immorality

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 ハイバラホテル&リゾーツは、真堂グループと提携して観光施設の開発に着手することも多い。
 会長の灰原孝造は男娼大貴を贔屓にしてくれる上顧客でもある。
 灰原に指名されれば断るわけにいかない。
 仕事だから、ひいては会社のためにもなるから、と大貴は自分に言い聞かせて、彼の経営するホテルのひとつに到着した。
 将来はもちろん父親の跡を継いで真堂不動産の社長になり、系列会社で構成された真堂グループをも率いてゆく立場でも思う。
 灰原との関係を絶つわけにはいかない。友好を保っておかなければならない。
 共同事業で大型ショッピングモールや、リゾート施設等をこれからもつくって、さまざまな人々を笑顔にする。活発な仕事は社員たちを守ることにも繋がり、社員の家族のためにもなる。
(俺はそういう、ふつうっぽい楽しさとか、家族のシアワセ、とか、味わえなかったけど……みんなにその喜びを与えることはできる)
 羨ましさと嫉ましさしかなかった幼いころとは、ちがう感情が生まれてきていた。大貴は覚悟するように頷いて、車を降りる。
 毅然とした表情でホテルフロントに向かった。15階にあるため、エレベーターに乗る。
 今宵の大貴はフォーマルな装いではない。小綺麗にはまとめているが、Tシャツにジャケットをはおり、黒のパンツ、ブーツとどこにでもいるような男の子らしい服装だ。
 それでも、街中をたむろしているような平凡な少年ではないことはすぐに見てとれる。雰囲気や動作から滲みでる堂々とした品の良さに、すれ違う者のなかには何者だと視線をよこす者もいた。
(うっし。だいじょうぶ。今日もカンペキだ)
 エレベーター内の鏡を見ながらブレスレットを弄り、身なりの最終確認をした。
 フロントのホテルマンは大貴の顔を見ただけで深々と礼をし、プライベートロビーに案内してくれた。スイートルームに宿泊するセレブ客しか立ち入りの許されない、豪奢なくつろぎの空間だ。
 一流レストランのようなフロアはダウンライトで暖色に満たされ、配置されたソファには裕福そうな外国人旅行者や、恰幅のいい経営者たちの一団などがいる。
「おお、大貴」
 着物姿の灰原はすぐに大貴を見つけ、片手を上げた。大貴も応えるように手を上げて、満面の笑顔をつくってみせる。
「こんばんは、灰原さん。おまたせ、もしかして俺待たせちゃった?」
「いやいや、約束の時間15分前じゃないか。優等生だぞ。さあさあ座れ」
 灰原は嬉しそうに円卓を囲む椅子のひとつを大貴にすすめる。チーズやマリネなどのつまみが並び、灰原たちは森伊蔵の水割りを嗜んでいた。たち、と言うのは、今日は大貴に会わせたい男がいると灰原から話されており、その男は大貴の目の前でグラスを傾けている。
「はじめまして。この方が灰原さんの言ってた……」
「そうだ。尾関君と言ってな」
 尾関は、全国展開する大手デパートの専務だという。堅苦しい言葉を並べるよりも、子どもらしさを見せたほうが喜ぶ重役が多いので、大貴は手のひらを胸の前で合わせ「……わあ、すげえ!」と声を出し、表情をぱっと輝かせた。これほど凄い人を紹介されるとは思ってもいなかったので、素で驚いたのも事実だ。それから本名を名乗る。
「真堂大貴です」
 身分を隠す必要はない。灰原は単に男娼業の客としてだけでなく、尾関を紹介してくれたのではない。真堂グループにも有効な人脈を、いずれ社長を継ぐ大貴の役に立ちそうな人脈をすすんで紹介してくれる。その点でも灰原は本当に有難い存在なのだった。性癖を覗いては……
「大貴、お前も森伊蔵でいいだろう」
 尾関と挨拶をして握手を交わしているあいだに、灰原は勝手に決めてしまう。その場にすでに用意されていた三つ目のグラスに、自ら氷を入れている。
「えっ、俺、焼酎はきついよ!」
「なにを言っとる。ビールもブランデーも平気なんだ、こんなもんは水と変わらん」
「そうか、大貴君はイケル口か」
 どぼどぼと焼酎を注がれるなかで、尾関も笑う。
「無理だって! あー、そんな、入れすぎだって」
「こいつはなあ、こないだも儂の家でワインを浴びるように飲んでいってなあ」
「むりやり飲ませたんじゃねーか。今日だってよからぬこと考えてんだろ」
 灰原に買われたときは色々と勘ぐってしまう。ワインの夜はアルコールから尿意が高まってもトイレに行かせてくれず、我慢させられたまま性的に弄られた。身をよじって「出させてえ、漏れるうぅ」と懇願した記憶がよみがえり、大貴はむっと唇を尖らす。
 しまいには耐えきれずに漏らしてしまい、惨めさと羞恥が半端なかった。小学生以来の布団でのおもらしに、ショックでしばらく放心状態になってしまったほど。
