1 / 6『イヤぁ、イヤッ、イヤぁ……』少年は黒髪を振るい、抗おうとするも、のしかかる大人の男の力に叶うはずがない。 『……イヤあぁ──……!』 合わせていた股を強引に割り開かれ、隘路を貫かれた。 『イヤダあぁあああ、イヤだぁああ──……!!!』 響かせる絶叫。強姦を眺めるギャラリーは下卑た笑いを零す。 ……そんな映像から目を背けていると、無理矢理に顎を掴まれ、テレビに視線を合わせられた。 「ほぅら、ちゃんと見ろ、健次」 現在の健次よりひとまわり脆弱な姿は揺らされるまま残酷に軋み、簡単に手折れそうな足首を握られアナルを抉られている。『痛い、痛い』と泣きわめく声を、過去の自分ながらうるせぇと思う健次だ。 「この可愛げは何処行ったんだ、いまじゃ滅多なことでは泣かないもんなぁ」 瞼を閉じる健次に、男は舌打ちをする。 「そんなに見たくないか。まぁ、いい」 顎を掴まれたまま、頬にキスされ、べろべろ舐めまわされる。 ますます歪む健次の表情など気にされることもなく、耳朶にもヨダレが伝った。 (やめろ、気色わるい……) あぐらに健次を座らせている男の胸を、肘で突く。何度かしても男は笑っているだけ。 顎からはずれた指先は、今度は健次の下腹部をまさぐる。 健次は靴下しか履かされていない。 「う……」 手のひらに包まれる健次のペニスは欲情しきっており、わずかな刺激も毒だった。健次は身震いする。 「イ、ヤ、だ……ッ、やめ……ろ……!」 潤滑剤の音をなまめかしく扱かれる。一応は振り払おうとする健次だったが、動きは弱い。日が暮れる前から長時間にわたって愛撫され、焦らされているせいだ。 「……あッ……あ、あぁ──……」 激しく扱かれれば、抗うポーズもできなくなった。畳に両手をつき喉を反らす。腹筋に力が入る。 男はもう片方の手で、健次のツンと尖った乳首も触ってきた。瞬間、健次はさらに大きく痙攣してしまう。内腿もガクガクとわななき、みじめな気持ちにさせられる。 「イクか? 健次? いいかげん、イキたいだろう!」 いったん、離される手。潤滑剤と先走りがぬめって恥ずかしく糸を引く。 楽しそうな男は、切羽詰まった健次の表情を覗きこみ、笑いながら再び激しく擦ってくる。 (ちくしょう……ちくしょう……!) 健次は頬が熱くなっているのを自覚して、いつものように泣きたくなる。けれど決して悲壮は表情に出さない。歯を食いしばり、睨み返す、快感に溺れてゆきながら。 「──……ッあぁっ……──!!」 裏筋をなぞられたとき、噴出する白濁。 「出た、出た、さすがに濃厚だなぁ、健次、すごいお漏らししたなぁ!」 派手な散りざまは凌辱者を悦ばせてやまない。健次はというと一瞬だけは絶頂に酔いしれたものの、すぐさま屈辱と絶望に堕ちてしまう。 2 / 6夜も更け客人の数が増えてきている──仏壇用の蝋燭は熱いというよりも突き刺さるほどの痛みだ。健次は麻縄で縛された身に垂らされるたび、顔をしかめる。小学校に上がったばかりのころのようにのたうち回ることは、もうなかった。 蝋に汚されて耐える姿に欲情し、その場でファスナーを下ろして扱きだす彼らの姿は滑稽だ。 手淫では我慢しきれなくなり、健次の転がされたビニルシートに足を踏み入れのしかかってくる者もいる。 SM的な折檻からこんな流れで交尾に移行するのはよくあることだ。 「うッ……、ッ……、……」 遠慮なく捩じ入ってくる指先はごつく、健次を恐怖させる。荒っぽくとも潤滑剤をなじませてくれるのは健次への優しさではなく、キツすぎると自分たちが困るからだ。 グチュッと耳障りな音とともに掻きまわした二本指が離れる。日常的に強いられている肛門性交のせいで、男性器を突っこまれる前からすでに疼く痛み。 いまからまた傷を撹拌される。癒える隙など与えてもらえない。 全裸にかろうじて脱がされず残った靴下の両足首を握られる。生えかけの陰毛をご丁寧に剃り上げられて無毛にされたペニスが揺れる。 「……ッや、ぁ──……!! あ…………!」 