鴉の城

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 今宵もまた、何度も交配をした。

 布団に投げだされているのは均整のとれた裸身、シーツに埋められた苦しげな横顔。
 固く瞼を閉じた健次は乱れた呼吸を繰りかえす。
 じっとりと汗を滲ませた肌にはキスマークと噛み痕が散らされ、縄目の痕もヒドク彩っていた。
 健次が息をするたび、その肢体は波打つ。

「……ハァ……ハァ……、ハァ……」

 行灯のあかりだけの薄暗い和室で、秀乃はずっと眺めていても飽きない。
 秀乃にとって、健次は美しくて仕方がない存在。
 外的容姿だけでなく。
 在り方も、精神性も。
 獰猛な色気も、しなやかな鋭さも。
 すべて賞賛したい……憧れている。
 まるで一種の宗教のように崇めている。
 魂が燃えるような恋をしている。

「健次」

 秀乃は名を紡いだ。唇に乗せるだけでいくばくかの幸福を感じることの出来る至高の響き。
 反応は無かったが、わざと無視をしているわけではなさそうだ。汗ばんだ瞼は固く閉ざされたままだから。
 凌辱のこの日々、健次の意識はうつろになることも多い。秀乃の分泌する『毒』のせいで。

「身体拭けよ。そのままで眠るのか?」

 秀乃は腕を伸ばし、裸身の背に触れた。
 その瞬間。
 健次は勢いよく目を開ける。
 派手にビクつき、かぶりをふる。

「ヒ……ッ……!!!」

 瞳に映る、激しい怯え。
 白い歯を見せ食いしばった表情は、恐怖に歪んだ。

「け、健次……」

 驚いたのは秀乃もだ。
 そんな態度をとられるなんて思いもよらない。
 今宵はもう、犯すつもりもなかったのに。

「……な、んだ、お前、か……」

 健次はゆっくりと秀乃を認識した。こわばりが解けてゆく表情。秀乃だと分かれば、身構えた腕は布団に戻される。

「……驚かせ……やがって……」

 健次は寝返りをうち、秀乃に背中を向けた。

「……身体拭こう、風呂に行くのが一番いいけどな」
「そう……だな……」

 返事はしても、実際に行動には移しそうにない。気だるげな健次の裸身を秀乃は揺さぶる。

「健次ッ。行こうよ。健次ったら」
「うるっせえ……なァ……」

 起きあがらない健次の、古傷の多い背中を見下ろしながら、秀乃は──今宵も見せた、健次の心にも刻まれている傷の片鱗を哀れにと感じた。

 それでも秀乃も犯すことをやめられない。

 嫌がるそぶりをされても無理矢理に貫き、凌辱を重ね続ける。健次を虐待してきた連中と自分とは違うのだ、本当に愛しているから抱いているんだと言い訳をしながら。

(ひょっとしたら俺も、健次みたいな心の傷を抱えてたかも知れないんだよ?)

 健次に対し、加害者どころか、同類なのだと秀乃は主張する。
 一歩間違えば健次のように怯えていた可能性がある。
 だから、断じて加害者などではないと、虚しく言い訳を続けて犯す。

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『今日もまたコレを飲まなければいけないの?』
『はい、掟ですから』

 幼い秀乃に使用人が告げた。

 漆塗りの杯に注がれるのは白濁色の液体だ。
 飲み干すのは物心がついた頃からの習慣──この秘酒によって、身体の構造がふつうの人間とは変わってゆくことを拒む権利は秀乃に無い。
 毎日、毎日、飲み下し、淫らに開花させられる。
 性愛を売る遊郭を統べる者として、生まれた運命ゆえに。
 ろくに友人たちと遊ぶことも許されず、うやうやしく接してくる屋敷の者たちから、性の手ほどきを受けることも当然の成り行きだ。
 ただ、秀乃の場合は性的虐待といえど、大人たちはいつも秀乃に傅(かしず)く。
 痛めつけられることも、乱暴に扱われることもなく。
 ひたすらに丁寧に……丁寧に……育まれる。
 寵愛されているから、健次のよう同性との性行為に恐怖を植えつけられるようなこともなかった。

