追夢

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 十二歳の真夏日、泣いている早百合と出会った。
 驚愕して固まっている克己に、早百合は言う。

『……ねえ、わたくしを慰めて頂戴……』

 それは命令だった。越前谷家の人々の命ずることには逆らえないから、克己は敷居を跨いだ。

 襖を閉め、招かれるまま畳に座る。仏壇の前、数珠をはめたままの早百合から喉奥まで貪られるようなディープキスをされて、性行為に雪崩れこんだ。

 克己の肌にまとわりつく長い黒髪。
 漂う濃密な色香。
 蝉の音だけがじわじわと響きわたり、緑陰に浸された薄闇のなかで早百合に犯されてゆく。

『あらぁ、あなた、男の子なのね。女の子だとばかりおもっていたわ……』

 普段はなにをされても見られても恥じらいなど感じないのに、なぜかこのときは股間を暴かれるのが恥ずかしかった。くすくすと微笑する声に頬が熱くなり、婦人のその手で肉茎を摘み出されれば妙な声が出てしまう。

『今日のことは内緒よ』

 早百合はそう言い残して、去って行った。
 けれど行為が一回きりで終わることはなく、その日を境に関係は続いてしまう。目があうたびに微笑まれ、そっと人目のつかないところに連れこまれる。

 はじめのころ、克己には戸惑いしかなかった。
 きっと早百合も遊びでしかなかったはずだ。
 それなのに、いつしか心が通ってしまった。

 かくして密会の幕は開けた──

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 目覚めれば日だまりのなかにいる。季節は秋にうつろい、陽光の眩しさはいくらか薄らいだ。

 白昼堂々と密会することもあり、此処は鍵をかけた早百合の部屋だ。

(眠っていたのか……)

 柔らかなベッドで、克己は瞼を開く。行為のあと知らないあいだに寝てしまっていたらしい。隣に早百合の姿はなく、裸身の克己だけが横たわっていた。

「……すみません、奥様」

 ちょうど、鼻歌混じりにバスローブ姿の早百合が浴室のほうから歩いてくる。早百合は身を起こした克己を見ると、化粧をしていない素顔で微笑った。

「どうして? 謝るの? お仕事で疲れているのに、呼びだしたわたくしこそ謝らなくてはいけないのよ」

 そばに腰掛けられれば、洗いたての綺麗な香りがする。克己は突然に切ない気持ちに襲われ、ぎゅっと唇をつむった。

「克己ちゃん……?」

 不思議そうに首をかしげた早百合から、目をそらす。
 克己はおのれの長い黒髪がうねるシーツを眺めた。

「奥様、……早百合様のことが、好きです」
「いやぁね、どうしたの、あらたまって……」
「俺の気持ち、早百合様に伝わっていますか? 俺は、あなたのことをきちんと、大切に出来ているのでしょうか」

 水蓮の本心に気づいていなかった。見過ごしていた。
 それを知ったときから、克己の自我はぐらついている。早百合に対しても、冷たく、無機質に接していないだろうかとすこしばかり不安だ。

「ええ。もちろんよ」
 
 早百合は優しく答えてくれる。
 克己へと身を寄せ、距離をなくして。

「どんな殿方からよりも──克己ちゃんからの愛情をいちばんに感じるし、わたくしに染み入り、伝わってくるわ」

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「わたくしも克己ちゃんのことが大好き。若く美しいあなたのそばにいるのが、こんなおばさんでいいのかしらと、わたくしのほうが思う……」
「そんなことは……ありません……!」

 克己は早百合を抱きしめた。
 バスローブごしに感じる体温、身体の感触、それらをすべてこの腕に閉じこめたいという衝動にかられながら。

 そうだ、素のままの早百合が好きだ。
 だから克己自身も、このままでいいのだとわかった。

 人形でも、欠けていてもいい。柔和な笑みをたたえながらも内心では毒吐きが止まらない、性格の悪さ。客観的にわかっている。
 でもそれでいい。
 早百合にはすべてばれていて、そんな自分のことを愛してくれるのだから、いまのままでいい。
 
 早百合だって狂っている。最も酷いときにくらべれば治まったけれど、男好きは相変わらず。克己の他にも複数の愛人がいる。克己はただ、愛人集団のなかで別格の一位というだけ。

「……そのままの早百合様が好きです。あなたの死を看取るのは、俺の役目にさせて下さい」

 克己は早百合の手をとり、甲にキスをする。それは克己の人生において至上の誓いとなった。
 男娼として生きる。それ以外に、自らの命に目的を見つけた。

 早百合は一瞬驚いた顔をして、次に切なげな、すこしだけ泣きそうな表情を見せ──やがて少女のようにはにかんだ。