小さな恋のうた

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(さっむーぃ……)

塾の帰り道、白い息を吐きながら自転車をこぐ。
おばあちゃんが編んでくれたマフラーが無かったら首が凍ってたかもしれない。

悲しいことにボクは、あんまり頭が良くないほうだから、ちゃんと毎日塾行かないとやばい。
成績悪いと母さんも怒るしさ。

(そーだ、今日はジャンプの発売日だ!立ち読みしてかなきゃ)

コンビニの看板が遠くに見えて来て、思い出した。
だってさ、一ヶ月のお小遣1500円じゃ買ってらんないよ〜…
時々、大貴とか学校に持ってきて読んでるけど、うらやましいなぁ〜……お小遣たくさんもらってる人は……

「いらっしゃいませー」

自転車を停めて中に入ると、うわぁ〜あったかい。
幸せっ。
ボクは一目散に雑誌が並んでる所に行くと、積み上げられてるジャンプに手を伸ばして……

「山田!」

えっ?
ボクは横を見てびっくりした。
そこにいたのは、恭平だ。

「きょうへい!」

「山田…塾の帰りっ?」

「う、うんっ」

「マジー?!すっげっ、こんな時間まで勉強してんの?」

「えへへ……」

ポリポリと頭をかく、ボク。
なんだか恥ずかしいな……だってちゃんと塾行ってるのに、成績良くないから……

「恭平は?」

「ジャンプ。立ち読みしたくってさ」

「あ、おんなじ!」

「でも山田ん家ぃ親厳しくね?もう9時じゃんか」

「うん、だから早く読んで帰る」

そっか、って恭平は淋しそうに笑った。
恭平んちはフクザツらしい…くわしくは知らないけど…
でもボクにとっては、夜中まで自由に遊べることはちょっと羨ましいな。
そんな事言っちゃいけないかもだけど……

ボク達は並んで漫画を立ち読む。
あぁ、面白いなぁ〜…じっくり読みたぁい……でも急いで読まなくちゃ。

そのとき。

「いらっしゃいませー」

ふと、目に入ったのはウチの学校の制服を着た女子がコンビニに入って来た所。
おとなしそうで、つやつやの黒髪は二つに結ばれてて、スカートも長い。

ていうかっ。
おんなじクラスの、清岡さんだ……
清岡さんも、塾の帰りなのかな?

(きょうへいくんっ)

ボクは隣の恭平をひじでつっつく。

「ん?」

(ね、あれ清岡さんだよね)

「えーどれ?だれ?」

(あ、あんま大きい声出すと見つかっちゃうよ)

「見つかってもいいじゃん。てゆーかオレ目ー悪いからわからんって」

開いてるジャンプから顔を上げて、目を細めてボクが指差した棚の方を見ようとしている恭平。

「あれ!あれだってば」

「どれだよー。あのおねえさん?」

「その隣ぃ。目ぇ悪すぎだよ恭平…」

「うん、まえ視力ケンサでCだって言われてさー」

話すボク達の視界の先で、清岡さんは飴を見てるみたい。
かわいい柄の手さげ袋を持って。

「保健の先生にさぁー、メガネしろって言われちゃった。だっさくね?」

「べつにださくないよー…」

「オレはやだぁ。うーっ、なんかまた悪くなった気がする〜」

清岡さんはボク達に気付かず(あんまり話したことないし、ボクも恭平も私服だからかもだけど)いちごみるくキャンディを手にすると…………

手さげ袋に入れた。

(!??)

え、え、ええぇえっ!!!
ボ、ボクはあんぐりと口を開けてしまった。
きっ、清岡さんはスタスタと歩き出すとレジに行かずに店を出ていく。
えっ、あっ、う、うそでしょ!?

「あ、オレわかった。今出てったやつだ?!清岡!」

「おっそいよぉ!ばかっ、ばかばか!」

ボクは恭平をポカポカ軽く殴った。

「な、なになに、なんだよ!」

「ボク見ちゃった…どうしよう、清岡さんが……」

万引きした所を!!!

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「はーっ?!んなわけねーじゃんっ!!」

次の日それを学校でみんなに話したらそうやって言うんだよ……
しかも声を合わせてさぁ……

「でも山田がー、見たって言ってるぜ」

恭平だけがそうやって味方してくれる。
休み時間、教室の隅にたまるいつものメンバーの中。

「恭平は見てねーんだろ」

「見てねーってゆうか見えんかったってゆうか…」

「つーかっありえないじゃん。清岡ってあの女子だよな?」

智博がくいっ、てアゴを動かして示す先には、席について本を読んでいる清岡さんがいる。
キッチリと二つに結んだ髪。
三つ折りに折った白い靴下。
膝下までちゃんとあるスカート。