一気に奥まで貫かれ、入り口の粘膜だけではなく、突かれて内臓も痛む。進んでくる男は血走った眼でニヤついて、その表情もまた健次を恐怖させる。健次を映す瞳には身勝手な欲望しか映っていない。 折檻と性的虐待を繰り返す大人たちに対し、健次は、自分とおなじ人間などではなく、家畜か、他の下卑た生物なのではないかと思わずにはいられなかった。 豚だ。化けものだ。 「次は俺がぶち犯すんだからなぁ、はやくいけよ」 「中出しするんじゃないぞ、ドロドロになっちまうからな」 欲情をぶらさげた男たちはそれぞれ勝手な注文をしている。分かったと言って、健次を揺らす男は滾る肉茎を抜いた。抜かれても健次は尾を引く痛みを感じていたし、開放されるのも一瞬だ。すぐにまた違う剛直で痛めつけられることになる。 健次のアナルを傷つけていたモノは、今度は健次の口に触れる。反抗して固く唇を閉じていても無理矢理にこじ開けられるだけなので、健次は逃げなかった。咽喉を突かれて溢れる唾液。 「四つん這いになれよ。そうだ。ケツ掘ってもらいながらしゃぶれ」 這いつくばる途中、男たちの隙間に人影を見た。 春江だ。 彼らのために酒を運んできている。一瞬だけ目があったが、すぐに立ち去っていく。健次が見られたくないと分かっているのだ。 当たり前だ──男根を咥えさせられ、腰も掴まれて挿れられているさまを春江に見られたいはずがない。消えたいほどに恥ずかしくて怒りを覚え泣きそうになるのはもちろん、とてもみじめだった。 プライドを踏みにじられて心がコナゴナに割れ砕けていく感覚を覚えるのはよくあることだけれど、春江に羞恥的な姿を見られてしまうのもまた、健次をそんな気持ちにさせる。 3 / 6麻縄を解かれた身体で、ばりばりと引っ掻き、瘡蓋のように蝋を剥がす。あらかじめローションを塗られていたため簡単に剥がすことができた。壮一の客人たちは鬼畜ではあるがSM愛好者なだけあって、そういった手際は良かった。あらかた剥がした健次はため息をこぼす。 離れに人影はなく、残された蝋燭の灯りがいくつかゆらめくだけ。暖房は切られてしまって寒くなりはじめていた。そのうち底冷えする深夜を迎えるのは真冬に一晩閉じこめられた経験もある健次だからよくわかっている。 (……こんなところ、さっさと出てフロに入ろう) 大晦日だから、電車が終夜運転している。健次はそれに乗って寺社に出かけるつもりだ。初詣に行きたいというよりとにかく家から離れたい。散らかったプレイの痕は春江が片付けるだろう。 (……春江……) 今日は来ないのか、と思ってから、自分がイヤになり眉根を寄せた。凌辱されたあと介抱しにきてくれたのに、邪険に扱ったことは一度や二度ではない。それなのに来ないなら来ないで求めるなんて勝手だ。 (アイツラのせいだ。俺をギャクタイするから、俺はイライラして、春江に……) 当たってしまう。 拳をぎゅっと握ってから、立ちあがる。それだけの動作でも後孔に痛みが響く。もちろん火傷も負っていてひりひりする。 脱がされた服を探したが見つからなかった。結局、見つけたのはくたびれたワイシャツ一枚だけで、当然ながら健次のものではない。躊躇したが、袖を通し、離れを出た。 外は身体の芯を抉られそうなほど寒い。渡り廊下を歩いていくと母屋の奥からは男たちの笑い声が聞こえてくる。 (こんどは宴会か、のんきなヤツらだ) いつもなら無視をしてさっさと風呂場に行くのだが、今日はちらと春江の姿が脳裏によぎった。自分のところに来なかったのは乱暴されているせいではないかと不安になる。 「……くそ」 健次は声のするほうに歩きだす。彼らの前に出れば、せっかく矛先がそれたのに、また組み敷かれて酷いことをされるかもしれない…… 分かってはいたが、向かうのを止められない。足音をさせないように意識しながら、彼らが楽しむ座敷に近づいていった。 4 / 6近づくと馬鹿笑いは大きくなるばかりだ。健次は息をひそめて襖をかすかに開けた。