開花の聲

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 楓の家は古くから和菓子屋を商う。門前通りに面するということもあり、参詣客が行き交い、いつも店は繁盛している。
 
 家族は店側の表ではなく、裏口から家に出入りした。
 この春から小学校に通い出した楓も、例外ではない。路地裏に回り込んで、裏庭を通って母屋に近づく。

「……?」

 ふと、気になって庭の途中、楓は足をとめた。敷地の奥にひっそりと建つ土蔵に目線をやる。

 何故か、ひどく引きつけられた。今日に限って。それは片割れであるがゆえの予感だったのかもしれない。
 
 蔵には一族が忌み嫌う“茜”が隠されていた。

 茜はこの世に生を受けてからというもの、ずっと此処に封印されている。その茜は忌み子であると同時に、楓と血を分けた双子の弟でもあった。

 楓は胸騒ぎに支配され、急いで鍵を取りにいった。大人たちが隠している鍵の在り処なら盗み見、当の昔に知り得ている。居間にランドセルを投げ置くと、椅子を持ち出して食器棚の上にある黒い鍵を掴んだ。

 庭に戻り、その鍵で古い鉄の扉を開ける。

 やはり、内部はいつもとちがう匂いで充ちていた。内緒で忍び込んだこともある楓は、異変を直ぐに感じ取る。不安を覚えながら、奥に踏み込むと──
 
「……あ…、っ……!」

 楓は眼を見開いた。
 
 信じられない。
 
 茜は、首を、吊っている。
 ユラリユラリと揺れている。
 
 楓と同じ体つき、同じ顔をした少年は、宙に足を浮かせている。絞首に伴って漏れた、様々な液体を垂れ流しながら。

「あ、あかね……。そんな……!!」

 口に手を当て、楓は戦慄する。
 
 意図せずに震えてしまう、どうしたら良いのか分からない。これは現実なのだろうか?
 
  そうであって欲しくない。
 
 けれども、どうやら、紛れもない現実なのだろう。茜の口癖は“死にたい”だったから、完遂するのは時間の問題だった……

『やっと自由になれたよ』

 物言わぬ筈の死人の、唇が動く。
 
 楓はひっ、と呻いて、思わず後ずさった。

『ずっとうらやましかったから。楓とぼくは双子なのに楓だけ好きなように生きているなんて、ゆるせない』
「茜」
『……楓も、ぼくの苦痛を少しは知るべきだ』

 茜はそう言って腕を上げ、楓へと伸ばした。
 体温の無い指に頬を触れられ、楓は身動きできない。
 怖かった。
 震えていると指は動き、楓の目元に伸ばされる。

「うッ……うあぁあああ!!!」

 指は、楓の左目を抉り取った。

 あり得ないほどの激痛に楓は崩れ落ちる。茜はくすくすと笑い、鮮血滴る楓の眼球を握りしめていた。

「目が……!!目が……!!!」

 瞼を押さえて転げ廻る楓の側に素足が降り立つ。
 茜は琥珀に輝く両眼で、悶える兄を見下している──その異質な瞳の色は生まれつきに茜がそなえていたもので、暗い土蔵に封じられた原因でもある。

 そして、茜は己の左目を抜き取った。

『痛いね。楓……でもこんな痛み。ぼくの心の傷にくらべれば、ちっとも大したことじゃない』

 しゃがみ込んだ茜は、眼球を無くした楓の空洞に、己の琥珀玉を挿れる。埋め込まれ、楓は気を失っていく。激痛に耐えきれずに霞む意識。

『ぼくは業( カ ル マ )を精算する。ぼくの代で呪いを終わらせるんだ。それまでは眠れない、もう一人の母さんを探しに行かないと……そのあいだ楓は……せいぜい苦しんでればいいさ、此処でね』

 薄れていく楓の脳裏に、茜の声が響いた。けれども何を言っているのか、楓には半分も理解できない。業? 精算? もう一人の母?
 ……困惑しているうちに楓の自我は闇に覆われた。畳の上で瞼は閉じられる。

 茜はというと、失った左目の代わりに、楓の眼球を挿入して土蔵を後にした。魂だけの存在となった茜は、壁も容易くすり抜ける。

 残されたのは宙に揺れる死体と、血塗れて倒れる少年だけだ。

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 世間に存在を隠されていた茜の死は、密葬として済まされる。彼を幽閉していた日生( ヒ ナ セ )の一族のみが集まり、ひっそりと上げられた。

