秋霜

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 凌辱の最中は、気が紛れるけれど。座敷牢で独りにされると色々なことを考えてしまう。

 少しでも睡眠をとらないと辛くなるのは自分だ。それなのに眠る事が出来ない。

 座り込み、膝に額をうずめている。

 美砂子を想うと心が痛い。
 不安で、悲しかった。
 突然に連絡が途絶えて、美砂子はどう思っているのだろう。怒っているのだろうか、それともさみしがっているのか。

『……だいじょうぶだよ』

 声がして、楓は弾かれるよう、顔を上げた。

 薄闇に立つのは茜の姿。先日、暮林に貰ったチャイナドレスをちゃっかり纏っている。もちろん、それは茜にもよく似合う。

『楓が思ってるほど、あの子は弱くないよ』
「俺は……ミサが弱いなんて思っては……」

 ただ、心配でたまらないだけ。
 茜は微笑しつつ、楓の傍らに腰を下ろしてきた。

『……あの子も、ぼくたちと同じように、辛い子供時代を過ごしてきたみたいだね。きらいじゃないよ、ぼくもあの子のこと』
「そうか、でも……。……もう会えないかもしれない」

 ぼそぼそと喋る楓を、茜はちらと見た。

『まだ終わってない、楓。これから、もっとすごいことが起こるんだ』
「見えてるのか……?」
『すこしずつ、だんだんと見えてきた。あの子とはまた会えるよ』

 茜は未来を見通し、楽しげな様子だ。相反し、楓は唇を尖らせた。教えてほしいのに、教えるそぶりは茜にはない。

『それよりも、佐々木さんは何を考えてるのかな。楓をすてて、あの子を犯そうとして。密告して遊廓へのツケをへらして、勝手すぎるよ』
「……俺が、もっとちゃんと説得していれば、あんなにお金を使うこともなかったぞ。俺も悪いんだ」

 すると、茜は肩をすくめる。

『ひとが良すぎる、楓はいつもそうだね。むかしからずっと……だから葵が心配しているんだよ』
「? 葵が……?」
『いやがらずに何でも受け入れてしまうから』

 会話を遮るのは、複数の足音。楓と茜は同時に扉のほうを向く。茜は立ち上がった。
 
『たまには、あらがってみせてよ……』

 瞬間に、楓はハッとして目覚める。

 いつの間にか、眠っていたらしい。けれども人の気配は事実で、解錠され、扉が開かれた。茜と逢う度、夢と現実があやふやに混ぜられてしまう。

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 秋深まる夜、佐々木は車を走らせていた。行き先はもちろん四季彩。丁寧なお詫びの文書を貰い、それは後部座席に放ってある。

 封筒には写真も同封されていた。厳しい『再調教』を受ける楓。遠慮なしに扱われ、裸体には傷が目立つ。四六時中犯されているために尻穴も裂け、食事も満足に与えられずに痩せていた。輪姦の写真、敷地内を裸体で引き回されている写真、鞭の刑を受けている写真──すべてが残酷に彩られている。

(ごめんよ、楓くん、ごめんよ……!)

 郊外に向かう道程で、佐々木は涙ぐむ。今さら泣いても遅く、届いた写真が現実を語っているのだが。

 美砂子と楓が去ったあとに、出来心で電話をした。密告の恩賞は大きい。うまくすれば遊廓にため込んだ借金が無くなるかもしれないという安易な考えに動かされての行動だ。

 通話を終えた後、無駄なことをしたと思った。美砂子を助けに来ただけで何もやましさは無いと、楓が事実を喋ってしまえば終わりなのだから。

 だが、楓はなにも喋らなかった。
 どうして?
 佐々木には分からない。

 文書を受け取った佐々木は『楓くんと話したい』と遊廓に連絡した。返事は快い了承。

 罪悪感に蝕まれながらも辿り着く。表門から従業員に誘導され、奥座敷の地下へと石階段を降りた。薄暗く、冷たいほどに寒かった。じめじめとして湿気もある。こんなところに楓は閉じこめられているのか……

「もうすぐ秀乃様がご帰宅なされます、秀乃様とお二人で遊ばれては如何です?」

 従業員は笑顔を浮かべ、分厚い扉を解錠した。佐々木は踏み込む。牢内はさらに環境が悪く、窓ひとつない。靴に何かが当たったと思えば動物に与えるような餌皿で、楓のものなのだと理解するのに少し時間がかかった。

