Embrace

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 大貴はイギリスにいる祖母のお見舞いに行っている設定になっているらしい。
 らしい……というのは、スマートフォンに送られてきている友だちや、男娼業の客たちからのメールやLINE、留守電の内容から察したから。
 薫子は大貴を監禁した際に、とんでもない嘘をついてくれたようだ。
「どーすんだよ、こんなことゆって。おみやげとか、つじつまとか……!」
 みんなと話したいけれど、なんと返していいのかわからないからずっと返信をしていない。
 確かに祖母はロンドンに住んでいるがとても元気で、病気だなんて嘘をつくのは大貴には難しい。
 施錠された地上への扉にもたれて床に座り、大貴はスマホを放る。
「なー、ノエルっ。俺いますげーこまってる……」
 ドーベルマン・ピンシェルは、投げだした大貴の脚の間に入ってきて寝そべる。大貴はゆったりとしたガウンの袖を揺らし、その頭を撫でた。
 今日の大貴とノエルの首輪はおそろいだ。
 装いは黒色を基調としていて、性玩具のくつろぎ着といったテイスト。オーバーバストコルセットに、ニーソックス、ダマスク柄の刺繍をあしらったスリッパ。革製の手枷は拘束なしで嵌めている。
 下着は要求通りやっとボクサータイプにしてもらえたけれど生地が薄くて性器がうっすら透けてしまう。だからガウンで閉じたいのだが、バッスルになっていて、前丈はきちんとリボンをしめてやっと太腿まで隠れてくれた。後ろは引きずるくらいに長い。
 コルセットはもっと締めてくれてかまわない、それなのに使用人たちはゆるめにする。気遣われているのかなぁと大貴は思った。
 さきほど、お抱え運転手の桐島も「気晴らしになるでしょうか」と、ドライブに連れていってくれた。崇史に許可をとって。こんな格好のままだからとても車外には出られないが、窓ガラス越しに外の風景を眺めることができて、ひさしぶりに陽光も浴びれて幸せなひとときを楽しめた。外の世界はすっかり夏で眩しかった。
「だぃきくん、こまってるの?」
 声色を変えてノエルのセリフを言う。ノエルは高い声っぽいと大貴は小学生のころから勝手な想像をしている。
「うん、もうやだ。薫子おねえちゃんのせいだよ」
「それでもだぃきくんは、おねえちゃんのことスキなんだよねっ」
「そうなんだよなー……だいすきなんだよなぁ……」
「どんなところがスキなの?! のえるにおしえて!」
 大貴はノエルの前足を掴み、動作をつける。
「えーとー、まずやさしいところとー、いいにおいなところとー、髪さらさらで長いところと、色白なところと、目がすっとしてて綺麗なところとー、唇の形もスキだしー、まつげもスキ、シルエットもスキ!」
「あとはあとは? それで?」
「ケーキつくってくれるしー、センスよくてゴスロリにあうし、俺とおなじでSなところもスキだしー、ことば遣いもスキだし、なんてゆうかぁ、もう全部かなー」
「すごぉい! だぃきくんは全部スキなんだね! もう、けっこんするしかない!」
 だよなー!と笑っていると、足音に気づいた。
 ハッとして顔をあげると執事の黒柳が歩いてきている。
 大貴はとっさにノエルの前足を手放し、ドライブの途中で桐島を下ろして買いにいかせたファミ通を手にとった。しかし、そんなことをしても、なんのごまかしにもならない……
「大貴おぼっちゃま……」
「はなしてない! ひとりではなしてない!ノエルがかってにしゃべる!」
 見られたことが恥ずかしすぎて、大貴は広げたファミ通を顔に押し当てぶんぶん頭を振る。
「てゆうかおまえ地下にいたのかよー、いるならいるってゆえよっ、つぎに買うゲームかんがえてるんだよ! な、なんにしようかなっ」
「落ち着かれてください、大貴さま」
 大貴は目だけ雑誌から出す。頬が熱い。黒柳は胸に手を当てて一礼してから「ご令嬢さまについて、判ったことがありまして」と、告げてくれた。

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 信じられない……信じたくない。
 実家に帰った薫子は縁談を進めているという。
