Adolescence

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 今夜は二組の客を相手にしたから疲れた。
 仕事終わりにコンビニでポカリスエットとカロリーメイトを買い、FAMILYのビルに向かう。
 空き部屋を自室として借りることになったので、もう怜のマンションに居候しなくてもいい。
 駐車場にバイクを停めると、五階に上がる。
 祥衛の居室以外はすべて空き室でガランとして薄気味悪く、肝試しできそうな雰囲気だ。
 ビルの事務室以外はどう使われているか、祥衛は知らないし、興味も湧かない。
 厳重なロックがかかっていて立ち入りすら出来ない階もあるし、ときおり怪しげなハイエースやトラックが駐車場に停まっていることもあった。
 此処は、祥衛がいままで暮らしてきた世界とはすこし違う次元に属している組織だから、なにが起こっていても不思議ではない。

(そういえば、明日は、やすみ……)

 古いアパートそのものの錆が浮いたドアを、与えられた鍵で開ける。
 室内はそう広くない。
 スチールベッドはビルの備品で、薄型のテレビは初めての給料で買った。
 その他はまだなにも家具がなく、床にたたんだ衣類がわずかにある。
 克己が使う洗濯機が給湯室にあるから使わせてもらっているけれど、そのうち自分でも買いたい。
 祥衛にとってなにより嬉しいのは、ユニットバスで温かいシャワーを浴びれることだった。
 真っ暗な部屋でテレビをつけ、それを明かりにする。
 ベッドに腰かけてカロリーメイトをかじり、ポカリスエットを飲んだ。
 冬が訪れる前に暖房器具も手に入れなければならなさそうだ。
 色々とそろえるのは大変だけれど、自分だけの空間を手に入れられて良かったと心から感じる。
 なにより、気が楽だ。
 だれに気遣うこともなく、怯えることもなく、時間を過ごしていられる。

(男娼になって……よかった。真堂は……ダメだって言うけど……俺には、これしか、方法が思いつかなかったんだ……)

 客に抉られた違和感をきつく後孔に感じながらも、祥衛はやっぱりそう思う。

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 せっかくもらった休日は、出かけることもなく室内でだらだら過ごした。
 杏の病院に行きたかったけれど、支度しようと考えているうちに眠気がおとずれて、うとうとしてしまう。
 瞼を擦って身を起こすと陽が暮れていた。

(こんな風に一日がおわるなら、休みなしで、働いたほうがいい)

 友達もいないし、学校もいかないし、と自嘲しつつ床のガラケーを拾う。
 寝そべったまま画面を開けば、紫帆からのメールの他に大貴からの着信もあった。
 男娼にならないほうがいいと引き止めてきた日の電話番号はやっぱり大貴のものだったので、真堂大貴、と名前を入れて登録したのだ。

(なんだろう……また……)

 今度はなにを言いたいのだろう。
 憂鬱な気持ちで画面を眺めていると再び着信が来る。
 大貴から。

「………………」

 無視できず、通話ボタンを押してしまい、耳に当てた。

『ヤスエ?』 
「あぁ…………」
『今日休みだろ。いまから、ちょっと来いよ』

 横柄な言い方だった。
 真堂はこんな話し方をするヤツだっただろうか。
 しかし、考えてみると男娼になると言ったときから、祥衛に対して大貴の態度はずっとおなじ様子かもしれない。

『返事しろって。イライラする……』
「来いって、どこに……」

 祥衛も耳にしたことがあるくらいに有名なホテルの名を大貴は告げた。

『絶対来いよ。もう俺、部屋で待ってるし』
「……わかった……」

 否定を許さない強引さに、祥衛は了承するしかない。 

『下まで来たら連絡して』

 切れた通話。
 祥衛はゆっくりとガラケーをたたむ。

(……なんなんだろう……) 

 わからない。
 とりあえず、身体を起こす。
 なにをされるのか想像できず、不安だけが広がる。

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 待たせないほうがいいと思って、すぐにビルを出た。
 ゼファーにまたがり、駆けるネオンの海。
 距離はそう離れていないから、すぐに着く。
 敷地内までバイクで入っていく勇気がなんだか湧かず、街路樹のそばに路上駐車して、宵闇にそびえる高級ホテルの外観を仰ぎ見る。
 夜風に髪を撫でられながら、祥衛は大貴に電話した。

『……ふぅん、まじで来たんだ』

 絶対来いと言ったくせにそんな言い方をされる。
 祥衛の眉間にも皺が寄った。

(どうして、そんな態度とられつづけなきゃ……いけないんだ、俺が……)

 けれども不満は伝えられないまま、大貴の声を聞く。

『1階のフロントは無視して、26階まで上がって来て。そこにもうひとつフロントがあるから』

 携帯を耳にあてたまま歩く。
 ホテル内に入れば、きらびやかなロビーに迎えられた。

『ヤスエのことは話通してあるからー、ホテルのひとが俺の部屋まで案内してくれるぜ』

 切られた通話。
 祥衛はガラケーをデニムのポケットにしまう。
 宴があるからと連れられたホテルも高級そうで緊張したけれど、あのときは怜がいた。
 今夜は祥衛ひとりだけだから辛い。
 雰囲気に気圧されながらも、言われたとおりに26階に上がれば他に客は恰幅の良いビジネスマンや、外国人の男女などがいた。
 くつろげるラウンジもあり、夜景を眺めつつ飲食や会話を楽しんでいる姿もある。
 子どもの姿は祥衛だけなのでますます萎縮してしまう。

