処暑

 秀乃は健次の両脚を抱え、より深くを抉ろうと腰を打ちつけた。途端に歪む健次の顔。
「ッあ……、ぁ……、あぁぅ……」
 その表情も上擦る声も、決して快楽だけでなく、明らかに恐怖も混じっている。それなのに凌辱を止められない。ぐちゃぐちゃと淫靡な音をさせながら、健次の後孔に抜き差しし、悦びを得る。
 ただ辱められて甘く悶えるだけの男なら惚れていない──これ以上は喘ぎたくないのか、健次は無理に唇を閉じる。そんな様を見せられると秀乃はさらに昂揚する。
 蹂躙されても決して屈服しないから、健次に惹かれてやまない。
 想いに突き動かされるように唇を奪い、食んで、こじ開けて唾液を飲ませる。辛そうに、健次の眉間に寄っていく皺も好きだ……気づけば秀乃は腰つきを止めていた。
 閉じこめるように健次の両頬を押さえて真剣にキスを与える。
 ……何も、今日は初めから肉欲に塗れていた訳ではない。舌を絡ませながらも脳裏によぎらせる、穏やかな時間。爽やかな夏の緑、やがて暮れた陽、きらきらと輝く星空の下、二人並んで浴びた夜風。
 身体を繋げるのも幸せなら、一緒に穏やかな時間を過ごせるのもまた幸せだ。たっぷりと愉しんだキスを離すと、秀乃は穏やかな昼間を思いだす。健次はというと、秀乃の視線の先で、頬を上気させ、瞼は朦朧と薄目になり、淫らに呼吸を乱していた。


   ◆ ◆ ◆


 先程から、視界は生い茂った緑に占められている。山林を奥に進んでいく。曲がりくねった道が続き、気を抜けば車酔いしそうだった。そんな悪路だけれど、秀乃は嬉しい。いまこの時間はとても幸せな時間だった。隣をちらと見れば、ハンドルを握る健次の横顔。
(格好いい……)
 何度でもおなじことを思う。切れ長の目。すっきりとした印象を与える鼻の形も唇の形も好きだし、首筋も、胸板も腕も、男の色気を感じて好きだ……黒の半袖もよく似合う……結局健次のすべてが好きだった。じっと見つめ続けると叱られるので、本当はずっと眺めていたいけれど視線を戻す。
 前を向く。
 今日は、健次の用事につきあっている。秀乃の用事につきあってもらうほうが多いから、こんなパターンは珍しい。所有する土地が大手ホテルチェーンに買われることになったが、本格的に相手先に渡る前に、土地を見ておきたいということだ。
「死体でも転がってたら困るだろ」とは……健次の言葉だが、冗談なのか、本気なのか、秀乃には分からなかった。パーキングエリアで買ったカフェオレを味わう秀乃に、健次が呟く。
「多分、そろそろ着くぞ」
「たぶん?」
「車で来たのは初めてだ……ガキんときしか、来てねぇからな」
 さらに悪路になって、一台通るのがやっとの道だ。向こうから車が来たらどうするのだろう……と秀乃は思ったが、観光地もない山奥に来る人間はなかなかいないだろう。
 やがて行く手を塞ぐ、古びた金網の扉。看板には「私有地につき立入禁止」の文字。その看板も年季が入っている。健次はいったん車を降り、持ってきていた鍵で扉を解放し、またすぐ運転席に戻ってきてアクセルを踏む。秀乃は気になったことを尋ねる。
「子どもの頃、どうやって此処まで来てたの?」
 聞きながら……だいたい予想もついた。健次の答えはその予想通りだった。
「駅から歩きか、家から自転車で来る」
 歩きというよりもはや登山だ。それに自転車も……やばい……秀乃はぼやく。
「自転車ってさ……片道百キロ以上あるよね……?」
「近けぇだろ」
「信じられないよ……駅も秘境駅みたいなやつでしょ、きっと」
「……秘境かどうかは知らねぇが、味があるっつうか、いい雰囲気の駅だった」
 秀乃は山あいにポツンと建つ、木造の駅舎を想像する。しかし、この一帯に「人里離れた高級隠れ宿」とやらができたら、駅も改装されてしまうのだろうか。
「それに、こんなところに何しに来るのさ?」
「その辺走ったり、川で泳ぐ」
