Obscurite

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 初夏だというのに、寒々とした空間が広がっている。
 地下室の広間、床を眺める大貴は宙に浮いていた。
 後ろ手を手枷でまとめられ、全身は革製のハーネスで括られている。そして、ハーネスに繋いだ鉄の鎖で天井に吊り下げられていた。
 麻縄を用いた難解な緊縛ではない、簡素な拘束だ。崇史は和の情緒匂いたつSMより、ラバーや革の質感、金属の冷たさ、ボンデージのフェティッシュに惹かれるらしい。
 それは大貴も同じだった。吊るしあげられるのはイヤだけれど、革の感触や揺れる鎖の擦れあう音は好き。着せられている、ラバーのニータイツが素肌に吸いついてくるような着心地もいい。
 コルセットも嫌いじゃない──でも、今日は苦しい。いつもなら余裕を持って締めてくれるのに、フルクローズにされている。大貴の腹部は砂時計のようにくびれ、呼吸も圧迫されていた。単なる装飾ではなく、お仕置きとしてきつく着せられているのだった。
 今夜は吊るし方に身体的苦痛が少ないため、こちらで苦痛のバランスをとっているのだろう。
「も……、やだよう……!」
 揺れながら、大貴は歪めた表情でひとりごとを言う。がらんどうのフロアには誰もおらず、大貴を吊るしている鎖の軋む音がするだけ。
 ひとりぼっちにされることも、さみしがりやの大貴には効いてしまう。ただでさえ地下は幽霊城のおもむきで気味が悪く、心細くてたまらない。
「薔薇、ちぎったり、しないから……、車おりたら、まっすぐお家のなかにはいるから、ゆるしてぇー……」
 大貴は贖(あがな)いを口にする。半泣きの声は薄暗い廊下に響くだけで、返事は当然のごとくかえってこない。いつ開放されるかわからない放置は不安で、怖かった。短い時間であったとしても、被辱者にとっては一分が一時間のように感じられることもあるだろう。
(そっか、じゃあ僕もこんどためしてみよう……マゾとあそぶときに、放置してみようかな)
 される側はイヤだけれど、する側なら愉しい。
 頭の中で空想してほくそ笑んだとき、大貴の身体に衝撃がはしった。尻穴に挿入されているバイブが、遠隔操作で蠢きだしたのだ。
「! うぁあぁッ……!!」
 大貴が纏っているものは、コルセットとニータイツ、タイツと同じラバー素材のロンググローブしかない。性器も臀部も丸出しで、小ぶりな刀身が突き刺さっている。コード類は大貴の素肌とハーネスの間に挟まれてまとめられていた。
 気を緩めていると、こうして時折振動がくる。ランダムではなく一定間隔で作動するのかもしれないが、辺りには時計がなく大貴にはそれを計る術もなかった。
「ひっ、あぁあっ、あぁあ、あー……!」 
 容赦のない抉りに、身体を揺らして喘いでしまう。吊られているから、凭れるところがないのも辛い。性的刺激を受けても頼るところがなく、ただただ自重で揺れているしかないのだ。

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 バイブは高性能で、逆回転したり強弱の波があったりと大貴を悩ませる。前立腺をかすめるかかすめないかの微妙な部位に刺激が走るのも苦悶で、もどかしく身をよじったりもしてしまう。
(あー……、だめだよぅ…………いっちゃいそう……!)
 お仕置き中に勝手に射精したら、叱られるのに。大貴はギュッと目を閉じた。
 次の瞬間には、どうせイッてしまうなら薫子で達したい、という思いも浮かぶ。アフタヌーンティーを楽しんだときの薫子の姿を描いた。黒いワンピース、棺桶の形をしたピアス、つやつやの長い髪、リボン……切れ長の美しい瞳、すっと細い輪郭と顎、白い肌、胸元……ソレを汚したい。どろどろに。体液と、白濁の精液に塗れさせて、無理やりに咥えさせるイラマチオをしたい、薫子の綺麗な顔を歪ませたい。
 妄想に大貴は薄笑んだ。髪を掴んで笑い捨てるだけでは留まらず、いつものように大貴の願望は加速する。手脚をもいで、吹き出る鮮血にうっとりした。薫子の悲鳴を聞きながら、薫子の血の中に溺れたい。肉を剥ぎ傷口にペニスを突っこんでやるのもいい。
 大貴の脳内では、また、薫子の原形がなくなってしまった。
(うふふふふふ。だいすき。だいすき、だいすきすぎる。きょうはどこに射精しよっかなー……内臓かなあ。あははははははは色がきれいだ……)
 高まってゆく絶頂感、いまにも性器が爆ぜてしまいそう、というところで振動が止まった。大貴はハッとする。妄想を泳いでいた意識が現実に還った。
「あ……」
 足音も響いてくる。革靴の音だ。崇史だろうか、と思ってから、崇史であってほしいと願っている事実に大貴は気づいた。感じすぎたペニスを勃起させ、だらだらと涎のように先走り液を垂らしているこんな姿を使用人たちに晒すよりは、崇史に見られたほうがいい。恥ずかしさはあるけれど親子だからか、妙な気安さがあった。
「パパ……」
 祈りが通じたのか、足音の主は崇史だ。
 スーツの上着を脱ぎ、タイを外した姿でもだらしなくは見えず、かっちりとした優美さが損なわれない。高貴さはいつでも色香とともに、崇史を包んでいる。その手には大貴を穿つ性玩具を遠隔操作するリモコンが握られていた。

