帰陰

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 連行された座敷牢、裸身にされ、頭の後ろで手を組むよう命じられる。全て見られる羞恥に楓はびくつく。
「うぅ……」
 そんなふうに震えたのも、遊郭の使用人たちの嘲りを招く。
 和服を纏った秀乃は、腕組みをして観察している。
「楓なりには成犬に育ったな」 
 楓が遊郭を去ったころよりずっと、当主らしい威厳を漂わせていた。眼光は昏く鋭い。
「交配を済ませたんだよな……ならばもうソレはいらないかもな」
 秀乃の呟きに、ひとりの部下がしゃがんだ。綿手袋をした手のひらに楓の性器を乗せる。
「去勢いたしますか?」
「あぁ、性商品の身で恋をしたあげく、許可なく孕ませた罰だ。さらには足抜け、五年に渡る逃亡生活。去勢くらいしないと犯した罪の重さが分からないだろう、この色情猫には」
 どんな懲罰も受けるつもりで戻ってきたが、さすがに表情を歪めてしまう楓だった。
「……そ、それは……ッ……」
「なんだ? 楓」
 眼鏡の奥、秀乃の瞳は侮蔑に細められる。
「お前は此処にいるあいだ、尻でしか交尾を許されていなかった。それが、オスの快楽を知り子作りまでしたんだ──もう、お前に男根は贅沢品だろう」
 楓はもぞつき、性器を揺らす。
「お許し……ください……!」
 それは滑稽な舞踏のはじまりとなる。
 パンパンと拍手の輪に囲まれ、リズムにあわせて腰を振り、性器を振った。
「ほら、もっと淫猥におねだりして、許しを請うんだ!」
 従業員から飛ぶ、揶揄混じりのアドバイスに従う楓の頬はあっという間に朱に染まる。
「淫乱さが伝わらんぞ、当主様にお前のはしたなさを披露しろ!」
 恥辱で発情したペニスが、そそり立っていく──
 笑われながら完全勃起の肉茎を必死で振り乱し、楓は遊郭に戻ってきたのだと深く理解していく。
「お許しください、お許しくださいっ……」
(……本当に……、帰ってきたんだ……俺は……)
 今朝まで暮らしていた穏やかな日常から、この非現実的で淫らな遊郭に。脳裏によぎる家族とのなにげないやりとりも、日々のひとこまも、思いだすと涙がこみあげてきそうになるくらい、遠いものとなっていた。

 ──楓が帰ってきたのは、たった数時間前のことなのに──

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 昼下がり、新幹線を降りた楓の姿はまわりの旅行者となんら変わらない。ドルマンスリーブのカーディガンを羽織り、スーツケースを引いて、ハイカットのスニーカーで歩く。
 改札を出た先に広がる駅前の景色も、頭上に広がる高い天井も変わらなかった。
 漂う空気も、すべてが、とても懐かしい。
(……あの日以来だな……)
 しみじみと実感し、楓はその場に立ちつくす。
 発つとき、ホームまで見送りにきた美砂子とセイは涙を見せなかった。複雑な想いを抱えているだろうに、気丈に振る舞う。最後まで笑顔で手を振ってくれた。
 そんな姿がまた楓の心を締めつける。
 乗車直前、セイの告げた言葉も楓を切なくさせた。年相応でないことを言わせてしまった。
『おとーさんがるすのあいだは、おれがおかーさんまもるからー!』
(俺は、だめなお父さんだ)
 哀しく苦笑し、一歩踏みだそうとしたとき、
「楓」
 呼ばれて振りむくと、端正なルックスの青年が駆け寄ってくる。
 パーカーにシャツをあわせたさわやかな装いは柔和な雰囲気によく似合う。
 実兄・葵と待ちあわせをしていた。ときどき葵だけには連絡をしていたが、会うのは五年ぶりだ。
「……やっぱり楓だったか。背格好ですぐに分かった」
「背格好って……身長、十センチも伸びたんだぞ」
「シルエットはそれほど変わらない。相変わらずほっそいな、ちゃんと飯食ってるのか?」
「食べてるし、こう見えても、俺は力があるほうで──」
「楓が? その身体つきでか」
 ぎゅっと手首を握られ、楓は反論したが、信じてもらえない。
 駅地下の店に入り、食事しながら話をした。葵は大学に通いながら家業を手伝っているが、卒業後は他の和菓子舗へ修行に出るという。