「もう修行じゃないか……」
 ちょっと呆れながら、カフェオレを飲み干した。
 しばらくのち、鬱蒼とした山道が急に開けて、朽ち果てた日本家屋が姿を現す。
 別荘があると聞かされてはいたが、秀乃が予想していたよりも荒れており、まるでお化け屋敷だ。
 それでも建物は広く立派ではあり、別荘というよりも廃村の廃校に見える。
(こんなところに、子どもがひとりで泊まってたなんて、信じられない……)
 建物脇に車を停めて、健次と一緒に降りた。健次は手ぶらで、財布を後ろポケットに挿しているだけだが、秀乃はデイパックを持っていく。
 真夏の日差しは都会で感じるよりも柔らかくて、風も涼しい。確かに、避暑地として開発するには申し分のない土地かもしれない。
 玄関扉はすでに壊れきって開いたままだった。土足で建物内に入る。夜だとお化け屋敷のようで怖そうだなぁと秀乃は思う。そしてしみじみと呟いた。
「健次って、文明社会が崩壊しても、生きていけそうだよなぁ……」
「……褒めてんのか、馬鹿にしてんのか、どっちだ」
「褒めてるよ、きっと俺には無理だからさ」
 広々とした大広間を過ぎれば縁側がある。そこから望める景色は良い。連なる山の緑と青空とのコントラストが綺麗だ。繁みの向こうにはゆるやかに流れる川もある。
 秀乃は健次に笑いかけた。
「すごいや……健次、いいところだね。こんなに綺麗な場所を、いま、健次と独り占め──二人占め?してるんだよね?」
「風景は誰のものでもねぇ……お前のものでも、俺のものでも」
「そりゃ、そうだけどさ。一緒に来れて嬉しいんだ」
 秀乃はにこにこと微笑んでしまう。つられたように、健次も唇をゆるめる。二人で笑えることにさらなる幸せを覚えたのも束の間、健次は手を伸ばしてきて、秀乃の頬を抓ってきた。
「痛っ……何するんだっ……」
「ふぬけたツラしやがって」
「うぅ……」
 抓られた頬を撫でていると、秀乃の目線の先で、健次は眉根をひそめる。縁側にしゃがむと、何かを指先で摘んだ。それは秀乃にはビーズの玉に見える。
「なに、それ?」
「BB弾だ」
「えっ?」
「その辺散らばってやがるな……」
 健次は繁みを睨んでいる。そう言われてみると辺りには確かにぽろぽろと散っていた。しかし健次に言われなかったら、秀乃は気づかなかったかもしれない。
 健次は気に入らなさそうに拾った弾を指ではじいた。
「サバゲーだ。このやろう……人の土地で勝手に遊びやがって、見つけたらただじゃおかねぇ」
「あの、俺がいるときは穏便にね!」
 揉めごとに巻き込まれたくないので、秀乃はいちおう言っておく。健次はそれには返事をせず、スニーカーの踵を返す。
「……散歩してくる。てめぇも来るか」
「うん! 一緒に行きたい……」
 秀乃は健次の後を追う。背中を見つめているだけでも、秀乃は幸せな気分になれた。


   ◆ ◆ ◆


 薄目を開く。
 ぼんやりとしたオレンジ色の灯りが、闇を薄めている。
 闇……そう、あたりは真っ暗闇だ。秀乃は自分がどこにいるのか、一瞬、分からなかった。
 だが、意識がはっきりと焦点を結ぶにつれ、思いだしていく。
 ここは山奥にある健次の別荘だ。ふたりで建物内を歩きまわってから、縁側に戻って休憩した。
 健次は外に出て周辺も見てくると言ったけれど、秀乃は少し疲れたから、待っていることに決めた──読みかけの文庫本を取りだして、デイパックを枕に寝そべってページを捲っていたら、知らないあいだに寝落ちしていたらしい。
(そういえば、昨日も忙しくて、あまり寝てないんだよな……)
 板張りの上で眠ってしまったからか、身体のふしぶしが痛い。あくびをしつつ、少し離れたところに置いてある灯りを見る。羽虫と蛾が光に遊んでいるのは、アウトドア用のランタンだった。
 いつのまに誰が置いていったのだろう。
(健次……?)