「あ……」

 薄汚い毛布を被り、隅に座っていた楓は左目を押さえている。通路からの光が眩しいのだろう。

「…佐々木さん……なのか……」
「か、楓くん……」

 対面して更に、心は締めつけられた。覗く傷跡は生々しく血をこびりつかせたものもある。髪はばさばさで唇にも艶がない。店に出ているときの姿とは違う。

 佐々木は未だに、遊廓のことをよく分かっていなかった。四季彩と越前谷の制裁の厳しさは、佐々木の想像を超えている。

「ごめんよ、楓くん。こんなに傷つけて。酷い目に遭わせて……!! ここまでやるとは知らなかったんだ、罰するなんて……!」

 楓のことをあまりにも裏切りすぎている。恨まれても当然だが、謝りたい。膝を落として毛布ごと抱きしめれば、いつもの綺麗な石鹸の香りのはずはなく、汗と精液の匂いが鼻につく。

「規則を破ったから、しかたない……」

 腕の中で、楓は微笑った。

「俺もずっと佐々木さんに謝りたかった。ごめんなさい……もっとちゃんと、説得していれば良かった。もっと早くに、止めないといけなかったんだ」
「楓、くん……」
「通わせてしまって、遊ばせて……本当に申し訳なく思うんだ……」

 間近で潤んでいく両眼に佐々木は動揺した。楓はすぐに拭ってしまったが。

「楽しんでもらうはずなのに、人生を狂わせるなんて、俺は……」
「か、楓くんは悪くないよ、潔白だ。悪いのは俺だよ。再調教なんてやめさせるように話をしよう、当主様に」
「それは、だめだ……!」

 立ち上がろうとした佐々木の腕を楓は掴んだ。首も強く横に振る。

「どうして。あの日きみは、美砂ちゃんを助けにきただけじゃないのか。真実を喋れば──」
「……ミサのしていたことは秘密なんだ。もし相沢さんの耳に入ったら、相沢さんも悲しむし、ミサも落ち込む……」

 しゅんとしてうつむく楓を、佐々木は見つめる。美砂子と壮一の真実の関係を知らない佐々木だったが、壮一が実の娘のように可愛がっていることは知っていた。

「このまま、黙っていてほしい。佐々木さんも、四季彩への借金も減る。ちょうどいいじゃないか……!」
「でも、楓くん!」
「ミサの秘密が守られるのは、俺の願いでもあるから。それに俺は、本当に規則違反なんだ、ミサのことをすごく好──…」

 ふいに扉が開き、楓は言葉を止める。
 現れたのは秀乃だ。

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「今晩は、佐々木さん」

 秀乃は学校帰りらしく、学ラン姿だった。

「この度は性商品の違反をご連絡して下さり、嬉しく思っていますよ、厳しく飼育管理していかないといけないですから」
「あっ、はい……」

 立ち上がる佐々木の横で、楓はすぐさま身を伏せた。何事かと驚いてしまう佐々木だ。

「ふふッ。だいぶ躾が染みてきた、良い心がけだ。挨拶は土下座!」

 秀乃は楓の黒髪を掴み、身を上げさせた。正座の姿勢なので、弄り廻されて腫れた乳首も、縮こまったままの性器もあらわになる。秀乃は靴の先を、無毛の股間にめり込ませた。

「オシッコしたいよなァ? ずっとさせてないもんな。佐々木さん、楓のヤツこの部屋で何回もおもらししたんですよ。恥ずかしいでしょう、中学生にもなって」
「やめぇ……っ…、あっ……!」

