Strange love

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 男が入室すると、広々としたスーペリアダブルは蜜色の照明に満たされていた。
「おお……、これは……」
 一人がけのチェスターフィールドに腰かけた少年を見て息を飲む。後ろ手に縛された少年は目隠しもされていた。どう贔屓目に見ても小学生に見えないが、身体のサイズにきちんとフィットした有名私立初等部の制服を纏っている。ひどく背徳的な姿だった。
「大貴くん……いつから縛られてるのかな。寂しかったんじゃないの? ねえ、大貴くん……」
 うっとりした表情の男が、少年の足元に崩れ落ちる。
 半ズボンから伸びる、ハイソックスを身につけた長い脚に頬ずりした。目隠しの大貴は唇を閉じたまま無反応で何も喋らない。
「今日の大貴くんはお人形さんだから、なにをされてもそのままでいるんだよ……いっぱい、遊んであげるからね」
 テーブルにはたくさんの性具や拷問具が並べられていて、おぞましいことこの上ない。
 手始めに男が選んだのはスピンニードル。鋭利な車輪を大貴の太腿に転がした。

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 間接照明に闇を薄められた部屋、天蓋に覆われたベッドに薫子は腰かけている。ランジェリーも、それを透かす薄手のベビードールもすべて黒色で、爪の色だけが真紅に塗られていた。入浴を終え、メイクをオフした素顔で眺めているのはサイドテーブルに置いたMacBook。
 ディスプレイに映しだされているのはホテルの一室、目隠しの大貴をいたぶる中年男性の映像だ。初等部の制服を乱された大貴は睾丸にも肉茎にも器具で圧力をかけられ、乳頭もクランプで挟まれながら、開口器具でこじ開けられた口を容赦なく犯されている。多量の胃液と唾液をドロドロ垂らしているものの、大貴は椅子に座ったダッチワイフと化し、微動だにせず、呻くことすらしない。
「どうだよっ、ちゃんと撮れてる?」
 風呂あがりの大貴が寝室に入ってきた。ボクサーパンツに薄手のパーカーを羽織っている。薫子の買い与えた夜着なので、もちろん黒だ。大貴はコーラの入ったグラスを手に持っていた。
「ええ……カメラの位置が気に入らないけれど」
「まじでー?」
 大貴は立ったまま、自分が凌辱されている画面を覗きこむ。男のペニスが口から抜かれる瞬間だ。
「そんなことないじゃん。撮れてるし」
「角度が悪いわ。やっぱり長田には任せられなくってよ。私がセッティングしないと駄目ね……」
 SM女王として大事な仕事が入っていたので、室内に赴いてカメラ設置やスタイリングを薫子自身で出来なかった。映像は編集し、客の男にも渡すことになっている。
「お客さまには満足していただけると思うけれど、私のコレクションのなかでは1つ星に留まるわ……」
「うわ! 痛ったそー!」
 頬に触れて憂いのため息をつく薫子のかたわら、大貴は顔をしかめる。中年男性は医療用の注射針を大貴の胸もとに刺していた。
「そのシーンヤだからー、俺去ろー」
 画面から視線をそむけた大貴はグラスを手に出て行こうとする。見えなければ大嫌いな針プレイも少々耐えられるらしい。そのことに大貴は歯医者で麻酔を打たれたときに気づいたという。
「じゃあ、ハーゲンダッツのバニラを持ってきて頂戴」
 薫子はMacBookのかたわらに置いた透明なティーカップを唇に運ぶ。よく冷えたジャスミンティーは美味しい。
「俺もいっしょに食べていいならー、そばに戻る」
「もちろんよ。好きなお味を選びなさい」
「やったっ!」
 無邪気で子どもらしい笑顔を残し、大貴はパーカーをはためかせてキッチンに行く。映像の中で蹂躙の限りを尽くされている淫靡な性玩具とは、まるで別人だ。