「お客さま、神山さま……ですか?」

 そんな祥衛の様子を見ただけで、ロビーに佇んでいた女性係員が話しかけてきた。
 ビクッと震えてしまったが、ホテルの従業員はそんな祥衛を笑うこともなく、少々お待ちを、とカウンターに行き他のスタッフと会話したうえで、また祥衛のもとに戻ってきてくれた。

「ご案内いたします」

 一言も発せず、毅然と歩く従業員の後に続く。
 うつむいて歩き、気をつけないと手と足が同時に出てしまいそうな自分のことが、祥衛は自分で情けない。

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 部屋の扉をノックすると、スタッフは開くのを確認することなく祥衛に頭を下げて去ってゆく。
 いきなり独りにされて不安になる祥衛だったが、すぐにドアは開いてくれた。
 それもまた、新たな不安との出会いなのだったが。

「はえーじゃん……」

 祥衛の顔を見て、不適に微笑む大貴は、黒エナメルのキャットスーツを身につけていた。

「…………」

 はじめて事務所で見たときの衣装とはすこし違う。
 似たコスチュームを何着も持っているのだろうか。
 ショートパンツからのぞく祥衛よりもずっと健康的な太腿、指先までぴっちりと覆った手袋、やっぱり重厚な首輪を嵌めていて、そんな首にチョーカーのようにボールギャグを重ねづけている。

「入れよ」

 なにも言えないまま、従う。
 コンテンポラリーデザインの室内は複数人で暮らせるくらいに広々としていて、調度品はどれも高そうで、視線を泳がせてしまった。
 一面のガラス張りの窓からは夜景が望め、綺麗だ。

「なんだよ、びくびくして」

 扉を閉めた大貴は、サイハイブーツの踵で歩き、ひとりがけのソファに腰を下ろす。

「ヤスエのために取ったんだぜ、この部屋」
「高そう……、だ」

 奥に続く空間を見回した祥衛は、率直な感想を漏らす。
 脚を組む大貴の姿を非日常的に感じながら。

「俺はタダで使えるからしらねーけど……高いんじゃね? このホテルは真堂グループも経営にかかわってるから、スキに使っていいもん」
「……真堂……グループって……」

 聞いたことのある名前だ。
 真堂を冠する会社のCMがときどき流れることもある。

(まさ、か……)

 祥衛は大貴を注視してしまう。

「俺の親父は、真堂不動産の社長なんだ。学校のヤツらにはだまってろよ」
「…………」
「あそこではしょみんのフリしてるから……ふははっ、つうかー、ヤスエは学校こねーよな」
「……どうして俺を、呼んだ……」

 衝撃の事実に驚きつつ、最大の疑問を投げかける。
 大貴からの答えはぞっとするものだった。

「お前を犯そうって思ってるから」

 反射的に後ずさりすると、また笑われた。

「うれしくねーのかよ。高級性玩具の俺が、タダで犯してやるってゆってんだぜ」
「どうして……そんなこと……する……」

 祥衛には意味がわからない。 

「こんな世界に自分から飛びこんでくる、ド変態のカラダ見てみてーじゃん。脱げよっ」
「は…………?」

 戸惑っていると睨みつけられ、祥衛は唇を噛む。

「早く」
「…………ッ……」

 来なければよかったのだろうか、この部屋に。
 すっぽかして、逃げてしまえばよかった。
 逃げるのは得意だったはずだし、それは必ずしも間違いのときばかりではなく、正解だったときもある。
 逃げるのが下手だったら、虐待かいじめのどちらかで大袈裟でなく死んでいたかもしれない。

「すっげー、ニップル貫通してんじゃん」

 カットソーを脱ぎ捨て、上半身を晒すと、笑われる。
 祥衛は無表情のままだった。
 脱がされて笑われるのは小学校の教室でもされたことだから、慣れている。

(真堂を……こんなふうにしたのは、俺のせい……なのか……怒ってる……、ひきとめたのを、裏切ったから)

 ベルトを外してデニムも下ろす。
 絨毯に重なる衣服。
 祥衛は最後の、トランクスに手をかけた。
 下着も脱ぐなんて、本当はイヤだ。

「どうしたんだよ、恥ずかしいとかあんのかよ」

 静止していると言葉で責められる。

「むしろ、うれしいんじゃねーの? お前みたいなヤツは他人に全裸見られたくてしかたねーくせに」
「恥ずかしい、とか、ある……」

 うつむいたまま祥衛は口を開いた。

「俺は……人形じゃない。無表情だからって、なにも考えてない、わけじゃなくて、いろいろ……思……」
「……うるせーんだよ」

 言葉は途中でさえぎられてしまう。

「グチグチゆわずに脱げよ、ただ、俺の命令に従えばいいんだよっ……」
「…………」

 祥衛は唇を閉じる。
 無表情のまま、するりとトランクスを下ろし、脆弱な裸身をあらわにする。

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「ふーん……」

 大貴は相変わらずソファに脚を組んだまま、裸身で立たせた目の前の祥衛を眺める。

「ほんとガリガリだよな、ヤスエって。傷も多いし……そうゆうの好きな客多いから、好かれるんじゃねー」

 祥衛を彷徨う、品定めするような視線。

「意外に剥けてんだなー……オナニーしすぎてそうなったのかよ」

 黙っていると、大貴の口の端が歪んだ。

「やっぱ変態ってすげーなー、こないだまで素人だったみてーには思えねー。ふふふふっ……じゃあ、壁に手ぇついてケツ突きだせよ」

(なんで……そんなこと……)