 けれども呪いは終わらない。

 忌み子の死は、呪いの終焉に成りえた。けれど流石は幾代にも渡る呪いだ、一筋縄では解除できない。

 琥珀の両眼を持つ茜の亡骸は、左目が黒色と化していた。……そして同時に楓の左目が琥珀の瞳となった。

 普通では起こりえぬ、怪奇現象。一族を震え上がらせるには十分過ぎる事象だった。

 故に、楓は、アノ日から土蔵に封印された。

 まるで茜と入れ替わりに。
 
 自由に──普通に過ごしていた幼少期は終わり、学校に行かされぬどころか一歩も外に出されることはなく、じめじめとした蔵で生きる。

『出して』と言って戸を叩いても、無駄でしかなかった。それは早い段階で思い知った。優しかった祖母も母親も頑なな鬼と化し、父親に至っては姿さえ見せない。

 だが、土蔵の生活はさほど過酷ではなかった。食事はきちんと与えられ、衣類など入り用なものは不自由なく用意される。髪も切ってもらえるし、毎日ではないけれどお湯を張った桶も運ばれてきて、身体を拭くこともできた。

 楓は、少しずつ幽閉の生活に慣れていった。幸いにも蔵には骨董品をはじめ、様々な品々が仕舞われていたので退屈はしない。古い図鑑を開いたり、曽祖父のコレクションだという鉱石類、昆虫標本などをもてあそんで日々を過ごす。
 
 それに、琥珀色の瞳はわずかに“茜の能力”の残り香を持っていた。

 常に不思議な力を発揮していた茜には及ばないが──
 たまに浮游する霊魂を見たり、身体の透けた人物が、部屋の中を横切っていくのを感じる。(そんなとき左目を隠すと全く見えなくなるので、楓はこれが左目によってもたらされている事象なのだと知った)
 調子の良い日には土蔵の向こう、遠くの景色までも見ることも出来た。

 そんなふうにして幾らかは能力を飼いならし、閉じられた生活にも慣れきった頃、異変は起こる。

 楓が十歳にまで成長した或る日、“男達”が蔵を訪れるようになった。

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 突然通って来るようになった彼らは、皆スーツを着ていた。土蔵に来ると背広を脱いで、楓に“指導”を始めるのだ。

 男達は楓に性を教えた。

 何も知らなかった楓にペニスを扱く自慰を教え、キスの仕方を教え、幼い身体に愛撫を加える。

 そして丹念に辱めた末に、尻肉の蕾を開いた。

「あッあぁあーー……!」

 今日も楓の孔は男根に犯される。
 指で弄るに留められた時期は過ぎ、今は実際の経験を積む頃に移行している。
 本物の肉棒を打ち込むことで、可憐な蕾を淫らな性欲処理穴に変えてゆく。これからの人生、この穴はこう使われるものだということを身体に教えてやらねばならないのだと男達は言った。

 そう、どうやら、楓は売られたらしい。
 四季彩( シ キ サ イ )という売春楼に。

 楓は、四季彩の名前だけは知っていた。
 日生の家が商う和菓子屋“雛屋”( ヒ ナ ヤ )の得意先で、沢山の特注品を拵えていたことを蔵に入る前の記憶として覚えがある。
 
 しかし、四季彩が何をしている店なのかまでは知らない。……男達はそれを楓に教えてくれた。古来から今にまで続く遊廓なのだという。身体を売る処。特に四季彩は少年から青年までを売る男色商売が盛んで、たくさんの男娼妓をとりそろえて客の要望に応えているらしい。

“雛屋の方々は楓くんを私たちに売ったんだから、楓くんは娼妓にならなければいけないよ”

 それを聞いても、楓はさほど衝撃を受けなかった。

 ずっと蔵に入れておくのも嫌になったのだろう、としか思わない。理由は知らないがこの一族は琥珀の瞳を酷く怖れると同時に忌み嫌っている。
 憎悪という感情の前では、親子の絆も愛情すらも消えうせることを、楓は哀しくもこの数年で理解していた。

 ……今、繰り返されているのは商品としてデビューする前の仕込み。調教が完了して十分に大人の性欲を受け止められるようになったら、楓は蔵を出され、正式に四季彩へと引き取られる。

「んっぅ……あッ……!」

 抜き差しが止まり、最奥で精を放たれる。尻の中で射精をした男は結合を剥がした。

“商品”に遠慮などされることはなく、常に中出しが普通だという。拡がった肛門から濁液を垂らし、楓は目を伏せる。ずいぶん慣れたとはいえ未だに苦しさもあった。少年の尻は本来、犯されるための器官ではない。

