至境

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 間接照明で闇を薄めた、ホテルの室内を眺めている。
 すでにパジャマに袖を通し、ツインベッドのうちのひとつに身を横たえて。
 バスルームから健次が歩いてきたので、視線にとらえる。ボクサーパンツしか身に着けていない姿は秀乃の目には毒だ。無駄な肉のない引き締まった身体を晒して、平然と歩かないで欲しい。
(健次はノンケだから、俺がドキドキするって未だに分かんないのかな……)
 頭から布団を被り、健次の色気を遮断した。すると声が聞こえる。
「なんだ……やらねぇのか」
 秀乃はすぐに顔を出す。健次は冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取りだし、キャップを開け、喉を潤しつつベッドに近づいてくる。
「寝るのか、お前」
「……そのつもりだけど」
「ふぅん……」
(え? えぇ? やらねぇってなに……)
 秀乃は身を起こし、健次をまじまじと見つめてしまった。いくらか飲んだペットボトルをデスクに置くと、スーツケースから出していた黒いTシャツを着てしまう。
「ケツ洗って損した。まぁいい」
 隣のベッドに倒れこんだ健次は、あくびを零す。セットしていないと前髪はさらさらと目許を隠し、それもまた秀乃には色っぽく感じられた。
「健次……し、したかったの……?」
 ベッドサイドのパネルをいじられて消灯された空間、秀乃は驚きをもって健次のほうを見つめる。
「……してぇもなにも、てめぇは二人きりんなりゃ、馬鹿みてぇに俺を犯すだろうが……」
 バカじゃねぇサルだな……と、訂正された。酷い言われようだが、反論出来ない秀乃がいる。
「今日も普通にそうだと思うだろ」
「そりゃ、今日だって、させてくれるんならしたいよ、だけどさ、健次の言うとおり求めてばっかりいたら、迷惑かなぁって……!」
「ふ……、……ははっ」
 暗闇で健次はちょっと笑っている。何故笑われたのか、秀乃には分からない。
「いまさら、迷惑とか言うのか、お前の口が」
「だって……そうだろ……? それでなくたって、今日は……俺、健次に嫌な思いさせたかなって、気にしてるんだよ……」

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 遠出をして同伴してもらったのは、少年性奴隷に芸をさせるアングラな定例会だ。好みの少年がいれば所有者に掛けあい、買い取れる場合もある。
 遊郭の商品を探すために出席した、その席で健次は呟いたのだ。
「此処には来たことがある」と。
「古くからある会だとは知ってたよ。でもまさか、健次もあんな催しに出されてると思わなかった」
 知っていたら健次を連れて行かなかった。昔を思いださせて、傷つけたくない。
「俺だって行って気づいた……いちいち覚えてねぇ」
 だんだんと暗闇に目が慣れてきている。仰向けに横たわる健次の姿がぼんやりと把握出来てきた。
「本当に嫌な気持ちになってないの……?」
「あぁ」
「酷い目に遭ったのに?」
「もう終わったことだ」
「健次は、強すぎるよ……!」
 いつものように感動し、同時に切なくなり、憧れや眩しさも抱く。
 秀乃の涙腺はじわじわゆるみ、目許を押さえた。それでもこみあげる涙を我慢できず、鼻を啜る。
「女か、てめぇは……」
 呆れたように言い、健次は寝返りをうつ。座りこんでいる秀乃の方を向いてくれた。
「面倒くせぇヤツだな」
「そんなこと言うなよぉ……だって……、だって」
「あの場所ではそれほど腹立つ目には遭ってねぇ」
「……そう、なのか……?」
「裸に剥かれて、空手の型をさせられただけだ」
(それを観たいって思ってしまう俺は心底腐ってるな)
 辱めに心を痛めながらも、映像として残されているならどんな卑劣な手を使ってでも手に入れて鑑賞したいと思う。