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 アイスクリームを味わったあと、大貴は薫子の肩をマッサージしてくれた。小さなころから大人たちにサービスしているためか、なかなか上手い。こめられる力はいつも適度だ。
「今夜のお仕事、辛かったんじゃないのかしら?」
 目隠しの少年にどろどろと顔射がされたところで、薫子は映像を消した。明日は女王業は休みなので、ゆっくりと編集を愉しむ余裕がある。その時間、灯すアロマキャンドルはやっぱり薔薇の香がいい。紅茶はマリアージュ・フレールのローズディマラヤにする。オーディオからは陰鬱なクラッシックを流したい。
「ううん。ぜんぶ自分の道具だからー、どうゆう痛さか知ってるし、攻めるときの勉強にもなるから大丈夫だよ」
 肩を叩きながら大貴が微笑う。
「あー、いいにおいっ」
 叩くのをやめた大貴の鼻先が髪に触れる。薫子は微笑してしまったが、後ろから抱きしめられ、腰のあたりに熱いものを押しつけられると戸惑いも覚えた。
「や……、ちょっと、貴方……」
「さわってたら、こーふんしてきた……薫子、だいすきだよ。スキっ」
 腕のなかに閉じこめられ、頬にキスを受ける。胸の高鳴りを感じて、薫子は切なく目を伏せた。
 大貴からのストレートな求愛は可愛らしくて嬉しくもあるけれど、異性としての愛情を向けられることには正直なところ、いまでも困ってしまうのだ。
 子どもだと思っていたのに、どんどん男になっていく。
 反対側の頬を撫でてくる手のひらの感触にぎょっとする。いつのまにこんなに大きな手になったのだろう。
 薫子は、成長期のスピードの速さにまるでついていけていない。
「こえーの? 痛いことなんか、してないのに……」
 柔らかく触りながら、大貴は苦笑した。
「どうして私が怖がらなくてはいけないの? 何を……」
「だって不安そうだもん」
「不安なんて……、ん……」
 言葉は唇とともに奪われた。滑りこんでくる舌先は濃厚に蠢いて薫子を溶かしてゆく。異常なほどに巧みだから、薫子の頬はすぐさま上気させられてしまう。
 ベビードール越しに身体をなぞられる。抗わないとわかると大貴の指先はレースをたくしあげた。
 素肌の太腿に触れられたとき薫子は震えてしまって、恥ずかしくなる。大貴は気にすることもなくキスを途切れさせ、吐息を首筋に吹きかけてきた。息の後に舌が続き、肩のあたりを甘噛みされる。
 そのあいだも手のひらは這っていて、だんだんとなまめかしい愛撫へと色合いを変えてきている。
「俺のことも噛んで」
 誘われるようにシーツに倒れ、大貴の右手を唇に押しあてられる。溢れはじめた快楽から気を紛らわすために、薫子は請われるがまま歯を立てた。
「もっと……もっと痛くして……そう……ほら……他の指も傷つけろよ」
「ッ、ん……、うぅ…………」
 口許に与えながら、大貴は左手で嬲り続ける。ランジェリーのはだけた素肌にはキスが降り、舐められ、尖った胸を舌先でつつかれたりもした。
「あぁ…………」
 感じすぎてぼやけた視界から、血の滲んだ右手が離れる。愛撫を止めた大貴は瞼を閉じて、傷つけられた自分の手にキスをした。
 愛おしくてたまらなさそうに、嬉しそうに。
 そんな表情からも官能的な色気を垂れ流している大貴は、薫子の鼓動をさらに乱す、艶やかな毒でしかない。

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 弄んだ薫子を溶かしきると大貴は身を起こし、ベッドサイドのチェストに腕を伸ばしてゴムを取りだす。その身体つきはまたたくましくなっている気がして、感慨深いというよりも、やっぱり呆然としてしまう薫子だった。
「どーしたんだよ……着けてくれんの?」
 枕に横顔を乗せてまじまじと眺めていた薫子の目線に、大貴は気づく。
「冗談だよ。そんなこと、させるわけねーじゃん」
 薫子の返事を待たず、苦笑された。手早く着けて、また肌を密接させてくる。
「薫子はご主人サマなんだからー、ドレイにご奉仕されてるだけでいいんだもん」
 無邪気に微笑されると、いつもの子どもらしさがふいに感じられる。けれど腿を割り開かれ、すぐさま男の瞳に戻ってしまった。
「厭………」 
 満たしてくる肉感に、思わず眉根を寄せる。固く瞼を閉じてから薄目を開けると、覆い被さる大貴も切なげな表情を浮かべていた。
「ヤだとか、嘘だし……、こんなに濡れてて、俺を受けいれてるのにー……」
 薫子の唇を優しく奪ってきて、舌がこじ開けてくる。
 腰を使うことなくただ繋がっただけでゆっくりとキスを愉しまれるのも、薫子をとろけさせた。身体のなかの大貴の感触と熱を意識してしまう。
「ほら、しめつけた……、欲しいくせに……」
 唾液の糸を引かせ、唇が離れる。大貴の手のひらはいつも薫子のどこかを撫でつづけている。
「いじわるな子……そんな躾をした覚えは、なくってよ……」
 大貴は不敵な笑みを零す。
「生まれつきにエスだもん。それはどんなに調教されても消せねーもん。ふふふっ」
「! きゃあっ…………」 
 グラインドされて、大きな波が生まれた。大貴は唇をゆるめたまま腰を使いはじめる。くねくねと揺らし、薫子に快感しか与えない。
 こんな調子でいたぶられたら、薫子はすぐに達してしまう。けれど大貴は焦らすのも巧い。一気に追いつめることも出来るのに、しない。
 すこしずつ、確実に、薫子を追いつめて遊ぶ。薫子が自分でも恥ずかしくなるほどに陥落させられ、理性を薄れさせてゆく様子を眺めて愉しんでいる。
 限界を感じた薫子が達すれば、今度はそれをきっかけに何度も昇らされる。たくさんの快楽を与えるのは大貴いわく、性玩具として当然の作法であるらしい。
 だからいつも、SMでない、ノーマルなセックスのときは大貴が達しているのをまともに見たことがない。薫子の意識はそのころ虚ろをさまよい、四肢は朦朧と投げ出されていることが多いからだ。
「スキ、だいすき……、イク……、かおるこぉ……」
 瞬間をぼんやりと感じていた。最後ばかりは大貴も自分のために腰を使い、動きを止める。
「……あー……、きもちいい……、かおるこ、きぜつしてるの……? かわいい……、きれい……」
 クスクスと満足気に微笑い、薫子から熱が離れる。
 すぐに大貴はそばに擦り寄ってきた。シーツに崩れ落ちるように。きつくきつく痛いほどの強さで抱きしめられる。
「しあわせっ……、小さいころから、ずうっとこうしたかったんだよ……うれしい……なー……」
 くちづけを注がれ、髪を撫でられながら、薫子の意識は遠く流されていった。

