陽炎

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「楓は何も、気にしなくていいんだよ。破滅して人生を踏み外しても、それはお客様の自己責任。立派な大人なんだからね……?」

 薄明かりの褥で、那智は優しく諭した。楓に自らのモノを咥えさせながら。ジュクジュクと唾液の音を鳴らして垂らし、喉の奥まで受け入れている。

「由寧にも、わたしから本人に話をするから……」
「那智っ……」

 窄まった両頬を撫でていると、楓は肉棒を抜いた。那智を見る上目づかいは感じきった表情だ。ろくに愛撫など加えなくても、男のペニスを舐め回せば発情し、自分の性器も勃たすような調教を受けているゆえに。

「どうしたの、楓」

 那智はわざと問い掛け、はだけた浴衣の股ぐらをめくってやった。屹立を示す肉茎は案の定、先走りの蜜まで垂らしている。

「……挿れてほしい……、舐めるだけじゃイヤだ……」

 唾液に塗れたペニスを握りしめ、物欲しそうにしている楓。いつもは自分からはさほど、ねだりはしないのに。落ち込んでいる楓は快楽に逃げたいのだろうか。

 那智は返事をせず、楓の腰を引き寄せた。口腔の奉仕をこなした唇を唇で奪う。ねっとりと舌を絡めた瞬間、身を震わせる楓。在籍の少年の中でも楓の調教はなかなかの出来栄え、感度良好な仕上がりである。

「う……!」

 キスをしながら勃起の尖端を弄ってやれば、閉じられる両眼。爪を立てたりと痛みを与えても感じて、余計に濡らす楓が愛おしい。

「駄目だよ。明日の仕事に響くでしょう? 今日だって三人のお客様と交尾したのだから」
「お願いだ、少しだけでも挿れて……欲しくて……!」

 頬まで染めて発情している楓は、那智の襦袢を掴む。

「何ていやらしい子だろう、そんなふうに求めて」
「……ごめん、でも……那智ぃっ……!」
「淫乱にも程があるよ。ふふっ。可愛いな……」

 意識せずとも揺らしてしまうのか、楓は那智の上で腰をくねらせた。恥ずかしさと切なさが混じったような表情をしつつも──勃起したペニスも震わせる姿は卑猥でしかない。

「何処に挿れて欲しいの?」
「お、尻……」
「違うでしょう」

 楓の頬を叩いた。乾いた音が寝所に響く。

「あ、あっ……」
「そんな風に述べる、躾は施した覚えがないけれどね」
「……お、ま●こ……に、下さい……」
「もっとへりくだって。仮にも、当主のわたしに番い( ツ ガイ )を願っているんでしょう。お客様に散々種付けしてもらった後の汚れた穴にね、挿れてもらおうとしているんだよ?」
「ごめんなさい、ごめ……、俺……! 那智のチ●ポ舐めさせてもらって興奮して、その上、お、おま●こにまで挿れてもらおうとして、生意気な、性……玩具です……っ…!」

 自覚はあるんだね、と呟いて薄笑み、那智は楓の髪を掴んだ。もはや泣きそうなほどにまで表情を歪め、それでも感じ続けているのか、透明な蜜を滲ませっ放しにして。

「あぁああッ!!」

 楓の身体を掴み、肛門に一気に突き立てた。食事制限をさせている細く小柄な身体はこんな時に役立つ。軽いので持ち上げたり動かしたりが楽だ。

「あぁッぅ、あ、あぁあ──!!」
「ふふふっ、随分とはしたない声を上げるね」
「んふっ、うっ、あぁ、那智の……!!」

 激しく突き上げてゆけば、楓はのけ反って嬌声を漏らす。乱れた浴衣からは、触れてもいないのに屹立した乳首が覗いた。

「嬉しっ、あうぅっ、あっ、きもちいい……ッ!!」
「おま●こ気持ちいい?」
「ん、ぅうッ、きも、ちいい、すごいぃぃ……、そこぉぉ、そこがイイぃっ……!!」

 楓は腰つきを調整し、腸壁のある一点に執拗に擦り付けさせる。此処をゴリゴリされると感じるようだ。

(へえ、楓なりにおち●ち●の快感も覚えたんだね)

 男としての自慰も性交も許されないため、こうして尻穴の中からペニスを掻いてもらうことで刺激を味わっているらしい。以前の楓はただ漠然と、肛門に突っ込まれるだけで気持ちいいという感じだったのに──

