Lament

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 出張から帰宅した崇史は、大貴を軽く罰した。
 岩佐との逢瀬を途中で切りあげてしまったことに対する罰だ。ベルトを引き抜き、鞭がわりにして大貴の尻を十回ほど叩く。学校をずっと休んでしまっていることには、さほど触れられずに済んだ。短縮授業がはじまっていて、もうすぐ夏休みだからかも知れない。
 もっとお仕置きされると思っていたから、大貴は驚いた。薫子とFAMILYに関して聞きたいことがある大貴が「お話ししたい」と言うと、すんなりと優しく、零時に崇史の部屋に来るようにとも言ってくれる。
(いよいよだ。わかるかもしれない……あの夜のことが……)
 痛む尻をかばってうつ伏せでベッドに横たわり、大貴は緊張に息をのむ。約束の時間のずいぶん前から、ずっとドキドキしてしまう。大好きなカレーライスを用意してもらった夕食中もうわのそらだったし、マルキ・ド・サドを執事に読みきかせてもらう時間も同じだった。入浴後もそわそわと落ちつかず、時計の針が真上を指した瞬間に部屋を出る。崇史の私室も、大貴の部屋と同じく二階にある。
 パジャマ姿に、素足でスリッパを履いた大貴はノックをし、それからドアを開く。様子を窺うように足を踏み入れると、崇史はデスクに向かっていた。ノートパソコンの他に無数の書類を広げている、見慣れた姿だ。
「パパぁ、お仕事おつかれさま……」
「話したいことがあるんだろう」
「うん」
「ベッドに行くか?」
 崇史は含み笑いを浮かべる。大貴が嫌がるとわかっていて、わざと言っているのだ。抱かれる覚悟も準備もしてきているけれど、まだ早い。大貴はむっと口を尖らせてローソファに座った。
 目に留まったのは崇史の机の上のブランデー。軽く味わいながら仕事を片づけていたのだろう。
(かっこいいなあ。ずるいよ……)
 スーツから、グレーのサマーセーターという私服に着替えている崇史は一見するとモデルのようにも見えてしまう。クォーターであるために反則的にスタイルがいい。適度な筋肉も乗っていた。昼間はセットして上げている前髪もいまは下りていて、そのせいで幾らか年若くも見えるせいもある。やっぱり、大貴の知っているだれの父親よりも、知りあってきた客の男たちよりも、崇史がいちばんの男前だ。

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「あのさー、パパ、ファッカーファミリーってしってる……?」
 崇史に感じたときめきを隠し、さっそく質問を投げかける。答えは「ああ」。黒革の椅子の背もたれに身を沈め、崇史は大貴に頷く。
「ほう……何処で興味を持った」
「こないだのパーティーだよ。岩佐のおじさまと行ったやつ。ファミリーの人が来て、ショウをしてた。ファミリーってどんな組織なの?」
「主に人身売買か。専門ブリーダーの飼育した性奴隷の売買。オークションの開催。岩佐氏と行ったような気軽なパーティーではなく、さらに頽廃的で享楽的な宴を主宰する。平たく言えば濃厚な乱交パーティーだ」
 あの夜に岩佐と女王が話していたことと、同じような説明をされた。納得した大貴はぎゅっと拳を握りしめる。いよいよ核心に触れなくてはならない。
「じゃあ……パパ……僕、聞くのすごくこわいけど聞くね。ショウをしていたファミリーのひと…………すごくおねえちゃんに似てたんだ……そっくりだった……! 仮面をしてたけど……僕にはわかる……」
 話しながら、崇史の顔を見ることができない。大貴は視線を落とし、絨毯を眺めた。
「ファッカーファミリーのジャック、って……もしかして……もしかしてだよ。薫子おねえちゃん……なの……?」
 おそるおそる、こわごわと尋ねる。崇史がブランデーを口に含んだのが、氷の音でわかった。
「そうだとしたらお前はどうする?」
「……え…………」
 飲み干したグラスが、仕事机に置かれた。大貴は弾かれるよう顔を上げる。
「どうするんだ、と言っているだろう」
 崇史は肘掛けに手を置き、優美だった。アルコールに強いため、どれだけ飲んでも赤らむことのない相変わらずの冷ややかな表情で大貴を注視している。
「受けいれることが出来るか、大貴」
「ウソ……だ、そんなの。ウソだよ、パパ」
「お前が性玩具であるように、令嬢もまた闇を秘めていたようだな」
 もしかして、崇史は知っていたのだろうか。薫子の正体に。大貴にはそう受けとれてしまうような口ぶりだ。
「パパはからかってるんだ、僕のこと……また、反応見てたのしんでるんだ……!?」
 大貴は眉間に皴を寄せる。それでも崇史の様子は変わらず、冷静に大貴を見ている。
「おねえちゃんがドレイを売ってるの? そ、そんな仕事、してるの……?! 鞭、ふりまわしてた、ステージでドレイに……!!」
 廃虚の夜を思いだし、大貴の身体は震えてしまう。
 あの姿はまさしく女王だった。SMの女王だ。