 不快に感じるから、即座に行動なんて出来ない。 

「早くしろよ。さっきからトロいんだよ」

 舌打ちをされ、祥衛は素足でフローリングを歩いた。
 手近な壁に手をつき、脚も開いて立ち、言われた通りにする。

「もっと。もっと突きだせって」

 大貴が席を立ったのが、わかる。 
 祥衛は出来る限りに背中を落とし、尻を突き出した。

「ふはははっ。カッコ悪りぃ。顔キレイなのにヤスエもったいねーなー」

 真後ろに大貴が来て、首を掴まれるエナメルの手袋の感触ははじめて味わうものだ。
 もう片方の手は背骨を撫でてくる。

「どうなんだよ、実際に男娼のシゴトしてみて。やっぱ、お前みたいなヤツって男に犯されてうれしいの?」
「…………べつに……」
「べつに、なんだよ」
「……仕事、だから。うれしいとか、うれしくない、とか、そういうのは問題じゃない…………」
「は? ウソつけ」

 尻肉をつねられる。
 痛みはわりと鋭利で、祥衛は眉根を寄せた。
 床を眺めながら。

「気持ちよくてうれしくてしかたねーんだろ。大人のでけーチンポつっこまれてキャンキャンよがってるくせに……毎日中出しされる生活は、どうだよ、俺といっしょで……、俺といっしょのところにお前も堕ちてきたんだな、ふふふふっ、はははは……あははッ」
「……真堂……」

 何度もつねられ、痛みを感じながら、祥衛はますます不安になる。

(真堂が…………おかしい、どうして……)

 パァン、と音が響いたのは、今度は尻を叩かれたから。

「お前の指で開いてみろよ。ケツの穴」

 大貴の体温が離れ、祥衛は薄目を開ける。
 鈍(のろ)いと、きっとまた叱られてしまうからすぐ壁から手のひらを離し、自らの尻へと持って行く。
 両手をかけてかき分けるようにして孔の襞を晒す。

「あははははッ。きったねぇな。バカみてーな格好だぜ」

 大貴はひとしきり笑う。

「こっち来い」
「あ……」

 いきなりに腕を掴まれ、バランスを崩してつまづき、転びそうになった。
 引きずられていったのはバスルームだ。
 両開きのドアの向こうに現れたラバトリーも広く、丸い浴槽にはジャグジーがついている。
 もちろん此処からも夜景が望めて、きらきら綺麗だ。
 こんな空間に来たことのない祥衛は驚き、また目線を泳がせてしまった。

「さー、浣腸しようぜ。用意してやったんだからな。俺が。お前のために……」

 洗面器に満たされた液体がある。
 ガラス製の注射器のようなものを見ても、祥衛はまだ、それが浣腸器であるとはピンとこない。
 怜にはシャワーヘッドを当てられたり、客にイチジク浣腸を渡されたこともあったけれど、まだこの道具を使ってのプレイをする客とは出会っていないからだ。

「膝と肘ついて、さっきみたいにケツ突きだせ」

 大貴は、右手だけエナメルの手袋を外す。
 その指先で洗面器内の溶液に触れ、唇をゆるめた。

「なにするんだ…………」
「浣腸だってゆってんだろ」
「……ッ、う……」

 尻孔に塗られるジェル。
 祥衛はいまも不安なはずだった。
 けれども指の腹で塗り広げられ、入り口の襞をなぞられると、妙な高揚も覚えた。
 恥ずかしさで熱くなる頬と、おかしなことをされている倒錯感から真っ白になりそうな意識。

「なにビクビクしてんだよ。チンコ大きくなってきてんじゃん。あははッ。信じらんねードMだな」
「……うぅ……」

 あざ笑う声が、頭のなか反響する。

「ピアスつけて……取りかえしつかねーことになって、うれしがって……」

 ガラスの注射器の先で尻孔をつつかれて、はじめて祥衛は、それが浣腸をする器具だと知った。

(真堂は……ほんとうに、プロ、なんだ……こんなこと、に、慣れてて……)

 笑われながら注入される液体。
 あまりにも恥ずかしすぎて、感覚が麻痺してきた。
 性器は完全に屹立してしまい、アナルだけでなくその一部始終を大貴に見られているのもまた羞恥となる。

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 ゆっくりと祥衛を満たした溶液は、すぐに強烈な便意を引き起こさせる。
 大貴は唇を歪め、エナメルの手袋を元通り着けた。
 浴槽の縁に腰掛け、ブーツの脚をそろえてタイルに伸ばす。

「……、出、そう……」

 情けなく声を震わせ、祥衛は大貴の足下にうずくまる。
 どうしたらいいのか──いますぐ漏らしてしまいたい。

「グリセリンだから、あと三分くらい」
「む……り……、だ……!」

 こともなげに言い放つ大貴に反論する。
 腹を押さえ、表情を引き攣らせ、だんだん鳥肌もたってきた。

「そうゆう顔も出来んだ、ずっと無表情かと思った」
「……そんな……わけ……」
「じゃあ、あと二分。……ガマンしろよ。俺、ココにしろとかゆわねーし、やさしいだろ」

 大貴は踵で洗面器を蹴る。
 まだ満ちている湯面が揺れた。

「フツーにトイレ使わせてやるから。お前をきびしく調教する気なんてべつにねーもん」

 首許のボールギャグを触る指先を、祥衛は眺めた。

「れーさんから、どこまで聞いてるかしらねーけど。俺は生まれたときから性玩具だから……」
「…………」
「ずっと……ずっと……そうやって生きてきて、育てられてて……だから、フツーの世界で生きてるヤツらが、羨ましい。学校でも、いいなぁっていつも、思ってて……」

