nasty maid

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 客にコスチュームを用意されるのは、よくあることだ。
 今日の仕事もそのパターン。手渡されたメイド服を手に祥衛はシティホテルの客室、ユニットバスに入った。
 W指名されたからいっしょにいる大貴も、祥衛とおなじデザインのメイド服を渡されている。
(これを着るのか……)
 イヤとしか思えず、鏡の前でため息をこぼす祥衛のかたわら、大貴はさっさと私服のパーカーを脱いで素肌を晒していた。
「悩んでてもしょーがねーだろ。はやく着替えろって」
「……あぁ……」
 大貴の言うとおりだ。
 祥衛は憂鬱しかないままで、愛らしいベビーピンクのメイドコスチュームに袖を通す。
(下着は無しって言ってた……)
 客に指示された通りにするとミニスカートのさわさわとした感触がじかに太腿や股間に当たって、妙な感触で落ちつかない。
(はずかしい…………)
「うわ、祥衛やっぱすっげーカワイイ」
 フリルつきのカチューシャをつけた大貴が笑いかけてくれる。祥衛もおなじものを頭にはめた。
「俺もはずかしいから。今日もがんばろーぜ」
「…………」
 軽く背中を叩いて励ましてくれたあとで、大貴は扉に手をかける。出て行ってしまった。
「じゃーんっ!」
 メイド服を用意した張本人・今宵の客のフジタニが顔いっぱいに嬉しさを溢れさせている姿は、ドアのスキマから覗く祥衛からも見える。
「ウワァ……! かわいいっ! でも大貴くんはそーゆうカッコしても……どことなく凛々しさもただようから……た、たまんないよぉ……!」
「ほんとー? ヤスエもはやくこっち来いよなー」
 たじろいでいると、大貴に手招きされる。
 祥衛は意を決してゴクリと唾を飲んだ。恥ずかしがっていては仕事が先に進まないから、扉の外に出る。彼らとおなじ世界に、ニーソックスの爪先を下ろす。
「わぁあ……ヤ、ヤスエくんッ……!」
 フジタニは感激のあまりか、目を見開いていた。
 半袖フリルのブラウスにミニスカート、レースに彩られたエプロンの祥衛を注視して。
(バツゲーム……みたいだ……)
 こんな衣装を着なければならないなんて、恥ずかしくてたまらない。紫帆だったり、知っている人間に見られたら気が遠くなって倒れてしまうかもしれない。
「…………」
 顔が熱くてうつむいてしまう。
「ヤスエめっちゃカワイイだろ、やっべーよなー!」
 フジタニはデジカメを握っている。今日、彼からは撮影料も振りこまれていた。
「しゃ……写真撮っていいんだよね? あぁあ……夢みたいだぁあ……!」
「俺ー、今年はじめて着たかも、メイド服」
 大貴はとなりに来た祥衛の腰に手を回してくる。フジタニの構えるカメラが祥衛たちを向いた。
「じゃあ中3★初メイドですってキャプションつけとくね!」
「はい、ピースっ。祥衛もピースしろって」
「うっ……」
 頬を真っ赤に染めながらも、祥衛は言われたとおりにピースをつくる。大貴は完璧な笑顔を作っているけれど、祥衛には出来るはずもなく、羞恥に耐えながら、シャッターを切られているだけだ。
「えへへー。でっ、俺たちー、ちゃんとフジタニ先生にゆわれたとおり──」
 祥衛から腕を離し、大貴はフリル満載のミニスカートをめくりあげる。フジタニはまたもや目を見開き、感激に息をのんでいた。
「ノーパンだよっ」
(あ……俺も……、し、な、きゃ……)
 大貴が恥知らずにペニスを露出しているのを見て、祥衛も震える指先を裾に伸ばす。
「…………!」
 ギュッと瞼を閉じてめくった。指名した少年たちにおそろいのメイド服を着させ、下着を着けさせず、並んで立たせてめくりあげさせたフジタニはもう昇天の表情で、ブリーフの前を激しく勃起させてカメラを抱いている。
「あぁあ……あ……ボク……ッ! 頑張って仕事してきて良かった……自分にご褒美……!」
「ふふふふっ。はやく撮れよ。こんなことさせてー、すげーはずかしいんだぜ」
