Paradise Lost

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 夏休みが近づき、学校では短縮授業が始まった。
 それでも大貴には夜の仕事は変わらずある。性奉仕は季節も休日も関係なく、年中行う。
『最近、元気ないらしいじゃないか。社長に聞いたよ』
 そう言って電話をかけてきてくれた、今日の客はあまり苦手な大人ではない。むしろ好きな部類だ。面白いし、優しくしてくれるので大貴はなついていた。岩佐という男で、真堂グループ内企業の営業部長を務めている。
 岩佐は、今夜のデートでは大貴の気分がまぎれるような、賑やかな場所に連れて行ってくれると約束してくれた。大貴は嬉しかったから、サービスをしてあげようと下着を着けず、直接半ズボンを履く。
 いつもはきつい下着を履くことによって年齢不相応に大きな性器を押しつぶし、衣服に股間を捩じ込んでいる大貴だが──締めつけるものがないと半ズボンが主張するように膨らんでいる。こんな膨らみでは学校には行けないなーと思いつつも、着心地に解放感も覚えた。
 本来のサイズよりも小さなキツいブリーフを履いて暮らす生活に慣れているので、圧迫感のない着衣が新鮮だ。
 サスペンダーをして、桐島の運転する車に乗った。今宵は黒塗りではなく、シルバーのリムジン。東京駅・八重洲口に行き、出張帰りだという岩佐を乗せてから、デート先に向かう。
 岩佐はいつものように、子どもの両手には抱えきれないほどのおみやげをくれた。ガンダムの玩具の他には、昼過ぎまで滞在していたという神戸のお菓子。大貴はお礼を言って、それらを最後部座席に乗せると、さっそく淫らな奉仕をはじめる。
 対面座位のように客の上に座るのは、車内での基本的な行為のひとつ。好きに身体を撫で回してもらいやすいし、キスもしやすい。その体勢のまま大貴から抱きついて胸や性器を擦りつける行為は人気で、求愛されているようだと大人たちは悦んだ。
 大貴は今日も『求愛』に励み、車内に流れるクラシックのリズムに合わせて腰をくねらせたり、全身をいやらしく擦りつける。岩佐は両手でしっかりと大貴の尻を掴んでいてくれて、大貴の揺り動かしを微笑ましそうに受けとめてくれた。
「おや、大貴くん……」
 岩佐は勃起しはじめた大貴の股間に触れ、違和感に気づいたらしい。大貴は悪戯っぽく唇を歪めたあと、甘えるように囁いてみせる。
「おじさまの手で開けてみて」
 首筋にキスもしてみた。岩佐は大貴に言われるがまま、半ズボンの前を開け、ファスナーも下ろしてゆく。跳ねるように飛びだした生のペニスに、岩佐は「おぉ……」と声をあげた。
「下着をつけていないのか。これは大胆だなあ」
「えへへ……はかずにおじさまに会ったら、こーふんできるかなって思ったんだ」
 恥ずかしそうにはにかんで、肩をすくめてみる。
 こういった動作は大貴なりに考えて演技していた。どんな仕草やセリフで大人たちを虜にできるか、ひととおりは教育されて叩きこまれているけれど、大貴なりにも工夫したりする。
 考えたとおりに大人たちが反応するのは面白かったし、好いている客に対しては純粋に楽しませてあげたいと思った。岩佐に対しては後者の気持ちが大きい。
「で、どうだった。ノーパンで車に乗って、求愛して、興奮したかな?」
 その質問に頷いてから、肉茎を揺らした。言葉で伝えなくとも、はやくも芯を入れたペニスが証明している。