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 彼女が月光に照らされ階段から下りてきた姿を思いだし、大貴は茫然とする。反射的に顔を両手で隠してしまう。
「神聖視が過ぎるな。大貴のなかで令嬢は聖母にも近いらしい」
 呆れたように言ってから、崇史はくつくつと笑う。そしてついでのように語りだした。
「FAMILYといえば、お前の学友の尚哉という少年。FAMILYに依頼して始末するのも一興だ」
 始末? ……戦慄に震えている大貴の心に、さらなる衝撃が与えられる。
「我が家の地下になにかがあると、無闇やたらと触れ回っている。お前の見舞いに訪れた際などは、書斎に忍びこもうとしていたようだ。黒柳が見つけ、未然に防がれたが」
 知らなかった。追い返したあの日に、尚哉がそんな行動を取っていたなんて。大貴はやっと顔から手を外し、自分の手を見つめる。
「目障りな小猫だ。……FAMILYは優秀でな、JOKERが必ず捕らえてくれる。調教はQUEENが担当する」
「ジョーカー? だれだよ、それ……、おねえちゃんがジャックで……」
 大貴の頭のなかによぎったのは、不思議の国のアリスに出てくるトランプの兵隊たち。しかし、そんなメルヘンな空想をしている場合ではないから、一瞬だけ浮かんだアリスもチェシャ猫もすぐに掻き消えた。 
「やめて、パパ、本気でいってるの? ナオヤをファミリーに、つかまえさせるなんて……しんじられない、絶対にゆるさない!!」
 大貴は吠える。すると崇史は「お前のそんな顔を久しぶりに見た」と拍手をする。
「いいぞ大貴。最近のお前は覇気に欠け、いたぶり甲斐がなかったな」
「ばかにして……っ……! ナオヤになにかしたら、ただじゃおかないから……!」
「ほう、ではお前が代わりにFAMILYに捕らえられるか?」
 崇史は楽しんでいる。立ちあがると大貴の腕を強引に掴み、たやすく身を抱えてしまった。
「!! やぁ、だあ……っ!」
 そのままベッドに連れてゆかれる。抱き上げられた大貴は逆らおうと暴れたが、無駄だった。大人で長身、大柄な崇史に適うはずがない。
「やめろようっ! いやだ、やだぁ……!」
 大声で訴えているのに、構わずシーツに下ろされた。ばたつく脚も押さえこまれる。
「俺を恨め。それでお前が楽になれるのなら、幾らでも呪えばいい」
 崇史は大貴にのしかかり、キスをしてきた。胸部を押しつぶされて苦しい。それでも吸われる舌先が甘美で、呼吸も出来ない苦痛と官能への誘いがないまぜにされる。
「うぁ……っ……、……!」
 しばらく口腔を愉しまれたあとに、身体をどけられた。大貴は肩で息をする。
「パパは僕のこときら……い、なの……? うらめ、って、なんだよう……!」
「愛している。世界で一番だ」
「…………?!」
 鼻先が触れるほど間近で囁かれると、大貴はドキリとしてしまう。むかついたり、ときめいたり、大貴の心は忙しい。崇史に乱されっぱなしだ。
「だが、可愛がりが過ぎたな」
「ど、うゆうこと……?」
 大貴のパジャマに手を忍びこませ、素肌に触れてくる崇史の表情は寂しそうだった。
 不意に、どうしてそんな顔をされるのかわからない。戸惑っているとまた唇を奪われ、撫でられて気持ちを快楽のほうへ持っていかれる。大貴はなぜだか不安を感じながらも、行為へと導いてくれる崇史にひきずられていった。

