華談

1 / 3

 水蓮から向けられる態度に、好意など読みとることできなかった。自分との交配を望んだのも、ただ他の人間がちやほやと噂する存在を手中に収めたいだけ。そう思っていたのに……

 プライドの高い克己には、自分が鈍感だったということを認めることは難しい。指摘された事実に唇を噛む。

(俺が……人形だと……?)

 仕事の合間、客が途切れたわずかなひととき。中庭にふらりと出て、散策していた。真昼よりもずいぶんと涼しい夜風を浴びれば、苛立った思考もいくらかまぎれる。

(心が、欠けているというのか。人形になれと望んだのはお前たちだろう。そうしたほうがうまく仕事をさばけると俺に教えた……)

 その癖に、いまさら水蓮をぶつけてなんらかの反応を起こそうとした。修正を試みたのかもしれない。越前谷家の連中が意図した以上に、克己という商品は機械的な生き物になってしまったということなのか。

 勝手だ、と克己は思った。

 ……それに、彼らは知らない。

 常に絶やさない微笑の下で、克己がなにを考えているのかも。早百合と激しく愛しあう密会も知らない。

(心配してもらわなくとも、俺は知っている。……人を想う気持ちも。感情も)

 拳を胸の位置でぎゅっと握りしめる。
 早百合を想えば、いつでも熱くなった。

 だから、未完成な男娼のはずは無い。

(俺は長原克己だ。最高級男娼……最上級花魁……いままでそう呼ばれつづけてきた。そしてこれからも)

 花形として君臨しつづけることは克己の夢であり、存在理由。そのために生まれてきた。飼育されてきた。
 他の選択肢は、いらない。

 ゆっくりと手のひらを開き、息を吐く。深呼吸をする、見慣れた遊郭の風景のなかで。

「……?」

 背後でかすかな物音がした。克己が振り返ると、縁側からこちらを眺める艶やかな女性──水蓮の姿がある。

2 / 3

 水蓮は、克己に気づかれて明らかな動揺を示した。距離があるというのに、克己の場所からでもビクリとおののいたのがわかる。当然、水蓮も仕事中のはずなので、飾り立てた花魁の姿だ。
 
(あの女……)

 疑問に思いながらも、克己は水蓮へと近づく。縁側まで行けば、すぐそばに美しい姿を望めた。

「こんばんは、水蓮様。盗み見とは感心しませんね」

 わざとらしく満面の笑みを浮かべてやる。克己は中庭に置かれている共用の草履を脱ぎ、素足で板間に戻った。

「偶然だ」

 水蓮の顔は普段に戻っていた。そっけなく、どこかふて腐れたような態度。しかし、この状況で言い訳など通じない。

「偶然、男娼棟までいらっしゃったのですか。取りまきの人々も無しに……」

 うるさい、と水蓮は声を荒げる。克己はそんな水蓮の肩をかるく抱き寄せた。

「! 克己……」
「男娼棟は、貴方様がおいでになる場所ではありません。女のように着飾っていても、彼らも男ですから。お一人で来たら、襲われてしまうかもしれない」

 ちらと投げた克己の目線の先には、この様子を興味本位に見ようとする男娼たちが集まっている。いまも人数を増やし、楽しげに賑わいつつあった。

「行きましょう。俺が送ってさしあげます」

 うながして歩き出す。水蓮はなにも言わなかったが、かすかに頬に朱が滲んでいるようだ。そんな顔ははじめて見た気がする。

 だが、本当にはじめて見たのか、いままではただ気づかなかっただけで、那智に言われたから意識して気づいたのか──克己にはわからない。

3 / 3

「私はお前と同じように、遊郭に捨てられていた」

 向かう途中で、ふいに水蓮は打ち明けてきた。娼婦棟に向かう廊下には二つの影しか伸びておらず、他に誰もいない。満月だけが克己たちを見ている。

「だから。お前もそうであると話を聞いて、お前に興味を抱いた……」

 歩む足を水蓮は止めてしまった。仕方なく克己も止まる。頭では、次の客が来るから急ぎたいと思いながら。

「お前の姿は奇麗だ。だが、お前の中身は、なにを考えているのか、本性は、私には分からない。分かるための時間も無いし、私はそれで構わない。お前と分かち合うのは私の役目ではないのだ」
「……分かち合っているじゃないですか。新しい商品を作るという目的を……」
「遊郭を出れば、子どもに会うことは無い。子を成したという事実は、私には思い出にしかならない」

 それでは水蓮様は、と克己は切り返す。
 すこしばかり嘲笑を滲ませてしまったのは克己の素だった。

「いましていることは、思い出作りだとでも仰るのですか?」

 喉まで出かかった、馬鹿馬鹿しい……という言葉。水蓮は自信に満ちあふれた顔をしていて、それもまた克己の気に障る。

「いけないのか?」

 再び水蓮は歩きだす。娼婦棟の入り口まで来ると、克己を突き放し、独りで行ってしまう。

「私が、四季彩から消えても、私の欠片は四季彩に残る。それも嬉しいのだ、私は──……」

 振り向き、去り際に放たれた言葉もまた克己にとっては思いもかけないものだ。感情論でものごとを考えたことも処理したこともない克己には、新鮮でさえあった。