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 車内では弄ってもらったりキスなどを愉しむだけで、射精はしなかった。目的地の駐車場に着くと、感じすぎてびしゃびしゃに分泌した大貴の先走りを岩佐がハンカチで拭いてくれる。
 半ズボンをきちんと履いてファスナーを閉じると、勃起したカタチはひどく浮き上がっていた。先端などはしまいきれず、布地からはみだして臍に亀頭をくっつけている始末だ。
 それを無理やりにシャツの中に隠した大貴は、照れくさく微笑ってみせて車を下りた。
 今宵、岩佐に誘われて赴いたのはアンダーグラウンドなパーティー。僻地の洋館で行われる秘密裏なマニアの集いだ。この手のものは、こうしてひっそりと郊外で行われることが多い。
 主催者はSMクラブで女王をするかたわら、月に一度この館でパーティーを催すという。
 ステージをしつらえて女王仲間や、奴隷、アンダーグラウンドの関係者に出演してもらうショウを行ったり、バースペースでは客にアルコールを振る舞ったりする。
「いらっしゃい。可愛い子連れてるのね」
 受付を過ぎて広間に入ると、岩佐に気軽に話しかける主催者の女王はバーカウンターにいた。豊満な肉体をコルセットで締め、ロンググローブを着けた女性で、さすがの貫録がある。
 ギネスビールを注文する岩佐の隣、大貴はオレンジジュースをもらった。大貴はすこしならお酒も飲めるのに、岩佐はいつも駄目だと言う。そんな、岩佐がたまに見せる普通の大人らしさに大貴は好感を持っていた。
 パーティーは盛況だ。空間は人で溢れている。
 大貴の目線から、大人たちの頭ごしに見えるステージでは、仮面をつけた黒いドレスの女性が主役らしい。ハーネスの奴隷に蝋燭を垂らしている。
 混雑してあまりよく見えないけれど、女性の姿は薫子に似ていると大貴は思った。白い肌、巻き髪にして飾った黒髪、ひるがえすレースの裾、細い手首とウエスト──
「坊や、あの子はJackというのよ」
 大貴の視線に気づいたのか、女王は教えてくれた。
「ジャック……?」
「ほう、ファミリーのジャックか」
 岩佐は知っているようだ。女王は頷いた。
「そう。FUCKER FAMILYのジャック。ファミリーを知ってるなんてさすが通ね」
「組織の存在はね。だが、メンバーを見たのは初めてだよ」
 女王はしばらく岩佐とFAMILYについて語りだした。大貴にその話はむずかしくてよくわからないところもあったが、アンダーグラウンドな世界にFUCKER FAMILYという組織があり、性奴隷売買をしたり、乱交パーティーなどを催しているということは理解できた。
 そういえば崇史の地下商品の取引先にも、FAMILYという名があった気がする。

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 酔いのまわった岩佐は、外の空気を吸いに行かないかと大貴を誘った。
 ジャックのショウも終わって、いまはだれもステージにいない。観るものもないので、大貴はうなずいてついてゆく。
 広間の混雑は相変わらず。ラフな私服姿の者もいれば、ラバーボンデージ姿の者、なにかのキャラクターのコスプレをしている者もいる。マスターに鎖を引かれたほぼ全裸の奴隷もいた。それぞれがめいめいに宴を楽しんでいるのだ。
 岩佐が大貴を連れているように、子どもの姿もちらほらとあった。こんなパーティーに足を踏み入れているから、ふつうの子どもではない。性的愛玩用の児童だ。
 フロアの扉を抜けても、長く続く廊下のそちらこちらに会話を楽しむ客たちがいる。混雑する空間をしばし抜け出したくなる者は、岩佐だけではないらしい。
 突き当たりまで歩くと、誰もいない空間にやっと辿りついた。優美な曲線で形成された階段があり、最上階まで吹き抜けになっている。階段を囲むガラス窓越しに、森林と闇空が広がっていた。
 岩佐は下から三段目の段差に腰掛け、大貴を呼んだ。
「おいで。大貴くん」
 大貴は頷き、ベルベットの絨毯を踏んで近づく。
 近づいてかたわらに座りこめば、頬に手のひらを当てられ、キスをされる。
「あ……」
 唇で触れあうだけにとどまらず、舌先も侵入してきた。アルコールの後味がする。
 吐息もまた酒気を帯びていて、熱い。
「ん……やっ……」
 大貴の胸を撫で、ブラウス越しに乳首を弄るから、大貴は素で妙な声をあげてしまった。カリカリと指先でひっかくようにも弄られる。ボタンをひとつふたつと開け、直接の素肌に触れてもきた。
「ここでするのー……?」
 わかっているうえで股をきつく閉じ、不安げな表情を作ってみる。じらす演技も客を楽しませる所作のうち。岩佐は大貴の太腿をこじ開けようと撫でてくる。
「すこしだけ、遊ぶだけだよ」
「えー、でもー……、向こうにひとがいるし」
「ははは。彼らも夢中でこちらなど見ていないさ」
 たしかに、廊下の壁にもたれていちゃついているカップルは、大貴と岩佐の存在など気にもしていなかった。大貴は納得したように頷き、意図的に妖しい笑みを浮かべて、腿にこめている力をゆるめる。
 岩佐の手がスキマに侵入してきた。大貴の股間に触れてくる。
「あー……」
 性器の形を確かめるように、ゆっくりと包みこまれた。半ズボンの生地の上から愛され、優しい運指で育まれれば、車内での昂ぶりがよみがえる。快楽を引き出されると、すぐに膨らんでキツくなって脱ぎたくなってしまう。
 その気持ちが通じたかのように、岩佐は大貴のファスナーを下ろしてくれた。はりつめていた肉茎がぶるん、と飛びだす。そのまま半ズボンを脱がされてしまって、大貴の股間は丸出しになった。酔った岩佐はいつもよりすこしだけ大胆だ。