 辺りを見回す。人の気配はない。秀乃はデイパックに本をしまうと、それを肩にかけて立ちあがった。虫たちから引き抜くようにランタンを掴み、縁側を降りる。
 なんとなく建物の中よりも、外に惹かれた。健次は外にいる気がする。
「健次──……、健次、何処にいるの?」
 心細さも覚える。夜も更けた山奥にひとりきりは、秀乃には心細いし、怖い。
 繁みを抜けて広がる川原。秀乃のランタンと同じ灯りがある。ほっとして近づいていくと、健次はズボンを膝まで捲って、靴を脱ぎ、素足を水面に突っこんで座っていた。
 振り向く健次の瞳に、秀乃は声をかける。
「何してるの?」
「涼んでんだ」
「……そっか……」
 秀乃も隣に座ろうと思い、その場にランタンを置いた。……すかさず言われる。
「もっと離れたところに置け」
「あ、ごめん……」
 虫が寄って来るからか、と気づき、その通りにする。改めて健次のそばに寄り、秀乃もチノパンを捲って、健次のとなりで一緒に素足を浸した……想像していたよりも冷たく気持ちがいい。
「そういえば、健次とプールとか、行ったことないなぁ」
「楽しくねぇだろ、人間が多すぎて」
「人混み嫌いだもんな、健次は」
「……好きなヤツなんているのか」
「さぁ……。寂しがり屋な人は、逆に安心するのかもしれない」
 健次がペットボトルの水を差しだしてくれたから、ありがたく口にする。ぬるいけど美味しい。
 十代の頃は間接キスにいちいち感動していたけれど、さすがに最近は慣れてきた。贅沢な慣れだ。
 秀乃はペットボトルのキャップを閉めつつ、唇をゆるめる。
 微笑いながら、健次の顔に顔を近づけた。しかし、健次の手のひらに頬を押さえられる。
「近けぇ……」
「キスしたい、健次」
「外だろ」
「関係ない。そんなの……」
 迷惑そうな表情を見つめながら、春江さんとはするのだろうか、と思った、外でも……。
 健次の目線がゆっくりと動く。そして、顔をしかめたまま立ちあがる。秀乃は状況が認識できないまま、素足で川原を歩く健次をただ目で追った。
「何処に行くの……? ごめん……もう、我慢するから……、怒らないでくれ……」
 薄闇の中、草むらに踏み入った健次は、すばやく誰かを捕まえる。迷彩服の男を羽交い絞めにする。秀乃は予想だにしていなかった展開に驚いてしまって、まばたきを忘れて注視した。
 男にとっても不意の出来事らしく、じたばたと暴れていた。健次の声は低く響く。
「おい……」
「は、はいっ!」
 返ってきた返事は若そうだ、秀乃たちよりも。健次は腕で男の首を締めつつあった。
「ここは俺の山だ……私有地で遊ぶんじゃねぇ、ガキが……」
「ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「大学生か」
「そうです!!」
 健次が力をゆるめた瞬間、彼は一目散に駆けていく。マシンガンのように大きな銃を落とし、それは健次に拾われた。
「おい、銃」
「さしあげます! あの、仲間もみんな引き上げさせます!!」
「…………」
 足音の後、草むらは静寂に戻る。
 健次はため息を吐いてから、秀乃のそばに戻ってきた。再び素足を水面に突っこむ。そして銃口を秀乃に向けてきた。秀乃は思わず仰け反る。
「ちょっとっ、俺に向けないでくれるかな! ……わっ……!!」
 バランスを崩して倒れこみそうになり、両手をつく。その瞬間に見上げた瞳に飛びこんできたのは夜空にちりばめられた星たち。これほどまで綺麗な星空だったなんて、いまのいままで気づけなかった。もちろん、見とれてしまう秀乃だった。
「……すごい、こんな夜空だったんだ……」
 健次が、ふっと笑う。
「やっと気づいたのか」
「うん……」
 四季彩でもたくさんの星が見られるが、此処はそれよりも多くのきらめきが望め、まるで雨のように降りそそぎそうだった。秀乃は呟く。
「さっきの子たちも、戦うんじゃなくて、星を見ればいいのに」
 健次は飽きたように銃を捨て、あくびをする。
 それからはまたふたりの間は静寂になり、秀乃は目の前を流れる、川の流れの音に耳を傾けた。


   ◆ ◆ ◆


 夜も更けてきたので、日帰りは諦めた。こうなることを狙っていた訳では決してないけれど、秀乃にとっては嬉しくもある……車で山を下りると、目に留まった旅館にチェックインする。
