1 / 6ダウンライトに照らされたシックな廊下を歩いていく。他の客とはすれ違わない。黒柳の革靴の足音だけが反響している。 最上階のインペリアルスイートでは、崇史とホテルオーナーの灰原が呑んでいる。接待を終えた大貴の身支度を手伝い、其処に連れていくのが黒柳に与えられた仕事だ。 目的の客室に到着すると、すでに退出の支度を済ませた初老の男と、彼の付き人たちが迎えてくれる。付き人と黒柳は互いに深々とお辞儀をした。 「最高だったよ、性奉仕をするために育てられた少年というのは……」 『財政界の重鎮』とも呼ばれる白髪の彼は、興奮冷めやらぬ様子で語る。 「芸術の域に達している。実に素晴らしい身体だったと、真堂社長に伝えておいてくれ」 手下を引き連れ、部屋から去っていく。ドアが閉まる。黒柳は奥へと歩を進めた。 向かうのは寝室だ。 足を踏み入れれば、汗と精液とローションの残り香が、むわっとして黒柳の鼻孔を刺激し、濃密だったであろう性交の余韻を伝えてくれた。 蜜色の灯に照らされたクイーンサイズのベッド。 横たわっている裸身の大貴は情交の汚れを拭われることもなく頭上で手首を枷で束ねられ、だらりと裸身を伸ばしている。足枷も嵌められており、左右の足首は鎖で繋がれていた。 肉茎のカタチは萎えていても大きい。陰毛も産毛も永久処理されたなめらかな素肌。 シンプルなネックレスは素裸を彩るアクセントだ。 瞼は閉じられ、その表情は疲れきっているようにも、ただ安らかに眠っているようにも見える。 しばし眺めてしまう。 確かに芸術品だと思った──彫像さながらに美しい。 「しかし、借りたものはキレイにして返すのが、マナーではないのか……」 憤慨して呟きながら、黒柳はワイシャツの胸ポケットからスマートフォンを取りだす。 一歩、二歩と近づき、ベッドのすぐそばに寄るとカメラモードにしてシャッターを切った。 大貴の顔立ちから、あらわな脇、ピンク色の乳首、半乾きの精液とローションの付着した腹や太腿、すらりと長い脚、それから寝室の情景も含めた全身のショットまで、肉体を余すところなく手際よくカシャカシャと写真に収め、満足するとスマホをポケットに戻した。 「まぶしい、黒柳……」 大貴は眉間に皺を寄せ、鬱陶しそうに瞼を開ける。無数のフラッシュを浴びたのだから当然だ。 「失礼いたしました」 すぐに黒柳は腰を折り、慇懃に謝罪する。 「崇史さまに手土産でもと思いまして」 「黒柳は親父の執事だけど、俺の執事でもあるんだよ」 「もちろんでございます」 「身体拭いて。疲れたからー、お風呂はさっと終わらせたい。洗うのめんどくさい」 「かしこまりました」 とりあえず、ステンレス製の手枷を外そうとしたら「後でいい」と言われてしまった。 黒柳はバスルームに向かう。後のことを考えてバスタブにお湯を貯めはじめながら、洗面器にもお湯を入れ、それとタオルを手に寝室に戻る。 大貴の寝姿は変わらない。拘束された身体を怠惰に投げだしたままだ。 黒柳はサイドテーブルに洗面器を置いた。タオルを濡らし、こびりついた体液の汚れを拭っていく。 2 / 6「んー……、きもちいい……いやされる」胸元から腹にかけてを清拭する。 大貴はとても心地よさそうに目を細めていた。 「おぼっちゃまが初等部に通われていた頃は、よくこうして拭かせていただいたものです」 「そうかも。ひさしぶりだなー……」 タオルをお湯に濡らして絞り直すと、じゃらっと足枷の音をさせて大貴は自ら腿を開いた。 その動作に導かれるように黒柳は性器も清める。 大貴は使用人に対しては羞恥心が薄れているようだ。幼少からさんざん恥ずかしい姿を見られて、慣れてしまったのだろう。ペニスを拭く黒柳をただ眺めている。 「今夜の接待を断れなかったことを、崇史さまは気にしておいででした」 内腿もさっと拭い、両脚も綺麗にしていく。 「急に命令されたから、よほどのことなんだろうなーとは思ってたよ……、あっ、こそぐったい……!」 足先を拭くとき、大貴は笑う。