麗人

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 四季彩ではおぞましき行為が、日々公然と行われてゆく。

 交配、繁殖、と呼ばれる儀式もその一つ。在籍の娼婦と男娼に交尾をさせ、子どもを産ませるというものだ。その子は産まれた時から性商品となるべく育てられ、遊廓で働かされたり、客に売られたりという末路を辿った。

「俺が、ですか」

 克己は純粋に驚き、眉根を寄せる。

「客に金でも積まれましたか。俺の子を買うと」
「いいや。遊廓の内部から要求があった」
「あなたのご一族は、相変わらずよい趣味をしていますね」

 どうせ越前谷の長老どもの要望だと思い、克己は鼻で笑う。なにを狙っての命令なのか──話題性のある商品を生み出したいのか、単なる好奇心からかはわからないが、どちらにしろ悪趣味だ。

「克己、早とちりするな。言い出したのは娼婦だよ」

 だが克己は、秀乃の言葉にまた驚かされることになる。

「お前と繁殖したいと、逆指名だ。克己は本当にモテるな」
「……!」

 さすがの克己も息を飲んだ。それは、どういうことなのか。

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 水蓮。

 娼婦棟に通う者ならば、その名を知らぬ客はいない。
 男を買いに来る客の間でさえも、良く知られているほどの有名女郎だ。

 天女のようだとも称されるほどの圧倒的な美貌を誇り、艶やかな黒髪と、白くすきとおるような肌の対比が実に見事で、顔形の造作も凛と整っていた。着物の下のスタイルも良く、寝たことのある男たちによるとあそこの締まりも絶品だと言う。

 現在の四季彩において、男娼の華が克己だとするならば、娼婦の華は水蓮。女たちのなかで常に指名数と売上一位を維持し、咲き誇り、君臨している。

 だが、その水蓮ももう二十半ば。そろそろ引退して落ちつきたいと本人が宣言したところ、無数の客が名乗りをあげた。

 したたかな水蓮はそのなかからもっとも好みの客を選び、身請け先──すなわち結婚相手を決めた。
 
 だが、水蓮はそれだけでは満足しない。

 克己の容姿に惹かれるのは客だけではない。娼婦たちも遠巻きに憧れ、素敵、綺麗、などと噂している。

 水蓮は、ただ憧れているだけの女たちとは違った。そんな克己と寝てみたい、子どもを作りたいと言ったのだ。

 幸か不幸か、それは四季彩側の思惑とも一致してしまう。容姿端麗で成績優秀な娼妓同士の子となれば、サラブレッドに他ならない。話題性にも事欠かないし、成長すれば第二の水蓮か克己になると企んだのだろう。
 あっさりと、繁殖の儀を決めてしまった。

「……俺に拒否権はないのですか?」

 当然ながら、克己はそう呟く。秀乃と共に歩く遊廓の廊下にて。

「どうしてもという理由が無ければ、受けてもらいたいんだがな」

 秀乃の返事に、克己は眉根を寄せた。命を生み出すという重大なことでさえも、あっけらかんと、そして作為的に行われるこの遊廓の歪みっぷりには途方もなく呆れる。

 早速、相手との面会の場を用意され、水蓮の待つ娼婦棟の応接室に連れられていく。

「どうする、克己。取りやめにさせようか……この話を」

 辿りつくと、秀乃はノックをする前に尋ねてくれた。だが、克己は首を横に振る。

「いいえ、受けますよ。俺はあなたがたの駒として生きる覚悟ならとうに出来ています、そう教育されてきましたし。それに──」

 真直ぐに秀乃を見ながら克己が思うのは、遠巻きに憧れたり噂するだけの女たちと水蓮は違う、ということだ。堂々と『寝てみたい』と要求するばかりでなく、子どもを作り、遊廓に与えてもいいと言ったのだ。自らは要領よく結婚して。

「神経の図太い女は、嫌いじゃないんです」

 克己が声をひそめて言うと、秀乃はへえ、と感心したように頷く。

「克己の好みって初めて聞いたな。意外と趣味悪いんだ」
「失礼ですね、秀乃様」

 あなたのお母様に対しても。という言葉は胸の奥に秘めて克己は微笑する。そして秀乃を制し、自らで扉を叩き、開いた。

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 応接室は和モダンの趣きだ。花鳥風月を表した絨毯に、レトロなアームソファが、アンティーク調のテーブルをはさんで対に置かれている。

 水蓮はその席には座らず、窓際に立っていた。後ろ姿は引きずるほどに裾の長いガウンを纏っている。光沢のある生地は見るからに上質そうだ。ひょっとしたらその下は裸身なのかもしれない。

「初めまして、水蓮様。お呼びに預かりました、男娼部の克己でございます」

 あえてうやうやしくお辞儀をする克己に、水蓮が振り返る。頭を上げた克己はその顔立ちに、なるほど、と納得した。彼女を遠巻きに見たことはあっても、こうして実際に相対したことはない。間近で目にする水蓮は噂通りの容姿端麗。この姿ならばたとえ黙りこくっていたとしても、ある程度の指名が取れるだろう。

「来たということは、承諾ということか?」

 水蓮は気位の高そうな物言いだ。期待通りの性悪だな、と克己は内心で毒づきながらもその想いは一片も滲ませず、完璧な微笑で答える。

「はい。水蓮様のお眼鏡に適い、光栄に思います。むしろ、俺でよろしいのかと恐縮です。見ての通りの女形で、雄役には不安がありますし」
「お前がいいの。皆がキャアキャアとはやし立てる、お前を私のものにしたいんだ」

 歩み寄ってきた水蓮は、克己の顎を掴んでくる。観察するようにじっと見つめてくるその瞳も気が強そうで、眼光が鋭い。

「ありがとうございます。身体だけでよろしければ、幾らでも差し上げますよ」

 その手をはたくように退け、克己は答えた。思いのほか力を込めてしまったような気がしたが、仕方がない。水蓮は克己に振り払われた手を見てから、高慢そうに唇をつりあげる。

「ふん、心は差しだせないのだな」
「心まで明け渡したら、男娼として終わりです」

 克己の言葉のなにが面白いのか、水蓮は声を出して笑いだす。部屋には高笑いが響き渡り、やがて水蓮は噂以上で気に入った、とだけ言って部屋を出ていった。面会はあっけなく終わってしまう。

「……あばずれが」

 だれも居なくなった応接間で、克己はボソリと呟く。この女と交尾をし子作りに励む実感はまるで湧きはしない。だが湧かずとも、決定した事項には従うのみ。それが四季彩の商品としてのあるべき姿だと克己は思っているからだ。

 こうして──この契約はむすばれた。双方の合意の元に。