「よく分からんが、その日の見世物んなかで三位に選ばれて金貰った」
(……健次が一位じゃないって、審査員見る目無いなぁ)
「高けぇ自転車を買った。それでひとりで和歌山とか岡山とか、秋芳洞に行っ──」
「ねぇ、健次、それ、いつの話なんだ」
「小六……? 小五か」
「子供が危ないよ。一日で帰ってこれないだろ、秋芳洞って山口県じゃないか」
「野宿だ。メシを忘れててザリガニ捕まえたりな」
 健次はふたたび薄明かりを灯し、起き上がる。デスクに煙草を取りにいった。
「ザリガニ捕まえてどうするの……」
「ハ……? 食うに決まってんだろう」
「……」
「で、どうするんだ、するのか」
「うん……、したい」
「一本吸う……待ってろ」
 高校生の頃とおなじ赤LARKを咥えて、ホテルのライターで火を点け、吸って、煙を吐く。
 見慣れた姿を今夜も眺められる喜びに陶酔し、じっと眺めてしまう秀乃だった。

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 吸殻を灰皿に潰した健次は、瞑目して息を吐いたあと、すぐに瞼を開いて、もたれかかっていたデスクから背を離す。Tシャツを脱ごうとしながら近づいてきたが、気づいたように尋ねてくれる。
「脱がすか?」
「……うん!」
 秀乃のベッドに座った健次の、そのシャツに手をかけてたくしあげる。衣服を奪う。たったこれだけの戯れでも秀乃は嬉しくなれる。ボクサーパンツ一枚になった健次にキスをしてさらに幸せな気持ちを味わい、どちらからともなく舌も絡めた。
(煙草の味がする)
 非喫煙者の秀乃にとっては、あまり好きではない味だ。
 けれど、健次の舌の味なら許せる。健次とキスをしていることを強く実感できたりもした。
 濡らしあった唇を離したが、まだそれほど、おたがいに涎まみれにはなっていない。
 健次は腕を伸ばし、秀乃の股間を触ってくる。
「ちょ……、健次……」
 口づけだけで半勃起してしまったことを知られて恥ずかしくも思ったが、いままで散々、旺盛な性欲をこれでもかと健次に叩きつけているのだから、あまりにもいまさら過ぎる恥じらいだ。
「お前、明後日、誕生日だろ」
 近すぎる顔にドキドキしていると、なんの前触れもなく告げられた。
「健次って俺の誕生日覚えてたの……?」 
 主張する形をなぞられながら、秀乃は耳を疑う。目を見開いてしまった。
「何年つきあってると思ってんだ……」
「えっ、つ、つきあっ!」
「そういうイミじゃねぇ、ヘンな勘違いするな」
 健次の眉間は剣呑に寄せられる。ものすごく嫌そうな表情だ。
「そんな否定しなくてもいいだろ、確かに俺はホモで、健次はヘテロだけど……」
(春江さんがいるけど……)とは、心のなかで呟く。冗談で、健次を自分の妻のように吹聴することもある秀乃だけれど、本当はちゃんと分かっている。
「ゲイの片思いの割に親切にしてもらってるなって、感謝してるよっ」
「はっ、本当に感謝してんのか……」
 疑わしげな視線を投げかけられる。健次の指先が秀乃から離れた。
「してるよ。ねぇ、健次も俺を脱がしてくれ」
「てめぇで脱げ」
「うぅ……」
 拒絶されたと思いながら自分でパジャマのボタンを外していく。でも、生まれた日を覚えていてくれたのはとても嬉しい。
「下着もだ」
 脱いだものを隣のベッドに投げると、続けざまに命じられる。秀乃は深く考えず、言われるがままその通りにした。
 すると健次はゆらりと身体を倒し、秀乃の股ぐらに唇をつける。手のひらで柔らかくなぞってから、尖端に舌先を這わせそのままゆっくりと口に含む。
(え……、ぇ……、う、そだろ……)
 無理矢理でもなく、頼みこんででもなく、凌辱し尽くして意識が朦朧となっているところでどさくさに紛れて突っこむのでもなく、自主的にフェラしてもらえることはとてもめずらしい。秀乃にとってこれは事件だ。
(うわ……、スゴイ……、撮りたい……、ヤバイ……、夢……? なにこれ……)
