White X’mas

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 夜の街は電飾に彩られ、きらきらと輝いている。幸せそうなカップル達が肩寄せあって歩き、そちらこちらから流れてくるクリスマスソング。
 今日は12月24日。年に一度の聖なる日。
 しかし、祥衛には今日が何の日だろうが関係無い。紫帆とは遠距離恋愛で会えないし、いつもと変わらず男娼の仕事がある。
 べつに、仕事で潰れるのは構わないのだけれど──街に溢れる恋人達を目の当たりにすると、何故だか不快な心地になった。カップルだけでなく、家族連れを見てもむかむかしてしまう。
『これは嫉妬なのかもしれない』今宵四人目の客へと急ぐ途中、そう気がついた。小さな頃から家でクリスマスなんて祝ったことがない。もらったプレゼントの話をするクラスメイト達の話を聞いて、自分には関係のない世界の話なのだといつも思っていた。
 待ち合わせ場所の近くについて、祥衛はバイクを停める。ヘルメットを取った祥衛の視界に飛びこんできた大きなテディベアを抱えた少女と、その両隣を歩くケーキを持った父親らしき男、嬉しそうに笑っている母親らしき女。彼らを見て眉間に皺を刻んでしまうと、なんだか我ながらみじめに感じる。
(……俺はイヤな奴だ)
 ロックをかけて、客と待ち合わせている公園へと歩きはじめる。繁華街の奥に入ったところにある其処は同性愛者が集うハッテン場としても知られていて、すぐそばのホテルは男同士御用達だ。
 路地裏は近道だが、治安が悪い。不法に開いている怪しげな風俗店や、ビザを持たない外国人の飲み屋が連なる異様な雰囲気を抜けて、祥衛は急ぐ。
「オニイサン、ドウ? カワイイ女ノ子イルヨー」
 店の呼び込みの中には、祥衛が時折この辺りを仕事の関係上うろついているのを知っている者も居て──
「こんばんは。今日は寒いね」
「お兄ちゃんクリスマスも仕事ー?」
 そんな声も投げかけられる。不特定多数の人間に顔を覚えられるなんて、祥衛にとっては不快だ。
(大貴が悪いんだ。大貴が……)
 大貴は誰とでも気さくに接するため、この界隈の人々とも仲良くしている。二人同時に指名されて同じ客の元に向かう時や、帰り道に合流したときに此処を通る時もあるので、祥衛のことも覚えられてしまったらしい。
 以前こんなこともあった。一緒に国を出てきた親友が捕まり強制送還されてしまい、寂しいという東南アジア系のお姉さんの話を大貴は道端で朝まで聞き、最後には彼女と一緒に号泣していた。祥衛はその話が終わるのを横で待ち続け、煙草を二箱吸うはめになった。
(どうして、そんなに誰とでも……お前は仲良くなれるんだ?)
 思い出して肩をすくめ、祥衛は公園に入ってゆく。待ち合わせの時間より少し早かったが、客は既にベンチに座り待っていた。祥衛の姿を見ると彼は微笑しつつ立ち上がる。
「メリークリスマス」
 男の一言目はそれだった。
「いいのかい、こんな日におじさんなんかと会って」
「……あんたが俺を指名した。注文されれば俺は……会う……」
「でも今日はアレだろ、世間的にゃ。家族や恋人と過ごす日じゃないのかい」
「誰がそんなことを決めた……」
「ははは、相変わらず冷めてるね、ヤスエくんは」
 男に手を握られ、祥衛ははめている手袋越しに彼の体温を感じる。
「それじゃ、行こうか。ここんところ残業が続いてたまってるんだ」
 公園から見えるさびれたホテルを客は指差した。ゲイとニューハーフがたまっている其処は、売春の巣窟でもある。

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 濃厚なプレイを終えた頃、時刻は三時を過ぎていた。ホテルの前で客と別れ、祥衛は公園を横切って歩く。時計台では男性同士がいちゃついていて、気色悪くて目を背けた。目を背けた先でも絡み合う男性カップルを見てしまい、舌打ちを零してしまう。
(さっきまで自分も男とやってたくせに……俺はなんなんだ)
 自分自身がとても性格の悪い人間に思え、祥衛は憂鬱になった。
 視界に映る、グラウンドに棄てられたケンタッキーフライドチキンの箱や、ケーキの食べ残し。耳をかすめるのは酔った集団の楽しげな声で、祥衛は俯いて表情を歪める。
 クリスマスなんて大嫌いだ。
 何故人々は盛り上がるのか、この日に愛を囁くのか。不可解な気持ちと嫉妬が掻き混ざってますます苛々して、転がるシャンパンの瓶を蹴り飛ばす。ブーツで蹴ったそれは公園のフェンスに当たり、簡単に割れ砕けた。
(クソ!)