「けどさ……悲しいものだよ。この身体のせいで、みんな、狂ってしまうんだから」

 結局、健次はそのまま寝てしまった。夜着を纏った秀乃は薄明かりの部屋でポツリと呟く。

「……でも健次はずいぶんと正気を保ってるよな……」 

 籐で編まれた長椅子にゆったりと身を預け、秀乃は濃いブラックコーヒーを啜る。
 まだ床に就く気はない。眠る健次を見ていたいから。
 粘着質な愛情はとどまることを知らず、膨れあがるばかりだ。

「健次はオトコに犯られるの大ッ嫌いだからな……それくらいのトラウマがないと、俺の媚薬を打ち消せないのか? 皮肉な話だ、それもまた……」

 ひとりきり、ただ苦笑する。

「俺だって、みんなと外で遊びたかった。部活もしたかった。でも全部ダメなんだ。怪我をしたらどうするんだってさ、過保護だろ。何処に行くのも護衛付き、こんな商売してるから、怨みを買ってる。俺は長男だし、狙われて誘拐されないかって……息が詰まる」

 健次のように暴力的に嬲られているわけではないけれど、真綿で首を絞められる少年時代。
 泥濘(ぬかるみ)で、溺れる感覚。

「だから俺もウサギを殺したんだ」

 健次とはまた違う地獄。健次よりも優しくて穏やかなまるで揺りかごのような、それでも牢獄。

 そんな秀乃が──はじめてだった──こんなにも特殊な環境で育った自分と様々なモノを、心を、共有できそうな存在と出逢えたのは。

「俺と健次はもっと仲良くなれるはずだと思うのに……どうしてうまくいかないんだろうな……」

 ため息混じりに漏らしても、届かない。
 この恋は叶いそうにない。
 秀乃に凌辱されて錯乱した健次が、助けを求めるのはいつだって家政婦。伸ばす指の先に健次が望んでいる相手は自分じゃない。
 分かっている、だからただため息だけを零す。
 健次の寝顔を眺めながら、飽きもせずまた口づけしたくなる秀乃だった。
 憂いに覆われながら。

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 健次がときどき克己を使っていることは、知っていた。
 昼下がり、監視カメラからの映像を別室でチェックする。
 障子の隙間から差しこむ逆光を浴びつつ、秀乃は眼鏡を中指で押さえ冷ややかに一瞥(いちべつ)を送る。

「は……ッ、ふ……」

 咥える克己の喉から零れるのは苦しげな喘ぎと、唾液。
 健次は壁にもたれて座り、襦袢の股を開いている。
 秀乃によって緊縛され、素肌に縄を走らせている身は凄絶なまでの色気に満ちている。本人にまるで自覚はないのだろうが。
 筋肉のしなやかな、均整のとれた肉体は、麻縄が映えて仕方がない、絶好のキャンバス。

「もう、おゆるしください……」

 克己は苦しげにして、屹立した性器を吐きだした。
 切なげに健次を見るその顔は、ベトベトに濡れて汚い。

「見つかってしまえば、秀乃さまのお怒りにふれます……」
「知るか」

 健次は冷たく言い放つ。後ろ手に縛り上げられているため、腕の自由さえない健次は脚をせばめ、膝頭で克己の顔を締める。

「あぁッ……」
「黙ってしゃぶれ」

 健次から漂う威圧感は半端ではなく、まるで囚われの者とは思えない不遜さと態度だ。口淫を続けるしかない克己を見下すのは冷酷な瞳。
 秀乃は薄笑む。健次のS性には自分との共通点を見いだし、嬉しくなれる。

「お前は馬鹿じゃねえからな……分かってんだろ。あのヤロウが見過ごしてると思うか……」
「はい……ッ、そうですね……秀乃さまですから……」
「どうせ眺めてやがるぜ」

 鼻で笑う健次の一言。
 健次に見透かされている。それもまた嬉しい。
 理解されたみたいで。

「そのうち混ざりたがる。お前、二輪挿しだな……」

 健次の唇から『二輪挿し』という単語が出たことに驚きつつ秀乃は萌える。隣室に駆けこんで実現したくなったけれど──

(出来ない、俺は……)

 克己は秀乃の体液の秘密や、越前谷家での立場など細かな事情を健次に喋っている。いま混ざれば、そういった会話を聞いていたことが健次にバレてしまう……それが妙に気恥ずかしい。

