the Epicurean

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 バスを降りるとすぐにタワーマンションが見えた。
 通勤途中のサラリーマンや、自転車で駆けてゆく高校生たちの様子に緊張しながら、祥衛は横断歩道を渡る。

(あ……)

 マンションのエントランスを出たところにある石段に大貴が腰かけていた。
 学ランのポケットに手をつっこみ、中学生らしい白い肩掛けカバンを下げ、クリーム色のコンバースを履いて通りをだらりと眺めている。

「……うわ、ヤスエか! 気づかなかった!」

 ずいぶん近づいてから、大貴はやっと祥衛を認識して立ちあがってくれた。

「すげーっ、ヤスエが制服きてる!」
「ヘンか……」

 不安いっぱいにたずねると、大貴はぶんぶんと首を横に振ってくれる。
 そろって歩道を歩きながら。

「ううん。ぜんぜんヘンじゃねーよ。むしろカッコイイしー、学ランにあうんじゃね」
「…………そんなことは、ない……」

 制服で歩くことが気恥ずかしくて、うつむいてしまう祥衛は点字ブロックを眺めていた。
 スニーカーを履くのはイヤで、ローファーを買ったし、カバンも高校生が使うようなスクールバッグだ。
 大貴の話によると、中学校の先生たちは、とりあえず学校に来てくれればいいという話で、スニーカーを持っていなくても、学校指定の肩掛けカバンもリュックも持っていなくても、祥衛を怒るつもりはないらしい。
 ピアスだけはやめてほしいとのお達しを受け、耳朶のピアスは透明で目立たないものに変えた。

「つーか、俺思ったんだけどー、がっこー行く日は俺んち泊まればよくね?」

 大通りから細路地に入って、大貴は気軽に申しでてくれる。
 すこしずつ学校が近づいてきていることを感じながら、祥衛は断った。

「いい……」
「なんで。わざわざバスとかめんどくね」
「しかたがない」
「俺んちからなら近けーし。沢上もー、真堂の家近いからズルいってゆってた」

 そういえば紫帆の住んでいた家は学区でも外れのほうにあったなと思いだす。

(紫帆がこのまちにいるあいだに……もっと……いっしょにかよえばよかった)

 ほのかな後悔を抱きつつ、校舎の姿を視界に入れる。

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 校門前には数人の教師が立っていて、そのなかには担任の篠宮の姿もあり、祥衛を見るなり顔を輝かせた。

「すっげー出迎えじゃん。なにこれ!」

 声をあげる大貴に眉をひそめるのは、副担任で定年間際の男性教諭だ。

「もうすぐ授業が始まるのに、のんびり歩いて」
「来ただけいーじゃん。おはよーございまぁす」
「真堂君、ちゃんと八時半までに来ないとダメでしょっ」

 篠宮も大貴に頬をふくらませている。

「なんで俺だけ怒るんだよー。ヤスエはー?」
「神山君は頑張ったわね。先生、うれしいわよ」

 あからさまな格差に、拗ねるのは大貴だった。

「はらたつ! 教育いいん会にうったえる!」
「じゃあお前の遅刻早退が多いことも、保護者の方に連絡してみっちり話すぞ」
「えー、だって俺生理痛が重いんだもん! なっヤスエっ」

 笑う大貴とともに下駄箱へと向かう。
 教師たちも校門をひきあげて、廊下をぞろぞろ歩き去る。
 担任の篠宮と副担任は、祥衛たちとともに下駄箱までついてきた。

「お前はそういうふざけたことばかり言って──」

 副担任が呆れる横、篠宮は親身に声をかけてくれた。

「神山君、勉強でわからないことがあったら、なんでも聞いてね。お家の困ったことも、相談してね」
「…………はい」

 祥衛はカバンから、持ってきたスリッパを出して履き替える。
 これは学校指定のものだが、ほとんど使っていないため新品同然にキレイだ。
 大貴のスリッパはポスカでラクガキされて、なにかのシールも貼られていて、ちょっと汚れてもいる。 
 過ごした学校生活の差がありありと表れた対比だった。