 おまけにその布団は一日、灰原家の庭で干されたらしい。意地悪く、灰原の笑顔とともにおさめられた写真が大貴のスマートフォンに送られてきて──見た瞬間顔から火が出そうになり、壁に投げつけてしまった。
 おかげで、大貴の端末は妙なところに傷がついている。
「会長と大貴くんは仲がよろしいんですな……」
 声を上げて尾関が笑う。反論したい大貴だったが、仲良しと言われて灰原が喜んでいるので、拗ね顔をするにとどめた。
 乾杯をしてから、灰原の作ってくれた焼酎を口に含むときつくて辛い。今夜は酔わせてなにをしでかそうとしているのか。疑いのこもった眼差しで灰原を見ても、この変態老人の考えを見透かすことは出来ない。
 見透かせたところで、買われた身である大貴にはどうしようもできないのだが。

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 美青年の羞恥ショーなどを見世物にする会員制の倶楽部で、尾関は灰原と知りあった。
 ハイバラホテル&リゾーツの会長はその手の趣味があると業界ではもっぱらの噂だ。だが、実際に倶楽部で会ったときは驚いた。
 灰原は翔という名の青年を連れていて、経営するホテル・ダイニングのウェイターなのだという。こういった場所にはまだ不慣れそうに、恐縮したようにぺこぺことお辞儀をする初々しい大学生だった。
 若い子連れで羨ましいといった趣旨の言葉を送ると、灰原は尾関にも紹介してやると言ってくれた。社交辞令だと思っていたが、何度も倶楽部で顔を合わすうちに具体的な日取りが決まる。それが今宵だ。
(しかし、若いな)
 大貴に会って思ったのはその一言に尽きる。まだ高校一年らしい。それだけでも驚きなのに、男娼なのだそうだ。おまけにバイト感覚ではなく、幼いころから愛玩目的に育てられてきたサラブレッドだという。
 真堂グループと言うと財閥の流れを組む巨大企業。その跡取りともいえる少年が、少年愛趣味を持つ企業主や著名人に寵愛され、性玩具を勤めているなど──知れ渡れば世の中が震撼するような衝撃の事実に違いない。
 決して、公に晒されることはないのだろうが。
「やっべー、酔ってきたあ」
「そろそろ行くか。部屋をとってあるからな」
「んー、わかったあ……」
 大貴の呂律はずいぶんとあやしくなってきている。そんな様子も可愛くて、尾関はクスッと笑ってしまった。灰原は目ざとく気づく。
「可愛いヤツだろう」
 灰原は心から思っている様子だ。もちろん尾関も同意で、頷いた。
「かわいく、ねーし……なんだよぅ」
 当の大貴本人は、そう言われることはイヤらしい。酒気に染まった顔で嫌がってみせる。席を立つと灰原に支えられながらエレベーターに乗り、このホテルで最も格式の高い部屋・インペリアルスイートへと向かった。
「大貴」
 エレベーターの中、灰原は名を呼んで、大貴の頬に触れた。大貴はすこし背を屈め、灰原に導かれるまま唇を合わせる。軽いものではなく、唇を食みあって舌を絡めるような濃厚なキスを。
 目の当たりにして尾関は面食らった。洗礼を受けたような気持ちにもなる。
(そうだったな、この子は男娼だった……)
 朗らかな時間だったので、忘れかけていた。もしも請えば、大貴は自分にもキスをしてくれるのだろうか。尾関にはまだ、大貴が男娼という事実が信じがたい。

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 広々としたスイートルーム内は幾部屋にも分かれている。その一室のベッドに酔い潰れた大貴が崩れようとすると、まだ寝転がるなと制止された。灰原の部下たちが数人控えていて、ベッドに座る大貴を羽交い締めに抱えた。
「やぁ、だあッ……、はなせよう……」
 頭を嫌々と振る。ジャケットは脱がされ、右腕をひどく押さえつけられた。アルコールの染みた脱脂綿をあてられると「まさか……」という感情に大貴は襲われてゆく。
「! なに、それ……!!」
 予想は当たった。部屋にいる男たちのひとりが注射器を近づけてくる。
「やだ、いやだ! イヤ……!」
 注射は大嫌いだ。大貴は打たれようとしている右腕から思いきり顔を背ける。抗おうとして身体に力をこめてしまうと、押さえつける者たちの力も強まった。
「大丈夫だ。おまえが小さいころ、実家でよく使われとった催淫剤だぞ」
「ほんと……」
 灰原の声に、ぎゅっと閉じていた目を開けた。その瞬間に針先が二の腕に刺さる。
 そういえば薄紅色のアンプルにも小ぶりな注射器の形状にも見覚えがあるかも知れない。得体の知れない薬ではないとわかって、大貴はすこしだけ落ちついた。処置が終わると羽交い締めが解かれ、やっとベッドに身を横たえることができる。
「ふー……、あつい……、灰原さん……」
 媚薬が浸透してゆくのを待っているのだろうか。まだ、だれも大貴に触れてこない。
