戯園

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 電話口の美砂子には、一緒にお祭に行かないかとも誘われた。行きたい、けれど楓は素直に了解の返事をすることができない。

 厳しく飼育管理されている生活。過度な娯楽は禁じられていて、祭など行かせてもらえるはずがない。学校の友人とも放課後に何処かに寄るのが精一杯、楓の売上順位が良いこともありそれくらいならば見過ごしてもらえるけれど、土日に遊びにいくのは無理だった。

 そもそも、休みというものは滅多に与えられない。今日のようにご褒美として、時折突発的にもらえるのみ。子供らしい楽しみや休息は許されず、ひたすらに交尾をするのが性的商品の毎日だ。

 美砂子にそういった事情を話すと「じゃあパパに頼んで、何とかしてもらう」と返された。……相沢壮一に? 戸惑った楓だったが、本当に事態は動いてしまう。

 楓は、祭に行けることになった──

 それも、那智の従兄弟である秀乃( ヒ デノ )も入れて三人で。

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「良い気分転換だ、最近は受験勉強ばかりしていたから。それに俺自身、相沢様にはお世話になってる。頼みごとは断れないさ」

 楓の傍ら、秀乃は浴衣姿で話す。遊郭から街まで送ってくれた車を降り、夕暮れの街角で。

 美砂子は壮一に、秀乃と楓と3人でお祭りに行きたいと駄々をこねたそうだ。壮一は美砂子にねだられると弱いらしく、すぐさま秀乃に頼み込んだという。

 驚くことに、美砂子と秀乃には面識があり、割と仲もよいらしい。壮一を交え遊廓の外で食事をしたこともあるといい、意外な繋がりだと楓は感じる。

「楓も嬉しいだろう。お祭りなんて、はじめての体験じゃないのか?」
「そんなことない、小さい頃に行ったことがあるし……テレビでも、見たこともあって……」

 秀乃と同じように浴衣を纏った楓の言葉は、吐息を乱し途切れ途切れ。額には脂汗さえ滲んでいる。

「ハハ、辛そうだね、楓」

 笑う秀乃。

 実は──楓の尻穴には今、結構なサイズのバイブが嵌まっていた。

 祭りの最中でも自分が淫乱な性玩具であることを常に忘れないように、と遊廓の従業員に挿れられた戒め。お祭りに行く許可が下りても、普通の少年らしいひと時など過ごさせてもらえるはずはない。

 履かされた下着も女児用で、サイズがキツく身体に食い込む。リボンに飾られた純白のショーツに弾けそうなペニスを浮き立たせ、すでに先走りの染みをみっともなく作っている始末。

「こんな状態で美砂ちゃんに会うなんて、恥ずかしいな。でも仕方ないか、楓はいやらしい玩具として飼育されてるんだから」
「ん……ぅ、分かってる…」

 進む大通り、祭に近づくにつれて増す人通りの中、秀乃に尻を撫でられた。楓はハメられた太さを自覚しながら頷く。足を動かす度に擦れて快感となるし、キツキツのショーツもまた股間全体を刺激して楓の興奮を誘う。

 川に掛かる橋のたもとで待ち合わせた美砂子もまた、華やかな浴衣姿だった。薄紅色の生地に、様々な花が愛らしく踊る。楓と秀乃を見つけると表情を輝かせ、手を振ってくれた。

「ひでのくんも浴衣なんだー、イケメンだね!」
「そうかな。美砂ちゃんも良く似合ってるよ」
「ありがとう。あれ、かえでくん、どうしたの?」

 合流すれば、やはり美砂子は楓の様子に気づく。何しろ後孔はランダムに振動もするので、耐え切れずに欄干にもたれている楓だ。吐息は熱く零れる。

「ふぅ……。なんでもないんだ、ただ……」
「ただ?」
「美砂ちゃん、楓が性商品だって事は知っているだろう?」

 秀乃は悪戯っぽく、美砂子に全てを話してしまう。恥ずかしくなる楓……出来るならそんなこと、言わないで欲しかった。

「可哀相だけど、普通の男の子と同じように外を歩かせる訳にはいかないよ。お祭りで羽目を外して自分が卑猥な存在だってこと忘れないように、仕掛けを施させてもらった」
「仕掛け? かえでくん、大丈夫なの…?」