「う、うん、と、撮るうぅうう!」
 フジタニはパシャパシャと撮影をする。近寄ってそれぞれの陰部のアップを撮ったり、後ろにまわって尻も撮ったり、祥衛と大貴ふたりともに脚を広げて立たせ、脚の間にねそべって見あげシャッターを切ったりする。
 フジタニは生粋の変質者だった。昼は高校教諭をしているというのだから、こんな先生がいるなんて危ない……と祥衛は初めて指名されたときから思っている。
「あとで顔騎してやるよ。うれしいよな? 先生」
 カメラを持ったまま絨毯に正座するフジタニの頬と髪を大貴は撫でまわす。まるでペットを可愛がるかのように。
「う、うん、うれしぃいいい……」
「先生もまたパイパンにしよ。俺とおそろい。今日する?」
「きょ、今日はちょっと……でも、つ、次指名したときに剃ってもらおうかなぁ……」
 変態と目があった。祥衛は鳥肌が立ちそうになる。
「わかった、そうしよ。つーかぁ祥衛、先生と剃りっこしろよ。俺それ撮影してやるから……あはは、すげー楽しそう……」
 想像しているらしい大貴の瞳に不穏な光が宿る。
 大貴はときどき仕事用に演じるそぶりではなく、本心からSっぽくなるときがある。そんなとき祥衛はただ……怯えるしかない。それなのに妙な期待感が湧いたり、ペニスがヒクッと震えて勃起しそうになる自分のことが──祥衛はわからない。
 こんな自分はおかしいと思う。
「そんときは全員パイパンで記念撮影な。じゃあー、今日もいっぱいかわいがってやるから、ベッド乗れよ」
 フジタニは嬉しそうにベッドに飛びのる。メイド姿の大貴は歪んだ笑みを浮かべている。彼らを異様な光景として認識出来るから、祥衛の理性はまだじゅうぶんに働いていた。

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 ブリーフ一枚で寝そべったフジタニを、大貴とふたりでマッサージする。背中や肩を揉んでやると、フジタニは性的ではなく気持ち良さそうだった。教師という仕事は大変だろうとは祥衛も理解できる。
「んふぅ……ううう〜……」
 祥衛の視線の先、フジタニは内股をもどかしく擦りあわせはじめた。焦らす大貴がフジタニの股間を直接愛撫せず、周囲ばかりを刺激するから興奮しているのだろう。
「そろそろいいかな。ヤスエ、にぎってやったら?」
「……わかった」
 大貴の指示で、ブリーフごと肉棒を握ってみる。その瞬間に奇妙な芋虫かなにかのようにフジタニはハデに蠢いた。妙な悲鳴もあげてみせる。ブリーフは先走りでじっとりと湿ってもいるから、祥衛は眉間にシワを作ってしまった。気持ち悪い。
「うひゃぁああ! だ、だめぇ……」
「今日は祥衛に飲精させるからなー、先生」
「う、うん……! ボク、がんばって射精するね!」
「あはは、カワイイ」
 大貴は微笑ってフジタニを撫でている。慈しむような瞳で。祥衛は勃起ペニスをブリーフごと扱きながら苦虫を噛んだような表情を維持してしまう。精液を飲まされるなんてイヤでしかない。
「そんな顔すんなって。じゃあー、最初の射精は俺が飲んでやるからー、ニ回目の量減ったセーエキ飲む?」
「…………」
 祥衛は無言のままブリーフを脱がせた。フジタニは身をよじらせて協力してくれる。たわわに実った肉棒はブルンと揺れてはじけそうだ。それを大貴に握られるとフジタニは「ギャッ」と鳴く。しかし嬉しそうではある。
「これくらい強くにぎっていいんだよ。先生はどうしょうもねえマゾ豚なんだから」
「そんなにしたら、痛いだろ……」
 雑巾絞りでもするくらいの強さで大貴は握りしめている。しかし、大貴の言うとおりにそれでもフジタニは嬉しそうで勃起も衰えないので、祥衛は呆れた。こんな性癖だと結婚するのは難しそうだな……と、他人事として思う。
「いただきまぁすっ。ヤスエはー、タマ舐めてやって」
「あぁあ……ニつの舌があッ……ひゃっ、あっ、だめ、ボクもうダメ……!」
 大貴にフェラチオされ、祥衛も嫌々ながら睾丸を口に含んでやったりすると、フジタニの身体はいよいよ激しく波打ちはじめた。