「光栄なことだね、楓くん?」

 男の一人が、楓の尻肉を両手で掴み開いた。入り口が引っ張られてさらに孔が開いてしまう。連日の挿入で傷んだアナルはそんなふうにされると痛い。

「性玩具にとって、中出しをされるということは一番の悦びなんだよ」
「……っ、やぁっ……」

 楓は逃れたくて、もじもじと下半身を動かした。痛みよりも羞恥のほうが強い。白濁を垂らす様を観察されるのは辛かった。この体勢では性器も丸見えだ。

「!……あぁッ!」

 しかし、まごついていると強く尻を叩かれてしまう。

「恥ずかしがっちゃ駄目だろう。誇らしげに突き出しなさい」
「ふー……ッ、あぁあ……」
「淫乱なお尻を自慢しようか、楓くん」

 言われた通りにしないとまた平手を喰らう。楓は爪先立って開脚し、尻を突き出す。ブザマな体勢だった。少し離れた所から他の男達が、そんな楓の姿を見て笑う。

「恥知らずな生き物になろう。お客様にハメてもらうことがこの上ない愉しみだというような生き物に」

 言い聞かせる男は、楓の尻から手を離し、股間を覗き込んだ。──勃起している。幼茎は、挿入を受けている間は擦れる痛みに萎れていたはずだった。けれども種付けられた肛門を露出してから、急激に屹立したのだ。

「良い傾向だ。痴態を発表することで発情するなんて」
「……いやぁあッ……」

 四つん這いのお尻を見せて勃起しちゃうなんて、楓くんはもう普通の男の子じゃないよ、自分でもよく分かったね? ……男の台詞が楓の心に沁みる。楓は頬を染め、ふるふると震えた。

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 調教末期には男達数人の泊まり込みになった。淫乱玩具に成るための最後の追い込みだ。

 この時期まで来ると、楓は衣服を纏うことさえも認められない。全裸を強いられ、性器を露わに生活する。
 退廃窮まりない日々だ。幼い裸身は絶え間なく弄られて、性器も乳頭も赤く腫れ、傷んでいる始末。後孔はローションと種付けられた精液とでいつも潤んでいる。
 
 敷き詰められた布団の上、楓は新しい生き物に作り替えられつつあった。突き出された男根には躊躇いなくしゃぶりつく、淫らな動物へと。

 徹底的に破壊される人間性。

 糞尿も男達の前で垂れ流し。桶をあてがわれ、そこにさせられたり、犬のように片足を上げて放尿させられたり、囲まれて輪の中で凝視められながら行わされるなど常軌を逸していた。もよおす度に楓は赤面し、恥ずかしさに絶叫しながら有り得ない体勢でお漏らしをする。

 また、入浴も楓の勃起を促す仕方で行われる。湯を張ったタライが運び込まれると、やはり男達に囲まれ、鑑賞されながら身体を洗うのだ。
“もっと丹念にち●ぽを洗おうね” “お尻の穴は指を挿れて綺麗にしよう”……命令はどれも卑猥で、楓は感じてしまいながらも言う通りに従う。半ばオナニーショーといっても過言ではなく、幼い性器を揺らしながら泡にまみれ、楓は恥態を披露していた。

 食事は口移し。抱き合い、愛撫を受けながら男の咀嚼したものを飲み込む。嫌がれば何も食べさせられない。空腹を癒すためには受け入れることしか選択肢はなく、淫靡に舌を絡めながら胃を満たす。楓は、親鳥から餌をもらう雛のように懸命についばむしかなかった。

 そうして──
 徹底した変態生活の末に完成した“娼年”はいよいよ遊郭に献上される。

 或る夜、艶やかな浴衣を与えられ、目隠しをされ、楓は蔵を出された。

 草履を履いて歩く久しぶりの庭の地面の感触。車に乗せられ、両隣の男達に固く手を握られて、闇の中で運ばれてゆく。

 不安がないといえば嘘になる。けれど調教を受けたせいなのか、楓はパニックになることもなく、大人しく運命を受け入れていた。じきに到着すると、手を引かれて石畳の上を歩かされる。視界を奪われていても、建物の中に入ったことは分かった。

「連れて参りました」

 手を繋いでいる男が発した。周りにはたくさんの人々が居るようで、楓の鼓膜にざわめきが伝わる。戸惑っていると、外される目隠し。
 ……眩しさに楓は目を細めた。

 光に慣れると大広間の様相が浮かび上がる。楓を囲むように座っている者たちの衣服は、着物姿が多かった。老人、壮年、妙齢の婦人の姿もある。楓と大して歳の変わらなさそうな稚児も居た。

