舞台上では、ウサギの耳のカチューシャを着け、厚底のパンプスを履き、それ以外は一糸纏わぬ少年たちの演目が繰り広げられている。
 一列に並び、フレンチポップスのBGMに合わせて尻を振るさまは圧巻だった。
 やがてひとりずつ順番に尻を突きだす。自らの手で尻肉を左右に開き、これ以上ないほどに肛門を晒し、客に笑われながら鑑賞してもらう。楓は男娼の仕事を通じて知っていることだが、やはりひとつとして同じ色形のアナルは無く、それぞれの個性が表れていた。年齢にそぐわない濃厚な性生活の影響か、変形して拡がった肛門の子も多い。
 陰部にピアスの光る子や、腰や太腿に刺青の入った子もいる。
 肛門の披露だけで終わるはずなく、全員、ウサギの尻尾のついたバイブを嵌めこんでいく。ジェルを塗るのも、挿入するのも舞台上の少年同士だ。それぞれの尻の開発具合に合わせた太さや形状らしく、まだ小ぶりなモノを嵌める子もいれば、楓でもぎょっとするほどの長く極太なモノを呑みこんでしまう子もいた。
 ラストは全員前を向き、バイブのスイッチを入れて、感じながらのラインダンス。
 隣同士で腕を組み、曲に合わせて一生懸命片足を大きく上げる。頬を羞恥に染めて、後孔のうねりに感じて乳首も性器も勃たせ、震えて喘いで、頬に涙をこぼしている子までいたが……それでも懸命に全員笑顔を浮かべ……必死な踊りは客を喜ばせ、歓声と拍手は凄かった。
 3人ほど、踊りの途中でバイブが抜け、床に転がって滑稽に振動音を響かせる。2人は射精に至り、飛沫を散らして隣の少年も汚し、絶頂後はフラフラで今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
 それでも演目を止めてはいけないらしく、彼らは最後までノンストップで踊る。
 粗相した少年たちには、舞台を終えた後に懲罰が待っていることだろう。連帯責任で全員罰せられるパターンは遊郭では時々あったので、彼らもそういう調教方針だとしたら、ミスをした本人はさらに辛いなと楓は思った。
 演目はさまざまに続き、輪投げ用の輪を勃起したペニスで回してみせる曲芸や、フェンシングのように勃起をぶつけあう羞恥芸も魅せてくれる。その少年2人組は後ろ手にリボンで縛られ、自分たちで性器に触れることが出来ない。性器と乳首の擦りつけだけで射精に至ると、客たちは惜しみなく拍手と歓声を送る。ラインダンスの少年たちよりも年上だからか、絶頂後もよろけることなく舞台に立ち、堂々としていた。
 照れくさそうにはにかみながら客席に礼をして、お互いを見て作り笑顔ではなさそうな素の微笑みを浮かべ、舞台袖に帰っていく。
 ホールに来る途中の廊下でも感じたが、ある程度船上生活の長そうな少年たちは落ち着き、催しを楽しんでいるような余裕すらもある。
 決して、恐怖だけで支配されたり、管理されている訳でも無いらしい……この客船を運営し、少年たちを調教・飼育するスタッフは飴と鞭の使い方が上手なのかもしれない。
 残酷な性癖の客には退屈かもしれないが、ある程度はのびのびさせてやったほうが、少年たちの接客に安定感が出るだろうし、不満も少なく、徒党を組んで反抗されることもない。
 この船は運営方針において過激を極めるより安定を選んだのだ。
 総支配人の顔をますます見てみたくなる楓だった。
 舞台は暗転し、次の演目の準備が始められる。響くアナウンスはまず最初は英語で話されるが、日本語も流してくれるのでありがたい。

『今夜のショータイムは、次の演目で最後でございます』

 楓はぼおっと舞台を眺めている。セイの姿は見つけられなかった。見落としてしまったのだろうか……見落としたとすれば最初に出てきた目隠しの少年たちの中にいたのかもしれない。
 それとも、セイはこの船に乗ってすらいないのか?

