Fragrance

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「へえ〜、女のコの家に朝までいるなんて、キミもマセてきたもんだね」
 大通りに出てしまえば一本道の帰路、怜はそう言う。助手席に座った大貴は口を尖らせた。
「ヘンなかんちがいしてほしくねーし……ホントに友だちなんだって」
「まあ俺にはなんでもいいけど、最近の大貴くんさぁ、生活乱れてない?」
 朝焼けの都会、怜の言葉はいきなり核心を突く。痛い。
「そのっ……それは……」
「あのさァ」
 BVLGARIのサングラスをしている怜の横顔は、いつもよりすこしだけ真剣になった。
「大貴くんはフツーの男のコである前に、少年男娼であって、性玩具だよね」
「うん……」
「所有してる性玩具の管理は薫子の仕事に含まれるわけだけど、放棄してるよね。最近の薫子」
 怜の目にもそう映るらしい。……当たり前か、と大貴は思う。
「今日はさー、たまたま事務所で顔合わせたら、キミに電話しろって言うんだよ。俺にだよ。おかしいでしょ。どうして薫子が連絡しないの? って言っても答えないし、意味わかんないよ」
「おねえちゃんが……?」
 大貴が家に帰っていないことに気づいていて、心配してくれていたのだろうか。
 もしもそうだとしたら大貴は嬉しい。
「俺はヒトに興味ないから、キミらの関係がどうなっても、べつにどうでもいいけどね」
 夕方、紫帆の自転車で時間をかけて行った道程も、車だとすぐに着いてしまう。あっという間に薫子のマンション前に着き、BMWは停車する。
「ごめん、怜さん。俺……怜さんにもほかのひとにも、迷惑かけないようにす……」
 大貴はシートベルトを解いた。
 すると奪われる唇。プールオムソワールの香りに包まれながら。いつのまにか怜はサングラスを外していて、大貴の言葉をさえぎり、ぬるりと舌も挿れてくる。
 大人からのキスなんて慣れきっている大貴は自然に舌を受けとめた。
 肩を掴まれて逃げられなくされて、目を閉じる。
 調教師をしているだけあり、とろけるように巧いキス。唾液の絡みつきは激しくなるばかりだ。雫はお互いの口の端からはしたなく垂れてゆく。
「……っ……」
 口腔の奥までのまさぐり合いのあとは、舌先同士の触れあいも楽しんだ。まるでディープキスの締めくくりのように。
 怜の手は大貴の下腹部へと伸ばされてきて、ジャージの上から性器のカタチを確かめられた。半勃起してしまったことがバレてしまい、大貴は恥ずかしい。
「キスだけでこんなにするなんて、キミは合格だね」
 戯れを終えると囁かれて、ついでに耳朶も舐められた。
「なにが……?」
「言われなくてもわかるでしょ。性玩具にってことだよ」
「当たり前だろ。俺はちゃんと調教されてるもん……」
 パパに……とは、心のなかで呟く大貴だった。
「大貴くんさ、俺に管理されてみる?」
 濡れた自分の唇に触れていると、告げられる。
「キミは上質な性玩具だから、いまの薫子にはもったいないね」
「でも俺はー、おねえちゃんに管理されてたい。飼われてたいよ」
「飼われてるっていうの? この状態。放置だよ」
 射貫く言葉が手厳しい。本当のことすぎて。
 表情に悲しさを表してしまうと、怜の手は大貴の頬に触れ、またそっと唇を奪ってくれた。

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 スプリングが軋む。大貴のベッドの。
 カーテンで塞いだ薄明るい室内、怜の上で大貴は腰を振っていた。ローションで慣らした大貴の尻穴から、怜の肉棒が覗いたり、根本までしっかり結合したりする。今日の怜はコンドームをしてくれて、そんなことにうれしさを覚える大貴もいた。大人に犯されるとき、ゴムを使ってもらえた経験はほとんどないから、尻肉で味わう感触は大貴にとって新鮮だ。
「いいリズムだね、大貴くん」
 怜は片手で大貴の腰を掴む。大貴にはパンパンに勃起した自分の性器が見える。抜き差しと合わせて踊るように揺れてみっともない。先走りは腹にも付着する。
「お尻気持ちいいんだ?」
「うんっ、イイ、キモチイイ、すごくいぃ……!」
 深く座りこめば奥にまで挿入って、幸せを覚えた。大貴はくねらせてみてまた違う部位に怜のペニスを当てる。自然に恍惚の吐息を漏らしてしまう。
「あー……ッ、すげー……、れーさぁん……」
