Glance

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 ドーム型になった高い天井。広々としたプレイルーム。
 ビリヤード台など遊興の設備もあった。けれど大貴はそれらで楽しむために此処に来たわけではないし、招いた側もそのつもりで大貴を呼んではいない。
 男娼業では遠出することもある。
 土日を利用し、大貴は新幹線を使って横浜に来た。
「アハハハ……」
 大貴は笑う。笑いながら、鞭を振るう。熟練したM男なのでバラ鞭ではなく、本格的な一本鞭を容赦なく使えるのが楽しい。何種類もオーダーメイドの一本鞭をそろえている大貴だけれど、凶悪で長いつくりになるほど、使える相手が限られてくる。本当は気に入っている鞭しか使いたくないが、そんなわけにもいかない。相手の成長度合いに応えてこそSだと大貴は思っているし、それを職業としているなら尚更だ。
「ひゃぁあ、だ、大貴サマ〜」
「なさけねぇ声だしてんじゃねえよ」
「も、もぅ、漏れます、無理ですぅ〜……」
 男は立ったまま身をよじる。たっぷりとガラスシリンジで浣腸してやった液体は漏れだし「あッ、あっ」などと呻きもする。
 苦悶に歪む顔をじっと眺めるため、大貴は彼の顎を掴む。ラバーの黒い手袋で。
「100。打つまでガマンするって、てめーでゆったんだろ」
「そ、そそ、そうです、でも、もう……」
 男は必死で耐えようとしているのか、漏れる液が止まった。大貴はかすかに唇をゆるめる。
「べつにいますぐ出してもいいけど……俺に犯してもらうのはおあずけだな。小せえバイブに掘ってもらえよ。もったいねーよ、すぐ漏らしちまうようなアナルに俺のチンコ使うのはー」
「ひ、ひッ……」
 大貴は放るように男から手を離した。高いヒールでフロアを歩く。男は半ば怯えたようにそんな大貴に視線を泳がせる。
「どれにするか選べよ」
 重厚なテーブルに並べられた性具たち。大貴はごく初心者向けの豆電球のようなアナルバイブを取った。彼がこんなモノで満足できるはずがない。
 成人男性の平均を超えるようなサイズのペニスを、幼少からの身体改造によってすでに持っている大貴。それくらいのサイズでないと、変態M男に悦びは訪れない。
「それとも、ローターとか?」
「ガマンしますうぅぅう、あと30発、お、おねがぃしますぅう!」
 切羽詰まった悲鳴。彼の願いに大貴は笑い、小ぶりなローターをテーブルに戻した。鞭を手に男のそばへと戻る。ヒールの音は、コツリ、コツリ、と緩慢に響く。
「俺は……ううん……僕は……ドSだから」
 大貴は目を見開いて振りあげ、打ちつけた。変色した皮膚に重なるさらなる傷痕。
 ななじゅういちぃぃい! と絶叫する男の悲鳴。
 心地いい。視覚的にも、聴覚的にも。すべてがいい。
 汗の香りも。仕事ということを忘れそうなほど。
「おまえは僕を素にしてくれる。ほんとうの僕を呼びだしてくれる!」
 アハハハハハハ!!!!
