誘蛾灯

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 出版社に勤める佐々木は、人気ポルノ作家相沢壮一のもとに打ち合わせをしに行った。京町家を改装した喫茶店で小一時間話し、壮一の愛人である若い女が迎えに来た所でお開きとなった。

(たしか名前はハルエ嬢と言ったか……)

 壮一と、その傍ら日傘を差して歩む和服の後ろ姿を見送りながら、佐々木は肩をすくめる。白昼、公の場にも情婦を連れ回すことのできる図太さには尊敬の意さえ覚えてしまう。

 けれど佐々木自身には、特に愛人を作りたいという欲求はない。近頃は“四季彩遊び”を愉しんでいることもあり、情欲は満たされていた。

 実はその“四季彩”は、元はと言えば相沢氏に紹介されたもの。郊外の奥深くに潜む秘密遊廓であり、男児から妙齢の婦人まで様々な性娼妓が用意されていて、心ゆくまで堪能することのできる欲望の捌け口。

 ……或る作家の出版記念のパーティーだったか、酒を酌み交わしていると相沢氏は先程のハルエ嬢を連れてこう切り出した。

『佐々木君、知っているかね、金次第で酒池肉林も作り出せる場所が現代にあるのを』

 ご冗談を、と返した佐々木だったが、後日実際に連れていかれ、腰を抜かす程に驚愕した。まさかこの世にこんな極楽があるだなんて──! 両性愛の気があった佐々木は遊廓の少年を買うのにハマり、気がつけば給料の殆どを四季彩につぎ込んでいる始末だ。

『今日も行くんだろ? 好きだねぇ君も!』

 先程の打ち合わせの際も、相沢氏にはそう言われた。ほどほどにしておかないとじきに破産するぞ、身も心もなぁ……忠告の言葉も佐々木には届かない。今日も仕事を終えると、車を山奥へ走らせる始末。人里離れた処に遊廓は広大な敷地を静かに横たえ、来訪者を誘う提灯で闇を薄める。その淡い光は、まるで誘蛾灯( ユ ウ ガト ウ )の光のように不気味だ。

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 遊廓は幾つもの棟が、渡り廊下で連結した造りになっており、大きく分けると男娼部と娼婦部になる。

 佐々木が通うのはもちろん男娼部、それも年若い子を揃えた奥座敷。受付にて会員証を提示すると、まずは見世( ミ セ )と呼ばれる空間に行く。畳敷きの舞台と、その周りをぐるりを囲む通路とで成る広間だ。

 訪れた客は畳に正座で並ぶ少年達を眺めながら回遊したり、隣接するラウンジにて彼らのプロフィールなどを記載した写真帳を見たりし、今宵の玩具を品定めする。

 少年達はラウンジの席に招き呼ぶことも出来、客は会話の他に軽いお触りも許可されていた。浴衣を捲られ、性器や尻肉を露出させられている少年、というのは此処では良くある風景。

 しかし、今日はいつにも増して淫靡さが濃厚だった。

 黒髪の少年が、従業員に首輪の鎖を引かれ、全裸でラウンジを歩かされている。ソファに座る客達はニヤニヤと笑ったり、少年の滑らかな尻を叩いてやったりして面白がっていた。
 驚くべきことに、その腿にはローションや白濁の液などが滴っていて、明らかに犯された後の姿だ。少年自身の性器も興奮冷めやらぬ様子で、半勃ちの形を見せつけている。

「嬉しいなぁ楓、もう六発も中出し貰って。淫乱マ●コのお前も大満足だな?」

 バーカウンターの前に立たされた少年──楓という名らしい──の股間は陰毛が生えておらず、その場所には正と書かれていた。従業員は墨をつけた小筆で、一を書き足す。正の字で六を表わされているようだ。

