melt・in・cinema

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 幼い大貴は口を尖らせ、地上に続く螺旋階段を睨む。もう一週間以上もダンジョンに閉じ込められてしまっていて、太陽の光が恋しくてたまらない。
(せっかくなつやすみなのに……)
 どうしてこんな深い底に収容され、調教や改造を受けなければならないのだろう。せめて昼間だけでもいい、普通の子供らしく生活したかった。友達と遊んだり、海やプールに行ったり、お祭りの花火だって見たいのだ。それなのに、こんなところに閉じ込めるなんて。
「パパのばかっ。ヘンタイ! 一生ゆるさないぞ!」
 大貴は大声を出した。昼下がりの今、崇史は仕事に行ってしまって屋敷にいない。居たとしてもここからの声は上まで届かないだろう。無駄と知っていても叫ばずにはいられない、苛立たしくてたまらない。
(歩きづらいしっ……ぬぎたい、こんなのっ)
 不満を嘆きつつ、取りづらいバランスを支えるために壁伝いに手をついて歩きだす。今日の衣装は崇史好みのエナメルキャットスーツ、腿があらわなショートパンツに合わせ厚底のブーツを履かされている。このブーツがやっかいで、普段ローファーを履いている大貴には不慣れなために今日だけでもう三度転んでしまった。もう膝をすりむきたくないので、大貴は慎重に歩を進める。ご丁寧にもブーツには鍵がついていて、脱ぎたくとも脱げないのだ。
 ゆっくりと廊下を進んでゆく大貴だったが、ドーベルマンの姿を見つけると驚いて目を見開く。彼は屈強な肉体を持つ雄犬で、真堂家で飼われている番犬だ。
「ノエル! お前も地下にいたの?」
 ノエルも大貴を見ると嬉しそうに尻尾を振って近づいて来る。まさかノエルも此処に閉じ込められているとは……大貴は気付かなかった。午前中はずっと書斎に籠っていて、学校の宿題を解いていたためだ。
「ふふっ、かわいい。昨日のことならへいきだよ、ぼくならぜんぜん大丈夫っ」
 崇史の命令により、大貴は時折雌犬の代わりになってノエルに種付けしてもらう夜がある。昨夜も執事達に鑑賞されながら激しく行い、そばに来たノエルはまるでそのことを謝っている素振りをみせた。大貴のまわりをぐるぐる回り、頭をしょんぼり垂れている。
「気にしないでったら。しかたないよ、パパの命令にはさからえないもん」
 大貴はノエルを軽く撫で、歩きはじめた。ノエルはその少し後ろを追って来る。
「おいで、おやつたべよ。今日はバターケーキだって」
 広間に足を踏み入れると、マホガニーのテーブルには菓子類の乗せられたガラスドームが置かれている。それは家政婦が昼食を運んで来たとき一緒に持って来たもので、置いておくので好きな時間に食べればいい、と大貴は言われていた。
「あれっ。ケーキがいっこしかない……」
 そばに来て大貴は異変に気付く。机に両手をついてドームを覗き込み、おかしいなぁと思ってしまった。家政婦は二切れを用意したと言っていた筈だ。
「もしかして……ぼくのおやつ、つまみぐいした?」
 振り向いて尋ねても、ノエルは何のことやら分からないといった感じだ。そもそも犬がガラスの蓋を器用に持ち上げれるかどうか分からないし、きちんと躾られたノエルがテーブルに上るはずがない。
(……ゆうれいがたべちゃったのかな。こわい!)