(いや……奴隷商人のルイから買ったのは確かなんだ……)

 何度目なのか分からないため息がこぼれた。周りの客たちはとても楽しそうなのに、楓だけが重く沈んでいる。この場に自分はとても不釣り合いだなと思う。
 従業員たちの間では今頃、楓の経歴は丸裸に調べられているかもしれない。四季彩の男娼でセイの父親だと知られたら、つまみ出されるか、それとも『始末』されるか……ホテルに美砂子を残してきて、やはり良かったかもしれない、危険な目に遭わせたくない。
 舞台には、明かりが点く。
 あたたかな暖色系の光だった。セットとして飾られたアンティークなランプも瞬いた。
 流れだすイントロはサックスとピアノで、ゆったりとした音調。中心に置かれているのはスタンドマイク。最後は歌の披露らしい。
 アナウンスは紹介する。

『新顔なのでまだ大した芸はできませんが、とびきりいい声で歌いますよ──……セイ!』

 楓の息は止まりそうになった──

「…………!!!!」

 身を乗りだして、前の座席の背を掴む。

(……セイ……!!!)

 言葉にならず、唇を動かして名前を紡ぐ……

(……清志郎………!)

『Sing with a beautiful VOICE!!』

 素足で現れた少年は、確かに、我が子でしかなかった。
 床に引きずるほど長いガウンを羽織っているセイは、それ以外は裸身で、首輪だけを嵌めている。
 ガウンと首輪の色は黒で、白い肌との対比は芸術品のように綺麗だ。華美に着飾っていないから却って美しさが引き立っている。
 そう、セイは美しかった。
 楓の知っているセイは可愛らしい男の子だったが、いま目の前にいるセイは幼くも色気を纏い、愛らしいというよりも美しいという言葉が似合う少年になっていた。
 灯りの演出や、軽く施された化粧やヘアセットのせいだけではない。親だから違いが分かる。
 この色気は内側から滲み出ている。官能的な世界に足を踏み入れたからこそ身に着いたのだろう。
 たった2か月半でここまで変わるのかと、驚愕にまばたきも忘れて見つめる。
 アナウンスは途切れ、ホールに流れるのは曲だけになり、セイは歌いだす。  甘やかな声と表情で伝えてくれるのは英語詞だ。
 セイは体育と音楽は5だった。歌うのが好きな子どもだった。しかし、これほどまでに上手くしとやかに歌える才能があったなんて知らなかった。しかも英語の歌をだ。
 船で仕込まれて開花したのかもしれない……。
 間違いなく知っているセイと、初めて目の当たりにするセイが同時に存在しているような感覚。楓は表情を歪め、椅子の背をぎゅっと握りしめながら、哀しみと再会できた嬉しさと──様々な感情を交錯させてしまう。
 客たちの多くは聞き入っている。楓の近くに座っているあの日本人の客たちも「上手いなぁ」と感想を漏らしていた。

「こんな船に乗ってなかったら、天才少年だってテレビに出てますよね……」
「動画なら100万とか、余裕で再生されるって、これ……」

 ただ歌いあげるだけで済むはずがない。間奏では、セイは腰をくねらせて性器を揺らす。ふるふると揺らしているうちに勃起していき、セイは恥ずかしそうに頬を染め、それでも何処か嬉しそうでもある。羞恥に悦んでいるのは確かだ。
 歌いながら両の乳首をいじりまわしたり、曲に乗せて喘ぎ声も披露する。マイクを通しているからホール中に淫らに響き渡っている。

『あ……ん……、あぁあんっ……、あん……、……』

 感じながらも2曲を歌い終えたセイは、拍手喝采の中、勃起したままのペニスに小さな籠をぶら下げて客席に降りてきた。少年のペニスでも運べるほど軽いものなのだろう。
 籠には色とりどりの花が入っていて──本物の花なのか、造花なのか、楓の席からは判別できない──客に配り歩く。大人たちの腕が伸びて、花を掴んで、ついでにセイの髪を撫でてやったり、尻を揉んだりして愉しんでいる。花はすぐに無くなり、最後には籠さえも持ち去られてしまう。
 身軽になったセイは舞台に引き返していく。楓の座っている5列目までは来なかった。
 楓はきゅっと唇を噛んだ……後姿を見ていると込み上げる感情を抑えきれない。