 大貴の表情がゆるむ。
 うっとりと、遠くを眺めた。

「──……だから、お前みてーに自分から堕ちるヤツなんか理解できねー、バカじゃねぇの?」

 微笑む表情は一瞬で歪み、威圧的な瞳で睨まれる。
 腹部を押さえながらも、祥衛はビクついてしまった。

「なんだよ、その、おびえた目」

 見下ろされ、軽く蹴られた。

「こうゆうことされたくて来たくせに。勃起して……真性の変態だな、お前はぁっ」
「……うぅううッ……!」

 怒りをぶつけられる怖さと、強烈な便意と腹痛、それから高まる興奮で勃起しっぱなしのペニス。
 混乱するばかりの状態、それでも必死で肛門を窄めていると、脂汗も滲んできた。

「ほら、早くトイレいけよ」

 蹴る素振りをされて、はじかれたように立ちあがる。
 腹を押さえながら一目散に浴室を出る。
 すぐそばのドアを開ければ洋式便座があって、それを見た安堵感だけで漏らしてしまいそうだった。
 座ると、すぐに放出される。
 小食な祥衛は今日もほとんど何も食べていないから、固形物はほとんどない。
 肛門を解放しても、まだ尾を引いている腹痛を味わいながら素足を眺める。

(俺のことが、ムカツク、から、ひどい言葉、とか、行動、とか……犯そうとしているのか……)

 それならば、逃げてはいけないと思う。
 紫帆から逃げだしたあの日みたいに。

(シンドウが……怒るのは、あたりまえ、かも)

 いま自分にできることは素直に犯されることしかないのだろうか。
 祥衛は心を決めた。
 今夜は、つきあうしかない。

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 トイレを出ると、浴室に大貴の姿はない。
 祥衛は裸身のまま歩きまわり、寝室で見つけた。
 両サイドにシックなスタンドが灯った広いベッド、枕を背もたれにして座っている。
 衣装の上とブーツを脱ぎ、二の腕まで覆うエナメルの手袋とショートパンツ、黒のニーソックスだけの装い。
 ニーソックスはデニールが低く、素肌を透かしている。
 立ち止まった祥衛は、投げ出された脚に瞳を奪われた。

(長いんだ)

 ハイヒールのブーツを脱いでも。
 腰の位置が高くバランスの取れた身体つきをしていることを、改めて認識する。

「……来いよ」

 大貴はだらりとした姿勢のまま、祥衛に声をかけた。

「…………」

 祥衛は無言で従う。
 大貴とおなじベッドに膝を乗せる。

「萎えてんじゃん。けど、またすぐに勃つよなー。お前はヘンタイだから」

 擦り寄ってきた大貴に腿を撫でられた。
 祥衛はエナメルの感触を好きになれそうだ。
 手のひらを這わされると、ぞくぞくする。

(真堂は……乳首にピアスされてない、んだ……)

 間近で見てほんのすこしだけ意外に思う。
 性玩具だからといって、祥衛とおなじ処置をされているわけではないらしい。

(すべすべの肌、だ。……いいにおいもする)

 シーツに倒されると、反射的に大貴の背中に腕をまわしてしまった。
 石鹸とオレンジが混ざったような香り。 
 きつすぎず、わずかに祥衛の鼻孔を刺激する。

「う…………」

 身動きを封じるように首を掴まれた。
 見下ろしてくる大貴の表情はやはり不敵だ。
 歪んだ笑みをしてみせてから、触れるか触れないかの軽く擦るようなキスをしてきた。
 掴む手は両頬を押さえてきて、頭まで撫でられたりしながら、キスはしだいに接触を深めてゆく。
 唇同士を強く当てたあと、こじ開けられ、舌は歯列をなぞってくる。

(真堂……と……キス、してる……)

 妙に緊張してしまい、祥衛は瞼を伏せた。
 ゆっくりとかき混ぜてくる舌の動きは得体の知れない生きものが蠢いているような動きだ。
 されるがままに混ぜられる。

「心臓バクバクしてんじゃん……なんだよ、お前」

 唾液に濡れた唇を離し、鼻先で首筋に触れながら大貴は笑う。

「俺とキスできて、うれしーのかよ……キモっ」

 撫でる手は祥衛の顔をなぞり、胸へと降りてきた。
 ゆっくり快楽に痺れさせてくれるような、いざなうような、エナメルの手つきに興奮するばかりの祥衛がいる。

「ほら、もう勃起してる。すげーなー、淫乱のド変態って……ふふふふっ……」

 下腹部までを大きく両手で撫でまわしてから、大貴は祥衛から離れた。
 祥衛が寝そべったまま目で追えば、サイドテーブルに置いていたローションのボトルを取り、戻ってくる。

