Rouage

1 / 7

 一位を取ると宣言した以上。試験前の数日間は、さすがに男娼業をセーブした。
 夜ひとりで過ごすのはやっぱりさみしい。Skypeで友だちと話しながら勉強しても、家で孤独なことには変わりないのだから。
 実家にいたころは、机に向かっていれば家政婦のほうからお菓子やお茶を持ってきてくれたし、家庭教師の先生もよく家に来てくれた。地下の書斎で勉強しているときも、足元には真堂家で飼っているドーベルマン・ピンシェルのノエルがいてくれる。
 ずっとひとりきりなんてイヤだ。さみしい想いからはやく脱出したい、薫子おねえちゃんとまたいっしょに住みたい──その想いで期末試験に挑み、三日間を終える。
 最終日の晴れた下校路、仲良くしている少年たちは「よっしゃ、完璧」とはしゃぐグループと「もうダメ、死んだ」と言うグループに分かれていて、そんな様子を眺めているのも大貴には微笑ましいというか、面白くて楽しい。
「だぃきぃ、今日まじで来ねーの?」
 群れて歩く仲間のひとり、おなじクラスの恭平が尋ねてきた。みんなはこれから智博の家にいって、発売されたばかりのゲームでわいわい遊ぶという。
「んー、どぅしても用事があってー……」
 本当は大貴も行きたい。けれどずっと会っていなかった客の予約を優先しなければいけないのだ。
「ねーちゃんの買い物につきあわねーとダメなんだ」
「そっかー。たいへんだよな。だぃきん家も、ふたりぐらしでさー」
 恭平も母子家庭だから、大貴の嘘に同感してくれる。
 嘘なんて吐かず、あぁやっぱりきょーへーたちに着いてっちまおうかな……と大貴は思いかけた。
(ダメだ、ちゃんと男娼と両立するって決めたもん……)
 自分に言い聞かせて、大貴は仲間に手を振る。
「じゃーなぁ、また明日なー」
「ばいばい、だぃきー!」
 去っていくいつもの顔ぶれ。大貴は背を向ける。そしてしばらく歩いてタワーマンションの下に着くと黒塗りのベンツが停車していた。長田の車だ。
(おねえちゃん、部屋にいるのかな……)
 大貴はすこしときめく。もしも薫子に会えたら、テストを頑張ったことを話したい。

2 / 7

 マーメイドスカートは黒、ブラウスは白。上品でゴシックな装いをした薫子が、助手席から降りてきた。高いヒールで路上を歩いてくる。胸元には蜘蛛を模したブローチが飾られていて妖しく輝く。
「あ……、お、おねえちゃん……」
 まっすぐに来てくれるから、大貴は戸惑う。下ろされた長い髪は初夏の風にさらさらと撫でられ、毛先までも綺麗だ。大貴の目にはいつものよう、薫子は完璧で美しい人形のよう映る。
「ねぇ。着いてきてくれるかしら?」
 薫子は手をさしのべてくる。唇を笑みのかたちに歪めて。マニキュアは闇色。ダークガーネットの指輪は繊細な飾りで彩られていて麗しい。
「どこに……?」
 大貴は尋ねてみた。さきほど恭平に話していたことが、真実になったみたい……と感じながら。
「いいから、いらっしゃい」
 けれど──なにか、おかしい。
 怖い。様子が妙だ。
「俺、これから仕事があるんだよ。今日は立脇さんと会うんだもん。ムリだよ……」
「そう、じゃあ……私からお断りの連絡を入れておくわ」
「! えっ……そんな……」
 大貴は薫子から目をそらさないまま、後ずさりをしてしまう。
「なんか……ヘンじゃね、おねえちゃん」
 薫子は大貴の腕を掴んできた。手首には今日も薫子の黒いシンプルなヘアゴムをはめて登校していたから、それを本人に知られてしまったのは気恥ずかしい。
「来なさい」
 冷酷な声。長い睫毛に縁取られた瞳が大貴を射抜く。
 大貴は首を横に振った。
「ヤだ……イヤだ、離せよっ」
「こんなところで言いあいをしていたら、ご近所のひとに変に思われてしまうわ。おとなしく、いうことを聞きなさい」
「こぇえよ。どこに連れてくつもり?」
 もしかして実家に送り返されるのでは、なんて恐怖も浮かんだ。手首を握られる力はいっそう強くなる。
「薫子おねえちゃん、どうしちゃったの? もう、俺、わけわかんねーよ……!」
 嘆きながらも大貴は腕を引かれてゆく。乗せられるのは後部座席。薫子は、助手席に座った。長田は物静かでなにも言わない。行き先を知っているのだろうに。
 走りだす車内、大貴はまるで罪人のようにうつむいて、泣きそうな気持ちで口を尖らせる。
 いまごろ恭平たちが遊んでいる家の近くも通るし、おなじ学校の生徒たちの下校ともすれ違う。
 なにげない日常をすり抜けて自分だけが連れだされることがまた、大貴には切なかった。