 行きの様、誰かに話しかけられたら嫌だ。祥衛は大回りをしてバイクの元に戻ろうと思う。しかし、柵を跨いだとき──
「ヤスエ」
 名前を呼ばれ、祥衛は振り向く。道路に立つのは薄手のスリップにコートを羽織った若い女。いつかの夜、大貴が一緒にダーダー泣いていた、あの彼女だった。
「ヒサシブリー。元気シテタ?」
「……」
 近づいてくる女に、祥衛は軽く頷く。クリスマスだからだろうか、彼女の着ているスリップは深紅。薄い布地を押し上げ起っている乳首の膨らみに気がついて、祥衛は思わず視線を外した。
「ダイキトハ、トキドキ話ス。コナイダモココ座ッテ、アッタカイ缶ノ、ココア飲ンデ話シタノ」
 たどたどしい日本語ではあったが、言っていることはわかる。女が指差したのは公園のベンチだ。
「ケド、ヤスエニ会ワ無イ。ダイキノ話ダケデ知ル、寂シカッタヨ」
 勝手に俺のことを話しやがって、祥衛はそう思いつつ、ダウンのポケットに手を突っ込んだ。
「ダイキチャンハ、ヤスエノコト好キヨ。ハニーノ次ニ好キミタイ」
「ハニー?」
「黒イ、プリンセス」
 薫子さんのことか。祥衛は理解する。
「……チョット待ッテテ」
 次の瞬間、何かを思いだしたように女は踵を返し、早足で歩きはじめる。
「何処に行くんだ……」
 女は古い雑居ビルに消えた。建物の前には呼び込みらしき若い男が何人かたむろっている。どの男も外国人で、日本人はいない。
(なんなんだ、いったい)
 彼らの視線を感じながら、祥衛は煙草を取り出した。無視して帰る訳にも行かないので、しばらく待つ。
 一本吸い終わったころに女は戻ってきた。何やら手に小さな箱を持って。
「ヤスエ、コレアゲル。今日ミンナデ食ベタ残リ、トテモ美味シイ」
「あ……」
 箱の蓋から覗くのは、クリスマスケーキの一切れだ。
「ワタシ一番ノ友達ト離レバナレ、ダカラ、ヤスエトダイキノコト。ウラヤマシイノ……」
 女が寂しげに言うので、祥衛はどうしていいか分からなくなる。そして切なくなった。思わず俯いてしまう。
「あの。……あり……がとう」
 とりあえずお礼を言って、祥衛は顔を上げる。すると女はもう、満面な笑顔に戻っていた。
「……マタネ」
 笑んだままで、再び祥衛に背を向けてビルに帰ってゆく彼女。祥衛はしばらくその姿を眺めてから、女と反対方向へ歩き出した。すると、ちらほらと粉雪が舞い落ちてくる。

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「おかえりー。祥衛行くよー」
 FAMILYのビルに帰ってきて、駐車場にバイクを停めたとき、怜に肩を叩かれた。待ち構えていたように現れたので祥衛は驚いてしまう。表情こそ、無表情を保っていたが。
「……何処に」
「あれ。言ってなかったっけ。クリスマスと忘年会かねてさ、仕事終わったらみんなで飲みに行こうって」
「聞いてない」
 そんなこと、初耳だ。見ると怜の車はすでにエンジンが掛けられていて、ちょうど助手席に克己が乗り込むところ。
「わ、ごめんごめん。急に決まったし、俺言うの忘れてたね! で、コレ何?」
 抱えていた箱について尋ねられ、祥衛は答える。
「もらった」
「ケーキかい。ちょっと崩れちゃってるけど。お客さんから?」
「違う。大貴の……友達から」