ついでに足枷を外してやった。擦れた痕はほんのりと朱くなっているだけなので、明日には癒えていそうだ。 リラックスした様子の大貴は、爪先でじゃれるように黒柳のスラックスをひっかいてくる。 「なぁ、背中も拭いて」 「もちろんです、大貴さま」 大貴はぐるんと寝返りをうつ。精液にもローションにも塗れていない、ただすこし汗ばんでいるだけの背に黒柳はタオルを置き、言われるがままに拭う。 腰の清拭に移ると、大貴は手枷でまとめられた不自由な身体のまま、四つん這いになった。 「んっ……」 力む姿に黒柳は察し、肛門の下にタオルを差し入れる。 性交に耐えた窄まりから、ドロっと白濁が零れてきた。 見る者が見れば尻孔での奉仕経験を豊富に積まされていると分かるアナルから、淫らな濁液を垂らすさまはとてもいやらしく、黒柳は息を呑んでしまう。 視覚的に酔いしれるとともに、黒柳のなかにある良心は憐憫の情も抱いた。 右手でタオルを維持しつつ、左手で慰めるように臀部を撫でさすってやる。 尻孔は呼吸するように窄まったり収縮したりをヒクヒク繰り返し、断続的に、何度かに分けて漏らした。耳障りな水音を漏らしながらひときわ多量の濁液を排泄したとき、大貴は目を閉じ、さすがに恥ずかしそうだ。頬は軽く朱に染まっている。 「これ以上は、浴室で清められたほうが……」 痴態に見とれながらも、黒柳は進言した。 「じゃあ、手伝って。シャワー当てて洗って」 「もちろんでございます、おぼっちゃま」 黒柳はにっこりと微笑み、大貴の手枷を外す。手首の痕もそれほど酷くはない。 「浴室まで、背中を貸してさしあげましょう」 「えー、まじでー……、そこまでしてくれるの?」 身体を起こす大貴のかたわら、黒柳は絨毯にしゃがむ。大貴は「きゃははは」と、もっと幼かったころと声変わりしている以外はさほど変わらない嬌声を上げて、裸身を預けてくる。首に腕を回され、黒柳は立ちあがった。 「小学生のころみてー! 重くねーの?」 「たとえ大貴さまがご成人なされても、抱えられますよ」 「ホントかよー! わー、たのしい! やったー! 黒柳だいすき!」 広々としたユニットバスに辿りつくと、バスタブには程よくお湯が溜まりつつあった。 「すげー、さっすが俺んちの執事、手際めっちゃいい!」 大貴は浴槽の縁に腰かけると、崇史ゆずりの長い脚を組みつつ、また小さなわがままを漏らす。 「喉乾いたー、お水持ってきて」 「かしこまりました」 黒柳は寝室に置いたままの洗面器とタオルを取りに戻りつつ、冷蔵庫を開き、ホテルのミネラルウォーターを掴みだした。 3 / 6浴槽に片足をかける大貴の尻孔にシャワーを当てた。黒柳も大貴も慣れているので、簡単に水流を入れられる。直腸内にお湯を溜めると、大貴は隣接するトイレに座って排泄した。それを2回繰り返すと「もうキレイになったよ」と、大貴は言う。 「まだ洗浄なさったほうが……」 「いーよ。親父と灰原のおっさんのところ、はやく行ったほうがいいんだろ。かるく身体洗ったらフロ出るから」 もう黒柳の手伝いはいらないらしい。黒柳は壁のフックにシャワーを固定し、大貴の意に従って浴室を出ようとすると、 「あれ、黒柳……」 ワイシャツを捲った腕を掴まれ、動作を止められた。 大貴はすこし、目を大きくしている。 「……大貴さまがあまりにも扇情的なお姿をしていらっしゃいますので──」 股間の欲情に気づかれたので、黒柳は素直に理由を述べる。 「黒柳も男だなー」 大貴は笑って手を離してくれた。 「つーか、親父に惚れてるしなっ」 「……」 そう言われてしまうとなにも言い返せない。 大貴は両手で前髪を掻きあげる。 「こーすると親父に似てるって、最近よくゆわれるんだけど……、どう?」 「はい、よく、似ていらっしゃいます」 崇史は公の場では前髪をあげている。確かに大貴もそうすると、風貌に面影が漂う。 「黒柳は俺に犯されたい? 犯したい?」 