「これは一体……?」

 佐々木は戸惑った。四季彩では客を愉しませるために、稀に催しを行うことがある。今宵も、その一種なのだろうか。首を傾げる佐々木に、周りの客達が教えてくれる。

「“ふれあいキャンペーン”だとよ、楓は固定客が多いから、たまには他の客や新規客とも遊べとさ」
「当主様の発案だよ。可哀想にな」

 可哀想に、と言った客は言葉とは裏腹、そのようには全く思っていない様子で、葉巻をくゆらせながら愉しそうにしていた。

「どうだい、アンタも楓を抱いてみたらどうだ。普段より随分とお値打ちに交尾出来るぞ」

 薦められて、佐々木は目の前の楓を見た。後ろ手に手錠をされて立たされている華奢な少年は、佐々木の注視に気がついたらしい。床に落としていた視線を上げる。

(あっ……!)

 佐々木は息を飲む。少年の片目は琥珀色だ。そして、驚いている様子の佐々木に口許をゆるめた──佐々木は笑いかけられたのだ。刹那、佐々木の身体は麻痺を掛けられたように硬直する……そして、背骨を伝い指先にまで走る、電流。

 衝動的に佐々木は挙手し、指名します、と口走った。

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 佐々木は、見世のさらに奥へと案内された。胡蝶蘭を模したランプが薄闇を照らす洋間だ。和室が多い四季彩には珍しい造りの一室である。
 
 部屋に楓を連行してきたのは、従業員二人組。彼らはまず、前の客の体液に塗れた楓の尻を洗浄すると言い、浣腸の用意をはじめた。

 楓は当然ながら浣腸に慣れているようで、大人しくテーブルに手をついて尻に注入を受ける。むしろ、嫌がるどころか「あッ、あッ」などと感じた吐息を零す始末。注射器型の器具を用い、結構な量の液を与えられると、少年の腹部は張って膨らんだ。

 従業員は佐々木に見せつける為、楓の尻肉の谷間を開き肛門を晒したり、その蕾に指を這わせて軽く抜き差ししてみたりと辱める。平手で尻を叩いてみたりもした。

『お客様も虐めてみたらどうですか?』と薦められ、佐々木も近づいてはみたが、従業員達のように叩いたりはしない。玉袋を軽く手で包んで、柔らかな感触を愉しむにとどめる。

「では、奥までシッカリと洗いますので」

 浣腸器具などを運んできたスチールのワゴンから、従業員はディルドを取り出す。中々の太さで、細かな柔毛が生えている。

「あ、あぁーーーッ……!」

 ソレを一気にズブズブと挿入されると、楓は背中を弓なりに反らして声を上げた。小柄な少年に太い物体がねじ込まれる様は壮観だ。
 従業員の一人が浮いた楓の背中を押さえ、一人が躊躇いなくディルドの抜き差しをする光景。荒っぽい動作はとても人間に対するモノではなく、筒など、道具か何かを洗浄しているかのように見えた。

「ひぐっ、ッ、あぁぁ、あッ」

 込み上げる便意を掻き回され、こらえる少年は爪先立ちになり、しまいにはプルプルと脚が震えている。丹念な突き込みが終わり、粗末な洗面器が床に置かれると楓は一目散に跨がった。
 我慢の限界だったのだろう、肛門からは勢いよく水流が迸る。今宵は何度も浣腸が繰り返されているのか、便は無く排出されない。

 排泄が終わると、再び楓はテーブルに手をつかされ、尻には今度、ローションが注入される。

 たっぷりと潤滑油を含まされた後、楓はやっと佐々木に引き渡された。従業員は一礼し、部屋を出ていく。

「なかなか、過激な洗浄だったね。辛かったかい?」

 ベッドの上、少年を膝の上に乗せて座らせ、佐々木はねぎらってやる。間近で見る琥珀の片目は、やはり宝石のように美しかった。楓の姿は首輪の裸体という姿も相俟って、まるでオッドアイの黒猫のようだ。

