酔芙蓉

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 晩秋深まるころ、楓の処置が決定した。
 別館『芙蓉』で、外出禁止の軟禁に加え、訪れる客を休みなく売春でもてなすこととなる。違約金の数億円を返し終えれば自由の身となるが、事実上は終身刑に等しい。
 別館に収容された娼妓は心身ともに壊れるものと決まっていた。ろくに休息も与えられずに過激なプレイも行わなければならない。弱りきって命を落とす者もいる。生き延びて此処を出られても、ボロボロになっていてまともに社会復帰などできない。
 末路は、客が性玩具として貰い受けるパターンが主だ。

 幽閉される日、後ろ手に縛され、首に括られた縄で引かれる楓は、全裸で竹林を歩く。
 従業員に囲まれて最後の散歩を行う姿は、狂った花魁道中だ。
 命じられるがままにマーキングのように尿を漏らし、便をひり出す楓は羞恥で表情を歪めてはいたが、辛さを噛み殺し、完璧に従う。排泄後、拭いてもらうために自ら地べたに手をついて四つん這いで尻を突きだす楓に、再調教は完遂されたと満足する従業員たちだった。
「どうだ、外の空気を吸えるのも最後だ、思い出に青姦でもするか」
 思いつきの一言で、楓は、遊郭を包む竹林で彼らと交わる。
 布団の上での交尾とはまた違う恥ずかしさや背徳感に、痺れている楓が、確かにいた。
 済ませると尻から濁液を垂らしながら練り歩きの再会だ。行為の余韻でよたつく足取りを笑われ、それでまた興奮するのだから、楓自身にも自分のマゾ性が手に負えない。 
 勃起から先走りを滲ませ、胸を尖らせ、体液に濡れた火照る裸身で、楓は罪を犯した娼妓が収容される別館『芙蓉』の扉をくぐった。

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 大正時代に建てられたモダンな洋館は、鳥が翼を広げたようなかたちで建っている。左翼が男娼部、右翼が娼婦部となっており、楓に与えられたのは左翼の最上階奥だ。
 部屋のつくりは豪奢なものの、部屋は朽ちるに任せて荒れ、蜘蛛の巣も張っている。
 案内された楓が、掃除道具を欲すると、芙蓉館に所属する従業員は不思議な顔をした……此処に堕ちてきた娼妓でそんなことを言う者はこれまでいなかったらしい。
 此処に来て数日後。いまも昼食を持ってきてくれた従業員が、ぽかんと眺めてくる。やっと着衣を許され、ボクサーパンツにカーディガンを纏った姿で、リビングの壁を拭く楓を。
 振り向いた楓は意識せずに微笑っていた。
「ありがとうございます。そこに置いてください」
 そんな対応にも戸惑ったかのように、従業員の男は猫足のテーブルにトレイを運ぶ。そのテーブルも薄汚れていたものを楓が磨いて綺麗にした。雑巾を窓際に放り、楓は尋ねる。
「ベッドの件は、どうなったんですか?」
 部屋の寝具は不快に軋み、マットレスも破れている。だから使えるものがあれば本館から運んできてもらえないかと楓は頼んだのだ。
「……それが、芙蓉館に貸すようなベッドは無いと断られまして」
 予想はしていた。それならばと思いながら、楓は提案した。
「じゃあ、俺の違約金に上乗せして新しいものを買うと言ってください。それなら首を縦に振るんじゃないか。俺の借金が増えるのは、べつに、四季彩の人たちにとって構わないと思う」
 男は本気で驚いている。
「……そんなことをしたら、此処を出れる日がさらに遠のきますよ!」
「家具を買ってもはした金だし、あんなベッドで寝るなんてお客さんに申し訳ない」
 早速訪れた客とのプレイには使っていない。ソファのほうがましなので、そこで及んでいる。
「許可が下りたら、他のものも色々揃えたいんです」
「わ……かりました、本館に掛けあってみます……」
 一礼して男は出ていく。最初から最後まで戸惑いを滲ませた態度だった。
(また駄目だったら、那智に話をしてもらおう。あまり力は持ってないっていうけど……)
 楓自ら訴えるよりはましだろう。他に親しくしている越前谷家の人間を思い描き、早百合の姿が浮かぶ。しかし、楓は眉根を寄せ、すぐに思考から追い払った。もう早百合はいない。克己のように罰せられることはないものの、追放処分となった。芦屋の実家に身を寄せているらしい。
(だけど……克己とおばさんが……そんな関係になるなんてな……)
 未だに信じられない。楓は洗面で手を綺麗に洗ってから、リビングに戻った。
 テーブルに置かれた、琺瑯の器に盛りつけられているのはヨーグルトに数切れの梨、添えられたミント。とても成人男性の胃袋を満たすようなメニューではないが、懲罰中にくらべれば格段にましだったし、少年男娼だったころの食事と変わらないので楓には慣れたもので、平気だった。ありがたく食べている。
(秀乃とは……検分の夜から会ってないな。多分、罪を犯した娼妓とは会わないんだろう)
 器から梨をつまみ、齧った。
(当主らしくあろうと気負ってるって那智が言ってたけど、そんな感じがした。本当は秀乃は繊細だから──……)
 楓の立場では、彼に無理をするなと伝えることもできないし、聞き入れることもしないだろう。
(五年も経ったんだ。当たり前かもしれないけど、四季彩もいろいろと変わったな……)
 仲良くしていた同年代の少年男娼たちも、いない。
「ん……?」
 寝室のほうから視線を感じて振り向いた。
 当然ながら無人だ。それでも楓は器を持ったまま、素足で歩み寄る。かすかにカーテンが揺れた気もしたが、気のせいだったかもしれない。