 上座に座っているのは、絢爛な花魁( オ イ ラ ン )だ。結い上げられた髪に幾つものかんざしが挿され、装飾具の類も輝く。碧に染めた羽織を纏い、真直ぐに楓を見ていた。年の頃はまだ若そうで、少女と言っても良いかも知れない。

「此処においで」

 少女の唇が動いた瞬間、楓は違和感に襲われる。
 声変りを終えた低い声だ。

「私のそばに来て。呪いの瞳をそばで見せてくれ」
 
 花魁姿の “彼”に手招きされ、楓は近寄る。

「もっと。もっとそばに……へえ、綺麗な琥珀色だ」

 彼の腕の中に閉じこめられ、掻き抱かれた。楓は芳香の匂いを感じる。頬をなぞられ、瞳を覗き込まれた。

 間近に迫る、綺麗に化粧をした顔立ちは紛う事無く女と言って通るだろう、しかし掌は大きく、少年らしさも感じさせる。楓はこの花魁の性別を計れない。

「きみの名前は楓というらしいね。……私の名前は越前谷 那智( エ チ ゼン ヤ ナ チ )だよ、四季彩当主を務めているんだ」

 耳元で囁かれて、髪を優しく撫でられる。そうされるのは不快ではなかった。楓はそっと瞼を伏せ、体温を寄せる。

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 広間に集まっていたのは、四季彩の経営に携わる者たちや、勤める娼妓の一部だった。皆、楓の到着を愉しみにしており、姿を見ようと集まっていたらしい。
 
 何故、自分の来訪がこれほどまでに彼らの興味を惹いたのか、楓には分からない。普通の人と違う異質な左目を持っているからだろうか、と思ったけれど、どうやらそれ以外にも四季彩の人々の興味を惹く、何か理由が有るようだ。

 それは、那智の話で明らかになる。

「蜜( ミ ツ )という名の花魁のことを知っている?」

 楓の手を引いて歩き、大広間の外に出た那智はそう切り出す。楓は首を横に振った。

「お家の人から、何も聞かされていないんだね。……琥珀の両眼を持った女性が居たんだよ。何百年も昔に」

 裸足の楓には、廊下の板間は冷たい。相反して温かな那智の手の感触が際立つ。那智は幾つかの襖を開け、麝香のくゆる奥座敷に楓を招き入れてゆく。

「蜜は雛屋の若者と恋をしたけれど、雛屋の人々は二人の仲を快く思わなかった。迫害を受け、追いつめられて彼女は命を絶った。自らで腹を引き裂いて。凄惨だろう。腹には双子を身篭っていて、その子供達も一緒に死んだのさ」

 双子、と聞いて楓は反応した。那智の顔を見上げる。

「それから雛屋には時折琥珀の瞳を持つ双子が生まれるようになった。二人ともそうだったり、片割れだけ琥珀だったりまちまちだけれどね。生まれるたび、雛屋の人々はその赤子を殺してきた。けれど時代が変わって、倫理観が止めたのかな。久しぶりに生まれた琥珀の子、茜くんのことは殺めなかった」
「……茜のことをしってるの?」
 
 尋ねると、那智は頷く。

「本当は茜くんを引き取る話だったんだ」

 屋敷の深くに辿り着いた。明かりは薄暗く、更紗の天幕に覆われる部屋だ。絨毯の上には黒猫が居り、那智は楓の手を離すと“伽羅”( キ ャ ラ )と呼んで猫を抱き上げた。

「雛屋さんは、四季彩にばかり責任を負わせようとするんだよ。いまも昔も」
「茜が死んだから、おれを“玩具”にしたの?」
「うん、そうだね」

 那智は猫の頭を撫でる。その動作は先程、広間で楓を撫でたやり方と一緒だ。愛でるように、指先でなぞる。

「契約がまとまりかけていた頃に、茜くんが死んでしまったから。話は立ち消えになった。でも数年経って楓くんのことも、蔵に置いておくのが嫌になったんだろう」
「おれはもう帰れないの……」

 気になっていたことを、那智に尋ねる。那智は伽羅を床に逃がした。

「帰してあげたいけど。雛屋さんのほうが、楓くんを嫌がっているから。ごめんね、冷たい言い方になって」
「ううん。いいんだ。ほんとうのことだから」
「きみは強い子だね」

