Oberon

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 夜の高架下に、私服姿の大貴はしゃがみこんでいる。唇をとがらせ、暗闇のなかでいじるスマートフォン。液晶画面に照らされるその表情はふて腐れており、明らかにご機嫌ななめの大貴だ。
 表示されているのは、父親である崇史の電話番号。大貴は何度も、かけてみようと指先を近づけるのだが、思い切ることができない。
 ためらうのは、大貴にとってはめずらしい。いつもならだれにでも、気兼ねなく電話することができるのに。
「……、くっそー……」
 今夜はむずかしい。呟いて、端末を握りしめた。崇史ならこの時間まだ絶対に起きているはずで、むしろ多忙な昼間よりも通じることが多い。
 迷っているうちに、サーチライトに照らされた。黒塗りのドイツ車は大貴の前に停まる。長田の運転する迎えの車だ。
 自動で開くドアに、大貴は無言で乗り込む。お疲れ、と声をかけられても返事をしない。いつも迎えにくる長田は大貴の心理状態をすぐに見抜くので、機嫌が悪いと分かるとそれ以上喋ってこなかった。
 後部座席にもたれ、やっとの思いで通話ボタンを押すことができた。それなのに、崇史は出てくれない。留守番電話に繋がったので、大貴はいらいらと電源ごと切ってしまう。
 こんなふうに心乱されているのは、さきほどの客に聞いた話が、原因だ──

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 大貴の客のなかには、幼少からの関係がずっと続いている者も少なくない。実家で暮らしていた頃、崇史にあてがわれた男が未だに会ってくれるのだ。
 今宵の客もそのパターンで、近くに出張に来た際は大抵指名を入れてくれた。大貴にとってはなんだか、たまに会う親戚の人みたいな感覚である。
 夕方にひとつ仕事を済ませ、シャワーを浴び直してからその男と落ち合う。軽く食事をしてから、ビジネスホテルに行くとお決まりのセックス。
 そして、帰り際に話されたのだ。
「そうだ大貴くん、社長からなにか聞いてないか?」
 社長とは崇史のこと。すでに服を着、部屋にあったミネラルウォーターのペットボトルを一気飲みしていた大貴は、動作を止めた。
「なにを?」
 きょとんとした大貴に、ベッドに腰かけたまま未だバスローブの男はニヤリと笑う。それはやや下世話な笑みだった。
「再婚……とかさ。大貴くんなら知ってるかと思って」
「えー、あんな変態のおっさんもらってくれる人いるわけねーじゃん」
 大貴は心からそう言うと、すべて飲み干した容器をゴミ箱に放った。
「無理無理っ、俺の母さんとだってー、政略結婚だから出来たようなもんだし……」
「いや、ちょっと噂を聞いたものだから」
「ウワサ?」
 ──男の話はこうだった。
 真堂グループの本部に、社員指導を目的に出入りしている人事コンサルタントの女性。華やかな美人で、崇史と共に社内を歩いている様はお似合いでしかないらしい。
 そこで生まれたのが、個人的にも交際しているのではないかという噂だ。
「単なる噂だけれどね」
 そんなふうに付け足されても、大貴には不穏な気持ちが込みあげる。崇史がもう一度結婚するだなんて、考えたこともなかったけれど──あり得なくもないのかといまさら気づく。
 確かに中身は筋金入りの変態でキチガイだ。だが、容姿はというと高貴なほどに見目麗しく、堂々とした体躯の美男である。四十を超え、纏う色香は衰えるどころかますます増すばかり。惹かれる女性も多いだろう。
 この先、新しい母親を紹介される可能性はゼロではない。認識した瞬間、大貴は仄暗い感情に襲われた。