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 今宵の崇史は執拗だ。大貴の全身を堪能しつくすように舌を這わせ、キスをする。足首を掴まれ、爪先から太腿までも舐められたりした。折檻の傷痕は愛おしむようになぞられて、そこにも口づけを与えられる。 
「あかり、消してよ。パパ……」
 煌々とした照明の元で愛撫されるのは気恥ずかしい。弄りまわされた性器を勃起させつつも、大貴は枕を抱きしめていた。
「なに? きょう、おかしい……よ」
 背骨のラインまでも、崇史は確かめている。首筋から下りていった長い指は、すでに潤滑剤を注がれてほぐされている蕾にふたたび近づく。入り口は撫でられてから、人さし指と中指を束ねられ挿入される。
「う……っ、あ……」
「……痛いか?」
「いたくない…………」
 気持ちいい。指淫は掻き回したかと思うと、抜き差しもする。ぐちゃぐちゃと派手な音がするのも大貴には恥ずかしかった。
 明かりをつけたままされているので、余計に羞恥が増す。淫らな水音のなか、崇史の視線は大貴の尻穴だけでなく、そそり立ったペニスにも注がれている。
「みないで、はずかしい……! ヤダぁっ……」
 顔を赤くして股間を隠そうとする大貴に、崇史は微笑った。覆おうとした手は軽く叩かれ「邪魔だ」と言い捨てられる。
「腕は横だ。シーツを掴んでいろ」
「や…………」
 動作では従いつつも、首だけは横に振って心境を表す。せめて照明の眩しさから逃れたくて、大貴は瞼を閉じた。
 崇史の手は大貴の肉棒を握りしめ、先走りの蜜を零させたりもする。尿道孔を弄るそのやりかたは崇史にいつもされるから、大貴は自慰のときもするようになってしまった。
 前と同時に後ろも嬲られつづける。内壁に触れる指の数は3本に増え、ローションも追加されて丹念に拡げられてゆく。
「……パパ。いれてほしぃ……」
 高まる快感に抗いきれず、大貴は本音を漏らした。
 目を伏せたまま小声で。
「物を頼むときははっきり言いなさい。大貴」
 親らしくたしなめられる。している行為は親子らしさからはかけ離れているのに。
「いれて、もうガマンできない……!」
 目を開けて請う。崇史は大貴の頭を撫でるのと同じような素振りで、張りつめた亀頭を撫でてくれた。そして大貴の股を開かせ、ゆっくりと結合してくれる。

