呪縛の家

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 滑らかな筋肉を持つ、引き締まった裸体に、交差する麻縄と結び目。それは赤い蝋燭に照らされ、健次の肌を官能的に浮かび上がらせた。
 拘束を完成させた壮一は、口の端で笑う。

「なんだ、その目は?」

 健次の双眸には憎悪が渦巻いている。壮一とは目線を合わせず、後ろ手に縛された姿で部屋の隅を見つめていた。
 着物を脱ぎ捨てた壮一は、健次のそばに近づく。

「儂と二人、親子水入らずで遊ぶのは、久しぶりじゃないか? 嫌な顔をするな」

 顎を掴み無理矢理に自分のほうへと顔を向かせてやっても、健次の視線はそっぽを向いたまま。相変わらずの強情さに壮一はフン、と鼻息を漏らした。
 屈服をしないから、余計に虐めたくなる。

「咥えろ、きちんと舐めるんだぞ、よぉく唾で濡らさないと自分が痛い思いをするんだからなぁ」

 口に含む健次は明らかに嫌々だ。技巧には丁寧さのかけらもなく、ただ単にしゃぶっているだけ。壮一は健次の頭を掴み、イラマチオに移行する。

「ほら、ほら! フェラチオっていうのはこうやってするんだ、全く物覚えの悪いヤツだな、何年虐待して、犯してやってると思ってるんだ──!!」

 健次の眉間にはますます皴が寄った。
 強制的に口腔に抜き差しし、喉奥まで突き立てる。苦しいはずだが、健次は呻くこともしない。大量の涎がシーツに垂れていく。

 喉を犯して勃起させた壮一は、ペニスを抜き取った。健次の髪を引っ張って倒し、下品な笑いを零しながら、慣らしもせずにいきなりに突き立てる。
 強引に犯すのが、壮一の好み。
 肛門に捩じ入れられる感触に呻き、ギュッと瞼を閉じる健次を見て、壮一は満足げに笑む。

「くくく、全部入った、痛いなぁ? でも悪いのは春江だからな? 儂じゃない、逆らった春江だ……」

 家政婦の春江が犯したのは、大した粗相ではなかった。それでも壮一は難癖をつけて健次をいたぶる理由とする。
 健次もまた、逆らえば春江を傷つけると脅されているので、ただ耐えるしかない。健次と春江はお互いを人質に取られている。

「なぁ、健次、そんなに春江が好きか。……あれは儂の女だ、愛人なんだ、お前には渡さん、渡すものか!!」

 壮一のペニスには血合いが光りはじめる。赤い雫は布団にも滴り、汚れていく。激しさを増す揺らしつけ。毒のような夜が、深まっていく。

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 庭の隅の古い手洗い、上半身裸の健次は何度も顔を洗う。蛇口から迸る水流に頭を突っ込み、濡らす黒髪。けれどこんなことをした所で、沸騰している脳内を冷ますことなどできない。様々な感情が巡り、破裂しそうだ。

 蛇口を止めると、雫を滴らせながら健次はうつむく。
 身体はわなわなと震えていた。抑えられない。

「……クソが! 畜生! 畜生ッ……!!!」

 怒りのままに、傍らの木を蹴った。
 何度も、何度も、暗闇に落ちる葉が舞う。
 蹴るだけではおさまらず、拳をぶつけて殴る。

 許せない。
 理解できない。
 ありえない。

 何故こんな目に遭わなければならないのか?

 狂っている。
 父親も、この現実も!

「畜生……!!」

 血を滲ませるほどに殴りつけながら、健次はぎりぎりと奥歯を噛む。抗えぬ自分にも腹が立っていた、悔しくてしかたがない!
 春江の存在が、健次を縛りつけている──…

「健次さま!」

「こんなことをしても、何もなりません……! あぁ、血が……」

 寝間着の春江は、長い髪をなびかせて健次に縋った。拳を握られ、健次は苛つく。強引な力で振りほどいた。

「うるさい! 離せ!!」

 よろめく春江の胸元を健次は掴んだ。間近で睨む。

「誰のせいで親父に犯られたと思ってるんだ……?」
「も、申し訳……」
「てめぇのせいだろうが……あんなジジイ一人満足させられねぇのか、クソアマ! 従ってろ、俺に迷惑かけるな!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 春江の瞳には見る見るうちに涙が溜まっていく。健次は冷徹な視線を投げかけたまま、春江から手を離した。放るように棄てる。

「私……許してなんて、言えません……! あぁ、酷い……!!」

 健次の身体に刻まれた縄目の痕を認識し、いっそう雫を溢れさせる春江だ。その顔を見て、健次は鼻で笑った。肌に触れようとする指をまたもや振り払う。

「お手当て、お手当てさせてください!」
「もういい。行け」
「……! 健次さまっ……!」

 行け! と語調を荒げて命令すれば、春江はやっと背を向けた。弱々しい足どりで、嗚咽を漏らしながら消えていく。

 ……健次はため息を漏らした。

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 自室に戻っても、眠ることは出来ない。

 健次は暗黒の憂鬱を抱えたまま、夜明けてゆく風景を眺めている。内にくすぶる憎悪の焔と何もかも叩き壊したくなるような衝動は消えはしない、けれど時間が経てば、幾らかは落ち着く。

 結局、一睡もできずに通う高校の制服に着替え、階下に降りた。

 春江はいつも早起きだ。台所には既に朝食の匂いが立ち込め、居間の座卓に食器類を並べていた。薄菫色の和服を身に着け、割烹着をし、髪をまとめて化粧をした家政婦の姿で。

「……おはようございます! 健次さま……」

 健次に気付くと、春江は頭を下げた。微笑みは昨夜を引きずって弱々しい。健次は視線を畳に落とした。

「おはよう、春江……」

 謝ろうと思った。
 感情にまかせて罵り、乱暴に扱ったことを。

「……その。酷い事を言ったな……苛々していて……」

 けれど、うまく言葉が出てこない……本音を伝えるのが健次は何より苦手なのだ。

「悪かった。気にするな……」

 ボソボソと呟いて、健次は顔を上げる。
 すると、春江は首を横に振っていた。

「いいえ、私が悪いんです。謝るのは私のほうです、酷い目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい」
「……俺は平気だ」
「そんな。傷付いているじゃないですか……」

 春江は悲しげな顔で、健次の手を取る。苛立ちのままに殴っていた傷は生々しく、今も血を滲ませていた。

「包帯を持ってきます。ちゃんと手当てしたほうが」
「ほぉ、朝からいちゃついて。健次、春江」

 壮一は突然に現れた。二人はすぐさま離れたが、既に遅く、壮一はにやにやとしている。面白いものを見たという笑みだ。

「どうせ俺の悪口でも言ってたんだろう?」
「いえ、旦那さま、そんなことは」
「健次は春江の為なら顔射されたって平気だもんなぁ、健気なことだ」

 壮一の言葉を聞き、春江は表情により悲痛さをにじませた。

「儂は朝の散歩に出掛ける。朝食は後で良いぞ。さぁさぁ、悪口の続きでも話すんだなぁ」

 消えゆく足音に、肩を落とす春江。健次は冷めた目線を壮一の消えた廊下へと送っていた。

「健次さま……ごめんなさい……」
「平気だと言っているだろう」
「私のせいで……」
「謝るな」
「でも、でも……!」

 うなだれている春江の両肩を掴む。引き寄せて触れ合わせるのは唇だ。春江は切なげな表情のまま、健次の接吻を受け止めてくれた。

「……泣くな。あいつは、俺が殺してやる」