 相手は律泉(りっせん)家の子息。
 不動産業に重きを置く真堂家に対し、律泉家は貿易など商社業に力を入れている家柄だ。
 そんな話を聞いてしまった大貴は、はじめ呆然として、困惑して、悲しみにも襲われた。
 大貴のわがままで牛フィレのステーキを用意してもらった夕食なのに、味がよくわからなかったし、バスタイムもその後のボディケアの時間も落ちこんでいるので、使用人たちに心配された。
(いやだよ、おねえちゃんっ……)
 今夜の崇史は帰りが遅いそうなので、大貴はひとり、ベッドにねそべっている。コルセットはサテン、素肌に羽織る薄手のガウンはナイトナイムに合う肌触りのいいシルクと、おやすみ用の男娼着。
 Penhaligon’sのエンディミオンをつけてもらったけれど、崇史と同じフレグランスに包まれても癒やされない。
(僕のほうが先に、結婚してってゆったじゃんッ! どうして、どうしてっ……)
 涙が滲んできそうになったから、目を閉じた。
 同い年に生まれたかった──その感情は最近すこし薄れていたけれど、ひさしぶりにこみあげる。
 叶うなら、いますぐ大人になりたい。崇史のような大人の男になって、薫子を攫ってしまって、きつく抱きしめたい。二度と離したくない、腕のなかに閉じこめてしまいたい……
(だめだ……ありえないことを想像したって……)
 行動を起こすのは架空の自分でもないし、未来の自分でもない。現在の自分自身が動くことで、思い描く未来に繋げてゆける。
 大貴は悩ましさに表情を歪めつつ、身体を起こす。地下の寝室の壁にはナイトスタンドの灯りによって陰影が作りだされていて、大貴の身体も黒く投影された。
「……会わなきゃ……おねえちゃんに、ぜったいに……」
 薫子に自分の気持ちを伝えたい。
 そして薫子の本当の気持ちも知りたい。
 大貴を避けだして、大貴を傷つけて、崇史に言わせれば『緩慢な自殺』に走りだした薫子。
 それならば、律泉の御曹司との婚姻も『自殺』なのだろうか。本当は薫子は望んでいないのに、自らを傷つけるためにわざと行っているのだろうか。
(どうしてそんなことをするの? やめてほしい……)
 大貴は辛くなる。
 薫子には、薫子らしくいてほしい。
 いつも黒いゴシックなドレスを着て、ホラーや廃墟に興味を抱いていて、S嬢として働く一面もあって、棺桶の形をしたお菓子をつくったりして……そんな素の薫子のままずっといてほしい。
「僕のそばなら、ずっとそうさせてあげられる。薫子おねえちゃんのすべてを僕はスキだもん……」
 頷いて、ぎゅっと首輪の金具をさわった。首輪の意味はもう崇史の性玩具というだけじゃない。女王としての薫子が飼う奴隷であり男娼だという意味もあったはずだ。いまの大貴には。

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「令嬢と御曹司はそう遠くないうちに正式な見合いだと、早くも噂になっている」
 地下寝室に来た崇史はシャンデリアを灯した。
「起きているのなら明かりをつけなさい」とも言葉を添えて。ラフなTシャツに薄手のカーディガン、スラックスといったいでたちだ。
「目が悪くなるだろう」
「パパ……おかえりなさいっ……」
 崇史はデスクにノートパソコンや書類、数冊の本を積む。大貴を地下に閉じこめてからというもの、此処で持ち帰りの仕事をしてくれている。重そうなビジネスバッグも足元に置かれた。
「……お見合いなんて……そんな……イヤだ……!」
 大貴は歯を食いしばった。ゆるせない。相手の男をメチャクチャにしてやりたい衝動すら起こった。力加減せずに幾度となくブルウィップを振りあげてしまいたい。
「どうしてみせる? お前は」
 ゆったりとチェアに腰掛ける崇史は、いつもと変わらずに優雅だ。40近くなっても相変わらず海外モデルのように麗しい。
「僕を地下から出して。だめって言われても、どんな手を使ってでも、ここから出たい」
 大貴はずっと拳を握りしめて震えているわけにもいかないから、スリッパを履き、崇史に近づく。
「……薫子おねえちゃんとお話ししたい」
「話すだけでいいのか」