 ぐりぐりと膀胱にめり込む革靴。楓は髪を引っ張られたまま、表情を苦悶に歪ませている。性器を直に踏む足を見て、佐々木の性癖は少しばかり興奮も覚えた。

「漏らすなよ。おもらしは百叩きだ」
「うっ、あッ……」
「出ちゃいそうか?」

 ぎゅっと唇を閉じて頷く楓を見て、秀乃は使用人に「餌」と短く命じた。使用人は秀乃に粗末なボウルを渡す。三切れの林檎が入っている。

 それを目にして、楓が喉を鳴らしたのが佐々木には分かった。肋の浮いた腹も僅かに波打つ。

「佐々木さん。躾けるのにはね、食事・排泄・睡眠といった耐え難い欲求を抑えるのが一番良いんですよ。ここを抑えればどんな人間でも言う事を聞くようになる」

 物欲しそうな楓の前で、秀乃は林檎を摘んだ。楓の唇に近づけたかと思いきや、自分で齧る。煽るように、わざわざ見せつけて。

「小便漏らしてから、食べさせてやるよ」

 石の床にボウルが置かれると。楓は安堵の表情を浮かべた。素早くボウルにまたがる。

「よし」

 秀乃からの許可が出た瞬間に、シャアシャアと上がる飛沫。よほど我慢させられていたのだろう。林檎は尿にまみれ、浸されていく。

「ハハハハ、凄いな、楓。嬉しそうにオシッコして。嬉しいんだな?」
「うっ、あッ、れしい……! 秀乃……!」

 やっとのことで放出が止まると、楓は四つんばいになって尿一杯のボウルに口をつけた。顔を濡らして口だけで器用に林檎を食べる。股には残滴を垂らしているしまつだが、実に嬉しそうに味わう楓だ。

 あらわになった肛門からは大玉のパールが垂れており、秀乃はそれを弄って埋め込む。腫れて傷ついた尻穴で一粒、一粒を飲み込む度、楓は身をよじったり、「あッ」「ひっ」等と短く鳴いた。しかし、体勢を少しでも崩すと秀乃は尻を叩く。

「どうです。佐々木さん。これが四季彩の玩具らしい姿ですよ。性器や尻穴を見せつけ、おのれの排泄物まみれの餌を食べる」
「あぁああッ、あー……!」
「嫌がるどころか、勃起してきましたよ。楓のアナルは女性器と同じですから、刺激されれば仕方ないか? この歳で立派な性家畜でしょう」

 尻を嬲られて顔を歪め、真っ赤に染めて、それでも林檎を味わっている。佐々木は動揺し、言葉を失いつつも注視してしまう──

 愚かな佐々木も、四季彩の怖さをやっと理解しつつあった。きらびやかな遊廓で、華やかな衣を纏い、笑顔で迎えてくれて、次々と性技を披露してくれる、愛らしい少年たち。その裏ではこんな躾が延々と行われていたのかと。地獄のような調教を施されて、遊びたい盛りにも関わらず厳しい束縛を受け、毎晩見世へ出させられる、彼らを今ごろ不憫だと思った。何も考えず、単純に遊んでいたのだ。

「うッ、ひぁあっ、あぁああ……!」
「全部飲み込んだな。肛門凄い開いてるぞ、佐々木さんにも見せつけてやるんだ」
「っふ……」

 餌を食べ終わった楓は、ふるふると震えながら身体の向きを変える。佐々木に向けた尻には『淫乱』『助平』などと墨汁で落書きされており、無残だ。秀乃は両手を掛けて尻穴を指でさらに開いてみせる。嵌め込まれた玉が一つ零れた。

「普通の人間ならこんなことは出来ない。恥知らずな子でしょう、楓は」

 嘲笑う秀乃の声を、佐々木は遠くに聞いていた。何故だかいたたまれなくなり、思わず後ずさりをしてしまう。興奮も覚えている。けれども可哀相だとも感じた。

 そして何より、少年をこんな目に遭わせている直接の原因は自分自身──その事実に耐えきれなくなり、佐々木は牢を逃げ出してしまう。楓くんごめん、そう叫ぶのがやっとで、元来た通路を走り去る。

「おやおや。お漏らしは佐々木さんのご趣向じゃなかったかな?」

 秀乃が呟く横で、楓は呼吸を荒げている。勃起ペニスから先走りの蜜を零している始末だ。痴態を佐々木に見せつけ明らかに欲情している。

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「此処から出してやるよ、楓」

 秀乃は恍惚の呈といった表情を嘲笑ってから、力づくで壁に押しつける。漏れる悲鳴に秀乃の笑みは増した。

「自分の立場が分かっただろ? これに懲りたらもう二度と外で恋愛はするな。男娼が惚れていいのは、仕事中、お客様に対してだけだ」

 突き出させた尻肉は、腫れて裂けて惨たらしい。だが楓は性玩具。秀乃は憐憫の想いなど抱かない。詰まったパールを一気に引き抜いてやると、つま先立った肢体はまた悲鳴を漏らす。

「あぁあッ!」
「いい声だ。楓の喘ぎは嫌いじゃない。健次には劣るけどな」
「っ! ふ、や……、ぁ……!」

 アナルに指を這わせれば、楓はもぞついてみせる。逃れたがるようなその動作が気に入らず、平手を食らわした。赤く染まる肌。差し込んでみれば小刻みに震えながらも、もう嫌がらない。楓は一度叱られれば理解する子だ。