「あぁ、あぅ、那智のピアス、チ●コの裏に当たって、すご……、っ、んぅー……!」

 快楽を貪る楓に唇を寄せ、胸元や首筋に舌を這わせた。その度にやはりビクビクと震える身体。尻穴も連動するように蠢いて那智を締めつける。

「えっちな身体して。わたしたちの調教のせいで淫乱になったんじゃないね、楓は元々、いやらしくておち●ち●大好きな男の子だったんだよ、きっと。生まれながらの淫娼だよね……」
「ひぃうッ! あっ、あ、は……っ!」

 揺らしながら両胸の突起をつまみ、弄れば楓はますます快楽をあらわにした。喘ぎ続ける口からは垂れる唾液……なんて表情をしているんだろう。那智は呆れつつも愛おしく、楓を抱きしめた。この身体に客がつく理由はよく分かる。

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 那智の奥座敷は、朝を迎えても薄暗い。

 すうすうと寝息を立てている楓の姿を、目覚めた那智は眺めている。性行為を終えたあと、慰めてやりながら西瓜を食べさせ、寝かしつけたのは三時過ぎだ。

(楓は優しいね。自分の売上げよりも、お客さんのことを心配して……)

 浴衣をはだけさせた素肌の肩に、那智は触れる。

 楓は客に情を抱きすぎるきらいがあるので、決して一位にはなれないだろう。時には狡猾さや、非情さも持ち合わせなければ、頂点には昇りつめれない。

 けれど、楓のようなタイプが手堅く長くこの仕事を続けていけるのもまた事実。真面目に接客をするので、質の良い客がつく。最初はマナーの悪い客でも、きちんと向き合って話をするので、次第にわきまえた客に育つこともある。

「楓は……何処に出しても恥ずかしくない立派な陰子( カ ゲコ )に育ったね。古の花魁の瞳を持っているから? それとも、楓自身の才能……?」

 指先でなぞり、太腿にも這わせる。その股間は勃起を示していた。下着をつけさせていないため、めくればすぐに現れる。

 ペニスは未だに子供らしいまま。色素も乗っておらず、平時は包皮を被っている。微かに兆候を見せている陰毛も、従業員に指示して処理させていた。那智は楓が生やすことを認めない。

「……」

 顔に顔を近づけていると、楓の瞼はうっすらと開けられた。那智は微笑し、そんな楓にのしかかる。

「おはよ。朝勃ちして、楓ったら男らしいねぇ」
「…ん……、重、い……っ…」

 瞬間、襖が開く音がした。

「ねえ、起きているのかしら──?」

 衝立の向こうから、響く声は女のもの。早百合( サ ユ リ )の声だ──前当主の妻であり、秀乃の実母である。

「いま起きたところ。どうしたの?」
「めずらしく早くに目が覚めたものだから、朝ごはんを作ってみたの。なっちゃんも食べるかしらと思って」
「! 早百合さんが?! ……こりゃ台風が来ちゃうね、雨じゃすまなくなりそう……」

 身体を起こした那智は、本気で驚いてしまった。早百合はあまり屋敷にいないどころか、家事をすることも少ない。

「まぁ、ひどい人。わたくしだってたまには、あじを焼いたり、おみそ汁を作ったりもしますことよ」
「……もちろん食べたいけど、楓のごはんも用意してあげてくれないかな。楓は子猫だからわたしたちと同じものは食べさせちゃいけないの」

 傍らでまた目を閉じてしまい、丸まっている楓を見つつ、那智は言った。

「あら……同衾( ドウ キ ン )してたのね。でもわたくし、子猫の餌の作りかたなんて知らないわぁ」

 衝立からぴょこりと出る顔は、少女のような無邪気さを持っている。早百合は歳を重ね、二人の子供を産んでも可愛らしさを持つ、魅力的な女性だ。

「簡単だよ。果物を切って皿に盛るだけ。朝食だからヨーグルトをかけてあげてもいいし」
「あらぁ、そうなの。楓ちゃんの餌って楽ちんね」

 早百合は笑うと、じゃあ作るわね、と手の平を振って去ってゆく。那智は楓の髪を撫でて弄ぶ。起きてよ、と声を掛けてもますます身体をすくめ、目覚めない……そんな様子も那智にとっては子猫のように映る。

