微睡

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 楓に業務の終了が許されたのは、夜明けを迎える頃だった。股間に記された中出しの人数は13人。途中、複数客との乱交を行ったために数を稼げた。

 楓は疲れ果てて裸身のまま、客室の床に倒れこむ。

 最後の客には小便を浴びせかけられた。その水たまりに寝転がっているのだから、楓も汚物と一体化している。白濁とローションも撒かれて散らされ、肌にこびりついたものもあって気持ち悪い。無理な人数と交尾をさせられ、肛門も裂けて痛みを伝えてくる。

 けれど、苦痛も不快感もどうでも良くなるほどに疲弊していた。

(このまま、ねたい……どうせ、今日も朝飯、もらえないしな………)

 客と自分の体液に塗れ、楓の瞼は重く閉じていく。

 朦朧とした薄目で見たのは、汚濁の水たまりをびしゃびしゃと歩いてくる白い素足。

(茜……)

 楓は最後の力を絞って腕を伸ばした。背景が透けて見えるほどに虚ろな足首だったが、楓には掴むことができる。見上げると不敵な表情で見下す、琥珀色の右目を持つ顔があった──…

「かえでさん」

 はっとしたのは、かなりの時間が経ってからだ。
 瞼を開けると、部屋には陽光が射し込んでいる。

「そんな所でねていたら、だめですよ」

 扉を開けて入ってくるのは、楓よりも幼い娼妓・克己( カ ツ ミ )。普段から少女の着物を纏い、髪を結い、軽く白粉までして暮らしている男児だ。
 ……それは本人の意志ではなく、四季彩の飼育方針によって、女形として育てられているだけなのだが。

「おはよう、克己」
「お風呂に入ってきてください」
「そうだな……」

 楓が身体を起こすと、克巳はタオルを渡してくれる。
 
「身体をきれいにしたら“奥”に来るようにって。なちさまがおっしゃってました。俺はそれを伝えるために来たんです」

 克己はそう言ったあとで扉を閉め、真剣な顔で楓に向き直った。

「──きのうの営業中、あなたを買った方が、いたく感動してらっしゃるのをぐうぜん見ました。一体、どのような術でとりこにしたのか、知りたく思います」

 年齢の割に大人びて、なおかつ勉強熱心な克己は、男娼としての技量を磨くことを怠らない。興味深そうに楓に問いかけてくる。

「その瞳の魔力なら、ずるいですけど。昔の遊女の血を引いてるから、男をかどわかす力があるって。みんなうわさしているから」
「まさか。そんなこと、あるわけないだろ」

 克己の発言は間違いではない。けれど、楓は笑ってはぐらかす。

「俺に色々聞かなくても。克己は美人だから、そのままでお客さんとれると思うけどな」

 楓は立ち上がると、貰ったタオルで軽く身体を拭く。それを腰に巻き付けて部屋を出た。客室の扉を開け放っておけば、清掃係の者が片付けてくれるというのが四季彩の仕組みだ。

 うつむく克己とすれ違う瞬間は、さわやかな花の香りがする。

「そんなことはありません。俺はもっと成績を上げたいんです……」

 四季彩で生まれた克己は、戸籍さえも持たず、遊廓の外に出されたこともない。此処で花形に成ることだけが生きる意味であり存在理由の、哀れな少年。

「克己、あんまり考えすぎるな。楽しく仕事しよう」

 最後にそう伝えると、克己は力なく微笑う。……克己は疲れているのだろう。近いうちに、時間がとれたときに深く話を聞いてやろうと楓は思った。気分転換に連れ出すこともできないのだから、楓にはそれくらいしかできない。

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 四季彩当主・那智の部屋は広大な遊廓の奥の奥、かなりの深い場所にある。

 陽射しは届かず、蝋燭の焔と行灯のおぼろげな灯だけが揺れる、不気味なほどに薄暗い空間。

 だが、楓にとっては居心地の良い座敷だった。幼少の大部分を過ごした、あの蔵を思い出す湿気の多さと暗さだから。那智が好んで焚く香の馨りも安らぎ、いつまでも此処で惰眠を貪っていたい、そんなふうに思うほどに好きな空間である。

