躰に秘められた真実

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 健次は襦袢の上から縛られた身体を、座椅子にもたせかけている。眺めるのは中庭の景色。

 昼食を済ませたあと、使用人が開けていってくれた。小春日和の陽光は、媚薬で火照った身体には心地良い。

 今も粘膜という粘膜はぐずぐずと疼き続けているし、猛烈にだるかった。それでも随分と楽にはなってきている──秀乃の毒に慣れてきたのだろう。

 何も考えられずただ快楽にとろけ、発情をこらえるだけだった頃とは違う。思考能力は随分と戻り、置かれている状況や己の状態もよくわかってきた。

 部屋の姿見や、風呂場の鏡に映る自分の顔はひどくいやらしい。潤んだ瞳、絶えずぼんやりとした表情。だらしなく口も開いていたりして、まるで男を誘う淫娼のようにはしたない。

 日陰の生活で肌も白くなった。秀乃の留守中はこうして縛されるため、縄目の痕も滲んでいる。常に先走りを垂らす性器。連日の挿入で腫れた尻穴。中出しをされたまま放置され、白濁を漏らしているときもある。

 なんてザマだ。それなのに──

 もう少しだけ囚われていても良い、と思える。

 こんな風にゆっくりと木洩れ日を眺める時間は今までの人生には無かったし、無防備に過ごしたことが無い。呑気に昼寝をした経験すらも無かった。

 此処に閉じこめられてからというもの、欲情に耐えながらとはいえ、信じられないほどに穏やかな時間を与えられている。

 生まれて初めて味わう、ゆったりとした日々。

 相沢家ではいつ何をされるか分からない。いきなりその場に押し倒されたり、離れに連れ込まれての変態調教、激痛のレイプ──身も心も休める隙は無い。

 己の身だけでなく春江のことも気掛かりで、常に神経を尖らせ、はりつめさせて過ごす。そのせいで少しの物音や人の気配にも敏感に反応してしまう。

 此処に居れば気を張らなくていい……あんな目にも遭わされない……

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 いきなりに過剰な痛みを与えられることも、家畜のような扱いもされない。秀乃の求める性交は壮一達に比べれば格段にましで、耐えられる。相沢の家で浴びてきた様々な虐待を思えばあまりにもゆるすぎた。



 もう少しここに居てもいいだろうか。
 休んでいたい。
 相沢家から離れていたい。
 あそこは地獄のようだ。 
 もう少しだけでいいから地獄を離れていたい。



 体内で蠢く生ぬるい熱を感じつつ、健次は自分の感情に戸惑いもする。春江のことは心配だが、居心地の良さに引きずられてしまう。どちらにしろまだうまくは身体を動かせず、逃げることはできない。

「……?」

 目の前の縁側が軋む音がして、健次はうつむいていた顔を上げる。佇む少女と目が合った。碧い着物を着た子供だ。髪を飾る装飾品もその衣も豪奢で、年齢に似合わず白粉までつけている。

 まるで気配に気づけなかった、やはり気がゆるんでいるらしい。あの家にいる時なら遠くの足音も聞き逃さないのに。

「あなたが、奥方さまですか……」

 少女はお辞儀をしてから、真直ぐに健次を見てきた。
 澄んだ瞳をしている。

「俺は克己ともうします。……ととのっていらっしゃいますね。お顔だちも、お身体も。じゅばんにきしむ縄もおにあいでうつくしいです」
「……何の用だ……」
「ひでのさまが、つまをめとると言っていました。お部屋に囲っているときいたのです。だから、俺は、ひでのさまがお気にめす方とはどういった方なのだろうかと気になって……」

 この目でたしかめたく思いました、と克己と名乗った少女は話す。奥方だとか妻だとか言われている事実には苛立ちを覚えたが、それよりも健次には気になったことがあった。

「なっとくがいきました。あなたはひでのさまにふさわしい、あぁ、お二人の並ばれた姿も見たい」
「お前……」

 克己は“俺”と言う。まさか。健次は怪訝に眉を寄せた。

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「女か?」

 尋ねてみれば、克己は微笑を浮かべた。年齢らしからぬ色気を伴った笑みだ。

「ちがいます。ばけているだけです」

 振り袖を広げる動作も艶っぽい。健次の眼前、白い花々の刺繍が逆光に咲く。

「俺は、女形として飼育されているのです……いろいろな商品があったほうがおもしろいでしょう、だから男っぽい商品もあれば、俺のように女のかっこうをした商品もあります」