「大貴くんの友達ぃ? 誰、会ったの?」
 怜の隣を、黒いコートを着込んだ薫子が通り過ぎてゆく。目が合うとぺこりと頭を下げてくれて、祥衛もまた会釈を返す。彼女の頭についている薔薇の髪飾りをなんとなく目で追っていると──後ろから抱きしめられた。
「祥衛! メリークリスマスっ!」
 大貴だ。祥衛はその身体を振りほどく。
「離せ……」  
「おつかれ、れーさんもおつかれ。あー疲れたな、腰疲れた!」
 振りほどかれた大貴は笑顔を浮かべつつ、今度は怜の方に絡んでいく。大貴に腕を引っ張られ、すり寄られながら怜は話した。
「ウン、お疲れ。ねえ祥衛が大貴くんの友達からケーキ貰ったってさ」
「? 俺の?」
 不思議そうにする大貴に、祥衛は口を開く。
「……パークホテルの近くの。あやしい一角の、店の女……」
「えーだれ? それだけじゃわかんねえよ」
「ナニ、大貴くん女いっぱいいるのぉ?」
 ふざけた口調で怜は大貴の脇腹を肘でつつく。大貴は首をぶんぶんと横に振った。
「いねぇし! みんなともだちだよ。女じゃなくてニューハーフじゃねえの?」
「雑食ぅ〜。オカマのお姉さんにも手ぇ出しちゃって」
「出してねぇったら。俺、仕事以外でそんなことしねぇもん」
「……キミってさぁー地球上に、薫子しか恋愛対象ナイでしょ、ねぇ」
 怜と大貴が会話するのを眺めつつ、祥衛はどう言ったら伝わるのかと考える。彼女の名前は忘れてしまって、頭に浮かんで来ない。
「フィリピンとか、そういう系の人。前に朝まで話してた……」
「わかった。ジャスミンのことだ!」
 そういえば、そんな呼び名だったかもしれない。祥衛は大貴に頷く。
「つーか、ブッシュドノエルだし! うまそー!」
 怜が持っている箱を覗き、大貴は祥衛の目を見た。
「なあ俺にも分けろよなっ。いぃ?」
「そのつもりだ……」
 自分ひとりで食べる気など、祥衛には最初から無い。
「やった! 祥衛ふとっぱら♪ 車ん中で食おうぜ!」
 箱をひったくり、大貴は車へ走ってゆく。
「ちょっとぉ零したらぜっっったいにダメだよ! きいてる?!」
「こぼさないよ! えへへーかおるこのとなり!」
 嬉しそうにドアを開ける大貴を眺め、祥衛は(いつもと変わらない)と胸のうちで呟いた。いつも明るくて、さわがしくて、元気なヤツ。
「……雪、積もるのかなぁ」
 祥衛の目の前で怜の視線は上を向く。つられて祥衛も振り返り、空を見た。 
「キミは積もると嬉しい派?」
「べつに。どっちでもいい……」
「だよねぇ。俺もどっちでもいいなぁー」
 間延びした怜の話し声も、いつも通りだ。こんな変わらない日々の居心地は悪くない。
「そだ。プレゼント置いてきたよ。祥衛の部屋の枕元に」
「勝手に入るな」
「イイでしょ。サンタさんの特権ということで」
「良くない……」
 祥衛も車に向かい、歩きはじめる。
 つい先程まで、嫉妬を覚え、孤独を感じていたクリスマス。だけど俺は独りじゃなかった──そのことが何だか嬉しくて、そんなふうに嬉く感じる自分が子供っぽく思え、祥衛は照れくさくなった。
「プレゼントの中身は見てからのお楽しみだよ」
 怜は祥衛の隣を歩きつつ、そう言って微笑った。

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