 怜とのセックスに嫌悪感は覚えない。それは怜がさばさばしているせいもあるかも知れない。妙に気を遣うこともなく、ただ、素直に喘げる。
「ダメだよ休んじゃ。キミは、イクまでピストンするの」
 じんわりと快感を味わい、ベッドに手をついて座りこんでいたが、怜に身を起こすよう促される。
「えー、うんっ……」
「噴水みたいに射精するところ見たいなァー。ほーら、手拍子してあげるから」
 あげるから、と言われる意味がわからないけれど、大貴は4拍子に合わせて抜き差しした。
「1、2、3、4、1、2、3、4♪」
「あッ、あっ、あンっ、あー、あっ、あっ、あーっ……、あぁあッ……」
 意識せずにアエギ声も拍手と重なる。それに気づくと大貴の羞恥はひどく煽られた。
 恥じらいは快感と相性がいい。大貴は絶頂への階段を一段飛ばしで昇りはじめる。
 下手な客としているときみたいに、気持ちいいフリをしているのではなくて。本当に気持ちいいから怖い。素で啼いて、身体を動かしてしまう。
「ひ、っ、イク……ぅ、あぁぁ、イキそおぉお、イってもいい、れーさぁんッ」
「イッても続けようか。大貴くんならできるでしょ?」
「そ、んなぁ……、ひどいよぉ……」
 1性玩具は許可なく射精することも出来ないし、
 2許可なく腰つきを止めることも出来ない。
 そんな躾が骨の髄まで叩きこまれている大貴はもちろん、性感が高まってきても激しい抜き差しを続ける。ひどく顔を歪ませながら。 
「……ンあぁ、あっアァ、イッ、いっッ、イク――……!」
 3射精するときは絶頂の気持ちよさの最中であることを、客の目を見つめながら伝える。
「ハハハハ、すごいね、キミ、イキながらリズム保ってさすがだね」
 拍手をやめ、楽しそうに笑う怜。彼の鎖骨にまで大貴の白濁は飛沫いた。
 4許可なく性行為の汚れを拭うことも禁止。
「あぁぁあ──れぇさぁああ……、むりぃいいィ……!」
 大貴はアナルに抜き差しを続ける。おかしくなりそうな意識で、ぬめるペニスを揺らしつづける。揺れるたびに精液の雫は散り、大貴の辛さを表現してくれる涙のようだ。
 結局、怜が達するまで、大貴は一定のリズムで突き刺しを続けた。失神してしまいそうで、唇を閉じることも出来ずに、悲鳴をあげながらも調教師に従う。

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 行為後は、客を清拭するときによくやる作法で怜を清めた。怜に尻を向けて四つん這いになり、セックスでゆるんだ孔を見てもらいながら、舌で客の性器を掃除する。
 清めているあいだ、絶頂に達したアナルを披露することで楽しんでもらう趣向だ。快感の余韻で意識せずともヒクッヒクッと収斂してしまう孔襞や、揺れる玉袋、未だ拭っていないペニスから白濁の残滓や体液の混じったドロつきが垂れるさまなどを鑑賞して貰う。
 客によっては尻を撫でる者、乳搾りのように大貴のペニスを握りすべての残滓を出させようとする者、この痴態にまた興奮する者までさまざま。
 どんな対応をされても、大貴は着実に仕事をこなす。
 射精した男性器は敏感になっているから、不要な刺激を与えずに舌でキレイに舐め尽くすのにはコツが必要だ。
 大貴は器用に、尿道の奥にある精液も吸いだせる。今日はコンドームのゴムの味がして、生挿入と中出しを当然として育っている大貴にはすこし珍しい味だった。
 尻穴を使ってもらったあと、舐めとって嚥下するまでで大貴にとって一区切り。口でも尻でも精液を受けとめる、文字通り全身を使っての奉仕が、性玩具のセックスなのだ。
「ふー……、れーさん、俺も拭いていい?」
 仕事を終えてベッドに寝そべり、許可を仰いでみる。
 いいよ、と言ってくれた怜は大貴にティッシュの箱を差しだしてくれ、振る舞いはまるで此処が怜の家のよう。
「セックスしたことバレちゃうかもね、薫子に」
「べつにいいんじゃね……怜さんを家に入れたんだからー、それくらいおねえちゃんもー、想定内じゃね」
 まるめたティッシュをゴミ箱に放る。コントロールよく入って微妙にうれしい大貴のことを、怜は意外そうな目で見てきた。
「へぇ、ビッチな大貴くんは、他の男もつれこんでるのかい?」
「ビッチじゃねーし、つれこんでねーもん。できれば、男とエッチなことしたくねーって思ってるくらいなんだよ」
「じゃあなんで俺とするの?」
「れーさんはー、俺と仲いいから、俺の身体スキに使ってくれていいよっ。しかも今日は車で迎えにきてくれたしー、迷惑かけちゃったし」
「薫子とは?」