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 次の朝、本当はなにもしたくないけれど、閉じこもっていると余計憂鬱になるのでふつうに登校した。薫子には「そんなに気になるなら、ご本人に伺ったらどうかしら?」と言われ、正論だと思うけれど行動に移せない。昨夜車内で着信をひとつ残せたきり、崇史に連絡できなかった。
(気軽なかんじで、メールすればいいのに。俺……)
 中学生の頃は、意地をはって自分からはあまり連絡をしないようにしていた。だけど最近はすこしずつ、素直に関われるようになりつつある。でも、これではまた実家を出たばかりのころに逆戻りだ。
 数学の授業中、シャープペン片手に頬杖をつき目線を落とす。今日はノートにまだなにも書き記していないていたらく。教師の話など全く頭に入ってこない。
 崇史に尋ねられないのは、肯定されるのが怖いから。
 噂通り再婚を考えているなんて言われた日には精神崩壊するかもしれないと、大貴は我ながら思う。
 どうしてこんなにイヤなのだろう。
 崇史だって男なのに。仕方ないのに。自分がどうこう言っても崇史の人生なのに……悩む大貴は、イヤな理由を深く考えてみる。
 多少つきあうのは百歩譲って許せても、結婚されるのは抵抗感が半端ない。それはすなわち『新しいお母さん』として迎え入れなければならないからか──?
(やだ。そんなの。俺の母さんは、俺の母さんだけだもん。きょうだいなんて全然欲しくないよ)
 ずるずると机に突っ伏した。関数の公式について説明する声ははるか遠い彼方に響く。
(俺はわがままなのかな。心せまいのかな……)
 真堂邸の洋館に、母以外の女性が迎え入れられて暮らすなんて考えただけで不快だ。あの薔薇の庭や、グランドピアノのある部屋には、未だに彼女の温もりを感じる。聖域にも近いような空間に、他人が入り込んで欲しくない。
(……つーかあの家は母さんの家だ! おやじは婿養子だろ、じゃあ出てけよっ。うー!)
 いらついていると、授業の終わりを知らすチャイムが鳴る。大貴はいじけた顔をあげ、はじめて黒板を見た。

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 不調な精神状態のままで迎えた夜。今宵の客はM男だったので、歯止めがきかない。シティホテルの一室、大貴によって散々痛めつけられた身体は鞭と殴打によって傷つき、変色して腫れあがっている。ところどころの皮膚に針を貫通させたままで犯されている男は、鮮血さえ滴らせている始末だ。
「ひぎぃいいいい、いぃぃぃ……!」
 漏れる悲鳴はブザマで、大貴の嘲笑を誘う。後ろから貫きながら、男の髪を掴んで首を持ちあげたりといたぶり続ける。痙攣の具合も酷くなるいっぽうなので、この男はもうすぐ意識を手放すだろう。
 ──これ以上続ければプレイの範疇を超えるのは大貴にもわかっている。けれど横暴な戯れを止められない。
 イライラしているときはいつもそうだ。良くないとはわかっているのに、激しくして発散してしまう。
「あはははは………はははッ!!! もっと俺を……楽しませろよ……!」
 手加減せずに頬を張れば、男の頭はふたたびシーツに沈む。もう虫の息だ。だがこんな目に遭っていても性器を勃起させっぱなしなので、彼にとって今は天国なのかもしれない。
「はははは………!」
 だったら、べつにいいか。
 壊してしまっても。
 大貴は両手を男の首に延ばし、頚動脈に添える。
 少しだけよぎる罪悪感には、この身体に巡る崇史の血がそうさせるのだと言い訳をした。
 歪んだ笑みを零しながら。