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 納得のいく部屋になるまでは客を招きたくなかったから、葵から受け取った携帯電話のメモリを探って連絡はしていない。それでも噂を聞きつけて訪れる者はいた。興味本位でやってきた面識のない客もいるが、昔よく指名してくれていた馴染みの客もいる。
 今宵は後者だ。
 暮林は、楓が遊郭に来たばかりのころから指名してくれている。
 入室するなりきつく抱擁された。それから、自分で慰めるさまを見せて欲しいと命じられ、楓はソファにゆったりと身を沈ませた。……意識せずに漏れる吐息。
「……ん……っ……」
 基本的に楓は演技で喘いだりはしない、自然に酔いしれることができる。下着を脱ぎ、中途半端にカーディガンを素肌にまとわりつかせた姿で扱く。
 スツールに腰かけた暮林からの視線を、痛いほど感じながら勃起させていった。
「そんなにじっと見られると……照れくさいじゃないか……」
「照れくさいのが悦いんだろう。楓くんは」
「…………」
 長年のつきあいで、性癖など見透かされている。恥じらいに唇をきゅっとつむり、弄んでいく。
 分泌された先走りでクチュクチュといやらしい水音が、生まれはじめた。静かな部屋に音が響くことも楓を辱め、性感を高める。
「ずいぶんと大人になった。陰毛すら生えそろっていなかったのに」
 欲情した性器を覗きこまれても、楓は手淫を止めない。
「包皮も剥けて、サイズも──。さすがはお父さんになったおちんちんだ」
「うぅ…………」
 まじまじと観察されつつ、楓はペニスだけでなく、胸元にも指を這わせる。右手で扱き、左手で乳首を嬲るさまは満足げに微笑まれる。
 言葉に出されずともその瞳にリクエストされたような気がして、楓は股間の昂りを放り、胸元の弄りに専念する。なにをして欲しいか分かってしまうのも、長年の関係がなせることかもしれない。
「こちらはあまり変わっていないね……褒め言葉だよ。ピンク色で可憐なままだ」
「可憐、じゃないぞ」
 愛撫しながら、楓は首を横に振るう。顔もしかめてしまった。
 遊郭を離れてからも男に身体を抱かせてきた。生活費を稼いだり貯金をするためには仕方なかったとはいえ、まっさらな身体ではない。
「いいや。楓くんは至純だ」
 暮林は微笑み、髪を撫でてくれる。キスをされれば胸の痺れと官能が混ざりあい、楓の肉茎からまた新しく淫らな雫を零させた。