 灰原たちの酒の続きをセッティングする物音がガチャガチャと響くだけ。先程飲んでいたものと違う銘柄の焼酎を何本かと、いくつかの軽食がローテーブルに並べられてゆく。
 様子を眺めながら、大貴はこの注射のことを思い出した。 
 それほど強い媚薬ではない。ただ、主治医の韮川から頻繁に打たれていたので、一時期は日常的に感度が上がってしまった。すこしさわられただけでパンツはべとべとに濡れ、尻穴を舐められただけで射精に至ってしまったこともある。精液の量も多くなり、大人たちに驚かれたりした。
 投与の理由は『子供の身で性行為をこなすのはハードだから、苦痛を和らげるために』というもの。小学校の2、3年くらいからは処方の回数も減り、大貴の感じ方は素の、ふつうの男の子らしいものになったのだった。
「あ……」
 額に滲む汗を拭ったところで、大貴は尾関に覗きこまれた。……恥ずかしい。これから、この上品そうな紳士にも晒されてしまうのか。
 痴態を見られたらどんなふうに思われるのだろう。
 尾関は勃起能力のなくなった灰原と違いまだ若いから、気に入ってもらえれば、これから身体の関係に発展するのかも知れない。
(……はずかしいとか、イヤだとか、わすれなきゃ……)
 これは仕事のチャンス。大貴は自分に言い聞かせる。

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「尾関君、大貴が高級性玩具だということは話したろう」
 説明をはじめる灰原。相槌をうつ尾関は、まだあまりこういった世界には詳しくないのかも知れない。
「驚きですね。こんな子が……そうだとは……」  
「これほど徹底的に飼育調教された子供は、なかなかシャバを歩いとらん。こやつみたいな放し飼いは珍しい。このクラスまで徹底された性玩具というのは、男娼窟とかな、離島の類、そこまで行かんとお目にかかれん。そういった場所で隔離監禁されて飼育されとるのが普通だ」
 見てみろ、と灰原はほくそ笑みながら大貴のベルトを外そうとする。すぐに部下たちが手伝いズボンは脱がされてしまった。
「これは……綺麗な足ですな……」
 尾関は驚いている。灰原はというと、いつもするように太腿を撫でてきた。
「そうだろう。さわってみろ、すべすべだぞ」
 ややぎこちなくも触れてくる尾関。
(……チンコも見られる……) 
 大貴は目を閉じ、覚悟する。
「ここもな、尾関君。綺麗なモンだ」
 部下たちの手が下着にもかかった。大貴は腰を浮かせて脱がされるのに協力する。これで下半身は一糸纏わぬ姿になった。煌々とした明かりの下で、たくさんの人間に注視されるなかで。
 尾関が息を飲んだのがわかる。
「処理済でなあ。生えてこんのだ一生。チンポだけじゃない、こやつは全身処理されとって、どこもかしこもつるつるだ」
「一生……ですか。まだ子供なのに……」
「パイパンは趣味じゃないか、尾関君は」
「そういうわけではないのですが」
 涎を垂らして興奮されるほうがマシだ。可哀相だとか、不憫だ、という目で見られるといたたまれない。尾関の様子はまさしくそれで、大貴の心は密かに痛む。
「尾関君は今後、大貴を買うかもしれんからな。はじめに全部見せてやらんといかん」
 灰原は尾関の様子も大貴の心情も気にせず、得意げに説明を続ける。大貴はシャツも脱がされてついに全裸になった。その際に脇も無毛なのを確かめてもらう。
 寝そべったままで膝を抱えるように命じられ、尻穴を覗き混まれたり、性器もより凝視されたりする。灰原は大貴の肛門がどれほどいやらしいかを熱弁し、このデカイチンポもさまざまな処置を受けた末だと握って語られる。酔っているせいで、逆に大貴はいろいろなことがどうでもよく思えた。シラフの状態だったら羞恥と屈辱と悲しさを殺すのに必死だったはず。

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 なるほど、大貴の身体は見事だった。尾関は寵愛を受けるために作られた裸身というものをすみずみまで視覚的に堪能し、感動はしたが、大貴自身はどう思っているのだろうかと気になる。
 幼少から調教を施されたというから、有無を言わさず強引に性玩具にされてしまったのではないか。そうだとしたら、こんな残虐な話があるのだろうか。灰原は放し飼いだと言ったけれど、男娼窟だろうが、離島だろうが、厳しい性調教を受けさせられていることには変わりない。
 それでも、自由に外を歩けるだけ恵まれているということなのか。箱入り御曹司だった尾関は、はじめて少年性愛のダークサイドを垣間見た。東南アジアや欧州の一部では少年を買えると聞いたことはあったが、日本でもこういった闇があるのかと驚く。
 大貴の思いを探ろうとしても、少年は静かに瞼を閉じているだけで、いまなにを考えているのかは尾関には分からない。
