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 歴史ある建物が多く残る区域、ひときわ目を引く威風堂々とした日本家屋が、健次の暮らす邸宅だ。

 敷地内で洗車をすると、気が向いた健次は自室の整理にもとりかかる。掃除は春江にまかせているが、本棚や引きだしなど細かなところに彼女は触れてこない。別段見られて困るようなものはないのだが、春江は健次のプライバシーを遠慮しているようだ。

 広いデスクの片隅に積まれたままになっていた書類。手に取るとすこしばかり、懐かしい写真が印刷されている。垂れ目がちの大きな瞳に、ぷっくりとした唇。艶やかな黒髪。

 桜舞い散る夜にさらったアノ少年だ。

 誘拐を承諾したとき、組織から健次に渡された資料だった。
 写真の横には名前も添えられている。
 吉川清志郎(よしかわ せいしろう)。
 それがあのガキのフルネームだったのかと、健次はいまさらながら納得した。名など、興味がなくて覚えもしなかった。

「健次さま……」

 呼ぶ声がして、顔を上げる。
 開け放った襖のむこうに立つ、割烹着姿の春江。

「お昼ごはんの用意ができました。休憩なされては……」

 気づいた健次はかすかに驚く。
 視線をしばし、春江に彷徨わせた。

「……どうか、しましたか?」
「何もねぇよ」

 書類はシュレッダーにかける。

 そして部屋を出て、春江とともに歩く、居間へと続く廊下を。
 
 深く知りたいとは思わないし、興味もないのだけれど。

 あの少年は見事な淫性を持っていたから、いま、どんな末路を辿っているのだろうか。
 とうに花びらを落とした庭の緑桜に、ほんのすこしだけ、健次は少年を重ねた。

V O I C E E N D