4 月 1 3 日 2 3 : 4 5

 性奴隷のオークション──常識的な世界で生きている者ならば反吐が出るに違いない、身の毛もよだつパーティー。

 定期的に様々な場所で行われるが、今夜は海上、豪華客船で開幕し、スムーズに進行して滞りなく終わった。
 訪れている客は、自分自身で愛玩するために落札する者もいれば、著名人の代理人もいれば、さらに高値をつけて他の人間に売り渡す目的のバイヤーなど多岐に渡る。
 売買には参加せず、ただ異様でおぞましい雰囲気を楽しむために来ている者もいた。
『商品』たちにとって落札された先の人生は運でしかない。
 大切に愛玩してもらえるのか、昼は労働力・夜は愛人の人生になるのか、劣悪な環境で売春の日々となるのか。
 売られる先は国内か、海外か。
 長く生きられるのか、短命に終わるのか。
 いつの日かまた自由な人生を取り戻せるのかも、運に左右される。
 そもそも、性奴隷に堕ちる羽目になったのも──例えば、借金を抱えたせいで堕とされたのなら自業自得という面もあるが──その辺で誘拐されて連れてこられた人間もいる、運が悪すぎたのだ。

 そんな理不尽で残酷で……そして残酷だからこその美しさも放つグロテスクなパーティーに……大貴も出席していた。
『商品』として売られるためではない。宴の開催に関わる裏組織『FAMILY』の抱える少年男娼として、フロアに淫靡な花を添えるべく、客たちの輪を回って多少の会話をしたり、好きに身体を触らせたりする。コルセットにショートパンツ、ロンググローブと、普通の少年は身につけないSM嬢のような装いで妖艶な笑顔を浮かべれば、こんな宴に来る性癖の者たちは嬉しそうに寄ってくる。

 パーティーも閉幕に近づき帰港すると、さっさと船を下り、長田の運転する車に乗った。ウインドブレーカーで淫靡な装いを隠し、海沿いのシティホテルのプレミアムスイートに戻る。
 すでに昼間チェックインし、控室のように使っている一室だ。
 これから、同じホテルの違う部屋で接客をする。あらかじめ予約を入れてくれていた客で、今夜の宴にも訪れていたが、売買には参加せず雰囲気を楽しみに来ている人種だった。いつもと違う場所で大貴を見るのも楽しみのひとつだったらしい。
 シャワーを浴び、ボクサーパンツ姿で、適当に持ってきた服たちをベッドに広げて何を着ていくか迷っていると、玄関で物音がする。
 祥衛が入室してきたから、大貴は笑顔を向ける。

「おかえり、ヤスエ、お疲れさまっ」
「……」

 無表情なのも無口なのも、いつも通りの祥衛なので、返事がなくても大貴は気にしない。
 祥衛も大貴と同様にFAMILYの少年男娼として、残酷なパーティーに出されていた。装いは女性もののスプリングコートとミュール。中性的な容姿をしているので、本当に女の子に見える。コートの下には大貴よりもずっと淫靡なランジェリーを身に着けているのだが、祥衛はコートを脱がないまま洗面所に行って手洗いうがいをし、冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを取りだした。
 そんな祥衛に大貴は謝る。

「先帰ってきてごめんな、お客さんと約束してる時間、0時からなんだよなー」

 ベッドサイドの時計を見ると23時45分で、のんびりしていられない。祥衛は「分かっている」という意味らしく頷き、喉を潤す。
 減ったペットボトルをテーブルに置くと、コートのポケットからセブンスターメンソールを取りだし、スツールに腰かけ、ホテルのライターで火をつける。
 ため息のような吐息とともに薫る煙を横目に、大貴は服を着た。
 年相応の普段着で行ったほうが、パーティーのとギャップがあって良いかなと思ってカットソーを選んだ……着替えつつ、少し気になることがあったので、祥衛に話してみる。

「今日のカッツン、なんか、ちょっと変だったよなー……? ……そう思わねぇ?」

 今夜は克己も出席していたが、ふとした瞬間に深刻そうな表情を見せたり、悩ましげに腕組みをしたり。急いでいるのか、大貴よりも早く船を下りていってしまった。
 祥衛は大貴と視線を交わらせる。