「……うん。辛いし、恥ずかしかった。でもその辛さが気持ちいい」

 少年の言葉が嘘でないことは、屹立したペニスが示している。包皮から顔を出した先端からは、嬉しそうに蜜までも滲ませていた。

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 楓という少年を、様々な体位で犯す。

 恥丘に書かれた数字の通り、既に六人もの男の性欲を処理したアナル。多少緩んできていたが、十分に締め付けは残っていた。とても何本ものペニスに種付けされた尻穴とは思えない。

 楓の体力もまだまだある。この少年は華奢な割に、脆弱ではないらしい。疲れを見せず、自分から積極的に腰を振ったり、佐々木に絡み付いてきてくれる。

 薄く肋骨の浮く細い肢体が、きっと四季彩の飼育管理によって維持されているものであろうことは、佐々木にも分かった。

 此処に通いはじめて日が浅い佐々木も、四季彩の商品達が厳しい規則で縛られながら生活していることは耳にしている。

 商品達は普通の子供達のようにろくに遊ぶことも許されず、中には学校に行かせて貰えなかったり、四季彩の外の世界すら知らずに育つ者もいるという。
 
 そんな彼らにとってほぼ唯一の娯楽が、客と行う交尾なのだ。自慰も禁止されているため、唯一、快楽を得られる機会がこのひと時。少年達は皆嬉しそうに抱かれてくれる。

 楓も例外ではない。佐々木の顔を見つめながら嬌声にも似たアエギを響かせ、後孔への打ち込みに酔いしれていた。先走りは尿を漏らしたかのように溢れ、半勃ちに萎えながらも、楓が感じ続けているのは明らか。

「ぅううッ、出、そうッ……!」

 ある時、楓はそう言って悶える。佐々木は焦らしてやりたくなり、腰つきを止めて離れてやった。

 しかし既に遅い。

「あん、あッぁあ……!」

 楓は四つん這いの姿勢を震わせ、シーツに白濁を散らす。佐々木の眼下では肛門が開いたりしぼんだりを繰り返し、ヒクつきながら絶頂を味わっていた。

「お漏らししたね、楓くん」

 佐々木は楓のペニスを覗き込んだ。指で触れられることもなく、一切刺激を与えられずとも、アナルを使った交尾だけで射精した性器。
 萎えた形で射精したソレを指ではじいてやると、楓は息を飲む。

「お客さんより先に気持ち良くなって、しまりのないおち●ち●だね」
「ッぅ、ごめんなさい……」
「従業員さんに替わって、罰を与えないとな」

 宣告した佐々木は、少年の茎を強く握りしめたり、引っ張ったり、さらには踏んでみたりと痛めつけた。
 楓は確かに痛がったが、踏まれていながら固く勃起させる始末だ。佐々木は半ば呆れつつも、同時に、そのマゾヒズムな淫乱性を可愛らしく感じる。

 再び組み伏せると挿入し、激しく行為を行う。絡み合って、佐々木の射精は楓の体内にて放出した。四季彩の少年達は、当然のように受け止めてくれる。

 ……交尾の後は、少しだけ会話を楽しんだ。

 楓は、口を開けば素朴な少年で、あまり娼妓らしくはない。学年は中学二年、得意な科目は理科。体育など、運動することはきらいだと言った。

 もう少し触れ合っていたかったが、アンティークな形をした電話が鳴って、時間の終了を知らせる。

 現れた従業員は楓に元通り鎖を掛け、連れ出してゆく。先程のよう、ラウンジにて股間に人数を記し、次の男に引き渡すのだろう。

 座敷を出る時、楓は振り返って佐々木に向いた。うっすらと微笑んで、ぺこりとお辞儀をしてくれた──佐々木が指名した瞬間にも見せたあの表情だ。

 あどけなく鳴く姿や、ごく普通の少年らしい話しぶりからは信じられない程、その微笑みには艶があった。ぞっとするほどに。
 
 それは琥珀の片目が醸し出す、魔法なのだろうか?