「妹さんが、入院してるらしいが、大丈夫なのか」
「なんとか……」
「神山君とはちょっと、話したいことが沢山あるな」

 教師たちに心配されるのは、祥衛にとって意外だ。
 迷惑には思わないけれど、長話をされるのは面倒臭い。
 すると大貴は笑顔で、祥衛の肩を叩く。

「行こっ、ヤスエ」

 まだ会話したそうな教師たちから早足で離れ、階段をのぼってゆく。
 チャイムが鳴ったせいか、彼らは追ってこなかった。

「祥衛の席、シノリンにゆって俺の隣にしてもらったんだー。だから、安心しろよな」
「……ひいき、じゃ、ないのか……」

 そんなことをされて目立つといじめられる。
 すっかり『ヤンキー』になってしまった外見でも、祥衛はそう感じてしまう。

「俺といっしょの班じゃねーとしんぱいだもん。理科の実験とか、俺にまかせろよっ。こー見えてもガスバーナーに火つけるの、ちょううまいんだぜ!」

 確かに、知らないクラスメイトとの班行動は不安だ。

(そっこうで、早退、するだろうな…………)

 我ながらそう思う祥衛の前、大貴は教室の後ろのドアを開けた。

「おっはよーてめーらー! 真堂君と神山君とうじょう!」

 派手に入室する大貴を見て、祥衛は唖然とする。

「なにそれ! 自分で言ってキモ!」

 さっそく女子につっこまれている。
 男子たちは大貴に「おはよー」「おせーよ」などと声をかけていた。

「…………」

 祥衛はうつむき、無言で入室する。
 最後列の中ほどにある空席が、自分の席らしい。
 大貴が左隣に腰かけているから。

「神山くん、おはよう」

 前の席に座っている女子が振りむき、声をかけてくれる。
 そんなことにも驚いてしまう祥衛は、とっさに言葉を返せずに戸惑う。

「おはよー浅野っ」

 なぜか大貴が返すと、女子は怪訝な顔をする。

「真堂に言ってないし」
「じゃあ俺にもゆえよ」
「おはようしんどうー」
「棒読みかよー!」

 大貴たちの会話に、周りの席の生徒達が笑っている。
 着席した祥衛は、やっと浅野という女子がよく紫帆と話していたことを、思いだした。

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 大人たちが気に入りの少年を連れてきて、はべらせる愛玩パーティー。
 それぞれの席では愛玩するにとどまらず、互いの少年を交尾させていたりもする。
 祥衛は薄明るいライトの下、初対面の男の腕のなかに収められ、向かいあう形で座っていた。
 素肌に触れるスーツの感触。
 みんな当然のごとく着衣なのに、自分だけ全くの裸身なのが恥ずかしい。

「可哀想な身体をしているねえ」

 男はまじまじと至近距離から観察し、指先でなぞってくる。
 乳頭を貫通したリングピアスを軽くはじかれると、ビクッと震えてしまい、それは隣席の男たちの顔もほころばせた。

「傷だらけじゃないか。これは、自分でやったのかね?」

 手首を握られ、尋ねられる。
 屹立しっぱなしの自分の性器からまた新しい透明な蜜がにじむのを認識しながら、祥衛は「はい……」と、うなずいた。

「ちゃんとご飯は食べているのか」
「……あまり……」
「そういう、飼育方針なの?」 

 大人たちは祥衛に興味津々で、質問が止まない。
 注目されることは苦手だから早く帰りたいと思った。
 この、淫靡なパーティーから。

(あぁ……)

 また撮られた――向けられるスマホのフラッシュの眩しさに、祥衛は目を細める。

「今度じっくり愉しませてもらうよ」

 ひとりの男が、祥衛の素肌の胸に油性ペンで書かれている数列を写真に収めた。
 祥衛用に用意されたFAMILYの電話番号だ。
 今夜もう何人に撮られてしまったかわからない。
 わかるのは、これからは今まで以上に股を開く日々になるだろうということ。
 薄利多売。
 気の利いた接客も、プライベートを割いたデートも出来ない代わりに、夜毎多量の過激な行為を受けとめる。
 無理矢理に決められた方針ではなかった。
 祥衛も同意の元で、開始される売り方。

(俺は……大貴みたいに、器用にひとづきあい、愛想よく、できない……から)

「あははは……、それでー…………」

 祥衛の背後から、大貴の楽しげな笑い声が聞こえた。
 テーブルを挟んだ向こう側の席では大貴がなじみの客と話している。

「安心したよ。饗庭氏に元気が無いって聞いていたから」
「だいじょうぶだよ。つーか饗庭さん、なんで岩佐さんに話すんだよー……」
「大貴はおじさんたちみんなで可愛がる性玩具だから、情報は共有さ」
「なにそれ! こえぇよ、俺のしらねーところでつながりすぎ」

