そう……っ!」
「セックスバカなんだよ祥衛。はははは。チンコはめられてるときが一番幸せって感じだな」
 怜に言葉で虐げられ、祥衛は一層顔を赤らめた。立脇の胸に顔を埋め、それでもゆさゆさと積極的に腰を使っている。勝手に動いてしまうのかもしれない。
 大貴はその姿を見つつ、ため息まじりに口を開いた。
「祥衛のことは友達としか思ってない。それに男娼は恋愛禁止されてんだぜ、つきあえるわけねーじゃん」
「禁止されてても好きなものは好きなんだろう」
「ちげぇって。俺はべつに……」
「正直になったらどうなんだい」
 完全に疑っている立脇に大貴は肩をすくめる。どうしたものかと考えたが、一つ演技をしてみることにした。
「じゃあ、ゆうよ。俺のスキなひとは祥衛じゃなくて他にいるんだ」
 それを聞いた怜は薫子のことを正直に告白するのかと思ったが、どうやら違うらしい。大貴はじっと立脇を見つめている。
「けど言いたくても言えねー……男娼辞めるまでスキだって告れない、俺の立場とかー、気持ちわかって。俺が本当に好きな相手は……」
 真剣な視線を注がれて立脇は明らかに動揺を表し、祥衛を犯す腰の動きが鈍る。大貴は目で殺したあとに悪戯っぽく微笑ってみせ、そんな立脇から瞳を外す。
 そして大貴は立脇を余計に惑わせるかのように、怜とのキスを濃厚にはじめるのだ。告白めいたことをした次の瞬間に他人と舌を絡ませ唾液の蜜を零している──なんという少年だろうか、けれどそんな“小悪魔”に立脇は惹かれてしまう。
 大貴と口で繋がりながら、怜は指を滑り下ろした。片手でズボンのファスナーを開き、既に勃起している己の男根をつまみ出す。立脇と祥衛の体位を模倣するかのように同じ体勢になり、大貴を腿の上に跨がらせる。大貴の尻穴はスムーズに怜を受け入れた。男達にさんざん犯されたそこは緩みきっており、怜のペニスなど容易く飲み込めてしまう。
「あッ、れーさぁんっ」
 突き上げられて大貴は悶えた。怜はくすくすと微笑みながら淫らな腰つきで大貴を穿ち続ける。
「すぐイク、イキそう、俺ッもう……!」
「良いよイキなよ気持ちよくなれば?」
「出るぅ……ケツでイクうぅう」
 射精の瞬間、大貴はペニスを握りしめた。滲む白濁液は掌に溢れて迸る。
「あ──ッまたイッ、ひっ、あぁ。あ──!」
 ほぼ同時に祥衛の身体も痙攣した。背中を弓なりに反らして達し、震えて恍惚の表情を浮かべ絶叫をしてみせる。大貴と違い何度も達しているために滴る濁液はごくわずか。飛沫が少し飛んだだけだ。
「……なんていやらしい子達なんだろう」
 立脇の唇からは無意識のうちにそんな言葉が漏れた。それは感動にも似た想いだ。
 大貴が達しても、怜は行為を止めようとしない。大貴は辛そうに切なげに顔を歪めて揺らされ続け、祥衛はというと立脇の胸にもたれかかり虚ろな視線で彼方を見つめ、だらしなく口を開いていた。