 ランクの高い部屋しか空いていなかったので、仕方なくその部屋にしたが、ふたり部屋とは思えないほど広かった。老舗旅館というよりも、ホテルのジャパニーズスイートといった雰囲気だ。
 部屋に運んできてもらった和食も美味しかった。
 風呂の後は当然のように行為に雪崩れこみ、ベッドで健次を犯す。行為の激しさで、シーツは体液に濡れ、皮膜のように潤んでいる。お互いの浴衣ははだけて素肌を晒す。
 ことさら健次の姿は、秀乃にとって目に毒なほど鮮やかだった。はだけきって胸も性器も露わにして、正常位で繋がった身体は火照り、嫌々と首を横に振るう。犯されている顔を見られるのは恥ずかしいのか、腕で目元を隠そうとするのは、いつものことだ。秀乃は繋がったまま健次の手首を掴む。
「駄目だよ……健次の感じてる顔見せてよ……」
「……ッ……、ヤ……ダ……」
 ひょっとして、また意識を朦朧とさせているのか……幾度となく犯しているから、健次の異変にはすぐに気づける。チャンスでしかないから、秀乃はほくそ笑んだ。普段の健次には決して出来ないことが出来る時間。力づくで顔を晒させて自分の帯を抜き取ると、健次の手首を頭上で縛り上げる。拘束力はあまり無さそうだが、視覚的に萌える。頬を朱に染めた健次は辛そうな視線を秀乃に投げかけてくるだけで、されるがままに縛られてくれた。
「もう逃げられない、逃げようとしたら折檻するよ」
 折檻、の単語に、ビクッと震える健次の身体。一度達した半勃起のペニスも、とろとろと先走りを零しつづけながら揺れた。
(……怯えてるの? 可愛い……)
 けれどまだ大丈夫だ。もっと怯えだすと、歯をカチカチと鳴らしだすくらいに健次は震えて、いまにも泣きだしそうになる。それでも涙までは秀乃に見せたことのない健次は、やはり強い子だ。
 秀乃の脳裏に蘇る調教記録の映像──全裸で尻を突き出して、性器も露わに竹刀で叩かれ、腫らして出血もさせながら数を数える健次の姿。竹刀は健次の躾に頻繁に使われていたアイテムで、叩くだけでなく、からかうように肛門をつついたり、襞を捲るためにも使われる。
 叩かれた後、手当てされるどころか、その孔に蝋燭を挿されて放置されたりもしていた。
 ……思いだして恍惚としていたら、結合が解けてしまった。秀乃は健次の太腿を開き、再び押し戻す。
 熟れきった後孔に当てると、その瞬間に健次は腰をもぞつかせて避けようとする。動作の愛らしさに笑いを止められないまま、秀乃は何度でも貫こうと試みる。健次も何度でも腰をよじり、性器を揺らしながら逃げ続ける。乱れた浴衣と、腕を帯で縛られたありさまがまた、こんな動作をより煽情的に演出した。
 健次は悲痛に訴える。
「ヤ、だ、いれる……の、イヤ……」
「我儘言わないの、健次」
 強引にあてがう。尖端だけでも挿入った瞬間、健次の身体は引き攣れる。
「──……!! イヤっ、くるな……、あぁあ……イヤだぁ……!」
(……子どもみたいになってるときは、やっぱりめちゃくちゃ嫌がるなぁ……)
 当たり前だろう、毎晩のように面白おかしく様々なモノを嵌めこまれて笑われ、男達の性欲を処理させられて育ったのだ。少年時代の健次の後孔はいつも酷く充血して縦割れしていた。
 そんな過去を持つ健次は、両乳首を立て、性器も先走りに濡れていやらしく糸を引き、頬も上気しているのに──明らかに身体は感じているのに、男に犯されることを、精神は酷く拒んでいる。
 健次の悲鳴を聞き入れることなく、秀乃は潤んだ内膜をスムーズに突き進み、根本まで挿れた。
 再開する抽送。
「諦めたら? 受け入れろよ……健次……」
「あッ……、あ……、ぁああ……」
「皆言うだろ? 健次は生まれつきにメスだって……健次のお尻は膣孔なんだよ……」
「ちが……ちがう……おま、えらが、おか、すから……」
「メスの身体になっちゃったのか?」
「うぅ……ッ……、……」
 揺れながら、健次は頷いた。秀乃はクスクスと薄笑み続ける。抜き差しを止めないまま、尖りきった乳首を摘む。健次は「あぁッ」と、明らかに感じた声を上げた。半勃起だった性器はまた芯を入れてくる……男性器に触れられずとも立派に発情できるから、やはり雌でしかない。