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(……あぁ、恥ずかしい……)
 連日の懲罰を耐えた尻孔と睾丸を眺められ、楓の頬は朱に染まる。
(こんな姿をミサに見られたら……、……ミサは、俺のどんな姿を見ても、嫌いにはならない……はずだけど……)
 それでも羞恥はとめどなく溢れるだろう。想像すると余計に恥ずかしくなってきた。
(ミサもセイも、いまごろなにをしているんだろう。もう寝ているんだろうか……ポラリスを見て、くれているんだろうか……)
 仕事中にも関わらず、ふたりの姿が脳裏に浮かびあがり、楓はハッとした。
(……駄目だ……接客に集中しないとな……)
 瞼を閉じる。熱く吐息を漏らす。遠ざかっていく、歩き去る、手を繋いだ美砂子とセイの後ろ姿。
 楓は快楽に身を寄せる。優しく囁かれながら、臀部を撫でまわされる。
「一度、達しておくか?」
「漏らすところを暮さんが見たいなら……」
「じゃあ、このままお尻で遊ばせてもらおう」
 性器を弄ぶのはやめるように命じられ、楓は暮林が嬲りやすいように腰を突き上げた。
 揉みこまれたり、撫でられたりする。楓は表情をとろけさせ、されるがままに委ねていた。
 肛門に舌先が這えば、固く目を閉じてしまう。ビクッと震えもした。
「う……ぁ……、あ……、ぁ……」
 こんなところを味われることに対して生まれる妙な背徳感や羞恥も、楓を酔いしれさせてくれる。
 再調教のように乱雑に扱われても感じて、こんなふうに優しく虐められても感じてしまう。自分の身体の貪欲さが怖くなる、どんなプレイにも悦を見いだす──
(いいんだ──……何処までも堕ちても……此処は遊郭だから……)
 そう思うことで、快楽に狂っていくことの恐怖は和らぐ。大切な存在と離れて暮らす寂しさも、悲しさも、わずかに慰められる。
 茜が言ってくれた。四季彩を離れれば貪欲な淫乱さはまた薄れていくだろうと。穏やかな日常にかき消され、忙しくも充実した生活に追われて倒錯した悦びはきっと幻になる。
(お客さんも……現実(そと)では楽しめないことを楽しんでる……そういう場所なんだ)
 此処は金さえあれば酒池肉林をも作りだせる場所と語る客もいたが、その通りだ。
「あ……、ぁああ……、ん……ッ……!」
 激しく舌で抉られ、啜られ、唾液を垂らし、ぞくぞくとした快感に蝕まれていく。

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 ローションの瓶を傾けられた。すんなりと後孔にではなく、腰骨に垂らされて撫でられ、もどかしかった。巧みな焦らしはよりいっそう性感を高めてくれる。
「あの……、暮さん……」
 塗り広げられつつ、楓は裸身をもぞつかせた。
「俺ばかり気持ちよくて、なんだか、悪い気がするんだ……」
 暮林はまだワイシャツの袖を腕まくりした着衣のままだ。
「いい。きみはそのままでいなさい。大人になった楓くんをすみずみまで堪能したいんだよ」
「…………」
 そう言われてしまうと、ただ身を任せるほかない。客の意向に従うのみだ。ローションにまみれた手で睾丸を掴み取られれば、楓の素肌はざわりと心地よく鳥肌立った。
 艶めかしく撫でられる時間に浸り、素直に吐息を零す。
「……ん……ぅ……、ふ……」
 やっと人差し指が蕾に触れると、歓喜からいちだんと大きく震えてしまう。両腿を揺らした。
「あ……ッ、ぁ、あぁ──……!」
 捩じこまれながら肉茎を握られるとたまらない。
「すべて飲みこんだ。いやらしさはおなじだな、子どものころと……」
 人差し指をはめこまれたまま性器を触られる快感に酔う。当然のごとく中指も添えられて二本を咥えこみ、やがては薬指も交えた三本の抜き差しに移る。
「ひゃっ……!」
 ある瞬間に引き抜かれ、同時に男根からも手を離されれば、勃起しきってはしたなく揺れた。
 痴態はまた暮林を悦ばせたようだ。声を出して笑われる。
 それから突き立てられるのは細身のアナルバイブ。ローションとともに猫脚のテーブルに並べられていた、いくつかの性具のなかから選ばれた。楓はいつもの夜のように今宵もまた、まるではじめて味わうかのように入り口の襞をひどくヒクつかせ、悶え、瞼を閉じて酔いしれた。
「あ……、ぁ……、……」
 美味しそうに奥までズブズブと咥えこむ。抜き差しされながら片手で玉袋を取られたり性器を握られたりすると、楓はよりいっそう夢中になれた。スイッチが入れられると目を見開く、わななく震えとともに。全身を貫く電流めいた悦楽に、もっと堕ちてしまう、自分は駄目になってしまう、楓にはそんな想いが湧く。