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 朝食は使用人の手によって、奥座敷に運ばれてきた。

 卓袱台に並べられると、那智は手を合わせて食べはじめる。向かい合わせに座った楓の視線を感じつつ……焼き魚、味噌汁、納豆……そういったものを見て、楓が本当は食べたそうにしているのが那智には見透せる。

 四季彩の性商品には、買われた時から卒業するまで、匂いのつくようなものを食べさせない。特に、可憐さを売りにする受け子達には厳禁だ。

「……どうしたの、楓。食べないの?」
「! あ……。ごめん、食べる。いただきます」

 楓はスプーンを取り、銀皿に満たされたヨーグルトをすくう。パイナップルやバナナ、キウイフルーツ、他にも様々な果物が混ぜられていて、これはこれで嬉しいはず。

「昨日も云ったけど。楓は何も、気にしないでいいの。楓は悪くないからね」
「……ん、分かってる」
「由寧のことも。困った子、なにを考えているのやら……ま、みんなが優等生な訳が無いものね。調教も嫌がって手間取る子もいれば、楓みたいに、割とすんなり助平な淫乱になってくれる子もいるし?」
「……」

(あれ。やっぱり元気ないな、楓ったら……)

 普段なら、何か言い返してくるはず。那智は箸を進めつつも、ちらりと楓を見た。

「……ねぇ、楓。明後日は出校日だよね。行くの?」

 思う所があって尋ねると、楓は首を横に振った。

「夏はまぶしいし、汗で眼帯がじとじとするし……なるべく動きたくない」
「そんなこと言わずにさ。行ってみたらどう?」
「……どうしたんだ? いつもは日焼けするから外に出るな、しか言わないのに」
「楓は男の子なんだもの、たまにはお外で遊ぶのもゆるしてあげる。お友達と帰りに何処かに寄ってきたら」
「……なんか、那智じゃないみたいだ。そんなふうにすすめるなんて……」
 
 那智の思いは、気が滅入っているときにこの薄暗い部屋に籠っていたら、ちっとも楓が晴れないんじゃないかと心配なのだ。

「いいから、いいから。出校日はお外で気分転換。楽しんでおいで?」
「……那智がそう言うなら……わかった、八月に出かけたことって、小さいころしかないしな……」

 行ってみる、と頷く楓を見つつ……那智は楓をけなげに感じた。

 肉親に裏切られ、子供時代の数年間をじめじめとした薄闇の土蔵に閉じこめられて過ごした楓。話し相手もおらず、遊ぶこともできず、一人きりで居たのだ。

 其処から出されたと思っても、待っていたのは性奴隷の生活。厳しく飼育管理され、毎日男相手に身体を犯され、普通の日々は送れない。

 遊廓の当主を勤めている那智だからこそ、此処の辛さは分かる。飼われている性商品達にとって『四季彩は生き地獄』とは良く形容される。

 それなのに、楓は平穏に暮らしている。不満を漏らすこともなく。

 初めて楓に会った時も、この少年はすでに運命を受け入れていた。物分かりの良さに驚いた──ふつうの男の子にとっては有り得ない程に抵抗があるであろう、肛門に同性の性器を突き入れられることも、ソレを口に含むことにも、反抗せずに順応していた。

 楓はすごい子なのかもしれない。芯の強さは相当のものがある、外見のあどけなさからは想像できないほどに。那智は改めてそう思った。

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 仕事の合間に、楓は美砂子に電話をした。一人目の客を終えたあと、廊下の壁にもたれて。頭上に取り付けられた扇風機の風に撫でられながら。

『──いいよ、明後日はひまだもの。それにかえでくんと会えるなんてミサ、とってもうれしいよ』
「本当か……じゃあ。また色々話そう」
『かえでくん。どうしたの? 元気ないみたい……』

 なにも話していないのに、どうして伝わるのだろう。楓は不思議に思った。

『ミサでよければ、なんでもお話聞くよ。だって、かえでくんもいっぱいミサのお話、聞いてくれるもの』
「……ありがとう。じつは、仕事のことで、ちょっと落ち込んでて……こんなことでへこんでたら、だめなんだけどな」
『誰だって落ち込むときはあるよ。それに、ミサは、かえでくんはすごいと思ってるの。学校も行って、お仕事もして、もしミサだったら疲れちゃうよ〜……!』