 心配そうに尋ねる美砂子に、楓は頷く。

「ちゃんと、歩けるし、気にしなくていい」
「……わかった。かえでくんがそういうなら、ミサは気にしないよ!」

 至近距離で美砂子は微笑む。左目の異質にも、性奴隷に近いほどに卑猥な存在であることも、放っといてくれる……美砂子の優しさに楓はほっとする。

 優しさとは、同情の言葉を贈ることや上辺だけの共感でない。それに気付かされて、楓はハッとした。提灯の彩りによく映える、美砂子の横顔を眺めながら──

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 後孔に快楽を感じながらだけれど、久しぶりのお祭りを巡るのは楽しい。

 楓は露店の物を食べることもできない。美砂子や秀乃が買うクレープやかき氷、りんご飴にはごくりと喉を鳴らしてしまうけれど、外の物はひと口も食べてはいけなかった。娼年達は遊郭で与えられる餌しか、摂取は許されないのだ。

 けれど、美砂子が嬉しそうに口にする顔を見ているとつられて微笑ってしまうし、ずっと昔に食べたことのある味を思い出して幸せな気分にもなる。

 輪投げをしたり射的をして、楓は心底から楽しんでいた。あたたかな賑わい、夜だけれど様々に彩られて明るい大通り、十分過ぎるほどに味わうお祭りという空間。

 だが、秀乃は楓に「性的な家畜である」という自覚を失わせることを許さない。

 途中でわざと美砂子とはぐれ、薄暗い草むらに連れ込まれた。
 中間検査だ、と言われて浴衣をたくし上げられる。

「派手に感じて、楓。はははは……歩きながら射精までしたんだ。汚いな」

 女児用のショーツには分泌された先走りの他に、精液を漏らした痕跡もあった。生地は白濁と蜜でグチョグチョになり、目も当てられない。もちろん今も勃起は維持されていて、太腿にまで雫が滴っているような状態だ。

「下着が気持ち悪い、ぐちゅぐちゅして……」
「感じ過ぎなんだよ」
「ん、あッ……!」

 秀乃はショーツの後ろを楓の尻に食い込ませる。Tバックのようになった臀部をわざとらしくパァン、と平手打つ。

「楓はさ……見事に俺達とは違う種類の生き物に育ったんだね。人間じゃなくて淫猥で卑猥な性家畜に。お尻で気持ちよくなることばっかり考えてさ」
「痛いッ、ん、くッ……」
「もうお尻じゃない、膣か。こっちはクリ●リスだったっけ、姐さん風に言うと」
「ひぐ、ぅ、そう……!」

 突っ込まれているバイブを揺らされたり、下着越しにペニスを撫でられたりして楓は悶える。そしてバイブは抜かれてしまった。

「! い、やだ、それは……!」

 何をされるのかが分かって、楓は樹木に手をつきながら戦慄する。自らの股間を探っている秀乃。

「秀乃の、は、無理だ……ッ、お、おかしくな……」

 薄笑みを浮かべ、秀乃は既に勃起していたモノを一挿しで貫いた。バイブによって拡がっている楓の肛門は簡単にすべてを受け入れる。

「ひぃッ、あっ、あッ、あ、あぁあ!」
「煩いよ楓、人来ちゃうだろ?」
「あ…ン、あンッ、んッ、んぅ、うぅッ……!」

 早速、脳髄を揺らすほどのとてつもない快楽に襲われた。秀乃の体液は媚薬と同じだ。幼い頃から媚薬を摂取しつづけたせいで、身体じたいが媚薬と化した。分泌する蜜は熱く、擦るたびに楓を蝕む。抜き差しされればだんだんと意識が遠のいていく。

「いやぁ、だぁッ……、ひっ、ッ、たすけ……」

 てくれ……! 楓はばくばくと口を開き、木に抱きついて必死に耐えるけれど──もう駄目だと思った。このまま続けられれば、腰も立たなくなって歩けなくなって、美砂子とお祭りを回ることは出来ない。