3 / 7

 実家に向かうわけではなく、到着したのは知らないマンション。車は地下駐車場にもぐっていき、停められた。
 大貴は不安なままで薫子の後を歩く。コンクリートのフロアを、とぼとぼと。
 絶対におかしいと確信しているのに、自分の足で着いて行く事実が大貴には情けなくて、悲しかった。幼いころとおなじだ。これからおかしなことをされると分かっていても、結局いつも、崇史の寝室や、地下や、変態たちとのパーティーに赴く。
『大貴くんは、いい子だねぇ』
 多くの大人たちはそう言ってくれた。
 いい子と言われるのは好きだ。たくさん、言われたい。ほめられたい。頭も撫でられたい……その後に気持ち悪いキスをされたり、もっと嫌いな痛いことや、おぞましいことをされるとしても……大人たちの温もりを感じられると嬉しかった。
 要求に応えれば、そんなふうにイイコトもあるし、自分を守れる。相手も満足してくれる。
 だから大貴はおかしいと思っても従ってきた。
 けれどいまの薫子に従って『いい子』でいることは、誰のためにもならない気がする。いつもいい子でいようとしなくていい、とちせは言ってくれた。いい子じゃない行動をとって、自分も相手も幸せにできることがある、とも……最近の薫子の様子はなんだか、悩んで手首を傷つけていた思春期のころと重なる。笑顔もなく、ずっと不機嫌で、あのころよりも酷いくらいだ。
(でも、どうやって……どうすればいいんだろう……わかんない……)
 この薫子に対しての『正解』を思いつく前に、ついていったらダメだと痛いほど本能が叫んでいるのに──エレベーターで昇り、上階の部屋に到着してしまった。
 コンバースを脱いで、廊下を歩くとリビングが広がっている。ただ、本来テーブルやソファを置くであろう空間に置かれているのは広いベッドだけ。カーテンは黒く窓を覆っている。それ以外に調度品はないから、ガランとして感じられた。
「さあ、貴方。服を脱いでベッドに座りなさい」
 ヒールを履いたまま入室した薫子は、気軽な口調でそう言った。大貴は耳を疑う。 
「え……?」
「2度命令を言わせるの? 貴方はそれほど無能な犬ではないと思っていたけれど」
「お嬢さま、お言葉ですが……」
 不可解な場に割り入って来たのは長田だった。
 スーツ姿の彼はちゃんと靴を脱いでいる。
「かろうじて安定しているものを、崩さないほうがよろしいかと思いますよ。この子はギリギリだ」
(なにゆってんだよ。長田……)
 彼が何を言っているのかも、大貴には理解できない。

 ギリギリ?
 それは僕のことなのか?

「あら、貴方、この性玩具を庇うの?」
 まるで悪女のようなそぶりで、薫子は尋ねかえす。
「いいえ、お嬢さまのために申し上げているんですよ。もしも崩れてしまったら、それを直視できるのですか?」
「出来るわよ。侮らないで。私は……女王なのよ」
 長田は口をつぐむ。沈黙は重かった。
 そして背を向け去っていく。
 部屋の空気はあまりにも不均衡で、破裂しそうな緊張感に満ちている。