 美砂子の話し方は好きだ。話していると癒される自分を、楓は見つけている。

「べつに、大変ではないぞ。人と話すのは楽しいし、その……色々されることも、凄く嫌だ、とまでは思わないんだ。でも俺は、男娼に向いてない気がして……」
『そんなことないよ! たしかに男娼っていう感じではないけど、向いてなくないもんっ! ミサがもしお金持ちのおじさんだったら、毎日買うにきまってるよ』
「ミサがおじさん……? はははっ、なんか変だな」
『かえでくん、わらったね。良かった、……はやくかえでくんに会いたいなぁ……とってもたのしみ』
「俺も。夏はきらいだから、外に出たくないけど。ミサに会えるんだったら……」
 
 出かけてもいいな。そう思って微笑む。はじめてだった、それほどまでに心を動かす存在は。仲良くしているクラスメイトに対しても、炎天下の中を歩いてまで会う気持ちにまではなれなかった。

 それなのに、美砂子に対しては違う。電話や、メールも楽しいけれど。実際に会って、話したい。

 楓は、胸に灯るこの感情を快く感じた。

 約束をして通話を切ると、沈んでいた心が幾らか、救われた気がする。
 実は先程の客には、引きつった笑顔を見せてしまっていた自覚はあった。でも、次の客の前ではきちんと笑って、接客をこなせる気がする……。

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 出校日は真夏らしく晴天で、うだるような暑さだ。楓はただ『終わればミサに会える』その想いだけで耐え抜き、ホームルームを過ごした。

 終わった瞬間、さっさと学校を出たくて鞄を肩にかけると──

「オイ、日生いるか?」

 教室の後ろの出入り口から、上級生が顔を覗かせている。クラスメイト達はざわめいた。

(わっ……葉月( ハ ヅキ )先輩だ)
(葉月先輩が日生くんに用??)
(何だろう、気になる〜!)

 特にそわそわとしだすのは、女子生徒。

 それもそのはず、葉月は女子の間で人気の三年生だった。不良というカテゴリーに属し、脱色した髪、細く整えられた眉、手首にはいくつかの根性焼きの後も散らばっている。その容姿は目立つので、楓も彼の存在だけは知っていた……口をきいたことはなかったが。

「?」

 喋ったこともない人間が、何故自分を呼ぶのだろう。怪訝に思いながら近づけば、手招きをされる。よくわからないままに歩き出す廊下……楓は葉月の後ろをついてゆく。

 辿りついたのは校舎裏の水飲み場。直射日光に楓は表情を歪めた。なるべく、陽にあたりたくはないのに。

「……あの。俺に。何の用ですか?」

 立ち止まった葉月に尋ねてみる。すると、葉月は思わぬことを言った。

「吉川だけはやめとけ。悪いことはいわねえからさ」

 吉川……?
 楓ははじめ、その名前にピンとこない。

「ミサコだよ。おまえ、祭りの日につるんでたろ」

 下の名を言われれば解って、楓は驚いてしまう。思わず息を飲んでしまうほどに。
 何故葉月が美砂子のことを?

「えっ! な……」
「……ぐうぜん、見ちゃってさ。いや、べつに俺は日生がだれと付き合おうが関係ないけど……まじあの女だけはやめといたほうがいいって、それだけ言いたくて」
「どうして……」

 美砂子と彼の関係性が分からず戸惑っていると、葉月は話しだしてくれた。

「俺、つきあってたんだ」

 楓は眼球を見開く。
 
 そしてさらに、葉月の続ける言葉は楓を驚愕の極みに叩きつける……

「でも……あいつの本性知って別れた。どうしようもねえヤツだったんだ。すっげーヤリマン、誰とでもやる」
「! な、何言って……!!」
「おっさん達とラブホ入ってくの見たってヤツもいるし……とにかくすげえんだよ、吉川は……」
「……!!!」

 信じられる訳がない。
 あの美砂子が。
 誰とでもする??