 しかし、秀乃はすぐに腰つきを止めた。

「! うぅッ……?!」

 ズルリと抜かれる男根。連動して、楓は膝からその場に崩れ落ちる。自分の下半身が痙攣しているのがよく分かった。秀乃の体液が持つ“効力”は、近頃一段と増えたような気がする。

「何だって……! あぁ! こんな所に健次が!!」
「ど、どうしたんだ……、ひ、での……」
「ごめん、楓。俺は別行動するよ、急がなくっちゃ!」
「……えっ。何言って……」

 座り込んだまま振りむけば、秀乃は嬉々として瞳を輝かせていた。乱れた浴衣を整えて眼鏡を上げ、駆け出してしまう。心なしかその頬はうっすらと色付いているようでもある。

「人混みの中に、俺の好きな人がいた! 見間違える筈ない、追いかけるよ」
「す、好きな人……??」
「じゃあ、美砂ちゃんによろしく」

 あっという間に消えうせる秀乃。楓は木陰でぽかんとしたまま、しばらく座り込んでいた。

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 茂みに放られたバイブとショーツを拾う気になれず、そのままにして、楓は祭りの路地に戻った。浴衣の下に何も着けずに外を歩くのは少し気恥ずかしくもあったけれど、今まで嵌められていたことを思えばましだ。

 秀乃に抉られた熱の余韻を感じつつ、探すのは美砂子の姿。楓の携帯電話に何度も着信履歴が残されていたのに、いざ掛け直すと出てくれない。心配になりつつも人混みを探す。

(ミサ、どこにいるんだ。秀乃の馬鹿ッ。秀乃のせいで……)

 はぐれてしまったのに、当の本人は好きな人を追いかけるといって消えてしまった。随分と勝手だ。楓は口を尖らせる。

 大通りを随分と歩いても、美砂子は見つからない。身体が触れ合うほどに大勢溢れ、混雑していく道。周りを包む笑い声や楽しそうな会話とは相反し、楓は焦ってしまう。

 おまけにある瞬間、人とすれ違ったときにぶつかってしまい、ガーゼの眼帯が外れた。驚いて振り向けば、それは様々な草履やスニーカーに踏みつぶされてゆく……

(ついてない。こんな所でなくすなんて!)

 街燈と夜店の明かりが染みて、左目を押さえた。なんだか、散々な祭になってしまった気がする。尻穴を刺激されていたとはいえ、はじめのうちは楽しかったのに。

「……あれ……?」

 次第に光に慣れてきたため、瞼から手を外すと、足元に黒猫を見た。ニャア、と楓に鳴くその姿は間違いなく伽羅で、楓は戸惑う。

「どうして、お祭りに……」

 伽羅が居るのだろう?

 不思議に思う暇も無く、伽羅はしっぽをくねらせて歩き出した。ついてこい、と言わんばかりに楓のことをちらちらと見つつ──楓は困惑しつつも、伽羅に従う。人混みを器用に避けて通るその姿を見失わないよう、急ぎ足で。

 そのうちに、伽羅は祭りを外れた路地に入り、古い神社の中へと潜んでいく。

「何処に行くつもりなんだ、伽羅。真っ暗じゃないか」

 石畳を踏みしめていくと、伽羅は楓を待っていたかのように鳥居の下、佇んでいる。
 闇に光る両眼は、楓と茜によく似た、琥珀色だ。

(伽羅の目って、こんな色だったか……?)

 楓が不審に思ったとき、伽羅は急に走り出した。

「おい、伽羅、待ってくれ!」

 伽羅を追って寺社の境内に近づくと、階段に腰を下ろした薄紅色の浴衣の姿がある……

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 伽羅の姿は消えうせた。まるで幻覚のように。

 左目は人魂だとか、お化けだとか、奇妙な事象を時折楓に見せるけれど、今の伽羅もそうだったのか?