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「ああぁあ──……ッ、あぁ…………ぅ……」 
 これほど丁寧にほぐされても、崇史に貫かれるときは痛い。めりめりと傷口を広げるように挿入ってくる。
 それでも欲しいのは、やがて気持ちよさが大きくなると大貴は知っているから。
 崇史とひとつになれることを嬉しいと思う感情もある。
(そうだ……うれしいんだ……パパにおかされるの……)
 なのに、どうして涙がこみあげるのだろう。近頃は一日中泣き過ごしているから、もう涙なんて出ないんじゃないかと思えるほどなのに。崇史のすべてが貫通した瞬間、大貴の頬からは一筋流れ星のように走った。
「うっ…………、うう、うぅ……!」
 涙は止まらない。次から次へと溢れてきて、大貴は腕を横に、という言いつけを破って両手で両目を擦る。そうされながらも揺り動かしがはじまって、条件反射のように大貴も腰を振った。物心つくかつかないかのころから叩きこまれた性技だから、たとえ泣いていても、どんな状態でも反応できてしまう。
「何故泣く。大貴……?」
「……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめ……なさい……!」
 大貴自身にもどうしていいのかわからない。泣きたくないのに、拭っても拭っても溢れる。
 大貴だって困るのだ、こんなふうにさまざまな感情と快楽が入り乱れるのは──頭のなかがパンクしそうで、破裂してしまいそうになる。
「パパのことすきぃ、でも、えっち、するの、や、だぁ、けど、えっち、うれしい、わけわかんないよう、ぼく、あたま、へんになりそう、あ、ぁ、きもちいいぃぃ……!!」
 前立腺を刺激するよう小刻みに擦られたり、腰を掴まれて入り口だけを抉られたりする。相変わらずに巧みで翻弄するような崇史の腰遣いに大貴は溺れてゆく。
 嗚咽と喘ぎを繰り返し、呼吸が苦しくなり、無意識のうちに助けを求めるように手を伸ばした。
「おねえちゃぁああん……たすけて、たすけて……」
 混濁して苦しむ大貴がすがるのは、いつだって薫子。
 そんな薫子がアンダーグラウンドに存在する組織の一員だなんて信じられない。信じたくない。
 大貴の知らないところで、薫子はいったいなにをしているのだろう。
 最近になって妙に表情が明るかったのは、ショウで魅せていたように鞭を振るったりして、悦びを得ていたから?
 人身売買に関する組織だというから、崇史の地下室のようにおぞましい世界にいるのかも知れない。あの薫子が……FUCKER FAMILYの『Jack』……?
 薫子のことを……装いこそ濃密な闇色でも、心根は至純の令嬢と信じきっていた大貴には受けいれがたい真実だ。

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 巡る思考と感情は混乱を極め、霞んでゆく。
 大貴の心は沸点を迎えた。
 限界だった。
 いつ壊れてもおかしくなかった大貴は、崩壊する。



「……ぎゃあああああああああああああああああ!!!」



 眼球をこれ以上ないほどに見開き、両手を自らの首にかける。まるで自分を絞め殺すように。
 疲弊しきった大貴の意識は、潜在意識の壁を壊し、隠しつづけていた最悪の記憶を蘇らせてしまった。
 先日の混乱で思いだしかけた残像を完璧に思いだす。
 横たわる裸身の舞花。犯したのは大貴だ。
 大貴が初めてペニスを使ったのは、母親である舞花に対して。
 精神を病んだ舞花は最後には人形のように言葉も表情も停止した。そんな彼女を、崇史の命令で犯した。



「いやだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「きらいィィィィィィィィいいいいいいいい、こんなことしたくないよぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ、やめてよぉおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「たすけて!!!! だれか!!! たすけて!!!!! パパぁああああ、パパたすけてよ!!!!!!!」



 大貴にはもう現実は見えない。犯されながらわめき散らし、ひたすらに泣き散らす。加害者である崇史にも救いを求める始末だ。

「おねえちゃぁん、たすけてぇええええ! たすけにきてぇッッ────!!!!!!」

 錯乱したまま犯される。喉元を掻きむしろうとする手はまとめて握られ、後孔を抉られ続けた。断続的に悲鳴を上げる大貴はボロボロと多量の涙を零し、過呼吸も起こす。
 それはキスをされることでとりあえずは落ちついた。パニックを起こしている大貴を犯しつづけることに崇史は慣れている。構わずに愛し、白濁を叩きこむ。

 今宵は奇しくも、崇史が大貴に対しひとつの『区切り』をつけようと決めた夜だったのだが──もはや大貴の心には一刻の猶予もなかったのだ。