「……セイ……」

 つい、名前を呼んでしまう。指名でもして後から改めて対面したほうが、此処で呼び止めるよりかは穏便に話が進むかもしれない。そんなことは分かっている、けれどもう無理だった。
 それほど大きな声で呼んだわけではないが、セイはびくついて震え、立ち止まって振り向く。
 薄暗い客席でも楓の瞳とセイの瞳は視線を交え、楓だと認識した瞬間、セイは大きな瞳をさらに大きく見開く。

「あ……、……お……、おとうさん……!」

 セイの言葉にざわつく会場。客たちは辺りを見回し、セイの視線の先にいる男を探す。

「おとうさん、どうしてここにいるのっ……なんで……、どうしてなの……?!!」


   ◆ ◆ ◆


 有無を言わさずに、楓はスタッフたちに連行されてしまう。
 彼らに囲まれて廊下を歩き、辿りついたのは事務室のような空間。
 並ぶデスクと椅子──そのうちのひとつに座らされ、これからどうなるのかと思っていると、温かな紅茶を出される。
 乱暴に扱われるかもしれないと身構えていた楓は拍子抜けしつつも、ありがたく味わった。
 美味しい。温かさにも癒される。
 そして……喉がカラカラに渇いていたことに今さら気づく。
 そういえば、客席で頼んだ飲みものにはほとんど口をつけていない。真剣にショータイムを眺めていたから、自分の喉が渇いているのも分からなかった。
 しばらくして、見覚えのある顔が事務室に現れる。コンシェルジュの燈比だ。どのスタッフも彼にかしこまったように頭を下げるので、楓は少し違和感を覚える。燈比の階級は高いのかもしれない。
 燈比はスタッフたちを下がらせた。
 広い事務室に、楓と燈比はふたりきりになる。
 楓の隣席に腰を下ろした燈比は、椅子のキャスターで軽く揺れながら、手元の書類を見ていた。

「さて……」

 一息こぼしてから、燈比はデスクに頬杖をつく。

「この船には長く乗ってるけど、初めてだ、船まで子どもを取り戻しに来るなんて親は……」

 それから、ちらと楓を見た。

「ユー・ルイ氏の紹介と言えど、他の客とは毛色が違うから、不思議には感じていたが」

 何でもないことのように「経歴を調べた」と、さらりと述べられる。ぞんざいな口調で。

「マフィアに照会してもらったら、すぐに日生楓のデータが出てきたよ。あんた、息子の居場所嗅ぎまわって、裏社会の奴らに目ぇつけられてたのか?」

 楓はリーを思いだす。上海の裏路地、少年たちが売春をするバーで出会ったあの男だ。

「目をつけられたっていうより……船の存在を教えてくれた男が、多分マフィアだったっていうだけだ」
「そういうことか。あいつら、俺からもあんたからも情報料を取ったのか。相変わらず商売上手だな」
「……」

 少し違う。楓には金を要求しなかった……売春船よりも楓に肩入れしてくれたのかもしれない。
 燈比は胸ポケットから銀色の名刺ケースを取りだして、1枚、名刺を楓に渡してくれた。

「お客様には極秘にしているが……もう、あんたは客じゃないから」

 受けとった楓は驚き、少しだけ目を見開く。記されていた肩書きはコンシェルジュなどではなく、他のスタッフたちがやたら頭を下げていた理由が分かる。
 燈比はスーツの脚を組んだ。

「この船の総支配人は俺だ」

 名刺に書かれている名前は『本城朋希(ほんじょうともき)』

「燈比は、男娼としての源氏名だ、支配人としては本名を使ってる」

 楓は率直な疑問を投げかけた。

「どうして隠すんだ?」
「その方が動きやすい。責任者の前では善人を装っても、一介のスタッフや少年の前では暴君なんて客もいるからな。隠していたほうが、楽園の規律を乱す者を見つけて、乗船禁止にしやすいだろ」