 キスを与えれば、嫌々言う割にはちゃんと舌を絡めてくれた。涎が溢れて垂れ零れるまでたっぷりと堪能して、ふうふうと呼吸を乱す健次から唾液の糸を引いて唇を離せば、秀乃はもう爆ぜそうに昂っていた。健次のせいだ。健次がこんなに色っぽくて淫らだから、煽られてしまう。
 引き抜いて射精する、なめらかに筋肉のついた、引き締まった健次の腹に──それは秀乃の興奮の度合いを表すかのように多量だ。
「ははは……ナカで出してたら、妊娠しちゃってたかもな……」
 自らの放った精液を塗りつけるように指先でなぞる。拭きたくない。このまま白濁に塗れていて欲しい。
 健次は瞼を閉じて、まだ呼吸を乱していた。眉根を寄せて、辛そうな表情を浮かべているのも良い。尻孔は収縮しきらずに開いている。
 そんな姿をぞくぞくしながら見下ろす秀乃の視線の先で、健次は唇を動かした。
「……ず……」
「えっ? なに?」
「みず、のど、かわいた……」
 開く薄目。黒い瞳は秀乃のことは見ておらず、ぼんやりと天井を眺めている。助けられることも行為が終わることも全く期待していない、絶望的な瞳だ。こんな瞳をされることにも萌える自分はどうかしているし、どうしようもなく鬼畜なのだろうと秀乃は理解している。
 性癖に逆らえるはずもない。健次に飲ませるのは水じゃない。秀乃は枕元に赴くと、健次のせいで萎えないままの肉茎を、その唇に突き立てた。噛まれても仕方がないと思いながら食ませたが、健次は死んだ瞳で舌を絡めてくる。それは嬉しすぎる誤算だった。
 尖端だけを咥えさせて、残滓を舐めさせれば、健次はゴクンと飲みこむ……嚥下する健次の喉の動きに気が狂いそうなほど興奮する。達したばかりだというのに秀乃はまた射精感を覚えていく。
 気づけば腰を動かし、健次の口腔を犯していく。とても辛そうに歪んでいく健次の顔に愛しさを覚え、喉を突いていたが、健次が噎せだしたから一旦引き抜いた。
「ゲホッ……ゲホッ……ゴホッ、……うぅ……」
 涎を垂らして精液にも塗れたまま、健次は寝返りをうつ。咳が落ち着くと健次から吸いついてきてくれたから、秀乃はどうしようもなく昂ぶり、二度目の射精へと導かれていく。
 調教映像集には、水を与えられずに男達の性器にしゃぶりつくことで乾きを癒す健次の姿も収められていた。あの軟禁は数日で終わったが、ずっと尿と精液だけで生かしていたらどうなったのか実験してみたい。鬼畜な秀乃が口の中に放つのは当然のなりゆきだった。秀乃は自分の心臓の音が分かるくらいにどきどきして本当に狂いそうだ──健次は生気のない表情のまま、白い濁液を唇から垂らしていた。


   ◆ ◆ ◆


 まだ行為を終える気などない。結局水は飲ませていない。何かをきっかけに正気に戻って欲しくなかった、錯乱していて欲しい。いまは後背位で犯している。
「あっ……、あぁあッ……あ……、あ……」
 抜き差しの度に漏れる喘ぎ声。健次の浴衣はもう腰のあたりにかろうじて絡んでいるだけで、背中は全て晒されている。汗ばんだその背には未だに薄く虐待された傷痕が残っていて、眺めていると悲しくなるが、悲しさを抱きながら凌辱する複雑な心地もそれはそれで悦く……クセになる。
 最奥を突くように抉りつけると、くぐもった悲鳴が漏れた。
「う……ぁ、うぅ…ッ…!」
「痛いのか? 痛くないだろ?」
 グリグリと深部を擦りつけるように揺する。まだ縛られたままの健次の手は強くシーツを引っ掻き、苦悶を表していた。秀乃は深く嵌めこんだまま、健次の腰を抱える。
「怖いのか……健次……?」
「……ッ、うっ、う……」
「正直な気持ちを聞かせてよ……」
 聞くまでもなかったかもしれない。当たり前のように健次は小さな声で「こわい……」と呟いた。
(可愛い……)
 秀乃は微笑みながら、優しく髪を撫でてやる。
「どうしてそんなにエッチが怖いんだ?」
「……ハラ……がぁ……やぶられ、そう……」
「破られないよ」
 諭すように言っても、健次は首を横に振るう。
「……さけ、そう……」
「裂けないよ」
 秀乃はクスクス微笑いながら、健次に教える。
「よく慣らしたし、ちゃんと拡がってるし、健次の膣孔だって悦んでるよ」
