1 / 1山に囲まれた入り江の小さな街。古めかしい港に通じる、理髪店だったり、金物屋だったりが並ぶ細路地を佐々木は歩く。すれちがうのは冬だというのに半ズボンで駆け抜ける子供たちで、都会の少年にくらべると元気がいい。 佐々木はあの日をきっかけに、田舎に帰った。狂ったように金を借りる佐々木は精神を崩していると見なされていたため、上司も同僚も「それが良い」とすすめた。 退職金はすべて借金の返済に充てたが、むろん、それでも遊廓へのツケは足りない。分割で返してゆく日々のはじまりだ。 故郷に帰ってきて、新たに就職したのは地元の編集会社。ローカルのタウン誌を発行している。今まで勤めていた大手出版社とはけたはずれに規模も小さく、社員も十数人。 けれども街同様のどかな会社で、今の佐々木にはちょうどよい。のんびりとした空気は佐々木を癒した。 ──楓は再調教を終え、ふたたび男娼として働きだしたと話に聞く。 佐々木は、氷のように澄んだ海を眺める。 相沢壮一の忠告が、今になれば苦く胸に響いていた。 楓の屈託のない笑顔も、ただただ切なく蘇る。 とても今は遊廓に顔を出すことは出来ない。 いつの日か、少年にきちんと謝れるだろうか…… |