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 無残な姿で失神した男を置き去りに、大貴はシャワーを浴びる。冷たい水に打たれていれば次第に戻る理性。頭から被りながら、泣きたい気持ちになってきた。
(なにしてんだろ。俺……)
 自分の都合で乱暴して、めちゃくちゃにして。客に大貴のプライベートなど、関係ないはずなのに。
「くっそー…………」
 グシャグシャと髪を掻き、ノズルをひねって水流を止める。ため息とともにバスルームを出て、タオルを手に取ったとき。
「!!」
 大貴の両眼はこれ以上ないほどに見開かれ、呼吸も止まりそうになった。言葉も発せず、その場に立ち尽くしてしまう。
「ふっ。眼が零れるぞ」
 口元をゆるませて笑うその顔は、真堂崇史。
 ジャケットは羽織っておらず、グレーのワイシャツの腕を組んで壁にもたれている。きっちりとした身なりではなく、手櫛で撫で付けたようなラフなオールバックに、タイも外した姿。それでもどこか上品さが漂うのは、麗しいという形容がぴったりとあてはまる、端正な面立ちのせいなのかもしれない。
 また、単に品が良いというだけでなく、精悍さも持ち合わせているのが崇史だ。上背もあり肩幅も広く、眼光の鋭さと相俟って、威圧感さえ感じさせる男らしい魅力──滴る闇のような暗黒の色香。
 何故、こんなところに彼がいるのだろう。
「灰原氏と私は懇意にしている。知らないか?」
 大貴の疑問を見透かしたように、崇史は口にした。灰原とはこのホテルチェーンのオーナーだ。大貴はおずおずとした動作で、濡れた身体を拭きはじめる。
「知ってる、けど……」
「お前の部屋に立ち入ることなど容易い」
 崇史は背を離し、大貴に歩み寄ってきた。そしていきなり頬を叩く。
「っうッ!」
 容赦ない一撃に、大貴の表情は歪んだ。すぐさま赤く染まるそこを押さえながらも、崇史に視線を向ける。何に対して崇史が怒っているのかは、すぐに分かった。
「なんだ、あの仕事ぶりは。独りよがりも甚だしい」
「……だって俺……!」
「私情を挟むな。お前の欲求を発散してどうする」
「……」 
 性的な仕事のことで、崇史に叱られるのはひさしぶりだ。実家で激しく躾けられていた、小学生以来のことかもしれない。大貴は思わずうつむき、バスタオルも床に落としてしまう。
「ごめん、なさい……」
 ばつが悪く漏らす大貴の唇を、崇史は奪った。
「! あ……」
 荒っぽく強引にされ、大貴は離れようともがく。首を掴まれて切なくも苦しい。
「……やめ、ろよ! お客さん、いるんだぜ。見られたら……」
「どうせまだ起きん。お前が手酷くしたせいでな」
「ッ、でも……」
 舌に絡めとられそうになりながらも、抗って顔をそむける。けれどその顎も大きな手に包まれてしまい、逃げ出せない。大貴よりも崇史のほうがまだ背も高く、掌も大きかった。
「ゆる、して。イヤだ……」
「許さん」
 宣告された大貴は口腔のすべてを舐め回される。重厚な舌の質感。もうダメだと諦めた大貴は、ぎゅっと崇史のシャツを掴んだ。