『秀乃ってさ、乙女だよね。ひょっとしたら私よりも』

 那智に言われた台詞が思いだされ、鼓膜をかすめた。

「お二人にそんなことをされたら……俺は、気がふれてしまいます……」

 しおらしく訴える克己に、健次は呆れたようだ。

「ハ……よく言うぜ……ふれるタマかよ」

 くつろぐように伸ばされる健次の脚のあいだ、克己の表情は。ハラリと落ちた長い髪に隠れて目元は隠れたが、口許は笑っているようにも見える、秀乃には。

「──良いツラ構えだ」

 満足げに告げる健次。
 瞬間、秀乃に溢れる、克己への嫉妬心。
 健次に悪くは思われていないらしい克己が羨ましい。

(こんなことばっかり想うから、健次に気持ち悪いって言われるんだ、分かってるさ……)

 秀乃は、悪く思われていないだけでは足りない。
 もっと独占されたい。
 秀乃の心を健次が占めているように。
 健次の心を春江が占めているように。
 占められたい、健次に、俺も。

 秀乃はモニターに指を伸ばし、健次に指を這わせる。
 それでも、絶頂まで見届けることはせず、映像をアノ虐待集に切り替えた。
 凌辱されている過去の健次を視姦して愛し、そのうちにズボンから掴みだして弄り、自慰をする。
 偏執的な愛情は膨れあがるばかりで、粘度は増すいっぽうだ。腐乱する蜜のように。

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「ま……だ……、するの、か……」

 今宵も飽きずに犯す薄闇のなか。
 健次は褥に崩れながら声を絞りだす。汗をかいたその身体、下腹部は精液と先走りに塗れている。
 健次の達した回数は──途中までは数えていた秀乃だったけれど、とっくに分からなくなった。

「も……う、ム、リだ──……」

 かすれた声での訴え。
 苦しげに歪められる表情。
 そんな健次を眺められるのは愉悦でしかない。
 繋がったまま背中に覆い被さる秀乃は仄昏く悦ぶ。

「ムリじゃないだろう。健次はまだ、耐えられるだろ?」
「……ッ、……」

 シーツをぎゅっと掴むだけで、否定も肯定もしない。
 それをいいことに、秀乃は繋がった腰を揺らし続ける。
 絞りだしておかないとまた昼間に克己を使うかも知れない、そんな懸念がなおさら秀乃を執拗にさせた。

「健次の中、俺に馴染んで離さないよ。キツク喰らいついてくるんだ……」

 囁いて指を這わせ、撫でて、胸の尖りを見つけた。
 秀乃の媚薬に浸された身体は、摘まれれば乙女のよう敏感にビクンと震える。

「あ……、ぁ……」
「逃がさない。逃がすものか」

 秀乃に両胸を弄られた健次は喘ぎを零し、この間もとどまることのない肉楔の捻じこみから逃れようと、腕で這いずる。抜けかけるペニス。

「逃がさないって言ってるだろう?」

 そんな様子を見下して笑う秀乃は、すぐさま最奥まで貫き戻した。

「! ぐ……うぅッ、ン……」

 呻く健次を抱き潰し、秀乃も倒れこむ。
 二人で横になって、繋がったまま背中から回した腕で唇をなぞってみれば意識的なのか、無意識のうちの行為なのか、健次は秀乃の親指に歯を立てる。

「痛いよ健次」
「う……、あぁ……う──……」

 意識を飛ばしはじめたかとふと観察するも、まだ健次は大丈夫そうだ。それはこの短期間の間に数限りなく犯してきて知った限度と体感。
 身を震わせながらも、秀乃のゆっくりとスイングするような揺さぶりに耐えていてくれる。
 秀乃は指で肌をなぞりつづけ腹筋を辿り、はちきれそうな性器を掴む。握りしめれば健次は爪先まで痙攣した。

「あ……、や、め……ろ……ッ……」

 扱きだした秀乃の手を止めるように手を添えてくる。力を込めようとしているようだが、やはり強くは込められないらしい。

「気持ちよくてたまらないくせに、止めて欲しいのか」

 耳朶に吐息を吹きかければ、それが引き金となった。

「あぁッ……、ア……、あぁあ──……!!」

 健次は達した。
 みっともなく声を響かせて、弓なりに身を反らし、瞼を強く閉じて。
 垂らしたわずかな精液を秀乃は口に運んで舐める。風味も微かだ。健次はほとんど空っぽだ。