「なにを仰っているんですか」 「どっちなんだよ……」 「おぼっちゃま、急がないといけません」 大貴の様子がすこし変わり、不敵な笑みを浮かべる。 「逃げんなよ」 腕を下ろした大貴と視線を重ねると、金縛りにあったように動けなくなった。 幼くして母親を亡くしてしまったことや、性的虐待を受けているせいで、精神的に不安定な面もあるこの少年をコントロールすることに、黒柳は他の使用人よりも長けているはずだった。 初等部の頃にも凄みを見せることはあったが、此処までではなく、小悪魔のようで可愛らしかった。 離れて暮らしているうちに、もう、簡単にはいなせないレベルになりつつあるのだということに、黒柳はショックを受けるどころか、感慨深くなる。 大貴は、まだもうすこしのあいだは──大人になるまでは愛玩用の少年として抱かれる夜もあるのだろうが、成長しきれば、崇史のS性とはまた違った色あいを持つサディストの男となるのだろう。 「実家出てからー、黒柳とふたりきりになれる時間って、あんまねーし。小さいころからお世話してもらってるお礼、たまにはしてーじゃん」 無理矢理に唇でも奪われるのかと身構えた。 しかし、大貴は円形のバスタブに爪先を浸らせる。 「欲望には正直になるべきだってパパもよく言ってるぜ」 黒柳にとって予想外の行動を取った大貴はお湯のなかにゆったりと腰を下ろし、伸びもしてみせる。 「ふー、いいお湯。ちょうどいい熱さ」 「大貴さま……」 「ほら、来いよ、お前ならできるだろ」 大貴は黒柳に向けて手を伸ばしてきた。 黒柳は大貴から目をそらせない。身体の内側から歓喜を覚え、誘われるがまま縋りつきたくなっていた。発情も収まっていない。滾ったままだ。 「──……おぼっちゃまを犯したいです」 答えた瞬間、大貴は唇をゆるめた。 黒柳は着衣のままバスタブに飛びこむ── 4 / 6ばしゃん、と響きわたる水音。大貴はしっかりと抱きしめてくれる。 黒柳はぎゅっと瞼を閉じ、大貴に腕を回し返し、胸に溢れる想いを伝える。 「背徳を愛するのが真堂家の家訓でございます。たとえ、破滅に殉じてしまったとしても。ですから、私も、その退廃に従って生きていきたい……!」 「黒柳、そんなに俺んちに忠誠誓ってくれてるの……?」 大貴は嬉しそうに微笑み、頬にキスをしてくれる。黒柳は夢中になって大貴の身体を撫でさすってしまう。動作のせいで湯面がびしゃびしゃと波打つ。 「変態性癖者の方々に寵愛されるために育てられた大貴さまのお身体は、お美しいです……!」 「スキなだけさわって、ふふふっ……、お前は使用人の鑑だなっ」 「もったいないお言葉です」 ワイシャツの胸ポケットに入れているスマートフォンが震えた。黒柳は取りだしてみる。 「うわ、大丈夫かよ、スマホ入れてるじゃん」 「防水です。ご心配なく」 「それならいーけど……、親父?」 黒柳は頷いた。すぐに着信のバイブが切れたので、端末は腕を伸ばして、ユニットバスの洗面台に置いてしまう。 「早く来いってことじゃね」 大貴はクスクス笑いながら、立ちあがった。バスタブの縁に腰を下ろすと両手で内腿を撫で、右手の中指を後孔へとすべらせていく。黒柳はまじまじと、その動作を見つめてしまった。 「今日のおっさん、自分のは小せーからって、極太のバイブ何種類も突っこんできて……ゆるんでるから……、挿れれそう、このまま」 「潤滑剤を使わないとお身体が傷つきます」 「へーきだよ。こんなにも広がるもん」 大貴は人差し指も添えたが、蕾はたやすく飲みこんでしまう。お湯を含んでいるのか、掻く動きにぐちゅぐちゅと音が漏れた。 「しまりがなくて黒柳を愉しませてあげられなかったら、どうしよう……?」 水滴に濡れた微笑で、尋ねてくる表情は色気を垂れ流している。 「おぼっちゃまのお尻は、私が初めて貪らせていただいときから、ずっと可憐に締まっておられます」 誘われるように黒柳も立ちあがった。濡れたスラックスのファスナーを下ろして滾ったままの肉茎を現すと、大貴の右腿を抱えて上げさせ、ひと突きに後孔を狙う。 