座敷は眩しく、春江の手料理が並んでいる。出前の蕎麦を食べている者もいた。和服姿の春江は微笑みとともに彼らにお酌をしていたが、愛想笑いなのは健次にはすぐ見透かせる。 酔った手で春江をいやらしく触る男がいるので、不快な気分にもさせられた。憮然としてしまう。 (……けど、無事なら、まぁいい) 自分にそう言い聞かせて、健次はこの場を離れようとした。しかし、まさぐる手はエスカレートするばかりで、春江の笑顔が引き攣る。やんわりとだが「やめて下さい」と口にしただけでも春江は頬を平手打たれ、健次はまばたきを忘れた。 「きゃあぁ……!」 押し倒されて倒れこむ春江。乱れる、和服の裾。ガシャンとけたたましく割れそうな食器と瓶の音。 清酒が畳に溢れこぼれても、誰も彼らを止めようとしない。 それどころかうれしそうに囃したてる。乱交になだれこむのは時間の問題だ── (……春江…………) いますぐ逃してやりたかったが、健次は迷う、一部始終を瞳に焼きつけながら。春江は男たちに逆らってはいけない。逆らえば、壮一によって春江は死ぬまで隠しておきたい『秘密』を白昼のもとに晒されるというのだ。助けるなどと余計なことをしても春江に迷惑をかけてしまう。 自分自身の心にも戸惑っていた。襲われる春江を見てなぜこんなにも不快感を覚えているのか、助けだしたいと思うのか、分からない。火の粉を被るのも確かだ、この場に割って入ろうものなら健次も無事ではすまない。仕置きの折檻は確実だ。 「──……春江から、はなれろ!!!」 逡巡の末、健次は襖を両手で開け放っていた。ぱぁんと音が鳴る。 人々がこちらを向くさまが健次にはスローモーションに見えた。春江に覆いかぶさる男を蹴り飛ばし、春江の手を取る。空手を習う健次の本気の一撃は子どもといえど強烈で、男は難なく畳に崩れた。 「け……んじ、さ、ま……?」 春江の瞳は潤んでいる。健次は春江を引きあげるように立たせる。 「こっちだ」 騒然としだす座敷から春江を連れだす。板張りの廊下に出たが、健次ひとりのときのように早く逃げられない。遠くに離れるのを諦め、適当な部屋に入り、押し入れに春江を入れる。それから健次も入りこんで襖を閉めた。 「コラァ、健次、見つけたらただじゃおかんぞ!」 「どこいきやがった、あのクソガキは!!」 壮一の声も聞こえる。外に意識を集中させていた健次だったが、春江が震えていることに気づき、かたわらを向く。驚くほど近くに顔があったので、ぎょっとしてしまった。 (……こわいのか? さからって『秘密』をばらされるのが……) 暗闇のなかで健次は春江に腕をまわす。とりあえずは恐怖を薄めてやりたい。きつく抱きしめれば、また春江は跳ねるようにビクつく。 5 / 6もっと幼いころ、悲しかったりさみしかったりすると、春江が抱きしめてくれた。そのころ春江の温もりはとても大きかったのに、いまは自分とおなじくらいか、すこしばかり小さく感じられる。ドタドタと騒がしく響く音を聞きながら健次は、春江が小さくなったのではなく、自分が大きくなったのだと気づくのだった。 (……大人になったら、強くなったら、おまえを完全に助けられるのか……) 分からない。けれど健次はいつか必ず助けたいと願う。 「健次ィ──……! まぁた折檻されたいんだなぁ? 庭の木になぁ、吊るして火炙りだ、それから百叩きにしてやるぞ!!」 部屋に壮一たちが入ってくる。複数人の気配がする、すぐそばに。 春江がいちだんと身を縮こませ、健次は闇を睨む。捜しまわる足音を聞きながら、ふたりで息をひそめていた。春江の鼓動がひどく暴れていくのが伝わってきて健次は切なくなる。 幸いにも押し入れは開けられず、男たちは立ち去った。春江がふうっと安堵の息を吐いたのが、健次の印象にひどく残った。 「……罰をうけるのは俺だけだ、安心しろ」 静寂になった闇のなか、健次は抱擁をゆるめた。 もしも春江が叱られたとしても、出来る限りは守るつもりだ、庇いたい。 