1 / 2卒業を控えた休み時間。秀乃は校舎裏へ足を踏み入れる。煙草を吸う健次がいた。「健次っ。今日は此処で一服してたんだね」 近付いて声をかけると、ふぅ、と煙を吐く。その銘柄が赤LARKであることもちゃんと秀乃は知っている。 コンクリートの階段に吸い殻を押し付けると、健次は立ち上がった。 「何だ」 その瞳。誰にも媚びはしない平伏す事はない、飼い馴らされはしない瞳──屋敷から手放してからも、幾度と無く校舎で顔を合わせている。それでも、目が合う度に秀乃の心臓はときめく。 「俺さ、ついに明日卒業式なんだよ?」 穏やかな陽光の下で向かい合い告げる。 開きはじめている桜の蕾は、うすべに色。 「健次と毎日会えなくなるからさみしいよ。ま、そのぶんハルエさんと仲良くな」 「ハ……、何言ってやがる」 「散々うわ言で呼んでただろ?」 「…………」 舌打ちをして、眉間に皺を寄せる表情が、秀乃には可愛くさえ感じる。周りの他の連中より遥かに自分に心を許してくれている。それだけで十分だろうと言い聞かす。本当は、もっと、健次の身も心も欲しいけれど。 「……春江はただの家政婦だ……」 「ふぅん。それより、俺が大学生になっても、たまには遊びたいな、健次と」 「その時ヒマだったら考えてやる」 校舎へと、振り向かず歩いてゆく後ろ姿。 青空は高く風は暖かい。 健次の姿を眺める秀乃は、微笑む。 2 / 2二人には広すぎる部屋、大きすぎる机に並ぶ夕食。あぐらをかいて学校の制服のまま箸を口に運ぶ健次を、向かい合わせに座った春江は眺めてしまう。つけられているTVの音が耳を掠める。 「さっきから……」 TV画面を見ながら健次は呟いた。 その声にハッとする春江。 「人の顔ばかり見やがって」 「ご……めんなさい」 「言いたい事があるなら言え」 突き出された空の茶碗を受け取ると、春江は傍らの炊飯器を開けてご飯をよそう。 「あの、本当に何でもないんです。幸せだなって思って……」 この屋敷に邪魔者はおらず、夢のような二人きりの生活。今までの生活に比べると、まるで楽園のようで。 「……変わったヤツだな」 健次は口許で笑う。地獄の季節は終わった。 解き放たれた二人を苦しめるものはもう、何も無い。 鬼と桜 E N D |