「ハァ……ハァ、ハァ、ハァ」

 肩でする呼吸。その度に不整脈のように蠢く肛門のランダムな律動は、秀乃にも快感を与えてくれた。

「気がッ……変に……な……、もう……や、め」

 懸命な力で秀乃を押しのけ、健次はズルリと結合を解く。肉体が離れた瞬間に寂しさも感じる秀乃は、目を閉じたまま横たわる健次に、そっと告げてみた。

「よく言う、そんなタマじゃないだろ」

 アノ昼間の写し。健次が克己に告げた言葉の。
 苦しげな表情を浮かべていた健次の瞳はすこしだけ見開かれた。驚いたのかも知れない。
 暗に、克己とのやりとりを知っている、ということを伝えて、秀乃は身を起こし、健次の太腿を抱えた。正面から貫く。
 秀乃に打ちこまれすぎた肉襞はたやすく開き、むしろ歓迎するように自然に飲みこんでくれる。

「き、さま、こそ、鍛えられす、ぎだ、…………」

 乱れた息で途切れ途切れ、健次は嘆く。
 まだ凌辱を続けられるほどの力を持つ秀乃へと。

「どれだけ、鍛錬……してきた…………」
「さぁ。気が遠くなるくらいか?」
「……そう、か…………」

 健次はただ静かに頷いた。
 なぜか秀乃は迸る感情を覚える。
 嬉しいような、切ないような。
 一言では形容しがたい。
 肉体だけでなくて、心でも微かだけれど繋がったような、感覚がした。

「健次……俺は健次が思ってるより、きっと、健次に近いからさ……」

 想いをこめて打ちつける。
 激しさを増し。
 両腕を投げだした健次は抉りに耐えて顔をしかめた。

「……ッ、ン……!」
「もっと健次と繋がりたい。健次と仲良くなりたいんだよ!」
「して……る………だろ……じゅうぶん、すぎン、だろ……!」

 秀乃は健次の身体のことも考えず滅茶苦茶に打ちこむ。
 気持ちのまま暴走を抑えられない。

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 その夜は、悪い夢を見た。
 少年時代の秀乃は喪服を着ている。
 黒いスーツに黒いネクタイ。
 目の前で泣き崩れた母を哀れにと思った。
 秀乃から見ても、仲睦まじい夫婦だったから。
 けれど突然の死に嘆く余韻は、秀乃にはない。
 大人たちは告げる。

『これからは秀乃さんもよりいっそう、跡継ぎとしてのご自覚を持ってください──』

 拒否する、権利はない。
 この遊郭の主などという立場も将来も、いらない。
 けれども約束されていて、望まれる。
 嘱望(しょくぼう)をはねのける力も秀乃にはない。
 重圧に逃げだしたくなるときもあった。
 勉学に没頭することで気を紛らわせても、一時しのぎの逃げにしかならない。
 此処から出ようと思えば、出れるはずだ、本気になれば。それでも秀乃には縁を切る勇気も無かった。家族の笑顔と、ひとりで生きてゆくことの怖さを言い訳にする。
 全てを捨てて脱出する、そんなことは出来ないまま、ネガティブな感情、現状に対する愚痴、不満ばかり溢れて止まらない。
 変えられないくせに。
 伏魔殿にも似たこの城から出られないくせに。
 夢のなかで、苦悩に朽ちそうな喪服の少年の前、一羽の鴉が現われる。
 鋭い闇を纏う姿はどこか健次を思わせた。
 ああ──憧れる。
 秀乃は腕を伸ばす。
 健次は生まれたアノ家に縛られ、強制され、嬲られても毅然としている。
 それどころか、好きな人の盾になっている。
 どれほど泥に塗れても眼光は鋭く、意志も折れない。
 もっと発狂してもおかしくない目に晒されているのは虐待集を見て秀乃も知っている。
 憧れる。憧れる。
 秀乃は走り、羽根を広げる鴉を追った。
 なぜか涙が零れる。頬を伝う。

「……健次……」

 名を呼んだのは、夢のなかでか、現実でなのか、分からない。
 涙が伝う感触も……
 瞼に触れられる感触も。
 拭ってくれる指先は夢か真か、見極める前に、秀乃は深い眠りに堕ちてしまう。
 鴉は暗雲に高く飛翔していった。

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 秀乃の体液に慣れてきた健次は軽い運動をこなすようになった。秀乃がキツイ緊縛をしなくなったこともあり、腹筋や、腕立て伏せなどを繰り返す。
 揺れる黒髪、淡々とこなす健次に秀乃は見とれてしまい、はじめこそ「きめぇ」「うぜぇ」と罵られたものの、最近は無視される。
 無視をいいことに、遠慮なく眺めさせてもらっている秀乃だった。

(オッ、今日はなんだ?)

