欠片

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 何度目かの交配の日。

 まだ日没前の時刻、湯上がりの肌に薄手の浴衣を着け、黒髪をまとめポニーテールのようにした克己は娼婦棟に向かう。

 儀式は水蓮の私室の近くで行われるため、交配の日はこうして出向かなければならなかった。

 この娼婦棟は、克己にしてみればあまり楽しいものではなく晒し者の気分になる。すれ違う娼婦たちはみんな、興味深そうな視線を克己へと投げかけてきた。

 また、見るだけではとどまらず、ひそひそと噂話もされる。

 歩く克己に聞こえてくるのは『水蓮様のお相手……』『あれがそうなの……』という遠巻きな感想だったり、『格好良い……』『奇麗……』『素敵……』という賛美であったり──中には『うらやましい』という囁きや、直接的に卑猥な単語を並べ『私も寝てみたい!』とまで言っている者も居り、克己はうんざりとしてしまう。

 それでも、克己らしく柔和な表情を全く崩さないまま、交配のための部屋に赴いた。広い和室にはいつものように並ぶ座布団。布団が用意されているのは、襖で隔てられた隣の間と決まっている。

 儀式には水蓮だけでなく、従業員なども同席するのが常だが、まだだれひとりして来ていない。さっさと済ませて早く帰りたい克己はため息を零した。

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 窓際に近づき、四季彩を囲む山あいの風景を眺めつつも扇子であおいでいると、やっと人々が訪れる。

 水蓮と、水蓮のお付きの者のようにかしずく使用人の女たち。それから従業員のなかでも位の高いスーツ姿の男もぞろぞろと大勢続く。
 長老会と呼ばれる、現役を隠居した越前谷一族の爺たちで構成される一団のひとりもいた。もちろんあの静間も在籍しており、なかなかに権力を持つ集団だ。

 そういった面々を引きつれて登場した水蓮に対し、克己はまるで姫様だな、と揶揄まじりに思う。タイミングよく老人も「今日の克己は若様みたいだなあ」と感想を述べた。

「いつもの女形もええが、そういう男らしいなりもええのう。水蓮とは、若君と姫といったところじゃなあ」
「若君だなんて……俺にはもったいないお言葉です。せいぜい、姫にお仕えする小姓といったところですね」

 克己は謙遜した表情をつくり、水蓮に微笑みかけた。けれど水蓮はにこりともしない。

「水蓮様。本日もよろしくお願いいたしますね」

 相変わらず可愛くない女だな。克己はそんなふうに胸の内で漏らしながらも、必要以上にたおやかな仕草で扇子をたたみ、水蓮に手をさしのべた。

 だが、その手が取られることもなかった。水蓮は高慢そうな表情のままで、無視するように隣室へと歩んでゆく。

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 行為は克己にとっては退屈で、ただの作業だ。もちろんそんな風には見せず、それなりに愉しんでいるようなフリをして指を絡め、白濁を注ぎ込む。開け放った隣室から、人々に注視されながら。

 たしかに水蓮の身体は良かった。肌のなめらかさも、乳房の柔らかさも、くびれた腰も、バランスのよい四肢も。
 膣は克己の肉棒を銜え込んで離さず、吸いつきの強さには克己でさえも油断しているとすぐにすべてを持っていかれそうになる。それほどの名器だった。

 この美貌と肉体があれば、性格に難があっても姫君として扱われるだろう。克己は腰を振りながら……分析する。

 幾度かの絶頂を果たしたあと。
『儀式』を終えた水蓮は使用人の女たちによりかいがいしく世話を受ける。その柔肌を拭かれたり、冷たい林檎水を与えられたり、乱れた髪を直されたりと甘やかされぶりはすさまじい。

 傍らに寝そべったまま、様子を眺める克己は苦笑しそうになる。いくら希少価値の高い性玩具とはいえ、こんなふうに寵愛されていれば性格も高慢になるはずだ。
 克己自身も大切に飼育されてきた自覚はあるが、水蓮に対するような過保護とは違う。

 この女は遊廓を出てから暮らしていけるのか?といらぬことまで考えを廻らせてしまう克己だった。世話係を雇えるような金持ちか、よほど尽くしてくれるような男に身請けられないと生きることさえ無理な気がする。ましてや子どもを育てることなんて問題外だろう。

 そんなふうに過っていた克己の思考は、のしかかられる重みで潰れる。性交を見て興奮した老人が、克己の素肌に屹立したイチモツを押しつけ、耳元で笑ってきた。相手をしろということだ。

(……汚い息を吹きかけるな。くそじじいが)

 罵りを押し殺し、克己は素直に襲われた。ふたたびの性交へと戻されながらも水蓮と目が合う。渡されたガウンを羽織り、行きましょう、と使用人たちに促されて立ちあがった水蓮は最後に克己を振り返っていた。

 心なしかなにか言いたげな様子にも感じられたが、体位の乱れる克己の視界は、ほどけた髪に覆われて見えなくなる。額を掻きあげたときにはもう、部屋には老いた男と二人きりだった。