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「心細かったか?」
 怒ってはいない様子の崇史に、大貴は頷く。安心して、すこしだけ涙腺がゆるんだ。
「随分と粗相をしたな」
 床には大貴の垂らした透明な蜜が滴っている。崇史にペニスを握られると、大貴は鎖の音を鳴らして身をよじってしまう。
「やぁッ、だめぇ……パパー、出ちゃう……」
 崇史の手はすぐに肉茎から離れてくれた。指に絡みついた大貴の体液は、大貴の頬に撫で付けることによって拭く。そして大貴を後ろ手に縛している拘束具のロックを外してくれた。
「……パ、パ……?」
 身体は吊られたままだが、思いがけず両手の自由が戻り、大貴は驚いた。
「耐えた褒美だ。扱いて射精しなさい」
「…………!」
 それは本当にご褒美なのか。大貴の耳には、命令にしか聞こえない。
「どうした。俺の気が変わらないうちにはじめないと、次はいつ出せるかわからんぞ。当分、禁欲生活を送らせることも出来るのだからな」
「や……、イヤだよ、キンヨクなんてむり」
「ではさっさと済ませろ」
 冷たい声色だった。言い方にむっとした大貴だったが、バイブで刺激されたために射精欲が高まっているのも事実だ。大貴は従う悔しさに唇を噛んでから、性器に手を伸ばす。吊られたままで。
「ん………」
 ラバーのロンググローブをはめたまま、自分の肉棒を握る感触。ゆっくりと扱くたびに手枷の擦れる音や、揺れる鎖のぶつかる音が──ガシャガシャ、ジャラジャラと鳴る。右手で扱いていると左手は所在なく、はじめは太腿をなぞったりしていたが、そのうちに胸元へと伸びていった。ハーネスと鎖の間からあらわな乳首を嬲ってしまう。
「……あぁあっ、パパぁ、気持ちいいよう、パパ気持ちいい……!」
 崇史に見られて行っているから、当然ながら恥ずかしい。けれどそれとは相反し、甘えたくもなる大貴だった。感じているところを見守ってもらうのは、羞恥と屈辱に塗れながらも癒されるような心地もある。
 扱く動作がどんどん激しくなって、ガシャン!ガシャン!と荒立つ音も大きくなる。尻穴を締めると確かなバイブの感触もあって、床を見つめながら意識は恍惚に飲みこまれていった。
「薫子おねえちゃん、だいすき、イクうぅうう──……!」
 絶叫する大貴の脳裏には、先程の妄想の続きもよぎった。
 鮮血に汚れた薫子を白濁液でデコレートする、最高の射精だ。

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 拘束を解かれ、地上に連れられるとシャワーを浴びるように言われた。バスルームで身を清めたあと、大貴は崇史の私室に赴く。懲罰と褒美を終え、これからは奉仕の時間。
 疲れているなどと言い訳して、逃れることはできない。
「ん……ふ、あぁ……」
 ベッドに肢体を広げた大貴は、のしかかる崇史の重みを感じながら後孔に挿入を受ける。たっぷりと馴染ませてくれたローションの感触と、すでに一度中出しされている白濁汁が腹の中で混ざりあい、気持ち悪い。抜き差しの度にズチュズチュと卑猥な音がした。
 コンドームを使ってもらえることは、初セックスのときからいまに至るまでほとんどない。幼いころは生の男根を用いて尻を鍛える、という調教方針だったようだし、成長してからも『大貴のアナルはおじさまたちの性欲処理用穴なのだから、しっかりと生肉で精液を受けとめてあげなさい』などと言われたりして、直接に腸壁に精液を出してもらうのが当然になった。
「んあ……、あっ……、あぁっ……」
(あれー……、パパとはじめてエッチしたの、いつだったっけ……)
 くちびるから喘ぎを零してしまいながら、大貴はぼんやりと思う。薄暗い天井を見つめて考えても、思いだせない。
 大貴の記憶にはところどころあいまいな部分や空白があって、どれだけ思いだそうと頭をひねっても出てこないところがいくつかある。
 それは大貴の本能が、思いだしたら平静ではいられないような残酷で残虐な記憶をシャットダウンしてくれているのだった。大貴が壊れないように。
(……わかんないや、おかしいなー……まあいいや……)
 考えてもわからないから、思いだすのを諦めた。崇史に与えられるリズムの回数や、溢れ出る水音の回数、尻穴にはしる痛みの回数などを数えて過ごすことにする。いつものように。
 それにも飽きると薫子の姿を思い描く。薫子を妄想することに関しては、飽きることがない。ずっとずっと考えていられる。頭のなかで賛美したり、弄りまわしたりする。
「──何を考えている?」
「! う……」
 思考が途切れたのは、崇史の両手に腰を掴まれたから。
 奥深くまで挿入されて、激痛に貫かれた。特にこの頃は連日性交をしているから、粘膜が傷ついていて苦痛がひどく鮮やかだ。だが、耐えられないほどの痛みというわけでもなく、じんわりと尾を引きながら鈍痛へと和らいでゆく。
「どうせ、また、令嬢のことだろう」
 間近にある唇は薄く笑んでいて、見透かされたことに大貴はむっとした。同時に崇史のことをやっぱりパパなのだなあと思う。大抵のことはお見通しで、ばれてしまうから。
「る、さいなぁ。ちが、うよ……」
 大貴は妙な意地を張り、ぷいと横を向いた。崇史は挿入を浅くして揺り動かしを止め、大貴の肌を撫でてくれる。
「昨日のアフタヌーンティーは、楽しかったようだな」
「……ん……、たのしかった……すごくたのしかった……」
 その質問には素直に頷く。大貴の視線の先には大きな窓があった。ベッドからは望めないけれど、あの窓の先に広がっているのは薔薇園。連想して、嬉しそうに花びらをなぞる薫子を思いだした。摘んでいって、花束にして渡して本当によかった。
「えへへ……、おねえちゃん……」
 大貴は微笑んでしまいながら、両手それぞれでシーツを掴み、先走りの蜜をとろりと零している。
 そんな大貴の髪を崇史は掻き上げ、呆れたようにため息を吐いた。