 これからが本番だと、灰原は嬉しそうだ。
 大貴の頭上で手枷を嵌め、M字に開かせた足の間に鉄棒を通す。両足首を棒に固定し、恥部を晒したまま閉じられなくさせた。
「注射が効いてきたな」
 灰原は大貴のペニスを握りしめる。その瞬間に大貴は「あっ……」と声を出して悶え、小さく震えた。頭をもたげている性器の感触を味わうように、灰原はゆっくりと擦り、大貴の変化を愉しんでいる。
「ん、う、うっ……」
「見てみろ、感じとるぞ、コイツは」 
 灰原の手元を見ると、尿道孔が潤んでいた。
「どうだ、大貴。興奮してきたろう」
「うん……キモチいい……」
 薄目を開けて、大貴は吐息を零す。
 この後に用意されている絡みについて、大貴はまだ知らない。
 尾関は知っている。実は、隣室にもうひとり男娼を呼んである。祥衛という名の少年で、大貴と同じ人身売買組織に属しているらしい。大貴とはプライベートでも仲がよく、付き合っているのではないか、と一部では噂まで流れているような相手だという。
 実際のところはどうなのかと灰原に質問したところ「あり得ん」と一笑に伏せられた。
『こいつは性玩具ではあるが、真堂家の跡取りでもあるからな。実質の婚約者がもう決まっとる。なかなかにお似合いだぞ。まあ、そのうち大貴に紹介してもらうといい』と、灰原は語った。
 尾関は祥衛と、先ほど大貴と飲む前に会っている。
 すでに裸身にされ、ベッドに腰掛けたまま尾関と灰原にぺこりと頭を下げてきた。ハッとさせられるほどに綺麗な顔立ちをしていて、痩せた身体つきが儚い。彼が普通の人生を送っていなさそうなことは、目立った傷と、陰部や乳頭に貫通したピアスの輪、それからひどく無表情な点から伺い知れた。
 祥衛を射精させずにいたぶって、大貴と対面させ、性欲の高まった少年男娼二人を絡ませる。それが灰原の描く今宵のシナリオだ。
「ようし、入れ、祥衛」
 灰原の一声に、大貴は目を見開く。部下たちに身体を押さえつけられるようにして入室してきた祥衛を見ると、さらに驚きを表情に表した。
「なんで……ヤスエっ、灰原さん……?」  
「くっくっ、これは……いいあんばいに仕上がっとるな」

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 灰原は祥衛の薄い背中に触れる。その背中は汗でぐっしょりと濡れていて、小刻みに震えてもいる。男たちに支えられていないと歩くことはおろか立つことも出来ない、といった様子で、美しい顔は口枷をつけられて歪んでいた。
 飲みこめない唾液が顎を伝って垂れ、圧巻なのはペニスとアナル。
 肛門にはバイブを捩じ込まれていて、コードで繋がった電源は太腿のガーターベルトに挟まれ固定されている。それはいまも可動しつづけており、うねるような機械音を部屋に響かせていた。
 そして肉棒には射精を封じるためのベルトがギチギチと食いこんでいる。美少年な容姿とは対極に、耐えている男性器は血管が浮きあがり、ピアスに飾られ、グロテスクだ。
「ぷはあぁ……!」
 口枷を剥がされると、祥衛は口内に溜まっていた涎を一気に溢れさせた。尾関はつい眉間に皴を寄せてしまう。可哀相ではあるが、汚いと思った。
「やぁあ……、いやぁア……」
 爆発しそうなほどに張りつめた亀頭の先に、ローターを当てられると頭を振って嫌がり、逃れようとする。だが押さえつけられているために刺激から逃れられない。祥衛は赤らめた頬で泣きそうな顔をしていて、針金のように細い脚がステップを踏むようにもがく。
「お前に打ったのと同じ媚薬もなぁ、打ってやったぞ?」
 灰原はにやついて嬉しそうだ。大貴はいくらか酔いが醒めたように「マジで……」と呟いている。悶える祥衛を注視しながら。
「ヤスエには無理だよ。耐性がねーもん。俺とちがって……!」
「いつまで甘やかすつもりだ。新人扱いの時期はとっくの昔に終わっとるだろう。いっぱしの扱いをしてやらんといかんぞ」
 美男の秘書が、灰原に薄めの水割りを作る。傍らのスツールをすすめられて尾関も着席した。この秘書も、ひょっとすると灰原と関係をもつ青年なのかも知れないと尾関は予感する。どことなく灰原好みであるような気がしたからだ。
「そりゃ、そおだけどっ、祥衛ー……! ……っあ、うー……」
 心配そうにする大貴の両乳首を部下がつまんだ、その瞬間に大貴は喘ぐ。
「あっ、あッ、あ……、あぁあ……」
 大貴は乳頭をこね回されるだけでなく、別の部下に性器も弄られはじめる。睾丸を探られたり、肉棒を握りこまれて扱かれれば、のけ反った。首筋に吐息を吹きかけられ、瞼をギュッとつむる。吹きかけられた場所から耳の後ろに舌が這うと、さらに反応が見られた。拘束された大貴の腕に力がこめられているのが尾関にもわかる。
「大貴は首筋がめっぽう弱くてな」