 思いきり笑う大貴の声と、パシィイン、と肌を叩く音が反響した。
「ななじゅうにぃいい! う、うれしぃです、大貴さま……私も、大貴さまの素顔を拝見できて、う、うれしいですうゥ…………ななじゅう、さぁんッ!」
「いい声。もっと聞かせろよ僕に」
 客の髪の毛を掴んで、背中をブーツで踏みつけて床に倒す。手枷をしていないのに、腕を後ろで組んだまま保つポーズは、大貴への忠誠心の強さを表していた。
 あぁ、とてもいい……大貴は至福を覚える。
 男を見て、名だたる大企業の社長を務めているとだれが思うだろうか。
 秘められた地下遊戯場にいるのは、サディストの少年とマゾヒストの中年のふたりだけで、それ以外のなにものでもない──

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 ご褒美のセックスは男のベッドで行う。高級寝具の反発性は絶妙で、性行為の腰つきをよりかろやかに跳ねさせてくれる。
「いーッ、アアアッ、うわアァー……」
 布団を抱きしめてむせび泣く姿は、まるで生娘のようだった。どちらかというと強面な外見をもつ、屈強な男の様子には思えない。
 そんな風に鳴かせ、脚を絡めながら、大貴は顔にかかるおのれの前髪を掻きあげた。冷房は効いているけれど、額は汗に滲んでくる。行為の激しさで。
 実家にいた頃もときどきなら挿れてくれと求められることはあったが、そのときよりもタチの仕事は増えていた。もちろん、抱かれる側になるほうがかなり多い。それでも、すこしずつ男を感じさせるようになってきた大貴に掘られたいと所望する者は確実に増している。
 大人になってきたとか、男らしくなってきたとかを客たちに言われても大貴にはわからない。自覚がない。たしかに背は伸びているから、大人の性器と子どもの身体つきを持つアンバランスさは薄くなったように思えて、ずっと恥ずかしかったからそれは嬉しいけど……
(ちょっとずつ大人になってきたから、おねえちゃんはいっしょに寝てくれないのかな……)
 だったらいっそずっと僕は子どものままでいい。
 大貴はいま、心からそう思った。
 拗ねたように唇をとがらせながらも、仕事は着実にこなしてゆく。大貴の腰つきに男は喘ぎつづけ、スゴイぃぃぃ、狂いそぉおお、などとわめき散らしている。
「ふー……、俺イキそうになってきた……」
 大貴は男の身体に覆いかぶさる。影に覆われる彼の肌。
 彼の所望は中出しをされること。だから、応えてやらなければならない。
「く、下さいィ、種付けして下さいぃぃィ」
 頬に触れてキスをしてやっていると、男は懸命に訴えてくる。懸命さに微笑んでしまいながら、腰つきをとめないままで、大貴は絶頂寸前まで達していた、すでに。
 派手に悲鳴をあげて射精なんてしてやらない。あれは、受け身の仕事をするときの振る舞いだ。支配者として君臨しているときは、平静な顔のままイクこともある。
 今宵はそんなふうに達してやろう。大貴は身を起こし、侮蔑するような視線を作って、男を眺めた。
「うん……今日はおまえがんばってたから、ごほうびだ」
 そのまま白濁を叩きこんだ。最奥まで挿れて強く結合し、男の腰を両手で掴み、一滴も漏らさぬよう注ぐ。
 客は歓喜に酔いしれていてその目はとろけるようにうつろ。性器は半勃起のままだが、精神的な快楽はとめどないらしい。
「あァ……なんだか、お仕事で種付けされていらっしゃるときの、大貴さまになったみたいです……」
「あははッ。そーかよ」
「こんな感覚を、あ、味わっていらっしゃるのですね……」
「俺に近づけたカンジ?」
 大貴が肌に触れてやると、男は「はい」と嬉しそうに頷いた。大貴は素で唇をゆるめる。可愛い。
 可愛い奴隷をもっと甘やかしたくなって、結合を解いた大貴はシーツにすべるよう寝そべった。そして性器を口で咥えてしまう。
「あ、だ、大貴さま……」
 思わぬ大貴の行動に戸惑う男。大貴は優しく、彼の玉袋も手のひらで包んだ。
「もっと気持ちよくしてあげる」
 告げてから、舌全体で舐めて、むしゃぶりついたりしていると、すぐ大きくなるペニス。訓練を受けている大貴は喉奥まで挿入しても、えづくことはない。根本まで飲みこんでしまえば男の喘ぎは悲鳴になった。