 その場所で、那智に手当てをして貰った。

 傷付いた後孔には軟膏を塗られ、擦り切れた肌には湿布と包帯。客の相手をしているうちに無くしてしまったガーゼの眼帯も、真新しいものを与えてくれた(左目は光に弱く、視力も低い。楓にとっては右目だけで世界を見ていた方が楽なのだ)

 自分で乱交を命じておいたくせに、自分で甲斐甲斐しく介抱して。……やっぱり越前谷家の人々は皆変わっているし歪んでる、と楓は感じる。
 
 処置が終わって、素肌に着るのは紫の浴衣。楓に似あうよ、と云って客があつらえてくれた、錦糸と艶やかな花々が咲き乱れる図柄だ。

「楓はあまり鮮やかな友禅は好かないのに、ソレは良く着てるのはどうして……?」

 煙管( キ セ ル )で紫煙を燻らせて、那智は帯を結ぶ楓を眺めている。もちろん、今日も那智は遊女のような姿。長い髪を結い上げ、かんざしを挿し、指環に数珠と飾り立て、その姿は絢爛だ。
 
「お客さんに貰ったものなんだ。わざわざ俺に似合うと思って選んでくれたんだから、ちゃんと着ないと」
「偉いね。でも、本当に楓に似合ってるよ」
「そうかな」

 首を傾げると、手招きをされた。楓が膝立ちで近づけば、髪を掴まれて引き寄せられる。

「…! 痛い、那智……!」
「手当てしてあげたんだよ、わたしにお礼して」
「ううッ……!?」

 那智は股を開き、牡丹舞う紅の着物もはだけて楓の頭を迎え入れた。下着は着けておらず、楓の唇には男根が直に触れる。
 
 強引に含まされれば、反射的に舌を動かしてしまう。
 ……日々の商売と調教で、植えつけられた行動。

「ほら、喉の奥でわたしを愉しませて。楓の一番深い所をえぐってあげる」

 那智は煙管を置いて、楓の頭を掴み雑に揺らす。強制的なイラマチオ。肉杭が膨張して固さを帯びると、咽喉を抉られる苦痛に楓の眉根はさらに皴寄った。口一杯に埋められたペニスの付け根から、涎が止めどなく垂れ落ちる。

 この光景は十分に那智を悦ばせるもの。

 満足した那智は薄笑み、楓の顔を引き剥がした。途端に楓は口を押さえゲホゲホと激しく噎せる。生理的に涙も滲んだ。

「うぐっ、げほっ、ぐ……ッ、那智の、馬鹿っ……」
「歯が当たってたよ。まだまだ精進しないとね、楓。今度は自分のペースでしゃぶってみて?」

 那智は幾つものピアスで飾られたペニスを軽く摘んで誇示している。楓は口許を拭い、呼吸を整えた。そうして、今度は自ら赴いてほおばる。

 舌も這わせて奉仕すれば、滲み出る透明な先走り汁。空腹の楓にはソレも美味しい蜜であり、強く吸い付いて味わった。

「あははは、楓、おなかがすいているんだね。むしゃぶりついて可愛いな……」

 必死に食らいついてしまう様を笑われ、楓は恥ずかしくもなる。だが恥ずかしくても、那智が満足するまで咥えなければならない。休むことなく動かし続ける顎。

 そんな楓の股間に那智は触れ、膨らんでいるのを確かめると満足げな表情を見せた。楓も、那智が触りやすいように股を広げる。自分の性器が、フェラチオをすることで悦んでいる様を知ってもらう。

「楓が、おしゃぶり大好きな変態の男の子に育って、わたしはうれしいよ」

 ──…やがて、弾ける白濁。

 楓の口の中に広がる那智の味。

「んふ………」

 楓はまず、肉棒の全てを口腔に収め、精液の臭いや味を愉しむ。

「美味しい? 楓」
「うん。すごくおいしい……」

 一滴残らず絞り取った後も、ちろちろと裏筋や根本までも舌を這わせて舐めた。

 楓の髪を那智は撫でてくれる。猫を撫でるのと同じ、アノ撫で方で。

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 奉仕の後、那智は剥いた林檎を用意してくれた。四季彩の使用人を呼びつけて、硝子の皿に盛って来させる。楓にとっては昨日の昼以来の食事だ。

