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 遊んでいたゲームのキリがつき、居間の絨毯に寝そべっていたセイは顔をあげる。
 零時少し前をさす、壁の時計。

「ふあぁ……」

 あくびを零しながら身を起こした。
 電源を切った3DSをテーブルに置くと、ぺたぺたと素足のまま玄関に向かう。
 母親を迎えにいこうと思った。
 水商売をしているセイの母は、いつも日付が変わってから帰ってくる。帰宅を待ちきれないセイが、夜道を迎えに行くと心配され怒られてしまうけれど、それでもセイはときどきは、母を迎えにいきたい。

 幼いセイは夜の怖さをわかっていなかった。

 母は息子がいることを隠していないから、彼女のお客さんが、話しかけてくれたり遊んでくれたりする。従業員も、他のお店の人たちもみんなセイのことを知っていて、優しくしてくれる。
 不夜城と称されるあの繁華街は、セイにとってはディズニーランドのエレクトリカルパレードと大して変わらない。
 きらきらと綺麗なネオン。いる人たちはみんな華やかで、賑やかな楽しい場所。

(……わぁー、桜がきれい……!)

 いつも首から下げている鍵で施錠すると、パーカーを羽織ったセイはエレベーターで降りる。マンションのエントランスから外に抜けると、さっそく夜道に薄紅色の乱舞が迎えてくれた。

 道路沿いの桜たちは、風に撫でられて花びらを散らす。満月との対比も美しくて、セイは女の子のように整っている可愛らしい顔をぱぁっと輝かせ、桜の並木道を歩いてゆく。
 
 思いだすのは、いつか、家族で花見にいったときのこと。いまは離れて暮らしている父親も、あの頃はいっしょに居た。
 何処の公園だったかは、忘れてしまったけれど……
 思い出は一面、優しい春の色に満たされていた。両親に手をつながれ歩きながらとても幸せなひとときを感じた、いまよりもずっと幼く遠い日。

(また、おかあさんと、おとうさんと、いっしょにお花見にいきたいなぁー……)

 大切な記憶を紐解き、セイは微笑った。

 もうすぐ大通りに出る。其処から、母親の働く店はすぐだ。子供の足でも10分とかからない。

 だが、セイが店に着くことは永遠に無かった。

 一台のハイエースが、セイの行く手を阻んで停車する。
 驚いたセイは大きな目をさらに見開いた。
 運転席から男が降り、後部座席のドアを開く。セイを掴んで車内に放りこむと勢い良く閉める。
 何が起こったのか。セイが理解する間もなく、男は運転席に戻りアクセルを踏んだ。

 一瞬の出来事だ。車は路地を走り去る。

 人通りの少ない夜道だから、目撃者もいない。

 闇を彩る桜はただ、花びらをずっと舞わせつづけた。