 祥衛の身体は軽々と他の客に抱きかかえられる。
 今度は客の胸に背をつけて座る形となり、大貴が岩佐といちゃつくさまが祥衛の眼前に広がる。
 大貴の装いは黒のショートパンツにニーソックス、重厚な首輪というスタイルで、性器を隠せているぶん祥衛よりもマトモな姿だ。

「饗庭さんには、厳しくしつけ直してもらったみたいじゃないか」

 岩佐は大貴の絶対領域を撫でまわしていて、彼の指先のいやらしい動きにも祥衛は興奮してしまう。
 祥衛を嬲ってくるダイレクトな刺激と、その視覚的な刺激が混ざりあって、欲情が止まらない。

「うん……ちょっと素が出すぎってしかられた」
「俺は素の大貴も好きだけどなあ」
「ありがと。冬休みは実家帰るからー、東京でもごはんくお?」

 大貴は岩佐の首に腕をまわして自分から甘えている。
 擦り寄るふたりを眺めていると、岩佐と目があった。
 すると大貴も祥衛の視線に気づいて、小さく手を振ってくる。

「ヤスエっ。大人気じゃん。スゲー」

 ぱっと輝く大貴の表情。
 眩しい笑顔は、退廃したフロアの雰囲気にはあまりにも不釣りあいだ。

「もう祥衛と、イヤがらずに、ちゃんとエッチできるようになったんだよ」
「そうか……」

 擦り寄る大貴の髪を、岩佐は切なげな表情で撫でている。

「キスしても、フェラしても、友達だって祥衛が言ってくれたから……!」

 首輪の金具を揺らしてはにかむ大貴に、恥じらいと快感のなかで祥衛もすこし、唇をゆるめた。

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 あちこちで少年が弄ばれているフロア、祥衛もついに餌食となった。
 背を倒してフラットにされた座席に転がされ、大人たちに笑われながら性器をつまみあげられる。

「スゴイな、ピアスが通ってるぞ」
「勃起しっぱなしだし、真性の変態なんだなぁ!」

 どこからか持って来られたローション瓶を傾けられ、屹立しきったペニスに注がれる。
 知らない男に握られた瞬間「ひゃッ」と、妙な声をあげてしまう祥衛だった。
 それもまた侮蔑の対象となる。
 クチャクチャと、いやらしい音を立てながら扱かれ、身体全体がとろけ落ちそうな感覚に包まれた。

「いいなー、俺もヤスエいじめさせて」

 笑顔の大貴がマットレスに膝を置くと、場はざわつき、嬉しげな歓声も上がる。
 大貴は、コネがなければ買えない高級少年であり、乱交の宴に出される機会は少ない。
 間近で性的な絡みを見れることはそう無いため、大人たちは熱っぽい目で鑑賞に専念しはじめた。
 祥衛をいたぶっていた男たちの手が次々と離れ、ただ大貴だけに愛撫されてゆく。

「あ……ッ……、うぅ……」

 大貴は身を倒して擦り寄ってきて、素肌を撫でてくる。
 慈しむような指先に祥衛は震えた。 
 まるで祥衛と大貴の絡みが催しものであるかのように、周囲のギャラリーは増えるいっぽうだ。
 たくさんの人々に眺められながらキスをする。
 とろける舌先に祥衛の瞳はうるむ。

「ン……」

 大貴に頬を触れられている。
 どこでこの運命に足を踏み入れたのだろう……。
 怜にナンパされたときだろうか。
 大貴とおなじクラスになったときだろうか。

(わからない、でも……)

 自分で選んだ道だ。

(だから、悔いなんて、ない……んだ……)

 祥衛は改めて、後悔しない、と思った。
 大貴に反対されながらも踏みこんだ世界から、逃げだすつもりなんてない。

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 大貴のキスはあまりに心地よすぎるから、祥衛はぼおっとしてしまう。
 垂れ零れてゆく唾液を塗りひろげるように、大貴の指先は祥衛の鎖骨や胸元、乳首にも触れた。

「あっ……、あ……」

 口づけが途切れる。
 間近で見る大貴は瞼を閉じていて、ひどく官能的な表情だったから、祥衛の心拍数はまた跳ね上がった。
 大貴の薄目が開く。
 その瞬間に不敵に微笑まれる。
 半開きの口から垂れる涎は、祥衛のペニスにも塗りつけられた。
 祥衛は頬を染めてただ震えているしかない。