4 / 7

 薫子はそっと、キッチンのカウンターに置かれていたケインを取る。その種の鞭はとても痛いことを、地下での調教で大貴は知っていた。本気で振り下ろされれば肌なんて簡単に裂ける代物だ。大貴は変色して腫れるくらいでとどめてもらえたけれど、牢獄に繋がれた人形たちのなかには激しく血塗れになり肉を抉れさせたモノもあった。
『……大貴、本当はお前にも、思うがままに振るってしまいたい……その身を使い物にならぬほど、破壊してやりたいという俺の欲求のままにな』
 革張りの椅子に座った崇史は長い脚をもてあますように組み、黒いケインをたわませる。幼い大貴は後ろ手に拘束されたまま立ちつくし、恐怖のあまりに首輪の金具も揺らすほどに震えていた。
『理性で、欲望を抑えているのだ』
 崇史の背後には、チェーンで吊るされている、何体かの血塗れ人形。白目を剥いた者もある。
『だから、イタズラをしてパパの理性を逆撫でることはやめなさい。怒らせるんじゃない』
「貴方を壊したって、後悔などしない。それは貴方のためでもあるのだから……」
 薫子の声で、ハッとする。現実に引き戻される意識。
「──薫子おねえちゃん。俺をどうするつもりなんだよ。俺のためって……?」
「うるさい! はやく脱いでおしまいなさい」
 ケインで床を叩かれると、大貴は反射的に怯えた。植えつけられた反応なのかも知れない。
「貴方は私の奴隷なのでしょう。私の命令なら、どんなことでも聞けるはずよ」
「そ、そうだけど……ッ……」
「たかが服を脱ぐ位も出来ないの? 失格ね。貴方は」
「……っ……脱げるよ……!」
 大貴はベルトに手をかける。初めて命令された夜、半年ぶりに大人の男に抱かれて帰ってきたときも服を脱ぐように命じられて、恥ずかしかった。
 けれどあのときの薫子は優しかったのだ。包みこむような優しい女王だったから、いまの薫子とはちがう。
(パパも優しいよ……怖いときもあるけど……怖いだけじゃねーもん……)
 制服を脱ぎ捨てながら、崇史の回想に戻る。
 大貴はじわじわと涙を滲ませながら『いい子にするし、いいつけもまもるから、叩かないで』と請うのだ。
 すると崇史は整った顔だちで微笑い、ケインを傍らに置いてくれる。
『理解したのならいい。来なさい、大貴は男の子だろう、めそめそするな』
 手枷をされたまま、大貴は崇史の腿に座り、抱きしめられる。フレグランスの香りも、体温も、心地いい……甘えさせてくれるときは、いつもとろけおちそうなほどに甘えた。崇史には服従しなければいけない畏怖も感じているけれど畏怖だけで従っているわけではない。
 でもいまの薫子は崇史よりも怖い。怖さしかないのは、SMでもなんでもない。そんなものは横暴な侵略者であって、気品ある女王の振る舞いではない。

5 / 7

 大貴は表情に辛さをにじませてしまいながら、ボクサーパンツも脱いだ。薫子に性器まで晒したことはない。下着姿で部屋をうろついたり、小学生のころには薫子のベッドにもぐりこんだこともある。けれど、じかに知られてしまうのは初めてだ。
「ふふふ。綺麗な身体。話には聞いていたけれど、本当にすべすべなのね。立派なサイズをしているから不釣りあいだわ」
 恥ずかしくて目を開けていられなかった。ベッドに座ると腕で股間を隠し、縮こまるように背を丸める。自らが支配者となることもある少年とは思えない姿と化す。
「そんな身体じゃ、まともな恋愛も出来ないんじゃなくって? 可哀想に……だけど貴方なら、理解のある素敵な恋人が出来るわ。例えば、ちせちゃんとか」
「ちぃとはそんな関係じゃ……」
「大人になったら、わからないじゃない」
「俺はずっと薫子おねえちゃんのことがスキだよ」
「自慰でもしてみせて」
 大貴のセリフを掻き消すように命じられる。イヤだ、としか大貴は思えない。
「始めなさいよ。性玩具といえど、普通の男の子みたいにするんでしょう?」
 ……頭痛を感じる。目眩もしてきて、グラグラ揺れる。それでも大貴は股間に手を伸ばした。勃起していないモノを半ば放心状態で握り扱く。なにも気持ちよくなんてない。嬉しくもない。
 薫子の前でこんなことをする日が来るなんて、考えたこともなかった……SMプレイなら見せたことがあるのに。それも異常なのだろうか。
 怜はズレていると言った。ちせもおかしいと言った。
 大貴の意識とは関係なく、ペニスは頭をもたげ始める。
「ほら、貴方は淫乱なのよ。人前でも平気で気持ち良くなれるのだから!」
 ケインを手に薫子は嘲笑する。この部屋がなんなのか、連れてこられてきた理由もわからない、薫子の本意もわからないけれど。笑ってくれているのなら、いいのだろうか……そう思えると大貴も唇もゆるめることができた。
 自分からベッドに倒れこみ、瞼を閉じる。淫らに脚をM字に開き、擦りつづける。尿道孔に爪を立てて弄ったりもした。それは崇史に繰り返しされていたから、大貴もクセになった嬲りかただ。
「俺……、淫乱なの……? なぁ…………」
「ええ、ものすごくいやらしいわ」
「ホント……? よかった……」
 安堵して、微笑する。性的なことには大して興味を抱けないけれど、淫乱だと大人たちに喜ばれる。そうだ、薫子だって大人なのだし、真堂家にいるころは淫乱にならなければならないとずっと頑張ってきたから、その躾のままにいやらしさを披露すれば『正解』なのだろうか。
 耳鳴りがする。先走りが溢れてきている。大貴は鼻から抜けるような甘い吐息を零し、はじめて薫子に。
 絶頂を視姦された。