 ディープスロートは大貴のできる特技のひとつだ。
 崇史のモノはもっと大きいから、せりあがってくる胃液を垂らしながらの喉フェラになる。そんな苦痛にも慣れさせられた大貴には、並の男のペニスなど難なく飲みこめてしまう。
 喉まで挿入しているから、絶頂は直接食道に迸る。
 口を離して嚥下する大貴の前、男はゆるやかに気を失っていった。至福の極みといった表情。尻穴からは大貴の精液、勃起した性器からは自らの残滓を垂らして。
 大貴はしばらくのあいだ、男の腿を撫でてやったりしながら、寝顔を見守るように眺めていた。

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 遠出してきたのは、客を調教することだけが理由ではない。彼が招待されているパーティーの同伴役も務めるためもある。
 昼間からプレイで愉しんだあと、汗を流して食事をし、それから旧領事館に向かった。
 価値のある瀟洒な洋館で妖しげな会を行えるのは、参加者にはかなり偉い人間も含まれているため。
 エリートは変態世界には珍しくない。頭のいい人間ほど、性的嗜好もこじらせている割合が多くなる。純粋に身体で繋がるだけのセックスでなく、頭を使った性的快楽や、イマジネーション豊かな官能に浸りたがるもの。
 フロアを歩く大貴の姿に人々の視線が集まる。
 身体の線を強調するラテックスのボンデージ衣装を纏い、ショートパンツから伸びる脚は同じくラテックス製のニータイツ、厚底のヒールブーツ。それはまるで大貴の動きを制限するための靴だといわんばかりに不自由さを感じさせるつくりで、慣れと多少の筋力も必要な面倒くさい靴。大貴は崇史によって拘束具をつけられた際の立ち居振る舞いも躾けられたから歩けるけれど、慎重に歩かなければならないことには変わりない。転んでしまわないように。グローブをした腕でバランスをとって、男に首輪から伸びた鎖を引かれてゆく。
 堂々と大貴を連れている恰幅の良い男がまさか、つい先程まで大貴に跪いていたとは、だれが思うだろうか。
「いい奴隷を連れていますなあ、さすがは牧氏だ」
 じつはM男の牧社長を褒める人々。大貴は首輪とともに首にはめたボールギャグを弄りつつ、彼らに愛想笑いを送った。ボールギャグは大貴にとってはチョーカー感覚で、こういった格好をするとき、よくしている。
 立食形式の軽食を味わいつつ、歓談する変態たち。
 催しも行われていて、アジア人少女を的にして、羽のついたダーツを刺して遊ぶショウがなされている。
 響かせる悲鳴の数と同じだけ少女の背は白い羽毛で覆われ、天使になる。鮮血を滲ませながら。
「いねーなぁ、ちぃ……」
 こんな宴など慣れている大貴はひどく可哀想と惹かれることもなく、賑わいに目線を彷徨わせた。
 此処に来たのは牧の同伴のためだけでもない。ちせと逢う約束をしていた。そう頻繁に会うことはないけれど、ときには長電話することもあるくらい、連絡はずっと取っている少女娼婦の友だち。ちせも客につきあってこの宴に来ると言っていたのだ。
「……マキさん、デザートたべにいこ」
 ちせはそのうち来るだろう、と大貴は思う。
 それよりいまは、宝石のようにきらきら輝くスイーツのほうが気になる。
「いいのか? あのサイケデリックな子を探さなくて」
 プレイのときとは違い、平時の口調は外見に見合ったものになる男に、大貴は頷く。
「だっていねーもん。それよりあれ食べたいなっ。俺、いまはペットだからマキさんがあーんしてくれないとヤだ」
「分かった分かった。じゃあ連れて行ってやる」
 主人らしく、鎖を引く姿はサマになる。大貴はバレリーナのよう器用に歩き、並べられたデザートの前に行く。
 大貴がもっとも気になるのは、四角い小さなガラスケースに詰められたストロベリーソースのブランマンジェ。それを男の手で取ってもらい、スプーンで口にも運ばれ、満足して頬をゆるめる。

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「アンタって、あいかわらずスゴイ格好してんのね」