「ふふっ……もうこんなにガチガチ……」

 唾液にまみれた性器を握り、大貴はほくそ笑んだ。

「興奮してんのかよ」
「や……、ぅぅ、う……!」

 扱かれると、グチュグチュといやらしい音が立つ。
 こすりながら大貴はまた、軽いキスをしてくれた。

「なぁ……俺のもしごいて」

 接吻のついでに耳元で囁かれた。

「わかっ……た……」

 祥衛はうなずき、従う。
 震える指先を伸ばすと、手首を握られ、黒い下着越しに股間をなぞらされる。
 半勃ちのペニスを生地から抜き取ってじかに握る。
 どきどきして頬を熱く赤らめ、吐息を乱しながら、大貴にしてもらっているように祥衛も扱く。

(俺……は……、ホモじゃない……)

 自分に言い聞かせるように、心の内でつぶやいた。

(変態、でも、ない……!)

 大貴は左手で乳首を弄ってきて、右手では祥衛の性器を弄びつづけてくれる。
 大貴の性器の肉感も増して、肥大してきている。

「あ……!」

 指先をアナルに感じて、目を見開いた。
 じっと見てくる大貴の視線がある。

「いいよな? 挿れて……」
「…………!」

 大人たちに浴びせられたローションと、大貴の唾液が混ざりあって淫靡な潤滑剤となり、たやすく中指は体内に侵入してきた。

「んやッ、あっ、あッ、あぁ――……」

 祥衛はただ掻き回されるがまま、喘いで、身体をよじらせることしかできない。
 衆人環視のペニスが揺れる。

「ひぁ……あ……ん、ぁ……――」

 すごく気持ち良いところに当たったとき、いちだんと派手に痙攣してしまった。

「ここかー、祥衛の感じるところ」

 大貴は悪戯っぽく微笑してみせる。

「前のエッチのときは、俺によゆーなかったけど……」

 岩佐にローションの瓶を渡してもらい、大貴はそれを祥衛の股間にかたむけてきた。

「今日はちゃんと責めてあげる。でも、あんま本気だすと、すぐイッちゃいそうだよなー、ヤスエ」
「なぁんかラブラブじゃないか? 大貴クンとこの子は」

 行為を観賞している大人のひとりが、疑わしげな視線を投げかけてくる。

「つきあってるんじゃないだろうなぁ?」

 慣れたように祥衛を愛撫しながら、大貴は肩をすくめてみせた。

「あははっ……少年男娼は恋愛禁止だよ」

 大貴の決まり文句に、ギャラリーは「またまた」「嘘だ」と笑う。

「厳しく管理されてるから、本当に無理だよな」

 そう言って、大貴を援護してくれるのは岩佐だ。

「うん。俺たちはみんなのモノでー、みんなの性欲処理用のオモチャだもん」

 言いきる満面の笑顔は祥衛から見ても完璧だ。

「なっ……そうだよなー!」
「あ……、ぁ……」

 ローションまみれの尻孔をぐるんとかき混ぜられつつ、祥衛はうなずく。
 やっぱり自分には、大貴みたいに愛想よく営業するのは無理そうだ。

(だから……俺は……これでいい…………)

 大貴よりも肉便器みたいに使われる道で良い。
 祥衛の胸に書かれている電話番号がまた撮影された。
 光るフラッシュ。
 覗きこんでいる大人たちと目があったりもして、祥衛の興奮は留まることを知らない。
 大量の先走りがお漏らしのように溢れていた。

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「はッ……はっ……あぁあ……っ……」

 下着を脱いだ大貴に抜き差しされていると、いちだんと見学者は増えてきていた。
 バックの体位で行い、マットレスに腕をついて這いつくばっていてもそれが分かる。
 自分たちを囲むざわめきが大きくなっているからだ。

「きもちいい、ヤスエっ……、すっげーきもちいい……」

 激しく打ちこみながら、大貴はわざとらしく大きな声で表現していた。

「絞りとられそうになるぅ、あー、さいこー……!」
「っ……うぅ、う…………」

 ピストンを中断されて最奥まで埋めこんだままぐりぐり腰を動かされるのも、祥衛にはたまらない刺激と化す。
 大貴の腰つきはありえないほどに上手い。
 男娼の仕事をはじめてから、客のなかにもとても気持ちよくしてくれる上手い男もいたけれど、大貴ほどのテクニックを持つ者とはまだ出会っていない。