 ホラーな想像をして大貴がびくついたとき、近くの部屋のドアが開いた。ギイイ、と音がしてゆっくりと動く扉を見て大貴は思わず仰け反る。
「!!!」
 その場にしゃがみこみ、ノエルを強く抱きしめた。崇史はこの地下で散々惨いことをしているのだ、恨まれても仕方がない。息子の自分も恨みを買ったのだとか呪いにきたのだとかどうしようどうしようだとか考えていると、部屋から顔だけ出したのは知っている存在だった。
「なにしてるの、だいきくん」
「………ちぃ?」
 プラチナブロンドの髪を持つ少女、ちせは崇史のコレクションのひとつだ。だが、地下の住人にしてはめずらしく精神に異常をきたしていない。他の奴隷達と同じくかなり激しい責めを受けている筈だが、ちっとも心を失わなかった。そんな彼女はノエルと同じく、地下での大貴の数少ない友達だ。
「ケーキならひとつもらったよ、わたし。だいきくんお勉強してたから、声かけづらかったの」
「そっか、よかったー。おばけに食べられたのかと思っちゃった」
「おばけなんて存在しませんよーだ」
 ちせは笑ってドアを開けたまま部屋の中に消える。大貴はガラスドームごとつかんでちせのもとに向かった。もちろん、ノエルもちゃんとついてくる。
 部屋の中は薄暗かった。壁一面のスクリーンに映し出されているのは男性同士の性行為で、美青年同士がキスをして裸体を擦り付け合っているわいせつ映像。褐色の肌に蜂蜜を垂らして撫で付け合い、お互いの舌で舐めとって戯れている。
「なぁに、これ?」
「見てわかんないのー。ゲイのエッチだよ」
「それはわかるけど……どうしてちぃがこんなのみてるの?」
 ノエルが入って来た所で、大貴は部屋の扉を静かに締めた。密閉される、小部屋を充たす喘ぎ声。敷いた毛布の上に座っているちせの傍らに腰を下ろし、ケーキを置く。
 今日のちせは可愛らしいベビーピンクのランジェリーをまとっていた。幼い少女が着るようなデザインではないが、ちせにとても似合っている。
「わたしもだいきくんといっしょ、お勉強だよ。今日はこれを見てるようにってパパがゆったの」
「……ちぃのパパじゃないもん。ぼくのパパだもん」
 バターケーキを掴みつつ、大貴は拗ねた表情をみせた。いつもちせは崇史をパパと呼び、それはなんだか大貴には気に入らない。
「なあに、またしっとしてるの?」
 マナーにうるさい家政婦も執事も居ないこの場所だから、大貴は手づかみでケーキを口に運ぶ。ちぎってノエルにも与えてやると、美味しそうにかぶりついてきた。
「してないよー。ぼく、べつにパパのことすきじゃないしっ」
「わかりやすいうそ。だいきくんはパパのことだいすきじゃない」
「うるさいなぁ!」
 図星を言われ、もともと機嫌を損ねている大貴はさらにふてくされた。大貴はケーキをノエルに押しつけるとその場に倒れ込む。膨れっ面に触れる、毛布の感触。
「もういいっ。おやつもいらないよ!」
「どうしたのー、もうっ。こどもなんだから」
 もとはといえば崇史が悪いのだ。こんなところに閉じ込めて、淫らなこと・痛いこと・恥ずかしいことばかりする。それなのにキライになれなくて、ついつい慕ってしまって、好いてしまう自分。ねじ曲げられて歪んだ世界と感情全てが嫌になる。
「……ぼくはこんなとこにいたくない。お外に出て、明るいところであそびたいな。ふつうにくらしたい……」
「その気持ちわかんない」
 大貴を冷静に眺め、ちせはポツリと呟いた。
「わたしはここからでたくないの。ずぅっとでたくない……閉じ込められていたい。だってほんとのパパとママのところにいたときよりしあわせだもの」
「ここよりもつらいところなんてあるの……?」
 大貴は毛布をぎゅっと握り、尋ねてみる。ちせは静かに頷いた。
「あるよ。だいきくんは知らなくていいよ」
 そう言って微笑うちせに大貴はなんだか切なくなる。胸がきりりと締め付けられて返す言葉を失ってしまう。そんな大貴にちせは笑いかけて、唇を寄せてきた。重なって触れ合う体温。
 大貴は目を開けたままで至近距離のちせを見ていた。生まれつきに白金の体毛を持つ彼女は眉毛も睫毛もプラチナだ。お伽話の妖精みたい、大貴はちせのことをいつもそう思う。
 そのまま口を開き、二人は舌を混ぜ合わせた。バターの味が甘くとろける。ちせは体勢を崩すと大貴の側にすべりこむように寝そべった。腕を廻し合って抱き合えば心地良い。ちせの髪からはいちごの匂いがする。
「なんかもぞもぞするっ……」
 密着するベビードールのフリルの下で、なにかが蠢くように動いていた。大貴は気付いて腕を少しゆるめ、空間をつくる。
「スーボーだよ。おなかにしまってたの」
「おなかー? またへんなところに入れてる」
 レースの海を脱出し、白い毛並みのハムスターが姿を現す。スー坊と名付けられているハムスターは大貴のほうへと移動して来た。大貴はエナメルのグローブをはめた指先でスー坊をさわり、手のひらへ閉じ込めた。傍らでちせは瞼を閉じ、微睡みを漂う様相だ。
 ノエルが見つめるポルノフィルムも、やがて途切れて何も映さなくなる。大貴とちせは向かい合って丸まり眠ってしまい、家政婦が夕食を運んで来るまで夢に溶け、仲良く寝息をたてていた。

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