 なるほどと頷く楓に、意外なほど燈比は屈託なく微笑ってみせる。

「それに……無理やりこんな道に引きずりこまれたくせに、接客は嫌いじゃない。俺はまだ燈比としても生きていたいんだ」
「そう……か」

 楓は名刺をとりあえず傍らのデスクに置く。
 話し合いの余地はありそうだ。自分に似たものも持っている気がした。歳も近そうだ。
 楓は改めて燈比に向きあう。

「俺も男娼だ……いや、男娼だったし、少年男娼でもあった」

 過去形で言い直す。急に芙蓉館を出たので、辞めて三ヵ月近く経っても実感はあまりない。
 燈比はさっそく、セイについての核心に触れてくる。

「客との間に出来た子どもか、強制的に作らされた子というのが、妥当な線か」
「違う……」

 楓は首を横に振る。

「好きな女性との子どもだ」
「男娼の身で叶ったのか?」

 意外そうに、燈比は身を乗り出す。そして納得したらしく頷く。

「なるほど、命がけでも守りたいわけだ……」
「息子を返して貰う方法はないのか?」

 楓もまた核心を告げると、燈比は苦笑した。

「……言うと思ったよ。駄目だ。あんたがどれほど頭を下げても、金を払っても、たとえ命を差し出したとしても覆らない」

 右の手のひらを楓に向け、指を開く。

「旅団が買いとった金の5倍。それを少年本人が払い終えるまでは決して自由の身になれない」
「5倍……」

 思わず楓は繰り返しに呟いてしまう。とんでもない額だ。セイがどれほど高値で競り落とされたかは克己から聞いている。楓が越前谷家に支払った『違約金』の数億円よりさらに上だった。
 この船での一夜の値段がどれほどかは知らないが、きっと高額だろう、それでも完済までは長く時間がかかるに違いない。

(そもそも……払い終えれるのか……こんな金額を……?!)

 楓は深くため息をこぼし、額に手を当て、瞼を閉じる。
 せっかくセイが見つかったのに、セイの背負ってしまった運命はあまりにも強大すぎて、気が遠くなりそうだった。美砂子がこの場にいたら、泣き崩れているかもしれないな、とも思う……。

(どうして……どうして……セイがこんなことに…………)

 考えだすと思考は重苦しくぐるぐる回って、最後にはいつも自分を責めたくなる。
 駄目押しのように燈比は告げた。

「旅団の規律は絶対だ、あんたのいた遊郭もそうだったろう?」
「……そうだな、確かに……規律は、組織を運営していくためには大事なことだ……」

 現在の四季彩が駄目になりかけているのも、長老会が力を持ち、その規律が乱れ始めているからだ。
 頭では理解できる。しかし、それでも、子どもを助けたいと願うのは、親だからだ──
 楓は、燈比の瞳をまっすぐに見つめる。

「セイの払うお金を、少しだけでも、俺が代わりに払うわけにもいかないのか……」
「無理だ。あんたの気持ちは理解できるが、俺にはそれしか言えない。旅団の掟で、本人が払わないといけない」
「どうしてもか」
「どうしてもだ」

 頑なに譲らない燈比だからこそ、支配人の座についているのだろう、情に流されない。それでいて無意味に威圧したり恐怖を振りまくわけでもない。
 それなら──楓は頭を下げた。
 最後の頼みだ。

「だったら……俺と妻もこの船で働かせてくれ……!!」

 この場にいない美砂子に同意を取らず口走ってしまったが、美砂子もきっと乗せて欲しいと言うはずだ。楓と同じように、ひょっとしたら楓以上に、せめて息子のそばに居たいと願うだろう。
 燈比は呆れと感嘆が混ざったように、大きく息を吐いた。