「ひゃ……う、あぅ……──!」

 ゆったりと抜き差しを再開されながら、ペニスに手を伸ばされて扱かれる。

「ヤスエー、はずかしいよなー、俺らめっちゃ見られてるぜ」

 快感に飲まれすぎてふと忘れそうになる事実を大貴は忘れさせてくれない。
 まわりには人、人、人──もう、おかしくなりそうだ。 
 止めどない快楽と、絶妙な焦らしと、見られて笑われる悦びが混ざりあう。

「イ、クっ、だい……き……、イキ、そう」

 またペニスを握られて扱かれながら、祥衛は近づく極みを伝えた。

「もうガマンできねー?」
「……あぁあァぁあッ…………」

 祥衛は鳴いて答える。
 先走り汁をいちだんとぬめらせながら。

「でき、ない、……も、う…………」
「そっか……じゃあ……許可もらえよ」

(きょ……か……?)

 祥衛は一瞬、大貴の言葉が理解できなかった。
 けれど、すぐに思い当たる。
 自分の意志で勝手には射精出来ないような存在に堕ちたのだと。

「しゃ、しゃ…………」

 体位を変えられ、甘くいちゃつかれて抱きしめられつつ、祥衛はギャラリーに問いかけた。

「シャセイ、し、て、も……いいですか…………」

 最後はほとんど蚊の鳴くような声になってしまった。
 案の定、大人たちは首を縦に振らない。
 わざとらしく、聞こえないよだとか、もう一回、と言って、笑っている。

「いかせてくださ、いッ、いぃ、イキたい…………!」
「もっとちゃんとお願いしろって」

 乳首のピアスを弄られつつ、大貴に言われた。
 そんな大貴の声のほうが、大きいくらいだ。 

「イキそうですッ、も、もう……ッ……」
「もっと! 恥ずかしいことゆってー、盛り上げろよッ!」
「あッ……!」

 大貴に腿を叩かれてしまった。
 とろけそうな快楽の渦中に走る痛みもまた、鮮やかに祥衛を酔いしれさせる。
 いまならもっとたくさん叩かれても、全部、快感に換えることが出来そうだ。

「大貴はホントにサドだな」

 しみじみと呟くのは、スツールに座って一番近くで交尾を眺めている岩佐だった。

「誰に似たんだろうかなぁ……」
「えー、だって、ヤスエのアピールが足らないからだよ!」

 拗ねた表情で主張する大貴はちょっと素に戻っていたが、祥衛を揺らす腰つきは止めない。

「もう射精させてあげても良いだろう。どうですか、皆さん」

 岩佐の申し出に場は賛同した。
 拍手が起こり、そのリズムに合わせて大貴に扱かれ、時折突き上げられる。

「あ……、ぁ……、あぁ……──」

 もうダメだと祥衛は思う。
 手拍子も歓声も遠くなってきた。
 意識が薄らんできて、なにも考えられなくなる。

「いぃい……イ……イク……っ……い……」

 尻孔を抉られる熱と、性器を締めつけられる熱が融けあって、祥衛を快楽の極みに導いた。

「イク…………!」

 まるで無重力に放りだされるような感覚を味わう。
 ひとりでするよりもずっと気持ちいい。
 祥衛はマットレスに崩れ落ちる。
 結合が解かれ、ぽっかりと開いたアナルを人々に観察されてしまっていた。

(だ、ぃ、き……)

 かろうじて開いている薄目で眺めるのは、手のひらに付着した祥衛の白濁を舐めあげる大貴。
 とてつもなくいやらしい、少年愛者たちを煽ってやまない姿は、祥衛の目から見ても一級品の少年性玩具であり、男娼だった。

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「…………」

 瞼をひらくと、フロアの明かりは全灯されていた。
 眩しい。
 ストールを掛けられている身体を起こす。
 ちょっと離れた席に大貴と薫子が座っていて、大貴は新しい下着を履き、首輪つきのプレイの姿にライダースを羽織っている。
 薫子はつば広の女優帽を被っていて、ロングスカートもブラウスもあいかわらず装いのすべてが漆黒だった。

「──……でー、岩佐さんにイカせてもらったんだよ。恥ずかしかったけど、きもちよかった」
「そう……嫌な思いはしなかったのね……」
「うん……それでね、薫子ー……」

(…………)

 ふたり並んで座っているのを、初めて見た気がする。
 仲睦まじく話していて、微笑っていて、あまりにも朗らかだ。

(……らぶらぶ、だ……)