「あんなマジメそーな女子がやるわけねーべっ」

「でも、僕見たもん……」

「清岡はテストの順位、学年でいっつも3位以内に入ってるって……俺、浅野に聞いたよ」

涼介が学ランのポケットに手を突っ込んでぶっきらぼうに話す。

「そんな頭のいぃヤツが万引きなんてしなくね?」

「ハイ!俺いっかいだけ清岡より順位上だったもんねっ!」

ロッカーにもたれてるボクの前。
今日も欠席の神山くんの席に座ってた大貴が、ニコッと笑って立ち上がる。
あー大貴の声おっきいよー……きこえてるよぉぜったい。

「ま・ぐ・れ」

「ありゃーマグレだったな…」

「今年最高のマグレ」

「バカヤロー!!すっげー勉強したんだからな!どりょく☆って言えよっ」

「じゃーなんで2学期中間75位だったんですかぁー」

「そんで期末でさらに落ち〜♪」

あぁ……話がずれてゆく……
誰もボクのこと信じてくれないよ……
目の前でじゃれあいだす、みんな……
はぁぁあ本当に見たんだよー……ボク、間違いなく見た。

「つーか涼介ジャンプさぁ〜!新連載のヤツ全然おもしろくなかったよ」

「あー俺まだ読んでねーっ」

「おっニッシー!ガンダム進んだ?!」

後ろのドアから入って来た学級委員の西園君に寄ってく大貴。
目の前では恭平が昨日読んだジャンプの話を涼介にしてる。
智博もどっか行っちゃった……

「僕、僕見たんだよ〜っ!!」

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こうなったら、何か証拠を掴んでやらなくっちゃ。

ボクは半分ヤケになって、塾の帰りは絶対あのコンビニに寄ってた。
証拠を掴んでべつにどうする気もない。
先生や警察や店員さんに言うなんて全然、考えてない。
ただ、みんなが取り合ってくれないことにムカついて…

寄りはじめてから数日、それは金曜の夜だった。
いつも通り漫画を立ち読むボクの視界に、コンビニに入って来た女の子が目に入った。
今日は私服だけど……同じ手さげ袋。
それは、清岡さんだ。

(ま、まてよ)

漫画本を棚に戻した所でボクは気付く。
証拠って。
証拠ってどうやって掴むのさ。
またボクが見たって言ったって、何もかわんないじゃん。
信じてくれないじゃん……!

(あーっやっぱボクはばかだよ〜!のび太よりばかだー!!見てどうするっていうんだよー!)

オロオロするボクから見える、清岡さんはあったかそうな灰色のダッフルコートを着ていて。
そして今日はお菓子の棚へ歩いていく。

(ま、また万引きするのかな。)

移動すると、覗き見る。

しゃがんだ清岡さんはレジの方をちらりと見るとストロベリーチョコレートを掴む……
いちごが、すきなんだ。
ううん、そんなこと考えてる場合じゃない…
息を飲んで凝視、した。
ボク………

(あ………っ!)

カサッ。
それは一瞬。
手さげ袋に放り込むチョコレート。
立ち上がるとそそくさとコンビニを出ていく。
ほら、ほらやっぱり……
やっぱり……!

(やっぱり………)

確認した瞬間、ボクの心はなんだかキュッとしめつけられた。
やっぱり、清岡さんは、あんなことしてるの−−−−?
信じられない。
それに、それに、それは………

(それはいけないことだよ!!)

スニーカーの足を踏み込んで、ボクは走り出す。
急に走り出したボクを他のお客さんは驚いた目で見ていた。
コンビニの外に出ると寒い。
空は黒くって、車はビュンビュン走ってて−−−

「きよおかさん!!!」

思いきり叫ぶと、歩いてる後ろ姿がビクッ、て立ち止まった。

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ボク達は中央公園のベンチに、少し離れて座ってた。
風がつめたくってスゴク寒い。
清岡さんは泣きそうな顔をしている。

「なんであんなことしたの……」

ボクが聞いても、うつむいてるだけで何も答えてくれない。
心なしかその体は震えてるように見えた。
それは、寒いって理由だけじゃない。

「だれにも言わないから。僕、見たことだれにも言わないから。だから……」

「…成績が下がったの」

顔を上げないまま、小さな声が零れた。

「ママが怒るの。どうしてって……だから、だから……」

「万引きしたの……?」

「なんだかすっきりしたの。“ゆうとうせい”のわたしが、悪い事するなんて……面白いじゃん……」

その手袋も、いちごの柄だった。
小さな手。
ボクの妹と同じくらい。

「面白くなんかないよ…」

「山田くんに何がわかるの。勉強もせずに、遊んでるくせに…佐々木くんとか、真堂くんとか、ギャーギャーうるさいだけの男子とつるんでさっ……」

「…恭平も大貴もそんなヤツじゃないよっ……」

「毎日、マンガとかゲームとか、くだらないこと話して、遊んでる男子とは違うんだからぁ……」

そう言って清岡さんは、ついに泣き出してしまった。
顔を手で覆う。
風が、音をたててボクらの間を吹き抜けてく。
公園の杉の木が揺れてる。

「僕だって……」

リュックを下ろすと、中を開けてボクはハンカチを探した。
出かける時はハンカチとティッシュを持っていきなさいって、おばあちゃんがうるさいから大体入ってる。

「僕だって、毎日勉強してるよ…。ばかだから、しても大して変わんないけど。……僕の母さんだって成績のことうるさいし、良い高校行けとか言うよ」

ハンカチを渡すと、ボクを見る真っ赤な目。
なんだかドキッとした。
だって、スゴクかわいそう。
こんなときどうしたらいいんだろう?