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 流れる風景。鬱蒼と茂る竹林を、楓は助手席から眺めていた。車を運転する葵との会話は目的地に近づくにつれ少なくなる。葵も複雑な想いを抱えているのだろう。
(葵が悪いわけじゃないんだけどな……)
 昔から負い目を感じているようだ。弟が蔵に幽閉され、さらには遊郭に売られ、男相手に客を取る人生を歩んでいることを。
「……なぁ、楓……本当に戻らなきゃいけないのか」
 葵はぽつりと呟いた。
「どうにか、回避する方法はないのか」
「……足抜けは重大な規則違反で、戻って罰を受けるのは当然のことなんだ」
「楓はただ美砂子ちゃんのそばにいただけだろう?」
「人を好きになることも違反だし、子どもを作るのも当然駄目だ。本当なら堕ろすか、産んだとしても遊郭の商品にしないと──」
「とんでもないところだな、四季彩は」
 憤慨する葵に、楓は切なく微笑む。
「あの場所にも、いいところはあるんだぞ」
「……そうは思えないよ。俺には。深く知っている訳ではないんだが……」
 道の先に、四季彩の敷地と外界を隔てる大きな門が見えてきた。
 楓は目を細める。
 懐かしい、古めかしい木造の門。あの門は全てを知っている。
 遊興に心躍らせて訪れる客のことも、身を売る絶望に怯えながら運ばれてきた商品のことも、年季を終えて希望とともに去っていく者のことも。
「此処でいい。葵」
 楓は決意をもって告げた。
「母屋のそばまで送っていくぞ」
「歩いて帰りたいんだ、ひさしぶりに」
「……そうか」
 葵はなにも語らなくなった。路肩に停車してくれる。
 楓と降りると、トランクに積んだ荷物を下ろしてくれた。
 スーツケースを受けとり、楓は兄と向きあう。
「ありがとう。ひさしぶりに葵と会えてうれしかった」
 緑陰のなか、彼の表情は複雑に翳っていた。瞳に穏やかさをたたえる楓とは何処までも対象的に。
(あまり辛気臭くなって欲しくないな──)
「すごく先の話になるけど……俺が遊郭を出たら飲みにいこう、ミサとセイにも会わせたい」
 気軽な口調を心がければ、ほんのすこしだけ葵も笑ってくれた。
「あぁ……、楽しみにしてるよ」
「……これも、ありがとう」
 楓はカーディガンのポケットから、古い型の携帯電話を取りだす。
 てんびん座のストラップがついたそれは遊郭を去るとき葵に預けたものだ。
「本当に、ずっと持っててくれたんだな」
「楓にとって大事なものなんだろう。そう、言ってたからな」
「あぁ。お客さんの連絡先が全部入ってるんだ」
 握りしめるとストラップが揺れる。
「本当にすごく大事なんだ、俺は男娼だから」
「…………」
 複雑げな葵に「じゃあ」とほがらかに告げて、楓はその場を離れた。懐かしさに混ざる、まるで処刑台に上るような気持ち。罰を受けるために歩きだす。