 遊廓の男娼か、と健次は理解した。

「どおりで……帯が、前だ……」

 身体の前に垂れるそれを眺めていると、克己に言い返されてしまう。

「貴方も前帯ですけど」

 指摘され、初めて気がついた。幼少からの作法が身についていて、女物の着物を着せられるときは自然にこの結び方になる。

「……うるさい。もう、行け」

 顎を動かして去れと指示した。克己は従って歩き出そうとしたが、健次はある事柄を思いつき引き止める。

「待て、止まれ!」
 
 そういえば、第三者に確認したいことがあった。秀乃と使用人以外に会うのは一度も無い。

「なんでしょうか」
「聞きたいことがある……、アイツは……」

 秀乃の唾液に触れると熱くなる。中出しをされると尻穴はとろけるように疼き、飲まされればきつい酒をあおったように喉が焼けた。

 秀乃自身に『俺の身体は媚薬だ』と教えられたが、素直に認めることはできないでいる。そんなことが有り得るのか?

「ヤツの体液が……、媚薬というのは、本当なのか…………?」

 健次はヒデノという単語を初めて唇に乗せた。

 克己は健次を見つめて頷く。

「ええ、四季彩のこうけいしゃになられるお方は、秘伝のびやくを生まれたときから大量に飲むのです。そうするとお身体もびやくとなるのだそうですが」

 ──非現実的だ。
 
 越前谷家はやはり、俗世間とはどこかずれている。

 ……それなのに、自分の家よりも穏やかな場所だと思えてしまう事実。健次は失笑した。くつくつと笑う健次に、克己は不思議そうな表情を向ける。

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 昼間の少年との会話を思い出しつつ、健次は秀乃を見ていた。ひと足早くに洗い終え、浴槽の縁に腰かけて眺めている。身体を清め、泡を流す秀乃の背中を。

 秀乃は家にいるとき健次のそばを離れたがらない。こうして風呂に入るのも一緒だ。

「どうした。健次」

 秀乃は腰にタオルを巻き、健次のそばに寄ってくる。

「ぼおっとして、気分でも悪いのか?」

 健次は首を横に振る。

「それならいい。……今日は強く縛りすぎたかな」

 二人で湯船に入ると、秀乃に腕を掴まれた。鬱血痕が走っているが、健次にとってはさほどのことでもない。

 相沢家では肉が剥け、骨も軋むほどに縛り上げられる。此処に来てからの拘束は痛まないように配慮されたものだ。

「……そう思うんなら、やめやがれ」
「だって嫌だ。健次が逃げたら嫌だ」
 
 秀乃は健次の背中にそっと頬をつけた。

 壮一達からの折檻の古傷を、指でなぞられもする。
 
 秀乃は傷痕を見て“俺が金をかけて全部消してやりたい”と言っていたことがあった。健次にはそんなことをする意味がわからない。消してどうなるというのだろう……過去は変わらないのに、事実は永遠に残るのに。

「なあ、健次。聞いてもいいか」

 振り返れば、秀乃は神妙な面持ちになっていた。

「相沢の家に生まれたことを……嫌だと思ったことはあるか?」

 また意味のないことを言われた。健次からすれば、秀乃の言う事はいつも湿ったらしい。

「思って何になる。無駄だ」 
「ムダ?」
「考えれば変わるのか。変わらないだろう。くだらんことを考える時間があれば、耐える力を身に付ける努力をしたほうがいい……」

 普通に答えると、秀乃は驚いたような顔をしている。そんな顔をされる意味さえ、健次には分からない。当然のことを話しているのに。

「健次はどうしてそんなに強いんだ。何に屈することもない。だから俺は惹かれるんだ……健次に……!」

 抱きつかれ、強引に唇を奪われた。飛沫く波紋。勢いだけの感情をぶつけるようなキス。舌を合わせられるだけで肌が粟立ち、ぞくぞくとした快感が背筋に走った。

「馬鹿、か、はなせ! こんな……」

 ところで盛るな、と言いたかったが、口許を押さえられ封じられてしまう。すぐさま快楽を引き出され、健次は陥落する。

「──…あ……、ッ、うぅ……」

 助けを求めるように手を伸ばし、やっとの思いで浴槽の縁に手をかける。まとわりつく秀乃に首筋を舐められながら、性器を握られた。半勃起におさまっていた肉棒は扱かれてすぐ本来の充溢感を取り戻す。