「イクゥ。イ、イッていいっ……?」
「えー、もぉイクのかよー」
 大貴はいちど顔をあげる。さんざん撮影してマッサージも堪能したフジタニはひどく性感が高まっているらしい。
「うん、だめぇ……ちゃんとヤスエくんのぶんも、あとでシャ、シャセイさせてもらうから、いかせてぇえッ……!」
「わかった。わかったから。まじでカワイイな、先生」
 大貴は微笑した。そして再び含む。フジタニがひときわ激しく呻きだしたので、本気で気持ち悪くなった祥衛は離れた。唾液まみれになってしまった口を拭う。 
「ウわぁああっ──!」
 フジタニが達し、大貴がゆっくりとペニスをくちびるから引き抜いた。わざとらしく半開きにしているから、口内に受けとめた白濁が祥衛からも見える。
 大貴は肩で息をするフジタニに身を寄せ、フジタニの眼前で見せつけるようにゴクンと飲みこむ。
 フジタニは大貴を注視して震えていた。
「……ン、美味しい……、すっげー濃厚……なんで……? オナニーもしてなかったの?」
「い、いそがしくて……」
 大貴はフジタニをかるく抱きしめ、リラックスしたようにニーソックスの脚を伸ばす。
「そうなんだ。次はヤスエが抜いてくれるぜ」
 大貴の声は命令だった。祥衛はすこし萎えたフジタニの性器を掴み、ひとりで咥えてみる。

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 フェラチオすることには未だに慣れないし、抵抗感だってある。けれど同性のモノを咥えて、興奮する自分も祥衛は見つけていた──とっくの昔に。口いっぱいに広がる雄臭さや肉感がなんともいえず……たまらない。イヤなはずなのに、必死で味わっていると祥衛自身のペニスも頭をもたげてくるのもいつものこと。
 激しい性行為に乱れているうちに、イヤとも思わなくなる夜もある。無我夢中で肉棒にむしゃぶりついてしまって嘲笑されたことも一度や二度じゃない。このガキは咥えて勃起させてるぜ、と指摘されてからかわれたことだって何度もあった。
「ヤスエくん……、うまくなったね……」
 背中をシーツから離し、座ってフェラを受けているフジタニはしみじみと呟く。
「はじめて指名したときよりも、ずいぶん……はは、教え子の成長を目の当たりにしたときみたい、だよ……」
「…………」
 フジタニに髪を撫でられた。
 今回は鳥肌も立たないし、嫌悪感も湧かなかった。
「祥衛が飲むとこ、写真とっていい?」
 フジタニのカメラを手に、大貴が寄ってくる。
「あ、動画にしよ。いいよな、ヤスエ」
「もうイキそうだよぅ……ヤスエくん、大貴くぅん……!」
 フジタニは拳をぎゅっと握る。祥衛は眉間に皺を寄せてしまったものの、受け止める覚悟はできていた。
 仕方がない。我慢するしか。もっと、慣れたほうがいいのも確かだ。
「アッあぁあああ……!」
 激しくシーツを握って絶頂に達するフジタニ。祥衛の口の中に広がる味は気持ち悪くて、嫌な飲みもの。
「笑って」
 それなのに大貴は残酷なことを言う。
 冷たさと威圧感しかない。
「笑えよ、俺といっしょでヤスエだって肉便器なんだからな……ふふふっ、俺らみたいな淫乱のオモチャはぁ『セーエキ大好き』って設定で売ってるんだぜ」
「あ……、う、う……」
 肉棒を離した祥衛は口いっぱいに気持ちの悪い味を感じつつ、笑おうと頑張った。けれど元から笑うのは苦手だし、逆に泣きそうになるばかりで笑えない。
「ふははは。すげーソソル。やべー。俺ってイイカメラマンかも……!」
「か、か、かわいそうだよぅ、大貴くん……!」
 言葉では大貴をいさめるフジタニも、実のところは嬉しそうだ。精液を含んだままベッドに座りこんでいる祥衛から目を離そうとしないし、肉茎はまだ興奮を示している。
「飲めって。はやく。それで俺みてーに『美味しかった』ってゆうんだよ。お客サマのセイエキ飲めるなんて光栄すぎてたまんねぇよなー」
「う、う、ぅう…………!」
 祥衛は飲みこんだ。