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 目覚めたら朝になっていて、薫子は少し不機嫌だ。汚れたシーツのまま眠ってしまったことが気に入らない。
「ごめんってば……ペニバンでー、俺のことをめちゃくちゃに犯してくれていいからっ」
 ふたりでシャワーを浴びて、さっさと髪を乾かし終え、開襟シャツの制服に着替えた大貴は謝ってくる。薫子は濡れた長い髪をバレッタでまとめ、ガウン姿でトーストをテーブルに出した。他にはヨーグルトと作りおきのマリネくらいしか用意してあげられないのは、寝坊したせいだ。
「そんなことはどうでもいいの。あの後、起こしなさいよ。まったく……」
 快楽に溺れすぎて、怠惰に眠ってしまった自分に腹が立つ薫子だった。登校の時間をゆうに過ぎているのに、テレビをつけて呑気にエシレのバターを塗っている大貴にもイラッとする。
「だいたい貴方、遅刻なのだから、少しは急ぎなさい」
「大丈夫だよ。がっこーではー、俺はー、生理痛が重くてなかなか起きあがれないって設定になってるもん!」
 たっぷりとジャムも塗って、ニコニコと食べはじめる。
「ばかな子ね。知らないわ」
 怒る気をなくしてしまい、薫子は呆れながらも自室のドレッサーに座る。やっと、ゆっくり髪を乾かせる。
 ドライヤーを使い終えて、ブラシをかけていると、大貴が部屋に入ってきた。右手の傷に絆創膏を貼りたいのだが、左手ではうまく貼れないらしい。
「やって。貼ってほしい、おねがい」
「……座りなさい」
 学校指定の肩かけカバンを下げた大貴が、スツールに腰を下ろす。魔女の淫靡な空間といった妖しげなインテリアの室内に、中学校の制服の少年はなんだか不釣りあいだ。
「この傷だって、どうやって言い訳するのかしら」
 自分で噛んでしまったものの、薫子は心配になった。大貴はおとなしく絆創膏を巻かれている。
「えー、いぬに噛まれましたってゆう」
「稚拙ね。バレてしまいそう」
「虐待されてることー、かくすのプロだもん。まかせとけよな」
「笑顔で言うことじゃないでしょう」
 人差し指にも、中指にも、薬指にも巻き終えて、薫子はたしなめた。大貴は気にすることもなく微笑ったままだ。
「……立ちなさい。まだ二時間目に間にあうから」
「うん!」
 薫子も部屋を出て、玄関まで見送る。大貴は素足でコンバースを履く。
「今日はお弁当作ってあげられなくて、ごめんなさいね」
「いいって。寝坊は俺のせいだし……、すーきっ」
 すこしだけ腰をかがめ、大貴はキスをしてきた。すぐに唇は離れ、笑顔で踵を返される。
「いってきまーすっ」
「……いってらっしゃい」
 薫子も微笑み、ドアを閉じた。
 ふだんの子どもらしい大貴を見ていると安心できる。
 薫子もまた大貴に異性として惹かれていながら、相反し、いまはまだあどけない少年でいてほしいとも願ってしまう。それは深く愛されることに対しての戸惑いからなのか、親心にも似た姉のような想いからなのか、薫子にはよくわからなかった。

E N D