 グラスを傾け、灰原が教えてくれた。尾関にも同じ水割りが用意される。
「こっちの、祥衛はこういう弄り方が好みだぞ」
 灰原が指をさすと、祥衛に群がっている部下たちは少年の乳首を引っぱった。乳首に貫通しているリングピアスごと──不格好に伸ばされてから弾かれると、祥衛は悲鳴とも喘ぎともつかない声をあげる。いたぶられる前の無表情な祥衛はもうどこにもいなかった。
「ひッあぁあ──ッ……!!」
「そら、もう一回だ」
 繰り返しピアスを引っぱられ、祥衛は顔を歪ませて悶えている。こんなことをされても肉棒は屹立を保ったままで、そこに嵌まったピアスも弄られてしまう。ひゃんひゃんと悲鳴があがり、支えられてはいるが立たされたままの祥衛は妙なステップを踏み続ける。
 まるで、踊りのように。
「痛いでしょうに……」
 眉をひそめて、尾関は灰原に問う。
 灰原はくつくつ笑った。
「こやつは痛いのが好みなんだ。若いが、立派な変態だろう。生粋のマゾでな」
「あひぃぃぃッ!!」
 バシン、と音がしたのは祥衛の尻が叩かれたからだ。男の大きな手のひらによって、祥衛の白く小さな尻肉は紅く染まる。何度もされる度に勃起ペニスが跳ねるように揺れた。
「うぁッ、祥衛、やめろよう、もうヤスエいじめんなよっ」
 大貴も勃起させ、乳首も起たせながら灰原に請う。尾関はこの様子を哀れかつ悪趣味にしか思えないが、灰原は目に見えて上機嫌になっていた。グラスの酒をあおる。
「俺だけにしろよ! なんでヤスエまで注射するんだよー、俺だけいたぶればいいだろ! ふざけんな、ヘンタイ、くそー!!」
「はっはっは、ふあっはっは、儂に変態は褒め言葉だ!」
 痛切な叫びに灰原の笑い声が重なった。
 地獄絵図だ、まるで。尾関はこの宴を愉しむことができない。

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 祥衛が、やっと羽交い締めから開放された。
 疲弊しきった裸身を広いベッドに横たえ、薄い胸を呼吸で上下させている。大貴よりも汗だくで、ビクッ、ビクッ、と時折震え──その度に震える貞操具つきの肉茎は尾関の目には哀しく映る。
 貞操具も外されると、透明な先走りが蜜のように溢れだした。すさまじい量で、はじめ尾関は祥衛が尿をもらしたのかと思ったほどだ。
「あ……、ぁ……」
 もはや朦朧としている祥衛。瞳も唇も半開きで、見るからに限界を超えていることがわかる。長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳も、形のよい薄い唇も台無しになるだらしない表情だった。アッシュブラウンの髪を掴まれて強引に起こされると、座りの体勢にされた。
「挿れてみろ、祥衛。大貴に挿れて射精していいぞ?」
 灰原の声に反応し、祥衛の震える手は大貴の太腿にかけられる。あらわな大貴の肛門にさっそくぬらりと亀頭が触れた。
「ヤ、ヤスエ、慣らせよ。ちょっとでもいいから……」
 大貴の声は聞き入れられない。祥衛はそのまま強引に、まだ触られもしていない尻穴に捩じこんだ。拡げられて大貴は歯を食いしばる。
「あ、あぁあ……!」
「挿入るだろう、大貴なら」
「痛ッ、う、いてぇ、ばか! なにかんがえてんだ……っ!」
「はっはっは、ケンカするな。切羽つまっとるんだ祥衛は」  
 腰を押し進めた祥衛の刀身は、すべてが大貴の中に飲みこまれてしまう。相当痛いのか大貴は顔を歪めたまま。祥衛は呼吸を荒げている。
「ぃき、ごめ……、だ……いき……」 
「もーはやく動かせよ……! さっさと射精しろ」
「……ぅ、」
 大貴に急かされ、祥衛は腰を使いはじめた。揺らすたびに大貴は呻き、眉間に皴を寄せる。それでも性器を勃起させたままなのは、媚薬の効果なのか。
「きもち……ッ、だい、き、きもちいい……」
「ぐっ、っあッ、うー……、……!」
「で、でる、ひぃっ、ひあぁあ……」 
 祥衛は大貴の太腿を掴み、最深部で腰つきを止める。射精したらしい。一分とかからずの吐精に、灰原は拍手して喜んだ。
「ま、まだ、でそ……、ひぃ、ン、だぃき……」
 祥衛は腰を引き、抜けてしまいそうなすれすれまで肉棒を抜く。動作に伴って白濁汁がシーツにあふれ、大貴は瞼を閉じていた。もう一度腰を進めた祥衛は、それを引きがねにふたたび身を揺らしてみせる。
「ひゃっ、アッ、あっ、ごめぇ……、ごめ、だぃ、ごめ──……!」
「っせぇなっ。謝るクセに掘ってんじゃねえし、もー、なんなんだよー!」 
 中出しされたことで、多少は潤滑剤の代わりになったらしい。大貴から苦痛そうな様子は減っていた。
「さっきまで庇おうとしとったんじゃないのか、ん? 大貴。友達を大切にしなきゃいけないぞ?」
 意地悪く言う灰原の声に被さり「イク、イクぅ」と鼻にかかった祥衛の喘ぎが響く。すると灰原の部下たちが祥衛の結合を剥がし、強引に体勢を変えさせる。射精間近だったペニスは空中ではじけ、精液は大貴の身に降りそそいだ。