「あ……っ、そんな、いきなりかよっ……」 大貴の身体が震える。大貴が気にするほどのゆるさは感じない。 「痛みますか」 「ううん。痛くない……」 「大貴さまは、多少の苦痛ならば平気で感じたフリができますから」 根本まで押しこみつつ、大貴の顎をかるく掴んだ。唇を指でなぞる。鼻先が触れるほど近くにある虹彩に自分が映っていることにも、黒柳の興奮は煽られる。 「ホントに痛くないよ、安心して」 「それならば、遠慮なく貫けます」 最奥まで到達した。大貴は甘えるように黒柳に擦り寄りつつ、締めつけたり、ゆるめたりする。 「あー……、ひさしぶり、黒柳の……、こんなカタチだったっ、け……」 「そうですよ、おぼっちゃま」 黒柳も微笑み、頷くと、抜き差しをはじめる。 5 / 6「ッっ……、うぅ、あッ、あっ……」抽送で生まれる刺激も、素肌にまとわりつく濡れたシャツとスラックスの感触も、大貴の体温も、バスルームで愉しんでいるこのシチュエーションも、すべてが黒柳を煽ってたまらない。黒柳のために大貴がきゅっと尻孔を締めつけてくれているのも伝わってきて、嬉しくなる。 「……! そこ、スキ、あぁああぁきもちぃぃ……──」 大貴の弱い部分をピンポイントで擦ると、期待通りの喘ぎが聞けた。ボーイソプラノではなくなったいまの声のほうが、黒柳の好みだ。 「なぁ、ちゃん、と、おぼえてくれてる、の……?」 首筋も撫でてやっていると、上目がちに尋ねられた。 「俺の、感じる、ところっ……、……」 「忘れたことなどございません」 このままの姿勢を続けるのは辛いだろうかと思い、いったん引き抜き、抱えていた大貴の右脚を下ろした。大貴は瞼を閉じ、息を吐き、壁にもたれる。 「真堂邸には、おぼっちゃまのご愛用の一本鞭から、お好みの紅茶の銘柄から、私服にいたるまで、常にお揃えしております。この私も、おぼっちゃまに命じられれば、いつでもお相手をさせていただきますので、大貴さまの性感帯を忘れることなどあり得ません」 芯を入れてきた大貴のペニスを撫でまわしつつ、黒柳は想いを伝えた。大貴は驚いた顔をしてから、微笑む。 「黒柳っ……ありがとう……お前が座って。俺がまたがるから……」 心底嬉しそうな大貴に言われるがまま、浴槽の縁に腰かける。大貴は黒柳のペニスをあてがい、向かいあわせに腰を沈めていく。 挿れていく途中、瞼を閉じて「あッ、ッ……」などと漏らし、たまらないといった表情をされると黒柳の胸のなかはまたざわついた。 「……じゃあ、俺もわすれたりしない……離れて住んでても、お前の腰つきを、ちゃんと覚えてるからっ」 「大貴さま……お可愛い、どれほどS性をお備えになられていても、崇史様の仰る通りいくつになられても……、私には愛らしいご子息さまのままでございます」 大貴のペニスは完全に勃ちあがっている。性交のリズムを取るように揺れ、大貴の腹を叩く。 「かわいいって、ゆうなよっ、おぼっちゃまってゆわれるのもヤなの、に……」 「申しわけございません、つい、唇から零れるのです」 大貴は首を傾げてキスをしてきた。言葉を奪うつもりだ。黒柳は心地よく大貴の舌に掻きまわされ、唾液を垂らしてゆく。まろやかな舌先に恍惚を感じる。 揺れる腰を両手で掴んで、黒柳からも突き上げる。バランスを崩したら転んでしまいそうな、ふたりでお湯に滑り落ちてしまいそうな妙な体勢と重心だった。 それでも構わず交わっている。 「あぁあ……、イイ……、今日の接待なんかより、ぜんぜんイイ……」 大貴は口づけを振り切ると、左手を壁につき、右手で肉茎を荒っぽく扱きはじめた。 「いっちゃいそう──……」 ギュッと握りしめ、欲情に潤んだ瞳で見つめられると、黒柳の滾りは階段を数段飛ばしで駆けあがる。 客とおなじように、大貴の後孔に吐きだして汚すわけにはいかない。押しのけて結合を剥がした。そんな動作にも大貴は感じたらしく、身体をびくつかせる。 「ん、ぅ……」 「おぼっちゃま、ご一緒に昇りつめましょう」 大貴のモノと自分のモノをひとまとめに握って扱いた。 