 それに淫乱でドマゾな子供でもある。グチュグチュと抜き差しし、掻いてやるうちに、悲鳴には艶が含まれてゆく。勃起した性器からもカウパーを垂らし、床に滴を落としはじめる。

「ぁああ、あッ、あっ、あ──……」
「ふふふふっ。絡みついてきていやらしいケツだな。俺も興奮してきたよ」
「う、はぁ……っあ……、ぅ……!」

 秀乃は唾を吐いて、尻肉の割れ目に垂らした。それは媚薬の洗礼に等しい。濡れて開くあさましい蕾。

「やッあぁああああああ……!!!」

 制服のファスナーを下ろし、勃起している肉棒を突き当てれば、アエギ声は派手になった。壁につく楓の手には力が込められ、爪は白くなる。すべてを埋め込んだ瞬間は呼吸も止まった。

 抜き差しを開始すると、叫びはさらに音響を増す。

「ああぁああ! ああッ! あっ! あぁあぁッ!!」
「おかしくなりそうだな? 俺のカラダは良いだろう?」
「ンッ、ひ、いい、イイぃいッ、ひでのっイイ、すご……ッ、チ●ポすごぉいッ、ああああぁあぁッ!!!」

 抽送されるたびに、楓の眼前はスパークしていた。あり得ないほどの刺激が弾ける。越前谷家の当主となる人間の体液には催淫作用が含まれているためだ。秘伝を用い、生まれた頃から薬に慣らされ、その血も涙も淫薬と換えられている。

 当主とのセックスをご褒美と取るか、責め苦と取るかは受けた者の主観による。犯され続ければ例外なく気を失うのだ。痙攣し、過呼吸を起こしたり泡を吹く者もいるほどの衝撃である。

「眠るんだ、楓。疲れただろう?」

 激しい快楽の中で、楓はふいに優しい声を聞いた。

「目覚めればもう座敷牢じゃない。温かい部屋で楓の好きな餌を用意してやろう」

 髪を撫でられながら、身体から力が抜けてゆく。意識は沈み、朦朧としていった。

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 気を失った楓の身体は、従業員達によって母屋に運ばれる。しばらくぶりの布団に寝かせられ、安穏の寝息をたてていた。

 秀乃は一部始終を見届けてから、風呂を浴びる。終えて歩く廊下で那智と会う。

 おそらく偶然に鉢合わせたのではない。那智は秀乃を待っていたのだ。

「待ち伏せか? 姐さんったら」

 首に下げたタオルで髪を拭きつつ、わざとらしく言ってやった。那智は俯いている。

「さっきも見てたんだろう。趣味が悪いな、物陰でコソコソとさ」
「……やっぱり無実なんだよ、佐々木様と話してたじゃないか。庇ってるだけだよ……!?」

 秀乃は笑う。確かに秀乃も二人の会話を扉越しに聞いた。訪れた佐々木は、楓に『潔白』だとか『真実を喋れ』などと話していた。

 だが、楓は“真実”を身体を張って隠したのだ。

「楓は、美砂ちゃんを守るために口を閉ざしてる。姐さんが本当に楓を想うなら、詮索するのは止すべきだろう。なにも気付かなかったフリをしてやるほうが良い、楓が守った秘密なんだ」
「でも、でも……! 可哀相じゃないか!」
「規則を破れば罰を与える。密告があれば本人に問う。当たり前のことだ。……甘やかして、子供扱いしてるだけなんだな。姐さんって」

 やっぱり当主の器じゃない、と付け加えてやると、那智の表情は曇った。

「楓は“男”だ。好きな子を守るために罰を受けたんだからね。男娼の恋は許されないとはいえ、俺は感動さえ覚えたよ」
「こどもあつかい……? …男……?」

 呟く那智とすれ違い、秀乃は歩き出す。

「楓には褒美を与えよう。表向きにはご褒美と気付かれないような、残虐さと優しさを持ち合わせた……越前谷家らしいやり方で」

 結局の処、那智もまだ子供なのだろう。愛玩していた玩具の成長に戸惑っている。楓も二次性徴を迎え、恋を知り、思考も大人になって行くというのに。

(まあ俺も子供だけれどね。姐さんのことはとやかく言えない。独占欲が抑えられないんだ、玩具を独り占めしたくて……)

 秀乃が向かう先は、健次を監禁した自室だった。夏祭りで見かけたあの想い人。彼を捕らえ、閉じこめて犯し続けている。襖を開く瞬間に笑みが零れた。