「健次、気持ち良いな? ……もうこんなにして」
「ンぅ、うッ、くそ……」

 擦られる動作とともに、湯面はバシャバシャと激しく波立つ。健次の意識は熱を帯びていき、絶頂へと近づいていく。

 それなのに──達しそうになった瞬間に手放されてしまう。焦らされて狂おしく、健次は呼吸を乱した。

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「ア、あぁあ、ああ……」

 浴槽の縁に手をつき、腰を突きだしている。秀乃は潤滑剤代わりにリンスを絡め、後孔に塗り込んできた。入り口をほぐし、ゆるんだ内部に指を挿れてくる。

 肛門を触られることには有り得ないほどの抵抗感を抱く。

 同性に犯される屈辱。
 排泄器官を見られ弄られる恥ずかしさ。
 
 だが、一番は虐待のトラウマが原因だ。

 ここには残虐の限りを尽くされてきた。男根だけでなくグロテスクな器具、竹刀、様々なモノを強引に挿入されていじめ抜かれた。幼少の健次にとって性行為とは拷問で、激痛しか与えられないもの。

 身体が成長するにつれわずかな気持ちよさも感じられるようにはなったが、それでも後ろに触れられるということだけで“怖くなる”

 尻穴に指の先を感じただけでも身がこわばり、裂かれる痛みの記憶が蘇る。

 それでも、怖いだなんて情けなくて心を押し殺す。平気だと言い聞かせ、必死で耐えつづける。

 秀乃にはそんな内心を見透かされているのかもしれない、と健次は思う。過剰なほどに丹念にほぐされるからだ。執拗に、永く、ねちっこく愛撫され、健次の緊張と恐怖を溶かしてくれる。

「辛いか? 健次……」

 問いかけられたが、健次は首を横に振る。すると体内の指が抜かれた。

 ああ、来る。

 ……やっぱりこの瞬間は怖い。健次は腕を突っ張って体勢を整え、息を吐いた。

「大丈夫だから……」

 秀乃に髪を撫でられる。媚薬のせいなのか、頭皮に触れられるだけで快感が走る。

「俺は痛いことなんてしてないじゃないか。ずっと健次を気持ちよくしてあげてるだろう?」
「ン、う……っ、く……」

 押し当てられる尖端。その通りだ、今夜も痛くない。健次のこわばりとは裏腹に、ぬるぬると容易く挿入ってしまう。

「健次のことが好きなんだよ……本当に……」 

 全てを挿れてしまわず、浅い部分での抜き差し。優しい揺らしつけだ。健次の様子を見ながら、次第に奥深くまで進めてくる。蝕む熱に慣れ、思考の安定してきた今の健次には自分が気遣われていることがよく分かった。

 最初は、コイツもどうせアイツラと同じだと思っていたのに、違う。加害者で凌辱者には変わりないが……違う。

 耐えられる。我慢できる。壮一に犯されているときのような殺意、憎しみ、苛立ちは湧いてこない。

「ッぁあっ、あッ、あっ、あうぅッ……!」

 気持ちいいという事実も否定できない。良すぎておかしくなりそうだ。内壁を擦られるたまらない刺激。健次は片手を自らの肉棒に手を伸ばした。扱けば、後ろからも前からも快感が溢れてぶつかる。

「駄目だ、そんなことしたらすぐイクだろ……?」

 秀乃に手首を掴まれ、触ることを阻まれてしまう。

「い、かせろ、はなせ……!」
「もっと悦くしてやるから。健次のことを追いつめてやりたいんだ」
「あ……ぅ、ぁあ……ッ、あ……!!」

 意識が歪む。視界は滲む。乱れる水音と、反響する喘ぎ声が混ざり合う。こんなにいやらしい声を出しているのが自分だなんて信じたくない。

「……ン、ぅうっ……、ヒデ…ノ……」

 抽送を浴びながら背筋を反らす。限界を感じる──後孔の抜き差しだけで達するのは初めてだ。

「気持ち……いい…、イク……ッ、う……」

 健次は湯の中に崩れた。白濁を散らし、気を失いそうになるほどの激しい快楽に沈む。