 図書館から帰ってきた秀乃は縁側を歩きながら、これまでとは違う動きをしている健次を見つけた。中庭に面した襖は開けられているので、部屋に辿りつく前から分かった。
 突きだす拳、襦袢をはだけさせる蹴り。
 実に良いな……と思いながら近づいていくと、健次はやめてしまう。
 額に滲んだ汗を拭う動作。襦袢をめくった裸の上半身にもじんわりと汗が滲んでいる。

「ただいま、健次。続けてくれていいのにさ」
「いや、もういい」

 健次は座布団に腰を下ろした。
 あぐらをかき、湯のみのお茶を掴んで飲む。
 その喉の動きにすら視線を注いでしまう秀乃は隣室の学習机に本を置くと、健次のそばに行く。

「空手の型か?」
「そうだ。襦袢じゃやりにくいけどな……」

 秀乃の目線が素肌の胸を彷徨っていることに気づいた健次は、一瞬表情をしかめたあとで着物に袖を通した。帯を適当に直す所作は慣れている。

「いいな、やれば俺も強くなれるかな、健次」
「きさまのやる気しだいだろ」
「本当か? 俺に武道なんて無理そうだ……」
「やる前から諦めんのか。ネクラらしい」

 健次は鼻で笑った。
 そんなふうに言われると、むっとしてしまう秀乃だ。

「俺は身体なんて鍛えたことないし、貧弱だからさ」

 わざと自虐的に言う秀乃の前で、健次は拳を構えた。

「ガタイの良さより、攻撃に必要なのは腰からの回転だ。殴る腕の速さはお前も俺も同じだぜ」
「えっ。本当に?」
「ただ、その動作を腕だけでやるか、腰から勢いを乗せてやるか……それで威力とスピードは何倍も変わってくる」

 健次は正拳を、秀乃の眼前で寸止めした。

「ッ!……」
「前に出るのも下がんのも、突きも蹴りも下半身次第だ。初動を腰から出来れば、間合いなんてもんは一瞬で詰まる」
「ビックリしたなあ、健次。酷いや──」
「あとは相手をよく見ることだ。ビビって目ぇ閉じてたら、闘えねえだろ……」

 健次は拳を戻した。格闘の話だからか、すこし饒舌になってくれたことが秀乃には嬉しい。

(……ビビってなんかない。見据えるさ、現実を)

 欠伸を零して、健次は布団に倒れた。枕元でひろげるのは秀乃の本棚から持ってきた文庫本。
 健次の指にめくられるページや、健次の目に追われる文の羅列にすらも羨ましくなる相変わらずな秀乃である。

「健次、俺、会議があるから行くよ。すぐ戻ってくると思うけど」

 返事がないのは、健次らしいいつもどおりの反応なので、気にならない。
 秀乃は再び部屋から出た。
 これからかつて当主だった祖父や、長老会と話しあう。
 遊郭の規律を破った色子の処遇を決める会議だ。
 その結果を受けて明日にでも、秀乃自ら断罪する。
 いままでの秀乃なら、面倒なことや、残酷すぎる仕事は那智をはじめ、他の一族に任せてきたが──秀乃は覚悟を極めた。健次と接することによって。

(楓には悪いけど、俺は次期当主として厳正な裁きをさせてもらう……)

 恋人と密会したくなる彼の気持ちは分からないでもない。秀乃だって健次に恋をしている。

(だけどお前は越前谷家に飼われる奴隷。立場が違う)

 別棟に向かう、秀乃の瞳に鋭さが宿る。
 ヒトとしては扱ってやらない、商売の駒としか見ない、家畜のように管理して鞭さえ振るう。
 それを厭わない。
 秀乃は産み落とされたこの場所での運命と立場を受けいれる道を『選んだ』。十八の秋に。

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 学習机に健次を倒し、身体を重ねるように覆い被さってキスをする。宿題をしている健次が辞書を取りにきたのを繋ぎとめるよう腕を掴んで、そのまま崩した。