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 バスルームに逆戻りするように引きずりこまれ、水滴のはじくガラス張りの壁に押しつけられる。崇史は自らが濡れてしまうことも気にしていない。大貴の手首は頭上でひとまとめに握られ、濃厚なディープキスは続いた。
「ん、は……ッ、あぁ……」
 くぐもった吐息は浴室に反響する。自分の声に大貴は恥ずかしくなった。接吻が途切れたとき、目線を下にやれば屹立したペニスもある。視覚的に認識するとカアッと頬が熱くなり、羞恥はさらに煽られた。
「慎ましさというものを知らんな、お前の身体は」
「あ、あ、イヤだ……」
「はしたないのは相変わらずか?」
「っぐ……!」
 息子の股間に膝をめり込ませてから、崇史は愉しそうに微笑う。そして片手で大貴の両手首を掴んだまま、片手では性器を弄りだす。握りしめられれば、鳴きながら先走りを零してしまう大貴。噴出する透明な蜜にすぐさま股間は濡れ、太腿を伝う。
「や、めッ、あぁっ、ああ……」
 崇史にされるのは気持ちよくてたまらない。なにしろこの身体を開発した張本人。どんなふうにされると大貴が悦ぶのかを知り尽くしていて、巧みで、指先は蠢くように大貴を責める。
 感じる大貴の肢体はわななき、不自然に震える筋肉は緊張して張りつめた。グチュグチュと溢れる水温にまた恥じらいが生まれて、せめてもう喘ぎたくないと我慢していると、知らない間に唇をきつく噛んでいたらしい。手首を離れた崇史の指に触れられたとき、大貴はそのことにはじめて気づく。
「んッ、う──……」
 唇は親指にこじ開けられ、歯列をなぞられる。そうされながらも、あやすような動きでペニスの先端も摘まれている。間近に迫る崇史の顔は美しく、不本意ながら大貴の心音は跳ねあがった。
 年齢を感じさせる皴は確かにある。だがそれもまた、年を重ねた男の色気を引き立ててとめどない。開いたシャツの胸元から覗く首筋も、鎖骨も、すべてが官能的に思えてしまう。目の毒と思えるほどに。
「……こんなに唇を噛んで。妙な傷になれば、学校のお友達に何かと思われるんじゃないのか」
「る、せーなぁ……っ、」
「それともなんだ、つけて欲しいのか。目立つ所に」
「やめ…………」
 なぞられながら、ふるふると首を横に振る。すると崇史は跪き、大貴のモノを含んでしまう。舌触りを感じた瞬間、大貴は背を反らしひどく驚いた。
「な、親父ぃっ……! あ……」
 フェラチオを施されるなんて、崇史からはあまり受けたことがない。大貴は与えられる性感に吐息を荒げ、ますます頬を紅潮させながらも、困惑する身をよじった。

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「やっ、あっ、あ……、ン、そんな……、あー……!」
 責めたてる舌の動きに、大貴は身をよじる。吸いつかれると悶えてしまい、もはや悲鳴に近かった。まるで先程相手にしていたM男のようだ。
 そう感じて大貴は思い出す、いまはまだ仕事中だということを。ベッドではその客が眠っている。
「やだぁっ、親父、やっぱ、こんなこと……、あとで、して……俺の仕事が終わってから……」
 大貴の訴えなど聞かず、崇史はフェラチオを続ける。
 男根への愛撫だけでなく、滴る先走りと涎を潤滑油にして後孔にも指を伸ばしてきた。玉袋を弄ばれながらさらに奥までも弄られると、大貴の膝はいよいよガクガクと頼りなくなる。
「なぁっ、なんでも……して、いいから、するから……」
「……それほどまでに見られたくないのか」
 肉棒を吐きだした崇史が、裏筋を舌先でなぞってから言った。視線を注がれて大貴は頷く。自分がいま、かなり悲痛な面持ちをしているのだろうということは大貴自身にもよく分かる。
「父親に蹂躙されているところを。……お前はSだからな、その気持ちは分からんでもない」
 崇史は、はちきれんばかりに実った大貴のペニスを扱きながらも立ちあがる。一瞬、大貴は崇史が理解してくれたのかと思いかけた。
「だが、犯されて泣きわめくのもまたお前の一面であり、本性のひとつだ。覗かれるのも一興だろう、その本性を」
「……!!」
 激しく扱かれて、ついに大貴は迸らせる。白濁の飛沫をあげて、目の前がかすんだ次の瞬間には壁に背をつけたままずるずると崩れ落ちた。自らの精液で腹を、腿を、胸元にまで跳ねさせて汚しながら乱れる呼吸。
 絶頂を終えた性器は、崇史の足に踏まれてしまう。反射的に大貴が睨みつけると、「良い目だ」との称賛が返ってきた。