「!!」
 とっさに顔を背ける大貴だったが、白濁はデコレートされてしまう。2発目だというのにすさまじい量で、断続的に何度かに分けて迸ったりもした。発射の度に祥衛は悶えたり、身体を力ませたりする。
「うぁ……、ま、じで……」
 顔射された顔を振る大貴。飛沫は二の腕や首筋、胸、腹部にも零れている。捩じ開けられた尻穴からもどろついたソレが垂れて、もはや大貴は祥衛の精液まみれだった。

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「うぅううっ……!」
「そろそろ、高まっとるだろう」
 灰原の部下は手のひらで、大貴の下腹部を押す。それは膀胱の位置だ。
「言っとくが、今日も儂はお前に射精させてやる気はない。小便ならいくらでも漏らさせてやるがな」
「じゃ、媚薬は……」
 なんのために注射したのだろう。疑問に思った尾関が呟くと、疑問が伝わったらしい。隣の灰原はほくそ笑む。
「苦しませるためだ。単にな」
 愉快そうに響かせる高笑い。
 大貴はというと何度も腹部を強く押され、その度に悶えている。手枷と足枷の鳴る音が派手になった。
「イヤぁ、あっ、う……! やめ……、ろよ、バカっ、あ──……!」
「利尿剤も用意してあるぞ。飲むか?」
「ぜっ、たい、飲まねー、し……、ぅうう……、やめ、お、押しちゃやだ」
「じゃあ、さっさと漏らせ。漏らすまで刺激するぞ。そうだ祥衛の中に出すか」
 灰原の思いつきに、部下は倒れている祥衛からバイブを抜く。祥衛はずっと挿されっぱなしだったのだ。両脇の下に手をくぐらされ、また身を起こされた祥衛は、今度は強制的に大貴に貫かれた。大貴のペニスに挿して座らせる体位になる。
 少年たちそれぞれから悲鳴があがった。
「あぁああああ……!!」
「ひッうぅぅぅううッ──……!!」
 白濁を拭われることもないまま、まみれたままの姿でお互いに絶叫する。男たちの手で揺らされた祥衛は、朦朧から意識を取りもどしたらしい。もはやぐちゃぐちゃに表情を歪ませながらも薄目が開く。
「や、すえ、おあいこ、だよな、しかたねー、よな……!」
「ンあっ、あぁあぁぁ、ッはぁああ……」
「出、す、ぜ……っ……!!」
 その瞬間に祥衛の身体は、男たちによってひどく押された。根本までしっかりと咥えこんだアナルから、液体の飛沫が漏れている。大貴が内部で放尿しているのだ。
 そして、心なしか──いや、確実に祥衛の腹部は膨らみを帯びる。腸内に漏らされた尿でパンパンになって膨れてきたのだろう。
「はっはははは、こりゃあ爽快だ、見事な絵だ、ははははは!」
 灰原の傍らで、尾関は絶句するしかない。
 少年たちが不憫だし、悪趣味きわまりないと思う。それなのに、スラックスの下で尾関も勃起している。心境と、生理的な反応が一致しなかった。
「しっかり窄めとれよ、祥衛。大貴の尿が漏れてしまうからなあ」
 洗面器が用意され、尾関たちとベッドの間に放られた。結合を剥がされた祥衛はそこに跨がされる。ベッドから移動する間にすこし尻穴から垂らしてしまい、灰原に叱責を受けた。「締めとれといっただろうが!」と。
 普通に跨がる体力ももはやないのか、祥衛は腕を床についてしまい、妙な体勢だ。それで肛門から小便を漏らすさまも異質である。量は多く、しばらく噴水のように続いた。
 発射しながらも祥衛は背中を震わせ、嗚咽のように呻いている。
「はッ、ひ、うぅぅぅ、うッ……、ンふ……!」
 その背には無数の傷痕がある。至近距離で直視してしまった目を尾関はそらす。するとリストカット痕のある左手を見てしまい、いたたまれなさは増すばかりだ。祥衛に、傷のない場所なんてなかった。
 大貴はその間も部下らにペニスを扱かれて苦しそうにしている。今晩は射精を許さないと明言されているので、扱かれても出すことはできないのだろう。
 弄ばれて耐えるだけの夜だ。

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 灰原の遊戯はまだ続くようだが、23時に尾関は席を立った。明日も仕事があるからと言うが、大貴の目にはこの場所に不快感を抱いたため、帰っていくように映る。
 すこしでもフォローしたかったし、謝りたかった。下まで送っていきたいと大貴が申し出ると、灰原は許してくれて、一時的に拘束を外してもらえた。
 見送って戻ってきたらまた縛って、朝まで責めてやるからなと脅されたが。
(……もうこのままかえりたいな。つかれた。ふらふらする……)
 枷のつけられた手首は軽く擦過傷になり、痕が紅い輪となって刻まれている。足首も同じだ。