 那智の手が再び、楓へと伸びる。楓は両頬に触れられながら分かった……いまの話を聞いて、アノ日薄れゆく意識の中で聞いた茜の言葉を少しだけ理解できたような気がする。 

 業と精算、もう一人の母。

 不思議だった単語が意味を帯びてゆく。

「茜はしっていたんだ。全部。しらないのはおれだけだったのかな……」

 全てを知っていて、自ら命を絶った茜。
 死してからも、呪いを解く為に今も何処かで動いているのだろうか? 茜のほうが遥かに強い……楓は拳を握って呟く。

「おれには茜みたいな力もないから。ただ、運命を受け入れることしか、できないんだ」

 独白を聞いていた那智は、着物の袖で楓を包んだ。

「立派な才能じゃないか。受け入れて、淫らに開花したんでしょう?」

 微笑われて、楓は少し頬を染めた。調教の日々を思い返すと恥ずかしくてたまらない。けれど、これから此処で待ち受ける生活は、蔵で受けた躾よりも恥ずかしいものになるのだろう……。

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 楓は浴衣を脱がされ、裸体を調べられる。
 那智がその性器を摘まんだり、軽く吐息を吹きかけるだけで、楓は発情の兆候を表わした。いとも容易くペニスを屹立させてしまう少年に、那智は微笑む。

 那智は新入りには、一度は必ず目を通す。が、楓のようにこうして感じる子は稀で、大抵は緊張の余りに強張っていたり、遊廓に入ることに反抗を見せたり、泣きじゃくる子も居る。幼い子供ならなおさらだ。那智は楓の様子に感心し、褒めてやる。

「良い子だね、楓」

 そのうちに楓の性器はますます興奮し、完全に勃起を見せた。楓はそれを隠そうと掌を股にやろうとしたが、躊躇い、すぐに手を腿に戻す。四季彩から派遣した男達に言いつけられたことを守っているのだ。

 性玩具は、恥部を隠すことを許されない。むしろ発情した姿をあからさまに披露するのが、淫乱らしくて良いとされている。

 楓は顔を赤らめながらも勃起した股間を隠さず、那智を真直ぐに見つめていた。

「そう。絶対に隠しちゃ駄目だよ。楓くんはもう普通の男の子じゃなくて、恥ずかしい生き物になったんだからね?」

 物分かりの良さは少年が生まれつきに持っていた淫性なのか、教育係の躾の巧みさか。どちらにしろ、係の者達には褒美をやろう。そう那智は思った。

 ……那智は四季彩の主として、商品を見極めねばならない。適性を見抜き、売り出し方だけでなく、どのように飼育していくかを考えねばならなかった。

 例えば女形として育ててゆきたいのなら、立ち居振る舞い等の厳しい指導も必要だ。逆に男らしく育てたいのならば食事の内容も滋養豊富なものにしたり、可憐な男娼に仕立て上げたいのなら食事量を減らし美容に気を遣わせたりと、四季彩の飼育管理は細かい。

 楓という少年はこれまでずっと蔵に入れられて、日陰で育ったからだろうか。身体つきは小柄で華奢、年齢よりも幼く見える。……この要素は維持したほうが良い。那智は観察しながら、考えを巡らす。
 華奢な身体を保つ為と、背をあまり伸ばさない為に栄養と食事は意図的に減らそう。陰毛の類も認めない。性器も可愛らしいままが良いから、純潔を維持させたい。自慰を含めてペニスを使わせぬようにする。尻だけを丹念に開発して、楓にとっての性器とは肛門、そういった形に育てたい。

「これはただの飾りだと思って暮らそうね」

 寝台に腰掛けた那智は目の前の幼茎を片手で嬲った。気持ち良いのだろう、ビク、ビク、と楓は身体を震わせる。

「男の子なのに、可哀想かもしれないけど。楓くんは女の子みたいに、穴でしか性交しちゃ駄目。ここを扱いて射精するのは禁止だよ」
「穴って……おしりのこと…?」
「そうだよ。楓くんにとっては膣だよ。楓くんもこれからは肛門のことをおま●こって呼ぶんだ。言ってご覧」
「お……ま、●、こ……」

 女性器の名称を躾係に聞いて知っていたのか、元々知っていたのか。楓は恥ずかしそうにしながらも単語を紡いだ。那智は指を、少年の後孔へと這わせる。

「そう。ちゃんと言えたね。楓くんの性器だ。……いっぱい種付けして貰おう。蜜の呪いを引いた子だから、大した宣伝なんかしなくとも好事家たちは噂を聞き付けて夜毎来るさ。そのうちに噂は広がって、ますます楓くんは交尾三昧の毎日になる」

 おいで、と楓を招き寄せて寝台に上がらせると、手始めにまずはキスを確かめた。楓は小さな舌を絡ませてくれて、確かな躾が身についていることを那智に伝える。

 今宵は、心ゆくまで少年を調べよう。那智は艶やかな羽織を脱ぎ捨てる。

 こうして楓は、遊廓“四季彩”に迎えられた──