 なんだか、矢継ぎ早に質問をされる。大貴は不可解さに眉根を寄せた。
「なんでそんないろいろきくの?」
「いいから。薫子とはエッチしてないんだよね?」
 当たり前だと大貴は思った。どうしてそんなに、当たり前のことを聞くのだろう。
「おねえちゃんとするわけないだろ。俺、おねえちゃんのことはー、しょうらい結婚したいって考えてるくらい本気でスキなんだよ!」
「よくわからないなぁ。キミ、前々から思ってたけど、やっぱりズレてるっていうか、ヘンだよね」
「怜さんにはー、ヘンってゆわれたくねー……」
 大貴の言葉は否定されない。自覚があるようだ。
「俺もヘンだね。ってよく言われる方ではあるけど、大貴くんもおかしいよ」
「…………どこが?」
 心外な大貴は本気で聞きかえした。
 怜は長い髪を掻きあげる。
 それから、どう言ったものかと考えるような表情をした。裸のまま身体を起こし、怜の話の続きを待っていた大貴だったが、静かな朝の部屋に響く腹の音。大貴の空腹の音だ。
「れーさん、なんかくいにこ。あさごはん!」
 もう話をしていたくない。はやく食べたいから、大貴は言葉を待つのをやめた。
「……あぁ、いいね。時間的に喫茶店かなぁ」
 怜も乗ってきてくれる。でも大貴は、喫茶店という気分ではない。
「ホテルのモーニングビュッフェくいたい。ホテルいこ」
「いまからぁ? やっぱりおぼっちゃまは違うね」
「おぼっちゃまってゆーなよ、つーかシーツ変えてーし、ケツんなかもー、ちょっと洗いたいからあっちで待っててほしいんだけど」
「ハァ? なんで。俺ここにいちゃだめなの」
「はずかしいじゃん。はやくリビングいけよな」
 なんだか呆れ顔で「……つくづく分からない子だね、キミは」と、言われてしまった。なんと言われてもイヤなものはイヤだ。性行為中はそこまで気にならないけれど、シラフのときにじろじろと見られたくない。パイパンなのもはずかしい。
 柄シャツとズボンを履いた怜が出ていってから、やっと安心できて、吐息を零す大貴だった。

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 好きなホテルに電話をして、席の予約をした。それから向かう車内、助手席に座ると「大貴くんだけ着替えてズルいなあ」と見られる。街はもう完全に朝で明るい。
「れーさんちに寄ってもいいよっ?」
「いや、いいよ。はやく食べたいじゃない」
「あ! 学校どうしよう……」
 都心の歩道を歩いている、部活の朝練に向かうであろう体操着姿の少年たち。大貴の通う中学ではなく、他校の生徒たちだ。大貴は彼らが視界に入ってはじめて、今日も平日だということを思いだす。登校することなんて、完全に忘れていた。 
「あのさ、俺が言えたギリじゃないんだけど」
 信号待ちの車内、そう前置きした上で怜は言った。 
「ちゃんと学校いきなさいね。最近、さぼりがちだよね」
「んー……」
「本格的な少年男娼の生活に入っても、学校と両立する、って大貴くんが決めたんでしょ。じゃあ、行ったほうがいいんじゃない」
 怜らしい言い方だ。大貴は唇をゆるめてしまう。
 子どもなんだからとか、義務教育だからとか、将来がどうとか。そういう理由で学校に行けと言わない。大貴自身の考えを守ったら、という感じだ。
「ナニ? 俺オカシイかい」
「おかしくないよ。れーさんらしいなーって思っただけ……学校は明日からいく!」
「そうかい、いいと思うよ」
 興味がなさそうに、怜は答えた。青信号になったので、車は走りだす。
「あと、これも俺が言えたギリじゃないんだけど」
「うん」
「薫子との関係も、いまのままにしとくのはいけないんじゃないかなぁ」
「ちゃんと話しあわなきゃってこと?」
「それもなんだけどね。うーん、俺はレンアイのことよくわからないから、わからないけど、大貴くんって薫子のこと好きらしいよね……」
「だいすきだよ! すっげースキ!」
 満面の笑顔で即答する大貴に、怜はさらに問いかける。
「じゃ、薫子はキミのこと、どうなんだろうね」
「えー……それはー……」
「知らないままにしとくのは、ダメだよ」
「怜さん……」
 めずらしく怜がまともに思える大貴だった。いつもヘラヘラしているけれど、こういうところはやっぱり大人なのかも知れない。
 大貴は微笑を浮かべ、怜の横顔を眺めていた。すると「よくわかんないなあ、やっぱりヘンな子だなあ」などと言われてしまったけれど、大貴はしばらくのあいだニコニコと怜を見る。