「あぁ、そう来たか……」

 ゆっくりと顔を上げた楓に、燈比は呟く。

「そうまで必死になってくれる親がいて、セイ君が羨ましいな……」

 遠くを見るように目を眇めもする。寂しげな姿に、どんな言葉をかけたらいいのか、楓はとっさに思い浮かばなかった。
 燈比は席を立つ。

「あんたの申し出は保留だ、一応、他の従業員と協議する」

 垣間見せた翳りは嘘のように、毅然とした総支配人の顔に戻った。

「でもまぁ、ここまで探し求めて来たあんたの熱意にも応えたい」

「来いよ」と、手招きされ、楓は燈比についていく。
 事務室内の一角にある扉の前で立ち止まると、促すように顎でしゃくられた。

「ほら、開けろよ、感動のご対面だろう」

 燈比は煙草を取りだして、ライターで火をつける。
 まさか……この扉の向こうにセイが……
 楓は吸いこまれるようにドアノブを掴み、一気に速くなる心拍数を感じながら、勢いよく開いた。
 扉の向こうは応接室だった。革張りの重厚なソファに不慣れそうに座っているのは──さらさらの黒髪に、柔らかそうな唇、色白の肌、大きな瞳をした、女の子にも見えてしまう、愛らしい容姿の少年──清志郎──まぎれもなく楓と美砂子の間に生まれた大切な存在。
 舞台での装いを脱ぎ、裸身に纏うのはバスローブで、素足にはスリッパをつっかけている。
 シャワーでも浴びたのか、メイクも落ちていた。首輪もしていない。ひさしぶりの親子の対面に不必要なものだと気を遣われたのかもしれない。
 楓を瞳に映した瞬間、セイは跳ねるように席を立った。

「おとうさん!!!」
「……セイ……!!」

 楓は崩れ落ちるように膝をつき、セイを抱きしめる。
 この体温は……あぁ……本当にセイだ……そう思った。
 夢じゃない。幻でもない。
 初めて保育園に行く朝のセイも、やりとりする手紙の漢字が増えていく嬉しさも、小学4年生のときバスに乗ってひとりで会いに来てくれた感動も、一気に楓の脳裏に浮かんで駆け巡る。
 セイがもっと小さな頃日本中を旅していた思い出も、あの島で生まれた夏の日の情景も……何気ない日常のあれこれも……さまざまな想いが駆け巡り、抱擁を解けないでいる楓に、セイの声が響く。

「あのね、船に乗ってからもね、おれね、おとうさんに教えてもらったお星さまちゃんと見てたよ。2等星のポラリス、ほっきょくせい」
「そうか……、セイ……清志郎……」

 舞台で魅せつけていた蠱惑的な姿ではなく、最後に会った日と変わらない無邪気なセイにほっとしながら、腕をゆっくり離した。
 そしてセイをじっと見つめる。

「生きててくれて、それだけでも良かった……。大丈夫か……? いや、大丈夫じゃないだろうな……色々なことがあっただろう?」
「……おとうさん、泣いてるのっ……?」

 不思議そうな表情をされて、楓は眼帯で隠れていない右目に触れる。確かに少し潤んでいたから、すぐに拭い去った。

「泣いてない……」

 苦笑し、改めてセイを見た。

「ごめんな、セイを大変な目に遭わせたのは、俺の責任もきっとある。俺が──……」

 越前谷家に飼われる男娼だったせいで巻きこんだ。それをこの子にどう説明したらいいのか……四季彩の内情をセイに説明するべきなのか。そもそもセイは、楓がずっと男娼をしていたことも知らない。
 教えたくなかった、言いたくなかった。アングラな世界にセイを触れさせたくなかった。
 言葉を詰まらせ、考えを巡らせていると、セイははにかむ。

「大丈夫っ、へーきだし、きもちいいのすきぃ、おれー、学校よりぃ、せいどれいのほうがむいてるんだよ」
「セイ……」

 あっさりと言われた台詞に、楓は複雑な心境になる。

「でもー、おれがえっちだと……おとうさんは嫌?」
「どういう意味だ?」
「おとうさんとおかあさんにもう会っちゃだめなのかなぁ……って思ったの……こんなに、え、えっちだから……」

 セイは楓に触れたまま、恥ずかしげにうつむく。

「……おれねぇ、すごくいやらしいんだよ、マゾなの……」

 あぁ……………楓はぼんやりとセイ眺めつづける。
 とてもショックなのに、それでいて必然の性癖だとも感じてしまう楓がいた。
 セイは顔を上げないまま、悲しそうにぼそぼそと不安を打ち明けてくれる。

「こんなにえっちでへんたいだから、おとうさんとおかあさんの本当の子じゃないのかなぁって……」
「セイは俺の子だ」

 楓は立ちあがり、セイの両肩に腕を置いた。

「間違いなく俺とミサの子どもだ」

 セイはやっと視線を上げてくれたが、表情は不安げなままだ。セイの不安をうち消してやりたいから、断言する楓だった。

「いやらしくても、いやらしいから──……だから俺の子なんだ」

 セイは首を傾げる。そんな仕草も愛らしく、懐かしい。

「いやらしいからおとうさんの子なの……? どうしてなの……?」
「俺は、セイに話さないといけないことが、たくさんあったな」

 覚悟を決めよう……楓は自分にそう言い聞かせる。

「お父さんも、セイの歳から男娼だった。性奴隷同然で、大人に股を開いて育ってきたんだ。もちろん……望んで堕ちたわけじゃないぞ、セイと同じだ、堕とされたんだ」
「そうなの、おとうさん……」