 咥えている姿を見るだけで欲情できるのに、健次のやり方はそれなりに上手いので、あっという間に秀乃は完全勃起してしまう。壮一とその友人にはヘタクソと罵られては殴られたり、頭を押さえつけられてイラマチオに移行させられてしまうことの多かった健次だが、それはやりたくもないのにイヤイヤにやらされているからで、本当はちゃんと口淫ができる。

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「……嬉しくねぇのか」
 硬直していると、口から引き抜いた健次は尖端を弄ぶようにいじりながら尋ねてきた。健次の意図なく上目遣いになり、秀乃はそれにも心を鷲掴みされる。
「う、う、嬉しいです……」
「なんで、敬語なんだ……」
 唾液にまみれた肉茎をごしごし扱いてから、また含んでくれた。先程よりも若干激しさを増し、頬を窄めて吸いついてくれる。
「誕生日だからしてくれてるの……?」 
 健次はなにも答えない。瞼を閉じて深くまで飲みこみ、ディープスロートとまではいかないが、欲情の尖端は健次の喉を突いてしまう。秀乃は快感に痺れつつも微笑う。
 黒髪を撫でてみたが、それは鬱陶しげに振り払われる。
「ねぇ、健次、そんなに上手にされてたら、すぐにイッちゃうんだけど……」
 高まってきた快感を素直に告げると、健次は肉茎を引き抜いた。半開きの口からどろどろ涎が垂れていくのも秀乃の目にはとてつもなくいやらしく映る。自分の唾液といえど、男の性器を舐めて分泌されたモノを飲みこみたくないのだろう。
「ありがとう」
 秀乃は笑んだまま健次の輪郭を撫で、軽く舌同士をあわせたあと、頬にもキスした。今度は自分が気持ちよくしてあげたいから、胸元から下腹部へと指先を這わせていく。
「……もういいのか」
「うん、大満足だよ、健次も裸になって」
 腰を浮かし、脱がされることに協力してくれる。秀乃とおなじように素裸になった身体は当然のように萎えたままだ。ふたりで寝そべると、ずるずると秀乃は身体の向きを変え、健次の肌を撫でて性器を弄び、やがて含む。
 口のなかで好きな人が反応していくさまは、秀乃にとってものすごく幸せなことだ。
 瞼を閉じ、恍惚とした気持ちでほおばる。
 しゃぶりながら、太腿を撫でまわしていた手を次第に尻のほうへとすべらせていく。十代の頃にくらべれば怯えなくなった健次だが、それでも、奥まった窄まりに触れられた瞬間はさすがに身体をこわばらせる。
 秀乃はまだ激しくはいじらず、蕾の入り口をなぞるに留める。これから凌辱されるということを、後孔に教えてやっているだけだ。

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 充溢しきった性器の味わいをしばらく愉しんでから、秀乃は唇を離した。
 健次の表情を窺ってみれば、目を閉じてかすかに唇を開けている。耐性がついていることもあり、秀乃の体液──媚薬には浸っていない。酔いはじめてきた程度だろう。
 昔なら、わざとらしく多量の体液を浴びせてどろどろに惚けさせていたけれど、いまは違う。
 そんなふうに溺れさせなくても健次を開ききり、快感を与えてやれる自信がある。
 完全には媚薬に塗れきっていない、素の残った健次とセックスするのも愉しかった。
(まぁ、たまには溺れさせたくなるときもあるし、俺の気分次第だけど……)
 秀乃はベッドから降り、潤滑剤とコンドームを取りにいく。いつもなら最初から襲う気しかないのでそばに用意しておくのだが、今日は本当に手を出さないつもりでいた。
 すぐに戻り、持ってきたものをシーツに置いて仰向けの健次に触れれば、言われずとも両脚を曲げて、弄りやすいようにしてくれる。秀乃はチューブから潤滑剤を出して早速窄まりに塗りつけ、手始めに小指を挿れた。
「…………、ッ……」
 これもまた、犯されるということを蕾に教えてやっただけにすぎない。
 次に人差し指を挿れていくのは、すこし本格的な慣らしになる。