7 / 7

「いやぁ大貴くんって役者だねー、ああいうこと言えちゃうんだからさ」
 行為を終えて怜はジャスミンティーを飲んでいた。グラスの中でカラン、と揺れる氷。立脇はトイレに行ってしまい、この場にいない。
「ウソはついてねーもん……祥衛はまじで友達だし、男娼辞めたら立脇さんに発表しても構わなくね、俺のスキなひと」
「まぁね」
 大貴は身なりを正し、ズボンにベルトを通していた。慣れた手つきでネクタイを締め、ジャケットを羽織る。この店に来たときのよう、元通りになった姿。大人びたいでたちは大貴を実年齢よりも上に見せた。
「つーか、ヤスエだいじょうぶかな」
 大貴の見下ろす先には眠ってしまった祥衛がいる。幾度もの絶頂の果てに気を失い、怜の腿を枕にしてソファにその身体を投げ出していた。店員に掛けてもらったブランケットから覗く爪先や首筋は死体を思わせるほどに白く、病的なほどだ。
「大丈夫さ。この子が気絶するなんてよくあるコトでしょ」
「そーだけど……」
 心配そうにする大貴に怜は可笑しさを感じる。散々いじめていたくせに──元はと言えばはじめにマドラーを突っ込んだのは大貴だし、言葉責めもかなり喰らわせていた。俺ほどではないけれど、大貴くんも歪んでいるなぁ。怜はそんなふうに思う。
「良かったのかな。祥衛をこんな道に引きずり込んで……今でも時々思っちまう」
 祥衛の爪先の傍らに腰を下ろすと大貴は複雑な表情を浮かべた。怜はそんな大貴をちらりと見る。
「男娼になるって、祥衛が決めたことなんだけど。俺はホントは祥衛にこーいう世界知って欲しくなかった。ふつうの子供のままでいればよかったのに」
「でもさ、祥衛はFAMILYに来てからのほうが生き生きしてるよ。表情も少しずつ出るようになってきてるし、めちゃくちゃにされて喜んでるじゃないか」
「そうだけど。分かってんだけど──自分から飛び込んでくるなんて。俺とかカッツンは容赦なしにちっさいころから、気付いたらエロいことさせられて、身体売らされてるんだよ。そんな俺らからしたら普通の世界って憧れで、うらやましい。それを自分から棄ててFAMILYの男娼になるなんて……もったいねーな……」
 大貴が俯いて唇を噛んだとき、立脇が姿を現した。大貴は気付きすぐに顔を上げる。
「行こうか、大貴くん」
「うんっ」
 大貴は瞬間的に満面の笑みを作っていた。怜は大貴のプロ根性にはいつも感心させられる。精神的にまいっているときでも、気分がすぐれないときでも、客の前では常に〈男娼大貴〉を演じてみせる。たまに吐いてしまうときもあるが、それも全て仕事後のことだ。仕事中はそんな様子など微塵も見せない、完璧な少年玩具と化している。
 立脇は怜に挨拶をして出てゆく。彼と腕を組んだ大貴は怜に手を振って、笑顔のままで去って行った。
(さて……)
 怜はジャスミンティーを口に含む。氷ごと舌で転がして、グラスをテーブルに置いた。
 目線を下にやれば、眠る祥衛の顔がある。先程まで喘ぎ狂っていたような様子は微塵も無い。すうすうと安楽な寝息を零すあどけない表情は可憐で、今宵舞台で大便を漏らして多人数に犯されていた少年とは思えない。
 祥衛の頭蓋の重みを感じ、腿を痺れさせつつも怜は時を味わっていた。朝方に近づくにつれ、店内の客はまばらになる。乱交騒ぎになっていたフロアの喧噪も、様々な倒錯が魅せられた舞台上の光も消え落ちた。カウンターでバーテン相手に自慢話をする男や、始発を待っているらしい若い女性二人組、ゆったりとカクテルを楽しむ恋人達──深夜の闇が薄まった店内はごく普通のありふれたバーと化していた。
 どれくらいの時間、怜は向いの空席を眺めていただろう。ごろりと動く違和感がした。祥衛を見ると寝返りをうち、横顔を怜へと向ける。その瞼は開かれていた。
「……俺は……?」
「おはよう、祥衛」
 怜は祥衛の髪を掻き混ぜた。そのまま猫をなだめるように、顎の下に指を潜らせる。祥衛は何度かまばたきをし、まるで己の意識が此処にあることを確かめているようだ。 
「……何時……」
 祥衛はゆっくりと身体を起こす。素肌の背中があらわに怜へと向けられた。痩せ細った身体は骨格を際立たせており、背骨や頸椎を透かせている。今夜刻まれた傷と古い虐待の傷が混ざった様は惨たらしく、火傷、切り傷、打撲痕、擦過傷……素肌はさながら傷の種類を集めたコレクションのようである。
「五時だね」
「……大貴達は」
「ホテルに行っちゃった。今頃愛でも囁き合ってるんじゃない。あ、俺達もホテル行く? 久しぶりにさぁ」
「……遠慮しとく」
 振り向いた祥衛の顔は、もう平静に戻っていた。寝ぼけてもいないし、乱れてもいない。表情のないいつもの祥衛だ。
「帰ろう、怜君」
「ふーん。そっけないな。ま、いいけど」
「俺の服……」
 ブランケットの端を両手で掴み、祥衛は怜に窺う。舞台に上がる前に脱がされた衣服を一体どこに隠されたのか、祥衛は知らない。
「裸のままでいいよ。祥衛はワイセツな子でしょ」
「なっ……」
 席を立ってすたすたと歩き出す怜を、祥衛は慌てて追いかける。のろのろしていたら置き去りにされてしまう。怜は平気でそういうことをする男だ。仕方が無いのでブランケットを肩から被ってゆくことにした。
 会計は立脇により既に済まされていて、怜はバーの扉を開く。続くコンクリートの通路を過ぎた先に、もうひとつのドアがある。それを開ければ広がるのは外界。
 異形の楽園を抜けて還る、現実世界だ。

E N D