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「それほど愛しているのに、諦めるつもりか」
「……パパ……」
 額に受ける接吻。崇史の掌の感触も、体温も心地良い。まるでぬるま湯のなかにいるような気分で、大貴は崇史を見つめる。
「家柄にも問題はない。あの娘自体の品行にもな」
「それって……」
「お前の婚約者として申し分のない令嬢だ」
「!…………」
 くちびるを親指でなぞられながら、大貴は驚く。崇史にそんなことを言われたのははじめてだった。そして鼻先が触れあい、濃厚に舌を奪われる。
「んぅ……う、あぅ……」
 口の中を掻き回されるのと同時に、心の中も乱される。崇史の両肩を掴み、大貴は戸惑う。
「でも、ねんれいが……」
 ディープキスが途切れると、大貴は崇史に訴えてみた。
 しかし、崇史は一笑に伏せるのだ。
「たかが八つだ。有り触れている。お前ならば、それくらいの障壁は越えられるだろう」
 大貴は目をみはり、崇史に触れている指に力をこめる。崇史は真顔だ。その瞳はいつものごとく昏く、闇をたたえていた。それでも大貴には崇史の優しさが伝わり──
 ぎゅっとその身にしがみついてしまう。
「パパー……、パパぁ……!」
「どうした、大貴」
「パパだいすき……ほんとうだよ!」
 崇史は含み笑いを零すと、大貴を抱き寄せた。腰つきも再開させる。その瞬間に大貴は大きな嬌声を響かせてしまった。
「ンあぁあッッ──……!!」  
 突き上げられる衝撃は鮮烈だ。わざと荒々しくされ、激痛も走る。それでもかすかに柔襞で感じる、うずくような快楽。
 こんなにひどいことをされているのに気持ちよさも得てしまうなんて、おかしい。きっと調教されつくしたせいにちがいないと大貴は思う。
 生まれつきに淫乱だったのではない。崇史によって無理やりに淫乱にされたためだ。
 被害者なのだ、この身は。
 崇史の力強い腕に包まれながらも、大貴は嫌がるように首を横に振ってもみせる。
(パパのこと、すき、だいすきだよう。けど……、けど……)
 こんな行為を知りたくなかった。
 犯されたくなかった。
 崇史に触れられるのも抱きしめられるのも好きだけれど──イヤだ。こんな愛情は欲しくない。望んでいない。
(でも、うれしい……ッ……!)
 呼吸も出来なくなるほどのキスをされて、歓喜に頬が赤らむ。崇史は忙しいから、本当はいつだってもっと遊んで欲しくて、触って欲しくてたまらない大貴だ。
 だけど、犯されたくはない。
 でも、犯されたら犯されたで充溢感も得るし、快楽も貰える。
 それなのに、とてつもない悲しみと嫌悪もよぎる。
 憎しみすら抱くときもある。殺意に近いほどの。勝手に身体を調教された、性玩具に堕とされた恨みだ。こんな身体では綺麗な薫子を汚してしまいそうな気がして、薫子に触れることも触れられることも怖くて仕方がない。悲しい……
(どうすればいいの……僕は、どうしたいんだろう? ……わかんない……)
 相反する感情にまみれている。
 混乱する大貴の涙腺はいつものように緩み、雫を零す。唯一、確固として揺らがないのは薫子への想いだけ。
 リズミカルに抜き差しされながら、大貴は苦悩に瞼を閉じた。