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「空気が、つめたくてきもちいい……」
 靴も脱ぎ、ハイソックスで立つと大貴ははにかむ。どんな場所でも勃起した性器を隠さないのは『淫乱な大貴』が、客に悦ばれるから演じている。
「よし、じゃあ一度達してみるか」
 岩佐は思いついたように、右手で輪を作って大貴の前に突きだす。
「ずっと勃起しっぱなしで可哀相だ。抜いてあげよう」
「岩佐のおじさま……?」 
「ここに挿れて、抜き差ししてごらん。いまはお尻に入れてもらうことの多い大貴くんだけど、将来は社長さんになるんだからね。おちんちんでセックスをして、後継ぎを残さないといけない」
 これはその練習だよ、と岩佐は告げた。大貴は言われたとおり、ゆっくりと自らのペニスを持ち岩佐の指の輪に通してみる。
「ん……、あ……!」
 その瞬間、ぎゅっと握られた。大貴が悶えれば、すこしゆるめてくれる。
「抜き差ししてイッてご覧。そらそら、もっと腰を揺らして」
「……うぅ……」 
 演技ではなく、大貴の頬は赤くなった。はじめて訪れた洋館で客にしてもらうのは、家で使用人に手淫されるのより恥ずかしい。
(はずかしいよう。つらい……! でも……)
 岩佐は嬉しそうだから、応えてあげないといけない。大貴は覚悟をきめて唇をきゅっとつむり、岩佐の両肩を掴む。そして激しく腰を使いはじめた。
「きもちいい。おじさまぁ……、入れたり、出したりするの……」
「これがね、男の子のセックスの仕方だよ、大貴くん。おじさんの手を女の人のあそこだと思って、楽しんでごらん」
「うん……、ぁふうぅ……、う……」
 心の片隅で大貴はこんな行為を嫌悪している。けれど、快楽に飲みこまれているのも事実だ。岩佐の手は大貴の分泌した先走りの液で滑ってきていて、そこに抜き差しするのがまた気持ちいい。
 突きこみながら岩佐にキスをする。舌を絡めて、指もペニスに絡めてもらい、大貴は絶頂へと着実に昇っていた。口づけが途切れれば甘えるような声をあげてしまう。
「い……っちゃうよぉ、ぼく、おちんちんでいくぅ……」
「飲んであげるよ。思いきり出してご覧。いつも大貴くんにはいっぱい飲んでもらってるからね。おじさんにも飲ませておくれ」
 額の汗をぬぐい、大貴は頷いた。
「うん……、ぼくのこと……」
 きもちよくして、と言おうとしたときだ。
 階段で誰かが下りてくる。コツン、コツン、と響いてくる足音はヒールの音だ。大貴はその音に聞き覚えがあるような気がした。
「……だれかくる……」
 足音はすぐに接近した。ふと顔を上げた大貴に飛びこんできたのは、階段を下りてくる──ヒールを鳴らしている主。
 黒いロングドレスの裾を優美に持ちあげている爪の色も黒。
 薄闇から覗く、巻き髪と横顔。
 女性は、さきほどまで舞台で奴隷を蹴散らしていたジャックだ。
 ぼんやりと見える鼻の形も、くちびるの形も、大貴は知っていた。 