 はじめの頃は媚薬に酔っているままわけもわからずに舌を絡めているといった感じだった健次も、いまは意識がある上でディープキスを受けいれてくれている。

「満足か……?」

 唾液に濡れた唇を離すと、眉間に皺を寄せた健次が不機嫌そうに言う。健次はガシガシと口許も拭った。

「目の前でそんな風に拭かれると悲しいな」
「毎日てめえに犯される身のほうが悲しいだろ……飽きろ、いい加減に……」
「飽きる? 無理な請いだ。どれほど俺が健次を好きか分かってて、そんなこと言うなんて、辛いよ」

 秀乃は健次の襦袢に手をかける。股の間に指を差し入れてめくれば、膨らみを帯びたボクサーパンツがある。
 常に勃起してビシャビシャに濡らしていた時期は、すぐに汚すので下着が履けず、裸身にそのまま襦袢を着せていた。その襦袢もお漏らしのような多量な先走りや、堪えられずに漏らす白濁の液ですぐに汚してしまうので、日に何度も着替えさせた。
 こうして下着を履けるようになったのは最近だ。じんわりと染みは作っているが、常に気狂いのように発情していたときにくらべれば格段に収まっている。

「自己中ネクラヤロウが……」

 性器を包むように下着ごと触れてやると、健次はわずかに腰をビクつかせた。健次の脚の間に立つ秀乃はほくそ笑んで、両手それぞれで太腿を撫でる。

「口が悪いな、健次。悪い子だから勃起させるよ」

 意味が分からねぇ、と反論する唇を再び塞ぐ。先程より本気で口腔内を愛撫し、涎を注いだ。
 いくら健次が秀乃の体液に耐性をつけてきたといっても、完全には勝てるはずもない。
 それに加え、当主を継ぐ者の技巧の高さだ。
 囚われの雌は手籠めにされるがまま、淫らに開く道しかない。

「……いい子だな」

 キスによって完全に屹立したペニスを下着から掴みだし、握りしめた。しっかりとした肉感が嬉しい。身をかがめ、頬ずりをしたり裏筋にも口づけを授ける。自然な流れで咥えてもみる。

「ッ……、う……」

 健次は秀乃の頭を押さえ、かすれた喘ぎを漏らした。秀乃はほくそ笑む。健次の堪える声も、やがて堪えられなくなって喘ぐ声も、最後には「もうやめてくれ」「許してくれ」「勘弁してくれ」と咽び泣くようになる声もすべて愛しているからだ。強情な健次をこじ開けていくこの過程もまた秀乃の悦びとなる。

「ンッ……、く、……」

 鼻で息をする媚声。そんなふうに我慢するさまもいやらしくていじらしいだけで、凌辱者を煽るからやめたほうが良いと思うけれど、忠告してやるはずない。
 悶えとともに漏れる吐息を愉しむ。
 強く吸いつくと股を震わせ、投げだされた爪先にまで力を込めるさまも見所である。綺麗な脚だ。無論、女の脚の綺麗さではない。しなやかすぎる筋肉がついた、若い男の色気に溢れた脚は、秀乃にとって蟲惑的でさえあった。

(凄い光景だ……)

 下着を脱がせ、秀乃は裸眼を眇めた。机に背を置いて襦袢を乱し、性器や腿をあらわにした、健次のこんなにもあられもない姿をこの目で鑑賞出来るなんて、信じがたいほどの至福。

「健次、セックスしよう」

 秀乃は健次の胸に顔を預けた。心臓の音がする。嬉しい、この鼓動を聞けることも。

「良いだろ? 駄目か?」
「てめえは本当にズルイな……」

 呆れたよう健次は、秀乃の髪を軽く混ぜてくる。撫でられている?と思った秀乃は驚きとともにときめいた。

「ここまでしておいて、同意が欲しいか……?」
「……欲しいよ。だって俺は加害者じゃない」

 フ、と苦笑される。
 ……笑われたって良い。それが正直な想いだ。

(癒されているのは俺だ──……)

 健次を護ろうとして囲ったはずなのに、助けられてしまっている。秀乃はしばらく瞼を閉じ、健次の体温に甘えた。

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「あぁあ……、アァあッ……、あー……!」
 
 褥の上、健次は咆哮する。喘ぎすぎて喉を痛め、翌朝も声をかすれさせている日も多い。それほどまでに秀乃は健次を追いつめ、幾度となく悲鳴を上げさせる。
 当主と交わり続ければ発狂するとまで噂されるのは嘘ではない。

