安穏

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 卒業を控えた休み時間。秀乃は校舎裏へ足を踏み入れる。煙草を吸う健次がいた。

「健次っ。今日は此処で一服してたんだね」

 近付いて声をかけると、ふぅ、と煙を吐く。その銘柄が赤LARKであることもちゃんと秀乃は知っている。
 コンクリートの階段に吸い殻を押し付けると、健次は立ち上がった。

「何だ」

 その瞳。誰にも媚びはしない平伏す事はない、飼い馴らされはしない瞳──屋敷から手放してからも、幾度と無く校舎で顔を合わせている。それでも、目が合う度に秀乃の心臓はときめく。

「俺さ、ついに明日卒業式なんだよ?」

 穏やかな陽光の下で向かい合い告げる。
 開きはじめている桜の蕾は、うすべに色。

「健次と毎日会えなくなるからさみしいよ。ま、そのぶんハルエさんと仲良くな」
「ハ……、何言ってやがる」
「散々うわ言で呼んでただろ?」
「…………」

 舌打ちをして、眉間に皺を寄せる表情が、秀乃には可愛くさえ感じる。周りの他の連中より遥かに自分に心を許してくれている。それだけで十分だろうと言い聞かす。本当は、もっと、健次の身も心も欲しいけれど。

「……春江はただの家政婦だ……」
「ふぅん。それより、俺が大学生になっても、たまには遊びたいな、健次と」
「その時ヒマだったら考えてやる」

 校舎へと、振り向かず歩いてゆく後ろ姿。
 青空は高く風は暖かい。

 健次の姿を眺める秀乃は、微笑む。

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 二人には広すぎる部屋、大きすぎる机に並ぶ夕食。
 あぐらをかいて学校の制服のまま箸を口に運ぶ健次を、向かい合わせに座った春江は眺めてしまう。つけられているTVの音が耳を掠める。

「さっきから……」

 TV画面を見ながら健次は呟いた。
 その声にハッとする春江。

「人の顔ばかり見やがって」
「ご……めんなさい」
「言いたい事があるなら言え」

 突き出された空の茶碗を受け取ると、春江は傍らの炊飯器を開けてご飯をよそう。

「あの、本当に何でもないんです。幸せだなって思って……」

 この屋敷に邪魔者はおらず、夢のような二人きりの生活。今までの生活に比べると、まるで楽園のようで。

「……変わったヤツだな」

健次は口許で笑う。地獄の季節は終わった。
解き放たれた二人を苦しめるものはもう、何も無い。

鬼と桜 E N D