6 / 7

「はぁ、はぁ……、ン……」
 目の前に薫子がいるのに、薫子を想い描きながらイッてしまった。いつものように。
 大貴はどろどろの手のひらを口許に運び、舐めあげる。
 テスト週間に男娼の仕事をしていなかったせいか濃厚な味だ。そうしている間も脚はあさましく広げ、薫子に陰嚢も尻もすべてを見せている。犬が、服従をしているかのように示す。
「おいしい……俺のせーし……」
 手首まで唾液まみれにした大貴は身を起こして薫子を見た。薫子は眉根を寄せ、それは不機嫌なときの顔だ。
 どうして? 大貴はまた不可解さに襲われる、快楽の余韻のなかで。 
「薫子おねえちゃん……?」
 不安になった。なにか、気に障ることをしてしまったのか。命令には従えたはずなのだけれど、落ち度があったのだろうか。
「俺、こんなにヘンタイなんだよ……? 勉強もがんばったし、学校も毎日いってたよ……両立、できて──」
「……そうね、じゃあ、貴方にはとっておきのお仕事をあげるわ」
 お仕事?! 薫子おねえちゃんが?! 大貴は嬉しくなって瞳を輝かせた。薫子に命じられる仕事なんて本当にひさしぶりだ。薫子は何処かに短い電話をした。来て、と言った。ベッドにねそべる大貴はウキウキしてしまう気持ちを隠せない。頭の奥にもやがかかったような感覚もしはじめたけれど、それは時々あることだ。また耳鳴りがする。吐き気も覚えはじめる。そして、これからなにが起こるのか考えつく前に、部屋にはぞろぞろと数人の男たちが入ってきた。体格のいい者もいれば貧相な者もいる。服装も年齢もちぐはぐだった。
「貴方のために呼んだのよ。楽しませてあげなさいね」
 薫子の声に、弾かれるように身を起こした。うん!と笑顔で返事をする自分がすこしだけ遠くに感じられる。本当にこの子を好きにしていいんですか、と尋ねる男の声。これは上玉だ、いい性玩具だ、などと感想を呟かれているようだった。
 ベッドに上がってきた男と、大貴は抱きあった。がっしりした男の人の身体に腕を回すと安心できる。性的なことなんてしたくない、できればずっと朝までこうしていて欲しいと思ってから、いまは夜じゃなかったっけ、と気づく。……いや、もう、どうでもいい。朝だとか、夜だとかは、きっと瑣末(さまつ)なことなのだ。地下にいるときもそうだった。昼夜なんてわからない。
「いっぱい楽しもっ……はやく、こんなの脱いで」
「あぁ。そうだな、なんだ、お前、スキモノなのか」
「スキモノって……淫乱ってこと……?」
「そうだ、淫乱」
 目の前の男はTシャツを脱いでいる。ちがう男に唇を奪われた。数日ぶりのキスが嬉しい。嬉しくて、今度はその男の首に手をまわしてしまう。ねっとりと濃厚なディープキスを堪能した。そうしている間にもペニスを触られてゆく。デケェ、などと言われ、笑われている。
「あッ……しゃぶっちゃやだぁ……」
 咥えこまれてキスを離す。キスしてくれた男の髪を撫でるようにしながら、大貴は膝立ちで悶えていた。自慰で極めた絶頂の余韻が、戻ってくる。波のように。
「ひぁあぅ、あッ、あっ……俺もしゃぶるぅ、俺もおちんちん、くわえたいぃ……」
 駄々っ子のような自分の声がこんどは大きく聞こえた。耳のなかで反響してウルサイ。頭痛が邪魔だ、どこかに消えてほしい。くわえさせてやるよと言った男は大貴を掴んで性器に顔を近づけさせた。玉袋まで舐められながら、大貴もまた男の性器を握り、ほおばってみせる。
 気がつくと指を咥えているような子どもだったけれど、みっともないとよく家政婦や執事に叱られていた。指をしゃぶるのはダメなのにおちんちんをしゃぶるときはみっともなくて良いのが、小さなころの大貴には奇妙だった。唾液を垂らして粗雑な音をたてるようにと躾けられる。不思議だなぁと思っていた……。
『マナーというものは、ルールなのですから、ただ守ればよろしいのです、おぼっちゃま』
 執事の声がよみがえる。
 ただ守っていればいいから、いい子はラクだ。きっと誰も傷つけない。
 男の先走りの味がにじんできた──コイツ、すげえテクだ、やっぱり性玩具ってちがうな──ほらルールを守っていれば喜んでもらえる。喜んでもらえれば僕も嬉しい。