 崇史は大貴を見据える。大貴の想いの強さを探っているようだ。大貴は崇史をまっすぐに見つめ返しながら、首を横に振る。
「イヤだ……告白する、スキだって伝える。いままで以上に本気でゆう。それからっ……」
「それから、どうするんだ」
「薫子おねえちゃんの気持ちも教えてもらいたい。俺が伝えるだけじゃなくて、おねえちゃんの本当のこと、知りたいよ。パパは……俺をあいするには、もっと闇のなかに踏みこまないといけないってゆってたよね。それが、おねえちゃんは怖いんだろうって……」
 崇史の言うとおりなら、薫子も大貴を大好きでいてくれることになる。大貴は本当にそうなのか、信じられない想いもあるけれど……
「僕はおねえちゃんを抱きしめたい。そこがりんり、とか、常識、善悪とかを超えた場所だって僕には関係ない。僕はお姉ちゃんのことだいすきだから、この気持ちで、闇のなかだって、何処でだっておねえちゃんをしあわせにする!」
 大貴は自分の胸に手を当てる。幼いときから崇史の趣味でときどき着けられる、上質なコルセットの感触を指先に感じた。
「お前の身体は余すところなく調教したが」
 崇史は満足気に唇をゆるめた。
「心は素のままに育てた。それは難解な匙加減だった。躾のカリキュラム、投薬の配合、すべてのバランス計算はいつも俺を愉しませた。結果大貴にとっては、苦しみながら悦ぶという生き地獄となったが……ふ……」
 はははは、と、崇史は声を出して笑う。まるで少年のような無邪気な笑みで、そんな顔を崇史がするのは珍しい。手に入れたばかりの拷問器具を試すときくらいだ。
「堕とされた闇と身体の退廃さにも染まらず、いくばくかの加虐的な趣味を兼ね備えていても。お前の芯は光のまま。その光で俺の闇も薄めてくれる……」
「……パパのお話っていつもむずかしいよ。地獄はわかるかも。はらたつ……!」
 崇史はすこし哲学的だから、大貴は理解するのに時間がかかってしまう。

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「お前の光で、令嬢の闇を照らしてやれ」
 崇史はそう言った。口を尖らせている大貴に。
「律泉家と峰野家にトラブルが起こっても、真堂家が恨まれることになっても、パパが払ってやる」
「あ、そっか……!」
 大貴は気づいた、単純に告白するだけの話ではないということに。家の大きさが大きさなので問題に発展するかもしれない。それこそビジネスに損害が出たり、株価さえも動いたりするような。
「どうしよう、迷惑かけたくない」
「大貴はなにも悪くはない。貫け。そもそも、先に婚約を申し入れたのは大貴だろう」
「……パパ……!」
 崇史の言葉に大貴はうれしくなる。だから……思わず崇史に抱きついてしまった。やっぱり崇史は大貴のことをよく理解してくれて、認めてくれる父親でもある。
「どうした、大貴」
 腕を回され、髪を撫でられた。
「俺……パパのことだいすき。こんな身体にされてうらんでるし、一生ゆるさない。……けど、けど……だいすき、尊敬もしてるんだよ」
「そうか……」
「今日の昼間もー、ドライブさせてくれてうれしかった。ありがと、パパ」
「本当はお前を外になど出したくはないのだ」
 ふと、崇史は本音を漏らした。
「室内飼いで足元に転がしていたい。ずっとな」
「ヤだよー。俺はお出かけもスキだしー、学校もスキ」
 大貴は「でも、その気持ちわかる……」と、崇史から身体を離しつつ呟いた。
「俺もおねえちゃんを閉じこめてたい。ずうっと屋根裏部屋に入れて鑑賞したり髪の毛を触ったりして、出してって言われても断って、数を数えながら色々とすこしづつ傷つけたい……血をなめたりもしたいなー……ねえ、そういうのいいでしょ、パパ……」
「……ああ、いいと思うぞ」
 ふたりで薄く笑った。歪んだ笑みをこぼすとき、大貴と崇史はいちだんとよく似た顔つきになる。
「パパならそう言ってくれると思った。ふふふふっ……俺、書斎に行って本取ってくる。まだ眠くないもん」
「──待て」
 立ち去ろうとする大貴のガウンを掴み、崇史はずるりと脱がせた。なにかヘンなことをされるのかと思った大貴は反射的にビクッと大きく震えてしまったが、崇史は大貴のコルセットを背中から締め直しはじめただけ。やはり、使用人によるゆるい締めかたは気に入らないらしい。