(相変わらずキツいな──……)
 健次のなかが敏感にビクビク反応しているのが秀乃に伝わってくる。指一本でわずかな抽送をしてやっただけで健次はこわばりを強くし、左手はシーツを掴んだ。眉間には皺も寄っている。
「痛い……?」
 首を横に振られた。何度も何度も抱いているので、これくらいなら大丈夫だと秀乃のほうも分かっているのだが、心配なのでつい尋ねてしまうのだ。
「それならいいけど」
「出せ……」
 健次は薄目を開き、右手を秀乃に差しだす。秀乃はその指先にも潤滑剤のジェルを付着させた。
 秀乃だけにいじらせず、健次は自分でも後孔に触れて、塗りつけていく。中指を挿れるときは歯を食いしばり、とても辛そうな顔をした。
 秀乃も追随して中指を挿れる。締まった孔のなかでおたがいの関節が擦れあう。それは秀乃にとってはうっとりしてしまう戯れだった。柔襞に包まれ指を絡めて蠢かせる。
「……、ぁあ……、う……」
 掻かれて耐えきれないとばかりに、健次が漏らす艶っぽい喘ぎ。しかし、すぐに健次はきつく唇を閉ざしてそれ以上は零れないようにしてしまう。声を出すのを耐えるその表情も秀乃を惹きつけた。
「やらしい、健次、すごいよ……」
 感嘆しながら、秀乃は人指し指も添えてみた。健次の内腿は引き攣れるように震える。いっそう切なげにする表情は見ようによってはいますぐ泣きだしそうな顔にも見えた。それでも股間の屹立と、さほど触れていない乳首の尖りは保たれている。

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「……もう……いいだろ……来やがれ」
 秀乃の指先と一緒になって抉っていた窄まりから、引き抜いてしまう健次。秀乃はもうすこし弄びたいとも思ったが、早くひとつになりたいと願ってもいる。ほんのわずかな時間だけ迷ったものの、選んだのは後者だった。
「じゃあ、健次着けて」
「甘やかすとキリがねぇ……」
 と、不満気に言いながらも健次は身を起こし、スキンの包装を破いた。当然ながら健次も男なので、欲情しきった秀乃の肉茎に着けてくれる手際は良い。その充溢にジェルを塗りつける作業は、秀乃自身でした。
「誕生日なんだよ、健次」
「……じゃあ……もうすこし、甘やかしてやろうか」
「お、お願いします……!」
「ふっ……」
 健次は面白そうに目を細める。
(わ、こ、国宝級笑顔だ……!!)
 間近で見てしまって、ぼおっと惚ける秀乃の上に健次から腰を落としてくる。対面座位だ。
 両手の指も使ってあてがい、ゆっくりとあわせ、沈む。その表情は一瞬で歪み、苦しげになる。
「……ぐッ、ぅ──……」
「無理しないでいいよ、健次……」
 秀乃は飲みこまれていく快感に包まれながら、健次のしかめっ面を見上げる。
「無理せず、に、こんなことできるか……だったらハナからお前、と、しねぇ……」
 すべて飲みこんだ後孔。ぴっちりと密接し、健次が尻孔に力をこめるとひどく収斂し、秀乃を切なく締めつける。
 秀乃はたまらない気持ちよさに酔いしれながら、健次の身体を抱きしめた。素肌に滲んでいるのは脂汗だ。
「そうだよね……、ひどいことしてるなぁ、俺って」
 秀乃はしみじみと苦笑した。
「俺が、いいと思って、……して、やってんだ……」
 秀乃に抱きしめられたまま、健次はうなだれる。内襞を不随意に蠢かせ、身体ごとビクつかせ、それでも健次は呼吸を整えようとしている。
(……大好きだよ、健次……)
 秀乃は首筋に頬を寄せ、健次が落ち着くのを待った。
(男らしくて、優しくて、カッコイイんだ……)
 静かに健次が息を吐いたのが分かった。腰を上げて、また根本まで座りこむ。それをゆっくりと繰り返す。
「はッ、は、っ、あ……、ッ……」
 すこしずつ速度が早まってくると、健次はいよいよ辛そうな顔をして、切れ長の瞳はやっぱり泣きだしそうだった。秀乃は胸中に溢れるさまざまな想いとともに間近で見つめていると、健次は眉根を寄せ、抱きついてくる。黒髪からは洗いたてのシャンプーのにおいがする。