「身体が、勝手にうごいた。春江に乱暴するのが、ゆるせなかった。これからは……きをつける……よけいなことしねぇ」 「でも、健次さまが連れだしてくれて、嬉しかった……」 春江は自らの両肩を抱き、うつむく。揺れる三つ編み。 「嬉しかったの、健次さま。私は勝手です。健次さまが……ひどいめに遭うとわかっているのに……」 「……わかっているのに、なんなんだ」 「……今日くらいはあのひとたちといたくない……だって、お正月なのに……せめて今日くらいは、許されたい……」 グスンと鼻を鳴らす春江に、健次はふっと苦笑する。 「俺は、ひとりで初詣にいくつもりだった。おまえもくるか」 「えっ……」 「待ってろ。はおるもの、取ってきてやる──」 6 / 6……抱いたあと余韻のままに横たわり、微睡んでいた。春江の温もりが心地良いから、このまま朝まで眠っても健次は構わない。しかし、春江は健次の素肌を指先でなぞってくる。「起きてください、健次さま」 「なんだ……」 こそぐったさに薄目を開く。瞳に映るのは間接照明の光、春江の顔と、見慣れない部屋だ。そういえば春江と遠出したのだと、いくばくかの間を置いて健次は思いだす。 「ひょっとしたらもう、日付が変わってしまったかも」 枕元の時計を不安げに見る春江の傍ら、あくびをした。 「……そうか……」 「あぁ、やっぱり! 健次さま、年が変わりましたよ」 あまり新年に興味がなく、気だるく寝返りをうつ健次とは違い、春江は旅館の寝間着姿のままで布団に三つ指をついた。 「あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくおねがいいたします。ふつつか者ですが……」 「はっ……」 健次は目を細める。春江もおなじ表情を浮かべた。 「俺のほうこそ、よろしく頼む」 身を起こして煙草に火を点け、吐きだす煙。それはくゆり和室の宙に揺れた。春江が化粧を直しだすのをぼおっと眺める、女は大変だなといつもながらに思いながら。べつに健次はそのままの春江でも良いのだが、口には出さない。 今日の春江は洋装にコートを着る。健次も黒のダウンを羽織り、外に出る。ちらつく粉雪。大社までの道程は初詣の人々で溢れて屋台も並んでいた。 「お前は……覚えてるか」 夜空を見上げる健次の脳裏に蘇る情景がある。 「ガキの頃、年明けてすぐ、夜中、初詣に行った」 「……ええと……どの夜のことですか?」 「押し入れに隠れてやり過ごしたときだ」 「あぁ……いつも健次さまに迷惑をかけてしまって……私……」 「終わったことだ。あの夜のことを思いだした」 家を抜けだしたあと、健次が貸したウインドブレーカーを着ても春江は寒そうにしていたから、マフラーをほどいて春江に巻いてやった。驚いた顔をしながらも、申し訳なさそうにそれから嬉しそうに微笑んださまが、忘れられない。 「確かにあの夜も雪が降っていましたね」 春江はさりげなく健次の腕に両手を絡ませてきた。そのまま歩いていく。 「ありがとうございます。ずっと、おそばにいてくれて、助けていただいて」 「俺のせりふだろ」 春江がいなければ、笑うことも怒ることも悲しむことも忘れてしまったかもしれない。凌辱されるだけの肉奴隷になっていた気がする。苦痛の家で心を保てたのは春江のおかげだ。精神が麻痺したほうがあの日々を生きて行くには楽だっただろうが、それなら生きている意味もない。機械的に従って自我を殺された日々など、死んでいるのと同義だ。 「……ありがとうな」 「そんな。もったいない、お言葉です」 あの夜、とても大事そうに甘酒のカップを持っていた春江の姿も思いだす健次だった。ちびちびと飲む姿が、可愛かった。 「……? なぜ微笑うのですか?」 「さぁな」 「教えてください」 拗ねた顔をする春江も可愛い、いくつ歳をとっても。 響く除夜の鐘。まわりに溢れる楽しげな声。 降り続く微かな雪は風に舞って夜の大社を美しく彩る。 E N D |