「……ン……っ……」

 腹に垂らされ、冷たい感触に悶えてしまう。
 ピンと屹立してしまった性器を晒しているのも辛い。
 客の男や怜に発情を見られるのも恥ずかしいことには変わりはないが、大貴の目の前に肥大したペニスを見せているのはそれよりさらに辛さや羞恥が押し寄せてくる。
 ローションのぬめりを広げられながら、頬まで熱くなってきているのを祥衛は自覚した。
 玉袋も握られるとたまらない刺激が祥衛を震わせる。
 絶妙な強さで揉みこみ、それからやっとペニスを握ってくれたかと思えばすぐに手は離れ、ニーソックスの太腿が祥衛の肉茎をはさみこんできた。

「…………あぁ、あ……!」

 腿でしごかれる。
 シーツに両手をついた大貴は、いやらしく腰をくねらせローション塗れの腿を擦りあわせる。

「ン……ふ、ぅ、……シン……ドウ……っ……」
「気持ちいいのかよ。変態……」
「あ……!」

 右足が伸ばされ、祥衛の顔をつついた。  
 軽く蹴ったあと今度はその爪先で勃起ペニスをしごいてくる。

「変態、ヘンタイっ……、なんで俺、お前にこんなことしてるんだろ……わけわかんねーし」
「うッ、あぁ、あ……」
「うわ、先走り出てきてるしー、キモすぎだろ」
「んうぅうッ……!」

 このまま続けられたら、射精してしまう。
 耐えていると解放してもらえたが、ついでに身体のところどころを蹴られた。

「……はぁ、ハぁ、はぁ……はぁ……」

 天井を眺めながら、祥衛は乱れた呼吸を繰り返す。
 しばらく後、ベッド上に視線を戻すと、大貴は膝立ちで瞼を閉じている。
 大貴の姿にはひどく色気があった。
 祥衛の脳裏に、怜に連れられた宴の夜がよぎる。
 ソファで客に抱きつき、リズミカルに腰を振っていた淫靡な大貴を思いだした。

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 大貴はエナメルの手袋の指先で、おなじくエナメルのぴったりと肌にフィットしているショートパンツのファスナーを下ろしてゆく。
 掴みだされた性器はまったく勃起していなかったが、大ぶりなサイズだ。
 薄目をひらいた大貴はひどく気怠げに弄びだし、膝を折ってシーツに腰を落とす。
 動きとともに、首輪の金具が揺れた。
 そういえば首許のボールギャグはいつのまにか外されている。

(でも……首輪は……いつも、している気がする)

 どうしてだろう。
 祥衛が恥部にピアスを受けたように、それが大貴の性玩具である印(しるし)なのだろうか。
 大貴は無言のままで、ローションのボトルを自らの性器に傾ける。
 垂らしたあとボトルを転がし、両手で肉茎を扱きだす。
 気持ち良さそうなそぶりなど見せず、不機嫌な面持ちなのが、行為に不釣りあい。
 けれど仕草は淫靡でしかない。
 睾丸をいじるだけでなく、ぬめった手袋は腹部をたどり、胸元も自分で慰めてみせるのが、まるで祥衛だけに発表されている自慰ショーのようだ。

「ふー……」

 ローションに濡れた指先が乳首をつまむのを、祥衛は注視してしまう。
 色素の薄いその乳頭は尖りを帯び、性器も頭をもたげはじめていた。
 大貴はゆっくりと退屈そうに発情してゆく。

「なに見てんだよ……。お前のことだから、また興奮するんだろ。俺のオナニー見て」

 ペニスをしごきながら、大貴は眉根を寄せる。

「デケェだろ? これからお前のナカに入るんだぜ」

 ぎゅっと握りしめられる肉棒から、ぬめりが滴る。
 大貴は左手でゆったりと触りながら祥衛ににじり寄り、右手を伸ばしてくる。
 掻きわけるのは尻肉の襞だった。
 散々にあびせられたローションや、祥衛の漏らした先走りの蜜で尻の谷間もびしゃびしゃに潤っている。

「ふふふふっ」

 器用にも自慰をしながら祥衛の蕾を指先で開き、滴る中指をずるりと滑りこませてきた。

「うッ……」

 侵入してくる感触に、祥衛は声をだしてしまう。

「ふぅん、スムーズに入んじゃん」
「……ぁ……」

 ぐるっとかき混ぜられて、もどかしい刺激が走る。
 指の腹の感触は、心地いいところをつついてくる。

「っ、あぁ……う」

 たまらずに漏れてしまう喘ぎ。
 祥衛の様子を見て、大貴は指の数を増やした。
 添えられる人指し指。
 二本の指で拡げられ、祥衛は眼前に電流が走ったかのような興奮を覚える。

「う、う……、ンぅ」

 かぶりを振る。
 大貴は勃起しきった性器から左手を離し、ローションを祥衛に追加した。
 両手を使って肛門をいじられ、睾丸も転がされ、たまらない。
 薬指も添えられ三本の指で身体の内側を撫でられると鳥肌が立ち、爪先でシーツを蹴ってしまった。

「あッ、あ……、真……」
「大貴ってゆえよ」

 巧みな指先でぐちゃぐちゃと掻きまわしながら、大貴は祥衛と視線をあわせてくる。

「名字呼びとかー、くそ萎えるんだけど」
「……っッ、ふ……、……」
「挿れて大貴ってゆって」

 悪戯っぽく唇を歪め、いたぶりを解かれた。
 抜かれたエナメルの手は祥衛の脚を撫でたどり、足首をきゅっと掴む。
 ぬめる感触と、ひとつひとつの動作に、祥衛の発情は煽られ、ますます頬が熱くなっていった。