 やっと出逢えたちせの言葉はそれだった。
 しかも呆れたような表情で。
「ちぃもね!」と大貴は即座に返す。レオパード柄のジャケットを羽織って素肌には鋲付きハーネスを交差させただけ。チュールスカートの下にTバックを着けているのが、生地を透かせてわかる。
 挑発的に局部を隠して、ヴィヴィアンの派手なニーソックスとロッキンホースバレリーナ、指輪をはじめアクセサリーもヴィヴィアンのものばかり着けていた。
 ちせはヴィヴィエンヌ。大貴もヴィヴィアンを大好きになったのは少なからずちせの影響がある。
 ちせは斜め被りのベレー帽を片手で押さえ、上品に大貴の鎖を引いていった。お互いの今宵の客を置いたままで。牧は微笑ましげな様子でなにも言わないが、ちせの客は「ち、ちせちゃん、その子もしかして、か、カレシじゃないだろうね」などと狼狽え、焦っていた。
「だれがこんな子どもと付きあうのよッ。たしかに金は持ってるし、あそこもデカイし、テクもあるけどー、脳みそが子どもだからイヤ」
「そんないいかたないだろ。金とかー、身体とかで判断すんなよなー」
「男の価値なんてそれくらいでしょ」
「ひでぇ……あいかわらずひでぇ」
 言いあいつつも、大貴は変わらないちせに安心もする。
 ちせはフロアを出て、白亜のバルコニーに大貴を連れていってくれた。曇り空で月は見えない。
 街並みは夜の庭の向こう、樹々の間に外灯の明かりとともに望める。普通の人々が暮らす日常は、手が届きそうなほど近くにあった。
「で、どうなの? おねえさまとは」
 ちせはジャケットから唇の形をしたポーチを取りだし、そこから煙草をだした。ちせが調合したり巻いて作っているオリジナルの煙草だ。火を点ければ、ジャスミンのような、独特なフレーバーが香る。
 もちろん大貴の二つ年上なだけで、本来なら吸っていい年齢ではない。
「どーって……」
 大貴は石壁にもたれた。ひんやりとして気持ちいい。
「ごきげんななめなんでしょ?」
「んー……」
 最近のことは電話ですこしだけ話した。
 一時期だけいっしょに調教されていたこともあるちせは、大貴が虚実入り交じらせることなく相談できる数少ない相手なのだ。
「アンタ、もうちょっとぶつかってみてもいいんじゃないの? このまま同居もできなくなって、自然消滅していったらどうすんのよ」

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「……ぶつかるってなにを?」
「好きなんでしょ、おねえさまのこと。じゃあもっと気持ちを伝えなさいよね」
「ゆったことあるよ……だいすきだって……! ちゃんとつたえてる!」
「それどまりじゃない。だったら……──そう、だいきくんさァ、昔からずぅーっとオナネタはおねえさまじゃない」
「もー! わすれろよー……!」
 大貴は頬を染めてふてくされる。ちせが真堂家の地下にいたころ、大人たちに強制されてするのではない、きわめて個人的な自慰を見られてしまったことがある。
 薫子の名を繰り返し、手錠をガシャガシャ鳴らしながら扱いているところを目撃されてしまった。
「おねえちゃんすきぃ、だいすき〜って。キャハハ」
「やめろよ! あぁあぁあ……メチャクチャはずかしすぎる……!」
 叶うならちせの頭のなかからこの記憶を摘み取ってしまいたい。大貴は熱くなる両頬を押さえる。
「……あいかわらずウブよね。さんざん男に掘られてるくせに、ずうぅうっとそんなふうだもの」
「う、うるせーな」
「掘られてイクときも頭ンなかおねえさまで射精するってゆってたじゃない。なんで妄想でとまってんのよ」
「だって、俺まだ、子どもじゃん」
 大貴はやっと、頬から手を離した。でもまだ熱い。
 そして当然のように答えたのに、ちせには「あー、イライラする」と吐き捨てられてしまう。
「子どもかもしんないけど、アンタのカラダは男なの。妊娠さ・せ・れ・る・の。経験豊富な男娼なのよ」
「に、にんしぃん……?」
 そんな言葉、大貴からはあまりにも遠くて、考えたこともない。
「せっかくイイカラダしてるんだから、有効利用しなさいよね」