 決して自分は無理矢理に強姦していた連中とは違う。この行為だって……健次を愛しているから組敷いている。健次が大好きでたまらない、頭がおかしくなりそうなほどに。
 抜き差しを再開すると、途端にこわばる健次の身体。
「イヤ……っ……、イヤだ、あぁ……、あ……ぅ……う……!」
「大丈夫、大丈夫だよ」
「……あぁあぁ、あぁ……ッ……、あっ、あッ、あっ…………!!」
 ただでさえ泣きそうに鳴いて揺れる健次を見ているだけで、秀乃の性感は高まってくるのに、締めつけも素晴らしいから生まれる快楽は凄まじい。
 健次も感じているのは確かで、まさぐって確かめてみれば勃起しきっていた。分泌されて滑る先走り。そのペニスを握りしめると後孔の締めつけは格段に増し、秀乃を絞り上げてきた。
「気持ち良さだけに集中してごらん」
「しゅう、ちゅう……」
「そう、集中……」
「ン……」
 健次は頷き、秀乃は幸せな心地になる。そして射精感も込み上げてくる。
「あー……、またイキそう……健次の具合が良すぎるせいだからね……次は中出しだ……」
「……っ、あぁっ……、あぁあ……っ……」
 深く突き挿したまま──達した。とてつもなく満たされていく、秀乃の征服欲。健次は中出しを嫌うから、こんなことをして、もしいま健次が正気を取り戻したらぶん殴られるだろうなと思う。
 その僅かなスリルも昂揚に変わる。秀乃にとって、健次を介すれば全てが快楽でしかない。
 ゆっくりと抜き取る摩擦にも健次は感じたらしく、ぶるっと身を震わせた。秀乃は這いつくばったままでいる健次の性器に手を伸ばす。
「……や……っ……!」
「健次も……イキそうだよな……?」
 搾乳するかのようにごしごしと扱いてやる。健次の腰は淫らにくねる。
「あ……、はぁッ……、……う……」
「気持ち良いね。良かったな、オスとしてイカせてあげるよ……男らしく射精するところ見せてくれるよな、俺に……」
 地獄のような映像の合間、たまに映される、ご褒美のように普通に扱いてイカせてもらう健次を観るのも秀乃は好きだ。もちろん、こうして自らの手で扱いてやるのはもっと好きだ。
 健次の手足に妙な力が込められる。後孔も閉じたり窄まったりを繰りかえす……絶頂は秒読みだろう……秀乃の読み通り、すぐに健次は声を震わせた。
「……イ……ク……、で……る……、……ぅ……、……!」
 扱きかたをスローにしていく秀乃の手中に溢れる白濁。一段と秀乃を悦ばせたのは、健次は中出しされた濁液もほぼ同時にどろっと迸らせたことだ。前からも後ろからも垂らし、肩で息をしている。
(本当に可愛い……! 健次……)
 精液をこそげとって手を離すと、健次は脱力した。崩れ落ちるように。瞼を閉じてこのまま眠りに落ちていきそうだ。
(……駄目だ……まだ眠らせない……)
 健次の味を指の間まで舐め尽くすと、秀乃は枕元に置いた軟膏を取り、健次の尻の窄まりに撫でつけた。
 潤いを足されて、健次はゆっくりと瞼を開く。
 そして秀乃は有無を言わせずに何度目かの結合をする。絶頂から間を置かず行われる抽送に、健次の身体は電流が走ったかのように酷く波打ち、柔襞も大げさなほど蠢いた。
「……やぁああぅ……う……!!」
 その痙攣を無視して掻き続ければ、達したばかりの健次はシーツを蹴り、もがくように身をよじる。動作によって手首の拘束は解けて、いっそう響く、健次の悲鳴。
「ひあ……ぁ……め……、めて……やめ……ッ……、……!!」
 止めてほしいと言っているのだろうか……不明瞭で分からない。ただ可愛い。
 打ち込みを続けていると、健次の萎えかけたペニスは涙のように尿を漏らしだした。それほど多量ではなかったが、ぱらぱらと素肌やシーツを汚す。秀乃の笑いは止まらない。
「ははは……! 気持ちいいね、健次、お漏らししちゃうくらい感じてるんだね……!」
「……うぅ……、う……ッ……、……!」
 それでも健次は懸命に体勢を整えて、安定させた。膝頭を震わせながらも尻を突き出し、その姿勢はもう崩れない。乳首は起ったままだったし、性器からは尿ではなく透明な蜜──おそらくまた先走りだろう──が、とろけ出してシーツや浴衣に糸を引く。