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「……お前は俺に犯されたいのだ」
 大貴の頭上で響く声は、残酷なほどに言いきった。
「客に見られても、どうなっても良い。パパに抱いて欲しくてたまらない……そうだろう? 大貴」
 体液に塗れた大貴は、わなわなと震えながら崇史を見上げる。確信犯の笑みをした父親に憎しみすら湧いた。
 それなのに崇史の言うとおり、求めている自分もいる。タイルに爪をたてて、悔しいのか、悲しいのか、むかつくのか、なにもわからない。わかっているのは達したのにも関わらず、身体の芯は熱く燃えたぎっているということ。激しく穿ってもらわないと癒されないような、どろどろとした欲望の虚が蠢いている。
 大貴の心の奥にはいつも、暗闇で膝を抱えている少年がいた。普段は薄れているけれど、こんなときは酷く蘇る。愛されたいと祈り、それなのに歪んだ愛情しか与えてもらえずに、悲しくて泣いている幼い少年……その子は崇史に犯されたいと願っている。崇史からの愛はセックスとSMプレイしかないと知っているから……
「俺が、そう躾けたからな。繰り返し身体に教えた。性虐待という名の教育を」
 絶頂後の余韻も手伝い、崇史の低い声音を聞いているだけでも、素肌を撫でられているようないやらしい気分になってしまう。そんな、震えの止まらない大貴に差し伸べられる崇史の手。大貴は半ば愕然とした表情で、その手を取った。
「イイ子だ」
 笑われながらそう言われる。肩も掴まれて引き寄せられるのは、崇史の股間。トラウザーズのファスナーは下ろされ、熱を持ち勃起した男根が大貴の唇へとあてがわれた。大貴は片手を崇史とつないだまま、舌を這わせる。
「……っ、ふッ……、う……、ぅう……」
 嗚咽をこらえながらしゃぶりついていると、涙腺が暴発しそうだ。
 でも、崇史に犯されるたびに泣いていては本当に格好悪いから、今日こそは我慢したい。幾ら複雑な心地に苦しいといえども、なにしろもう高校生なのだから、情けないにもほどがある。
 がむしゃらに口腔の奉仕をして、わざといやらしいことしか考えないように意識する──どうでもいい。客に覗かれてもかまわない。欲しい。崇史に犯されたい。誰とセックスをしても、崇史とするときほどの気持ち良さは味わえないのだから開き直ってしまえと自らに言い聞かせる。
 唯一、拮抗するのは薫子だけだ。
「……パパ、……」
 得意のディープスロートを施し、喉奥から抜くと大貴は見上げる。崇史の瞳はいつものように、静かな闇をたたえていた。

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 バスタブに手をつき、軽く弄られたあとで崇史の肉棒が挿入ってくる。大貴は茫然とうつむいていたが、満たされていく感触には癒されるような心地も覚えた。反発しあい、逆撫であう相反する感情は思春期も半ばを過ぎても、未だに決着がつかない。
「ん……、うぅッ…………」
「きついか」
「……そんなこと……ない……」
 大貴はかき消えそうなほどにぼそぼそと、小さな声で返事をした。崇史のモノはサイズが大きく、すべてを収められるといまでも苦しい。
 けれどこの苦痛は抜き差しを続けるうちに、そっくりと快感に置き替わることを大貴は知っている。
「う……、あぁ、あ……!」
 開始される動きには躊躇いがない。
 大貴は縁を一層強く握りしめ、衝撃に眉根を寄せた。肉壁を擦りあげる緩急織り交ぜた巧みな腰つきは、大貴のいちばん感じる所を時折ピンポイントに狙いもする。
「ぁあぁあああっ、パパ……、パパぁっ……!」 
「大貴。愛らしい……お前はいくつになっても、パパの性玩具だ、わかっているだろう?」
「ッ、れ……も、俺も……っ、パパのこと……」
 快楽にもみくちゃにされていると、素直な気持ちがこみあげる。そして崇史に尋ねたいことがあったと思いだす。そのせいで一日じゅう不機嫌だったことも。いきなり襲われた驚きもありすっかり飛び去っていた疑問が、やっとぶり返した。
「きのう、噂をきいたんだ、けど……パパ、つきあってるひと、……るの……?」
 シラフでは怖くて尋ねたくなかったのに、激しさのなかでは割と平気だ。大貴はまるで、どさくさに紛れるような気分にもなる。
「やはり吹き込まれたか。昨夜の電話もそれだろう」
「う……、あぁっ、どうし……て……」
 崇史にはいつもなにもかも、見透かされてしまう。ひょっとしたら大貴の仕事のスケジュール──誰に買われているのかも、すっかり把握されているのかもしれない。
「あれはただの噂好きだ、根も葉もない話を、気にするのはやめなさい」
 崇史は揺らしつけながら、また大貴の髪を撫でてくれた。そうされるのは嫌いじゃないし、むしろ好きだ。唇の感触も背中に感じ、大貴は安堵に包まれる。
「ほんと、に……?」
「生きた女に興味は無い」
 安心しろ、と崇史は言った。それはどういう意味なのかと尋ねようとしたけれど、大貴のペニスからはお漏らしのように白濁が垂れた。半勃ちに萎えていても関係なしに、尻穴で感じた絶頂で射精出来てしまう。聞きたい気持ちは悦楽に押し流される。
「あ、あぁあっ、イ、っ、て……るっ、パパぁ……!」
 達しても構わず、大貴は無我夢中で腰を振った。
 もう気が狂いそうだ。
 崇史の言葉は歪んだ性癖を表すのか、もしかして少しは舞花のことを愛していてくれたのか、わからない。ただただ嬌声をあげつづけ、大貴は恍惚に溺れた。