「怯えられたものだ。自業自得か」
 くつくつと笑う。怯えられていることもうれしそうな崇史をやっぱり変態だなーと思った大貴はくびれが完成するとガウンを羽織り直した。
「薫子おねえちゃんにもまたコルセットを選んでもらいてーなー。なんか、マンションで仲良くしてたころのこと、思いだしちゃった」
「お前は、令嬢の奴隷でもあるのだったな」
「そうだよ。でも、カレシにもなりたい……おつきあいしたい!」
 告白するときのことを想うと、なんだか高揚してくる。失敗したらどうしようなんて考えるのはよそうと決めた。
「カレシになったら、おねえちゃんって呼んじゃだめだなー。なんて呼ぼうかなっ。かおるこさん……なんかちげーなー。ちゃんづけもヤだなー……じゃあ、薫子……」
 しっくりくる。大貴は早くもパソコンのキーボードに指を走らせている崇史に伝える。
「薫子! 俺、薫子ってよぶ! やべー! カレシっぽくね?!」
「大貴の好きにしたらいいだろう。大きな声を出すな」
 呆れた様子ながらも、崇史は微笑ましげでもある。大貴はくるりと背をむけて、今度こそ寝室から出てゆく。
(呼びすてにする! えへへ! すっげー!!)
 大貴の未来はすこしずつ明るくなってきた。とりあえず今夜はひさしぶりにエドワード・ゴーリーの絵本を開くのもいいし、処刑と拷問道具の図鑑もいい。迷うから何冊かを持ってきたい。

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 大貴の口からペニスが抜かれる。どろどろ溢れるのは甘ったるいローションの味と、喉まで抉られて逆流してきた胃液だった。
 手枷と足枷と首輪につながれた重厚で長い鎖を揺らしながら、大貴は仰向けに崩れ落ちた。擦られつくした尻穴はひどく熱いし、飲まされた精液の後味は喉にしっかりこびりついている。こんなにも大貴を蹂躙したのに、崇史はまだ行為を終えてくれそうにない。
 ……絶倫かよ、と呆れてから、大貴は自分の勃起もずっと維持しつづけていることにも気づく。
 大貴はすでに幾度か達している。絶頂の回数は崇史より多い。それなのに欲情が尽きない。
(こわい……俺……パパとすると……)
 いつまでも溺れていられる。ふだん大貴は客とのセックスでは、むしろ冷めているほう。淫乱を演じてやることはあっても、心のなかは淡白なままなのに。
「あ──……、パパぁ……」
 鎖の垂れた腿に手を掛けられて押しひろげられ、入り口に肉感が当たる。けれどナカには挿入ってこないから、大貴はすがるような視線を崇史に投げた。
「犯して欲しいと、甘えてみせろ」
 残酷な言葉。支配者は冷徹な薄明かりに照らされて、陰影で微笑う。
「う……ッ……」
「もう、今夜は良いんだな?」
 伸ばされる長く綺麗な指先。顎を撫でられ、首輪を弄られた。大貴は泣きそうな気持ちになる。自分から性的虐待してなんて言うのはイヤだ。プライドもある。
「もっと理性を飛ばしてやらなければ、素直に甘えられないか」
 ふふ、と笑う、美しい顔だち。ずっと憧れている、だれの父親よりも格好いいと胸を張って言える存在……大貴は結局自分から崇史の性器に身体を沈めた。なめらかに挿入ってしまう。
「おかして……俺を犯して……」
 涙がこみあげてくるのを感じて、かるく握った両手で顔を覆った。崇史は揺らしつけをはじめながら「頑張って言ったな」と優しくねぎらってくれた。
 そのまま、しばらく抱かれていた。
 啜り泣きと喘ぎが交じる。苦しい。ちゃんと息をしないとまた過呼吸になってもっと苦しくなる。
 それなのに……こんな状況なのに気持ちよさもとめどなくて、先走りを涎のように垂らしている事実が、信じられない。
 何度思っただろう──身体だけじゃなく、心も調教してくれたらと。何の疑いもなく悦んで腰を振るようないやらしい玩具に躾けあげてくれたら、矛盾に苦しむことはなかった。
 いっそ、感情のない人形に創りあげてほしかったと願った夜もある。
(でも……心を残してもらえたから、俺は薫子おねえちゃんをスキって思えてるのかな……?)