 観察する祥衛の視界を横切ってゆくのは、客の捌けた会場を掃除しているスタッフ。

「あっ、祥衛が起きてる!」

 大貴と目があって、薫子にも見られた。
 すぐに大貴は、立ちあがってそばに来てくれる。

「だいじょうぶかよ、祥衛、気づいたら気ぃ失ってて……そのまま、寝ちゃっててっ」

 心配そうな表情の大貴の後、ヒールの音をさせて薫子も近づいてきた。

「俺、激しかった? そんなめちゃくちゃなことしたつもりは、ないんだけどー……」
「いや…………」

(はげしくはなかったと、思う)

「祥衛君はまだ慣れていないのだから、あまり強引にしては駄目よ」 

 薫子にたしなめられ、大貴はしゅんとして謝ってきた。

「気をつける……ごめんな」

(むしろ、すごく、よかった……けど)

 ただでさえ恥ずかしくて感想を伝えづらいのに、薫子がいるからさらに言えない祥衛だった。
 大貴が男に犯されたり犯したりしていることに平然としている薫子や、FAMILYの幹部でSM女王をしている薫子の仕事を嫌がらない大貴という、ふたりの感覚が信じられない。
 倫理から離れている。
 祥衛は正直、紫帆が風俗の仕事をしたり、キャバクラ嬢をされてもイヤだと思う。
 だからこそ紫帆には口が裂けても少年男娼になったことを打ち明けるつもりは絶対にない。

「どうぞ、祥衛くん」

 ふかふかした厚手のガウンを薫子に手渡される。
 そういえば全裸なのだと気づき、祥衛はうつむいて受け取るとすばやく袖を通した。

「……あ、りがとう……ございます……」

 薫子は祥衛の前にガウンとお揃いのスリッパも置いてくれた。
 怜の五十倍くらい優しい。
 しかし、女の人に素裸を見られてしまっていたことが恥ずかしく、おまけにピアスや胸の電話番号など卑猥さを知られてしまってさらに祥衛の羞恥はあおられ、ろくにお礼が言えなかった。

「けどー、祥衛と俺ってー、カラダの相性いい気するんだー」

 薫子のそばでニコニコと笑っている大貴がやっぱり信じられないまま、祥衛はガウンの帯を過剰なほどに固く結び、立ちあがった。

「お話はあとで聞くから、いまは祥衛くんを支えてあげなさい?」
「わかってるよー。祥衛、帰ろ?」
「…………」
「外に車あるから」

 大貴の手が腰にまわされ、祥衛は歩きだす。
 薫子は黒革の大きなカバンを手に、ホールスタッフたちに挨拶をしに行った。
 フロアを出て、行きとは違い煌々と明かりのついている廊下を歩く。
 壁に貼られているポスターは過激なSMショウや見世物ショウ、メンズストリップといった類だ。
 裏口のドアを開けると、すぐ目の前に待ち構えるように黒塗りのベンツが停まっている。
 なんだか、外を数歩しか歩くことを許してもらえていないような気がする祥衛だった。
 大貴は別段なにも思っていない様子で、自動的に開かれるドアから後部座席にすべりこむ。

「お疲れ、長田」

(…………)

 運転席によりかかりながら微笑っている大貴を眺め、祥衛は──大貴はずっとこんな環境で育ってきたのだとふいに悟る。

「もうすぐ薫子くると思うから、ちょっと待ってて」
「ああ、了解」
「車んなかあったけー。ふふっ……あ、祥衛……!」

 大貴の瞳が零れそうに見開かれる。
 それは、大貴が驚いたときの表情だと、祥衛はもう知っている。

「…………」
「ゆき! 雪だっ。わー、もう冬じゃん!!」

 夜の闇に降りだした雪を見て、大貴はうれしそうにかたわらの窓に貼りつく。
 手のひらをガラスにつけ、吐息で曇らせ、重厚な首輪の金具は揺れている。

「わくわくするよなー、雪って……祥衛テンションあがらねーの?」

 振りむいて尋ねてくる大貴に、祥衛は素直に答える。

「……べつに……」
「なんだよー! さめすぎだろー」

(でも…………)

 沖縄に行った紫帆に見せてあげたい。
 積もったら写真を撮ってメールで送ろうと思う。

「そーだ、ゆきだるま沢上んちにおくろーぜー!」

 自分の数段上を行く発想に驚きつつも、祥衛は居心地の良さを感じる。
 そんな大貴の隣という居場所に。