「ほら、ゆえよ、早く」

 大貴は自らの性器を握りしめてふたたび擦りだす。
 祥衛はベッドに身体を投げだしたまま、唇を動かした。

「い……、れて、ほしい……」

 吐きだす吐息さえも熱く感じる。
 心臓がひどく波打っていることがわかる。

「……だ、だいき……」
「……祥衛」
「あ…………」

 抱きつかれ、きつく腕を回された。
 それは一瞬の抱擁で、大貴はすぐに身を起こす。
 祥衛の腿を割りひらき怒張した性器を押しつけてきた。

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「ッうぅう、う──……!」

 挿入ってくる肉杭。
 じゅうぶんに慣らされているからか、痛みはない。

(真堂と……、こんなこと……、して……る……)

 いまだにどこか信じがたい気持ちもあった。
 感触はこんなにもリアルなのに。
 両腿を掴まれて最奥まで満たされて、意地の悪い笑みを浮かべている表情を間近に見ているのに。

「イイ感じの穴だなー、ふふふふっ……締めつけてくる」

 すべてを埋めると腰をくねらせる大貴。

「ッう……、ぁ……!」

 そんな動作も祥衛の体内に悦びを生むから、ぎゅっと瞼を閉じて鳴いてしまった。

「……すげーケツ感じるんだなー、ヤスエって。ホントはゲイなんじゃねーの?」
「ちがっ……」

 大貴のペニスが抜けてゆく。
 かと思えば、すぐに根元まで押し戻され、祥衛は「あぁあ」と、自分でも恥ずかしくなる鼻にかかった声を寝室に響かせてしまった。

「ちが……、ちが……うぅ……」

 抜き差しをはじめられながら、祥衛は否定を続ける。
 さっそく、気持ちいい。
 擦られるたびに強い快感が生まれる。

(イイ……、うま、い……、すごい……)

 祥衛が意識せずとも吐息が唇から漏れてしまう。
 それは咽(むせ)びとなって、抽送のリズムとともに吐かれ、行為を彩る。

「は、ッ、あぁ、あっ、は……」

 鳴いていると、鼻で笑われた。

「乳首も勃ちっぱなしじゃん、スゲー」
「あッ……あああぁ……」

 大貴は揺らしつけを止めないまま、両手を祥衛の胸に伸ばしてきた。
 コリコリと弄りまわされるふたつの突起。
 腰遣いのほうは、小刻みに変わる。

「ッぁああっ、あ──……!」

 翻弄する動きに大きく表情を引き攣らせ、ひときわ派手な声もあげてしまう祥衛だった。

「ふははははッ。まじきめぇ……」

 ニップルピアスをはじかれる。

「……ひッ……」

 痛みに震えた祥衛は、左足を大貴の肩に抱えあげられてしまった。  
 内壁を突くペニスの当たる場所が変わって、また新しい刺激が祥衛を甘くとろけさせる。

「う……う……、うぅ……ッ……」

 ただただ、咽び鳴くしかない。
 大貴は唇を歪めたまま、わざと荒っぽい抜き差しをして、肌と肌が当たる音と、ぬめった水音をたてることでも祥衛を煽った。
 寝室にいやらしさが響きつづける。

(……うますぎ……る……、……真堂……!)

 そういえば、怜が教えてくれた。

『大貴くんはね、男のコとエッチなことがしたい人たちのニーズに応えるために育てられてきたんだよ。小さい頃からね──』

(真堂は……ほんとうに……ずっと……こういうことして生きてきた……んだ……)

 身体で理解させられた。
 祥衛の左足首を肩に受けたまま、大貴は扱いてもくる。
 びしゃびしゃとローションの音がまた派手に立つ。
 乳首をいじられながらもよかったけれど、こうしてペニスに刺激を受けながら掘られるのもイイ。

「あ……ぁあ……、あ……」

 快楽に酔いしれて喘ぐ祥衛の脚を外すと、今度はしっかりと祥衛の腰骨を掴んでくる。
 腰の動きをスローペースにして、最奥を突き、しばらくそのまま停止した。
 絶妙なタイミングで引き抜き、また奥まで埋められる。
 大貴は緩急のつけかたも巧い。

「ううぅ……あ……、はぁ……!」
「勃起しっぱなしだな」
「真堂が……、う、ま」

 上手だからだと伝えたかった。
 けれど眉間をしかめた大貴に頬を抓られてしまう。
 相変わらずに後孔へのピストンを続けられながら。

「……大貴ってよべってゆっただろ」
「ごめ…………」
「……祥衛とはー、ふつーに仲良くなれると思ったのに」
「…………」

 大貴の声のトーンが、沈む。 

「てめーが男娼になるってゆうから、壊れたんだ。許さねぇ。こんな……こんなことになって……」

 憎悪に似た表情で、睨まれた。
 快感のなかで祥衛はひるむ。

「だ、いき…………」

 大貴はベッドを殴る。

「はらたつ。ムカツク。くそおッ……どうしてだよッ……イライラする……」
「ッひ……ぁ、ぁあああ……ぅッ……!」

 苛立ちながらも腰つきを激しくさせる大貴。
 荒ぶりとしか思えない衝動に、ひどく揺らされて髪も乱し、祥衛は揺れていた。 
 ペニスを先程より強く握られる。

「淫乱がッ。乱暴にされるのが、きもちいーんだろ」
「やめっ……、だい、き……」

 強引な抉りと扱きに、快感だけでなく苦痛も走る。
 けれど大貴の言う通り、相変わらずに気持ちよさが続いているのも事実だ。
 こんなにめちゃくちゃにされても、祥衛の肉茎は萎れる兆しも見せない。
 むしろ、ますます固くなって、尖端の孔からひたすらに先走りの蜜を垂らしている始末だった。