 喉を流れてゆく、自分の唾液と混ざった白濁液。不快感から即座に吐きそうだった。大貴のデジカメはまだ祥衛に向けられている。
「お、お……お……い……し……」
「ちゃんとゆえって……」
「お、おいしい……す、すきな味だ……!」
「あははははははは!」
 大貴はやっとカメラを置き、楽しげに笑う。祥衛のもとに擦り寄ってきた。
「ちゃんと、がんばって飲んだな」
「あ……ぅ……」
 抱きしめてくれて、清めるようなディープキスもしてくれる。大貴の舌に口腔を掻きまわされ、祥衛は瞼を閉じた。
 今度、動画撮影をはじめるのはフジタニだ。全裸で身を乗りだし、真剣にカメラを向けている。
「すげー嫌がってたくせに、ガチガチに勃起してる」
 レースをたくしあげられて掴まれ、確認される。握られてピアスをはじかれると、祥衛の背筋はゾクッとした。
「俺も勃起してるから、気にすんなよ。エロい仕事だから、こーふんするのは仕方ねーよな」
 祥衛を安心させるように、大貴はいきりたった肉棒どうしを擦りつけてくれる。触れあうふたつの塊はお互いに先走りの蜜も滲ませていた。

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 祥衛はフジタニの腰を掴み、彼の太腿のあいだにペニスを差しこんでは擦る。後背位の姿勢になっているフジタニにそんなことをするなんて、まるで素股ではなくて本当に犯しているみたいだった。
「あッ、いいよぉ、ヤスエくんに、ボ、ボク、掘られてるみたいだぁあ……」
 フジタニは嬉しそうだ。祥衛も気持ちよかった。ローションをなじませた彼の股は肉感も豊かで、弾力があって適度に締めつけられる。
「は……っ、はぁ……あ……」
 腰を使いながら祥衛はすこし、呻いてしまう。
 祥衛の絶頂はもう、そう遠くない。
「本当に……い、挿れてもらいたいなぁ……そのうち……」
 フジタニの言葉を大貴は聞き逃さない。膝枕するようにフジタニの枕元に座って、髪を撫でてやりながら。
「じゃあ、俺が開発してあげる」
「え……ぅれ……しい、でも……」
 躊躇いをにじませるフジタニ。大貴は優しく聞く。
「でも?」
「怖い……、お尻に、お、おちんちん、挿れられちゃうなんて……!」
「怖くないって。アナルセックス気持ちいいぜ」
「ほんと、にぃ?」
「うん。祥衛のも俺のも挿れよーな」
「えぇえッ……?」
 腰を使う祥衛は、犯されることに怯えたフジタニの身体がこわばったのを感じた。けれど祥衛の揺らしつけはもう止まらない。気持ちがいいから、吐息を熱くしながらずっと動かしてしまう。
「や、ヤスエくんのはピ、ピアスついてるし! 大貴くんのはおっきぃから、ム、ムリだよ……」
「先生は淫乱で貪欲だからー、なんだってできちゃうって。そのうち、フィストとかもできたりして」
 クスクスと大貴は微笑した。
「すこしずつ慣らしてこ。次の夜から」
「うん……! 大貴くん……!」
「あ、ヤスエがイキそう」
 甘えるフジタニを可愛がる大貴と、祥衛の目があった。
 どうして分かったんだろうと祥衛は思う。
「ヤスエくん、イッてぇ」
 フジタニの声。祥衛はフジタニの腰を強く掴んで、高まる快感に切なく運動を止める。
 祥衛の目の前が、真っ白になった。
「はぁ、はァ……いく……ッ……」
 瞼を閉じて、ボタボタ精液を垂らす。しばらくそのままの体勢でいたけれど、フジタニがずるりと姿勢を崩し、寝返りをうってしまう。
「たくさん……でたね!」
 祥衛の白濁で身体を汚され、フジタニは嬉しそうだ。仰向けになったフジタニに大貴が跨がる。
 ──顔に。
「うれしいよな、先生。夢みてーじゃね?」
「んふぁあああ……!!」
 呼吸を塞がれるくぐもった呻きをあげるフジタニは、祥衛に濡らされた精液を指先でぬめぬめ触ってもいる。引きのばして肌に塗っている。祥衛は彼らを横目に、開いているスペースへと寝転がった。
 異常な戯れのとなりで、快楽の余韻を彷徨う。