 そっと瞼から指を外す。揺らされながら。
(学校もスキだし、パパのこともスキ。いろんなことに興味もてて、毎日はしあわせだよ。ヤなこともあるけど、楽しいことも多くて、友だちもいて……)
 じゃあやっぱりこれでよかったのかな、と崇史を見上げる。充血した赤い目で。
 崇史は奥まで貫くと腰を止め、大貴の髪を撫でてくれた。最中なのに相変わらずさまざまなことを考えてしまう複雑な心地を理解ってくれている。それでもセックスを止めはしない、凶悪なサディストなのだけれど。
「辛いな。大貴」
 ……うん、つらい…………、素直に大貴は頷いた。そんな大貴を慰めるように崇史はキスをくれる。覆いかぶさられ、舌と舌の繋がりを愉しんでいると、寝室にノエルが入ってくる。かすかに開いていた扉から……
(……あっ、ノエル……)
 広間にある彼の居場所で眠っているはずだったのに、ベッドのそばまで来ると、心配そうに大貴を見つめる。しょんぼりとした表情に大貴には感じられた。
 だから大貴はキスが離れると、ふたたび抽送されながらも、ノエルのほうを向き腕と鎖を伸ばす。
「だいじょうぶ……だよ、ヘーキ……痛く……ないし……ッ……」
 ノエルは大貴の爪を舐めてくれた。大貴はノエルを可愛いと思う。癒やされる。そんなふうに思えるのも心は素の大貴のままで残してもらったからだ。
「ノエル、おいで……」
 大貴が命じると、ノエルはベッドに飛び乗る。大貴とノエルを交尾させたこともある崇史は、シーツにノエルを乗せてもなにも言わない。
 大貴はノエルを抱きしめた。おそろいの首輪が触れる。体位は乱れ、打ちこみは終わらない。

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 ノエルを抱きしめ大貴はすこしずつ落ち着いてきた。
 あまりにも歪んではいるけれど、大好きな存在に挟まれて味わう気持ちよさはまるでぬるま湯に溺れてゆくみたいでいい。
 リラックスさえ、できる。
(薫子おねえちゃんとも……エッチしたら……こんな気持ちになれるのかな……もっといやされるのかな……そうしたら、どうしよう……?)