「あ……、ぁ……、あぁあ……ッ……!」

 祥衛の呼吸はいよいよ乱れはじめる。
 激しい行為に、大貴も呼吸を乱している。
 きつく瞼を閉じてしまったから、大貴がどんな顔をしているのかもう分からなくなった。

「……ッ、しん……」

 真堂と零しそうになった口をつぐむ。

「……だ、いき、大貴……、く、イク……」
「あははははッ、そう……かよ……」
「イキそ……う、うぅう……──!」

 身体じゅうが歓喜へと突き進んでゆく。
 絶頂に吸いこまれそうで、薄らむ意識。
 打ちこまれる蠕動と、擦られる衝撃と、鼓動のすべてがひとつに溶けてゆく感覚に堕ちる。

「あッ……、あっ……、あ……ぁああ……!!!」

 祥衛の頭は、真っ白に染まった。

「──イク……──!!」 

 その瞬間にその言葉を声に出して言えたのかどうかもわからない。 
 凄まじい悦楽の海に飲みこまれ、さらわれていった。
 四肢を力なく投げだしたまま。

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 祥衛は、夢を見た。
 海の底に溺れていったはずの祥衛は、気づけば波打ち際に座りこんでいた。
 さらさらとした白い砂。
 よく訪れる埠頭のよどんだ水面とは違って、鮮やかすぎるエメラルドグリーンがさざめく。

『ねえ……祥衛』

 裾の長いワンピースに、サンダルを履いた紫帆がとなりにいる。
 祥衛とおなじく膝をかかえた体勢で。

『沖縄の海って、どうして、こんなに綺麗な色をしてるのかしってる?』
『……さあ……』

 紫帆のペディキュアをなんとなく眺めたあと、視線を目の前の海に戻した。
 空は澄んで高く、陽光は眩しいのに、暑くないのは夢だからだと心のどこかで冷静に呟く。

(そうだ、此処は、ゆめ)

 寄せる波の音が響く。

『………………』

 黙っていても、咎めないから紫帆のとなりは心地いい。
 小学校のときのいじめっ子や、母親の仲間みたいに、はやく答えろとか、グズとか、ノロマとか、言ってこないから、いい。

『太陽の光が、サンゴの死体に反射しているからだって』
『……そうなのか…………』
『なんだか、不思議だよねぇ』
『…………あぁ…………』

 このままずっと、夢に浸っていてもいいような気分になりそうになる。

(でも、この紫帆は、俺の記憶とか……理想、が、つくり出した、紫帆)

 膝を抱えて、夢の紫帆となにも話さず、海を眺める。

(ほんものの……紫帆に会いたい。だから)

 目覚めて、また現実を始めないといけない。
 祥衛はゆっくりと、立ちあがった。

『もう行くの? 祥衛……』

 紫帆は座りこんだまま、ペディキュアとおなじ碧色に塗られたマニキュアの指先で砂浜をなぞる。

『行く………』
『そっか……』

 歩きだす祥衛の背中に『またね』と声がかけられる。

『また……会おうよ……祥衛』 

 瞼を開けると見慣れない天井があった。

「…………」

 丸い形をしたライトを見つめ、そういえばホテルにいたのだと思いだす。
 半乾きのローションが気持ち悪い。
 シャワーを浴びたい、と思った。

(そうだ……俺は……真堂と……)

 セックスをして激しく揺さぶられて、いまもなんだか後孔に違和感がある。

(……真堂、は……?) 

 祥衛は寝室に大貴がいないことを認識し、身体を起こした。
 かけられていたブランケットを、はだけて。
 窓のむこうの夜景がただ綺麗に輝いている。
 もしかして、置いて帰られたのだろうか。
 こんなに高級なホテルに置き去りにされるのは心細い。

(そのばあい……、ふつうに、帰って、いいのか………)

 手続きだとか、お金だとかは、必要ないのだろうか。
 利用したことのない祥衛には仕組みもわからない。
 不安を覚えながら、裸身のままベッドを離れる。
 一糸まとわぬ姿のまま広い室内を彷徨っていると、洗面所に灯りがついているのを見つけた。

(たしか……)

 トイレから出たとき、祥衛はちゃんと電気を消したし、両開きの戸は閉めたはずなのに中途半端に開いている。
 大貴は風呂に入っているのか、と妥当な見当をつけてソファを横切り近づいていった祥衛は、ビクッと足を止めてしまう事態に陥った。

「……ッ、うぅ……、うぁああっ……」

 大貴の声だ。

「うっ、うぅ…………、はッ……、っ……」

 鼻水をすする音。
 激しい嗚咽。

(な…………)

 祥衛は目を見開き、動けなくなった。

(泣いて……るのか……? どうして)

 意味がわからない。
 突然に呼びつけられた理由も、嘲笑されたり乱暴に犯された理由もわからないけれど、それ以上に泣かれている理由を理解できず、困惑しか覚えない。
 今夜の大貴はすべてが妙だ。 

「…………」

 泣き声を聞きつづけているわけにもいかない。
 祥衛は唾を飲みこんだ。
 緊張するけれど洗面所に近づき、おそるおそる覗きこんでみる。
 祥衛を犯したままの姿──ニーソックスに二の腕までの手袋、ショートパンツに首輪の大貴が、バスタブにもたれ、膝を抱えて座りこんでいた。
 小刻みに素肌の肩が震えている。