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「……お……ねえ、ちゃん……?」
 大貴は震える声で呟く。瞬きを忘れ、見開いた瞳で凍りついた。
 漆黒のドレスを纏う姫君も、そっと動作を止める。
「どうした、大貴くん」
 大貴の異変に気づき、岩佐も尋ねてくる。大貴は岩佐の腕を振り払い、乱れたブラウスの前を押さえた。即座に半ズボンも拾いあげて履く。
「そ、そんなぁ……! う、ウソだ……ちがう……!」
 こんなところに薫子がいるはずがない。ましてや、ジャックの仮面を被り、性奴隷に鞭など振るうはずもない。薫子の手は薔薇を愛でるためや、ピアノの鍵盤を押さえるためにあるのだから。
「ちがうよう……、ぼ、ぼくじゃない。ぼくじゃ……」
 そして此処にいるのは大貴ではない。混乱した大貴の頭には、そんな逸脱した思考も生まれた。
 大人たちに、崇史に、強いられて演じているだけの『性玩具の大貴』だ。本当の自分じゃない。
 本当の大貴自身は、なにもしらない、したくない、淫靡なことに興味はない。
 強制開花させられただけ。
「うわぁああああああああああああああああ!!!!!」
 震える大貴は悲鳴を上げた。
 その場を駆け出す。一目散に逃げる、脱兎のごとく。
 大貴くん、と呼ぶ岩佐の声も振りきって、大貴は一本道の廊下を走りぬけた。廊下にひそんでいる客たちの姿も大貴にはもう見えない。彼らはみな、なにごとかと大貴を注視している。
 闇色の令嬢もだ。階段の中途に佇んだまま、走り去る少年の後ろ姿を見ていた。
(いやだ、やだよぉおっ、ゆめだ、これは、ゆめ……)
 宴の行われているフロアには行かず、大貴は洋館の外に出た。鉄柵に囲まれた敷地内には来客の車が停められていて、大貴の乗ってきた白銀のリムジンもある。
「お、おぼっちゃま?」
「はやく! はやくだして。車を! おうちにかえりたい!」
 運転手の桐島は驚いたようだが、大貴を見てただごとではないと思ったらしい。真堂家の、大貴の忠実なるしもべだ。即座に発進してくれた。
 逃げ帰る車内、後部座席で膝を抱えた大貴は小刻みに震えつづける。どう見てもあの女性は薫子だった。薄暗くてよく見えなくても、あの姿はまさしく薫子。
 彼女が香らせていた、馨しく高貴なにおいまでも同じ。
 薫子のことならどんなことまで記憶している大貴だから、確信に背中を押されて恐怖は増す。
 薫子があの場所にいたことがショックだ。けれど、中年男性とキスをして戯れていたところを見られてしまったのもさらにショックだった。

 知られた。
 知られてしまった。
 性玩具であることが。
 きっと、薫子に、ばれてしまった── 

「ぐすっ……ひっ、いっ、いやだ、いやだ……!!」
 涙が溢れてなにも見えない。嗚咽で呼吸も苦しい。大貴は自分の心が割れ砕けてゆく感覚を覚える。もう二度と元には戻れない。

 偽りでも甘やかだった初恋の園は、壊れた。