性器の弄りは黒柳にまかせた大貴から、先程のキスよりも熱っぽい接吻を貰う。唾液の糸を引きながらそれが途切れたときには、ふたり揃って絶頂間近だ。 「ほんとに、イク、イキそう、もう、俺……」 切羽詰まったような表情で、大貴は互いの先走りに塗れたペニスを眺めている。 「あぁ……大貴おぼっちゃま……!」 黒柳の白濁が溢れ、その後すぐに大貴も吐精する。 黒柳が達したのを見るまで、堪えてくれたに違いない。黒柳は大貴がますます愛おしくなり、余韻のなかで抱きしめた。バスタブのなかにずるずると崩れていく。 「……私には、日本にも、故郷にも、肉親などいませんから……」 ふたりきりで味わった至福のなか、いつもより素直な言葉を吐露してしまう。 「おこがましくも、崇史さまや、大貴さまには……それに近い感情を抱いているのです」 「かぞく……?」 黒柳は頷いた。 すると大貴は切なげに眉根を寄せる。 無邪気な笑顔でいて欲しいのに、そんな表情をさせてしまったことにすこしだけ罪悪感を覚えながらも、男らしく成長しつつある腕で抱きしめかえされて、安らぐ黒柳も此処にいた。 6 / 6濡れた衣服をドライヤーで乾かし、とりあえず体裁を整えてから、黒柳はインペリアルスイートを訪ねる。スーツを着崩した崇史と、いつも通りに和服姿の灰原は広々としたリビングで向かいあわせに座って酒を愉しんでいる。一足先に向かわせた大貴はかたわらのスツールに腰かけていて、彼らの水割りを作っていた。 なぜか下半身は裸に剥かれ、ワイシャツと靴下のみという姿だ。 「あ、黒柳だ。バトンタッチ!」 マドラーでかき混ぜたグラスを灰原のところに置いて、大貴は席を立つ。すべりこむのは崇史のソファだ。崇史に寄りかかって、大人しくする──というよりも、もう大貴は眠いようで、あくびを零している。崇史は真面目な話をしながら、そんな大貴の腿を撫でたり、亜麻色の髪を撫でたりと、構ってやっていた。 黒柳はビジネスの会話を聞きつつ、テーブルの上を粛々と整理したり、拭いたりした。 ふと前を向くと、都心の夜景がきらきらと綺麗だ。 「……執事君も、大変な目にあったようだなぁ」 話題にキリがつくと、灰原は黒柳を見てきた。グラスに口をつけつつニヤニヤと笑む面持ちに、先程の一部始終が伝わっているのだと理解する。大貴の性格なら変に隠さず、素直に話してしまうだろう。 「すまなかったな」 大貴の頭にポンと触れ、崇史も黒柳に視線をくれる。 「とんでもございません……」 凛々しく整った切れ長の瞳で見つめられた黒柳は恐縮し、首を横に振った。 「ひさしぶりにおぼっちゃまのご成長ぶりを確かめさせていただき、至福の極みでした……」 「悦かったか」 崇史は大貴のワイシャツをめくりあげる。たやすく露わにされてしまう尻肉。 もちろん、黒柳は頷くしかない。ふっ、と崇史は含み笑いを零すと、すぐにシャツを下ろした。 「……なにがだよー、なんのはなし……?」 大貴は寝ぼけ眼を擦り、身体を起こした。 「こちらの話だ」 「えー、俺をー、仲間はずれにするなよー……」 「お前にも、すまなかったな。断りきれなかったのだ」 崇史の手は大貴の腰から胸元、首筋と、ボディラインをなぞり、最後には結婚指輪の光る左手で顎を掴む。 「二十若かったら、俺が直々に相手をしたんだが」 その声色は優しい。大貴は薄笑んでいる。指先が離れると、彼らはどちらからともなくキスをする。 角度を変えてついばみあう唇は慈しみに溢れ、舌先までも濃厚に絡めだす。 「まったく、見せつけてくれる、崇史も子煩悩なことだ」 呆れたように、しかし微笑ましげに、灰原は親子の戯れを眺める。 「いい酒の肴だ」とも呟いた。 常軌を逸した光景だが、確かに黒柳の瞳にも微笑ましく映る。それは元から備えていた感性なのか、真堂家に仕えはじめてから自分が狂ってしまったのか、分からない。 きっと、どちらでもいいことだ。どちらにしろ、黒柳は真堂家の忠実なる僕だ。 E N D |