 バスタオルで身体を拭いていると、刺激ばかり与えられて達することのできないペニスは張りつめて膨れあがり、盛大に濡らした先走りを拭っているだけでも気を抜くとイってしまいそうだった。
 ソレをズボンの中に閉じこめ、ベルトに挟むことで勃起を押さえつけた。下着を履く許可は下りず、ノーパンで衣服を着る。
「じゃあ、送ってくる」
 部屋を出るときに振り返ると、祥衛はベッドでうつ伏せに倒れていた。祥衛が心配だ。大貴もアルコールと媚薬が混じり、さらに疲弊のせいでよろけてしまいそうだが、祥衛よりはまだ格段に体力が残されている。
(俺が出てるあいだ、すこしでもヤスエの休憩になるといいけど……)
 エレベーターはすぐに捕まった。尾関とは部屋を出てからずっと会話がない。
 灰原のおっさんのバカ、と大貴は思う。せっかく紹介してくれても、ドン引きされて二度と会ってくれなくなるようでは意味がない。
「なんか……、その、ごめんなさい。はじめて会ったのに、汚いことばっか見せて」
 二人きりの空間で大貴は謝った。
 上品そうな紳士は首を横に振る。
「どうして、大貴くんが謝る。灰原氏の命令だ」
「……それは、そうだけど」
 尾関は優しそうな人だ。きっと、優しいのだろう……切なくなった大貴がうつむいたとき、途中の階で止まったエレベーターに他の客が乗りこんできた。
 大貴と同じ年ごろの少年三人組で、同じデザインのジャージを着ている。学校行事でこのホテルに泊まっているといった雰囲気。日焼けもして爽やかな短髪だから体育系の部活かもしれない。
 少年たちの楽しげな笑い声が響く。
(いいな。いいな……、すげえ、いいな)
 気がつけば大貴は顔を上げて、彼らを注視してしまっていた。はじめは微笑ましくて、次に羨ましくなる。最後には悲しくなった。
 同じ年齢なのに、なにもかも違いすぎる。
 三人組は自販機の置いてあるフロアで降りてゆき、箱の中はまた二人きりになった。
 大貴は急激に泣きたいくらいの心境になる。それなのに身体が熱くて、しっかり意識していないと尻を揺らしてしまいそうだ。刺激をほしがって、ねだるように。
 壁に性器を擦りつけてしまいたいような衝動にも駆られている。きっとひんやりとしていて、気持ち良いだろう。数回擦るだけで絶頂を拝めるに違いない。
(だ……したい、イキたいよ。つらい。も……無理……)
 こんな欲求で頭の中をいっぱいにしていること自体、大貴には辛い。恥ずかしい。やはり自分は性玩具なのだと自嘲する。どんなに心は違うと言い張っても、身体は堕ちている。先ほどの少年たちのあんなキラキラした姿を見せつけられては、余計にたまらない。大貴の牙は折れ、みじめになるばかりだった。
 到着したロビー階で降りた。尾関はタクシーを拾って帰るのだという。
「また会おう、大貴くん。次に会うときは今日みたいなことはしなくていいから」
 エレベーター前のエントランス、尾関はそう言う。
 大貴は驚いた。
「さっきの少年たちみたいに、年相応に笑っていてくれればいい。食事でもして、それから、いまの若者はなにをして遊ぶのか、おじさんに教えてくれ。人気のスポットに出かけてもいい」
「え……」
 ウソだろう、と思う。大貴の正体を知っている大人で、そんなことを言ってくれるひとは稀だ。年相応でないことばかり求めてくる人間ばかりなのに──
 ぽかんとしている大貴が可笑しかったのか、尾関は吹きだした。そして肩を叩いてくれる。
「約束だ、大貴くん」
「ほ、ほんとに? ……ほんと……?」
「もちろんだ。もしよかったら、ヤスエくんも呼ぼう」
「……嬉しい。嬉しすぎる……!! ……ありがとう……尾関さん」
 大貴は心から、深々と頭を下げた。尾関は「頑張って……」と言い残し、去ってゆく。
 後ろ姿が出入口の自動扉に消えると、大貴はほっと肩の力を抜いた。
 ふたたびエレベーターに乗り、灰原たちのいる部屋に戻る。
(尾関さん、かあ……)
 酒を酌み交わしているときに貰った名刺を、ポケットから取りだした。この仕事が終わったらさっそくメールしてみたい。身体はくたくただったし、相変わらず熱も渦巻いているけれど、印字された文字を眺めていると口許がほころぶ。
(祥衛、いまもどるからな)
 名刺をしまったとき、扉が開いた。大貴は駆けだす。まだ耐えられる、だいじょうぶ。灰原からの仕打ちなんてどうってことない。最後まできちんとこなして、終わらせたら祥衛を連れて帰る。
 大貴の瞳に宿る光も、笑みも、不敵なものに戻った。

10 / 10

 目を覚ました祥衛は、車の後部座席に横たわっていた。やや強引な体勢で寝かせられているせいか、首と背中が痛い。けれど酷くだるくて起き上がるのもおっくうだ。もういちど目を閉じてから、ほのかな香水の香りで怜の存在を認識する。
 そうか、これは怜君の車か、と思った。
 仕事中に気絶して、起きると怜の車の中、というのは祥衛にはときどきあることだった。
(大貴は……?)