「清岡さん、だけじゃないんだよ……恭平だって、お父さんいないみたいで苦労してるっぽいし、大貴も親戚のお姉さんに預けられてて…」

「そう…なの……?」

「うん。だから、つらいのは一人じゃない。みんな、なんかあるんだよー……色々さ……」

ニャアー、って鳴き声がして、茂みからそろそろと歩いてくるのはチースケだ。
今日はクロと一緒じゃないんだな。

「僕でよければ、いっしょに勉強するしさ…!足手まといになっちゃうかもしれないけど……」

「……ほんとに…」

「うん。いっしょにがんばろうよ」

ボクが笑いかけると、清岡さんは初めて笑った。
そういえば学校でもそんな顔見たことがないかもしれない。
なんだか、うれしいな。
…立ち上がるとボクはチースケ、と名前を呼んだ。
ボクらを映す猫の目。

「あの猫……山田くんの猫なの?」

「え……違うよ。みんなの猫だよ。清岡さんもさわってみる?」

こんな寒空の中猫と遊んだボクらが、次の日揃って風邪をひいたのは言うまでもない。

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「これ、ありがとう」

月曜日、体育館の裏に呼び出されたと思ったら、きちんと洗濯したハンカチを返された。
教室で渡すのは恥ずかしかったみたい(ボクも智博とかにからかわれたりしたらいやだし……)

「あ、あげたのに。ハンカチくらい」

「そんな、悪いよ……」

「…冬季講習、ホントにいっしょに行く……?」

「山田くんがいいなら、いいけど…」

「いや僕は、清岡さんがいいならいいっていうか……」

モジモジとおかしな感じで喋るボク達。
なんか、ボクどうしたんだろう。
顔が赤くなってくる。

「じゃ、いっしょにいこっか」

コクンと頷くと、清岡さんは先に教室帰るね、って小走りで駆け出す。
後ろ姿も小さくて、かわいいな……
ボクもゆっくり帰ろう、次は理科室に移動だ………

ん?なんだか人の気配がしてボクは振り返った。
そこにいたのは………

「か、神山くん!」

「…………」

体育館の壁にもたれて座ってる。
そ、そこにいるの、全然気が付かなかったよ!
脱色した髪に、ピアスだらけの耳。
煙草をくわえながらケータイを開いて…

「……彼女……?」

「えっ………」

「……………」

「ちが………います…」

その煙草を排水溝の中に捨てる。
なんだか未だにボクは神山くんがちょっと苦手……
べつに、きらいじゃないんだけど。
むしろいい人だって知ってるんだけど。

敬語で答えちゃった。

「そうか……」

「あの、神山くん」

「?」

その顔がこっちを向く。
ちょっと眉毛が細いけど、きれいな顔をしている。
女子が、かっこいいよねってよく話してるのも頷けちゃう。

「次、理科室だよ」

「…大貴に聞いた」

「いかないの……?」

「行かない」

「……なんで……」

「行きたくないから」

……そんな事言われたら何も言えないよ……

あ、そうだ。
あのことを聞いてみよう。
ボクは神山君に少し近付く。

「そういえば……沢上さんと付き合ってるって本当………?」

「…………」

「好きなんですか……?」

「……嫌いなら付き合わない………」

「そ、そうだよね…」

「……山田は、あの女が、好きなのか」

「エッ!」

「…………」

携帯を制服のポケットにしまって、立ち上がる神山くんはボクより背が高い。
小学校のときはボクのほうが高かったのに。
いつ追い越されたんだろ。
もう、声変わりだってしてるしさ。
なんだかボクよりずいぶんと大人だ。

「そうか……」

「あのっ…!」

「なに……」

「誰にも言わないで…その、大貴とかにも。恥ずかしい、から……お願い」

「…俺は口が固い。……と、思うし、そうやってよく言われる…」

無表情でそう言った神山君は、下駄箱の方に向かって歩き出す。
もう帰るの?
………まだ三時間目じゃん………
しかもまた手ぶらなんだ。

(ありがとう神山くん)

一緒に塾かぁ。
…なんだか、今年は冬休みが楽しみだな。
鼻水をすすってから、ボクは笑う。

そして、チャイムが鳴った校舎に向かって、走り出した──

E N D