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 結局客が目覚めたのは、行為を終え、崇史が席を外してからだった。大貴はくたくたな身体を隠し、男をエントランスまで送る。M性癖の彼は今宵のことを逆に喜んでいるくらいで、激しくて良かったと満足げだ。
 客と別れてから向かうのは最上階。崇史と、其処にあるダイニングバーで待ち合わせている。
 崇史はたまたま出張で、今夜はここに泊まるらしい。
 でも、それは嘘かも知れない。ひょっとしたら自分に会うためだけに来てくれた可能性もある。大貴はこの歳になって、やっと崇史の性格をわかりつつあった。
 店に入り、案内されるのは一番奥にある個室。シックな内装の空間で、すでに崇史はロックグラスを傾けている。
 座るように促され、向かい合う席に手をかけた大貴だったが、崇史は自らの隣をポンと叩いた。確かに、革張りのソファは二人掛けできるだけの余裕がある。
「……やだよ。はずかしい」
「今さら、何を気にする」
 だって店員さんが来るじゃん、とは思ったけれど、言われるがまま崇史のそばに腰を下ろした。
 距離の近さになんだかうれしくなるのもまた事実だ。
「やっただけで、終わりかと思った。どうせすぐ帰っちまうって……」
「帰った方が良かったか」
「ううん。親父ともう少しいたい」
 素直な気持ちを吐きだせば、大貴は自然に微笑みを浮かべてしまう。幾らひどいことをされても、崇史のことが好きだし、尊敬している。大貴の知っている誰のお父さんよりも、崇史がいちばん格好良いと思う。
 彼が飲んでいるのは、ブルイックラディの16年。大貴はというといつもの調子で、アールグレイティーとザッハトルテ、ミルフィーユを注文した。夜中に太るぞ、と言われても気にしない。
 味わいつつ、たわいもない会話をしていたけれど──ふとした瞬間、崇史は大貴の唇にグラスを近づけ、赤みを帯びた黄金色の酒を与えてきた。それは大貴が思っていたよりも飲みやすく、舌ざわりもまろやかだ。
 嚥下すると、大貴は崇史の肩にもたれてみる。そうすると腕を廻してもらえて、大貴は瞳を閉じた。
 いつもは離れて住んでいるから、こんなときだけは甘えていたい。
 窓の外に広がるきらびやかな夜景に見守られながら、しばらくのあいだ大貴は身を預ける。未だ身体の芯に残る、快楽の余韻を感じつつ。
 胸の内には母親の笑顔も蘇り、大貴は幸せな夜にひたるのだった。

E N D