「じっと見て、んな……」
「そんなこと言われても、目の前に、健次の顔があるから……」 
 秀乃からも腰を揺らしつけてみる。その瞬間、健次は声にならない荒い息を漏らした。

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 ふたりで揺れていると、健次はすこしずつ慣れてきて、すがりついていた抱擁を解き、テンポよく律動してくれる。反らした胸が遠ざかる。シーツを両手で掴みながら。
「……はぁ、はッ、あっ、は──……」
 瞼を閉じて抜き差しする、健次の唇に秀乃はちゅっ、とかるいキスをした。すぐに顔を離せば、健次からもお返しとばかりにおなじようなキスをされる。
 いつもこんなときは、なんだか恋人同士になれた気がして、感動してしまう秀乃だった。
「錯覚だ」
 健次は不敵な表情を見せた。瞳を奪われる秀乃の胸元を両手で押して、反動でシーツに倒れていく。解けてしまう結合。
「えっ……なにが……?」
 後孔の感触が離れて淋しくなる秀乃は即座に這いずり、仰向けの健次の股を割り割いた。すぐに繋がりを戻す。熱を帯びた雄膣に自身の滾りを突き入れる。
「う……ッ、あぁ……」
「俺がなに考えてたか、分かったの……?」
「きさ、まは……すぐ顔に出る……」
「そう? そうかなぁ……、だって健次のこと、本当に好きだから……」
 脚を抱え、秀乃のペースで抜き差しする。投げだしていた腕を、健次はのっそりと自分の股ぐらに運ぶと、気だるそうに扱きはじめる。
「……愛してるんだよ……」
 健次からの答えはない。
 秀乃は狂おしく見つめたまま腰を使いつづける。
 抜き差しと、性器をいたぶる淫らな水音がいやらしく秀乃の鼓膜に響いていた。
(生殺しだな……片想いなのにこんなことしてさ……)
 つきあう、つきあっていない、恋人、夫婦、両想い、片想い、恋愛感情の有無。そんなものにこだわらなくて良いかと思えてはくる。受け入れてくれる健次に甘えて身体を繋げていると。
(そういう形をいちいち気にするから、健次に、女々しいとか、言われちゃうんだろうけどな……)
「──イク…………」
 ふいに健次は扱く手を止めないままで呟いた。一度達したくらいで行為をやめる気などあるはずもない秀乃は、留めはしない。健次もそれを知っている。お互い、イキたいときに達する。それを延々と繰り返す。
 尖端を包みこんだ健次の手に滲む精液。
 健次は顔をしかめ、腹筋にも、括約筋にも力が入った。
 腰つきを止めた秀乃を、食いちぎらんばかりに締めつけてくる。
「はぁ……、はァ……、は……、……」
 白濁をこそげ取り、軽く握られた健次の手を、秀乃は両手で掴んだ。その手を口許に運び舌を這わせる。
「秀乃……」
 健次は指を開く。溢れこぼれる男の味。秀乃は夢中になって舐め取り、味わった。何度啜っても、啜っても、決して飽きることのない芳醇な味だ。

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「あッ、あぁあぁ、あぁ──……」
 這いつくばる健次を後ろから犯している。腰を掴んで打ちこむ後背位は、健次をよりいっそう自分のモノに出来たような『錯覚』を味わえていい。
「あぁ……、あ……、ァ…………」
 たたんだ腕に目許を押し当て、素直に鳴いてくれている。秀乃の体液を直接に塗りつけずとも、丹念に穿っていけば、健次でも後孔で感じることができた。
「……、くっ、ッ……」
 揺らしつけながら健次の肉茎を握ってみれば、半勃ちだ。
「俺も……そろそろイキそうだから……道連れにしたい……」
「──……」
 抗われないから、同意されたと受け取る。睾丸も弄りまわしたり、前立腺を狙って擦りつけたり、内外から責めていけば健次の昂りもふたたび充溢してくる。