  限界を越えるほど欲情しきっているのに、意識は混濁したままなのに、行為が終わるまで耐えることにしたのだろう。 こんなにどろどろに乱れていても、健次はやはり毅然としている。凛々しささえ感じさせる。枕に噛みつき、それ以上派手に鳴くこともなく、呻きだけを漏らす。
 やっぱり健次は格好いい。結局、今夜も秀乃はその答えに辿りつき、至福を覚えながら犯すのだった。


   ◆ ◆ ◆


 健次の瞳にはっきりと生気が戻ったのは、やはり口移しで水を与えてからだった。ダイニングの冷蔵庫から持ってきたペットボトルのミネラルウォーターを、三度キスで与えたあと、健次は汗ばんだ額を撫で、髪を掻きあげる。
 しばらくぼおっとしていたが、いまも正常位で秀乃と繋がっていると気づくと、ゆっくり抽送している秀乃の腰つきに合わせるように、健次も腰のグラインドを始めてくれる。
(あっ……嬉しい……)
 二人で腰を揺らす。健次は感じた吐息を零しながら、首を動かし、ベッドサイドの時計を見る。
 現在時刻は午前三時を少し過ぎたところだ。健次は視線を秀乃に戻す。
「……何時間……、……やってん……だ……」
「何時間? どれくらいだろう……始めたとき、日付変わってなかったから……ええと……!」
「けっ……」
 舌打ちされてから、呆れた目で見上げられる。いつまで犯してるんだと言わんばかりの顔だ。
 秀乃は健次の怒りをほぐすように、健次の性器に手を伸ばして弄った。
「つ、次、一緒にイったら、それで終わりにしよう!」
「……さっき……」
 抜き差しされながら、健次は下腹部から内腿を撫でる。眉間には皺が寄る。
「中出し……した……だろ……」
「…………」
「まぁ、いい……」
 覚えられていたことは恐怖でしかない。飲ませたことも記憶にあったらどうしよう……と不安になる。しかし、中出しに関しても叱られないのはとても意外だ。秀乃は尋ねた。
「怒らないの……?」
「……山奥まで……付きあわせた、礼に、今日は……許してやる……」
「ていうか……そもそも、どうして俺を誘ってくれたの?」
「それは……、ッ……、ン……」
 秀乃の揺さぶりと擦りつけに、健次は感じている。けれど、艶っぽく吐息を漏らしながらも、秀乃から目をそらさない。意識をあやふやにさせた鳴き顔も良いが、やはり、ちゃんと意志を伴った瞳で間近で見つめられるほうがもっと良いと──秀乃は再確認する。
「……健次……」
 好き……と気持ちを伝えようとしたとき、健次に告げられた。
「……日が昇ったら、教えてやる……」
「えっ……今は駄目なのか?」
「聞かねぇ、ほうが……てめぇのためだ……」
「俺のため?」
 よく分からない。困惑していると、健次から擦り寄られ、首に両腕を回された。その首筋には唇も寄せられる。甘く絡みつかれるなんて予期しておらず、秀乃は「ひぇええ」と、妙な声を上げてしまった。急激に鼓動も暴れだす。
「な、なに、どうしたんだ、相沢君……!?」
「俺は……っ……誰、だろうが……相手が女だろうが……外でいちゃつく、のは、鬱陶しい……」
 河原に素足を浸し、並んで座った時間を蘇らせる秀乃だった。確かにあのとき健次はキスを拒んだ。健次は喘ぎそうな吐息と混ざらせながら、さらに言葉を紡ぐ。
「秀乃だからって、嫌がったんじゃ、ねぇ……それは、分かれ……」
「うん! 分かった……健次、大好きだよ……」
 その気持ちを──大切な想いを実感しながら、同じ快楽を貪る悦び。秀乃は至福を覚えながら、最後の抽送を速めていく。


   ◆ ◆ ◆


 目が覚めるような青空の下、サービスエリアに寄って、スタバで飲みものを買う。健次は車から降りたがらず、秀乃だけでおつかいだ。
 秀乃はキャラメルフラペチーノ、健次はアイスコーヒー。もちろん、健次はミルクもシロップも入れない。それを両手に持って駐車場に停められた黒のインプレッサ──健次の車に戻る。
「ただいま、健次!」
 飲みものを腕に挟んで、運転席の扉を開ける。今日の運転は秀乃がしている。
 健次はだるそうに煙草を吸っていたが、秀乃を見ると灰皿に潰す。無言で受け取り、無言で一口飲み、ドリンクホルダーに挿すとぐったりと背もたれにもたれた。その隣で秀乃も飲む。
「うわぁ、美味しいなぁ! 抹茶と迷ったけど、結局いつもこれにしちゃうんだよな!」
「……てめぇは元気だな……」