 何故、楓が飢えさせられているかというと、四季彩の飼育方針で、食事制限をされている為。

 二次性徴の発達を遅らせる・背丈を伸びを抑えるというのが主な目的で、意図的に軽度の栄養失調に陥らされている。

 薬物の投与にて抑えるという事も出来、実際にそうやってコントロールされている少年商品もいるが、楓はその手法を嫌がった。故に原始的な方法で、成長を抑制されている。

 あまりにも摂らせないと肌の艶も格段に落ちるし、性器さえも勃たなくなるから、餌を与えるバランスが難しいんだよ、と迷惑そうに那智は言う。

 だが、嫌なものは嫌だ。スカトロやフィスト、緊縛、過激な調教、そういったものは受け入れることが出来たけれど、訳の分からない注射をされたり、錠剤を飲んで幼さを保つなんて、楓には怖い。

「……そういえば、楓。昨日のお客さんに、佐々木様っていうお方が居たでしょう?」
「分からないな。覚えがない」
「居・た・の。駄目だね、交尾した方の名前を忘れるなんて」
 
 減点だよ、と言って那智は切り分けられた林檎の一つを摘み取って没収する。林檎は那智自身によって噛られた。

「アノ方は相沢様のご友人なの。でね、昨日佐々木様に聞いたのだけど、近々また相沢様に“宴”を催して頂けるらしいんだ」

 宴。

 それは、羽振りの良い常連客・相沢壮一が時折行う酒盛りのことだ。

 広間を貸し切り、壮一の知人友人を集め、綺麗どころの娼妓をそろえた大宴会。必ず途中で乱交に縺れ込み、酒池肉林の様相となる。

 楓は相沢の“相手”をしたことはないけれど、挨拶くらいなら交わしたことがあるので、彼の姿を思い出すことが出来た。定期的に行われるその酒宴のことも知っている。

「佐々木様はずいぶんと楓を気に入ってたよ。次の宴には楓を伴って出席しようかと、従業員に熱っぽく話していったらしい」

 克己が見かけたのは、このやりとりの事だったのかも知れない、楓は林檎を飲み込みながら思う。

「覚悟しといてね。相沢様の宴は重労働になる」
「ん、分かった。……いつ開かれるんだ、その宴会は」
「多分、来月半ばかな。お気に入りの彼女を伴っての大宴会さ」

 彼女……? 楓は表情を怪訝にする。

「彼女をここにつれてくるのか?」
「少し、常識外れの所があるから。相沢様は」
「乱交を見せるなんて……狂ってる」

 楓が吐き捨てると、那智は笑った。

「芸術家は狂ってるくらいが良いよ。相沢様が平凡な方だったら、名作達は生まれてない。わたしの好きなお話もね」
「ふうん、那智は読んだことがあるんだ……」

 楓は林檎を摘み、味わいながら寝転がる。那智の腿に頭を乗せ、膝枕をしてもらった。

「わたしがね、最も好きな相沢様の本は──清志郎( セ イ シ ロ ウ )という美少年の物語。男色の要素が強くて、相沢作品の中でもマニアックだと言われているけれど。相沢様自身も気に入っている物語なの」

 噛っていたものを飲みこむと、楓に押し寄せてくるまどろみ。那智の体温を感じながら心地良くて、自然に眠りへと吸い込まれてしまう。

 ──…楓の肢体から力が抜けると、那智は微笑んでガーゼの眼帯を撫でた。

 可愛いな楓は、と独り呟いて。

 四季彩に勤める者達はこの薄闇の奥座敷を気味が悪いと言い、越前谷家の一族のことや、当主の那智のことも畏怖の対象として見る。

 こんな風に身体を預け、リラックスして眠ってしまう少年は、楓しかいない。

「わたしになついてくれる楓を……極上の男娼に育ててあげたい。もっと、もっと淫乱に調教して、身体の芯まで男好きの色欲狂いにしてあげたいな。それこそ“清志郎”みたいに、ね……」