 楓は思わず首を横に振った。

「そんなこと。ミサが……!」
「俺だって、最初は信じられなかった。信じたくなかったぜ? けど、まじなんだよ……俺の先輩や、後輩ともやってるし。おっさんには金もらってるし。日生がなんで吉川と知り合ったのかはわかんねえけど……もう、つきあってんのか?」
「……違う、けど……」

 好きなのか、日生。葉月はそう言って、楓の肩をポンと叩いた。

「吉川は、やめとけ。好きんなっても裏切られて傷付くだけだ。サイテーな女なんだ、誰にでも股開いてやっちまう。だからよ、よく考えたほうがいいぜ……」
「………」
「俺からの忠告な。……じゃあな」

 行ってしまう葉月。

 残された楓は、鳴り響く蝉の鳴き声の中でしばらく立ち尽くしていた。
 
 信じられない。有り得ない。あの美砂子が?

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 美砂子とは駅前で待ち合わせ、百貨店に入った。
 此処なら涼しいから大丈夫だよ、と言う美砂子はわざわざ夏のセーラー服を着て来ている。美砂子の学校は出校日でもなんでもないのに……ただ、楓と一緒に制服で歩きたかったらしい。

(そんなはずない。ミサが……)

 輝く照明が反射する、敷き詰められた白いタイルの床を歩きつつも、楓は心をざわつかせたまま。

 葉月の話を信じることは出来ない。
 嘘だと思う。

 今も隣で、無邪気な笑顔をみせてくれている美砂子が、そんなことをしているだなんて……

「ねえ、かえでくん、ミサのお洋服見てもいい? あたらしいワンピースが欲しいよ〜!」

(誰にでも股をひらく?? そんな…… お金もらってるって……)

 確かにそう言われてみれば、美砂子の身に付けているものは高価そうなものが多い。バッグも、シュシュも、携帯電話につけられたチャームもブランドもの。

 楓にとっては学校の女子よりも、四季彩の少女娼婦の方が身近だ。そのせいで美砂子の持ち物の不審さに気付けなかった。娼女達は当たり前のように客にもらった高価な物を身に付けている……

(……そうだな、普通の中学生はあんなに高いものは持ってない……。でもミサのお父さんは小説家だし……お金持ちだから……)

「かえでくんっ。ミサの話きいてない!」
「……きいてたぞ。服の話だ……」
「ミサのお洋服、いっしょに見てくれる?」
「うん……」

 婦人服フロアでエスカレーターを降りると、美砂子は心配そうな顔をして楓を見た。

「やっぱり、げんきないよ、かえでくん」
「そ、そんなことない、大丈夫だ。ただ……」
「ただ?」

 聞き返されても、尋ねることはできない。葉月に言われたことを──どう聞いていいかも解らないし、肯定されたとしてもイヤだと思う楓がいた。

 美砂子には、自分のように身体を売って欲しくない。

 ……『自分のように?』

 そう思って気付く。

(そうだ、俺は……俺こそ、誰にだって股をひらいて、お金をもらう。それが仕事で、逃れられない。はずかしいことばかりさせられて……)

 例え美砂子が、葉月の言った通りだったとしても。大人の男達とセックス漬けの毎日を送る自分には、美砂子を咎める権利も非難する権利もない。

(だったら、俺と同じで。美砂子だって、なにか事情があって、しているのかもしれない)

「……何でもないんだ」

 楓は己に言い聞かせるように頷いた。真実かどうかは解らないし、とりあえずは置いておこう。真実だとしても──美砂子を嫌いになることはない。

「ほんとうに……?」
「ああ、ミサの服を見に行こう」

 売り場の通路を歩きだしつつも、楓は微笑いかけた。すると美砂子も微笑ってくれる。

「かえでくんも、しょんぼりした顔は似合わないよ。その顔がいいな!」

 あの夏祭りの夜に、楓が言った台詞を返す美砂子。楓は思わず吹きだしてしまう。

「あははは、なんだ、真似して」
「ふふんっ。お返しだよ。ねえ、それで、かえでくんはどういうお洋服が良いと思う? えらんでほしいな、かえでくんがかわいいって思うの着たいもん」
「そうか、でも俺は女の子の服は、あまりよく分からないぞ。それでもいいのなら……」
 
 美砂子の嬉しそうな顔を見ていると、楓は幸せを覚えた。どうしてだろう……美砂子の隣はあまりに居心地が良すぎる。

(そうだ、ミサは俺がお客さんに犯られてるのも見てるのに、それなのに……仲良くしてくれて……俺も。ミサの正体が何だったとしても……)

 ──受け入れたい。
 それは楓の心からの想いとなる。