「うッ……、く……あぁ……」

 切なげに苦しむ健次を後背座位で抱き、腰を掴んで揺さぶりをかける。首筋を舐めてやれば、健次はひどく顔を歪めた。

「イ……ク……、秀、乃ッ……」
「イッて。出して……俺の手の中でさ」

 もたれかかってくる健次が可愛い。慰めるよう頬に触れ、左手ではペニスを握った。もう二度も達しているのに、依然として張りつめたままの肉茎はかるく扱いただけで噴出する。

「あぁァ……ッ、あ……ぁ……、あ……!」
「凄いや、よく出てるよ。まだまだ出るだろ、健次、空になるまで絞り取らせてくれ。今夜も長くなりそうだ……」

 絶頂に酔いしれている健次を間近で眺めるのも愉しい。閉ざされた瞼の睫毛の一本一本にまで注視を注ぐ。

「俺も一度射精して良い? イイよな? 受精してよ」

 精液まみれの精液から指を離し、肩を掴んで強く腰をくねらせる。まだ快楽の極みにいる健次は刺激がキツイようだ。苦悶の表情でシーツに崩れ落ち、もがくように腕を動かす。ほどけてしまった体位は後背位に移行する。

「うあぁああッ……、ッ、う……ウ……!」
「気が狂いそうか? 可愛いったらないな……」
「ッあ……あ……ぁ」

 無慈悲にピストン運動を続け、秀乃は自身の昂ぶりも高めていった。双丘の割れ目の奥へと抜き差しを続ける。

「射精するよ、健次」

 最奥に沈め、熱を零した。
 その瞬間に健次も白濁を漏らす。太腿に伝う雫。

「ハァ、ハァ、はぁ……、ハァ……」

 秀乃のペニスを食いちぎらんばかりに締めつけ、収縮を繰り返す。秀乃は深く繋げたまま、口許をゆるめた。

「続けざまにイッたのか……ははは……また出てるな」

 肉棒を握ってやれば、ぬめっている。全身を敏感にしてしまった健次は秀乃に触られるのが本当に辛いらしく、泣きそうな顔をシーツに埋めた。

「い……、ぃ、もう……や……」
「そろそろ錯乱か……?」
「や、ッ、めろ……」

 秀乃はそっと指を離す。繋がりも解くと、健次は目に見えてホッとした顔になった。極限状態でやっと覗く健次の素もまた秀乃には愛らしい。
 布団に崩れ落ちた姿勢、尻穴はヒクヒクと開き、精液を零しだす。
 一筋を作り、垂れるさまは媚態でしかなかった。
 秀乃は迷わず口をつけたくなる。だから接吻する、肛門に。健次の股を割り開き、顔を埋めて舌を這わせた。

「う、ッ、あぁッ、ぁ……!」

 健次からは悲鳴が漏れる。尻穴に対する刺激は、愛撫でさえも怖いらしい。後孔を弄られることに恐怖を植えつけられているのだ。
 それなのに愛でずにはいられないおのれの衝動に秀乃は罪悪感も覚えるが、湧きあがる興奮に罪の意識など見失う。あさましく健次の蕾を舐めつくし、唾液で濡らし、しゃぶりつくす。慰めるよう丁寧に舌先で襞の一つ一つを辿る。

「責任とってよ、健次。好きすぎて壊れそうなんだ……」

 舐めあげる舌を離して告げる。
 健次に惹かれる気持ちが止まらない。
 想いを伝えるだけの自由はあるから、ただ囁いて伝える。もはや、呪いのような恋だ。生涯引きずることになるかも知れない。叶う見込みもないのに。
 ほんの少しの絶望と、愛することが出来る喜びに支配されながら。

 ふたたび、繋がりでの凌辱に移行する。身を起こして有無も言わせず貫く。

「あァッ……、あぁあぁ、ヒ……デノ……、ヒデノ……ッ……ン、ぁあ……!!」

 今宵の健次は、中出しでグチャグチャになった腸壁を奥まで抉られ、激しく荒々しく犯されているのに、秀乃に凌辱されているという事実をしっかり認識してくれる。

「そんなに名前呼ばれたら、興奮するだろ……?」
「ハァ、はぁ、は……ぁ、ハァ……ぐ……ッ……ン……」

 いまにも意識を手放してしまいそうな健次が愛しい……

 冬訪れる頃、健次を此処から解き放つつもりだ。閉じこめて愛玩するのではなく、ともに翼をはためかせ生きたいと願う。暗澹たる闇夜でも飛翔する覚悟を抱いて──

E N D