「やだよ。俺、スキだから、だいじにしたい……ヤりたいとかは思わねーもん。どうでもいい人にはいくらでもカラダあげられるし、エッチなこともできるけど。薫子おねえちゃんのことはホントにスキだから、そんなことできねー」
「ふぅん。アンタ、パパに調教されてなかったら結婚するまで童貞守ってるンじゃない?」 
「かもしんない…………」
「もぉ……わたしはいい相手いたら、すぐエッチしちゃうタイプだし、余計にイラつくわ、アンタ」
「俺はおねえちゃんもイライラさせてるのかなー……」
 イラつくと言われて、大貴はため息を零した。ふたたび壁に背をもたせかける。
「いっしょに寝てくれなくなるし、パンツいちまいでうろつくなって怒るし、今日のプレイの話もきーてくれなくなって、仕事の服もえらんでくれなくなって……そんで、顔合わせるのもイヤみたいになっちゃってー……」
 挙げていると悲しくなってきた。涙腺がゆるみそうだ。
 憂鬱を表情に浮かべている横で、ちせは火を消した。ちゃんと持っている携帯灰皿に潰す。

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「だいきくんってさぁ、ふつーの中学生よりもガキなところも多いじゃない。アンタはバランスがむっちゃくちゃなのよ。おかしいの。すべてにおいて」
 全否定かよ。と大貴は思った。
「怜さん……FAMILYの調教師のひとにも、ずれてるとか、ヘンってゆわれたけど……」
「でしょ? わたしはアンタのバランスの狂いかた、好きだけど。だいきくんにとって悪い方にも作用してる」
 しゃがんでいたちせが立ちあがる。なまぬるい風は、ちせのプラチナブロンドの髪を撫でてゆく。
「アンタはパパのせいで、自己犠牲とか自己愛とか承認欲求とか、もぉすべておかしくなってるから……」
 アーマーリングの拳で胸を小突かれて、ちょっと痛い。
「いつもいい子でいようとしなくてもいいの。そう思ってるから、おねえさまにも、イマイチぶつかりきれてないんじゃない?」
「……いい子じゃなくても……いい……?」
「いい子じゃない行動をとって相手もだいきくんも幸せになれるときもあるんだから。相手に求められるものばっかりに合わせなくていいの。アンタだって人格持ったひとりのニンゲンなんだから──」
「なにそれ。すげーこえーじゃん……」
「怖い?」
「そんなこと、できねー、俺……そんなふうに育てられて、ねえもん……」
 相手の望むように振る舞えと言われてきた。言う通りにしていると頭をなでてもらえるし、抱きしめてもらえるし、よろこばれる。ご褒美だってもらえるから、応えることは大貴のよろこびにも繋がった。
「いつまで地下にいるつもりよ。実家も出たんでしょ」
 ちせの言葉がグサリと刺さる。
「アンタはたしかに一生パパから逃れられない性玩具かも。でも、好きな人にくらい、もっと気持ちを伝えたら?」
「ちぃ……」
「その自由すらない子たちだって、いるのよ」
 ちせの視線は、バルコニーの扉に向けられた。嵌めこまれたガラス窓の向こうには宴のフロアがあって、催しもののダーツプレイにはもうひとり少年が加えられている。こちらは黒い羽のダーツの標的となり黒鳥の装い。
 白い羽根の少女は椅子に座り、血を流しながら膝を抱え、しくしくと泣いている。
「いい子じゃない行動をとれる権利がアンタにはあるんだから……!」
 大貴はハッとする。
 ちせだって……真堂家の地下のほうがいい。そう言い捨てるほどの過去を生きてきたらしいのだ。
「ちぃ……ごめん……、俺……すげーいろんな自由がある……」
「そうよ」
「おねえちゃんがイヤでも俺はいっしょに住みたいとか、イヤでもごはんいっしょに食べたいとか、ちゃんともっと、うったえてみる!」
 ちせの気持ちが伝わったから、大貴は本気で答えたのになぜか苦笑された。肩もすくめられる。またなにかダメなこと言っちゃったのかな、と不安になりかけたとき、苦笑はやわらかな微笑に変わってくれた。 
「……まぁ、アンタのペースでがんばんなさい」
「うんっ。ちぃ、ありがとう……」
 月明かりのなかで大貴も微笑む。そして、もうすこしだけ歪んだ宴に背を向けて、普通の世界のなにげない街角を、ここからふたりで眺めていることにした。