 戸惑う楓をさらに戸惑わせるのは、石段に座って泣いている美砂子。はぐれてしまって心細かったのだろうけど、顔をぐしゃぐしゃにする程に嗚咽を漏らす様を目の当たりにすると、楓はどうすればいいのか分からない。

「もう大丈夫だ、俺はここにいるだろ?」
「ぐすっ、うッ、ひっくッ……来なきゃよかったぁっ、お祭りぃ……」
「そんなこと言うな。今日はすごく楽しかったのに……」
「ほんとうに? かえで……くん、たのしかったの?」

 充血した瞳に見つめられ、楓は頷く。

「ああ。こういうのはすごく久しぶりで、男娼じゃない頃のことも思い出せたし、味わえたんだ。夜店は明るくてきらきらしていて、来てる人たちも楽しそうで……」

 美砂子の傍らに腰を下ろし、神社の風景を眺めながら楓は語った。それは心からの本音だ。

「ミサはかえでくんに、わるいことしちゃったのかなって……思ってたの……。だって時々、辛そうにしてたから……」
「大丈夫だって言っただろう、慣れてるんだ……」
「ミサはただ、お祭りにいきたかっただけなの。でね、かえでくんもいて、ひでのくんもいたら楽しいんじゃないかって思いついただけだよ……三人で、仲良く笑いたくて……それなのにっ、かえでくんはっ、りんごあめも食べれないし、かき氷も食べれないんだぁッっ……!」

 そう言って膝の上の腕に顔を伏せて、また大声をあげて泣いてしまう美砂子。気にしていないようなフリをしながらも、美砂子はすごく気にしていたのだ。
 楓は表情を歪めた。遊廓の規則なのに、なんだか自分のせいで泣かしてしまっているようで。

「それでも俺は楽しいんだ。ミサの食べてる所見てるだけで、和むっていうか……」
「……うぅ、ぐす、かえでくん、ごめんね、悪いのはミサなの、全部ミサなの。かえでくんは四季彩の男娼なのに、よくわかってなかったのかも……それにね」

 美砂子はぐしゃぐしゃと、乱暴に涙を拭った。

「一人で歩いているときにね、ママに似た人を見た気がしたの。きっと、見間違いだと思うけど、いやなことを思い出しちゃった。ミサが泣いているのは、その原因のほうが大きいよ」
「いやなこと? 」
「話したい、かえでくんになら。……むかし、家族で温泉に行ったとき……ママはパパの目をぬすんで、ミサを山に置きざりにした。あの人は、ミサのことだいきらいだから……」

 ……さらっと喋っているけれど、随分と酷な内容だ。楓は静かに話を聞く。

「ミサ歩いたけど、どこにもたどりつけなくて……夜になって、さむくて、おなかがすいて、泣いてもだれもいないの。死ぬんだなぁって思った……“さいごにわたあめが食べたかった”って考えながら、倒れちゃった。気がついたら病院で、たまたま、通りかかった人がミサを助けてくれたんだって」
「そうか。……そんなことがあったのか……」
「そのときのことを思い出して、つらくなって……だからあたしが勝手に泣いているだけなの。かえでくんはちっとも悪くないんだよ」
「違う、俺たちのせいだ。俺と秀乃が、ミサとはぐれてしまったから」
 
 うち明けられた事実に哀しさを覚えつつ、楓は美砂子に話しかけた。指を伸ばし、濡れた美砂子の頬を拭ってやりながら。

「ごめんな。思い出さなくても良いことを、思いださせて。そうだ、気分転換に。ミサの好きなわたあめを食べにいくか?」
「えッ。かえでくん……?」
「……本当は駄目だけど、俺もいっしょに食べる。四季彩には内緒だ」

 楓が立ち上がると、美砂子は顔を輝かせた。今までの泣き顔がウソのように消え去り、晴れ渡る。

「ほ、ほんとうに!?」
「ああ。行こう、ミサ」
「……かえでくんとわたあめ??! どうしよう、あたし、すごくしあわせだよー…!」
「はははっ。そうだ、その顔が良いな……ミサに泣き顔なんて似合わないぞ」

 手を差し伸べてやれば、美砂子は握り返して立ち上がってくれた。自分でも涙をごしごしと拭う、浴衣の袖を揺らす動作も楓には可愛らしく映る。

「ねえ、かえでくん。ミサ、かえでくんとは最近しりあったばかりじゃないような気がしちゃうんだよ。ずうっと昔からお友だちだったような気がするよ!」

 並んで石段を下りながら、美砂子は微笑う。それは楓も思うことだったので、そうだな、と笑い返した。