 ノエルはじっとおとなしくしている。毛並みに頬を当てながら、大貴はこみあげてくる絶頂を崇史に申告する。
「パパ、イク……、イキそう……」
 するとペニスを握られる。腰は振られたまま。
「堪えてみろ」
「ンっ、うぅ……、あー……、パパ……」
 ゆるしてぇ、と、咽び泣くような声を上げてしまった。
 許可がほしい。白濁を漏らす許しがほしい。
 大貴は、許可なしの射精は叱られてしまう崇史の性玩具だ。
 腰つきをとめられた。絶頂間際で快感を絶たれることは、いまの大貴にとっては地獄でしかない。
「あ、あっ……」
 ノエルを離し、鎖がシルエットを落とすシーツを眺めて両手をつく。くずおれているような体勢だ。震えていることがすごく情けない。腸壁がピクッピクッと痙攣しているのもわかる。排泄器官ではなく、膣として躾られた肛門は心底快楽を欲している。
 あと一歩で堕ちれるのに。背後の崇史に、背中を押してほしい。目の前の深い闇に突き落としてほしい……
「ひッ、お、ねがい、イカせて……出させて……」
 腕をたたみ目元を押し当てた。いったいどこまでこの父親は、自分を情けなくさせるのだろうとも思う。プレイではSとして振る舞うこともある少年男娼だなんて、聞いてあきれる。崇史の前ではそんな性癖の自認でさえ崩壊しそうになる。ノエルは悲しそうに鼻を鳴らし、大貴の頬を舐めてくれた。慰めてくれている。
「イキたいよぉお………おねがい、射精させて……」
 マゾのように鳴いているのに、肉棒は抜かれてしまった。淫らに腰をゆすり、鎖の音も鳴らし、許可がほしい旨を表現して懇願する。
「はしたない。あまりにあさましいと、お仕置きだぞ」
「ヤだ……! 折檻はゆるして、ヤだぁ……」
 尻を撫でられるから、叩かれてきた記憶が蘇る。パドルや乗馬鞭、ときには一本鞭でもまるで愛されるかのように痛めつけられ、腫らされ、傷を刻まれた。
「……イカせてやる。だからもう泣くな」
 崇史は脅しただけだった。言葉遊びもSの愉悦となるのは大貴も共感できる。
「な、泣いてねーよっ……、ないてない……!」
 かぶりを振る大貴のペニスは大きな手に包まれた。ゆったりと扱かれて絶頂は舞い降りてくる。
 大貴は薫子を思いだした。
 いつも射精するときの妄想。ゴシックなドレスを剥いた素肌の薫子。
(ほんとうにおねえちゃんとエッチしたら、どうなるんだろう……どうしよう………!)
 いままで考えたこともなかった。監禁されていたマンションで裸身や絶頂を見られたときから、なんだか大貴はすこしだけ、変わってしまった。違う次元で薫子を見てしまっている。
(薫子おねえちゃん……壊したいくらいスキ……おねえちゃんのSも……崩したい……)
 だから他の男のところになんて行ってほしくない。
 願いながらも、大貴は激しく鳴いていた。
「あぁあぁ、出るぅ、許可ぁああ、ちょうだ……、も、うぅ、ガマンできないぃ、あ──……!」
「達していいぞ、大貴」
 崇史が手を離した。その瞬間にはじけ飛ぶ。
「うぁあああァ……、きもち…………ッ、いま、俺ぇっ、きもちいぃ、きもちぃいいようぅう……」
 迸らせて酔いしれながら、大貴はぐるんと体勢を変えた。シーツにしっかりと背中をつけ、崇史を見つめる。イッていいと言われるまで堪えられたし、しっかりと目を見て気持ちがいい最中にいるということを表現できているから満足できた。僕はちゃんとした性玩具なんだ、という恍惚に浸る。
「はぁ……、はあ…………、パパ…………」
 擦り寄るノエルを胸に抱きしめながら、大貴には崇史のモノも満足させてあげたいという感情も湧いていた。そっと薄目を開けて誘う。
「パパも、イって……俺の身体、スキに使って……」
 自分から脚を割り広げる。鎖の這うベッドに。
 大貴はやっと、いつもの最果ての境地に堕ちきったのだった。崇史は唇をゆるめる。そして息子に誘われるがままに押し挿れてきた。
「あ──っ、すごいぃぃ、イったばっかりなのに……、こすられるのッ、すごいぃ……」
「中に出すぞ。いいな……」
 そんな宣告もいまならば嬉しく感じられる。
 大貴は微笑んだ。
 闇はあたたかい。
 倒錯は心地いい。
 歪んだ快感なんて理解できないとほかの誰かに言われても気にならない。
 退廃は快楽をのみこんで、暗黒の眷属のすべてを育む。
(おねえちゃんとも、堕落、したい……ここに)
 崇史とだけでなく、薫子とも、この地獄の底のような場所に辿りついてみたい。
 大貴はノエルに身を寄せながら、心から想った。
 光を知らない地下の寝室で。