 今宵の仕事の記憶が、途中からない。なにしろ大貴と対面したときからすでに朦朧としていてあやふやなのだ。大貴に貫かれて、体内で尿を出されたときくらいまではなんとなく覚えている。
 けれどそのあとはもう……わからない。
「──お会計は2300円になります」
「え、いいよ、俺払うよっ!」
「いいって、大貴くん。おにいさんに払わせて」
「だって。ほとんど俺のちゅーもんだしー」
 だんだんとハッキリしてくる意識で、祥衛は大貴の存在もつかむ。耳に入ってくる情報から察するに、マクドナルドのドライブスルーだ。
 怜が支払い、商品を受けとると、大貴はさっそくガサゴソと袋をあける。大貴は助手席に座っているらしかった。
「えへへ。ありがと、れーさん。食っていぃ?」
「もう出してるじゃないキミ。汚さないでよー、こぼしたりして」
「大丈夫だよ。いただきます!」
 速度が上がってゆくのを祥衛は体感する。伝わる振動。怜の所有する何台かの車のなかでも、このシートはBMWだと予想する。
 怜と大貴は会話をしていて、時折笑い声もさせていた。祥衛は、自分が起きたということをふたりに伝えてみたほうがいいのかと迷ったが、迷っているうちに到着してしまう。FAMILYのビルの駐車場だ。
「おうっ。祥衛! ついたぞ!」
「声かけるだけじゃ起きないんじゃないかな? まだ仮死状態かもしれないしね」
 車内に流れているラジオのDJが、最新のクラブミュージックを紹介した。スピーカーから流れる曲と、大貴が紙袋をさわっている音が混ざる。
「じゃあ俺が食い終わるまでここにいよ。れーさん」
「ン。いいよ」
「やった!」
「キミは元気そうだねー。祥衛の消耗ぶりとは違うねぇ」
「俺だって疲れてんだぜ。くっそねむいし。けどさっきトイレでぬいたらスッキリしてちょっと元気でた」
「へー、俺が迎えに来る前に抜いたんだ。オナニー気持ちよかった?」
「べっつに。ただの作業って感じ。すぐ出ちゃったし。ちょ……さわんなよ」
「2回戦いけるんじゃない? 媚薬注射されたんでしょ?」
「やだよ。つーか、祥衛が心配。すげー効いてたみたいだもん」
「そだねえ、おうちまでとっといて薫子に使ったほうがいっかあ」
「きいてんのかよ。俺のはなし!」
 会話を聞きながら、祥衛はのっそりと起き上がった。気づいた二人が同時に振り向く。怜はアイスコーヒーのストローをくわえていて、大貴はポテトをかじっている。
「あ、祥衛。オハヨ」
「起きた! 大丈夫か?! お前すっげー乱れてたぜ」
「祥衛が乱れるのはいつもじゃな〜い」  
「身体なんともねー? へーき? そうだお茶あるぜ。飲めよっ」
 大貴は座席から身を乗り出して、祥衛に渡してくれる。蓋つきの紙コップに入ったそれは冷たくて、水滴も気持ちいい。
 さっそく口をつけながら、祥衛はちゃんと自分が服を着ていることにいまさら気づいた。七分丈のカットソーとデニム。はずしていたブレスレットや指輪も、元通りにされていた。
「……へいき、だ、」
 何口か飲んでから、祥衛は答えた。大貴は安堵した表情を浮かべる。怜は変わらず、いつもと同じひょうひょうとした顔だったけれど。
「よかった。今日は他のクスリのむなよ。混ざるとやべーかも」
「ああ……」
 大貴に心配されている。そんなにじっと見ないでほしい、と祥衛は思った。うつむいてお茶のストローを吸っていると怜にも「よしよし」と言われ、頭を撫でられる。皆に優しくされると祥衛はどうしていいかわからない。
 だけど、イヤではなかった。戸惑いつつも抗わず、そのまま、しばらく大貴と怜の会話を聞いて朝方のひとときを過ごしたのだった。

E N D