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 すぐに連行されてしまった、敷地内の地下にある座敷牢に。
 裸に剥かれて調べられ、嘲笑われる。
 必死の懇願でひとまず去勢は保留となったものの、裸身の検分は続き、あますところなく写真も撮られた──四季彩の顧客に見せるのかもしれない。
 かつて身体を交えた男たちはまだ四季彩に通っているのだろうか、と、嬲られながら楓は思う。
(俺を覚えてくれてるんだろうか……)
 分からない。忘れてしまったのならそれはそれでいい。もしも覚えていたとしたら帰ってきたと知り、笑うのだろうか、侮蔑するのだろうか、心配してくれるのだろうか……予想がつかない。
「陰毛はどうしますか、秀乃さま」
「つるつるにするのも趣が無い、成犬だから、多少は剃り残すか」
 秀乃の判断を聞き、楓はコンクリートの床に土下座する。
「あ、ありがとうございます……」
 性器を取り除かれることに比べれば剃毛などいくらでもされてよかったが、四季彩への忠誠と反省を表すため、額を擦りつけた。
 姿勢を正すと、続けざまに乳首と乳輪の色艶、形、サイズなどを調べられる。両手でいじられた乳首は敏感に屹立し、ペニスもさらに張りつめさせる楓だった。先走りの分泌を見つけられ、従業員につままれる。その刺激にさえ楓は感じ、眉根を寄せて震えてしまう。
「検分の最中に分泌とは、淫乱にもほどがあるな」
「本当に反省してるのか」
 従業員たちに、軽くだったが、竹刀で背中を叩かれもした。楓はひたすら頷くしかない。
「よし、商売道具を見せてもらおう」
 そう言われただけで次はなにをするのか察する。
 自ら四つん這いになり、思いきり尻を突きだした。
「ためらいなく痴態を披露出来るのは、偉いな──」
 竹刀で尻肉をつつかれながら、秀乃から賞賛を得る。
「人間としてのプライドはお前には無いのか?」
 絶望的なほどの羞恥を噛み殺し、楓は声を震わせた。
「お尻のチェック、お願いします……!」
 シャッター音とともに光るフラッシュ。
 従業員の指先で尻孔を広げられて複数人に覗きこまれ、接写もされる。恥ずかしさだけでなく確かな恍惚もあった。精神的な苦痛に心がちぎれそうになりながら、この異様な状況に楓はうっとりしている。肛門と陰嚢を幾度となく撮られて興奮は高まり、はちきれんばかりに実ったペニスからまた、ぽたりと、淫蜜がこぼれる。
 マゾヒストだということを嫌というほど思い知らされた瞬間だ。
「この、助平肉便器が!」
「……あぁああッ……!」
 いくらか強い力で尻を叩かれ、座敷牢に響き渡る乾いた音とともに、思わず大きな声を漏らしてしまう楓だった。

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 麻縄で縛りあげられた、楓の裸身。
 頭上で手首をまとめられ、開脚したポーズで固定され、吊るされていた。しなる背筋。引き攣る下肢。不自由な姿勢で緊縛されるのは楓にとって負担が大きい。けれど苦痛だけではなく、痺れるような恍惚も楓を蝕んでいる。
「あ……、ぁ……、うぅ……」
 晒けだした後孔を複数人に撫でられている事実も、楓を悦ばせ、鳴かせる。
「……ぁあ……あ……」
 ローションにぬめる中指を捩じこまれた。乱雑に蠢く。快楽を与えるというよりも、やはり、内部を調べる検分の掻きまわし方だった。それでも楓は感じる。
(気持ち、いいッ──……)
 うっとりする楓は薄目を開き、ぼんやりと見下ろす。遊郭の従業員たちは呆れ顔だ。身体検査にも、罰にも、感じてしまっている楓を前にして。
 秀乃はというと、いつのまにかいない。去ってしまっていた。
 確かに陰鬱な座敷牢など、当主が長居する場所ではないだろう。
「どうしようもない、卑猥な猫だな、こいつは」
 小刻みに指を動かされるのも気持ちいい。侮蔑の言葉にたまらなく恥ずかしくなって、また楓の性癖は甘く焦される。
「あッ、あっ……ひう、ぅ……」 
「勃ちっぱなしだぞ」
 尻穴を弄られながら性器を揉みしだかれ、掴まれて扱かれる。嬲りにともなって、ぐちゅぐちゅといやらしく鳴る音も楓には悦かった。そう、楓は鼓膜でも感じている。
 挿入されるのは指に留まらない。留まるはずがない。あてがわれる張形の亀頭。ゆっくり進んでくる感触に、楓は瞼を閉じる。
「あぅう……」
 楓のナカを押し拡げてくれるから──酔いしれる。
「凄いな、スムーズに全部飲みこんだ。現役を離れていたとは思えない。さすがは遊郭の外でも男に股を開いていただけあるな」
「道端でも身売りとは……どうしようもない色気違いが!」
 十四歳で逃亡しながら生活費を稼ぐには売春も仕方なかったと、まっとうな理由は口にできそうになかった。口答えと見なされて罪が重くなるだけ。耐えるしかない。
 ずるりと引き抜かれた張形。排出感に楓は息を吐く。
 ローションの糸を引きながら、楓のアナルは物欲しそうに開いたままだ。
 座敷牢には様々な小道具が運びこまれてきていた。ディルドの種類は豊富で、いま挿入されたものより極太のディルドや、凶悪なほど長いもの、おぞましく特殊な形をしたものまでずらりとそろっている。
(あれを……、全部、試されるんだ……俺は……)
 認識して、楓は絶望を覚える。
 しかし、それだけではなく、妙な期待も心の片隅に渦巻く。
 夜明けまでされる拷問を想像すれば、張り詰めた肉茎はヒクっと震えた。