「……あ…………」

 気配に気づいたのか、大貴は顔をあげた。
 充血した瞳から、涙が頬を伝う。

「……ヤスエ…………」

 グズッ、と鼻をすする大貴に、どんな言葉をかければいいのだろう。
「何か言わないと」なんて思えば思うほど混乱して、気の利いた一言を見つけだせずに時間だけが流れてしまう。

「ごめん…………ヤスエ……ごめん……っ……!」

 沈黙のあと、口を開いたのは大貴のほうだ。
 謝罪されるのも祥衛にとっては予想外だった。

「俺…………仕事で、これから、ヤスエとヤらされるなら、お客さんの前じゃないところで、ふたりで先にした方がいいかなって……思って……」

 嗚咽混じりに話される、祥衛を呼びだした理由。

「ふだんの俺じゃなくて性玩具の俺なら……仕事モードの俺なら、できるかなって……でも……できたけど……! ごめん……めちゃくちゃにして……いろいろヒドいこともゆって……ごめん……ああいう俺に持っていかないと、できなくて……!」

また涙が滲んできて、大貴はエナメルの手で目を擦る。

「サイアクだよな……身体、だいじょうぶ、ヘーキ……?」
「あぁ……」
「……だけど、ほんとに俺は、ヤスエが男娼になるの、イヤで、認めたくなくて……でもそれはっ、ヤスエのことを想って」
「わかってる……から」

 大貴の涙は止まらない。
 いよいよ祥衛は困ってきた。

(真堂は……わるく、ない……どうすれば……いい……)

 とりあえず、祥衛も浴室に足を踏みいれる。
 裸身のまま。
 注射器型の浣腸器と空の洗面器をちらりと見てから、大貴のかたわらに腰かけた。

(並んですわるなんて、さっきの夢、みたいだ)

 祥衛もまた、膝をかかえてみる。

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「でも……それだけじゃねーんだ。ムカついたのもホントなんだ。なんで、フツーの世界を捨てるんだろうって……こんなに俺があこがれてて、嫉妬してる、性玩具じゃない生活を自分からやめるなんて信じらんねー。けど、ヤスエが決めたことだから、俺がグダグダゆったって、しょうがねーのに……」
「…………」
「だれかの世話になるとか、シセツ?は、ヤなんだよな……?」
「イヤだ……」

 うなずくと、大貴は祥衛をしみじみといった表情で観てきた。

「すげーよ、祥衛は……」

 泣きはらした目と目があって、祥衛は首を横に振る。

「……わがままな、だけって、怜君には言われた、けど」
「ううん。そんなことない……すげーって思うぜ。カッコいいし、きれいだな。俺とはちがう……」

 大貴はひどく表情を翳らせた。
 いろいろな表情を見せてくれる大貴だけれど、また、それは祥衛がはじめて知る大貴の顔だ。

「俺は……弱いし、汚くて……」

 膝を抱えたまま大貴は、ぞっとするほどネガティブな言葉を祥衛に吐く。

「俺の身体にきれいなところなんてひとつもない。全部汚れてて、アタマもおかしくて、ほんとうはフツーの学校なんて行けねーどころか、昼間出歩けないような存在だもん。もっと外で遊びたいとか、思うことすらおこがましい……がまん、しなきゃ……」
「…………」

 たたんだ腕に、大貴は額を押しつけてしまう。
 見えなくなる表情。
 亜麻色の髪を、祥衛は眺めた。 

(…………真堂……)

 公園で見せてくれた明るい大貴は何処に行ってしまったのだろう。
 こんなの、まるで、別人だ。

(そもそも真堂は……どうして男娼を……)

 しているんだろう。
 最大の疑問がよぎる。
 それを尋ねていいものかどうかも祥衛には判断がつかない。
 不用意な言葉で傷つけてしまうことが怖い。
 ただでさえ、しゃべるのが苦手なのに。

「……俺が男娼をやめればいいんだ。そうすればヤスエとヤらずにすむ。強制されてやってるわけじゃねーし」
「そう……なのか」
「うん……薫子だって、俺には男娼させたくないって思ってて……親父は、社会勉強になるとかのメリットもあるけど、つづけるのもやめるのも俺の自由だってゆってくれてて……」

 親公認だということも、祥衛には驚きだ。

「俺が淫乱で、男なしじゃ物足りないから、エロい仕事つづけてるんだ。俺の意思で」

 大貴はきっぱりと言いきる。

「だから、祥衛とヤらざるをえないのも、俺のせいなんだよな……あははっ」

 顔を上げる大貴。
 笑いかけてくれたけれど、明らかに無理に作った顔だ。
 見透かせても、どうしてやればいいのか、祥衛には解答が出なかった。

「俺が、勝手にひとりでウダウダゆってるだけなんだ。ほんとごめん……次は……もっと、ちゃんとエッチする。やさしくする」
「…………」
「俺だって……プロだもん。ずっとしてきたんだ。わりきれる……」

 まるで自分に言い聞かせるように告げたあと、大貴は身体を起こした。

「フロ入れよ。ヤスエ、ハダカだし」
「……あぁ……」

 笑顔を維持したまま、大貴は出ていく。
 閉められる浴室の扉。
 祥衛は、ゆっくりと入浴した。
 わざと。
 きっと大貴は、まだ泣いているのだろうから。