「……あぁ……」
「どうしたんだろ……あぁいうカッツン、めずらしいっつうかー、はじめて見たかもしんねー」
「…………」

 祥衛は灰を灰皿に落とし、しばらくの沈黙の後で呟く。

「シキサイっていうやつが……最近、あまり上手くいっていない」
「あっ、それ、俺も聞いたぜ、お客さんに」

 きっと祥衛も客から聞いたのだろう。
 四季彩といえば、裏社会に権力を持つ越前谷家の本業。
 何百年も前から続く昔ながらの高級遊郭……克己が16歳まで過ごした場所でもある。一応、FAMILYの母体組織だが、大貴たちには普段全くといっていいほど関わりがない。
 それでも、大貴は数回行ったことがある。京都の山奥にある和風建築物で、荘厳さには感動させられたし、観光のガイドブックに載っていないのが残念すぎた。決して一般人に知られてはいけない場所なので、秘めておくのは当たり前なのだが……。

「もし、シキサイが……無くなったりとかしたらー、FAMILYもやべぇのかなー」
「さあ……」

 祥衛は気だるげに煙を吐きだした。

「無くなっても……俺はまだ男娼をする……お金が必要だから」
「祥衛……」

 着替えを終えた大貴は、しばらく、まじまじと祥衛を見てしまう。
 改めて祥衛の決意に触れた気がしたからだ。

「俺もー、もうちょっと続けるぜ、高校出るくらいまでは」

 靴下は穿かずに行くことにしたから、素足で祥衛のそばに赴く。

「男娼しなくて良くなったらー、ヤスエはやっぱ、沖縄行くんだよな?」

 なんとなく尋ねてみると、当然のように頷かれた。
 祥衛は沖縄に引っ越したら、紫帆の兄がのんびりと経営している『沢上モータース』あの店を手伝うのだろう。
 予想できる未来だ。
 大貴は「だよなー」と笑いながら、内心ではさみしい。
 さみしく思っていることには気づかれているようで、祥衛はじっと大貴を見上げてくる。

「まだ行かない」
「……わ、分かってるっつうのっ」

 照れくさくなって目を逸らす大貴に対し、祥衛もまた、大貴の未来を口にした。

「大貴も東京に帰る……東京で社長になる」
「たしかに親父の跡を継ぎてーけど、スゲー先の話じゃんっ……」

 そう言いつつも──大学は東京の学校に進むつもりだから、祥衛と毎日会って遊べる日々は、長い人生を思えば残り少ない。
 切なさを掻き消したくて、大貴は意識して満面の笑みを浮かべた。

「将来は薫子と結婚してー、しあわせな家庭も築くんだー」

 こんな表情を作れば、別れのさみしさは少しだけ薄れる気もする。
 大貴につられたように、祥衛の唇もわずかにゆるんだ。
 遠い未来に思いを馳せるよりも……とりあえず今は仕事に行かなくてはいけない。
 もう行っていいか客に確認の電話をすると、返事はOKだ。
 手の込んだプレイをする予定はなく、軽いトートバッグを肩に掛けて、スマートフォンをジーンズのポケットに入れる。フリスクを何粒か口の中に放りこむ。ついでに祥衛の手のひらにも幾つか出すと、祥衛は何も言わずにそれを食べて、玄関まで大貴を見送りにきた。
 大貴は素足でコンバースを履いて振り向く。

「でもー、どれだけ住んでるところ離れてもー、俺と祥衛は親友だからな。飛行機で遊びにいくっ。ヤスエの子と俺の子を遊ばせるっ」
「気が……早い」
「じゃあっ、ヤスエも用意してー、お客さんのところに行けよな」

 今夜、同じホテルの別の部屋で仕事をするのは大貴だけではなく、祥衛も1時くらいから予約が入っているはずだ。

「いってきまーすっ」

 祥衛は小さく手を振ってくれた。大貴の仕事が終わる頃には、薫子も引き上げて来ているだろうか……FAMILYの幹部である薫子は、まだ船で雑務をしている。
 エレベーターで下階へと運ばれていくとき、今夜出会ったセイのことが少しだけ脳裏によぎる。あの少年の未来が少しでも幸せであればいいなと、大貴は想った。