 弄りに呼応するように身体も熱くなり、熱は潤みきった内襞にも伝搬し、秀乃をとろけさせる。
 激しく扱いてやっていた肉茎が飛沫いたのと、秀乃が腰つきを止めて射精に達したのは、さど変わらないタイミングだ。
「……ク……、う、ッ、ぁあ…………」
 枕元でぎゅっと握られる健次の拳。
 絶頂に辿りついたペニスをひどく締めつけられれば、秀乃も悶えそうになる。
(あぁ……ずっと……抜きたくない……ずっとしたい……繋がっていたいよ、ねぇ、健次……)
 秀乃は余韻を愉しむことなく、乱れた呼吸を整えることもせず、抜かずに腰つきを再開した。
「……ッ、や、め……まだ……、馬鹿、が……ッ……!」
 健次はシーツを掴み、うなだれていた顔を上げて秀乃を振り返ってくる。その頬は朱く染まり、切羽詰まった表情だ。内腿から尻孔まで痙攣し、柔襞はもはや爛熟して蠢いていた。
「すごく敏感になってるんだな……おかしく、なろう……健次……俺のこと好きって思えるくらい、頭おかしく……なろう……!」
「ふざけ……ッ……、ひ……ッぅ──……ぁあ、あ……ッ……!!」
 もがく健次を鋭く揺さぶり、体勢はぐしゃぐしゃになる。秀乃は健次を背中から抱きしめたまま横になり、よくわからない体位で夢中になって貪る。
(……俺は健次を愛してる、それでもう、いいのかな)
 愛せることを嬉しく想い見返りを望まずただ愛する。
(そんな境地……まだまだ遠いな……)
 健次の喘ぎを聞く、激しさのなかで秀乃は微笑った。一生片想いでいる覚悟はとうにしているけれど、やっぱり、本当は、おなじ『形』で愛しあいたい。

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 ぱちりと瞳を開けば、ホテルの部屋はカーテン越しの淡い陽光に満たされていた。
 横を向けば健次がいる。
 というか、腕枕されている。
(うわー……、幸せだな……、一緒に住んで毎日こうだったらいいなぁ…………)
 健次はまだ眠っていて、規則正しく寝息を漏らしていた。とても近い距離で寝顔を眺めていた秀乃だったが、喉も乾いたし、トイレにも行きたいので身を起こす。
 秀乃も健次も下着しか身につけていない。
 隣のベッドをちらと見れば、朝方まで続いた情事を彷彿とさせる乱れっぷりで、目にして我ながらちょっと恥ずかしくなるくらいだった。
 とりあえずパジャマの上を羽織った秀乃は色々と済ませる。軽く寝ぐせも直したり、顔を洗ったり、歯みがきしているときに声が聞こえた気がして寝室に戻れば、健次も目覚めている。
 ベッドの縁に腰かけて、煙草を吸いながら、スマートフォンで会話していた。
(春江さんだ……)
 秀乃はじっとりとした視線を投げかけてしまう。健次は肩にスマホをはさんで喋りつつ、腕を伸ばしデスクの灰皿に灰を落としている。健次の仕草のひとつひとつが、秀乃には全て眩しく映った。
 踵を返し、もうしばらくみがいて、口のなかの泡を吐きすっきりしてから戻ると、健次はちょうど通話を終えたところだ。灰皿の隣に置かれる端末。
「春江さん?」
「あぁ」
「なんて……?」
「大した話じゃねぇ」
(あ、教えてくれない……)
 陰る秀乃の視線の先、健次は煙草を吸いつつ、左手で腰を押さえている。
「広背筋が痛てぇ」
「……すみません……!」
「罰として一日荷物持ちだ」
(出た、一デレにつき五ツン……)
 ずいぶん優しくしてくれたから、反動が怖い。五十ツンくらいありそうだ。
「持てるのか?」
「も、持つよ、健次は身体休めてくれ」
 健次は吸殻を潰してからあくびをし、伸びもする。
「ご飯はどうしようか……ホテルで食べてもいいし、外で食べてもいいし」
「なんでもいい、勝手に決めろ」
「じゃあ、外で食べたい。せっかくだから観光もしたい。昔ながらの街並みとか残ってるんだってさ。美味しいジェラートとか、ガレットのお店もあるんだってさ!」
「だから、てめぇは女か……」
 呆れたように呟き、健次は立ちあがった。素足で洗面所の方に向かう。