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「……楓くんにとって、ふたたび遊郭に捕えられたのは不幸なことだとは思うさ」
 性器はろくに愛撫されずとも、興奮と、尻孔への刺激と反応し、屹立を続けている。
「しかし、幸せを覚える俺を許してくれ……」
 玩具を引き抜いた暮林もソファに座った。愛おしむ指先でガーゼの眼帯に触れられてから、外される。室内はそれほど明るくなかったが、めくられた瞬間は眩しい。
 琥珀色の左目を認めて暮林は笑む──その微笑みはひどく切なげだった。
「成長した君ともう一度逢えるなんて……」
 改めて抱きしめられる。楓の表情も切なく染まる。暮林は以前指名していた男娼を自殺で亡くした。恋人との心中だったという。
 続けざまに奪われる唇。熱く舌を絡めて溢れる唾液。長く交わしたあとにやっと途切れる。
 楓からも腕をまわしてすがりつく。
「突然いなくなって……ごめんなさい。俺はもう二度と急に消えたりしない……」
「五体満足で無事に生きていたのだから、良いんだ。それに今回のことは事情があった。仕方なかった。苦労しただろう」
 優しげな眼差しでねぎらわれると、またこみあげる切なさ。
「苦労だなんて……当たり前の事なんだ、大切な自分の家族を守りたいと思うのは」
「本当に大人になった──」
 感慨深げに髪を撫でられた。楓はすべるように身を伏せて暮林のバックルに手をかける。芯を帯びつつあるペニスを取りだすとき楓はどきどきしていた。肉感も、匂いも、楓を酔わす。
 しゃぶりつけば、もちろんその味にも痺れる。味わったあと、正常位であてがわれて、挿入ってくる猛々しさに意識は眩みそうになり、自然に瞼を閉じる。
「……あぁあッ、あッ、あ……!」
 律動がはじまり、揺り動かされるたびに悶えてしまう。
「あぁ……ぅ、あ……、ンぅ──……」
 暮林に両脚を抱えられて突きこまれ、所在なく両手の指を這わせた。暮林の腕を掴んだりもした。
 小刻みな抽送も、焦らすようなスロウな蠢きも、どれも楓を悦ばせる。
(……なん……だ……?) 
 蛍のような光が天井をゆらめく。気のせいだと思った。快楽に蝕まれて視界がぼやけているのかもしれない。揺れながら髪を掻きあげたとき、ガーゼの眼帯をしていないと思いだし、蛍は現実味を帯びる。錯覚ではない──
「どうかしたかな……」
 愉悦のなかで、撫でられ、優しく尋ねられる。
「なんでもない……んだ……」
「また……なにか、視えたのか?」
 暮林にはお見通しだ。楓は薄笑んだ。勃起を維持する性器を握られ、刺激にぶるっと震えながら。
「きれいな……ひかり、だ……、飛んで、る……」
 視線で追いかけると光は出入り口の扉に向かっていく。扉にもたれて立つ弟──茜がいた。楓とおなじ姿形がチャイナドレスを纏っている。犯されながら目があうと茜もまたふっと薄笑みを零した。
 そのかたわらで、光は人の形を帯びていく。みるみるうちに少女の姿になる。艶やかな着物を纏った身体つきは小柄で美砂子よりもあどけない。
 艷やかに伸びた黒髪。大きな瞳が瞬く。虹彩は両眼ともに琥珀色をしていた。
(まさか……)
 茜は唇をゆるめたまま、少女の肩を抱く。
「母さん」
 うつむく少女の黒髪がさらさらと揺れた。