7 / 7

 四つん這いになって肉棒を受け入れている。肉壁で感じる抽送。熱い。鳴いてしまう。自然に。軋みにあわせて感じられるわずかな痛みなんて、どうでもいい。多少は痛くても、気にしないようにしているし、そうしろと教えられた。大貴の苦しみより、相手の欲望を満たすことのほうが重要なのだ。
『身体のお怪我は、ワタシが治してさしあげますから』
 いつも主治医の韮川が言ってくれた。実際、どんなに肛門が抉れても、肌に傷が残っても、ほとんどを治してくれた。崇史に『この傷は残せ』と指定されるもの以外は。小さなころ、大貴は韮川のことをまるで絵本に出てくる魔法使いだと感じて、すごい!といつも感動していた。
『ただし、精神の傷は専門外ですからね。多少、本で読んだ程度です』
──ご子息さま、あれはやめたほうがいいと思います。あれをなされるとアナタの心によくありません。防御方法としては正常な反応ですし、有効ですけどねぇ……他の方法でお気を紛らわすことは出来ませんか?
──わかったー、じゃあ、かおる子おねえちゃんのことかんがえたり、数をかぞえたりしてる……
(あ……ダメだ……これは、しちゃだめ)
 気づけば、嬉しそうに犯されている自分をとても遠くに感じている。ぼんやりと、まるで俯瞰しているような気分で。とても客観的だった。男たちが少年に群がっている様子を、眺められる。五感も離れたところにあった。音声もぼやけて聞こえる。これはダメな状態なのだと韮川に諭されていたはずだ。
 薫子のマンションに来て、男娼の仕事を始めてからは、この感覚に陥ることはなかった。ずいぶんと懐かしい感覚。なにもかもを遮断して外界に追いやってしまった水底のような世界は懐かしくもあるけれど、戻らなきゃ。大貴は思った。統制は正しく自分の手に握られていなければいけない。水中を蹴り、水面を目指す。
「あぁぁッ……」 
 大貴は大きく傾いで、喘いだ。四肢に感覚が戻ってくる。抜き差しされる摩擦のような熱さも。尻穴がじんじんする。男たちや自分の精液のイヤな感触も認識した。汗もかいている……気持ち悪い。こんなにも苦しいのに、男はさらに強く股間を押しつけてくる。
「痛ぃ……、ローション、足せよぉ……!」
 そのときだけ大貴は素で叫んだ。喉をなでられながら。わかった、わかった、と言われて、ボトルが傾けられる。どろつく雫の感触に「ひっ」と呻き、ビクついてしまった。ペニスが抜かれ、男の指で馴染まされる。体内を指で掻き回されてしまうのも嫌いだ。そうされることには本当は憎悪に近い感情も抱く。ぬめる動きに撹拌される痛み。
(なんで俺ばっかり……ずっと、ずうっと、こんな目にあってるの? ヤだよ……)
 枕をギュッと抱きしめた。男の肉棒が割入ってくる。抽送はスムーズになって半分くらい苦痛は中和された。だから耐えられる。これくらいのこと、なんでもない。なんでもないんだと言い聞かせる、いつもの呪文……激しく揺らしつけを再開されても。
 でももうヤダ、やっぱりあの水底に戻りたい。そんなことを思うふてくされた大貴と、ニラ先生とのやくそくをまもらなきゃだめ、と諭す幼い大貴がいる。
 ウルサイ。頭のなかで言いあわないで欲しい。
 胃の不快感はひどくなるばかり。コイツがこんなにも掘るからだ、と大貴は決めつけた。
(きょうへいと遊びにいけばよかった。そうだ。それもきっと、正解のひとつだったんだ)
 いまさら、そうも思う。少年男娼なんかより、日常の世界にもっと、溶けこむべきだった。
 外面的には大貴は薄笑みを続け、男たちに手招きさえしてみせる。大貴のすべてはバラバラに乖離していた。直前にイメージコントロールをしたり、ちゃんと準備をしたり、予定として把握していて挑まないと、やっぱりダメだ。突然の性的虐待には、精神を揺さぶられて壊れそうになる──