10 / 10

 自室のパソコンに、入手したディスクを入れてみた。
 映しだされる板張りの舞台、様々な少年性奴隷が羞恥芸を行っていくが、秀乃はチャプターを飛ばす。再生するのは健次がブリッジをしているシーンからだ。
 ホテルで健次が言っていた通り、全裸だ。後孔には結構なサイズのバイブが埋められていた。
『あ……、ぁ……、うぅっ……』
 悶えて、淫らな振動に耐えながらも、健次はなめらかな筋肉で姿勢を保ち、虐待に遭いながら育っている身体を余すところなく観客に披露している。無毛なのは剃られているからだろう。
 ひととおり幼児期から十七歳までの調教記録の映像に目を通している秀乃は、この頃の健次はもう微かな発毛を迎えていると知っている。
 春江に筆おろしをしてもらったくらいの、だんだんと雄の兆候が出てきた頃の健次だ。
 床に尻をつくと、勃起しきったペニスが派手に揺れた。
 客席からどっと笑いが起こったが、健次は多少頬を染めているだけで、落ちついた顔つきで立ち上がる。やっぱり強い子だと秀乃は思う。
 礼をしてから『燕飛』と声に出して、型を披露する。
 子どもの頃から健次の動きにはキレがあり、ひとつひとつの技が正確で力強い。健次のする空手の型を初めて見たわけではないが、今日も見惚れてしまう。
 あらわな性器を揺らし、尻孔にバイブを嵌められている滑稽さが物悲しくもあったが、それにも関わらず凛としたさまは素晴らしい。
 激しく動いても抜け落ちてこない玩具は、細工がされているのかもしれない。
 一連の流れが終わると、拍手が起こった。
 健次は改めて礼をして、もうひとつ披露してくれる。今度は『観空大』だ。
(多分、自分でどの型にするか、選んだんだな……)
 響かせる声変わり前のかけ声を聞きながら、秀乃は切なくなった。
 すべてを終えた健次は、先程よりも惜しみない拍手を浴びながら肩で息をしている。運動したせいで乱れているわけではない──踊り狂っていたペニスはいっそう張り詰め、尖端は先走りでテラテラとぬめっている。
『ハァ、はぁ、はっ……あぁッ……』
 眉根を寄せ、その場に崩れて膝立ちになる。
 後孔からローションに塗れたバイブが抜けて、床にぶつかって硬質な音を立てた。
『あ……、ァ……、あぁ──……!』
 ほぼ同時に健次は達してしまう。
 手は横にだらりと下げて身体に触れないまま、白濁の飛沫を見せる姿はとてつもないいやらしさだった。液量が多いので、しばらく溜めさせられていたのかもしれない。
 ピンと屹立した乳首、鎖骨、恥じらいに染まった頬、睫毛のあたりにまで迸らせている。
 その瞬間こそ恍惚とした表情を浮かべた健次だが、すぐに眉間に皺を寄せ、憤慨の顔つきで客席を睨んでみせた。唇を噛んで。瞳には憎悪も感じられる。
 歓声に包まれて、健次の映像はそこで終わる。
 秀乃は勃起していた。 
 眼鏡を押さえつつチャプターを戻す。何度も繰り返し眺めていたらそれだけで達けそうな気がした。ディスプレイのなかの健次と違って玩具など仕込まれずとも。
「健次は悪い子だよ……いやらしくて、魅力的で、大人を惑わせるんだから……こんなにも悪い子だから、だれにも助けてもらえなかったのかもしれないよ。神様にも見放された可哀想な健次……」
 再度目にする、陰嚢もバイブの入った尻孔も童貞卒したばかりの勃起も、すべて露わにブリッジしている健次を。
 ひょっとしたらこのときから、いますぐ射精したい欲求をもこらえているかもしれない。あの精液の量は異常だ。
「何日溜めさせられてたんだ……? 健次は本当に我慢強くて頑張り屋さんだな、だから、もっと上手く調教すればイイ雄奴隷になれたかもしれないのになぁ……いや……」
(健次は雌だ……生まれつきに……)
 恥辱からか、快感からか、小刻みにびくびく震えている内腿にキスをする。
「愛してる」 
 狂気のままに呟いて、昏い部屋で秀乃は微笑った。
 今日は秀乃の誕生日だ。

E N D