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 三人でいっしょにシャワーを浴びる。大貴は「せめぇー!」と文句を言いながらもはしゃぐ。
「あははっ。なんかー、家族みてー。親父とフロ入ってるとき思いだす!」
 浴槽の縁に腰掛けた裸身の大貴は笑った。
(……俺には、わからない)
 祥衛は自分の父親を知らない。母親ともろくに接したことがない。
(大貴は、おとうさんに性的虐待されてる、けど……)
 虐待ではないごく普通の愛情も与えられていて、大貴が楽しそうに父親と電話をしているところを見たこともあり、その点にはすこしうらやましさを感じる。
 あまりにも微かなうらやましさだから、祥衛の表情にも言葉にも出ないけれど。
「今日もありがとう。ふたりとも、次の仕事も頑張って」
 満足した様子のフジタニが部屋から出ていく。革製のビジネスバッグの他に、メイド服入りのエコバッグも肩から下げて。
「うんっ。たのしかった、またあそぼーな!」
 手を振って見送り、ドアを閉めた大貴だったが、大貴と祥衛もすぐに部屋を出た。
 祥衛は次の仕事の客との待ち合わせ場所に、長田の車で送ってもらうことになっている。
 悪いと思うから遠慮したいけれど、大貴が有無を言わさないので断れない。
 私服姿の祥衛たちはホテル外に出た。今夜の祥衛はカットソーに薄手のジャケットを羽織ってきたけれど、春先だからかまだ肌寒さを感じる。
(もうすこし、厚着してこればよかった)
 パーカーにデニムの大貴は肌寒くないのだろうか、と思いながら祥衛は足元を見る。今夜の大貴はラフな格好で、スニーカーも素足で履いていた。祥衛はブーツだ。
 会話しながら歩いていくと、ホテルからそう離れていない路地裏、闇にひそむようにして停車している黒塗りの高級車があり、祥衛は大貴とともに後部座席に乗りこむ。この車は内装も木目で綺麗すぎるし、座り心地も良すぎるから、祥衛はいつまで経っても慣れられない。
「おつかれー。長田、まずは祥衛から」
「了解……。祥衛君、どこに向かえばいいんだい」
 説明すると、そのとおりに走りだしてくれる。
 大貴はいつも座席に常備しているフリスクを手にし、いくつかの粒を口に放りこんだ。
「祥衛も食えよ。ほいっ」
「…………」
 無言で二粒受けとる。かじると、ピーチミントの味がした。
「俺、この曲スキ」
 車内にクラシックが流れているのも、いつも通りだ。管弦楽など親しんだことのない祥衛には曲名なんてわからない。大貴はリラックスしたように座席にもたれ、鼻歌も混じらせる。
「あ! そーだ! 明日何時にするか決めてねーじゃん」
 大貴は跳ねるように身を起こし、祥衛のほうを向いた。明日は土曜日、ふたりで服を買いにいく約束をしている。
「俺に合わせていいよな、祥衛、どうせ何時でも起きてるしー」
「あぁ……」
「じゃあ、俺が起きたら電話する。それでいい?」
 うなずくと、長田が親切な言葉をくれる。
「昼間なら送ろうか、車出すよ」
「いーよ。PARCO行くからー、車だと混むもん。電車でいったほーがスムーズだもん」
 断って、大貴はまたフリスクを噛んだ。機嫌の良さそうな顔がネオンに照らされている。
「楽しみっ。すげーほしいラバソあるから取り置きしてもらってるんだー。はやく明日にならねーかなー」
「……あぁ……」
 祥衛の待ち合わせ場所にはすぐに着いてしまった。街角に停めてもらう。
「じゃあなヤスエっ。これあげるから、がんばれよなっ」
「いらない」
 路上に降り立った祥衛に車内から押しつけられたのは大貴が食べていたフリスクケースごとだ。
「セブンスターのほうが……うれしい」
「わがまま! おやすみ!」
 ドアは内側から閉まり、車はすぐに走り去ってしまった。大貴も次の仕事に向かうのだ。
(でも、すこし、煙草の代わりになる)
 祥衛はフリスクを手のひらに出して、かじりながら歩きだす。客と待ちあわせているのは喫茶店内だった。にぎやかで華やかな週末のにぎわいをとぼとぼ横切る。
 今夜も長くなりそうで、明日はまだ、遠い。

E N D