「元気だよ! だって健次とラブラブお泊りしたから! 最近忙しかったけど、HPMP全回復したよおっ!」
「…………」
 健次は窓の外を眺めている。言いかえす気力もなさそうだった。確かに昨夜は……いや、もう日付は今日に変わっていたが……ちょっと抱きすぎたかもしれない……。
(昨夜「も」かな……)
 秀乃との行為は健次にとって負担が大きすぎる。同性愛者でないばかりか、ずっと同性との行為に傷つけられてきた健次にとっては精神的にもきつい行為だろう。さらに秀乃の身体は常人とは少し違うから、今でも健次は秀乃との行為の後はぼおっとして、微熱っぽい。
(それなのに、俺としてくれて……嬉しくて……申し訳なくて……)
 無言になってフラペチーノを味わっていると、健次は「そういや……」と、話しだした。
「なんでてめぇを誘ったのか、言ってねぇな……」
「あっ、そうだ、朝になったら教えてくれるって言ってたよな……」
 秀乃も忘れていた。あの後、一緒にシャワーを浴びて、おなじベッドで眠って、幸せすぎて些細な疑問は吹っ飛んでいた。
 健次は秀乃の予想だにしていなかったことを話しだす。
「ガキんとき……一人で泊まってたとき、ときどき気配がした」
「気配って……そのときから、サバゲーだっけ、ああいう人がいたの?」
「違う、人じゃねぇ」
「えっ?」
 嫌な予感がする秀乃だった。震えて落とす前に、フラペチーノをドリンクホルダーに挿す。
 秀乃は幽霊や怪談の類は大の苦手だ。
「ちょっと、健次……」
「夜中に目ぇ覚めたときに、何度か見たのは、ぼやっとした……靄みてぇな……」
「あぁぁ! 怖い! どうしよう!」
 思わず両耳を塞いでしまう。健次は冷静なままだった。
「じゃあもうこの話は終わりだ」
「それもそれで気になるだろ……! 話して、最後まで」
 軽く耳を覆いながらも、秀乃は聞くことにする。
「……足音もバタバタうるせぇときがあって、寝れねぇなって思って、あそこにはあまり行かなくなった。それだけのことだ」
秀乃はおそるおそる尋ねる。
「だ、誰の足音なんだ……?」
「さぁな……」
「怖い……、怖いよ、健次……!」
「だから、日が昇ってから話すっつったんだ。どうせトイレも行けねぇとか言いだすだろ」
「はい、言いだすと思います……」
 窓の外は爽やかな青空に、笑顔で横切っていく家族連れやカップルたち。愛犬を乗せた車。
 こんな場所だから、聞いても悲鳴を上げずにいられる。
 健次はアイスコーヒーで喉を潤す。揺れる氷。
「あの山を売ることになって、いまはどうなんだって気になって、見にいくことにした」
「どうして俺を連れていったのさ……」
「春江に断られた。あいつには、ガキんとき全部話しちまってるからな」
「まぁ、嫌だろうね……それで俺? まぁ、いいけど……!?」
(……春江さんの代わりかぁ……でも嬉しい……いっぱい一緒に過ごせたし、健次が俺を頼ってくれたんだし……!)
「一人で行くの怖いとか、思ったの、健次でも」
「少しな」
「へぇ、意外……」
「さらにバタバタうるせぇかもしれねぇし、どうなってんのか、分から──」
「やめて!」
 秀乃は健次の言葉を遮った。健次は話を続ける。
「……けど変な気配も無かったし、したと思ったらサバゲーのクソガキだった。てめぇも、何も感じなかったんだろう」
「うん、全く、何も」
 呑気に縁側で眠っていたくらいだ。確かに、建物こそ朽ち果てていたが、妙な薄気味悪さなどは無かった。
「成仏したんじゃないか?」
 秀乃は夏の雲を眺める、眩しさに目を眇めつつ。
「もし、してなくても、あの場所に旅館が出来たら、幽霊も寂しくなくなるよ」
「そうかもな」
 頷く健次に、秀乃は一つ気になることを尋ねた。
「あのさ、その幽霊話、売る話のときにしてなさそうだよね?」
「してねぇ」
「だろうね……また来たいなって思った気持ち、ちょっと薄れちゃったかも。だけど、あの星空はまた健次と見たいし、ふたりで自然の中でくつろげて幸せだったなぁ」
 フラペチーノを飲んで、秀乃は心から笑顔を浮かべる。健次も口の端を少しゆるめる。微笑いあっていても、今日は頬を抓られない。
 秀乃は幸せな気持ちのまま、車を発進させ、帰路につくのだった。

E N D