 セイはあどけない表情で、楓を見上げてくる。

「おとうさんも、いやらしくて、男娼なの?」
「いやらしいお父さんは嫌いか?」
「ううんー、大好きだよ、おとうさんー」

 髪を揺らして首を横に振るセイに、楓は微笑った。

「俺だって大好きだ、セイが、どんなに堕ちても、えっちでも、セイのことが大事だし、かわいいぞ」
「かわいいって言われるのー、やだよー、おれ男だよ」
「かわいいんだ」

 楓は笑って、拗ね顔のセイを再び抱きしめ、黒髪も撫でてしまう。
 身体を離すと、セイは不満げに漏らす。

「……おれも……なにを知っても平気だし、おとうさんのことをきらいになんてならないよ。もっとはやく知りたかったぁ……ほんとうのこと……」
「ごめんな……」

 楓はやっとソファに腰を下ろした。セイも隣に座ってくれる。

「でも、話したくなかった──……教えたくなかったんだ。関わらせたくなかった、こんな世界に」
「おとうさん……やっぱり、えっちなことは、いけないことなんだよね……?」
「いや……別に、いけないことではないんだ……」
「だめなことじゃないのに、教えたくないの? なんでー?」
「それは……」
「むずかしいよー。おれ、まだしゅぎょう中だから、分からないこといっぱいー。おとうさんっ、男娼だったならおれに男娼のしごと、おしえてよ」

 邪気のない、澄んだ瞳で請われると、ため息がこぼれてしまう。

(……困ったな……)

 腕組みをする楓に、セイは無邪気なままで話す。

「ね、ケンジさんはげんきかな、ケンジさんいまなにしてるのかな」
「健次……?」

 まさか──……かすかに眉間をひそめてしまう楓に、セイは腕を広げて説明する。

「ケンジさん、おっきくて、かっこよかった、最初はこわいなぁって思ったけど、ほんとうはね、こわいひとじゃないんだよ」
「セイ、その男の人に捕まったんだな」
「そうだよー、それでね、かっこいいのにー、ふしぎなの。ちょっとおかあさんに似てるなってところがあったよ。口もととか、たばこの火のつけかたとか、ときどきふんいき」

 兄妹の事実を知らないセイにも、感じとれるものがあったらしい。
 開いたままの扉の向こうから、複数の足音が近づいてきた。楓もセイもそちらに目線をやる。売春船の従業員と現れたのは、他でもない、美砂子だ。
 そういえば事務室に連行される途中、色々と質問されて、泊まっているホテルも調べられた。
 従業員たちは美砂子を迎えにいったらしい──
 ロングスカートにスニーカーを履いた、ラフな装いの美砂子は、セイを認識すると瞳を大きく見開く。楓と再会した瞬間のセイの表情にそっくりだった。

「セイ……!!!」

 セイはソファから立ちあがって、楓としたように、美砂子とも抱きあう。

「おかあさん……!!」
「ごめんね、セイ、ママがお仕事に行かなきゃよかったのに……!」

 美砂子は涙を流して小さな身体に腕をまわし……そんな姿を眺めていると楓の心は切なく軋んだ。
 セイは首を横に振るう。

「……ううん、おれも、おかあさんの言ったことまもれなくてっ、ごめんなさい……!」

 楓には泣かずにいたセイが、ぼろぼろと涙を溢れさせる。
 セイも気にしていたのだろう、美砂子のいいつけを守らなかったことを。

「ごめんなさぁいっ……!!!」
「謝るのはママのほうなの、ごめんね、セイ、ごめんね……!!」

 美砂子は繰り返し「ごめんね、ごめんね」と謝り続けた。

「生きていてくれてよかったよう、よかったよう……!!」

 楓も席を立って、美砂子とセイのそばにしゃがむ。泣いている彼らの肩に触れる。
 楓の涙腺もまた緩んでくる……。
 先のことを考えると不安ばかりだけれど、とりあえず今は……再会できた喜びに浸っていたいと思う楓だった。